私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
不意の発言により、地獄のシミュレータ漬けを迎えてしまった昨日。
その地獄を越え、疲れた体を引きずりなんとか起き上がった今朝、ようやく使える様になった大学寮の一室にあるベッドの上で私は、大きなミスをしていたことに気が付いた。
ゼロの『絶対遵守』のギアスを無駄に使わせるチャンス、それを逃してしまったのだ。
コードギアスの物語通りに進んでいれば、昨日、アッシュフォード学園にゼロの仮面を被った猫が出没したはずだ。
もし、私がそれを見ていれば、ゼロから『今見たことは忘れろ』という
――失敗した。
気分は橋田さんだ。今すぐ電子レンジを改造したい。
そんなわけで、昨日一昨日と同じように、今日もまた憂鬱な朝を迎えた。
今日の夕方、クロヴィス殿下の国葬が行われる。
スザクさんは学校で、私やロイドさん達は職場でそれを見る予定だ。
それまで、私は今日もシミュレータ漬けの時間を過ごす。
今日のテスト装備は、赤い翼のような装備、KMFの飛行装置であるフロートユニットだ。
詳しい理論はよく知らないが、電気熱ジェット推進装置とヒッグス場の限定中和による質量封じ込め装置の二つを組み合わせることで、飛行機の様な推進機構を用いずに空を飛ぶことを可能としているらしい。
電気熱ジェット推進? ヒッグス場? それが何かはわからないが、とりあえず使えるということがわかればいいだろう。私は研究者じゃないし。
今回対峙するのも、一昨日から毎日ロイドさんが改良を施しているAIを積んだグロースター。
通常兵器用の装備をテストする場合を除いて、私は基本的にこのグロースターを相手にしている。
ロイドさん曰く、私のスキルアップには最適な相手らしいのだが……
『アリスさん、聞こえる?』
「あ、はい。聞こえます」
セシルさんから通信が入ったので、一旦考えるのを止め、返事を返した。
『うん、大丈夫そうね。
――それでは、試験内容を説明します』
セシルさんがそう告げると、シミュレータのモニターに赤い翼のようなユニットを取り付けたランスロットが映った。
『今回の試験は、フロートユニットを使用した空戦機動のテストです。加速を重視したタイプA、旋回性能に特化したタイプB、最高速度を意識したタイプCの3種類を順に使用し、同様のフロートユニットを装備したグロースターを撃破してください』
次に画面に映るのは、ここ三日で見慣れたグロースター。
いつもと異なり、背後に黒いフロートユニットを付けている。
また、武装の方も異なり、何時もの大型ランスではなくMVSを装備していた。
『なお、今回のテストで使用するフロートユニットは燃費が非常に悪いため、従来のKMFのエナジー量では満足なデータが取れないと判断されています。
よって今回のテストでは、ランスロット、グロースターは共にバッテリー切れが発生しません。十分に注意して下さい』
「了解です」
セシルさんの声に、私は頷く。
しばらく待つと、シミュレータの画面が切り替わり、雲の上の青空を映し出した。
『――状況設定完了。
それでは、嚮導兵器Z-01ランスロット、シミュレーションを開始してください』
私は、操縦桿を握りしめる。
「ランスロット、MEブースト」
ランスロットのメインエンジン、ユグドラシルドライブの出力を一気に上げる。
私は、センサーであるファクトスフィアを展開しながら、大空へと羽ばたいた。
――最初は慣らしだから、グロースターはいないのかな?
センサーに敵機の反応はない。流石に、いきなりフロートユニットでの戦闘を行わせることはないのだろう。
操縦桿を動かしながら、インメルマンターン、スプリットS、バレルロール、ナイフエッジなどのマニューバをこなして慣らす。
戦闘機とは異なり、フロートユニットによる飛行は推進器による加速を必要としない。
空中停止状態から一切の加速をせずに機体を360°回転させることすら可能とするフロートユニット、それを用いれば私の様な素人でも何の問題もなくマニューバを行うことができた。
『敵機、前方より接近中』
セシルさんの声が聞こえる。敵機とは、おそらくグロースターだろう。
私は、シミュレータの操縦桿を強く握りしめた。
――見えた!
モニターに、小さく紫色の点が映る。
「ランスロット、MEブースト」
私は、そのグロースターに向けて機体を加速させる。
同時に、ランスロットに装備されている唯一の銃である可変弾薬反発衝撃砲
この世界に来るまで銃なんて撃ったことはないが、昨日だけであのグロースター相手に千発近く撃ったのだ。牽制程度には使うことができる。
コックピットめがけて撃ち、直後に回避先を塞ぐように二発の弾丸を放つ。
ヴァリスは、弾丸を射出するための反発力、つまり弾丸の速度を操作できる銃だ。
ランスロットの操縦に対する追従性と合わせれば、今撃った三発の弾丸をかなり近いタイミングで標的に到達させるという曲芸じみた事すら可能とする。
非常にシビアな操作が求められるが、昨日、グロースターを墜とすために散々練習したのだ。失敗はしない。
普通のグロースターであれば、これだけで打ち落とすことができるだろう。
――まあ、これで終わったら苦労しないんだけどね。
グロースターは、回避先の弾丸を無視。手に持ったMVSで、コックピットへと向かうヴァリスの弾丸を斬り裂いた。
昨日も思ったが、弾丸を斬り捨てるなど、このAIはどんな騎士を元にしたのだろうか。
個人的には、ナイトオブラウンズの頂点に立つ男、ナイトオブワン、未来予知のギアスを持つヴァルトシュタイン卿だと思っている。そうでなきゃ無理だ。
仮にそうでなかったとしても、間違いなくラウンズだ。こんな反則級の騎士がごろごろいるわけがない。いて欲しくない。
お互いのMVSを打ち合わせるようにすれ違い、直後に停止。さらに180°方向転換をかけ、すぐさま背後に向き直りながら加速する。
従来の戦闘機ではできない動き、しかしフロートユニットはそれを可能にする。
――実際にこれやったらGで死にそうになるだろうなあ。
高速から急停止し、反対方向に全力で加速する。
こんな動きは、実機でやったら大変なことになるだろう。今のネモとの融合により強化された身体ならともかく、前の私がこんなことをしたらミンチになる。
だが、そんな動きをしたにもかかわらず、振り返った私の目の前には、MVSを構えて十分に加速した状態のグロースターの姿があった。
――ロイドさん、これ中に人が乗ってる動きではないですよね。
この事実は、目の前のグロースターが私以上の勢いで減速をかけ、私以上の勢いで加速したことを意味する。
一瞬、頭の中でロイドさんを罵ってしまった。
しかし、頭の中でラウンズの面々の顔がよぎり、「あ、ヴァルトシュタイン卿とかスザクさんならできそう」と思ってしまう。
ラウンズの一部は人外。その一部の面々なら、あのグロースターのような動きもできるだろう。
グロースターのMVSを後退しつつ受け流し、飛行しながら斬りあう。
剣技の腕は私の方が大きく劣るが、機体性能は私の方が上。ほぼ反射に近い動きで操縦桿を操作すれば、こちらから斬りかかることこそできないものの、受け止める程度ならできる。
振り下ろされたMVSを、左手のブレイズルミナスで防ぐ。
肩と胸の間から射出されたスラッシュハーケン、それを脚のスラッシュハーケンで弾く。
続く体当たりは受けてしまったが、フロートユニットの操作によりその衝撃を軽減し、同時に飛んできた膝蹴りを脚で逸らす。
フロートユニットを狙ったMVSの一撃を回避し、グロースターの右手による一撃を左手でパリィ。
機体出力、武装の数で勝つはずのこちらが押される。有利なはずだが優位に立てない。
何とか距離を置こうとしても、逃げる速度と同じ動きで追いかけられる。間合いが変わることはない。
――このままいくと、私は負ける。
普通に戦ったのでは、間違いなく勝てないだろう。
こちらのあらゆる有利な点を、純粋な技量で潰されているのだから。
「ならっ!」
グロースターのMVSを受け止めると同時に、その一撃を受け流しながら
ランスロットは、踏ん張るための
グロースターは、一瞬で手首を返してそのフロートユニットを斬り裂いた。
フロートユニットを失ったランスロットは、翼を失い地に落ちる。
だがそれよりも前に、フロートユニットを斬り裂いた状態のグロースターにヴァリスを突き付けた。
フロートユニットの陰になってこちらが見えないグロースターは、この一撃に対処することができない。
なおかつ、MVSを振り上げた状態であるならば、最初の時のように弾丸を切り捨てることもできない筈だ。
ヴァリスから放たれた黄緑に輝く弾丸は、グロースターのコックピットを貫いた。
その後も、私はグロースターとの戦闘を二度続けた。
結果は、三戦合わせて一勝二敗。初戦以外まったく勝てなかった。
私は、少し不機嫌に昼食兼おやつをとることになった。
『人は、平等ではない』
テレビから、野太い男性の声が聞こえる。
その日の夕方、私はロイドさん達とテレビを見ていた。
テレビに映されているのは、ここエリア11の元総督であるクロヴィス殿下の巨大な絵と、その絵の前に立つブリタニアの皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア陛下だ。
そう、これはクロヴィス殿下の国葬。
陛下はそこで、力強く声を震わせながら演説をしていた。
『生まれつき足の速い者、美しい者、
親が貧しい者、病弱な身体を持つ者、生まれも育ちも才能も、人間は皆、違っておるのだ。
そう、人は、差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる』
この考え方が、ブリタニアという国だ。
それは、この大学の一件でよく実感した。
民主主義の人間だったからか、この考え方に対する不快感はある。
しかし正直なところ、この考え方は何もかも間違っているわけではないということも理解していた。
『不平等は悪ではない。平等こそが悪なのだ。
権利を平等にしたE.U.はどうだ? 人気取りの衆愚政治に堕しておる。
富を平等にした中華連邦は? 怠け者ばかりだ。
だが、我がブリタニアはそうではない。争い競い、常に進化を続けておる』
人気取りの衆愚政治、そう、民主主義の政治は、常にその側面をはらんでいる。
本来議題を改善する場である国会が、ただの誹謗中傷の場に変わることなどよくあることだ。
人気を取るために本来の議題を置き去りにする、法の改正など考えず、ただ追い落とすことに固執する。
その点、ブリタニアにはそんなことがない。
他者を下げることで上に立つのではない。社会全体が競い合うからこそ、他者を上回ることで上に立とうとする。そんな人間ばかりだ。
そして、上を目指すために皆が強い意志を持つので、誰かに蔑まれる様な考えを持つ人間が驚くほど少ない。
それは、ブリタニアの良いところだと言えるだろう。
「進化、いい言葉だ」
ロイドさんが、笑うようにそう呟いた。
『ブリタニアだけが前に、未来へと進んでいるのだ。
我が息子クロヴィスの死も、ブリタニアが進化を続けているという証』
息子の死を悼むような言葉一つない。
こんな様子の陛下が、実はかなり子に対して思いやりのある人間だとは、物語を知らなければ全く思えなかっただろう。
ゼロ、ナナリー、マリーベル、三人にあったことを知らなければ、本当にわからなかったと思う。
『戦うのだ!
競い奪い獲得し、支配せよ。その果てに未来がある!
オール・ハイル・ブリタァニアァ!!』
そう言って、陛下は拳を天高く突き上げる。
それに合わせ、式典に出席している人々が声を合わせて叫んだ。
――オール・ハイル・ブリタニア!! オール・ハイル・ブリタニア!! オール・ハイル・ブリタニア!!
何度も何度も叫び続ける。
私は、その光景を黙って見つめ続けた。