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突如現れた赤い外套の女。その女は、確かに
ピリついた空気が漂う。
だが、クロは思う。
この女の使用したであろう剣、あれは明らかに投影魔術によるものだった。そしてこの赤い外套とその意匠……それは自分──つまりその元となったアインスアーチャーのものと似通っている。となると、この
各々が臨戦態勢をとる。ステッキを、拳を握りしめる。だがフュンフツェンアーチャーは動かない。何やら戦う準備をしている、と周囲を見渡すだけだ。
が、クロだけがその手に何も投影できず固まっている。上条はクロにアイコンタクトをとる。角度的には上条が見えているはずなのに、クロの視線はフュンフツェンアーチャーに釘付けになって離れない。
震えはない。フィルツェンバーサーカー戦で多少の消耗はあるが、魔力切れでもない。その違和感は、クロ本人が最も感じていた。
「(コイツ、何なの……? 私だけを見つめて、他の何にも興味を示さない。それにこの、私の中でくすぶってるこの因縁めいた感覚は……?)」
だが、それはある意味では恐怖とも言えようか。何故自分にのみ因縁をつけてくるのか、そして何者なのか……そんな異物感がクロを苛む。
一方で、美遊だけが違和感に対しある種の答えを得ていた。クロと瓜二つのその風貌と戦い方から、あれが投影魔術だというのは間違いない。だが投影魔術は元々かなり無理のある魔術で、それを使いこなす例がそう現れるとは思えない。それができるのはフュンフツェンアーチャーとアインスアーチャー、及びそのカードから力を得るクロ、そして────。
「
静寂を破ったのはフュンフツェンアーチャー当人だった。小さく一言呟き、白黒の双剣をそれぞれの手に投影する。
「っ……!」
それを目視し、クロも急ぎ干将莫耶を投影する。白黒二刀という点で、フュンフツェンアーチャーのあれも干将莫耶であると考えるのが妥当だろうか。
だが、目視では遅かった。フュンフツェンアーチャーは目にも留まらぬ速度で双剣を振りかざす。それを咄嗟に防ぐクロ。だがどうだろうか、そのあまりもの膂力の差にクロは圧されてしまう。それは単に体格差のみではない。クロとフュンフツェンアーチャーの、圧倒的な投影魔術の技量の差──。
「クロぉッ!」
上条が駆け出す。その手になにも持たず、身一つで。投影魔術も所詮は魔術。それによる剣ならば、
だがフュンフツェンアーチャーは上条のことを見るまでもなく、クロと鍔迫り合うまま、空中に複数の剣を投影しそれを上条に射出した。
「なっ──!」
上条は右手を突き出し、剣に触れる。すると想定通り、剣は快音を発して消滅した。だが剣の数が多い。速度が乗って射出されたそれらを右手一つで捌き切るのは難しかった。身をよじり、かろうじて剣の弾幕を回避する。これはフュンフツェンアーチャーの意識がクロに向いていたが故の幸運だ。明確な殺意を上条に向けたとしたら、こうはいかないだろう。
「ぐ……うぅ……っ!」
フュンフツェンアーチャーの圧力をなんとか堪えるクロ。だが力の差は歴然としており、背中の傷も相まってこれ以上圧し返せない。それどころか堪続けるごとに手の力が抜けていく。
ふと、フュンフツェンアーチャーの目を見る。細まった、冷ややかな目。それはまるで期待外れだとクロに突きつけているようだった。
フュンフツェンアーチャーが大きく力を込め、クロの双剣を振り払う。すると空いた腹に蹴りを入れ、クロを蹴り飛ばした。唾を吐き、クロが地面を転がっていく。
それを目にしたイリヤ、美遊、
真っ先にフュンフツェンアーチャーのもとへ迫るのは、ベクトル反射で跳ねた
フュンフツェンアーチャーは迫る
「甘ェンだよ馬鹿が!」
間近まで迫った
本来ならば衝撃によりそのまま腕まで砕けてしまうところだった。しかしフュンフツェンアーチャーは咄嗟の判断で体を回転させ、右腕の衝撃を逃しながら後退する。
「そンなもンかァ、オイ!」
しかし剣が反射され、剣戟が裏返る僅か二撃のみで、フュンフツェンアーチャーは
「クソ────」
弩から矢が放たれた。矢は
「
フュンフツェンアーチャーの後方から聞こえる声、その主は美遊だった。先程と同じくフュンフセイバーのカードを
フュンフツェンアーチャーは振り返ると同時に指揮者のように合図を出し、空中に剣を投影し掃射する。しかし今の美遊はかの騎士王の剣技さえもを身に宿した状態。その歩みは止めず、迫りくる聖剣を全て弾き返した。
迫りくる美遊を捉え、フュンフツェンアーチャーは再び右手に黒い剣を投影する。そして間近まで迫り聖剣を振り上げた美遊に、その双剣で応戦する。バツの字に交差した双剣の防御をかち割るように、振り下ろされた聖剣が鍔迫り合う。火花が散り、美遊の額には汗が浮かぶ。
だがフュンフツェンアーチャーの顔に目をやると、汗も流さず疲弊を見せる様子は一切なく、それどころかニヤリ、と微笑みさえ浮かべていた。
「っ……!」
怯んでしまった。私はいつでもお前を殺せるぞ、と言わんばかりの笑みに恐怖さえ感じ、聖剣を握るその手が竦んでしまった。
その一瞬の迷いに、フュンフツェンアーチャーは付け込んだ。聖剣を握る手が緩んだ一瞬、双剣を握る自らの手に力を込め、聖剣を下から弾き返す。
「しまった──っ!」
美遊は負けじと聖剣を振るう。しかしフュンフツェンアーチャーの剣に圧されてしまう。あの一瞬で剣のリズムが乱れてしまったのだ。
その剣戟はフュンフツェンアーチャーの圧倒だった。相手は一刀、こちらは双剣。単純な物量でもフュンフツェンアーチャーに分はあった。だがあの剣は乱れている。美遊が聖剣を弾かれよろめく隙にフュンフツェンアーチャーは二本の剣で絶え間なく斬撃を繰り出し、一切の暇を与えず美遊を追い詰める。
そして剣戟を繰り返していくごとに美遊の腕は疲弊し、フュンフツェンアーチャーの剣を捌くことも難しくなってくる。剣の間隔も開き、相手により多くの隙を与えてしまっている。そしてここで、やはりフュンフツェンアーチャーは攻勢に出た。美遊がよろめいた隙を突き、左腕の弩を再び励起させたのだ。
「これは──」
美遊は確かに覚えていた。
矢は放たれるまでもなく魔力の爆炎となり放射される。それは美遊の腹を突き、大きく打ち上げた。
「っ、く……」
呻きとともに立ち上がったのはクロだった。介抱するイリヤの手を振り払い、その手に干将莫耶を投影する。
「クロ! ま、まだ……!」
イリヤはクロを静止しようと声をかける。だがクロにその言葉は聞こえていないようだった。
イリヤが心配しているのは、何よりドライツェンアサシンによる背中の一文字傷だ。フィルツェンバーサーカーとの戦いでも傷の痛みで支障をきたしている様子が見て取れた。同じ力を使う相手と言えど実力は相手の方が圧倒的に上、更に癒えていない傷を負っているとなれば防戦一方どころではない。
が、クロは跳んだ。フュンフツェンアーチャーめがけ、剣を振るう。背中の傷のことなど頭にないかのような、軽い足取りだった。
「やああぁぁぁーーーっ!」
フュンフツェンアーチャーもそれに気づいていた。状況を観察するまでもなく手にした双剣を振るう。黒と白、二色の剣がそれぞれ衝突する。火花を散らしながらも互いに一歩も退かず、強く大地を踏みしめる。
何が変わったのか、先程までとは明らかに違うクロの太刀筋をフュンフツェンアーチャーは感じ取っていた。故に今度こそクロのことを対等に渡り合う戦士と認めたのか、クロの瞳をじっと見つめ剣に力を込める。
が、そんな聖戦とも言える剣戟の最中、不遜にも闖入者は現れる。
上条だ。
「うおおおぉぉぉッ!」
上条は拳を振り上げ、フュンフツェンアーチャーに襲いかかる。あの右手と投影魔術は相性が悪い──それを一度のやり取りで理解したフュンフツェンアーチャーは目の前のクロを弾き飛ばし、投影した剣を消して上条と向かい合う。
互いの拳が突き出される。だが上条は人間、フュンフツェンアーチャーは
「ぶ──ッ」
怯む上条。その隙にフュンフツェンアーチャーは飛び退き、空中に剣を投影する。それは上条が恐れていた、明確にこちらを狙い定め確実に殺しにかかってくる弾幕だった。
右手だけでは捌き切れない。右手を越えて手首に刃が触れたらそれで終わりだ。
剣が射出される。何本もの剣が、逸れることなく上条に向かって飛んでくる。こうなったら打ち消すことは考えず、多数を対処できる戦術を取るほうが良い。上条は右手にアサシンの大剣を出現させ、そのリーチの全てを活かし迫りくる剣を弾き返す。
なるほどそう来るか、とフュンフツェンアーチャーは上条に一時目を惹かれてしまう。
「よそ見してる場合っ!?」
そこへ干将莫耶を構えたクロが飛びかかってくる。フュンフツェンアーチャーも双剣をもってそれに応戦する。
……やはり、と剣戟においてもクロの動きの変化を感じるフュンフツェンアーチャー。だがこの短時間で状況が変わるとは思えない。変わるとしたら、始め本気を出していなかったか、何らかの手段で自身を好調へと誤魔化しているかの二択。だとすればその剣は脆い。虚勢で塗り固められたその刃は、ただの粘土細工に過ぎない。それを挫いてさえやれば、この好調が嘘だったかのように崩れ落ちるはずだ。
だが、フュンフツェンアーチャーは失念していた。己に相応しい者との戦い、その決戦を愉しむが故に、周囲他者の攻勢を察知できなかった。
「今だ、美遊!」
「サファイア、魔力は!?」
「連戦ですがあと一撃放つことはできます!」
「わかった、それで行く!」
上条の呼びかけと、美遊の会話。目の前のクロも剣戟の中どこか向こうを見つめ笑っている。ハッとしたフュンフツェンアーチャーはクロを強引なタックルで押し退け、声の方を向く。
するとそこには、天高く聖剣を掲げる美遊と、聖剣から伸びる光の柱があった。あれこそは宝具の光、人一人を相手にするには過剰な熱量の聖剣。だが殺せるのであれば、手段を問う必要はない。
躊躇はしない。回避もできぬ面の攻撃で蒸発するが良い。
「
美遊は即座に聖剣を振り下ろした。フュンフツェンアーチャーに光が迫る。直撃すれば蒸発は避けられない。
だがフュンフツェンアーチャーは意外にも大きな抵抗を見せなかった。回避すらせず、諦めの表情も浮かべずに突っ立っている。その余裕は瀕死のフィルツェンバーサーカー以上のものであった。
するとフュンフツェンアーチャーは左腕を突き出し、弩を展開する。いくら威力のある魔力矢だとしても宝具を前にしては蚊ほどの存在感も持てはしない。……そのはずだった。
突如、弩が巨大化した。反りが翼のように開き、強い光を発している。それはまるで宝具にも匹敵するかのような、ピリピリとした存在感を放っていた。
目前まで聖剣が迫ったというその時、弩から何かが発射された。少なくとも矢ではない、不定形の衝撃波。この宝具を相手取るには小さすぎるほどの一撃。
だが次の瞬間、フュンフツェンアーチャーを除く場の全員が驚愕した。聖剣と弩の魔力波が衝突したその瞬間、聖剣の光は上条の
勿論、フュンフツェンアーチャーには左腕以外の傷は一つもついていない。
「一体、何が……」
そう、これはフュンフツェンアーチャーの持つ対宝具兵装。自らは宝具に非ずとも、相手が宝具とあれば無類の地位を持つ。
が、フュンフツェンアーチャーは考えた。彼等は
「なんだ、あいつ……?」
「────
フュンフツェンアーチャーがそう発した瞬間、膨大な魔力が吹き出た。
それを明確に察知したのはクロだった。それは同じ力を使うためか、はたまた存在そのものに類似する何かがあるためか。
「────止めて……あいつを止めて!」
クロは焦った様子で弓を投影し、更に投影したありったけの剣を矢として射る。
「
続けて詠うフュンフツェンアーチャー。その最中においてもクロの攻撃を感じ取り、投影した剣を射出して打ち消す。
「クロっ、どうしたの!?」
「わかんないわよ! でもあれを
そう叫び、クロは剣を構え突撃する。状況が飲み込めていないイリヤだったが、クロに合わせ飛んでいく。
が、それを妨害するように剣の雨が降り注ぐ。何者の接近も許さない檻のように、クロとイリヤの進行を遮る。
「
「
「チッ、クソが……!」
続いて上条と
だがやはり、フュンフツェンアーチャーの投影した剣が行く手を阻む。
「──だああ、うざってェ!」
「
「ゴチャゴチャ言ってンじゃねェぞ三下ァ!」
……と、勘違いしていた。フュンフツェンアーチャーは言葉を唱えながらも大きく飛び上がり、後退する。それと同時にアクセラレータの周囲に大量の剣を射出し、物理の壁と土煙の二重の妨害を仕掛ける。行く手を塞がれ、視界を奪われ、
「
「美遊!」
「はい!」
剣を持つ上条と美遊が襲いかかる。
が、フュンフツェンアーチャーはそれを容易く凌いでみせた、双方向から襲いかかっているにも関わらずそれぞれを片手のみで制してみせる。
「この──ッ!」
上条はフュンフツェンアーチャーの不意を突き、剣戟の中で拳を差し込む。唐突に現れたその拳はフュンフツェンアーチャーの剣の片方を消滅させてみせた。
だがフュンフツェンアーチャーもすぐに気づいた。剣が消えるやいなや空いた拳で上条を殴り飛ばし、残った剣に力を込め傍らの美遊も押し出した。
「
浮遊したイリヤがルビーの先端に魔力を集中させる。フュンフツェンアーチャーの防御を突破するには、投影された剣を塵にするほどの魔力量が必要だ。
「んんん〜〜っ……
溜めに溜め莫大になった魔力を一気に放出する。
敵意を感じフュンフツェンアーチャーは剣を射出するが、その強大な魔力光線の前には成すすべもなく、剣は飲み込まれ塵になっていく。光線はあっという間に距離を詰め、フュンフツェンアーチャーめがけ一直線に飛んでいく。
……が、直撃はしなかった。フュンフツェンアーチャーが突き出した腕、その先から花弁を模したような魔力の盾が展開し、怯むことさえなく光線を防ぎきってしまったのだ。
「あれは────!」
ハッ、とクロは気づいた。投影魔術だけの共通点ならまだしも、あの盾は見覚えがある。飛び道具を完全に防いだあれは、間違いなく
考えを巡らせた頃には遅かった。とうとう誰もフュンフツェンアーチャーを妨害できず、最後の一句を発する許可を与えてしまう。
「
その瞬間、光と炎が広がった。眩い閃光が六人を包み込む。
次第に今、自分がどこに立っているのかすらも曖昧になってゆき────。
気づけば、荒野に立っていた。
土は乾き、日は陰り、距離もわからないほどの上空では幻のような歯車が回っている。
それだけではない。上条は細目を開け周囲を見渡す。──剣、剣、剣。至るところに
小高い丘の上を見ると、この”世界”の主であるフュンフツェンアーチャーが立っていた。どこからともなく吹く風に外套がなびく。そして剣のように鋭いその目は相も変わらずこちらを睨みつけている。
「なに……ここ……?」
イリヤが後退り怯えている。それもそうだ、ここは現実世界でも鏡面界でもない、まさに”異界”。得体の知れぬそれに、一行は恐怖するしかなかった。
が、ここでクロが顔をしかめ口を開く。
「固有結界……!」
あるいは、リアリティ・マーブル。心象風景の具現化。世界そのものに対し働きかける大魔術にして禁呪。封印指定執行者バゼット・フラガ・マクレミッツ曰く、人の身で行使すれば封印指定──時計塔最奥への幽閉に限りなく肉薄するという
だが、恐怖したところで状況は解決しない。一帯を埋め尽くす剣の山、そして術者であるフュンフツェンアーチャーの周囲にはそれが集中していた。すると、その剣のうち二つを左右の手に取る。万全の準備が整った、といったところだろうか。
それに対応し、クロも再び干将莫耶を投影する。
「……っ、なんだっていい。やらなきゃ殺られるだけよ!」
そう叫び、クロは駆け出した。
剣を手にしたフュンフツェンアーチャーはニヤリと微笑み、動かない。迫りくるクロ。そして間近に迫ったクロに、とうとうフュンフツェンアーチャーは剣を振るった。
キン、キン……剣が互いを打ち合い、火花を散らす。目にも留まらぬ剣戟──特にフュンフツェンアーチャーの剣は、己の土俵に立っているからかより活気を持っているように見えた。だがクロも負けじと剣を振るう。速度は拮抗、力は劣勢……いくらクロが気を張ったところで、元々開いていた差が大きくなったのには変わりなかった。
「クソが……オイ、上条当麻!」
ふと、
「何だ!?」
「オマエの右手でなンとかできねェのか!? 一応、コイツも魔術なンだろ!」
そうか、と上条は大剣を地面に突き立てる。空手になった右手を握り、そして開く。どんな世界に来て、どんな力を手にしようとも、上条当麻は
ダン、と平手を地面に叩きつける。最大の武器たる、この右手で。命を救われた経験は数知れない。上条には、絶対的な自身があった。
────が、変化はなかった。
「────は」
上条は手を離し、再び手をつく。たん、たん、だん、と地面を叩いては、更には拳で殴りつける。
が、一向に変化は見られない。傍から見れば、ただ何かを悔しがって自暴自棄になっている痛い人にしか見えないだろう。
「なんで──」
通用しないとすれば、一体これは────。
「──世界卵……」
何かに気づいたかのように、美遊が呟いた。名家エーデルフェルトに育ち、教養のある美遊だからこそ気づけた何か。上条は言葉の意味を尋ね、聞き返す。
曰く。
魔術理論”世界卵”。固有結界の基礎とも言える理論で、ここでは三次元世界を三つの
美遊の簡潔な説明を聞いて、上条は門外漢ながらも
つまり、”自己”の内側に元から存在していたものが外に出てきただけなので、
「ちくしょう、じゃあ肉弾戦しかねぇってことかよ!」
上条は大剣を引き抜く。
……だが、付け入る隙がない。フュンフツェンアーチャーが乱入者にも即時対応できるほど用意周到である、というわけではない。あの二人には干渉できないような、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。邪魔しては悪い、とも言えようか。追い込まれ苦渋の表情を浮かべるクロに対し、フュンフツェンアーチャーは楽しむかのように微笑んでいる。その素振りはまるで、クロとの一騎打ちを所望しているかのような……。
「────くっ!」
一つ、また一つとクロの剣が砕かれていく。だが投影に要する集中が惜しい──クロは地面に突き立てられた剣を引き抜き、応戦する。だがそれも元はフュンフツェンアーチャーによって投影された剣。それをクロが使っては肝心の技術の投影ができないし、すぐに砕けてしまう。
が、それ以上にフュンフツェンアーチャーの攻撃が苛烈だった。ただでさえ投影し慣れた干将莫耶の投影すら許さない剣戟に圧倒される。単純な力量の差。決して追いつくことのできない実力不足。剣戟の中、クロはそんな自分の弱さを痛感しつつあった……。
「っ……このっ!」
かろうじて生じた隙でクロは剣を投影する。それをフュンフツェンアーチャーに振りかざす……がいなや、その剣を
土煙が晴れる。煙に巻かれていたフュンフツェンアーチャーは視界が良好になるとすぐさまクロを視界に捉え直す。
が、クロは接近せず、手に剣も持たない。するとクロはその手を高く掲げ、空中に複数の剣を投影する。さもフュンフツェンアーチャーが行ったそれのように。
「
掛け声に合わせ、剣が掃射される。猛スピードで迫りくる剣の群れ。が、フュンフツェンアーチャーはその全てを軽々と弾いて見せた。時にはステップを踏むように僅かに動くだけで剣を避ける。狙いを逸れた剣が、フュンフツェンアーチャーの足元に突き刺さる。
「まだよ!」
すると、フュンフツェンアーチャーの足元の剣が光りだした。先程、クロが飛び退く直前に剣が放っていたものと同じ光だった。
「……
フュンフツェンアーチャーに弾かれ、避けられ、周囲に散乱した剣が一斉に爆ぜた。フュンフツェンアーチャーのすぐそばにも突き刺さった剣は少なくなく。猛烈な爆発が直にフュンフツェンアーチャーを襲う。
……が、フュンフツェンアーチャーはそこまで甘くなかった。煙が晴れると、そこには多少は汚れながらも
「そんな……、っ……!?」
ふと違和感を感じ、顔を拭う。手についたのは紛れもない、血だった。何らかの攻撃を受けたわけではない、鼻血だ。背中に傷を負い、それを無視し極限まで肉体を酷使したクロ、そしてフュンフツェンアーチャーとの戦いや剣戟における多数の剣の投影で瀕死になったクロが更なる剣の一斉投影、その全ての
鼻からひどく出血し、唇を伝う。塩っぽい鉄の味が口内に広がる。その味を知覚した瞬間、ふらっと平衡感覚を失い、倒れるように膝をついた。
「クロ!」
上条が叫んだ直後、
すると、狙ったかのように
「この野郎……!」
絶え間ない爆発の応酬に苛立ちが募っていく
次に攻勢に出たのは美遊だった。フュンフセイバーの剣技でも追いつけないと悟った美遊は──もう宝具を放つほどの魔力は残っていないため──
「
サファイアの先端から高速の魔弾を連射する。だがフュンフツェンアーチャーがそれを目視するやいなや突き刺さった剣が自ら浮遊し、魔弾に向かい飛翔し撃墜していく。それでも美遊は臆することなくフュンフツェンアーチャーへ接近していく。
「っ……
中距離まで接近したところで美遊は攻撃方法を切り替え、サファイアから斬撃を飛ばす。しかしフュンフツェンアーチャーはそれを剣を飛ばすまでもなく手元の剣のみで弾き返す。至近距離に迫った美遊は
フュンフツェンアーチャーの膂力に弾かれ、美遊は大きく浮く。その隙へフュンフツェンアーチャーは投影した剣を掃射する。すんでの反応で美遊はシールドを張るが、剣の衝突と爆発の衝撃波で吹き飛んでしまう。
「美遊っ!」
飛んでくる美遊にイリヤは魔力の力場を形成し、クッションとしてキャッチする。そしてゆっくり地面に降ろし、支えながら立ち上がらせる。
「い、イリヤ……」
「美遊もだいぶ魔力使ったでしょ? 休んでて、次は私がやる!」
そう言うと、美遊が伸ばした手も気に留めずにイリヤは飛んでいった。
そうではないのだ。美遊は何より、イリヤに傷ついてほしくなかった。それはクロとの痛覚共有も
そんな想いにも気づかずに飛ぶイリヤ。それに気づいたフュンフツェンアーチャーは剣を飛ばし撃墜しようとするが、美遊のやり方とは違う軽やかな飛行で剣を躱していく。ある程度まで接近すると大きく身を翻し、フュンフツェンアーチャーの目測の範囲から外れたところで、太もものカードケースから一枚のカードを取り出す。ケースから取り出した、つまり今回未使用の”ランサー”のカード────。
「ツェーンランサー、
宣言と共にイリヤの体が輝き、姿を変えていく。
光から現れたイリヤはフリルのスカートだったカレイドとのシルエットとは打って変わって、ツヴァイランサー
「やああぁぁぁっ!」
二本の槍を向け飛びかかるイリヤ。閃光で一瞬眩んだフュンフツェンアーチャーは、剣を飛ばすことはせず手元の剣で槍を防ごうとする。
赤い刃がフュンフツェンアーチャーの目前まで迫る。そして、それを双剣で防ぐ────はずだった。赤槍の刃はあろうことか構えた剣を透過し、フュンフツェンアーチャーまで迫ってきたのだ。
危険を察知し、瞬時にイリヤを蹴り飛ばし間を作る。が、吹き飛ぶほど強くは蹴らなかったため、イリヤはすぐさま体勢を立て直し襲いかかる。
離れている隙にフュンフツェンアーチャーは投影した剣を射出し応戦する。だが、やはり英霊の力と言うべきか、イリヤはこれまでとは比にならない動きで剣を避け、時には弾き、攻め寄ってくる。
間近まで接近し、フュンフツェンアーチャーは剣を振るう。……が、赤槍にはやはり透けてしまう。一方で、イリヤ本体を狙った斬撃に対しては黄色い槍で防いでくる。……成程、恐らく赤槍には
フュンフツェンアーチャーは槍の隙間をくぐりイリヤのふところまで入り込み、斬りかかる。突然の行動にイリヤは慌てて赤槍を振るうが、フュンフツェンアーチャーの予想通り、剣が赤槍の柄を弾く。その衝撃で赤槍は手を離れ、落下してしまう。
が、ここまでの接近はフュンフツェンアーチャーにとっても諸刃の剣、今度は黄槍の刃がすぐそこまで迫っていた。急いでフュンフツェンアーチャーは飛び退く。しかし接近しすぎたのか回避が間に合わず、黄槍の刃が頬を掠めてしまう。
たかが頬を掠めた程度……と双剣を握る手に力を込めるフュンフツェンアーチャーであったが、違和感に気づいた。頬の傷に、なにやらグズグズとくすぶる魔力を感じる。恐らく何らかの呪詛の類、そして傷口にはたらく呪詛といえば……再生の阻害といったところか。となると、なかなか厄介だ。強く魔力を込めれば高速治癒も可能だが、それが妨害されてしまう。掠り傷だったから良かったものの、これが重傷となると話も変わってくる。
「……あっ、まずい!」
フュンフツェンアーチャーの鋭い視線を感じ、イリヤは二つの宝具の特性を完全に察されたと悟った。少しでも手数を増やすため落とした赤槍に手を伸ばす。しかし、フュンフツェンアーチャーはこれを見逃さず、剣を射出し妨害する。そして赤槍を拾う隙も与えず、双剣で斬りかかる。咄嗟にイリヤは黄槍を構え、双剣を防ぐ。槍一本の状態ならばその運用の勝手はツヴァイランサーにも通じてくるが、この黄槍──
大きくよろめくイリヤ。その隙に付け入り、フュンフツェンアーチャーは連撃を叩き込む。一度姿勢を崩したイリヤはフュンフツェンアーチャーの攻撃のペースに大きく遅れを取り、乱れた太刀筋でかろうじて斬撃を防ぐことには成功するも、槍に力が入らず一方的に圧されてしまっている。一瞬の油断によって大きな後退を強いられてしまい、肝心の
「くぅっ……!」
すると、フュンフツェンアーチャーの双剣が眩い光を放った。よろめくイリヤの黄槍に一撃打ち込むごとに剣は形状を変えてゆき、光が収まる頃には更に巨大な、美しい結晶の剣と化していた。──オーバーエッジ。フィルツェンバーサーカー戦でクロも使おうとした
オーバーエッジ起動後からのフュンフツェンアーチャーの太刀筋は更に鋭く、重みを増していった。一撃受ける度に手から槍の柄がすっぽ抜けそうになる。にも関わらず双剣の太刀筋は軽やかで、まるで重みを感じさせず、それでいて威力は絶大だ。剣を受ける手も、追い詰められる足も、もはや限界間近だ。
フュンフツェンアーチャーが、双剣同時の重い一撃を繰り出す。リズムが崩れ、片手のみで黄槍を握っていたイリヤがそれに耐えられるわけもなく、その一撃を黄槍で受けた瞬間、まるで何かに激突されたかのような衝撃と共にバランスを崩し、大きくよろめいてしまう。
しまった……そう思った頃には既に遅く、一瞬目を足元にやった瞬間にフュンフツェンアーチャーは空中に大量の剣を投影していた。手に持つ剣の一本でイリヤを指し示し、今にも剣が掃射されようとしている。死の恐怖に目をつむる、その隙すらイリヤには与えられなかった。
「こっちだ!!」
ふと聞こえた、勇ましい声。イリヤはフュンフツェンアーチャーを視界に捉えながらも、その向こう、視界の端に、大剣を携え駆け寄る上条の姿を確かに見た。
その殺意──”
フュンフツェンアーチャーは投影した剣の方向を変え、上条へ掃射する。上条は全てを捌き切ることはできずとも大剣を以て飛んでくる剣を弾き、対応できないものは回避しながら接近する。
剣が衝突する。双方拮抗する中、フュンフツェンアーチャーは確かに上条の太刀筋に変化を見出していた。先の──固有結界発動を防ぐための剣よりも、此度の──イリヤを守るための剣の方が強いのは、フュンフツェンアーチャーもよく理解できる。人とは
恐怖に突き動かされた剣は、
「──ぐ、こいつ……!」
フュンフツェンアーチャーの剣が力を増した。まるで重力に押し潰されるかのような重圧感が上条の腕にかかる。
その時。上条と向かい合うフュンフツェンアーチャーの後方にいたイリヤが黄槍を持って駆け出した。黄槍の先端を向け、突き刺す構え。その進行方向には、無論フュンフツェンアーチャーがいた。
気配を感じ取ったフュンフツェンアーチャーは剣の片方をイリヤに向け、突きを受け流す。だがイリヤはそれでも止まることなく突きと斬撃を繰り返す。それを防ぐ一方で上条も同じくフュンフツェンアーチャーに連撃を叩き込む。
「イリヤ、いいぞ!」
それからの二人の剣戟はまさに一心同体であった。決して勢いを欠かすことなく交互に大剣と黄槍がフュンフツェンアーチャーに襲いかかる。重い大剣の攻撃と軽やかな槍の攻撃が相まり、互いの欠点を補うかのような隙のない連撃が繰り出される。フュンフツェンアーチャーはそれを剣一本ずつで相手し切らねばならず、単純な戦力は半減。攻撃を押し止めるに留まってしまう。
が、所詮は停滞。それ以上圧されることはない。
ギン、と二人の得物が両手それぞれの剣に阻まれる。二人ともキリキリと力を込め、金切り音が響く。だが、フュンフツェンアーチャーは引き下がらない。それどころか、上条とイリヤが揃って圧力をかけているにも関わらず双剣を握るその腕は微塵も動かない。
すると、フュンフツェンアーチャーの持つ双剣に変化が生じた。オーバーエッジの結晶状の刃、そこに光が漏れるようなヒビが拡がっていっているのだ。そしてその光はヒビが拡がるにつれ眩く増してゆき……。
「しまっ────」
瞬間、双剣が爆ぜた。
「だめ、前が……!」
直撃に晒されながらも
「っ──来ちゃだめ、イリヤ!」
「え、美遊────きゃあっ!」
何かに気づいた美遊が叫ぶ。それは警告だった。だが、その言葉がイリヤの耳に届き、脳が意味を解する頃には既に遅かった。
離れたイリヤに向けて、フュンフツェンアーチャーは投影剣を掃射する。イリヤに直撃するほどの精度ではなかったが、その周りに着弾した沢山の剣が
宙を舞うイリヤ。次第に勢いが弱まって墜落するのだが……その足が地面についた瞬間、コキャ、と鈍い音がなった。
「──
着地したイリヤは右足を抱え、転がってしまう。息は荒く、痙攣するかのように空気を吐いている。
異変に気づいた美遊がイリヤの元へ飛んできて、サファイアを使って負傷を探知する。……どうも不意打ちの投影剣掃射だったためか、咄嗟の出来事に受け身を取ることができず、右足を捻ってしまったようだ。幸い折れてはいないが、戦闘継続は難しいだろう。
一方で、イリヤを追い込んだ投影剣掃射は同じくして上条にも放たれた。
「くそっ……!」
上条は投影剣を大剣の刀身で防ぎ──弾こうにも、フュンフツェンアーチャーの好きなタイミングで爆破できるため──ザァッと大きく後退する。すぐさまフュンフツェンアーチャーへ視線を戻すが、彼女の上空には大量の剣が浮かび、その切っ先はこちらを睨んでいた。
上条は大剣の柄を握り締め、駆け出す。するとすぐさま投影剣が上条に向けて射出される。その飛翔の速度は先程とは桁違いに速い。上条は自身を狙う剣をその大剣で弾くが、それはあまりにも高速で威力が増大しており、弾くだけでも衝撃で腕が持っていかれそうになる。だがそれでも足は止めない。投影剣の衝撃を体の軸の回転で受け流し、ペースを落とすことなく接近する。
……が、それほどの威力の投影剣を何度も弾き、その度に衝撃が腕に蓄積されていくと、上条の太刀筋は徐々に弱り始めていく。しばらくするとそれはもはや弾くというものではなく、迫りくる投影剣を僅かに方向転換し受け流す、というものにまで成り下がっていた。正面から弾き返していると一気に姿勢を崩すであろうところまで来ていたのだ。
すると、フュンフツェンアーチャーは新たな行動に出た。投影剣を飛ばすのには変わりないのだが、自らの身の丈の何倍もある巨大な剣を投影し射出してきたのだ。その剣は、巨人化したフィルツェンバーサーカーを穿ったものと同類のようであった。
これほど巨大な剣は受け流すことはできない、正面から受けるしかない……。弾くことも難しいと察した上条は剣を目の前で構え、その刀身を盾とし巨剣を迎え撃った。
が、当然防ぎ切れるわけがなかった。大剣の硬度のおかげで傷こそ負わなかったものの巨剣の衝撃は体に直に響き、理不尽な力を受けたかのように上条の体は吹き飛んだ。
「ぐ、が────ッ」
上条は地面を転がりながらも大剣を突き立て、強引に停止する。それでも巨剣による衝撃は凄まじく、大剣を突き立てから停止するまでの滑走で、地面には真っ直ぐな亀裂が刻まれていた。
そして、上条の体へのダメージも凄まじいものだった。全身に痛みが響き、立ち上がろうとすると足の骨がぷるぷると震え出し覚束ない。
ふと、周囲を見渡す。フュンフツェンアーチャーの策略か、そこには上条が恐れていた──上条をドーム状に囲い逃げ場すら防いだ大量の投影剣が浮いていた。外すら見えなくなるほどに敷き詰められ、その切っ先は全て自分へ向いている。
まさに、万事休す。体は痛み、足は震え、立ち上がれず、仮に立ち上がれたとしても大剣一本で全てを防ぎ切れる気は微塵もしなかった。
「(──よ……聞こえるか、契約者よ……)」
その時、上条の中で声が響いた。
「っ……
上条の中で眠るクラスカード──ゼクスアサシンのカードに宿ったサーヴァント、”山の翁”──上条は親しみを込め”
「どうだ? 見てみろよ……絶体絶命だぜ、俺ら」
「(言葉通り・文字通りの”四面楚歌”……まこと、よく言ったものよ。……だが案ずるでない。勝機は唯一つ、手中に在る)」
「なんだって?」
「(汝の困憊……それは
「ただの人間に、サーヴァントの力は荷が重い……ってか?」
「(左様)」
直球な言葉に顔をしかめる上条。……なんだか、アサシンと融合してから今までの全てを否定された気になってしまった。
だがそんな思案を繰り広げる間にも投影剣はこちらを睨んでいる。更に投影剣から発せられる魔力の波が強くなり、
「畜生……じゃあどうすりゃいい!」
「(事はそう
「…………は?」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。不安に思った上条は何度か聞き返すも返答は同じで、
「(肉体の強化であれば幾らでも
「で、でも大丈夫なのかよ? お前に主導権を渡すってことは、俺に決定権がなくなるってわけで……」
「(案ずることはない。
アサシンの言う通り、上条が決めあぐねている間にもフュンフツェンアーチャーはこちらへ明確な殺意を向けている。彼女にとって、何ら待つ意味はない。フュンフツェンアーチャーは高く掲げ剣を制するその手を、振り下ろそうと動き出す。
「……わかった、わかったよ! 頼むから傷つけずに返してくれよな……っ」
フュンフツェンアーチャーの手が振り下ろされる。それを合図に、上条を囲う剣が一斉に射出される。剣は弾丸の如き高速で上条まで軌道を収束させる。地に大剣を突き立てた上条が反応できる速度ではない。
上条は思わず目をつむる。その間僅かコンマ秒。ヒュッ、と風を切る音が耳元に鳴り響き────。
────次の瞬間には、その大剣で全ての投影剣を弾き砕き散らした上条の姿があった。
その時何が起きたのか、その様子を見ていたイリヤ達には理解し難いようだった。だが人の域を外れた──
あの瞬間……上条は大剣を引き抜くと一本ずつ確実に投影剣を弾き返していった。そしてなんとその防衛戦の最中に飛び交う剣の柄を握り、それを自らの剣とし二刀流で投影剣を捌いていったのだ。クロの例でもそうだったように投影者以外が用いる投影剣はある程度の弱体化が成されるが、上条はそれでも剣が砕けたら次の剣を、そして回転するような剣舞で投影剣を弾き返す──その繰り返しであの量の投影剣を乗り切ったのだった。
「────」
上条の右手には漆黒の大剣、左手には激務の末へし折れた投影剣。上条は折れた投影剣を大剣を握る右手の甲に押し当て、
その様子を傍から見ていたイリヤには、確かに覚えがあった。突然豹変する上条の戦闘能力、なにより発せられている得体の知れない殺気……。
「……ゼクスアサシン」
そう──今の上条当麻は
「──
別人のような口調で語りかける”アサシン”。声の発し方、そしてその振る舞いさえ上条ののそれとは全く異なっていた。完全な別人……それは確かに、彼の内側にいる英霊の表出であることを示していた。
フュンフツェンアーチャーは直感した。これほどの死の雰囲気は感じたことがない。故にあれは、こちらを確実に殺すことができるし、恐らくそれを何度も成し遂げてきたものなのだろうと。ともなれば、あれをおいておくのは危険だ。
フュンフツェンアーチャーは剣を投影し、射出する。視界一面を埋め尽くすほどの弾幕。それと同時に”アサシン”も動き出す。だがそれは駆けるといったものではなく、ゆっくりとした助走だった。
”アサシン”に剣が迫る。その歩行の遅さでは避けられまい──フュンフツェンアーチャーは思っていた。だが、剣が目前に迫った”アサシン”は、慣性を無視したかのような速度で剣を回避した。それは先程の剣のドームを乗り切った時のような超加速。辛うじて姿を認識することはできたが、それでも目を疑うような速度だった。
”アサシン”はその高速のまま投影剣の合間を通り抜け、フュンフツェンアーチャーへ接近する。ここまで、大剣は一切振るっていない。その速度と動体視力のみで十分に回避が可能なのだ。投影剣の回避ごときに剣は振るわない、殺すためだけに振るうとでも言いたげであった。しかし、あれが人の身であるにしてはあまりにも並外れた動きをしている。投影魔術もそうだが、肉体の性質はある程度変化させ得る。魂に肉体が引き寄せられるとして、”アサシン”の人格に切り替わり肉体が変質したのはわかるが、それにも限度があるはずだ。或いはあの少年が、それほどのポテンシャルを秘めているとでも言うのか……。
剣を避けつつ接近していた”アサシン”であったが、ヒュンッ、と突然大きく距離を縮めフュンフツェンアーチャーに肉薄する。フュンフツェンアーチャーは慌てて両手の双剣で防御の構えをとる。”アサシン”は大剣の柄を両手で握り締め、野球バットのように横薙ぎに振るう。その刃はフュンフツェンアーチャーの双剣に阻まれる……ことはなく、そのあまりもの膂力で双剣がフュンフツェンアーチャーの胸に押し込まれる。そして”アサシン”は大剣を振り切り、フュンフツェンアーチャーを吹き飛ばす。
フュンフツェンアーチャーは大剣の衝撃で空気を吐きながらも空中で姿勢を直し、着地する。だが顔を上げた頃には、”アサシン”があの速度でもうすぐそばまで迫っていた。フュンフツェンアーチャーはあの斬撃で破損した双剣を投影し直し、迎え撃つ。
”アサシン”が大剣を振りかざした。あれを防ぐのはあまり良い手ではないと学んだフュンフツェンアーチャーは大剣を回避し、回り込んで双剣を振るう。が、”アサシン”も攻撃を回避されたと分かった瞬間には既に防御の構えを取り始めており、その大剣で呆気なく防いでしまう。その度にフュンフツェンアーチャーは回り込んでからの攻撃を繰り返すが、尽くを防ぎ回避される。が、同時にフュンフツェンアーチャーも”アサシン”の攻撃を受けることはなかった。あの大剣での斬撃は大振りで──他の四人からすれば反応できないほどの高速かもしれないが──十分に避ける空間と余裕はあった。また得物そのものが重いため、先の上条のように双剣で受け流すように躱せば大剣の重みと慣性に持っていかれて僅かな隙が生じる。その速度から先程は少し慌てたが……既に相手の特性は見えており、危機感は感じていなかった。攻勢に出るなら、余裕が出た今だ。
フュンフツェンアーチャーは大きく飛び退き、上条を吹き飛ばした時と同じような巨剣を”アサシン”の背後に投影し、発射する。当然というべきか、”アサシン”はすぐにその存在に気づいたようだ。”アサシン”は振り向きざま横薙ぎに大剣を振るう。するとあろうことか、飛翔する巨剣が大剣の刃に沿って真っ二つに両断されたのだ。それはもはや「人格が切り替わった」で済む話なのか────フュンフツェンアーチャーは一瞬動揺を見せたが、すぐに大した問題はないと理解した。割れた巨剣が消滅すると、フュンフツェンアーチャーはすぐに他の剣を投影し射出する。勿論、”アサシン”はそれらを大剣で弾き返す。だが、それだけでは済まない──フュンフツェンアーチャーが手をかざすと、後方・左右の他方からも剣が襲いかかってきた。よく見るとそれらは
フュンフツェンアーチャーは双剣を再びオーバーエッジさせ、自らも迎え撃つ。二人の剣が衝突する。始めの一撃は半ば不意打ちというのもあったが、”アサシン”の膂力を以てしてもオーバーエッジを押し切る事はできず、火花を散らしながら刃が拮抗している。
「押し切れぬ……。我が契約者になんと不甲斐なきことか。元来の我ならば、英霊一人殺すなど容易きことであったが」
二人の剣が弾き合い、仰け反った。二人は互いに負けじと、振り上げられた剣を振り下ろす。
その剣戟は、まさに”拮抗”であった。”アサシン”の攻撃を受けきれないのは、双剣の強度に問題があった。だがオーバーエッジで性能を底上げした今なら、あの重撃さえ防ぎ・攻めることができる。
”アサシン”も似た心地であった。いくら相手が
だが、”アサシン”にはもう一つ弱みがあった。
その”何らかの不調”を、フュンフツェンアーチャーは感じ取っていた。双剣を振るう一撃一撃に力を込め、”アサシン”を威圧する。差が縮まったとはいえ、あくまで
フュンフツェンアーチャーの剣が大剣に当たる度、衝撃で一歩ずつ仰け反ってしまう。他人の体を使う責任からか僅かながら焦りを感じ、力を入れ切れない。一方のフュンフツェンアーチャーは、小さく笑みを浮かべている。まるで自分に勝機があるとでも言っているかのようにいきり立ち、剣戟にも傲慢な隙が目立つようになっている。
……どうやら、焦ることはなかったようだ。契約した相手がいる以上、その相手の体を傷つけることは誓って無い。それに、
「驕ったな、弓兵よ」
フュンフツェンアーチャーは”アサシン”を睨む。すると”アサシン”は一歩引き、大剣を握る両手に力を込める。足掻きを、とフュンフツェンアーチャーは力強く双剣を振るう。
その時、炎が灯った。”アサシン”の大剣はチリチリと火花を散らしながら発火し、炎に包まれた。それは青く、白く、どことなく黒く、煌々と燃え盛りながらも死の深淵のような冷たさをもっていた。
────そう。上条当麻は”アサシン”と契約しているとはいえ、
「晩鐘を聞け────!」
”アサシン”が大剣を振るう。大剣は炎の軌跡を残しながら空を裂く。フュンフツェンアーチャーの双剣は止まらなかった。双剣と大剣が触れた瞬間──大剣の持つエネルギーに双剣は完膚なきまでに燃やし尽くされ、砕け・破片が飛び散るまでもなく塵となって消滅した。
フュンフツェンアーチャーは驚愕した。せざるを得なかった。あの肉体で行う戦闘行為が”アサシン”の全てだと思い込んでいた。
”アサシン”は振り上げられた大剣の柄を強く握り締め、振り下ろす。相手は油断を見せ、結果武器を失った。殺すなら今しかない────!
──が、フュンフツェンアーチャーは心を鎮めた。確かに油断した。だが致命傷ではない。徒手空拳でもない。思い込んでいるのはそちらも同じだ。
一瞬の行動。フュンフツェンアーチャーは、空手になった
刻印弓──左腕にあって、右腕にだけない道理はない。
「む────」
”アサシン”が危険を感じた頃には、それは発射されていた。今回最も強い──
攻撃が命中した”アサシン”を中心に巨大な爆炎が広がった。もはや音すら消滅し、炎の熱と残響だけが残る。規模こそ違えど、核と見紛うような大爆発だった。
爆炎が収まり始めると、吹き飛ぶ”アサシン”の姿が鮮明になってきた。大剣を目の前に構え、防御の姿勢をとりながら宙を舞っている。その高度が落ちてくると、”アサシン”は慣性で地面を大きく転がっていく。やがてそれも停止し、姿勢を起こす。あれだけの衝撃を受けてもなお、怪我はなかったようだ。だが代わりに爆発を防いだであろう大剣の半ばが高温により赤熱し、少々溶解しているようにも見える。
「ぬぅ……侮ったか。我ながら、甘くなったものよ」
そう呟きながら、”アサシン”は立ち上がる。……が、二足で直立した途端にふらつき、倒れ込んでしまう。
「やはり、な。人の身では、この程度が限界か」
力を使いすぎたのか、制限時間をオーバーしたのか……ともあれ、”アサシン”は立てる状態ですらなくなってしまったようだ。フュンフツェンアーチャーは”アサシン”を一瞥すると、あの一撃により熱を持った右腕をブルブルと振って冷ます。
暫くして、フュンフツェンアーチャーは再び双剣を投影する。……が、違和感に気づく。攻め込んでくる相手が誰もいないのだ。上条の肉体を使った”アサシン”でさえあの様だ。
美遊は戦意を喪失しているようだった。潔いと言うべきか。魔力の消耗に加え、フュンフセイバーの剣技を以てしても敵わず、宝具を打ち消したあの刻印弓がもう一丁あるとなると万策尽きたと言っても過言ではなかろう。
イリヤは論外だった。あの墜落で随分当たりどころが悪かったのか、捻った足を未だに押さえている。飛行すればいいと思ったが……あの調子ではバランスコントロールも、着地も難しいだろう。
「……く、うぅ……っ!」
そんな中ただ一人、立ち向かってきたのはクロだけだった。
クロは辛うじて投影した剣を一本、振りかざす。だがその速度は先程と比べてもかなり遅く、戦闘の素人でさえ避けられるであろう遅さだった。当然フュンフツェンアーチャーはそれを回避し、今度は自身の剣で斬りかかる。クロは剣を構え攻撃を防ぐが、その衝撃で剣は砕け、クロ本人も残り体力が少ないのか大きくよろめいてしまう。
だが、それでもクロは諦めずに剣を投影し、斬りかかる。そしてその度に同じようにフュンフツェンアーチャーに攻撃を捌かれてしまう。それを数度繰り返す内に、剣投影した瞬間にほころび始め、とうとう何も投影できなくなり、本人の足元もふらついて跪いてしまう。クロはフュンフツェンアーチャーの顔を見上げる。そこから向けられていたのは、まるで期待外れだとでも言いたげな冷ややかな視線だった。そしてその感想が事実であるかのように、跪くクロをフュンフツェンアーチャーは蹴り飛ばした。
「ああっ! はぁ、はぁ……ぐ……」
もはや立ち上がるだけの体力すら残っていないようだ。フュンフツェンアーチャーは投影した双剣を消し、クロを見つめる。蹴り飛ばす直前、あの一瞬クロの顔に表れたのは恐怖の表情だったが、今は強い敵意を持って睨みつけてくる。あれだけボロボロになって、投影すらできなくなってなお、諦めていないというのか。その底意地の悪さに、余計に失望した。
「まだ、よ……まだ私は……死んで、な……」
そう呻きながら、地を這いずるクロ。だがフュンフツェンアーチャーに、もう戦う気は残っていなかった。戦えない相手と戦ったところで、何も楽しくない。
すると、クロの頭の中に声が響いた。フュンフツェンアーチャーがこちらを見つめている。聴覚からではない、頭に文字が浮かぶように流れ込んでくるのは、彼女の言葉だろうか。
そこには、こうあった。
”今回は退く。傷を癒やし、力を蓄え、私と拮抗し得ると確信した時に、また此処に来ると良い”
すたすたとフュンフツェンアーチャーは後退する。本当に戦う気はなさそうだ。それを追う者は誰もいない。あれだけ執着していたクロですら、あの言葉を聞いて戦意が失せてしまった。
今回の戦いは、あまりにも異例すぎた。鏡面界外で仕掛けてきたドライツェンアサシンもかなり異例ではあったが、二連戦、相手は語りかける程度の知性を持ち、そして何より──敗北を喫し、撤退を余儀なくされたのだ。
だがその時、クロの背後から何かを感じた。嫌な予感というか殺意というか、並々ならぬ感情が渦巻いているのを感じた。
「
気配の主は美遊だった。上条が
それを持つ美遊の顔は、汗に濡れ、歯を食いしばり、瞳孔は大きく開き、焦りと恐怖の混在した表情をしていた。
「…………
逆手に持った槍が放たれた。それはもはや目視すら叶わない光のような速さで、ギュンッ、と空気を歪めながら飛翔した。心臓を穿つ必殺の槍。この土壇場で放った不意の一撃は、真っ直ぐフュンフツェンアーチャーに向けて飛んでいく。
この瞬間、フュンフツェンアーチャーは確実に焦った。完全な不意打ちだった。フュンフツェンアーチャーは槍の飛翔を確認するとすぐさま手を突き出し、
そして、盾と槍が激突した。槍は盾で留まり、そのエネルギーが衝撃波となって辺りに拡散する。
だが、パリン、と
また一枚盾が割れる。フュンフツェンアーチャーに伝わってくる衝撃も大きくなり、少しずつ仰け反っていく。このままこの場を去る予定だったが、これでは離脱のしようがない。そして
すると、フュンフツェンアーチャーはあるものに目をつけた。遠くに放られたもう一つの赤槍……
フュンフツェンアーチャーは手を伸ばし、赤槍のそばに刺さっている一本の剣を励起させた。フュンフツェンアーチャーは魔力の流れや量を調整し、適切なバランスで剣を引き寄せる。すると剣はうねり回転しながら宙へ飛び上がり、ピンッ、とその足元にあった赤槍を弾き飛ばした。計算されたバランスで弾き飛ばされた槍は宙を舞い、ぴったり狂いなくフュンフツェンアーチャーの左手に収まった。どうやら盾に触れても透けるだけで消滅はしないようだ。そしてフュンフツェンアーチャーは
その一瞬、目論見通り
呪いから解き放たれた一瞬、フュンフツェンアーチャーは世界卵理論を応用し、自身の肉体の位置のみを心象世界の外側に置くことで一人固有結界から離脱した。
「美遊さま……美遊さま!」
「……はっ、クロ!」
我に返った美遊は急いでクロのもとへ駆け寄る。仰向けにひっくり返したクロは息も絶え絶えで、剣の投影すらできなくなっていることを鑑みるとまさに致命的だった。クラスカードを霊核に据えるクロの場合魔力欠乏は死に直結する。今すぐキスをすれば──恥じている場合ではない──応急処置にはなるかも知れないが、クロ本人がその調子ではなかった。大きく呼吸をし、歯を狭く噛み締め、鼻血は唇まで流れ、その目はフュンフツェンアーチャーがいた虚空を見つめている。
「アー……チャー……っ」
「はぁっ……クロ……!」
遠くで座り込んでいたイリヤもなんとか立ち上がり、足を引きずりながらクロのもとへ歩いていく。クロとの間には痛覚共有の呪いが効いている。この足を挫いた時、きっとその時の鈍痛がダイレクトに響いたはずだ。それでもなお立ち向かったクロのことが心配で、そして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せめてもの口づけを……と歩みを進めるが、イリヤは足の痛みに引かれ転んでしまう。だが、それでも立ち上がろうともがく……。
大剣を杖のように突き立ち上がる”アサシン”。そのそばに、息を切らした
「ハァ……ックソ、完敗ってか?」
「否。此度の死合で彼奴の力の限界、奥義の多くを垣間見ることができた。遺されたものは大きかろう」
「そォかい……。あァ、今ァあの三下じゃねェンだったな」
”アサシン”は状況を振り返る。
あれはクロとほぼ同じ力を持った存在だ。真名はともかく、奴の多くは探れただろう。この肉体を使っている間上条の記憶は無いが、他の者が記録し伝えてくれるだろう。それにより、ある程度の戦略を立てることは可能だ。
だが、あの調子だと肝になってくるのはクロの存在だ。フュンフツェンアーチャーは時折クロへの執着を見せる。それは類似存在の感応現象か、或いは一騎打ち願望か。だがクロは今のままではフュンフツェンアーチャーには遠く及ばず、ドライツェンアサシン戦で負った背中の傷も随分足を引っ張っている。フィルツェンバーサーカーのカードは試していないが、そう良い効果は出ないだろう。
今後、クロがどのように思い、どう力を鍛えるかで、勝敗は決まる。
「幼子に戦いを強いる、か……世の条理とはまこと残酷なもの、よ────」
そう呟いたところで、”アサシン”の意識はプツンと途切れた。
ボキャブラリーの無さに苛まれるヨ……