私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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18話

「ぐわー」

 

 ファンタジーの雑魚キャラクターが出す様な悲鳴を口にしつつ、私はデスク一体型の端末に上半身を預けた。

 

 本来であれば起き上がらなければならないのだが、ひんやりとしたデスクが心地よく、ついそのままでいたくなってしまう。

 

「お疲れ様、アリスちゃん。

 ……流石に、午前中休みなしでのシミュレーションは、結構堪えたみたいね」

 

 あの後、私は休みなしで4時間ものシミュレーションをすることになった。

 

 シミュレーションには衝撃などがなく、かつ私の肉体はネモによって強化されている。そのため、肉体的にはまだまだ元気だ。

 なのだが、常に集中することを求められるあの激戦で、心のほうがもう限界だった。

 

「うー」

 

 頬をデスクにくっつけ、手を大の字に広げながら、例のチーズケーキの研究員さんが言った言葉に答える。

 すると、そんな私の目の前に、黄緑色の小さな箱が置かれた。

 

「はい、チョコレート。

 甘いものは疲労回復に良いって聞くから、よかったら食べてね」

 

 どうやら、箱の中はチョコレートらしい。

 

「ありがとーございますー」

 

 力ない声で礼を言って、私はそれを手に取った。

 

 箱を開けてみると、ココアのまぶされた四角く茶色いチョコレートが出てくる。

 あまりチョコレートに詳しくない私だが、丸くないのでトリュフではないという事はわかった。

 

 たぶん、生チョコレートだろう。

 私がアリスでなかった頃の父親が良く買ってきた生チョコレート、目の前のチョコレートは、それによく似ていた。

 

 中にあったプラスチック製の小さなフォークを手に取り、一口。

 

 ――これは……抹茶?

 

 食べたチョコレートからは、僅かに抹茶の味がした。

 抹茶のもつ頬かな苦みが、チョコレートの甘さと口の中で混ざり合う。

 

 生チョコレートの口どけの良さと相まって、まさにとろけそうなチョコレートに仕上がっていた。

 

「すごく、おいしいです。

 このチョコレート、どこのものですか?」

「ホッカイドウのとあるチョコレート屋さんのよ。

 抹茶って好き嫌いの激しいものだから心配だったけど、気に入ってもらえてよかったわ」

 

 嬉しそうな研究員さんの様子を見ながら、私はもう一つチョコレートを口にした。

 

 それにしても、このチョコレートは随分と高かったのではないだろうか。

 

 この口どけの良さといい、抹茶との相性といい、安物には出せない味だ。

 握りこぶし二つ分程度の小さなものだが、送料込みで1000円近くはするんじゃないだろうか。

 

 これは、何かお返しをした方がいいかもしれない。

 

 手に持ったフォークを箱の縁において、私は研究員さんの方を向いた。

 

「えっと、研究員さんはチョコレートが好きなんですか?

 前は、チーズケーキが好きだって聞いた気がしたんですけど……」

「どちらかと言えば好き、ってところかな。苦いものは苦手だし、甘過ぎるのも得意なわけじゃないから、そこまで好きって程じゃないよ」

 

 そう言いつつ、彼女は縁にあったフォークを手に取って、箱の中のチョコレートを一つ食べた。

 そして、それを美味しそうな笑顔で頬張る。

 

 このチョコレートは、甘すぎず、かといって苦みが強いわけではないため、彼女にはちょうどいいのかもしれない。

 

 ――甘すぎず、苦すぎないものか……

 

 頭の中で、自分の知るお菓子を順に思い浮かべていく。

 しかし、いまいち良さそうなものは思いつかなかった。

 

 北海道繋がりで"おかき"というのも考えたが、それは甘いものではない。

 研究員というのは、頭を使う仕事だ。それに研究員さんは女性なのだし、できれば甘いものがいいだろう。

 

「なるほど……程よい甘さのお菓子ですか。

 わかりました。なら、今度は私の方が何かごちそうしますね」

 

 とりあえず、何にするか決めるのは今度にすることにした。

 ここは、同じ日本でも違う世界の日本なのだ。特産物などが変わっていてもおかしくない。

 

 ――ちゃんと調べて、それから考えよう。

 

「え!? いや、嬉しいけど気にしなくていいよ。

 アリスちゃん、お給料もらったの初めてでしょ。せっかくもらったんだから自分のために使いなよ」

「でも――」

 

 言葉を続けようとするが、彼女のチョコレートで口をふさがれる。

 

「アリスちゃんはまだ子供なんだから、そういうことは気にしなくていいの。

 このチョコレートも、私が好きでやってることなんだから……ね?」

 

 そう言って、彼女は微笑む。

 

 ――こういう人が、頼れるお姉さんみたいな立ち位置になれるんだろうな。

 

 アリスになる前、私が私であった頃はこんな風にはできなかったから、少し羨ましくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなことがあった次の日。

 

 私がいつものように研究室に向かうと、珍しく中から多くの人の気配がした。

 普段は、私が来る頃には人はまだ多くないのだが、一体何があったのだろうか。

 

 疑問に思いつつ、研究室の自動ドアを動かす。

 

 

 ……そして、入ることなく扉を閉めた。

 

 

 どうやら、私はまだ寝ぼけていたようだ。

 頬を軽く叩き、かすかに残っていた眠気を飛ばす。

 

 眠気がしっかり飛んでいることを確認して、私はもう一度ドアを開けた。

 

 

 ――そこは、まるで何かの儀式の様だった。

 

 電気が消された室内の中央、端末が退けられてぽっかりと空いたそこには、小さな焚火……に似せた明かりがぽつんと存在している。

 焚火の上には、布で恵方巻の様にされたチーズケーキの研究員さんが吊るされており、それを覆面にローブ姿の集団が取り囲んでいた。

 

「は、離せー! 私が何をしたー!」

 

 研究員さんは、ミノムシのようになった身体を揺さぶり、縄から抜け出そうともがいている。

 だが、縄はしっかりと結ばれているようで、彼女の動きは無意味だった。

 

 ――覆面集団……まさかっ!!

 

 私の脳裏に、とある結社の存在がひらめく。

 

 『ギアス嚮団』、私が考えたのはそれだ。

 コードギアスでは特派にかかわることはなかったはずだが、私がいるせいで変わったのかもしれない。

 

 おもわず額を押さえる。

 そこには、赤い鳥の様な紋章、ギアスを使うと浮かび上がるギアスユーザーの印がある。

 

 嚮団に私の存在がばれたのかもしれない。

 

 ――ザ・スピード!

 

 ギアスを発動、室内にあった鋏で強引に縄を斬り裂き、私は研究員さんを回収する。

 そして、鋏をナイフのように持ち、それを覆面達に構えた。

 

「あれ? あ、アリスちゃんおはよー」

 

 研究員さんは、自分を抱える私を見てのんきに声をかけてくる。

 

 落ち着いたその声を聞いて、私は何か勘違いをしていることに気が付いた。

 

「おはよう、アリス君。いつもこんな早い時間にきているんだね」

 

 正面の覆面が、私に声をかけた。

 その声を聞いて、私は自身の勘違いを確信する。

 

「……もしかして、ロバートさんですか?」

「ん? ああ、そっか。これじゃあわからないよね」

 

 目の前の男が被っていた覆面を取ると、そこには特派の研究員であるロバートさんの顔があった。

 

 ――つまり、これはネタ的なおふざけだったという事だ。

 

 鋏を下ろしながら、小さくため息をつく。

 私の心配は、完全に必要のないことだった。

 

 まあここは、本当にギアス嚮団ではなくて良かったと思うべきだろう。

 

 少し思うところがあるが、そう言い聞かせて納得することにした。

 

 ……ただ、ちょっとストレスがたまったので、少しふざけて発散することにする。

 

「よかった、ブリタニア軍の秘密警察的な物ではなかったんですね。

 でも、どうしてロバートさん達はこんなことを……」

 

 そう口にして、少しだけ顔を下げる。

 一拍置き、ロバートさんが口を開けようとしたところを確認して、私は勢いよく顔を上げた。

 

「それは、そ――」

「まさか! か弱い女性の自由を奪ってあんなことやこんなことをするつもりですか。

 

 ――エロ同人誌みたいに!! エロ同人誌みたいに!!」

 

 大事なことなので、大きな声で二度叫ぶ。

 すると、熱気のあった部屋の空気が一変、一瞬で凍り付いた。

 

 ――あれ、何か滑った?

 

 部屋の中が、沈黙で包まれる。

 

 しばらくすると、ロバートさんが無言で覆面を被った。

 

「アリス君、ちょっと彼女を私に渡してもらえる?」

「は、はい」

 

 ロバートさんの平坦な声に、私は思わず返事をしてしまった。

 

 ロバートさんは、私から優しい手つきで彼女を奪うと、乱暴に焚火の下へ放り投げた。

 

「うごっ! わ、私は無実だ!」

「ダウト、嘘はダメですよ?」

「むぐぅ!?」

 

 布団叩きで布団を叩いたような音と共に、研究員さんが覆面の一人に蹴飛ばされる。

 

 そして、彼女が黙り込んだことを確認すると、覆面姿の研究員さんたちが再び彼女を焚火の上に吊るし始めた。

 

 ――ど、どうしよう!?

 

 乱暴に扱われる研究員さんの様子に、私は慌てることしかできない。

 私の発言が原因なのはわかったのだが、その何が問題となったのかがわからないのだ。

 

「ちょっとー、何してるの君たち」

 

 そんな時、研究室の入り口から声がした。

 声の方向に振り向くと、そこには、扉に足をかけたロイドさんの姿があった。

 

「ロイドさん!」

「ロイド博士!」

「ロイド先生!」

 

 覆面の人達が、待ってましたとでも言いたげな声をあげる。

 ロイドさんは、その声に戸惑ったような表情をして室内に入った。

 

「はいはい。

 で、何があったの?」

 

 ロイドさんの視線の先にいるのは、吊るされた研究員さんと、吊るしているロバートさん。

 ロバートさんは、一瞬私に視線を向けた後、ロイドさんの方を向いて言った。

 

「すみませんが、アリス君がここを出てから説明させてもらえませんか。

 今から話す内容は、彼女には悪影響を与える可能性が大いにあります」

「悪影響? 悪影響ねぇ……」

 

 ロイドさんが、うっすらと笑いながらこちらを見る。

 

 私には何のことかわからないので、首をかしげるしかない。

 

「うん、いいよ。とりあえず、アリス君には席を外してもらおうか」

 

 しばらく私を見ていたロイドさんは、ロバートさんに視線を戻してそう言った。

 

 その言葉が放たれるや否や、私は瞬く間に覆面集団に囲まれる。

 そして、研究室の外まで手を引かれると、研究室のドアを閉められてしまった。

 

 驚きのあまり固まっていた私は、思考がパニックから戻ると同時に扉に手をかける。

 

 しかし、内側から鍵がかけられているようで、扉はびくともしなかった。

 

 ならば、せめて声だけでも聞こうとドアに耳をつける。

 

 すると、中の声が少しずつ聞こえてきた。

 

『――君のつく……上に同……を置いた?

 その……誌というのが何な……は知らないけど、別に本の一……二冊く……いいんじゃないかな』

 

 ロイドさんの声が聞こえる。

 ロイドさんの言葉から考えるに、あの研究員さんは私の机の上に何か本を置いたようだ。

 

 ――何の本だろう? 昨日のこともあるし、チョコレートの本だろうか?

 

 中の音を聞くため、さらに耳を澄ます。

 

『よく……です。

 しかも、B……のの……誌ですよ。18……定もかかって……』

『ん、B……?』

『……イズ……の略です。主に、男……士の卑……描写を描いた成……定のものを指します。

 彼女は、それを10冊もアリス君の机の上に並べて置いていたんです!』

 

 ロバートさんの声が強くなり、扉越しでもよく聞こえる程の音量になった。

 

 ロバートさんが声を荒くするなんて、いったいどんな本が私の机の上に置かれていたんだろう。

 

『あー、確かにそ……まずいね。

 個……特異な思想を抱……とを悪いとは言わな……れど、流石に彼女に成……定の書物を見……のはダメだ』

 

 ロイドさんが何か言っているのがわかるが、声が小さくてなんと言っているのかいまいちわからない。

 特異な思想で書物を見せるのはダメ、かろうじて聞こえたのはその程度だった。

 

『とりあえず、君た……この場の片づ……しようか。彼女へのペ……ティは僕が適当に考……おくよ』

『はい。よ……くお願いします、ロイ……ん』

 

 その会話を最後に、ロイドさんとロバートさんの声が聞こえなくなる。

 おそらく、そこで会話が終わったのだろう。

 

 私は、扉から耳を離し、扉の前で静かに待つことにした。

 

 

 

 五分ほどして、研究員さんの一人によって扉が開かれる。

 その人の声に従って研究室に入ると、そこにはいつもの研究室が広がっていた。

 

 あの儀式的な物は一切ない、いつもの研究室だ。

 もしかしたら、こうやってすぐに戻せるようにしていたのかもしれない。いや、していたのだろう。

 

 そんなことを考えながら、きょろきょろと部屋の中を見渡していると、恵方巻姿のまま隅の方で放置された研究員さんの姿を見つけた。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

 おそるおそる近寄ってみると、彼女はどうやら意識を失っているようだった。

 

 恵方巻状態を解除して、研究員さんを彼女の机に着かせる。

 崩れたりしないよう、きちんとバランスをとって席に着かせた私は、彼女の斜め前にある私の席に着いた。

 

 今日のシミュレーションは、研究員さんたちの都合で午後からなので、午前中は昨日テストした武器のレポートを書くことになっている。

 

 席に着いた私は、机と一体になっている端末を起動、文書作成ソフトを使用する。

 

 目の前に広がる真っ白な画面、私はそれに何とも言えない絶望感を感じながら、キーボードを叩き始めた。


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