私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
「ランスロット、発進!」
目の前のにある大穴、地下のトンネルに通じる縦穴から、ランドスピナーのタイヤが擦れる音がする。
その後、その音は小さくなりながら遠くに向かって行った。
「全力って……スザク君、まさか突破するつもり!?」
「あははは!」
驚愕するセシルさんをよそに、ロイドさんは笑い続ける。
二人の、そして私の目の前にある端末の一つ。
それは、ランスロットのカメラ画像を映し出していた。
ランスロットの視線の先にあるのは、赤色の光で照らされたトンネルと、遠くに見える黒い点。
このカメラでは遠くて点にしか見えないが、その点は第四世代KMF、グラスゴーを四機結合させたリニアカノンだ。
超電磁式榴散弾重砲『雷光』、それがこのリニアカノンの名前だ。
超電磁式というその名の通り、弾丸を電磁誘導により加速して撃ち出す様になっている。
使用されている弾丸は、榴散弾。
球体の散弾を多数内包した弾丸のことで、目標付近で中身を放出、弾丸を足元付近にばらまき機動力を削ぎつつ破壊する機能を備えている。
発射方法から考えて、弾速はかなりのものだ。
スザクさんは人外な部分があるのでなんとも言えないが、普通の人間ならば絶対に回避できないほどの速度がある。
散弾であることも考慮すれば、スザクさんでも回避するのは難しいかもしれない。
ロイドさんも回避率は47.8%と言ってたし、その可能性は高いだろう。
けど、スザクさんはそれを実現する。それを私は知っている。
第一射、視線の先が僅かに光を発する。
その直後、ランスロットが回転。カメラが揺れ動き、機体の周囲を散弾が通り過ぎた。
数発当たりそうなものもあったが、右腕に煌めいたブレイズルミナスがそれを弾く。
何か、嫌な予感がする。
ランスロットが榴散弾をしのぐその光景を見て、不思議と
アニメで一度見た光景なのだから、本来は少しくらい
――もしかして、視点が違うからかな?
その直後、目の前の大穴から暴風が吹き荒れた。
「だから言ったじゃないですか!」
「うん、囮じゃなくてやりきっちゃうつもりだね」
ロイドさんが愉快そうに口にする。
……ランスロットが破壊されるかもしれないというに、どうしてこんな風に笑っているのだろうか。
ふと、とある考えが脳裏をよぎった。
「ロイドさん、さっきの確率ってもしかして……」
「んー? 僕は嘘はついてないよ?」
喜々とした笑顔で、ロイドさんは笑う。
その表情と言葉に、私は自分の考えが間違っていなかったことを確信する。
きっと、さっきの47.8%は、普通のパイロットが操縦したらの確率だったのだろう。
そうだとしたら、スザクさんの場合なら十分にこなせる確率だ。なにせスザクさんは、将来KMF能力オールSという偉業を成し遂げる人物なのだから。
ランスロットの視線の先で、僅かに光が煌めく。
第二射。『雷光』が雄たけびを上げようとする輝きだった。
直後に、ランスロットに搭載された二対のファクトスフィア、高性能のセンサーであるそれが展開され、トンネル全体の細かな情報をランスロットに伝えてくる。
『雷光』が、榴散弾を放つ。
ファクトスフィアはそれを捉え、その速度、機動、回転の度合いなどの情報を一瞬で計算、コックピットのモニターの一つに表示する。
さらに、それが表示されたのとほぼ同時、強化されている私の肉体でようやく認識できる程度に遅れて、榴散弾が内部の細かな弾丸を開放した。
ランスロットは、ファクトスフィアからの情報を基にすぐさまそれを計算、結果を表示する。
そして、結果が表示されてからおよそ0.02秒後、弾丸の嵐がランスロットを襲った。
榴散弾から分離した弾丸の数は、およそ40。
寸分の狂いなく弾丸が縦に並ぶ、などの偶然が起こらない限りそれが全てだろう。
スザクさんは、それをランスロットの機動性を駆使して回避しなければならない。
救いとなるのは、40発すべてが同時に着弾するわけではなく、通路全体を塞いでいるわけではないということだろう。
ほんの一瞬の隙間、そこを縫うようにランスロットが舞う。
通常のKMFにはない滑らかな関節の駆動、過去の世代のKMFに比べてより対KMFを意識した設計が、その動きを可能としていた。
ランドスピナーを利用した信地旋回、トンネルの壁を足場に見立てた三次元的な軌道などによりそのほとんどを回避する。
どうしても回避できない十数発は、両手のブレイズルミナスを駆使することで防ぎ、機体への損傷や負荷を最小限に抑えていた。
――嫌な予感がする。
第一射の直後よりも、その予感が大きくなる。
だが私は、軽く頭を振ってその予感を振り払った。
コードギアスの物語では、スザクさんは突破できたのだ。私の予感は杞憂に過ぎないはずだ。
しかし、何度そう思っても、不安は少しずつ大きくなるばかりだった。
「うーん、予想より再装填が早いかな。
4射で突破できると思ったけど、もしかしたら第5、いや第6射目まで行くかもしれないね。
――おめでとうスザク君、成功率が凄い数値だよ!」
『問題ありません、自分は任務を遂行するだけです』
大穴から吹き上がる突風を眼にしながら、ロイドさんが余計なことを言った。
いい意味で捉えれば、遠回しにいつでも任務を放棄してもいいと言っているのだろう。そうであってほしい。
スザクさんは、その言葉に冷静に応えつつも、眉一つ動かすことなくランスロットの操縦を続ける。
第三射、『雷光』にその予兆が灯る。
ファクトスフィアを展開、放たれる弾丸の情報を取得し、そのデータをランスロットのモニターに反映する。
モニターに表示された情報は、40の弾丸がランスロットに隙間なく迫っていることを示していた。
スザクさんは、右手のブレイズルミナスを展開、飛来するすべての弾丸を防ぐ。
弾丸は薄緑の幕に遮られ、トンネルの内壁に飛び散った。
だが、弾丸が当たった衝撃そのものは無くすことができず、ランスロットは大きく押し返される。
それでも、ランスロットは無傷。
ブレイズルミナスでは衝撃は無効化できないために、腕部の関節やランドスピナーなどには大きな負荷がかかったものの、損傷と言えるものは全くなかった。
――そこで、私は予感が的中し始めていることに気が付いた。
目の前にある端末、その画面の一つには、ブレイズルミナスのエネルギー残量が表示されている。
画面は、私にエナジーの枯渇が近づいていることを伝えていた。
受け方によっては、インパクトレールをLevel4に設定したヴァリスによる攻撃を、三度は防げるブレイズルミナス。
それを、受け方が良くなかったとはいえここまで削る『雷光』。
その威力に、私は戦慄を隠せなかった。
目の前の穴から、また突風が吹きあがる。
モニターに表示された情報を見た感じからして、あと一撃でも直撃を受けたらブレイズルミナスは展開できなくなるだろう。
もしかすれば、その一撃すら受けきれないかもしれない。
セシルさんやロイドさんは、他の駆動系などの負荷に夢中で、そのことに気が付いていない。
スザクさんは気が付いているかもしれないが、ここまで来ては戻ることも難しいだろう。気が付いたからといって、どうにかなるものではない。
コードギアスにおいて、『雷光』が発射された回数は5回。
今のは3回目なので、残り二回。
スザクさんは、たしかコードギアスでは第5射目をブレイズルミナスで防いでいたはずだ。
その光景が現実のものとなるのであれば、第4射をブレイズルミナスなしに凌がなければならないことになる。
第3射をブレイズルミナスで防がなければならなかったことを考えれば、近づいたことによって回避が難しくなった第4射を完全回避することはかなり難しいだろう。
「――っ!」
スザクさんに叫ぼうとして、そこで口を噤む。
一体何を言おうというのか。
ここまで進んでしまったのだ、今さら戻れとは言えない。
そもそも、今ここで私が何かを言えば、スザクさんの集中力が途切れるかもしれないのだ。
完全に回避しなければならないこの状況下において、それはあまりにも致命的だ。
物語では、第5射目にブレイズルミナスを発動していたのだ。
きっと、スザクさんはこの第4射目を完全に回避するのだろう。
そう、きっとそのはずだ。
第4射の光が灯る。
同時に、ランスロットのファクトスフィアが展開される。
初めの時よりも鮮明に見えるようになった『雷光』、その砲身から弾丸が飛び出す。
それを捉えたファクトスフィア。
だが、情報をランスロットに搭載されているコンピュータがその情報を解析し終える前に、弾丸の中から小さな弾丸群が飛び出した。
計算は間に合わない。ファクトスフィアが捉えた情報が反映されるよりも早く、弾丸はランスロットに到達する。
軌道すら解析できていない。
視認することすら常人には不可能な恐怖の雨、それがランスロットに降り注ぐ。
「スザクさんっ!!」
それを見て、私はスザクさんの死を確信した。
――けれども、私は忘れていた。スザクさんは決して常人ではないことを。
ランスロットは、超信地旋回しつつ僅かに跳躍。
足元を薙ぐ多数の弾丸を飛び越し、機体の胴体に当たりそうな数発の弾丸をスラッシュハーケンのアンカー部分で逸らし、残りの弾丸を掠める様に回避した。
頭部を掠め、僅かにつま先の装甲を砕き、左足の付け根付近にあるスラッシュハーケンを吹き飛ばした弾丸は、それ以上の損害を一切与えることなくランスロットの背後に消えて行った。
――なんだそれは。
顔に吹き付ける風を感じながら、スザクさんの理不尽さに心の中で呆然とした。
確かに、スザクさんが今したことは私もできる。
さらに言えば、私のギアス『ザ・スピード』や『ザ・コードギアス ゴッドスピード』を使えば、無傷で回避することも不可能ではない。
だが、それは魔女のコピーであるネモと融合しているからこそできることだ。
KMFに生身で勝利する存在、エデンバイタルの魔女たるC.C.、そのコピーと融合しているからこそできることなのだ。
間違っても、普通の存在でしかないスザクさんができる芸当ではない。
大穴から爆風が届く。
……まあ、とりあえず第4射を乗り越えられたことを喜ぼう。
残る攻撃は、一回。それをブレイズルミナスで防げば終了だ。
「――ふぅ」
身体の力が僅かに抜ける。
私は、端末の前にあった椅子に身体を預け、なんとなくロイドさんの方に顔を向けた。
――そこには、顔を強張らせたロイドさんの姿があった。
「枢木准尉っ!」
ロイドさんが叫ぶ。
それとほぼ同時に、ランスロットの視線の先で『雷光』が光を発した。
第5射の弾丸は、第4射よりも速く弾ける。
コンピュータでは計算が間にあわない。回避するにも、回避姿勢をとるために必要な時間が確保できない。
必然的に、スザクさんの行動はただ一つ、ブレイズルミナスを展開することのみになる。
スザクさんがブレイズルミナスを展開し、機体正面に構える。
分裂した弾丸は薄緑に輝く光の盾に激突、高い音を立てて光を削った。
『――っ!!』
インカムの向こうから、スザクさんが衝撃に耐える声が聞こえる。
直後に盾が消失、ブレイズルミナスはその力を失った。
「スザクさん!」
「スザク君!」
ランスロットのカメラに僅かにノイズが走る。
衝撃により機体が揺れ、金属同士がぶつかり合うような音がした。
それでも、映像が途切れることはない。
爆発音などもしなかったから、ランスロットがやられたわけではないだろう。
――しかし
一瞬ランスロットのカメラに映った光景は、私に――
端末の画面の一つ、機体のコンディションを表示している画面は、ロイドさん達に驚くべきことを伝えていた。
『……ロイドさん、ヴァリスを落としました』
それは、左ランドスピナーの破損とヴァリスの喪失。
一瞬遅れてランスロットに到達した小さな5発の弾丸が、消失したブレイズルミナスを潜り抜け、腰にあったヴァリスと足元のランドスピナーを吹き飛ばしたのだ。
『雷光』が付属の砲台を、四連腕部自在砲台を展開する。
連続で発射される弾丸。
連射されるその弾丸を、スザクさんのランスロットはその足で走りながら回避する。
だが、その間にも『雷光』の発射準備は進んでゆく。
――いてもたってもいられず、私は走り出した。
慣れてきたせいか、今回は転ぶことはない。
そんな自分の足に何とも言えない思いを感じながら、私は後悔の念を感じ続けていた。
――私の、せいだ。
スザクさんが命の危険を晒しているこの状況、その原因が私であると、私は確信していた。
アニメにおいて、スザクさんはこの砲台を突破して見せた。
それも無傷で、一切の怪我なくだ。
何故スザクさんは、コードギアスとは異なりこんな状況に陥っているのか。
――それは、ランスロットの操縦技能が、本来よりも劣っていたからだ。
スザクさんの現状は、コードギアスの物語のスザクさんよりも操縦技術が劣っていたことが原因だ。
今思い出したが、本来スザクさんは、第1射目をブレイズルミナスなしに凌いだはずだ。
それができなかったからこそ、ブレイズルミナスのエネルギー不足を招き、ダメージを負うことになってしまった。
では、スザクさんは何故操縦技術が劣ってしまったのか。
――それは、スザクさんの仕事を私が奪い続けてきたからだ。
コードギアスでは、ランスロットのパイロットはスザクさん一人。
他の人間は、派閥などの問題により、ロイドさんがデヴァイサーとしてスカウトできなかった。
そのため、私が行っていたテストなどは全てスザクさんが行っていたはずなんだ。
しかし、この世界においてそれは違う。
スザクさんがした分の仕事を、私が行ってしまった。
スザクさんがランスロットに触れる機会を、その分奪ってしまったんだ。
――成長の機会を、奪ったんだ。
だから、私のせいだ。
私がいなければ、スザクさんが危機に陥ることはなかった。
危険はあれど、無事に終えることができたはずなんだ。
そうであるならば、私ができることは一つだけ。
――私は、私がしたことの尻拭いを、責任を果たさなければならない。
目の前にある大穴。
スザクさんのいるトンネルへの入り口に、この身を投げる。
「――来て、コードギアス!」
そして、私の身体は黒い光に呑まれた。