私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
ロイドは、焦っていた。
いつものへらへらした顔を止め、真剣な表情をしてしまうほどに焦っていた。
「ロイドさん?」
表情に気が付いたセシルがロイドに声をかけるが、彼の頭にはその声は入らない。
彼の意識は、ランスロットの機体状況を表示したモニターに縛られていた。
ロイドの視線の先にあるそれは、関節部などに大きく負荷がかかっていることを示している。
以前、枢木スザクがランスロットを操縦したときは、こんな事にはならなかった。
彼は、アリスとは異なりKMFの動きの摂理を理解している。意識してか無意識かはわからないが、彼女と違い無理のない動き方をする傾向がある。
おそらく、剣術を納めているからだろう。ブリタニアの騎士と同じく、人の動きの延長線上で戦っているのだ。
そんな彼が、こんなにも機体に負荷を与える動きをしている。
ロイドには、それが不思議で仕方がなかった。
――そして、ロイドは一つの疑問を抱いた。
テロリストたちの所持するリニアカノンの第4射、それをスザクは完全に回避できなかったのだ。
ロイドの思考の焦りが、さらに強くなる。
リニアカノンは、
端末のキーボードを叩き、操縦関係の調整に関するデータをを呼び出す。
――ロイドの考えが、確信に変わった。
そこにあったのは、通常よりも8%ほど、操縦に機体が反応するよう調整されたランスロットだった。
この調整は、枢木スザクという人間用に調整されたものではない。アリスが操縦するように調整されたものだ。
さらに、いくつかのデータを呼び出す。
ロイドが見る限り、普段ロイドが調整している物のいくつかが、枢木スザクのものではなくアリスのものになっていたことがわかった。
「枢木准尉!」
ロイドは、思わず声を上げた。
スザクの失敗は、完全にロイドの失敗だ。
本来、今日はアリスの実機操縦を行う予定だった。
ランスロットにはそのための調整が施されており、当然、枢木スザクではなくアリスに合わせた出力の調整などが行われていた。
ロイドは、この調整をセシルが全てやってくれたと思い込んでいたが、彼女は普段ロイドが調整する部分には手を出さなかったのだ。
ロイドは、セシルが全てやってくれたと思っていたため、その部分には何も手を付けていない。
おそらく、セシルも同じような思考をしたのだ。普段ロイドが調整している部分は、何時ものようにロイドが調整していると思い込んだのだろう。
結果、スザクは普段と違うランスロットに戸惑い、僅かなミスを重ねることになったのだ。
第1射、第2射の完全回避を失敗したのは、この影響が大きいだろう。
普段通りなら、確実に避けられたはずなのだから。
その直後、ランスロットが被弾した。
今度の破損個所はランドスピナー。
同時にブレイズルミナスのエネルギーも尽きたため、これ以上あのリニアカノンを防ぐことはできないということになる。
それでも、その場からヴァリスを撃てば何とかなるだろう。
ロイドは、この時そう考え、一切心配をしていなかった。
だが、その考えはすぐさま消し飛ばされる。
『……ロイドさん、ヴァリスを落としました』
無線越しのスザクの声に、ロイドは顔色を変える。
ヴァリスも、ブレイズルミナスもないこの状況で、ランスロットに未来はない。
もちろん、そこに乗るデヴァイサーの命も。
ロイドは、端末のキーボードに手を乗せた。
ブレイズルミナスのエネルギーは、ランスロットの駆動系と同じくエナジーフィラーのエネルギーを使用している。
だが、そのまま使用しているわけではない。
ブレイズルミナスの使い過ぎが原因で機体が動かなくなる、負荷がかかり過ぎてブレイズルミナスの発生装置が破損するなどという事が無いよう、ブレイズルミナスには使用限界が設けられている。
この限界は物理的にではなくプログラム的に設けられたもので、使用者に合わせロイドやセシルが簡単に調節できるようになっている。
ロイドの手が、踊る様にキーボードを叩き始める。
その速さは、もはや人間の物ではない。1秒間に15文字、彼の人生でもこれ以上ないという速度でタイピングを行っていた。
しかし、彼の中にはそのことに関する考えは何一つない。
彼の中にあったのは、僅かに持っていた人としての良心が促す焦りと、科学者としてのプライドだった。
――自分のミスで人を殺すなんて、そんなことはイヤだ。
まとめてしまえば、それだけ。
それ以上の考えはなく、彼はタイピングを続けた。
彼が行っているのは、ランスロットに対するハッキング。
つながりの確立されているこの端末からランスロットのセキュリティを突破、ブレイズルミナスのエネルギー分配を書き換えようとしているのだ。
本来、KMFのプログラムは、この端末からは書き換えることができるようになっていない。
必ず、コックピット内の端子につないで書き換える様になっている。
それでも、出来ないわけではないのだ。
ランスロットを作り上げたのはロイドで、そのソフトの6割に何らかの形で携わっている。
セキュリティに限って言えば、およそ7割だ。ほとんどがロイドの物だと言っていい。
加えて、KMFが電子的に攻撃されるという状況があまりにも稀であるため、そして少しでも機体の追従性を高めるため、あまり強力な防壁は用意されていなかった。
できない筈がない。
ロイドという男は、不可能を可能とするために科学者となったのだから。
もし、もっと時間があったなら、ロイドはランスロットのシステムを書き換えることができただろう。
――しかし、現実はそうはいかなかった。
「できたっ!」
ロイドは、ランスロットのセキュリティを突破する。
ロイドにとってはそれほど強固なセキュリティでないとはいえ、驚異的な速度だ。
だが、ロイドの視界の隅、そこにあったランスロットのカメラが、今にもリニアカノンが発射されることを彼に伝えていた。
今から書き換え始めたとしても、ほんの数瞬分だけ時間が足りない。
このままだと、間に合わない。
ロイドは、スザクの死を覚悟した。
だが、ロイドの予測した未来が訪れることはなかった。
次の瞬間、ランスロットのカメラは、怪しく紫に輝く何かを映し出した。
突如現れたその何かは、ランスロットの前に立ち、リニアカノンを見つめている。
「重力変動……?」
ロイドのすぐ隣で、セシルが小さくつぶやいた。
直後、リニアカノンが発射される。
ロイドたちの前にある穴から突風が吹き、細かな小石などが端末に当たり金属音を鳴らした。
だが、ランスロットは健在だ。
それどころか、機体には大きな破損が一切ない。
ランスロットの外部マイクが、リニアカノンを構成しているグラスゴーの放った砲弾、その発射音をいくつも拾う。
目の前の何かは、それらを受けながらも傷一つ付かなかった。
『これは、ナイトメア?』
端末の向こうから、スザクの声が聞こえる。
その瞬間、彼がナイトメアと言った何かは消え去り、同時にリニアカノンが崩壊した。
「あははは!!」
ロイドの口から、笑い声がこぼれる。
彼の隣にいるセシルは、呆然とその映像を見つめていた。
――もはや、ナイトメアの速度ではない。
視認することすらできない、圧倒的な速度。
ロイドの最高傑作であるランスロット、それですら先ほどのナイトメアの10分の1すら出せないだろう。
現状では世界最高の性能を持つはずだったナイトメア、ランスロットですらこれなのだ。
こんな速度、どんなことをしたってありえない。
しかし、現実として、そのありえないナイトメアが目の前に存在している。
彼は、もう笑うしかなかった。
――ザ・スピード。
――ザ・コードギアス ゴッドスピード。
加速する力を持つアリスのギアスと、それを魔女のコピーであるネモが強化した無限大に加速するギアス。
それが私の持つ、2つのギアスだった。
トンネルに落下した私は、ギアスを用いてランスロットの前に移動。
ザ・コードギアス ゴッドスピードを使って無限大に加速し、ランスロットに迫る『雷光』の榴散弾を有機的な動きができるスラッシュハーケン、ブロンズナイフで全て破壊した。
その後『雷光』を解体し、ランスロットの代わりにホテルの基礎ブロックを破壊したのちに脱出した。
そんな私が今いるのは、特派のトレーラーの傍。
コードギアスを降りて、ギアスでこっそり湖を渡った私は、アリバイ作りのためにここに移動することにしたのだ。
トレーラーの中には、特派の研究員の人がいる。
私はトレーラーに乗ると、備え付けの端末をじっと見つめる研究者の人に声をかけた。
「……」
かけようとした。
だが、その前にふと思った。
――あれ、そういえば私はこの人の名前を知らない。
普段、心の中で研究員の人と呼んでいたためか、私はこの人の名前を覚えていなかった。
名前を知らない相手に話しかけるときは、なんて声をかければいいのだろうか?
こんばんわは変だし、すみませんも何かおかしい気がする。
あまり人に慣れていない私としては、少し難しい問題だった。
「あれ、アリスさん? どうしてここに?
ロイドさんたちと一緒にいるのではなかったのですか?」
私がそう悩んでいると、研究員の人が声をかけてきてくれた。
「はい、その……。
少し、怖くなってしまって……」
気を取り直して、私は研究員の人の言葉に答える。
私の外見年齢は中学生だし、実際の戦場に出ることは初めてではないことを考えれば、こう思うのもおかしな話ではないだろう。
……実際、怖いと思う感情が無いわけではないし。
「あー……まあ、うん。そっか。
じゃあ、此処にいるといいよ、そのうちロイドさん達も来るだろうしね」
研究員の人は、そう言って近くの椅子を指さす。
私は、そこに座ると、ぼーっとすることにした。
ふと、正面の画面に目が行った。
正面の端末の画面に映っているのは、変な仮面を被った男、ゼロの姿。
私のその様子を見た研究員の人は、消していた端末のボリュームを上げる。
『――れらの名は、黒の騎士団!』
――その声を聞いて、不思議と心が痛んだ。