私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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15話

 

 河口湖で起きた、ホテルジャック事件の次の日。

 

 特派は、昨日の事件の話で賑わっていた。

 

「――そもそも、正義の味方ってなんだよ。

 一般的なブリタニア人の価値観を、ナンバーズかどうか関係なく適用することを正義だとでも言いたいんかね」

「単純に、世のため人の為ってやつでしょ。正義の味方って言ったら、こう……水○黄門みたいに」

「え、お前あれ見てたの? あれってたしか本国では放送されてなかったはずだろ」

「バートからデータ借りたの。昔のエリア11が持つ独特の雰囲気が面白かったわ」

「正義の味方つったらエミヤでしょ。他には考えられん」

「はいはい型月型月」

 

 ただし、少し方向性がおかしな気もしたけど……

 

 今日は、いつものごとくシミュレータだ。

 予定では実機での演習だったが、肝心のランスロットが昨日の戦闘で破損してしまったので使えなくなってしまったのだ。

 

 相手は、いつものグロースター。AIも同じ。

 私の機体もいつものランスロットで、戦う場所もいつもと同じ市街地だった。

 

 テスト内容は、ロイドさん以外の研究員の人が考案した、ハドロン砲と呼ばれるビームを撃てる試作型のスラッシュハーケン。

 おそらく、後にラウンズ専用機に搭載されることになる『ハドロンスピアー』の試作型なんだろう。

 

 ただ、ハドロン砲がきちんと集束できないために散弾のようになってしまったり、小型化が上手くいかずスラッシュハーケン用のユニットを別に装着しなければならないなどの問題がある。

 まあ、試作兵器なんてこんなものだろう。

 少なくとも、いきなり刀身が消えてしまったシュロッター鋼合金の剣よりはましだ。

 

 まずは、グロースターがいない状況で試作型のスラッシュハーケンを動かしてみる。

 

 背部の、ちょうどエナジーフィラーに覆いかぶさるように取り付けられたユニットを起動。

 操縦桿を操作し、わきの下を潜る様に試作型スラッシュハーケンを射出する。

 

 撃ち出されたスラッシュハーケンは、20メートルほど直進して進み、その後段々と失速、50メートルほど進んだところで斜めに地面に刺さった。

 

「随分と重いですね」

 

 シミュレータの外にいるロイドさんに、思ったことを率直に伝える。

 

 スラッシュハーケンは、少なくとも50メートルほどでは落下しない。

 これだけ大型のユニットを使用して射出しているのだから、射出の為の出力が不足しているとは考えにくい。単純に重いのだろう。

 

『試作だからね、軽量化とかはまだしてないから。

 ハドロン自体の集束もできてないし、ほんとに試作だね』

 

 ロイドさんが無線越しに答えてくれた。

 

「なるほど、それなら重くても仕方ないですね」

 

 疑問が解決したところで、シミュレータを再開する。

 

 正面に試作型スラッシュハーケンを射出し、それに搭載されたハドロン砲の発射機構を使用してみる。

 スラッシュハーケンは、私の操作に従い機体正面で連結され、赤黒いエネルギーを発射した。

 

 それは散弾のように正面に広がり、路面、近くの建物、それらを穴だらけにする。

 

「……これもこれでいいんじゃないですか?」

『まあ、対ナイトメアには十分なんだけど、対艦とかだとちょっとね』

 

 威力もある程度あるし、わざわざハドロン砲を集束させず、散弾である今のままでも良いのではないかと思ったが、そうはいかないようだ。

 

『一応、ハドロン砲が完成したころには、集束率の調整とかは考えてみるよ。

 もっとも、ハドロン砲は調整が難しいから、期待はしないでほしいけど』

 

 ロイドさんは、そう言って端末のキーボードを叩き始めた。

 すると、ランスロットのレーダーにKMFの存在が反応した。

 

『じゃ、今日も始めようか。

 確認するけど、相手はいつものグロースター、AIもいつものね』

「はい、了解です」

 

 ロイドさんの言葉に答えて、私は正面のモニターに集中した。

 

 視線の先に、小さく黒い点が映る。

 ファクトスフィアを展開し、映像を拡大。黒い点は、紫色のKMFに姿を変えた。

 

 グロースターだ。

 

 外見から考えて、武装は大型の電磁ランスとMVS、アサルトライフルだ。

 フロートユニット、そして今回の試作スラッシュハーケンは積んでいない様に見える。

 

 ――とはいえ、それしかないって考えるのは危険かな?

 

 以前のテストで、グロースターのスラッシュハーケンにブースターを積まれていたことがあったので、安心することはできない。

 アサルトライフルが改造されていたり、MVSのダガーを隠し持っていたり、電磁ランスの出力が2倍化されていたりするかもしれないのだ。油断するわけにはいかない。

 

 グロースターへとヴァリスを構え、引き金を引く。

 ヴァリスのインパクトレールはLevel3、ある程度の連射性が確保でき、かつグロースターを一撃で破壊できる"はず"のレベルだ。

 

 三連射。

 コックピットへと一発、そこから僅かに左右にずれた場所へと二発、単純な回避では回避しきれず、斬り払いもできないように放つ。

 

 グロースターは、それらの弾丸を横一線に斬り払った。

 

 ……水平にはならないよう、ほんの僅かにずらすべきだったかも。

 間合いの問題で、グロースターの持つMVSではぎりぎり刀身が届かないように撃ったはずだったんだが、ランスロットのMVSと比べ長めのものを装備していたらしい。叩き落とされてしまった。

 

 再びヴァリスを放つために狙いを定めるが、それよりも早くグロースターがアサルトライフルを引き抜く。

 

 私は、急いで機体を操作し、その銃口から逃れる。

 

 ――その瞬間、気が付けば目の前にグロースターがいた。

 

「――っ!?」

 

 避ける間もなく、MVSにランスロットが両断される。

 私は、それを見ていることしかできなかった。

 

『……はい、シミュレータ終了。

 ちょっと、AIのレベルを下げようか』

「……すみません、お願いします」

 

 向こうから、ロイドさんの落胆したような声が聞こえる。

 その言葉に少し悔しく思いながら、同時に違和感を感じながら、私はロイドさんに肯いた。

 

 

 しかし――

 

 

『シミュレーション終了。

 ……ちょっと降りてきてもらえるかな?』

 

 AIの難易度を下げたにもかかわらず、私はあっという間にグロースターに撃破された。

 

 操縦桿を強く握りしめる。

 そうでもしなければ、物に当たってしまいそうだったからだ。

 

 昨日まで倒せていた相手が、全く倒せなくなっている。

 そんな状況に、私は悔しさを隠せなかった。

 

 なぜこんなことになっているのか。

 当事者である私でも、その理由はわからない。

 急に腕が悪くなったわけではない。少なくとも近接戦闘はきちんとこなせていたし、ヴァリスも狙ったように撃てていた。

 

 それなのに、どうして急にダメになったのか……

 

『アリス君?』

「あ、はい。今出ます」

 

 ロイドさんに催促されたので、シミュレータを降りる。

 シミュレータを降りて端末の前にいるロイドさんのところに向かうと、ロイドさんは私に黒い合成皮革の財布を渡してきた。

 

「はい、お給料」

「へ?」

「いままで給料をあげたことなかったでしょ。本来の給料日は明日だけど、早めに渡しとくよ。

 財布はプレゼントね、お金をむき出しで持つわけにはいかないでしょ」

「あ、ありがとうございます。

 でも、どうして急にお給料を?」

 

 渡された財布を受け取りつつ、ロイドさんに問いかける。

 

 すると、ロイドさんは心底嬉しそうな顔で私に言った。

 

「残念でした、君、今日と明日はお休みね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が、特派の間借りしている研究室から出て行ってから少しした頃――

 

 ロイドとセシルは、端末の画面に表示されたランスロット、今日のシミュレータにおけるアリスの動きを見ていた。

 

「CSRでしょうか」

「たぶんね。銃弾だけに反応しているところとか、昨日あったこととかを考えると、それで間違いないでしょ」

 

 セシルの言葉に、ロイドは頷いた。

 

 CSR、戦闘ストレス反応と呼ばれるそれは、文字通り戦闘によるストレスから生じるものとされている。

 凄く簡単に言えば、恐怖心から起こるものだ。

 

 二人は、端末で再生されている映像に視線を向ける。

 映像の中のランスロットは、グロースターの銃弾をぎこちない動きで大きく回避、その隙を突かれ撃破されていた。

 

 狙撃の腕や剣撃に対する対応などの技能はいつも通りであったが、それだけはぎこちない。

 

「無意識でしょうか……」

「どうだろう。少なくとも違和感は感じてるはずだよ」

 

 そう言って、ロイドは映像を消した。

 

「まあ、彼女は軍人としての教練を受けていたわけじゃないし、初めての実戦ならこんなこともあるでしょ」

 

 どうでも良さげな様子で、ロイドはそうセシルに告げる。

 セシルは、ロイドのその言葉に納得したように肯いた。

 

「そのうち彼女の中で折り合いをつけるでしょ。僕らはそれまでに今までのデータをまとめておこう」

「でも……いえ、そうですね。彼女自身がどうにかしなければならないことである以上、そうするしかないんでしょうね」

 

 セシルは、少し悩んで、ロイドにそう返した。

 

 話が終わった二人は、そこで離れて仕事を再開する。

 

 ロイドは、セシルがいなくなったことを確認すると、先ほどとは別の映像を端末に映し出した。

 

 それは、昨日のランスロットがカメラに映した、正体不明の機体の映像。

 トンネル内に突如出現し、あっという間にリニアカノンを破壊したナイトメアを映した映像だ。

 

「シェルショックに近いCSR、それを戦闘に参加せずに発症した……ね」

 

 その映像を見ながら、ロイドは笑みを作る。

 

「無くはないだろうけど、ちょっと都合が良すぎるかなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学の外、以前訪れたショッピングモール近くの公園で、私はぼーっとしていた。

 理由は単純で、休みに何するか思いつかなかったのだ。

 

 ――何しよっか。

 

 前の自分であれば、漫画を読んだり、ゲームをしたり、アニメを見たりしたのかもしれないが、ここではそんなことはできない。

 

 特派の仕事用の端末を使うわけにはいかない以上、アニメを見るにもテレビがない。

 ゲームをするにもハードがないし、ゲームセンターのゲーム機を含め、そもそも知っているゲームが存在しない。

 漫画はあるが、それは全てブリタニアのもの。書店には、日本の漫画が一切ない。なのでよくわからない。

 

 食べ歩きなども考えたが、びびっと来るものは何もなかったため、買うことはしなかった。

 

 アッシュフォード学園に忍び込んでみようかとも考えたが、昨日の事件の際にシャーリーさんの父親がニュースに出たせいで、学園近辺を記者の人達が取り囲んでいた為に忍び込めそうになかった。

 

 ――まあ、ギアスを使えば行けそうだけど……

 

 そこまでして、行きたいとも思えなかった。

 

 そんなわけで、私は今ぼーっとしている。

 

 

 そもそも、どうして私は突然休みになったのだろうか。

 特派に勤めるようになってからそれなりに経つが、ロイドさんに休むように言われることなんて一度もなかった。

 

 ――やっぱり、シミュレータの成績が原因?

 

 私には、それ以外考えられなかった。

 

 ここ最近は、例のグロースターに勝ち越せるようになっている。

 負けるにしても、僅差で負けるという状況がほとんどだ。完敗したり秒殺されることはない。

 

 だが、今日は違った。

 

 32秒。二回の戦闘シミュレーションで、私が生存できた合計時間がそれだ。

 完敗だった。一瞬で落とされた。抵抗すらできなかった。

 

 グロースターの攻撃は、アサルトライフルを撃って、私が回避を行うその隙に間合いを詰めただけ。

 二回目も同じだ。何も特別なことはしていない。

 

 ――いったいどうして……

 

 そう頭の中で口にして、私は軽く頭を左右に振った。

 

「目を背けちゃダメ」

 

 自分に聞かせるよう、私は口に出す。

 

 そう、「いったいどうして」なんて嘘だ。「わからない」なんて嘘だ。

 どうしてかわかっている。何故かなんて理解している。

 

「私は、怖いんだ」

 

 目を背けないためにも、はっきりと口に出した。

 

 

 コードギアスという機体は、他のKMFと操縦方法や性能が大きく異なる。

 その違いはいくつかあるが、今一番重要になるのは、その手ごたえだ。

 

 コードギアスは、パイロットの意志をほぼ直接的に機体に伝える。

 同時に、機体の様子を従来のKMFよりも鮮明にパイロットに伝える。

 手ごたえや場の空気、スラッシュハーケンの動き一つに至るまで、はっきりと伝えるのだ。

 

 細かい操縦を可能とするその性能が、今はパイロットである私に牙をむいていた。

 

 

 手を見る。

 震え一つないこの手だが、もし以前の私の身体であれば、みっともなく震えていただろう。

 

 昨日のあの戦闘、私は、『雷光』に撃たれた。

 機体に当たる弾丸は全て打ち落としたが、私に当たらなかった弾丸が機体のすぐそばを掠めただけで、私は怖くなってしまった。

 

 さらにその直後、私は『雷光』を破壊した。

 その手ごたえが、鋼鉄を裂き、肉を潰した手ごたえが、私は自分の身体が行ったかのように鮮明にフィードバックされた。

 

 ――怖かった。

 

 戦場そのものだけではない、自分の力も怖かった。

 

 おそらく、こういうのをトラウマというのだろう。

 陳腐な言い方だが、自分の両手が血に染まっているような気さえした。

 

 二の腕を強くつかみ、自分自身を抱きしめる。

 

 自分でも、何が何だかわからない。

 アリスになる前の私が、車にはねとばされたときと同じように、心がまっすぐに立っていなかった。

 

 ――結局、この日は、公園でうずくまるだけで終わった。


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