私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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22話

「たお……した?」

 

 私は、呆然として目の前の光景を見つめた。

 

 ほとんど反射的な行動と言ってよかった。

 反射と直感に任せた、本能的なものに近い戦い方に過ぎなかった。

 

 ――そんなお粗末なもので、ラウンズを倒せてしまっている。

 

 私は、目の前の光景が信じられなかった。

 そうして放心していると、ノネットさんから通信が入った。

 

『……お見事。

 まっさか負けるとは思ってなかったよ。思ってたより強いな、お前』

 

 ノネットさんの声に、呆然としていた意識が戻る。

 私は、慌てて通信先にいるノネットさんに応えた。

 

「あ……は、はい。ありがとうございます」

『ははっ、この通信はあいつには聞こえてないから、そう硬くなるなって。

 誇っていいぞ。機体性能で劣るそのサザーランドで、グロースターにのる私を倒したんだからな。親衛隊どころか、皇族の専属騎士以上だ』

 

 あいつ、おそらくコーネリア皇女殿下のことだろう。

 ノネットさんの言葉に、私の心は少しだけ暖かくなった。

 

「ノネットさんにそう言っていただけると、本当に嬉しいです」

『んー、硬いぞ。まったく、嬉しいならもっと嬉しそうにしろよ』

 

 残念そうな口ぶりだが、ノネットさんの声は嬉しそうだった。

 負けたことがそんなに嬉しかったんだろうか? ノネットさんらしくも感じられるが、比較的勝ち負けにこだわる私としては、いまいちよくわからない。

 

 ただ、ノネットさんの嬉しそうな雰囲気を見て、あまり悪い気はしなかった。

 

『おう、それじゃ、味方の助けに行くといい。まだ模擬戦闘は終わってないからな』

 

 そう言って、ノネットさんはグロースターを駆りその場から離れる。

 私は、軽く深呼吸をしてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛来する模擬戦闘用のペイント弾。

 スザクは、敵のナイトメアから放たれるその弾丸、そしてこちらを捉え続ける銃口を、瞬き一つせずに見続けていた。僅かでも目を離せば、その瞬間に負けると確信していたからだ。

 

 機体を捻る様にしてペイント弾を回避し、即座に前進する。

 ブレイズルミナスで防ぐことはしない。相手の弾丸にブレイズルミナスを貫通するに足る威力があった場合、その時点で敗北扱いされるからだ。

 

 そんな警戒をする必要がある程に、相手の機体が持つ銃器は大型のものだった。

 

 大きさは、以前河口湖で見た大型キャノンより2回りほど小さい。ナイトメア一機と同じぐらいの大きさだ。ナイトメアの武装としては、常識外れもいいところである。

 弾速は、計測したわけではないので細かい数値はわからないが、見たところほぼ大型キャノンと同程度。ブリタニアの技術力を考えれば、あの大型キャノン以上の威力があるのは間違いないだろう。

 

 河口湖のアレは、ほんの数発でランスロットのブレイズルミナスをエネルギー切れに追い込んだのだ。それ以上の威力があるのであれば、一撃で消し飛ばしてきてもおかしくない。

 

 ランスロットの武器は、スラッシュハーケンとMVS機能を封印したMVS、ペイント弾に換装したヴァリスだ。

 スザクは近接戦闘が得意なので間合いを詰めたいが、相手の持つ銃のせいで思うように間合いを詰められずにいた。

 

 なにせ、銃口が常にこちらを追い続けるのだ。

 よほど性能の良いFCSでも積んでいるんだろうか? あちらが引き金を引いてからでなければ、回避が意味を成さないとすら感じられる。

 もちろん、二重の意味でそんなことはありえないが、それほどまでに驚異的な性能だった。

 

「流石に僕なんかじゃ、カスタム機相手は厳しいってことか……」

 

 小さく呟きながら、スザクは弾丸を回避する。

 

 ――そう、スザクが相手にしているナイトメアは、サザーランドのような量産機ではなかった。

 

 その機体は、既存の機体よりも明らかに鈍重な外見をしていた。

 

 生半可な攻撃では意にも介さないであろう、堅牢な装甲。

 規格外の砲を使用するに足る、頑丈な手足。

 

 外見だけを見れば、走ることすらできそうにない鈍重さだった。

 

 ――しかし、見た目とは裏腹に、そのナイトメアの機動力はグロースターを超えていた。

 

 ランスロットには及ばないが、重量から考えればありえない機動力だ。

 

 おそらく、動力源であるユグドラシルドライヴには、ランスロット並みの量のサクラダイトが使用されているのだろう。

 機動性の差は、そのまま機体出力の差だ。その高い出力で重量を帳消しにしているに違いない。 

 

 周囲を駆け回りつつ、ひたすら弾丸を回避し続ける。

 スザクには、現状を打開する手段はほとんどなかった。

 

「はやく倒して、アリスを助けに行かないといけないのに……!!」

 

 焦燥感に駆り立てられそうになる心を抑えつつ、操縦桿を右へ左へ。

 

 スザクが勝利することを信じて、アリスはラウンズであるエニアグラム卿を相手にしてくれている。

 ラウンズは、帝国最強の騎士達だ。才能はあるが経験不足のアリスでは、1対1で勝つなんてことは不可能だろう。

 

 一刻も早く、目の前のナイトメアを倒し、救援に向かわなければならない。

 

 だが、一発当たれば終了というこの状況では、腰のヴァリスを引き抜く余裕もなかった。

 

 

 

 そんな時、この膠着状態を打破する機会が訪れる。

 

 相手のナイトメアが、持っていた大砲を投棄したのだ。

 

 弾切れの為にデッドウェイトとなる銃を捨てたのか、それともスザクを誘っているのか。

 どちらにせよ、スザクには選択の余地は無かった。

 

 スザクは、背中に格納されていたMVSを引き抜き、距離を詰めるために脚部のランドスピナーを展開した。

 

 それとほぼ同時に、敵のナイトメアが、予備で持っていたと思われるアサルトライフルを腰から引き抜き、ランスロットへと構える。

 

 誘われたのだ。

 

「それでもっ!!」

 

 スザクは、その事実に構わず踏み込む。

 躊躇した方が負ける。そう考えた彼は、迷うこと無くさらに一歩踏み込んだのだ。

 

 スザクの意識が集中し、彼の感覚が広がる。

 コックピットに映るモニターの映像、相手のマニピュレータ1本に至るまで、彼の視覚は正確に捉え始めた。

 次いで思考が反射に溶け込み、操縦桿を操る指の1本1本が脳と繫がる。

 さらには時間が歪み、スローモーションの映像を見ているかのように意識が引き延ばされた。

 緊張感による意識の乱れも、迷いによる微かなためらいも、今この一瞬だけは霞のように霧散する。

 

 かつて幼い頃、剣術の稽古において何度か経験した感覚。その集中力が振り切れたようなその感覚に、スザクは陥っていた。

 

 ――ゾーン、そう呼ばれる現象だ。

 

 スザクの意識は、今この一瞬に吸い込まれた。

 

 スザクの駆るランスロットが敵の下へたどり着くには、1秒近い時間がかかる。

 敵の持つアサルトライフルは、サザーランドなどが使用する一般的なもの。照準の時間を考えると、それまでの間に5発は撃てるだろう。

 それだけならば、右手のブレイズルミナスで防ぎきれる。

 勢いが多少削がれるために15発程度追加で撃たれるかもしれないが、それを考慮しても十分に防ぎきれるだろう。

 

 正面から、強引に突破する。

 周囲の状況から、スザクはそう判断した。

 

 しかし、視線の端に移ったとある物体を眼にしたスザクは、即座にその考えを破棄した。

 

 スザクが見つけたのは。敵ナイトメアの左手が握る筒状の物体だった。

 

 ――ケイオス爆雷

 

 厳密に言えば、少し形状が異なるのでその改良型か何か。

 僅かな間ではあるが空中に浮遊し、その間に大量の弾丸を敵へとばら撒くその兵器は、その攻撃範囲の広大さのためにランスロットのブレイズルミナスでは防ぎきれない兵器の一つとなっている。

 

 こうなれば、スザクに取れる手段は一つ。

 前進の勢いを殺さずに弾丸を回避し、相手がケイオス爆雷を投げるよりも早くそれを破壊することだけだった。

 

 展開されたランドスピナーが動き出すと同時に、銃口がランスロットに固定される。

 

 発射。

 拳銃とは異なり、アサルトライフルは弾丸をばら撒くように連射するタイプの銃だ。

 

 銃口の方向と位置から考えて、狙いはコックピット。

 スザクは、引き金が引かれる直前に、機体を捻る様に操作した。

 

 吐き出された弾丸が、ランスロットの傍を掠める様にして飛び去る。

 

 ランスロットは敵の懐に飛び込むと、まず右手のMVSでケイオス爆雷を弾き飛ばす。

 同時に左手のMVSでアサルトライフルを弾き上げた。

 

「はあっ!」

 

 コックピットの中で、スザクが気合いを籠める。

 完全にがら空きとなった胴体に、2本のMVSが迫り――

 

 

 

 

 ――そして、コックピットの手前で()()()()()

 

 止まった――寸止めをしたのではない。敵のナイトメアに止められたのだ。

 

「ブレイズルミナスっ!?」

 

 スザクは、ランスロットの両手を縫いとめたものの正体を口にした。

 

 敵ナイトメアとランスロットの間に展開された光の壁。

 光の壁の向こう側にあるMVSは、両腕が壁に埋まったようになったために止められたのだ。

 

『――記録、完了』

 

 通信越しに、向こうのパイロットの声が聞こえてくる。

 直後、敵のナイトメアが上空へとミサイルを放ち、ブレイズルミナスを越える様にしてランスロットに降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がたどり着いた時には、模擬弾によるペイントでランスロットはピンク色になっていた。

 少しファンシーな感じもするその姿は、まるでコードギアスの物語において魔女C.C.の乗ったランスロットの様である。

 

 ……ピンクのランスロットも可愛くていいかも知れないと思ったのは内緒だ。

 

 あの様子からして、おそらくスザクさんは負けたのだろう。

 しかし、実機の搭乗経験を考慮しなければ搭乗時間は私にすら劣るとはいえ、スザクさんは相当強い。

 まして、乗っている機体はランスロットだ。世界初の第七世代KMFだ。普通は負けるなんてことはあり得ない。

 

「そうなると……」

 

 あのKMFは、普通ではないという事になる。

 視線の先に正体不明のKMFを捉えながら、私はそう考えた。

 

 だが、そうなると一つ疑問が残る。

 

 ――あんな機体はコードギアスに登場していただろうか?

 

 ランスロットを倒せるほどの高性能機なら、物語に登場しているはずだ。

 私が知らない話で登場したならわからないが、少なくとも反逆のルルーシュや双貌のオズのSIDEオルドリン版、LOSTCOLLORS、ナイトメア・オブ・ナナリーにはあんな機体は存在しなかった。

 

 外見は、ラウンズ専用機であるモルドレッドやその試作機ゼットランド、旧ヨーロッパにそのルーツを持つ貴族で構成された集団、ユーロ・ブリタニアが開発したアフラマズダの様な重装系。この三つの中では、ゼットランドに一番似ているだろうか?

 専用の武器は、おそらく傍に落ちている大型の大砲だろう。KMFとほぼ同等の大きさがある。当たれば痛いでは済まなそうだ。

 

 ……やっぱり見覚えがない。

 

 そんなことを考えていたとき、突然敵が筒のようなものをこちらに投げつけてきた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に出来事に、ついその筒を大袈裟に避けてしまう。

 

 ――たったそれだけのことで、決着がついた。

 

 緊急の回避行動により崩れた姿勢、それを立て直すのとほぼ同時に、背後から強い衝撃が走った。

 

「うそっ!?」

『模擬戦闘、終了します』

 

 背後に振り返る。

 そこには、煙を上げる筒状の物体、ケイオス爆雷が転がっていた。

 先程投げた筒、それはケイオス爆雷だったのだ。

 

 呆然と、自分の両手を見る。

 今の敗北は、完全に私のミスだった。戦うときに余計なことを考えていたから、今のようなあっけない敗北をしてしまったのだ。

 

 辺りを見回せば、そこら中がピンク色に染まっている。それだけ、スザクさんは頑張ったのだろう。

 それを私は、一瞬でふいにした。その事実に、私は少しだけ死にたくなった。

 

「才能があるといくら言われても、心構えがなってなければこの程度……か」

 

 いくら人間としては規格外の体、アリスの肉体を持っていても、使いこなすことができなければ簡単に負ける。

 今日の出来事は、対人戦に慣れていない私としては、いい薬となる経験だった。

 

『アリス、大丈夫かい?』

 

 通信越しに、スザクさんの声が聞こえてくる。

 モニターに意識を向ければ、そこにはうずくまった私に手を差し伸べるピンク色のランスロットが映し出されていた。

 

『はい、大丈夫です。あまりに無様な負け方に、ちょっと落ち込んでいただけですから』

 

 心配するスザクさんにそう答え、私は左手でその手を取ろうとして――右手の槍を置いて右手で手を取った。

 左手のマニピュレータが壊れていたためだ。壊れている手では、手を取ることなんてできない。

 

『そうかな?

 ここに来たってことは、エニアグラム卿に勝ったんだよね。それだけの事を成し遂げたんだから、集中力が落ちていてもおかしくないよ。

 それに、本来であれば、あのナイトメアは僕が倒さなければならない相手だったんだ。今回の負けは、アリスのせいじゃない』

「……そう、ですね。そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 スザクさんの声に、暗い思いが少しだけ明るくなる。

 

 ――単純だなぁ、私。

 

 自分の単純な心に苦笑いを浮かべつつ、私とスザクさんは訓練区画の端へと移動することにした。


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