私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
上司の命令で休憩室に行ったら、もっと偉い上司がいた。
本当に驚いた。一瞬、心臓が止まったかと思った。私の前に彼女と会っていたであろうスザクさんも、驚いたに違いない。
「ユフィ、さん?」
「ええ、こんにちわ、アリス」
――そこには、ユフィさんの姿があった。
「え、いや、なんでここにいるんですか!?」
「皇族として、慰安のために租界施設を回っているのよ。主任であるロイド伯爵とは事前に連絡を取っていたのだけれど……その様子だと、連絡がいってなかったみたいね」
ユフィさんのその言葉に、いたずらが成功したかのような顔でこちらを見るロイドさんの姿が脳裏に浮かんだ。
無性にぶん殴りたくなった。
「とりあえず、ほら、ここに座って」
「わ、わわっ!」
ユフィさんに手を引かれ、彼女の正面の席に座らされる。
少し席が暖かい。たぶん、さっきまでスザクさんがここに座っていたのだろう。
強引に座らされた私は、一旦心を落ち着けて、顔を上げてユフィさんを見る。
ユフィさんは、なんかこう……うふふって感じの笑顔でニコニコ笑っていた。
どうしよう。なんて言おうか。
微笑む彼女に対して、何を言えばいいかわからなくなった私は、とりあえず挨拶を交わすことにした。
「あの、えっと、お久しぶりです。ユフィさん」
「ふふ、久しぶりね、アリス。
数日前に会ったばかりのはずなのに、本当に久しぶりな気がするわ」
そう言われて、私はユフィさんと会ってからまだ一週間と少ししか経ってないことを思い出した。
疲れているからか、もしくは情緒不安定だからか、ここ最近の時間間隔が狂っている気がする。
「言われてみればそうですね。思い返してみれば、まだ一週間ほどしか経っていないはずです」
「それだけ、ナイトメアのパイロットというのは大変な仕事なのでしょう。
ラウンズの方々との模擬戦闘や、先日のナリタ山における戦闘にも参加していたと聞いているもの。それだけ大変な日々を過ごしていれば、一週間前なんてずっと昔のように感じられるのも仕方がないわ」
そう言って、ユフィさんはテーブルの中央に置かれていた魔法瓶に手をかけた。
「あ、私がやります」
「いいの。少し前までは、こういったことも自分でやっていたんだもの。これぐらいできるわよ」
いえ、できるとかできないとかそういった問題ではないのですが……。
こういったちょっとしたところが、ユフィさんの皇族らしくない行動に繋がっているのだろう。
悪く言えば、まだ学生気分が抜けていない、良く言えば、考え方の視点が庶民的なのだ。
でも、きっとユフィさんのこういったところが、ある意味彼女なりの皇族の資質なのかもしれない。
今入れる分でちょうど無くなる紅茶の葉を、持ってきたものと詰め替えながら、私はそんなことを思った。
ユフィさんは、まずポットとカップにお湯を注いだ。
「本当は、沸かしたばかりのお湯を使いたいのだけれど……」
「魔法瓶のお湯とかは、使ったらだめなんですか?」
ユフィさんの言葉に、私は疑問を抱いた。
普段、シミュレータの休憩時間などで特派の研究員さんたちに紅茶を入れてもらうとき、研究員さんたちは決まって魔法瓶のお湯を使っていたのだ。
「ダメではないわ。ただ、おいしく飲むにはその方がいいの。沸騰直後のお湯の方が、紅茶の香りを引き出してくれるのよ。
今から入れるこの紅茶は、香りが特徴のアールグレイだから、今度アリスがアールグレイを飲む機会があれば、沸かしたてのお湯で飲むといいわよ」
「なるほど……紅茶の淹れ方とかに注意したことなんてなかったので、全然知りませんでした」
しばらく見ていると、ユフィさんはポットとカップのお湯を捨て、ポットに茶葉をスポーン2杯分淹れてから勢いよくお湯を注いだ。
そして、ポットの蓋を手に取り素早く蓋をする。
「後は、少し蒸らして終わりね」
「紅茶って、意外と淹れるのにも手間がかかるんですね」
「そうね、でも、手間をかければかけた分だけおいしくなるの。アリスも、できるだけおいしい紅茶を飲みたいでしょう?」
ユフィさんの言葉に、私は頷くことで答える。
ただ、正直なことを言えば、ユフィさんに淹れてもらってまで美味しい紅茶を飲みたいとは思わないけど。
ユフィさんは、ブリタニアの皇族なのだ。表には出さないが、火傷したりしないか、正直気が気じゃない。
しばらくして、ユフィさんはポットを手に取り、軽く中をスプーンで混ぜてからカップに紅茶を注ぐ。
カップに紅茶が満ちるにつれ、皇族の人にお茶を淹れさせているという実感がわいてきて、身体が緊張で強張り始めた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
あったかいもの、どうも。
ユフィさんから、紅茶を一杯頂く。
この紅茶は……たしか、トワ……トワイブニング? なんか違うな、トウィニングだったかな? まあ、トワなんとかとかいうメーカーのアールグレイだったはずだ。お客さん用の紅茶で、こういったことに関心がないロイドさんの代わりにセシルさんが本国から取り寄せているかなりいいお値段のお茶らしく、私は飲んだ事が無い。
普段特派の研究員さんたちと紅茶を飲むときに飲むのは、安い業務用の紅茶なので、このお茶がどんな味なのか少し気になっていた。
もっとも、こんな状況じゃ味もわからないかもしれないけど。
「では、その、いただきます」
いつもにこにこ這い寄りそうな笑顔に押され、カップに口をつける。
――ペロ……これは
カット。いくら何でも不謹慎すぎる。
さっきから思考がネタに走ろうとしている。それだけ緊張かつ混乱しているのだろう。
当然ながら、先ほど予想していた様に、そんな状況で味なんてわかるはずもなかった。
せいぜいわかるのは、普段よりも紅茶の苦みが飲みやすいものになっていることぐらいだ。
「どうかしら」
「美味しいです。あまり高価な紅茶を飲んだ事が無いので、比較対象が安物になってしまうのですが、少なくとも今まで飲んだ中では一番おいしかったと思います」
「そう! 美味しく飲んでもらえたなら本当良かったわ」
私の答えに、ユフィさんは嬉しそうに笑った。
無性に心が痛くなった。
笑顔のユフィさんは、その笑顔のまま自身のティーカップに手をかけ、紅茶を口にした。
「……ちょっと熱かったかしら。
さて、実は、今日こうやってアリスと二人きりになることは、
「私、ですか? スザクさんじゃなくて」
「す、スザクにはそういった約束はしていなかったわ。今日会えたのは、ロイド伯爵が気を利かせてくださったからだもの」
スザクさんのことを口に出すと、少しわたわたとしながらユフィさんは何でもないように装って答えた。
まあ、ユフィさんの性格的に、こういった公務に私情を混ぜるのは、よほどの理由がなければ良しとしないだろう。むしろ、この特派を訪問することにすら、私情が混じっていることを自覚して引け目を感じていそうな気さえする。
ユフィさんは、しばらく動揺すると、わたわたとする様子をじっと眺める私に気が付いたのか、若干頬を染めながら小さく「こほん」と咳払いをして、気を取り直して私を見た。
「アリス准尉」
ユフィさんの声に混じる真剣な感情に、思わず背筋が伸びる。
「先日のナリタ山における戦闘において、あなたは
このような質素な形ではありますが、その勇敢な働きに心からの感謝を」
そう言って、ユフィさんは軽く私に頭を下げた。
「本当にありがとう、アリス。あなたがいなかったら、お姉様は死んでいたかもしれないわ」
――だから、本当にありがとう。
ユフィさんの言葉が、休憩室の空気に触れ、そして響いて消えてゆく。
そんなユフィさんの言葉を聞いて、私は、心がほんの少しだけ軽くなった気がした。
「いえ、コーネリア様の命は、奇跡の藤堂率いる四聖剣を足止めしたギルフォード卿、孤立しつつあった部隊を巧みに纏めたダールトン将軍、その他一兵士に至るまで、私たち特派の出撃を許可してくださったユーフェミア様を含め、皆が必死になったが故に得られた奇跡です。私は、コーネリア様を直接救うという最も目立つ立ち位置にいただけで、ユーフェミア様のお言葉は、私だけではなく、あの場にいたすべての方々に与えられるべきものだと思います」
「そうかもしれないけれど、それでも、あなたがお姉様の窮地を救ってくれたのは事実よ。
人目があるところではお礼を言うことすら難しいのだから、こういったところ位は、お礼を言わせてちょうだい……ね?」
ちょっと恥ずかしくなっていろいろ言ってみるが、ユフィさんの笑顔に言葉を塞がれる。
ユフィさんの笑顔にもっと恥ずかしくなって、私は視線を逸らした。
「ふふ、恥ずかしがることなんてないのに」
「いや、その……あまり、誰かに褒めてもらうことには慣れていないので」
子供のころはそうでもなかったが、大人になってからはそういった機会は無かったので、ちょっと恥ずかしいのだ。
私の答えに、ユフィさんは口をつぐむと、今までとは少し感じの違う笑みで私を見た。
「そう……なら、もっと感謝しないといけないわね」
「いえ、大丈夫です。ユフィさんの感謝は、十分に伝わりましたから」
ユフィさんの言葉を、即座に断る。
子供でもないんだから、そんなに感謝されなくてももう十分だ。
私がそう言ってユフィさんの言葉を断ると、ユフィさんは少しだけ残念そうな顔をして諦めた。
喉が渇いたので、一旦心を落ち着けるのも兼ねて、少し冷めた紅茶を飲む。
その時にユフィさんを見ると、同じく紅茶を飲んでいたユフィさんと目が合った。
何となくおかしくて、お互いに顔を合わせて少し笑ってしまった。
「ようやく明るくなったわね」
「何がですか?」
「あなたの表情よ。さっきまで、暗い笑顔ばっかりだったもの」
――心臓が、跳ね上がった。
「そうですか? 私としては、特にそんなつもりはなかったんですけど」
「……また戻っちゃったわね。
アリスは正直でわかりやすいから、思っていることが顔に出やすいのかもしれないわね」
そう言ったユフィさんは、手に持ったカップを置いてじっと私を見た。
「――例えばその笑顔、前に会った時と同じ顔だもの」
……本当に、こういったところが彼女なりの皇族の資質なのだと実感する。
その、本質を見通せていないようで、しかし時には鋭く見通しているその眼。それこそが、彼女なりの皇族の在り方なのだ。
「そんな顔をする理由、良かったら話してもらえないかしら」
そう言って、ユフィさんは、柔らかく微笑む。
――前の時と、まったく同じ笑顔。
その人の心を溶かすような笑顔に心を揺さぶられながらも、私は、なんとなーくユフィさんがこんなことを聞いてきた理由に気が付いた。
「ロイドさんですか」
「ロイド伯爵が、どうかしたの?」
「いえ、何でもないです。その……少し待ってもらえますか」
ロイドさんの名前を出した時のユフィさんの表情は、特におかしなところはなかった。
つまり、ユフィさんが私のことを気にしてくれている理由は、ロイドさんがお願いしてくれたというわけではないのだろう。
すると、消去法的に選択肢は一つに限られる
――私って、そんなにわかりやすかったんだ。
まさか、特派1天然であろう彼にそこまで心配をかけているとは思わなかった。
プライベートな場では仲がいいとはいえ、皇族にお願いをするまで、それほどまでに彼を心配させてしまっていたのか。
ここまでされては、流石に相談しないわけにはいかないだろう。
そっと小さくため息を吐いて、私はユフィさんを見た。
「その、詳しいことは言えないんですが……。
ここ最近、自分でも身に覚えのない感情が、急に心の中から湧き出すようになったんです」
「身に覚えのない感情?」
「はい。例えば、誰もが認める優しい人相手に、強い敵意の感情を感じたり、理由もなく急に悲しくなって涙が溢れて着たり。そういった、普段の自分では絶対抱かないような感情が感じられるようになったんです」
私の言葉を聞いたユフィさんは、難しい顔で考え込んだ。
「身に覚えのない感情……」
その表情に、少し申し訳ない気持ちが芽生える。
身に覚えのない感情なんて、相談されてもどうしようもないだろう。これでは、ユフィさんに無駄な心労をかけてしまっただけだ。
「あの」
「ちょっと待ってて……そうね」
別に悩まなくてもいいと、そうユフィさんに声をかけようとすると、ユフィさんは私の言葉を差し止めるように遮った。
ユフィさんは、しばらく考え込むと、ふと何かを思い出したかのように顔を上げ、私の顔を見る。
「あなたがよくわからない感情に悩まされているのはわかったわ。
なら、そう感じたあなた自身は、そう思ってどうしたいのかしら?」
ユフィさんから告げられた言葉は、思っていた者とは違うものだった。
何らかの励ましの言葉が来ると思っていた私は、少しあっけにとられてしまった。
「どうしたいのか、ですか」
「ええ、これはお姉様からの受け売りなのだけれど、大切なのは何を感じたかではなくて、自分はどうしたいのかみたいなの。
アリス。あなたは、その不可解な感情から、どうしたいと思ったの?」
――自分は、いったいどうしたいのか。
そんなこと考えやこともなかった。その考えに至るだけの余裕もなかった。
「……わかりません。そんなこと、考えたこともありませんでした」
「それなら、ゆっくりでいいから考えてみたらどうかしら。
ちょうど、と言っていいのかはわからないのだけれど、ランスロットは大破していて戦闘には参加できないのでしょう?」
ユフィさんの言葉に、私は頷くことで答える。
そうだ。紅蓮弐式がこちらにあり、かつランスロットが大破している今、マオがおとなしくするまでは、特派が駆り出されるような大規模な戦闘はない。
限られた時間ではあるが、悩むには十分な時間がある。
「少し、考えてみます。私がどうしたいのかを」
それから、ユフィさんと少しだけ雑談をして、私は休憩室を出た。
「私の言葉は、あの子にちゃんと届いたかしら」
アリスが出て行った休憩室で、ユーフェミアは一人呟いた。
そして、冷めてしまった紅茶を飲んで、そっと彼女が使っていたカップに視線を移す。
スザクに頼まれて、彼女から聞き出した悩み事。
自分としては上手く言葉をかけることができたと思うが、正直なところ彼女の心を癒せた自信はない。
――だって、ユーフェミアが彼女に告げた言葉は、ユーフェミア自身にはできていないことなのだから。
今のユーフェミアは、自身が何をしたいのかすらわかっていない。アリスの様に、何らかの理由によって進む道が見えなくなってしまっているわけでもないのに、だ。
言った本人に対してそのまま帰ってくる言葉に、一体何の意味があるだろうか。
これほど説得力のない言葉はないだろう。あの言葉、かつて自らの芯を見失いそうになっていたユーフェミアに彼女の姉がかけたその言葉は、ユーフェミアの姉だからこそ説得力があったのだ。
姉に100歩も200歩も劣るユーフェミアでは、説得力以前のものとして、あまりに滑稽だったに違いない。少なくとも、ユーフェミア自身にはそうだった。
「私は……」
あの言葉を口にできるだけの人間だったのか。自身にそれだけの価値があったのか。
ユーフェミアの心の叫びは、空気を伝う言葉にはならず、そっと消えてゆく。
だってそうだろう。ユーフェミアは、ここエリア11に来てから何もしていないのだ。
副総督としての仕事は、ほとんどすべて総督である姉に奪われている。
もちろん、それが全て姉の善意からきていることは理解しているが、その善意が今の彼女には煩わしかった。
ユーフェミアにできるのは、多忙な姉にはできない、こういったちょっとした仕事だけ。
お飾りの副総督。政治劇を盛り立てるための道具。
――そんな人間の言葉に、一体何の価値がある。
「はぁ……駄目ね」
悩んだところで、結局は何も変わらない。
残った紅茶をすべて飲み干して、下降する思考を断ち切った。