私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
突然だが、一つ話をしたい。
セシルさんの料理は、甘味の凶器である。
味の暴力とさえも例えられるそれは、特派の中では名前を言ってはいけないあの人扱いされるほどに知られ、同時に危険視されていた。
まあ、普通に味の暴力と言われてもよくわからないと思うので、例を出そうと思う。
私が特派に来てから初めて実機での戦闘があった日、セシルさんはアルマさんら女性研究員の人達と一緒に大量のサンドイッチを作った。
私が作ったのは、レタスのシャキシャキとした食感を生かしたレタスサンド。アルマさんが作ったのは、ハムチーズサンドだった。
他の研究員さんたちも、BLTサンドやツナマヨサンドなど様々なサンドイッチを作っていた。
そんな中、セシルさんが作ったサンドイッチは、少しだけ他とは違っていたらしい。らしいと付けたのは、私はそのサンドイッチの存在を知らなかったので、後から他の研究員さんたちに話を聞いたためだ。
セシルさんのサンドイッチは、ぱっと見は普通のカツレツを挟んだだけのサンドイッチだったそうだ。
パンは、よくあるソフト系のもの。唯一普通と異なる点は、パンはトースターか何かで焼かれていて、妙に甘いにおいを放っていたことらしい。
第一犠牲者は、アレルギー性鼻炎を持っていた男性研究員だった。
鼻炎により嗅覚を喪失していた彼は、サンドイッチが放つ甘い匂いに気が付くことができず、そのサンドイッチを口にしてしまった。
――変化は、すぐに起こった。
白い肌は一瞬で青白く変わり、徹夜明けの様に目が血走る。
余りの甘さに胃が破壊され、彼の口元から血の様な赤色(ケチャップ代わりのイチゴジャム)が飛び散った。
第二の犠牲者は、その研究員の友人である男性だった。
倒れ込んだ彼を見つけた男は、彼の右手に付着した赤いものが描いていた文字「犯人は、セシ……」を見て、すぐさま状況を把握した。
すべて書き切られていたわけではないが、状況を把握するには十分な状況だ。
男は、辺りに立ち込める甘い糖分の香りを払うためにバケットのふたを開け、そして中のサンドイッチ達を覗き込んだ。
――そして倒れた。
男は、あまりの甘い匂いに耐えきれなかったのだ。
この後、他に三人ほど研究員の人達が倒れたらしいのだが、それは置いておく。
「……つまり、セシルさんの料理はそれくらい劇物なんです。
甘い物が嫌いな人であれば、においだけで失神しちゃうほどの」
「ん、ごめん」
私の言葉に、ぼさっとした感じの髪型をした白衣の女性は、私の言葉に申し訳なさそうな表情を作った。
「それで、どうして私の口にセシルさんのおにぎりを入れたんですか?」
そう、ユフィさんと会った後、私は今目の前にいる女性によって、口の中にセシルさんが作成したおにぎりを放り込まれたのだ。
シロップで炊いたかのように甘いお米と、従来のものよりも3倍は甘いであろうイチゴジャムが持つ強烈な甘みに意識を失った私は、気が付けば見覚えのない一室に座らされていた。
いや、完全に見覚えがないわけではない。
この部屋そのものは知らないが、内壁の造りからして特派の研究室と同じ建物であるとは想像できる。
つまり、この白衣の女性は、ここの大学の人か、私が知らない特派の研究員さんか、特派と協力しているラウンズの研究員のいずれか、ということだ。
「ん」
目の前の彼女は、短くそう言うと部屋の中央を指さす。
指の先には、どこかで見たことがあるシミュレータが存在していた。
「乗って」
「あのシミュレータにですか?」
「そう」
そう言って、彼女は私にパイロットスーツを渡してくる。
これはつまり、彼女は私をシミュレータに乗せるために、セシルさんのおにぎりを利用してここに拉致してきたという事だろうか。
――あのおにぎりテロは確信犯じゃないか!!
「えっと、一応私は特派に所属しているので、私の操縦データに価値が存在している現状では、勝手にシミュレータに乗るわけにはいかないんですが……」
まあ、それはともかく。
彼女がどこの人間であるかわからない以上、私は勝手に行動するわけにはいかない。
そう告げると、彼女はめんどくさそうに近くにあったカバンを漁り、そこから1枚の紙を取り出した。
「大丈夫」
彼女は、そう言って私にその紙を見せてくる。
その紙は、ロイドさんのサインが書かれた、私が他の部署でシミュレーションを行ってもいいという内容の許可書だった。
――いや、ロイドさん何勝手に変な許可証作ってるんですか。
思わず、ロイドさんの奔放さに呆れてしまった。
いや、私に許可を得ろとかそんな偉そうなことを言うつもりはないけれど、事前に一言言っておいてほしい。
というか、それ以前にこれは本物なのだろうか?
「あー、なるほど、わかりました。
ただその前に、ロイドさんと電話がしたいので、少しお時間貰えますか」
「時間? ん、いい」
「ありがとうございます」
目の前の女性に一言断って、持っていた携帯電話を取り出す。
電話をかける先は、特派の仕事用の電話だ。というか、私が知ってる電話番号はこれ以外にスザクさんとセシルさんの私物の電話しかない。
電話を鳴らしてから少し待つと、受話器を取る音と共に聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
『はーい、こちら特別嚮導派遣技術部ですー』
「アルマさんですか? お仕事中すみません、アリスです」
『あれ、アリスちゃん? 何かあったのー?』
アルマさんに聞かれたので、一通り今までの経緯を話すことにした。
「――そんなわけで、ロイドさんに確認を取ってもらえますか?」
『わかったわかったー、いいよー、ちょっと待っててねー』
そこで電話の向こうからアルマさんの気配がなくなり、周囲がしんっと静まり返る。
しばらく待つと、電話の向こうにアルマさんの気配が復活した。
『お待たせー。
確認したら、ロイドさんは確かにそういった許可書を出したみたい』
「誰に書いたかまではわかりませんか?」
『ううん、大丈夫ー。ちゃんと聞いてきたから。
ロイドさんが書いたのは、合計で三枚。コーネリア様の親衛隊と、ラウンズの研究チームに書いたみたいだよー』
親衛隊と、ラウンズの研究チーム?
という事は、彼女はノネットさんかアーニャさんの研究チームに所属している人ということになる。
ナリタ山の時、アーニャさんの所の研究者の人は何人か見たことがあったので、そこで見たことがないという事は、たぶん彼女はノネットさんの所の研究者だろう。
「わかりました。お手数をおかけしてすみませんでした、アルマさん」
『いいよー、これぐらいならねー』
アルマさんとの電話を切る。
ちいさくため息を吐いて、私は彼女に対して向き直った。
「お待たせしました」
「ん」
彼女が急ぐように言ってくるので、慌てて着替えてシミュレータに乗り込む。
シミュレータの中は、やっぱり見たことのあるものだった。
「これ、Gを再現するタイプのシミュレータですか」
『ん、アンナの力作』
アンナ……どこかで聞いたことがある名前だ。
どこで聞いたんだったか。あまり聞き覚えがないという事は、私がアリスになる前に聞いた名前ではないのだろう。
『始める』
そんなことを考えているうちに、シミュレータの外にいた彼女の声が届き、シミュレータの画面に光が灯った。
さっと機体の状態をチェックし、シミュレータのサブモニターに映されたその性能に、少しだけ思考が固まる。
「あの、すみません」
『何?』
「これって、ランスロットですよね」
『ん、そう』
私が乗っている機体は、ランスロットだった。
本来であれば、機体のデータすら特派の外に持ち出していいものでは無いのだが、どうして特派のものではないシミュレータにこの機体のデータが存在しているのだろうか。
「ランスロットの細かいデータって、特派以外にはほとんど漏らされていない筈なんですけど……」
『外見と戦闘時の映像を見れば、外側だけなら再現できる』
私の疑問に、彼女は何でもないかのように答えた。
まあ、たしかにできなくはないが、そんな簡単にできることではない。再現するにしたって、ランスロットが稼働を始めてから2週間、いくら何でも早すぎる。
ここにきてようやく、私は、彼女がロイドさんやセシルさん並みの天才であることに気が付いた。
『ん、今度こそ、始める』
彼女がそう言うと、少し先に一体のKMFが出現した。
その機体は、ランスロットの様な滑らかな装甲を持ち、サザーランドよりは細く、しかしランスロットよりは僅かにずんぐりとしている。
腰の左右には、波打つようなスカート状のパーツが付けられており、その陰にはいくつかスラッシュハーケンの姿が見えていた。
――これは、シェフィールド?
いつかノネットさんの専用機として開発が進むことになるKMF『シェフィールド』、正面のKMFは、それに近い形状をしていた。
ただ、このシェフィールドもどきは、間違いなくシェフィールドではない。
正面に立つシェフィールドの手には、MVSが2本握られていた。
シェフィールドは、ハーケン以外の装備を持っていなかったはずだ。
……まあもしかしたら、本来ノネットさん専用機として開発されていた頃は、MVSを持っていたのかもしれないけど。
『考え事は終わった?』
「っ! は、はい、大丈夫です」
急に、彼女から声をかけられる。
どうやら、私が考え事をしていることに気が付いて、シミュレータを一時停止してくれていたらしい。
彼女の声に意識を取り戻した私は、あわてて操縦桿を握った。
正面の敵に、意識を集中する。
『始め』
無線越しに声がかかり、向かってくるであろう敵を迎撃するために、私は操縦桿を握る両手に意識を籠めた。
「……」
感覚を研ぎ澄まし、相手の一歩を見極める。
呼吸を浅くし、少しでも瞬きすることを抑えながら、じっと相手を見つめる。
「……あれ?」
しかし、相手は一向に動き出す様子を見せなかった。
もしかして、相手のAIは、こちらが動かないと行動を始めなかったりするのだろうか。
「なら」
意識を切り替える。
向こうが攻めてこないならば、こちらから攻めるまでのこと。
こちらの武器は、MVSとヴァリス。どちらも一撃必殺の火力を持つ。
――この距離なら、ヴァリスかな。
私が選んだのは、ヴァリス。
最大威力なら、戦艦の装甲をも貫けるその銃に手をかけるため、私は操縦桿を動かす。
――しかし、私の手は、ヴァリスではなくMVSを手に取っていた。
「っ!?」
直後、私の脳が、こちらとの距離を半分まで詰めた敵機を認識する。
1秒と待たず敵の右手から振るわれる剣を、とっさに手に取っていたMVSで打ち払った。
だが、私にできたのはそれまで。
なんとか打ち払った直後にできた一瞬の隙に、敵が左に持っていた剣が死角から、私のコックピットに突き刺さった。
『シミュレーション、終了』
シミュレータ越しに、シミュレーションを終了するという声が聞こえる。
その言葉に、私は愕然とするしかなかった。
「……なにこれ」
瞬殺である。初撃を受け流すのが限界だった。
否、接近に気が付いた無意識がMVSを取らなければ、初撃すらいなすことができなかっただろう。
そもそも、さっきのシェフィールドもどきの動きはかなりおかしい。
私は、接近するシェフィールドもどきを目撃していた。それなのに、私はそれを認識できなかったのだ。
いや、どうして認識できなかったのか、一応理屈としてだけはその理由はわかる。
意識の間、認識の隙間。私の思考が、後の先から先の先に切り替わるその瞬間、その一瞬の空白の間に、一気に距離を詰めたのだ。
対面した状態でならともかく、KMF越しにこんなことができるのは、もはや人ではない。
『次、2回目』
「あ、はい。……ってもうですか!?」
さっさと次に行くと言われたので、思考を断ち切ってあわてて身体に力を籠める。
シミュレータがうなりを上げ、先ほどと同じ敵と環境が再現された。
『始め』
コックピット内に声が響くと同時に、私はヴァリスを抜きながら後退を始めた。
それとほぼ同時、いや、ほんのわずかに遅れて、相手のシェフィールドもどきが距離を詰めてくる。
ただの後退では追いつかれそうなので、単純にランドスピナーを回すだけではなく、背後の建物にスラッシュハーケンを突き刺したりしながら、蜘蛛の様に宙を舞って後退する形に変える。
同時にヴァリスを連射、可能な限り足止めを、できれば撃破を急ぐことにした。
だが――
「――っ! 狙いがっ!」
引き金を引く直前、何故かその一時だけ身体が竦み、タイミングが、ひどい時には照準がずれる。
辛うじて3発中2発は命中する弾道を取らせることができているが、それらにしても有効弾となる軌道を描くことはできなかった。
もっとも、命中する軌道を飛ぶ弾丸は、全て斬り払いされているので意味がないけれど。
このままでは、弾薬という限界が存在するこちらが、弾切れで敗北する。
「ならっ!」
後退から一転。ヴァリスをMVSに持ち替えて前進する。
銃でけりを付けられないなら、近接戦闘を挑むしかない。射撃戦は、相手に手傷を負わせたその後でいい。
銃弾斬るような相手と接近戦で勝てるとは思わないけれど、両足と片手くらい差し出せば、剣の2本くらいなら持っていけるだろう。
片腕とスラッシュハーケンさえ残っていれば、回避しながら狙い打つことぐらいはできる。シェフィールドの武装は中距離戦闘に片寄っていたはずなので、それに近い外見をしている目の前の敵機も、かなり中距離に片寄っているだろう。立ち回りかた次第では、一方的に狙撃でぼこぼこにできるかもしれない。
まあ、銃撃戦になったらなったで、さっきから私の照準がぶれる謎現象をどうにかしなければならないのだけれども。
踏み込み、一閃。
当然ながら片手で受け流され、逆の手が視界から消える。
「はっ!」
腰のスラッシュハーケンを利用して、慣性を殺しつつきりもみしながら強引に後方へ跳躍。
空中で回転しつつヴァリスを引き抜き三連射、牽制することで追撃の足を止める。
「MEブースト!」
着地と同時に、ヴァリスをしまいながらMVSを投擲。
ヴァリスをしまった手でもう一本のMVSを掴みながら、全力で加速する。
MVSは抜かない。
剣とその鞘を機体の陰に隠すことで、コンマ1秒でも長く剣の間合いを見切らせない様に踏み込む。
居合いなんて、素人が手を出していいものではないのはわかっている。
そもそも、ランスロットの構造上、鞘を使った居合は上段からしか繰り出せない。この時点で、抜刀術もなにもないと思う。
だから、あくまで参考にするのはその利点だけ。
不意打ち。
間合いの隠匿。
西洋圏には、居合という概念が存在しなかったはずだ。
目の前のAIが、日本人を参考にしたものでなければ、いくらか対応が遅れるかもしれない。
――間合いの限界で、刃の切っ先で、一刀のもとに斬り裂き殺す。
そして、シェフィールドもどきが投擲されたMVS弾き飛ばすと同時に、私は剣に力を込めた。
だが――
「えっ」
シェフィールドもどきは、MVSの切っ先、そのほんの少し手前まで、僅かに機体を後退させた。
右手に握られた、MVSが空を切る。
慣性により、右手の動きが数瞬遅れる。
その明確な隙に、シェフィールドもどきは踏み込んだ。
手にしているのは、MVS。紅の光を放つ高周波ブレード。
その剣が、上段から振り下ろされようと迫る。
「まだ!」
いや、これで終わりにはしない。
まだ、左手が動かせる。
ここは、左手のブレイズルミナスで防いで――
そう考えたところで、何故か視線が、迫るMVSに固定された。
輝く紅。
顔面へと迫る紅色。
ワインレッドの様な光。
機体に鳴るアラート。
消失するメインカメラの映像。
そこに写る紅蓮の――
「あ、え?」
思考が固まり、口から意味のない言葉が漏れる。
――回避することもできず、私はMVSに両断された。