ってプリヤドライ始まってまったやないかい
ワイ遅すぎぃ!
「へぇ……当麻くんって、先輩の家に居候してるんですか?」
穂群原学園高等部校舎屋上。
昼下がりの屋上には、三人の人影があった。
上条当麻と衛宮士郎。
そしてもう一人、間桐桜だった。
上条が転校した1-Bに在籍している女子生徒。
赤いリボンに紫の長髪の、心優しい少女である。
弓道部の部員で、次期主将を期待されているほどの実力者。
ちなみに彼女の兄は弓道部副部長。
弁当箱やパンを手に、彼らは仲睦まじく話し合っていた。
「ああ……でも、一応士郎の従兄弟ってことになってっから、ここだけの秘密だぜ。ところで、間桐と士郎はどんな関係なんだ?」
「えっとな、ただの友達同士だよ。まぁ桜は弓道部の後輩だし」
「そうなのか……って、お前弓道部だったのかよ…」
士郎の意外な一面を上条が知れたところで、桜が一枚のチラシのようなものを取り出す。
「あの……よかったらこれ、今度三人でどうですか?」
「なになに………"蒼崎橙子・ガランドウの抜け殻展”…人形展か?」
「はい。この蒼崎さんっていう人、人形制作だけじゃなくて建物の設計もしているらしくて、ちょっと興味が湧いて……」
「ニュースでも取り上げられてたな…確か冬木美術館で今月末までやってるんだっけ?ちょうどいい機会だし、今度行ってみないか?」
「そうだな……よし、行こうぜ!でも、最近忙しいしなぁ……………」
上条がそう言った瞬間、桜の表情が曇った。
怒りとか悲しみとか、そういう類ではない。
“無"だった。
顔色もおかしくない、健康そうな顔だったが、表情が一切無かった。
光も闇も、生も死も感じさせない、"人形”のように。
その無表情が、"表情が曇っている”と上条に誤認させる。
「ちょ…………おい、当麻!」
「……あっ、悪ぃ間桐!そうだよな…誘ってもらっておいて断るなんて、ひどいもんな…」
上条は慌てて謝罪する。
すると、桜の表情が少し明るくなった。
「……えっ、今の断ったつもりだったんですか?」
「は?いや、全然、断ろうなんて思ってねぇぞ?ただ忙しいからすぐには行けないって感じで…月末までには空き作っとくからさ、許して!」
「わかってます……その代わり、必ず空き作ってくださいね?」
桜の天使のような笑顔が、再び現れた。
「そうだ。せっかくなんで、握手でもしませんか?まだその手袋外してるところ、一度も見てませんし…」
「ほんとだ……家じゃしてなかったのに、怪我でもしたのか?」
「いろいろ事情があんだよ。っと、いっけね、握手だよな」
上条は手袋を外すと、桜に手を差し伸べる。
「改めて、上条当麻だ。よろしくな!」
「改めて、間桐桜です。よろしくね!」
二人は笑いながら握手を交わす。
桜はサンドイッチを持っていた右手で。
そして上条も、
あらゆる異能を無効化する
バキン、という甲高い音が響いた。
上条自身でさえ何を破壊してしまったのか把握できていない。
一方桜は、誤って人を殺してしまったような、何かに怯えるような、そんな表情をしていた。
「おい……当麻?桜もどうした?」
士郎も二人を心配していた。
しかし、所詮心配することしかできない。
何せ彼は、"二人とは違う”のだから。
「え………いま、何で。嘘……」
「どうして……俺の、右手が…間桐?」
「いや、あ、ぁあ……ごっ、ごめんなさい!!」
桜は左手に持ち替えていたサンドイッチを落として、屋上から走り去ってしまった。
「おっ、おい桜!待てって!」
士郎も桜を追って屋上を去る。
残ったのは上条だけだった。
音はなく、流れる風のみが鼓膜を刺激する。
上条は意味もなく虚空を見つめていた。
「なんで
ふと目に入ったのは、桜のサンドイッチ。
食べかけの歯形がついたサンドイッチは、どこか欠けている桜の心のように思えた。
しかし、桜の心が欠けていると言い切れる証拠は無い。
何一つ、無い。
何一つ、知らない__________
午後の授業。
彼の隣に、桜は
午後の授業も終わり、昇降口は下校する生徒で溢れかえっていた。
無論上条もその中にいたのだが、未だに表情が冴えない。
そんな中、偶然同じく午後の授業を終えた士郎に遭遇する。
「あ、士郎…お前も帰りか?」
「いや、俺は部活があるから今日は遅くなるよ。………桜のことか?」
「バレちまったか…アイツ、あれから授業に出てなくてな」
心当たりがあるのか、士郎が口を開く。
「………あの後、桜に追い付いたんだけどな…」
誰もいない廊下。
二人は走っていた。
「待てって、なあ桜!」
「ひっ……!?」
士郎は走る桜の腕を掴むが、乱暴に引き離される。
しかし、桜は走るのをやめ、士郎の方を向いた。
「何があったんだよ桜!握手した途端逃げ出すなんて……」
「先輩には関係のない話なんです、放っておいいてください!」
「関係なくないだろ!」
「何が関係なくないんですか!?私と先輩は兄妹でも無いのに!」
確かにそうだ。
士郎はあくまでも衛宮であり、間桐ではない。
兄妹でないただの後輩なのだから、そこまで気にすることもなかった。
しかし士郎は、
「ああ、俺は桜の兄じゃない。でもな、俺はいつも桜に世話になってる。いつもそれっきりだ。桜の力になってやりたいんだよ。だからさ、言ってくれ」
「でも、先輩に理解できる話じゃ……」
「理解できようができまいが、それで桜の気が休まるんならいい。頼む……今度は桜が俺を頼ってくれ」
士郎の言葉に、桜は涙を流す。
桜は、こんな温かい言葉を欲していたのだ。
“愛"に飢えていた。
「先輩………………私……………」
口を開き、全てを打ち明けようとする。
しかし、
「…………うぐっ、おぶえぇぇっ!!」
様々な感情が混ざり合った”モノ”に、彼女の心は耐えられなかった。
吐いた。
桜の口から吐き出された吐瀉物が、ビチャビチャと生々しい音を立てて弾ける。
甘酸っぱいような匂いが士郎の嗅覚を刺激する。
そして、恍惚とした香りも存在していた。
「桜っ!?大丈夫か!?」
「ああ…………先……ぱ………」
桜は吐瀉物の沼に、顔面から倒れてしまった。
意識はなく、ピクリとも動かない。
「おっ、おい桜!すみません誰かいませんか!?誰か!!」
「結構大事になったんだけどな、気付かなかったのか?」
「んー…まぁアレだよ、俺って昔っから鈍いから」
自身の短所を喜々として話す。
だが、その顔には、少し笑顔が戻ってきていた。
「うん…ありがとうな。なんでかちょっと気が楽になったわ」
「え………可憐な少女が胃の中身吐いてぶっ倒れる話し聞いて気が楽になるのか、当麻は?」
「違ぇよ!””なんでか”っつったろ”なんでか”って!」
「”なんでか"でも理解できないや、ごめん」
「味方がほちい……」
話しているうちに、当麻はいつものノリを取り戻してしまった。
これが上条の長所でもある。
どんなに辛いことがあっても、一晩寝て翌朝になればケロリとしている。
これほどポジティブな人間は数えるほどしかいないだろう。
"不幸になってしまった代わり"だろうか。
「ところで、それから桜ってどうなったんだ?」
「ああ。一応保健室に連れてってもらったよ。疲労とストレスだとかで二時半辺りに早退したそうだけど、なんで慎二も…」
「しんじ………って誰だ?エヴァパイロット?」
聞き慣れない名前に上条は首を傾げる。
「なんとかチルドレンじゃないって。間桐慎二、桜の兄だよ」
「そうなのか……なんで兄さんまで?」
「さぁ……よほど溺愛してるのか、本人も何か体調が悪かったか……悪かった様子はなかったな…」
「え、じゃあ前者?マジかよ………」
それから、士郎は「部活があるから」と言って弓道場へと向かっていった。
部活にも入っていない上条は、その辺をブラブラしているしかなかった。
すると、
どこかから怒鳴り散らすような声が聞こえてきた。
「ん、誰だ?別に関係ないけど気になるし、ちょっとだけ見てみっか……」
上条は声のする方向へ向かった。
禁断の領域へ足を踏み入れていることも知らずに。
声が聞こえてきたのは校舎裏だった。
我ながらなんという聴覚だ、と上条は思う。
「声が大きくなって……あれ、間桐の声?」
そこから、早退したはずの桜の声が聞こえた。
不思議に思い、物陰からこっそり覗いてみると____
「___、__________!_________!!」
「______、___…__________。」
「__?___!」
ちょっと遠いからか何を話しているかは聞き取れないが、誰かははっきりわかった。
まず一人目に、早退したはずの桜。
嘔吐をした痕跡はなく、すでに立ち直っているんがわかった。
そしてもう一人は、見たことのない青年。
ナルシストそうな顔面で髪は青く、その髪は海底に生えるワカメのようになびいていた。
(誰だ?結構親しそうに会話してるし…アイツが兄の慎二ってやつか?)
だが、おかしい。
兄の慎二も、桜と一緒に早退したはずだ。
なぜこの場にいるのか。
すると突然、
バチン、と。
慎二が桜をぶった。
(ッ、間桐…………!!)
衝撃の光景に、上条は後ずさる。
しかし、不幸にも落ちていた枝を踏んでしまい、
パキッ
「ッ………誰か居るのか!」
慎二に気付かれてしまった
(うわっ、マッズ………!)
「大人しく出てくるんだ。そうしてくれたら、見逃してあげるよ」
在り来りなナルシストキャラを発揮した。
この状況で、上条はどう動くか。
大人しく出て行くか、そのまま去るか。
彼のすべき行動は、ひとつだった。
「おや、出てきてくれたか。その体格だと、君は一年生かい?」
「…………当麻くん…!!」
「間桐…………」
上条は歩き出した。
ここで去ってしまったら、桜が後にどうなってしまうかわからない。
桜の身のためでもあり、上条の心のためでもあった。
「お前………間桐になにしてたんだよ」
「一応僕も間桐だから、その辺の区別はしてほしいね」
「なにしてんだっつってんだよ!!」
相手は自分の一年年上なのにもかかわらず、大声で怒鳴り散らす。
慎二は一瞬険しい表情を浮かべた。
「………昼頃、桜が吐いてしまった上に気を失ってしまったらしくてね。妹を案じるのは兄の務めだろう?」
「そんなことは知ってんだよ……今、今何してた!コイツをぶってなかったか!?」
そう、慎二は桜のことをぶったのだ。
妹を案じるのが兄の務めだとしても、妹を傷つけるのは兄の務めなどではない。
上条は、それを許せなかった。
「まあ……確かにぶったよ。でもそれがなんだと言うんだい?そんなの、兄妹の間じゃあ当たり前の光景じゃないか」
「当たり前、だって……?」
そんなもの、決して、
当たり前などでは、ない。
「そんなのが当たり前だったらな、この世の虐待なんてもんは存在しねぇんだよ。でも実際に虐待が起きてんだよ!お前のやったことだって虐待とさして変わんねぇだろ!暴力なんてのはな、相手を自分の思うがままに支配したいがためにする馬鹿なことなんだよ!暴力は振るわず、言葉だけで勝負しろよ!!」
上条の熱い説教が校舎裏に響く。
さすがの慎二も、ぐぬぬ、と言った顔になる。
「ぐぅ………」
「参ったかよ。なら謝れ、今すぐ間桐に謝れよ!」
すると、慎二が状況を打開する何かを見つけたようにニヤリと笑う。
「おっと………こんなところに………」
慎二は上条の少し後ろ辺りに何かを見つけた。
それは、
「いい感じのコンクリブロック………がっ!!」
コンクリートブロックだった。
「が………はッ!?」
上条の後頭部にコンクリートブロックが勢い良く打ち付けられる。
今まで感じたことないような、生々しい耳鳴りと眩暈。
同時に、強烈な吐き気にも襲われる。
「ああっ、血が……なんてことするの兄さん!!」
「黙ってろッ!!!」
「きゃあっ!」
桜を無理やり引き離す慎二。
地面に倒れた桜の頬は擦れ、微量の出血が起こる。
(間桐……!くっそ、身体が思うように動かねぇ……ッ!)
身体を起こそうとするも、脳に衝撃を受けたため視界が安定しない。
つまり、立てない。
「は、はっっははははははははっははははは!どうだ一年!参ったか!!僕に歯向かったりするからこうなるんだ!!」
慎二本人も、人の後頭部をコンクリートで強打するという自身の行動に動揺していた。
あとちょっと強かったら、上条は死んでしまっていたかもしれない。
それ故の狂笑。
(駄目だ……ここで止めたら、桜はどうなっちまうんだ…!立て……立てよ……!!)
右手を地面につき、立ち上がろうとする。
いつも不幸ばかりを呼び寄せるこの右手。
異能の力を打ち消す"だけ”の、"至って普通"な右手。
だがこの右手には、唯一できることがある。
人を
「ほら桜、さっさと帰るぞ!!」
「いや…当麻くんが…当麻くんが……!」
「待てよオイ」
暗く響く青年の声。
慎二は恐る恐る振り向く。
そこには、ウニ頭の青年__上条当麻が、黒い髪を赤く塗らし立っていた。
「ひっ……おおお前!これ以上僕にはっは歯向かうと死ぬことになるぞ!」
「死ぬ、だって?
「は…………?」
慎二はコンクリートブロックを再び手に持つ。
だが上条は"死"を恐れていない。
今の彼は、必要であれば殺人だろうと犯す、そんなふうに慎二には見えた。
「人の頭コンクリで殴っといて謝罪なしに帰らせると思うか?別に謝んなくてもいいけどよ、俺が満足しねぇんだ」
「な……なんなんだよお前!なんなんだよ!!」
「今日の上条さんは、ちょっとばかしヴァイオレンスですよん」
「あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
慎二はろくに考えもせずにコンクリートブロックを叩きつけようとする。
だが、考え無しに当たるわけもない。
上条は屈むようにして横振りのコンクリートブロックを避ける。
「ったく、ついてねぇよな…………」
屈んだ姿勢のまま拳を握りしめ、
「お前……本当についてねぇよ」
慎二の顎目掛けて放った。
ほんの少し浮き上がった後、仰向けに倒れた。
息はあるようだ。
「当麻くん………」
桜は腰を抜かしてしまっていた。
「……ごめんな、お前の兄さんをこんな目に遭わせちまって。こんな俺、幻滅したよな…」
「………………………そんなことないですよ」
桜から返ってきた言葉は、暖かかった。
「確かに、いきなりがらっと変わったから最初はびっくりしちゃいました…でも、当麻くんの力は兄さんのとは違って、暖かいような、そんな感じがしたんです」
「間桐………」
人と付き合うために、力というのは必要ない。
たとえ暴力がなくても、話しあえばなんとかなる。
だが、彼の力は優しさに溢れていた。
とても優しくパンチするという意味ではなく、力を発揮することによって誰かが救われる。
いわば正義の鉄拳なのだ。
「………えっと、当麻くん、後ろのその人は…?」
「は、後ろ?」
桜の言葉で、後ろを振り向く。
そこにいたのは________なんとも言えない笑顔を浮かべたカレン、その人だった。
「…………来なさい」
「カレン先生………ナズェミテルンディス!!」
それから、実質カレンの領域である小等部保健室で手当をしてもらった上条だが、同時に説教もされたのだった。
「全く……初日から先輩生徒を殴り飛ばして失神させるなんて、問題児にも程があるわよあなた」
「間桐をあのまま見殺しにしてろって言いたいのかよ!」
「そうは言ってないわよ。別にあの娘を放っておいたところで、死ぬわけでもないし。でもその、あれは高校生としてどうなのかな、って……ねぇ?」
「”ねぇ?"じゃねーよ!ビビった!ホンッッッットにビビった、もー!」
「何にビビったのよ。あと先生には敬語」
空はもうオレンジ色に染まっており、部活動の概念が存在しない小学生たちはとっくに帰宅していた。
つまり、これほど騒いでも小学生に怪しまれるということは一切無い。
だが、上条は思った。
「敬語かよ……じゃあ早速なんですけど、慎二のこと、全然騒ぎ立てられてないですよね……」
「ああ、あれね。ちょっくら人払いの魔術を仕掛けておいたのよ。今頃あの二人は家に着いてる頃じゃないかしら」
そうですか、とありきたりな返事をする。
しかし、上条にはまだひとつ疑問が残っていた。
「もうひとつわかんないことがあるんですけど…まず、この騒動の原因って俺にあると思うんですよね」
「そう。なぜ?」
「俺、昼に間桐と握手したんですよ。暗示は教員にだけかかっているっていうから大丈夫だろって思っ手袋は外してたんですけど、なんか
「そうなの。じゃあ自業自得よ。………まぁ疑問っていうのは、右手のことでしょうね」
上条当麻の
この効果は、上条が来たこちらの世界でも発動することが確認されている。
先程の握手場面などでだ。
だがあの握手場面にどんな魔術的要素があったのか。
「はい。間桐が魔術を使っている様子もなかったし、握手したところで何も変化はなかったし……そもそも魔術を使うような奴じゃあ…」
「そうね……でも、あなたに彼女の何がわかるのよ」
「……………え?」
急に哲学的な質問を突き付けられた。
「出会ってまだ一日よ?そんな人をわかりきったような態度で語るんじゃないわよ。あなたは、あの娘のおじいさんの名前知ってる?」
「えっと………それは……そんなの親しくても知りませんよ!」
「そんなのはただ逃げるための言い訳にすぎないわ。本当に仲を深め合っている者同士なら、互いの祖父母の名前くらい把握してても変じゃないわよ。所詮あなたはそんなもの。彼女のことは何も知らない。人の都合も知らないでただただ一方的に助けたがる
上条には言い返す言葉がなかった。
何も思い付かなかった。
彼女の言うことは正しい。
何も知らない、でも助けたい。
無理に人助けばかりして、上条自身は周りからどのような目で見られているのだろうか。
英雄を眺める輝いた目。
それとも調子に乗ってる奴を見下す冷たい目。
上条にはわからなかった。
だが、
彼女の言葉は、ひとつだけ聞いたことがあった。
「
「なによ、反論?言ってみなさい」
彼の記憶にその言葉は残っていない。
「
だがその言葉は、彼の心に、しっかり刻み込まれていた。
「………
「はぁ………負けたわ。じゃあ精々頑張ってその
「…勝負したつもり無いんだけどな」
ボソリと呟き、上条は少し下を向く。
人は、こんなにも高いところで生きている。
百数cmだとしても、我々には十分高所だ。
見上げるか、見下すか。
こんな単純な人間でも、
「ってか先生、今俺の言葉で負ける要素ありました?そんなに心にきました今の?」
「さぁね………さ、もう遅いんだから帰りなさい。士郎くんもお帰りの時間よ」
「もうそんな時間か……って、ドサクサに紛れて誤魔化したよな!無理、敬語なんか絶対無理ーッ!」
午後六時過ぎ頃だろうか。
帰宅した当麻を、セラとイリヤが暖かく迎え入れた。
「ただいまー」
「あ、お帰りとうま。こんなに遅くなってどうしたの?」
「ちょっと、な………説教受けてたんだよ」
「せせ、説教…それにその包帯は……!当麻さん、あなた学校で何をやらかしたのですか!」
「別にいいですよ、何でもありませんので……」
………待たせすぎて、ちょっと暖かみが冷めてしまったようだ。
セラはエプロンを着ている。
どうやら夕食の支度をしていたようだ。
「あれ、晩飯ってもうできました?」
「ええ、あと少しで仕上がります。今日はハンバーグですよ」
「ぉぉおお!いいじゃないっすか肉!」
「でしょう。ならさっさとお風呂に入って、その汚れを落としてきなさいな」
それもそうだ。
先程のの乱闘でぶたれたりコケたりしていたので、全身泥まみれである。
もちろん、洗濯もしなければいけない。
「今から洗濯かぁ……乾きますかね?」
「替えの制服くらいはありますから、早く入ってらっしゃい」
床が汚れないように注意して、上条は風呂場へ向かう。
だが、先に帰っているはずの士郎の姿が見当たらない。
矢筒は確かにあった。
「あれ…セラさん、士郎は?」
「ああ、お風呂です」
士郎はお風呂?
「なんだ、じゃあ俺は後で入ります」
「いえ、時間が無駄なので一緒に入ってしまってください」
士郎と一緒に風呂に入る?
彼ら二人は、腐っても高校生、たった一年違いだ。
歳こそそこまでわからないが、身体のいろんなところがたくましく成長している。
「一緒にって………はぁ!?男同士だぞ何考えてんだアンタ!!」
「たまに本音が出ますね……いいじゃないですか、歳も近いんだし」
「そうは言うけどな、二人共成長してんだよ!主に下半身が!女でも同じだるぉ!」
「なっ、何言ってるのとうまーーーっ!!?」
“下半身”というワードに反応してしまったのか、イリヤの顔がトマトのように真っ赤になる。
やはり思春期か。
「イリヤさんの前で何を言うのですか!早く行きなさい!」
結局強引に連れていかれた。
「………包帯どうしよ」
扉を開ける音が浴室に響く。
「うわっ当麻!どうしたんだ!?」
「やっぱそういう反応するよな…セラさんが「歳近いんだから一緒に入って来い」ってさ」
「そうなのか…でも、恥ずかしいよな………」
「ほら、タオル持ってきたからこれ使えよ」
「ああ、ありがとう」
真っ白なタオルを一枚士郎に投げ渡し、もう一枚を自身の腰に巻き、湯船に浸かる。
ザバァ、と浴槽の湯が結構な量溢れる。
「うはぁー……結構キチィ…」
「仕方ないだろ。うちの風呂はな、ガチムチ高校生二人が一緒に入れるようには設計されてないんだ」
「そうらしいな。ったく…設計士に文句言ってやりてぇ……っておい!少なくとも俺はガチムチじゃねぇぞ!」
結局、上条は頭に巻いた包帯一度外して風呂に入った。
コンクリートブロックで殴られた傷に湯気がしみ、チクチクと痛む。
「当麻…その傷は……」
「ああ、ちょっとズッコケちまって。着弾地点がちょうどコンクリブロックだったもんでな」
「そっか……お大事にな」
一度は出血したものの、軽度のもので済んでいた。
今はちょっと心配される程度の傷だった。
エコーの響く狭い浴室の中で、上条は口を開く。
「なぁ……"きょうだい"ってなんなんだ?俺一人っ子だからわかんねぇんだよ…」
「う〜ん……俺も養子になってからもう十年くらいするしな…」
「え、お前養子だったの?血繋がってねぇの!?」
「そうなんだ。爺さん……あ、俺を引き取った親父のことな。…はもちろん、イリヤや他の人達とはなんの繋がりもない赤の他人だった。もっとも、とても遠くで繋がってるかもしれないけど…って、そんなこと言ったら人間みんな血繋がってるみたいなものだよな」
士郎は話を続ける。
「でもな、赤の他人だとしても、コイツだけは守ってやりたい!…って人は思うものなんだよ。当麻だってそうだろ?」
「あー………はい……」
「なに縮こまってるんだよ。別に悪いことじゃない、むしろ善だ。人助けっていうのはもちろん辛いさ。心身共に傷つくし、相手の期待にそえない場合だってある。でも人は、気付かないうちに"人助け"をしてるのかもしれない。人を助けることで、自分と、そしてみんなが笑顔になれる幸せな世界を造れるんだ。苦しむ人に救いの手をのべる……”救済"っていう行為こそが、人間っていう生物の”起源"なのかもな」
「起源………」
物事の始まり、全ての根源……”起源”。
言葉こそ知っているものの、特に聞き覚えはなかった。
だが、どことなく引っかかる言葉だった。
「……………随分と哲学的なことをまぁ」
「当麻が聞いてきたんだろ?俺は答えただけだぞ!」
「そんな深くまで聞いてねぇよ!」
「なんでさ!」
「そういえば、あの久宇……舞弥だっけ?お前のことも面倒見てんだっけ。どうなんだ?」
「ああ。解説がとても分かりやすくてな。特に歴史なんかヤバイぞ!今度一回教えてもらったらどうだ?」
「えー……だって俺、伊能忠敬わかんなかったし………」
そう、それはいつかの秋の出来事だった。
彼は過去に、天草式十字凄教という一派と行動を共にした。
天草式十字凄教は日常の僅かな一部分に含まれる魔術的要素を利用する集団だった。
食事やら白いパンツやらなんやらだ。
そこで、日本地図に記された”渦”による魔術”縮地巡礼”に話題が出たのだ。
つまり、その魔術を構成したのは、日本を測量し大日本沿海輿地全図を作り出した伊能忠敬である。
だが、本人も認める馬鹿である上条は伊能忠敬を知らず、思いっきり魔術側の人物と勘違いしたのである。
小学校レベルの人物を知らないというのは、高校生としてあってはならない。
当然だ。
「それは……確かに…アレ、だな…でも大丈夫だろ。舞弥先生は小学生のイリヤ達にも教えてるから、その辺の対策もバッチリできると思うぞ。中学生の頃は中二病とかなんとか言ってたけど、高二になったらすぐ大学進路について考え始めないといけないからな。甘ったれてる暇なんか無いぞ」
「べっ、別に甘ったれてなんかねーし!ただ……勉強する気が無いだけだもん」
「ダメじゃん!こうなったからにはもう遊んでる場合じゃないぞ。学校から帰ってきたらずっと勉強、”食う寝る遊ぶ”ならぬ”食う寝る学ぶ”だ!」
「は?おま、ちょ、何勝手に決めて……」
「まずは先生に事情を話さないとな。ごめん、先に上がるな!」
「え、いや、あの……
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!救いはねぇのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
不幸少年の
奇妙にも、近所からのクレームは一切来なかったという。
「う、んん…………今何時だ……?」
風呂の後夕食を一番遅く食べた当麻は、のろのろと食器を洗い、久宇舞弥と共に勉強を始めた。
こんなスローペースで、どれだけ勉強したくなかったんだ。
小学生の範囲が曖昧だった上条は、中学生の範囲なんてさっぱりだった。
だいたい八時ごろから始めたが、何時間かして眠ってしまったのだ。
そして、今に至る。
「うわぁ、もう十一時半か……セラさんも部屋じゃねぇか…早いとこ寝ないと」
もちろん、何も課題を出さないわけがない。
テキストに貼ってあったポスト・イットには小さく”以下のページを明日の夕食後までに♡”という、可愛くも残酷な文字が刻まれていた。
その量十数ページ。
「おいおいマジか、この量を仕上げんのかよ……えっとどれどれ…平方根の乗除か………げ、有理化問題あんじゃん!てか何だこれ、もはや暗号の域じゃねぇか、法の書じゃねぇか!!もうやだぁ、分数系は苦手だってあれほど…………右手で消せねぇかな」
当然消せるはずもなく。
どうやら徹夜作業になりそうだ。
「仕方ないか……はぁ、激しく鬱だ…………」
上条は全て諦め、
その時だった。
プルルル、と電話が掛かってくる。
「電話ですか…?せっかく寝てたのに……早く済ませてください。私は寝ますのでちゃんと電気は消してから寝てくださいね!」
「あっはい、すんません…」
どうやらセラを起こしてしまったようだ。
セラニ申し訳なく思いながら受話器を取る。
耳に当てると、一人の少女の声が聞こえてきた。
「はい、もしもし上条で……違った、衛宮です」
『エーデルフェルトですけど………この声、当麻さんですか?』
「ああ美遊か。どうしたんだよこんな遅くに」
イリヤの親友、美遊だった。
しかし今は十一時半過ぎ。
よほどグレてでもない限り、女子小学生は寝ている時間だ。
『今すぐエーデルフェルト邸に…』
「あー…用があんのはわかってんだがよ、家庭教師の先生から出た課題やんねぇといけないから、明日の朝な」
『でも今じゃないと……』
「平方根の有理化だってよ。頭いいお前なら何か知ってんじゃないか?」
『それは根号の分母を分子分母両方にかけて分母のルートを………って、そうじゃなくて!』
と言っておきながら、一部を解説している。
ノリツッコミというものだろうか。
そもそもなぜ中学生ですらない美遊が中三で習うはずの平方根を理解できているのだろうか。
そんなことは相当な天才でなければ不可能だ。
いや、彼女がその"相当な天才"なのかもしれない。
「あのな美遊、今は小学生が起きてる時間じゃねぇぞ?俺は高校生だからあれだけどよ、
『………”
美遊の口から、何かの単語が発せられる。
この三語は、一般的に1、2、そして3のドイツ語訳である。
ほとんど使わないし、今の上条には何の役にも立たない。
だが、この”暗号”には意味があった。
「はいはい、あいつバイト無い(空耳)、っと…………ちょっと待て、ってことは……」
『お察しの通りです______
______________十体目の
これからはこの作品を「キャラ崩壊のオンパレード」と改名します(嘘)
異論は認めますん
前にもあったなこんな改名