私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
「――っ!?」
早朝、特派を訪れた私は、彼女を見た瞬間、背筋を凍りつかせた。
「よう、元気そうだな」
「……」
もちろん、物理的に凍ったわけではない。当たり前だが、比喩だ。そんなことができるのは、事象の世界線を微分し、全ての運動を凍らせるギアス『ジ・アイス』を持つロロだけで十分だ。
「お、おはようございます。エニアグラム卿、アールストレイム卿」
――なんでここにっ!?
私が凍り付いたのは、目の前にいる桃色の髪の少女、アーニャ・アールストレイムが原因だった。
アーニャ・アールストレイム。ナイトオブシックスを冠する、ナイトオブラウンズの一員だ。最年少のラウンズで、その実力はそれほど高くない。
だがそれはラウンズを基準とした話、ブリタニアの人間としては、ベスト30には入るであろう強さを持っている。
しかし、私が警戒しているのはそこではない。
彼女にはとある幽霊の様な存在が取り付いており、その幽霊的な存在が望むタイミングで人格が入れ替わる。
私にとっては、その女性の存在が問題だった。
――彼女の生前の名は、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
このブリタニアにおける、ギアス関係者の一人だ。
反逆のルルーシュにおいて、彼女はこの時点では日本国内に存在しなかったはずだ。
彼女が日本を訪れるのは、今から1年後のこと。死んだはずのゼロが蘇り、再び黒の騎士団を率いた時のはず。
間違っても、今日この瞬間にここにいるわけがなかった。
「ノネットさんでいいって言っただろ」
「あっ! すみませんノネットさん。まさかラウンズがお二方もいらっしゃるとは思わなくて、つい反射的に硬い言葉に……。
ところで、お二方はどんなご用事でしょうか? ロイドさんを待っているなら、あと30分ほど待つ必要がありますよ」
当然のことだが、反逆のルルーシュという物語との違いが私という存在しかない以上、彼女がここにいるのは私が原因だ。それはわかっている。
問題なのは、私のどんな行動が原因で彼女がここにいるのかということだ。
私のシミュレーションデータが原因で、ランスロットに興味を持ったとかなら別にいい。
だが、何らかの拍子に私の持つ魔道器ネモ、もしくは物理現象への干渉というこの世界ではありえないギアスを持つことがばれたのだとしたらどうだろうか。
世界の理、生と死、意識と無意識の壁を破壊することを目的とする彼女に、私は強力な手札になると判断されかねない。
厳密に言えばこの世界のコードとは異なるが、私は複製とはいえコードを持っている。ギアスという力の源であるコードを持つ私は、場合によっては彼女たちにとって何よりも手に入れたい存在となるはずだ。そう判断されれば、私は生きることなどできないだろう。
「……」
ノネットさんの隣で黙り込む彼女の姿に、少し鳥肌が立つ。
気は抜けない。一歩間違えば誘拐コースまっしぐらだ。
ハイエースの乗り心地は嫌いではないが、だからといっておとなしくハイエースされる気はない。
「それなら、待たせてもらうことにするよ。
私たちのことは気にしないで、いつも通り働いてくれ」
ノネットさんの言葉に続いて、アーニャさんも首を縦に振る。
2人、特にアーニャさんを警戒しつつ、私は更衣室でパイロットスーツに着替えることにした。
お昼の少し前。
いつものようにシミュレーションを終え、研究室の隅で一人おにぎりを食べていた私は、ジェレミーさんから受け取った一週間先までの予定表に目を通していた。
ノネットさん達が特派を訪れたために、大幅にテストのスケジュールが変わったらしいので、目を通すように言われたのだ。
「明日はプラズマ推進モータとフロートシステムを併用した新機構と、ブレイズルミナスコーンやコアルミナスコーン、エナジーウィングみたいなブレイズルミナス系統の新兵器に関するテスト……か」
実に酔っ払いそうな内容である。
併用タイプの飛行システムに関してはよく知らないが、ブレイズルミナス系統の武器なら知っている。
本来盾であるブレイズルミナスをコーンのように形成するものと、光の翼の様に展開する飛行システムだ。
コーンはともかくエナジーウィングは強力で、非搭載のKMFではヴァルトシュタイン卿の様な反則的存在以外戦うことすら難しいほどの高速移動を可能とするシステムだ。
そんな高速戦闘を、一切Gの存在しないシミュレータで行えば、現実とのズレによって間違いなく酔う。ゲロイン化する趣味はなかった。
「そして、明後日はナリタ山ね」
予定表には、テロリストの拠点を制圧するなどといった曖昧な表現で、場所については明記されていない。だが、反逆のルルーシュの知識から考えれば、場所はナリタで間違いないだろう。
私の記憶が正しければ、たしか黒の騎士団もいたはず。黒の騎士団にはC.C.がいるので行きたくないが、任務なので行かざるを得ない。
できれば近寄りたくないというのに……。お仕事なら仕方ない。
「で、明々後日には一昨日の部隊と模擬戦、と。
シミュレーションといい模擬戦といい、戦ってばっかり」
まあ、補欠とはいえデヴァイサー――ランスロットのパイロットであるのだから、当たり前なのかもしれないが。
できれば、こう……なんというか、研究員さんたちともう少し話し合う機会を設けたい。
いまだに研究員全員と話したことはないし、親しい中でも某チーズケーキさんの様に名前を知らない人もいる。何の役に立つのかと言われると返す言葉がないが、個人的にはもう少し研究員さんたちと仲良くしたいのだ。
「四日後はお休みだし、誰かとショッピングにでも行こうかな?」
と、そこまで考えたところで、日程に関して重大なことを思い出した。
コードギアス 反逆のルルーシュは、ゼロが日本で黒の騎士団を立ち上げてから、ボッコボッコにされるまでを描いた話である。
この話、実は媒体によってスケジュールが大きく異なるのだ。
例えば小説版、そこまで深いファンではなかったので詳しく覚えていないが、ゼロが表舞台に姿を現してから退場するまで、その期間が1年くらいであるとして描かれていたはずだ。
しかし、PSのゲームであるLOSTCOLLORSでは、1ヶ月で黒の騎士団が崩壊する。メタ的な言い方だが、24話が1ヶ月で終わってしまうのだ。ハードスケジュールなんてものではない。
仮に今私がいるこの世界がLOSTCOLLORSのペースで進んだ場合、黒の騎士団崩壊までおよそ2週間。
その間に、私たちブリタニアは日本解放戦線の本拠地であるナリタ山を攻略し、港で解放戦線の残党を片付け、日本の英雄である藤蔵さんを処刑寸前まで持っていき、スザクさんをユフィさんの騎士に任命し、ギアスの遺跡がある神根島を調査し、キュウシュウを占領した元副総理? だかを逮捕、行政特区日本を設立することを宣言し、その特区設立の場で虐殺をすることになるのだ。
一つ一つの出来事が1日で終わると仮定しても、合計8日かかる。ナリタ山から港での戦闘までにギアス保持者であるマオが現れること、神根島に赴く前に式根島で戦闘を行うこと、その2つを考えれば、さらに3日足して11日だ。
あれ? マオは港での戦闘の後だったかな? 少し記憶が曖昧だ。
とにかく、明確な事実が一つ。
――休みとして休める時間がないじゃん!
スケジュールの過密さを考えれば、予定されている休みがつぶれる可能性は高い。というか間違いなくつぶれる。
「二週間以上休みなしなんて、なかなかできることじゃないよ。
……そうならないことを祈ろう」
思考を少しネタに走らせつつ、小さくため息。
そして、スケジュールを確認するふりをしてアーニャさんに一瞬視線を向けた。
「……」
アーニャさんは、携帯電話をカチカチと操作しながら、時折ランスロットを見るという事を繰り返していた。
ノネットさんの姿はない。彼女は先ほど、見覚えのない研究員の人に引きずられるようにしてどこかに連れていかれた。雰囲気からして誘拐された感じではなかったので、特に問題はないだろう。
スケジュールもそうだが、こっちも問題だ。
アーニャさんがランスロットを見ているのは、第七世代の機体だからだろうか?
それとも、彼女の中の人が開発に関わった第三世代KMF、ガニメデの技術がランスロットに使われているからか。
ギアスが効果を発揮しているかどうかがわかればいいのだが、加速するしか能のない私のギアスではそれを判別できない。
あまり警戒しすぎるのも精神的によくないということはわかっていたが、それ故に警戒心を解くことができなかった。
「お疲れ様、実機での経験は大きかったのかな。だいぶ動きが良くなってたよ」
「ロバートさん、お疲れ様です。これから休憩ですか?」
数分前まで近くの端末で作業をしていたロバートさんが、一人でお昼ご飯を食べる私に話しかけてきた。
手にはビニール袋、そして小柄なビン。ビンの方は、形状からして栄養ドリンクのように見えた。
「ああ、時間は無いからパンと栄養ドリンクだけどな」
「随分と不健康そうなお昼ご飯ですね、口を付けていないアイスティーありますけど、飲みますか?」
私は、昨日のうちに買っておいた300mlのペットボトル飲料をロバートさんに差し出す。
しかし、ロバートさんは首を横に振って受け取ろうとしなかった。
「いや、いいさ。必要ないから買ってこなかっただけだからね」
ロバートさんは、腰につけていた小さなバッグの中からミネラルウォーターを取り出した。
どうやら、もともと飲み物は用意していたようだ。
ミネラルウォーターを手にしたロバートさんは、エナジーフィラーを椅子代わりにしていた私の隣に座り、袋からカレーパンを取り出して食べ始めた。
こっそり袋の中を見ると、それは全てカレーパンだった。
「ロバートさんは、カレーパンが好きなんですか?」
「最近好きになったんだよ。運動しないデスクワークの人間としては、油の多い揚げ物はよくないとはわかってるんだけどね」
苦笑いしつつ、ロバートさんはもう一口カレーパンをかじる。
カレーが好きであるごく一般的な日本人であった私は、その様子を見て少しだけカレーパンを食べたくなった。
そこから、会話はほとんどなくなった。
お昼休みの時間が終わりに近づいてきたので、お互いに食事に集中し始めたのだ。
家族や友人とカニを食べに行ったことがある人ならわかるだろう。人は、真剣に食べる時は無言になる。
隣で4つものカレーパンをたいらげたロバートさんは、私と少し話をしてから、慌てたように去っていった。
ロバートさんと別れた私は、アーニャさんが携帯を弄っているのを確認してから、シミュレーション用のコックピットへと足を向ける。
午後からもシミュレーション、セシルさんが来るのを待ってから、いつものお仕事だ。
コックピット近くの椅子に座り、セシルさんを待つ。
――しかし、お昼休みが終わってもセシルさんが来ることはなかった。
一応、昼休みが終わってから30分ほど待ってみたが、一向に来る気配がない。
時間に遅れることなんてほとんどないセシルさんが無断で遅刻とは……珍しいこともあったものである。何かあったんだろうか?
近くの研究員さんにセシルさんを探しに向かうことを告げ、席を立って研究室を出る。
向かう先は、特派の執務室だ。大学設備としての元の部屋がコンピュータ系の部屋だったようなので、現在はロイドさんの第二のお城となっている。
ここに向かうのは、ロイドさんならセシルさんの居場所を知っているのではないかと考えたためだ。
ドアをノックして「失礼します」と一言。扉を開ける。
そこにはロイドさんの姿はなく、代わりに某チーズケーキさんの姿があった。
いっつも心の中で某チーズケーキさんと呼ぶのもおかしいので、いい加減名前を知りたい。
チーズケーキさんは、この部屋に唯一あるコンピュータの前に座り、何か真剣な様子でディスプレイを見ていた。
「あれ、ロイドさんはいないんですか?」
「うにゃあ!」
声をかけると、チーズケーキさんは猫のような声を上げて驚いた。
「あ、アリスちゃん? な、何か用かな?」
「いえ、シミュレーションの時間になってもセシルさんが来ないので、気になって探しに来たのですが……」
「セシルさん? セシルさんなら会議室で他所とお仕事中だよ。
私やジェレミー、バート辺りには、緊急で用事が入ったって連絡来てたんだけど……伝達ミスかなんかでアリスちゃんには届かなかったみたいね」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
どうやら、セシルさんは別のお仕事をしているらしい。
緊急の用事という事は、たぶんロイドさんが何かやらかしたのだろう。
「シミュレーションの方は、手の空いてそうな人に手伝ってもらって。
セシルさんも1時間もあれば戻ってくると思うから、そのくらいならみんな手伝ってくれると思うよ」
「わかりました」
チーズケーキさんの言葉に肯いて応え、振り返ってドアの方へと足を向ける。
そういうことなら、アルマさんにでも頼んでみよう。
今朝からずっと暇そうにしていたので、1時間なら手伝ってくれるはずだ。
「では失礼します」
「はいはーい。頑張ってね」
チーズケーキさんに一言告げて、私はその場を後にした。
廊下を歩きつつ、先ほどの会話で気になったことについて少し頭を働かせる。
――急な用事っていうのがどんな内容なのか気になる。問題のある話でなければいいんだけど。
チーズケーキさんから聞いた急な用事、それを聞いてから不思議とアーニャさんの姿が思い浮かぶ。
アーニャさんのことを考え過ぎると、無駄に警戒しすぎて胃に穴でも開きそうだからいやなんだけどなあ……。
その後、セシルさんからラウンズ専属KMF開発チームとの技術交換の話を聞いて、私は胃薬の購入を決意した。
いい加減、ナリタへ行こう
(今作はロスカラにおける親衛隊√のスケジュールを基に話を作っています。
一応親衛隊√における日程は保存してあるので、今回の日程云々の話で頭が痛くなった人は言ってください。ここのあとがきに追加します。
ただし、仮に追加される場合、追加される日程はあくまで本作における日程ではなく、親衛隊√の日程になります)