Fate/Imagine Breaker   作:小櫻遼我

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一年半ぶりくらい?
そろそろしっかりペースアップを義務化しなければ


第七章 氷原にて立つ
Spell19[星の精霊、貴き姫君よ A_Piece_of_the_Moon.]


 冬木市郊外の森林。その鏡面界。

 そこはもはや別世界と化していた。

 

 

 

「いた……!」

 

 アサシンの力で作り出した剣を構える上条。ドライツェンアサシン戦で破壊された影響はまだ残っており、魔力規模を縮小させ今までの身の丈程の大剣からは小型化されている。

 その傍らにはイリヤ、クロ、美遊、一方通行(アクセラレータ)

 そして、五人の前方。

 一人の女、六騎目の黒化英霊(サーヴァント)が現界していた。

 女王を思わせるような漆黒のドレス。ところどころハネた金色の髪がなびく、快活ながらも淡麗なビジュアル。そして髪の隙間から覗かせる深紅の瞳はとても熱く、魅惑されてしまう。

 女は空を飛ぶような身のこなしで舞い、ずっと笑っている

 狂戦士の黒化英霊(サーヴァント)、フィルツェンバーサーカーだ。

 

「……何なンだ、気色悪ィ」

 

 呟く一方通行(アクセラレータ)。彼の目からしても、彼女の振る舞いは異色だったのだろう。

 こちらは皆戦闘態勢だ。上条とクロは剣を、イリヤと美遊はカレイドステッキを、一方通行(アクセラレータ)はベクトル変換を励起させた剥き出しの殺意をフィルツェンバーサーカーに突きつけている。傍から見ても一触即発、殺し合いの現場に他ならない。

 だが、女は踊っている。この状況、殺戮、戦場を”楽しんでいる”。それは言わば強者の余裕。数的不利においても引けはとらないという自信。いや、もはや自信ではなく、それが奴にとっては当たり前なのかもしれない。それほどの強者。

 

「あの雰囲気、何かが違う。何かヤバイわ」

 

 クラスカードから出づる者の本能か、身震いするクロ。

 学のない上条にも理解できた。フィルツェンバーサーカーが平然と放っている殺意。ドライツェンアサシンと同等かそれ以上の、しかしベクトルの違う殺意に溢れ満ちていた。

 その殺意を突きつけられて、今一番問題になるのはイリヤだった。彼女はつい最近、親友を亡くしたばかりだ。それも自分達が追う殺人鬼によって。そして、殺人鬼との戦いで感じた恐怖──。そんな状況に置かれたイリヤのパニックは想像に難くない。今の彼女は、戦いに身を置く前の、無垢な少女の精神に戻ってしまっている。

 イリヤはおもむろにルビーを向け、先端に魔力を込め始めた。

「待て、早まるなイリヤ!」

「なんで!? ここであいつを殺さないと、また誰が被害に遭うか分からない!」

「この鏡面界は黒化英霊(サーヴァント)を縛る結界のようなもの。今までの例を見ると、そこから抜け出す単独顕現(こうどう)能力を持った黒化英霊(サーヴァント)がそんなにいるとは思えない」

「でも……!」

 

 言い合う上条、イリヤ、美遊。傍らでクロは二刀を構え、フィルツェンバーサーカーの動きを警戒している。

 一方、一方通行(アクセラレータ)は気づいた。秋の暮れ、気温の下がったこの時期にイリヤのかく汗は暑さによるものではない。そして血色の悪い唇と、開いた瞳。怯えきって錯乱し、正常な判断ができない顔だ。

 

「止せ、ガキ──!」

 

 が、遅かった。

 ルビーから放たれた魔弾は直線軌道を描き飛んでいく。その速度は素早く、槍のように頭を貫く姿が想像できる。

 フィルツェンバーサーカーは踊りを止める。そして魔弾に背を向けたまま、その手で魔弾を鷲掴みにした。

 

「な────」

 

 勢い止まらぬ魔弾がぎゃりぎゃりと火花を散らし、手の中で回転している。だが痛くも痒くもない、そんな様子でフィルツェンバーサーカーは手のひらに力を込める。魔弾はうめくように発光すると、その手によって握りつぶされ、空気が抜けるような甲高い音を発して塵と消えていった。

 場が静まり返る。予想を超える敵の反応に皆が言葉を失う。

 女はゆっくりと、ぎりぎりと、機械人形(オートマタ)のように振り向く。

 血のように赤い瞳。

 歪んだ表情。

 

その視線に魅入られた瞬間、空間全てが凍りついた。

 

 刹那、女が跳んだ。獲物を捉えた狩猟豹(チーター)のように、その足は土を抉り、風を切って飛びかかる。

 その目先に捉えるは、魔弾を握り潰され焦燥するイリヤ。

 

「クソッ、三下が……!」

 

 すかさず一方通行(アクセラレータ)も跳んだ。ベクトル反射最大出力、超電導(リニア)の如く突き進む。遠くに居たフィルツェンバーサーカーよりも一足先に辿り着いた一方通行(アクセラレータ)はイリヤを蹴飛ばす。遠くへ、しかし優しく、反射を調整したキックによりイリヤは退いた。

 

「っ、一方通行(アクセラレータ)さ──」

 

 イリヤの呼びかけが届く間もなく、フィルツェンバーサーカーの凶拳が一方通行(アクセラレータ)を突いた。

 

「ご、は────」

 

 ベクトル反射を貫いた、鈍い痛み。ただの拳がこれほどの威力を持つはずがなかった。ましてや幻想殺し(あの三下)でもない、ただの肉弾に。

 内臓を揺らしながら、一方通行(アクセラレータ)は想起する。いつだったか、アインツベルン家に攻め込んだ時だ。どういうわけだか知らないが、一人果敢にもナイフ一本で抵抗してきた久宇舞弥という女。あの斬撃を反射できないことに一瞬面食らったが、それは単にあの女が反射された衝撃に耐えていたというだけだった。

 この現象はそれと似て非なる力業(ゴリ押し)。反射によって返ってくる衝撃をものともせず、保護膜もろとも殴り飛ばしたのだ。

 数十メートルであろうか、長距離を吹き飛び、土煙を立てながら転がる一方通行(アクセラレータ)。痩せっぽちの彼にとっては、身体の内が砕ける程の衝撃だった。

 

「あの女、ただもンじゃねェ……ッ」

 

 立ち上がろうとするも、呼吸が整わない。その様子を嘲笑いながら、フィルツェンバーサーカーが迫ってくる。

 一方イリヤは何事もなかったかのように立ち上がった。蹴飛ばされた衝撃でクラスカードがバラバラに飛び散らかってしまっている。

 イリヤは足元のクラスカードを手に取る。ふと頭を上げると、一方通行(アクセラレータ)に迫るフィルツェンバーサーカーが目に入る。それと同時に武器を構える一同も。

 イリヤは恐怖を押し殺し、ルビーを強く握りしめる。

 

「っ……美遊!」

 

 頷く美遊。イリヤはクラスカードを一旦置き、空を飛ぶ。美遊も共に空を駆ける。

 

「クロ、援護だ! 俺はカードを回収する!」

「オッケー!」

 

 クロは剣を消して弓を投影し、その矢をフィルツェンバーサーカーに向ける。そしてイリヤ、美遊もステッキの先に魔力を込める。

 

「「はぁっ!」」

「やあっ!」

 

 二人のステッキの先から光線が発射される。同時にクロもつがえた矢を射、複数に分裂した矢がうねるように飛翔する。フィルツェンバーサーカーの意識が一方通行(アクセラレータ)に向いていることを逆手にとった不意打ち。

 しかしフィルツェンバーサーカーはその殺気を敏感に感じ取った。攻撃を受けるでも避けるでもなく、自らの手を使って光線と矢を捕らえたのだ。

 

「!?」

 

 それは手で掴む、といったものではなかった。まるで巨大魚類と共生する小魚のように、光線は手のひらの上で残留し、踊っている。そしてそれを両手のひらで抑え込み、変質させている。

 フィルツェンバーサーカーの異能は、これにこそ真価を現す。一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばした拳も、この力により増幅されたもの。一種の現実改変能力、空想具現化(マーブル・ファンタズム)である。

 手が開かれた。そこから飛び出たのは何匹もの蛇の首。赤い鱗と黄色い牙はその毒性を強く思わせる。まるで異次元から飛び出たかのように際限なく蛇の身体は伸び、着地していた美遊へと襲いかかる。

 

「美遊!」

「大丈夫……っ!」

 

 美遊は魔力のシールドを展開し、蛇の進行を抑える。しかし数多の蛇の首がシールドに噛みつき、食い千切ろうとする。

 その勢いは衰えない。

 

『d733z』

 

 フィルツェンバーサーカーはその瞳を煌々と輝かせ、蛇のように唸る。蛇の力が増す。殺戮を楽しむようなフィルツェンバーサーカーの笑顔は、その余裕を写していた。

 そして段々とシールドが食い千切られ、ヒビ割れていく。

 

「くぅっ……!」

 

 地面を踏みしめる美遊。しかし押される一方で事態は改善しない。

 その時。死角から上条が蛇に襲いかかった。

 

「ドライツェンアサシン、幻想召喚(インヴァイト)……!」

 

 上条は散らばったカードから一枚手に取り、即座に幻想召喚(インヴァイト)を行ったのだ。

 忌々しき相手、あの殺人鬼を自身に投影する上条。その手に握られているのは一本の刀。神秘のみを通す魔力の蛇、その首を容易く切り落とした。

 

「臨ム兵闘ウ者皆陣列ベテ前ニ在リ──」

 

 刀に刻まれた九字の刻印。それはこの刀の歴史であり、秘めたる退魔の力。時によって鍛えられた九字兼定は、魔術さえ消し去る概念礼装と化す。

 故にこの刀は、幻想殺し(イマジンブレイカー)に等しい力を持っている。

 侍のように、次々と蛇を切り落としていく上条。切り落とした蛇は霧散し、空に昇っていく。そのうち美遊はシールドを解いていた。

 

「だぁっ!」

 

 大きく刀を振り下ろす。刃は蛇の脳天から入り、その肉体を左右に分けた。

 これで、全部。

 美遊は立ち昇る粒子に目をつけた。あれは空想具現化によって作られたもの。即ち、空想を具現化し得る元素。

 

「サファイア、あれを集めて!」

「分かりました! 吸引、収束……!」

 

 散り散りになった蛇の遺灰が、サファイアの先端に集う。

 カレイドステッキとて魔法の産物。空想具現化の力の残ったこの粒子ならば、別の形に置き換えることも可能なはずだ。

 サファイアに集まった粒子が形を持つ。それは無数の羽虫、巨大な蝿の大群だった。その顎は鋭く、肉を噛み千切るに優れる。

 

「行けっ!」

 

 羽虫が一斉に襲いかかる。その様子に、イリヤは少し引いてしまう。ぶぅん、ぶぅん、と怪音を立てながら飛び交うそれは、まさにおぞましいものであった。

 数え切れないほどの大群がもはや面となってフィルツェンバーサーカーに襲いかかる。

 しかし、空想具現化の主は彼女。この場で最も力を御し得る。

 フィルツェンバーサーカーはその手を空に振った。空想具現化によって増幅されたその一振りは衝撃となって群がる羽虫を砕き散らす。

 一撃だった。あれだけの大群ですら、彼女にとっては腕の一振り程度に等しいものなのだ。

 そして今度はフィルツェンバーサーカーが魔力の粒子を集め始めた。粒子は手のひらに吸い込まれ、還元されていく。

 全てを吸い尽くすと、その手のひらを強く地面に叩きつけた。するとその魔力のこもった一撃故か空想具現化が故か、地面が大きくひび割れ、溶岩が吹き出した。

 亀裂は五人それぞれに迫る。

 

「まずい……! みんな!」

 

 上条が叫ぶ。言われずとも、皆回避に徹していた。イリヤは浮遊し、美遊は宙を跳ね、クロは投影の応用で浮かぶ。

 

「クソッ……がああァ、クソッ!」

 

 ダウンしていた一方通行(アクセラレータ)も己を奮わせ、空気を操作し空へ飛ぶ。

 すると、四人の標的を失った亀裂はかくんと向きを変え、一斉に上条へ襲いかかった。

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 飛行手段もなく、慌てふためく上条。それを見て、フィルツェンバーサーカーは笑っている。

 

「チクショウ、イチかバチかだ!」

 

 溶岩の亀裂が迫る。そして、亀裂が上条と接触する直前、上条は手に持った刀を地面に突き立てた。

 鍛え上げられた退魔の力。刀に溶岩流が触れた瞬間、亀裂は閉じてゆき、溶岩は逆流し、光を放って消滅した。

 がらんとした戦舞台。フィルツェンバーサーカーへ伸びる一直線の空白を、上条は見逃さなかった。幻想召喚(インヴァイト)によるサーヴァント並の脚力でフィルツェンバーサーカーへ猛接近する。

 

「おおおおっ!」

 

 上条は刀を平行に構え、突進する。鋭い切っ先が、針のようにフィルツェンバーサーカーを捉えている。当のフィルツェンバーサーカーは避ける素振りを見せない。

 かきん、と。

 突き刺さったはずの刀はフィルツェンバーサーカーの皮膚の上で弾かれ、先端からへし折れてしまった。

 

「な────」

 

 と、言葉を発する暇もなく、フィルツェンバーサーカーの拳で大きく吹き飛んだ。宙を舞い落下するとその衝撃で幻想召喚(インヴァイト)が解け、カードは明後日の方向へ飛んでいった。転がる上条と共に、元々握っていた黒い剣も地面を滑っていく。

 誤算だった。空想具現化を対処できたからといって、本体にも退魔の刀が効くと思い込んでいた。確かにフィルツェンバーサーカーの防御は硬いが、あれは空想具現化による鎧でも何でもなかった。奴が生命体として初めから備え持った皮膚であり、何の種も仕掛けもなかったのだ。

 転がる上条を目視した途端、フィルツェンバーサーカーは跳んだ。一方通行(アクセラレータ)とは違う、自分と戦い得る力を持つ男を慢心せず排除するために、その爪を尖らせる。女の体とは思えないような跳躍力は、上条まで一筋の放物線を描き宙を舞っていく。

 しかしその放物線を遮ったのは、双剣を携えたクロだった。

 

「たぁっ!」

 

 投影魔術で浮かんだクロがフィルツェンバーサーカーに剣を叩き込む。フィルツェンバーサーカーも爪で応戦するが、浮遊能力のない彼女には空中での踏ん張りが足りず、地に落ちる。

 クロは落下したフィルツェンバーサーカーめがけ、双剣を投擲する。たとえ皮膚が硬くても、人体で最も脆い眼球(ねんまく)を狙い、切っ先が向く。

 しかしその動きを視認できないはずもなく、フィルツェンバーサーカーは眼前へと迫った双剣を両手で掴み、握りつぶしてしまった。刃を直に掴んだその手のひらに血は滴っておらず、傷跡すらない。

 ふと見ると、クロの姿が見当たらない。双剣を防ぐのに意識を集中した隙に姿をくらまされたようだ。

 殺気を感じ、振り返る。そこには再び双剣を投影したクロの姿があった。

 

「案外、視野が狭いもんなのねっ!」

 

 目にも留まらぬ乱舞を繰り出すクロ。フィルツェンバーサーカーの肉体に弾かれ剣が壊れてしまうが、その度に新たなものを投影し、攻め続ける。やがてその肉体の剛性が欠け、刃を受け入れるようになるまで。

 圧される一方のフィルツェンバーサーカー。

 彼女の心中に焦りはなかった。いくら攻撃を受けようと、有象無象の投影魔術程度ではこの肉体を打ち破ることなどできない。先の上条の刀を受け、それははっきりしていた。

 しかし、彼女の中にあったのは怒りだった。邪魔くさい、鬱陶しい、面倒くさい。それはまるで引き延ばし癖の子供のような、短絡的な感覚が筋肉を強張らせたのだ。

 ふとした一撃で、クロの双剣が明後日の方向へ吹き飛ぶ。その一瞬に冷や汗がどばっと吹き出て、余裕すら感じていたクロの顔は蒼く冷めていった。

 空想具現化で衝撃を増幅する必要もない、ただの腕の一振り一振りで、クロは圧されていく。剣が壊れる度に新たな剣を投影し、魔力を浪費していく。

 その表情、その攻勢は、先程とはそれぞれ真逆だった。

 

「この……っ!」

 

 僅かな隙に、クロは剣に魔力を込める。怪異を切り裂く陰陽刀、頑健なる鶴の翼(オーバーエッジ)を想起し、その刀身を結晶と成していく。

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)…………っ!?」

 

 ずきん、とした痛み。集中が途切れ、剣を覆いかけていた結晶は剥がれ落ちていく。

 それは先日、ドライツェンアサシンに受けた背中の傷だった。

 クロの動きが止まる。そこにフィルツェンバーサーカーが容赦ない一撃を叩き込む。クロは剣で防御するが、その剣ごと爪が砕き、その頭を地面に叩きつけられた。

 

「クロぉぉーーーっ!!」

 

 居ても立っても居られず、イリヤは夢幻召喚(インストール)もせずにフィルツェンバーサーカーて突撃していく。それを見かねた美遊も援護する。

 

斬撃(シュナイデン)!」

砲射(シュート)!」

 

 魔力の斬撃と弾丸がフィルツェンバーサーカーに飛んでいく。しかしフィルツェンバーサーカーは爪を振りかざし、空想具現化による巨大な衝撃で攻撃をかき消した。そして、羽虫を追い払うように、空想具現化で巨大なツルを形成し、鞭のようにして二人に振りかざす。

 

「イリヤ!」

 

 美遊の掛け声で、我を失っていたイリヤが目を覚ます。空高く飛び、ツルを回避する。フィルツェンバーサーカーはツルを引き戻すと、更に巨大なツルを作り出し、大きく振りかぶる。

 

「やっぱりダメ! 私達じゃ太刀打ちできない!」

「じゃあどうすればいいの!? あのままじゃ、クロが死んじゃう!」

 

 半ばヤケクソで怒鳴るようにイリヤが言う。美遊はそれに反論できず、しかし確定的な戦力の差に俯く。

 

「この、アマが……!」

 

 その時、一方通行(アクセラレータ)が一歩足を踏み出した。やられてばかりで、彼のプライドももはや我慢の限界だった。

 何より、仲間が戦って斃れていっているのに、自分だけ傷を舐めているわけにはいかない。

 

「風だの溶岩だのツルだの……そンなに自然が好きか? ならお望みどォりこっちも自然で応えてやる!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は空に手をかざす。その手のひらに風が収束していくと、ばちばちと稲光が散る。

 

「空気を圧縮……ッ!」

 

 圧縮されたプラズマが放たれる。光線のようにフィルツェンバーサーカーを貫かんと突き進むプラズマ。フィルツェンバーサーカーは腕を交差させ、肉盾をもってプラズマを受けた。

 この時、初めて。

 フィルツェンバーサーカーは仰け反った。

 魔力を持つもの数あれど、指向性を持たせずして最も強力なものは"自然"だ。神代より変わらぬ世界のシステムは膨大な魔力を含有し、あらゆる魔術の媒体となる。特に雷撃(プラズマ)は神の怒りとして畏れられ、ギリシャのゼウス、インドのインドラなどがその象徴とされてきた。

 故に一方通行(アクセラレータ)の一撃は、神の一撃と成り得るのだ。

 

「上条当麻ァ!」

「おう!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の呼び声に呼応して、上条が飛びかかる。

 

「ツヴァイランサー、幻想召喚(インヴァイト)!」

 

 上条の体が輝き、姿を変えていく。腕に纏うのは赤い爪を持った漆黒の篭手。魔獣クリードの骨格より作られた呪いの鎧。

 鋭い呪爪がフィルツェンバーサーカーを襲う。フィルツェンバーサーカーはそれに対抗し、空想具現化の爪を振りかざす。

 両者が衝突する。驚くことに、上条の呪爪はフィルツェンバーサーカーのそれと拮抗し、鍔迫り合っているのだ。

 一瞬、フィルツェンバーサーカーの表情が険しくなったように見えた。上条は微笑み、更に一歩力を込める。

 

「どりゃあぁっ!」

 

 フィルツェンバーサーカーは大きく飛び退いた。上条の呪爪が地面を抉っている。これ程の力があるならば、意識を改めねばならないと、フィルツェンバーサーカーは戦況を分析する。

 

一方通行(アクセラレータ)ぁっ!」

 

 呼応に応え、一方通行(アクセラレータ)は両手を広げる。保護膜に触れる空気、そのベクトルを感知し、計算する。

 すると、飛び退いたフィルツェンバーサーカーの周りを光が回りだした。それは先と同じ、プラズマだった。だが速度も量も増したプラズマはコイルのように回転する。

 ぎゅっ、と一方通行(アクセラレータ)が手を握る。瞬間、フィルツェンバーサーカーを旋回していたプラズマの円は一気に狭まり、牢屋のようにフィルツェンバーサーカーを包み込み捕らえた。

 

「今だ!」

「おう!」

 

 上条は呪爪を地面に突き刺す。ゲイ・ボルグの特殊能力の一つ──分裂によって、地面からいくつもの赤い槍が生え、その波は囚われのフィルツェンバーサーカーへと続いていく。そしてプラズマの檻を突き破り、地獄の針山のように無尽蔵の呪槍がフィルツェンバーサーカーを突き上げる。

 しかし同時にフィルツェンバーサーカーも飛び上がり、僅差で呪槍を回避する。

 フィルツェンバーサーカーの視界が捉えたのは一方通行(アクセラレータ)の姿だった。宙を蹴り、一方通行(アクセラレータ)めがけ跳んでいく。そして拳を握りしめ、その顔面を突く。

 が。

 その拳は一方通行(アクセラレータ)の鼻先で"停滞"した。

 キヒッ、と一方通行(アクセラレータ)は引き裂くように嗤う。

 

「オマエの攻撃(ベクトル)はな、とっくのとォに計算済みなンだよ、三下がァ!」

 

 ぐっ、と一方通行(アクセラレータ)が拳を握る。僅かな瞬間ながら、フィルツェンバーサーカーはその拳から確かにただならぬ意志を感じた。

 拳が振るわれる。拳がフィルツェンバーサーカーの腕をすり抜け、その鼻先に触れる。計算されたベクトルの波がフィルツェンバーサーカーへ裏返る。彼女の持つ力は並大抵ではない。それが自分へ返ってきた時の衝撃は想像に難くない。

 その威力に、とうとうフィルツェンバーサーカーは吹き飛んだ。後退しながら地面を擦り、土煙を巻き上げながら滑っていく。

 

「今しかない……ッ!」

 

 爪を地面に引っ掛け、強引に静止するフィルツェンバーサーカー。それを見て、上条は呪爪を地面に突き立てる。今、先のような突き上げ攻撃をしてもフィルツェンバーサーカーの退路を塞ぐ障害物はなく、効果的には思えない。

 だが、上条の目的は別だった。突き立てた呪爪の刃はフィルツェンバーサーカーを突き上げることはなく、彼女の周囲──四隅に生えた。そしてその四つの刃は、まるで時限爆弾のカウントダウンのように、チカチカとゆっくり点滅している。

 それはカードからの智慧──そう、ツヴァイランサーは槍兵(ランサー)でありながら、一方で原初のルーンさえも使いこなすルーン魔術師(ドルイド)でもあった。これは、そのルーンを破棄して展開する最上級の防御結界。その内に居るものを上級宝具からも護るというが……封印とは、時に「内のモノが外へ出ないようにする」ことにも用いられる。

 フィルツェンバーサーカーは駆け出した。直感的に危機感を感じたのだろう。そして、陣形を組んだ呪刃の檻をすり抜け、こちらにやってくる。……それは、文字通りの時限装置(カウントダウン)なのだろう。本来術師(キャスター)でこそ用いられる特上のルーン魔術を黒化(シャドウ)の力、そして人の身(インヴァイト)で用いるにはそれなり以上の制約が課せられることは不自然ではない。

 ────要は、完全起動(タイムアップ)までにフィルツェンバーサーカーを抑え込み、あの陣形へ放り込まねばならない。

 

「来てみろ! 押し出し一本、決めてやるぜ!」

 

 上条の言葉を聞き入れるまでもなく、フィルツェンバーサーカーは爪を振りかざした。地面が大きく抉れる。上条は呪爪で攻撃を防ぐも、あまりの威力にザザ、と足元が退いてしまう。

 止むことのないフィルツェンバーサーカーの攻撃。それを延々といなす上条。必殺技や形態変化の類ではないはずだが、先と比べて明らかに威力が増している。これは火事場の馬鹿力、或いは生存本能だろうか。彼女は上条達を明確な「脅威」と認識し、全力で殺しにかかってきている。

 だがそれは同時に、それ程に奴を追い詰めているという証明でもあった。

 

「(だが、これは……!)」

 

 あまりにも攻撃が鋭い。両手をフル活用し、休む間も与えずこちらに爪を振りかざしてくる。英霊(サーヴァント)の身なら妥当な持久力だが、こちらはあくまで人間、いくら英霊の力を使おうと真に英霊(サーヴァント)の次元に到達することはできない。

 それは持久力に限ったことではなく、この世のあらゆる武器は振るう度に摩耗し、朽ちていく。刃はこぼれ、鉄は錆び、調整(メンテナンス)無しではすぐ使い物にならなくなる。それは彼の武器も同じで──。

 ばきっ。

 

「な、しま……ッ!」

 

 酷使の果てに、とうとう呪爪が砕け散った。四本の刃が砂のように崩れ、折れ、篭手本体にもヒビが入っている。粉砕するのも時間の問題だろう。それに、そもそも、この状態では戦うことすら叶わない。

 フィルツェンバーサーカーが手を大きく振り上げる。上条は咄嗟に篭手の甲を向け防ごうとする。朽ちかけの篭手では、防げるものも防げないが──。

 爪が振り下ろされる。空想具現化(マーブルファンタズム)により巨大化した威圧が上条を芯まで打ち砕く。

 

 が、その時だった。その爪を、どこかからか現れた輝剣が弾いた。

 

「これは……」

 

 上条が目をやる。立っていたのは、青いインナーに銀の鎧を纏った──フュンフセイバーを夢幻召喚(インストール)した美遊だった。

 ふと、上条はクロの様子を確かめる。どうやら、戦線を離脱したイリヤが看病しているようだった。自ら退き、美遊に全てを託して。

 

「立ち上がって!」

 

 そう言うと美遊は一枚のクラスカードを上条に放り、フィルツェンバーサーカーを押し返す。そのカードは、吹き飛ばされてしまったドライツェンアサシンのカードだった。

 カードを手に取る。その瞬間、閃いた。カードの記憶が上条に干渉する。現状を打開する力、カードの秘めたる能力の全てが流れ込んでくる。

 

「……っしゃ、やるぞ!」

 

 そう言い聞かせるとドライツェンアサシンを幻想召喚(インヴァイト)し、美遊と共にフィルツェンバーサーカーへ斬りかかる。

 

「オイ、アレの点滅が早まってンぞ!」

「よし美遊、押し込むぞ!」

「はい!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉で、二人は攻勢に出る。

 防戦を強いられるフィルツェンバーサーカー。いくら強力な力を持っていようと、英霊級の力を得た二人を相手にしては単純な物量の問題が生じる。

 確かに、キレは増した。だが上条の──ドライツェンアサシンの刀は依然フィルツェンバーサーカーの皮膚を破る気配はない。それは上条も十分理解していた。今は相手を圧し、隙を作り出せばいい。

 辛抱堪らぬフィルツェンバーサーカーが爪を振りかざす。上条の刀ではとても防ぐことのできない攻撃。だが美遊の聖剣ならば不可能ではない。

 ガンッ、と爪が聖剣で止まる。強烈な衝撃波こそ生じたものの、その程度では聖剣は破れない。

 顔先に聖剣を構え、攻撃を防ぐ美遊。それにより大きく右半身を空けたフィルツェンバーサーカーは、急所を晒しているようなものだった。

 

「だぁっ!」

 

 貫けぬ刀ではない。フィルツェンバーサーカーを突いたのは上条の膝。英霊の力によりブーストされた膝蹴りがフィルツェンバーサーカーに衝撃を与える。

 よろめき、退いた。その僅かな隙さえ次へ次へと攻撃を重ねるには十分だった。

 

「吹き飛ばせ!」

結界を纏え(インビジブル・オン)──風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 一瞬、美遊が聖剣を風に隠す。真名を悟られぬためのカモフラージュ。だがこの風の結界を解放すれば、相応の威力を発揮する。

 聖剣を突き出す。突き刺すわけではない。その瞬間、聖剣を覆っていた風が一気に押し出され、指向性を持った旋風としてフィルツェンバーサーカーに襲いかかる。

 が、フィルツェンバーサーカーもそうはいかない。雑魚程度ならかまいたちで切り刻んでしまう風王鉄槌(ストライク・エア)だが、彼女にとっては台風直撃の強風程度に過ぎない。皮膚そのものが硬質で、傷一つつかない。

 だが、それでも風圧を耐えることしかできなかった。上条の膝蹴りで大きく姿勢を崩したフィルツェンバーサーカーは、その油断の隙に風王鉄槌(ストライク・エア)を叩き込まれ、踏ん張る準備ができなかった。

 フィルツェンバーサーカーはその足を地面に突き立て、美遊は聖剣の風を全力で押し付ける。状況は互角、どちらかの持久力が切れるまでの根比べ。──とはならなかった。

 突如、旋風の傍らに人影が現れた。一方通行(アクセラレータ)だ。すると一方通行(アクセラレータ)はあろうことか、その旋風の中に足を突っ込んだ。

 ──自傷ではない。サッカー漫画のように、足を大きく横に振る。ちょうど、フィルツェンバーサーカーの腹を蹴り飛ばす高さだ。だがそれ程単純な考えではなかった。攻撃の中に身を投じる──それは彼のベクトル変換能力(アクセラレータ)にとっては格好の後押しだった。

 突風が一方通行(アクセラレータ)の足を突く。一方通行(アクセラレータ)はその衝撃(ベクトル)を変換し、フィルツェンバーサーカーの腹へ向かう足の前方に集中させた。そして、足がフィルツェンバーサーカーに触れた瞬間、その硬質の外皮によって、常人ならば砕けるほどの衝撃の反発を受けるだろう。一方通行(アクセラレータ)風王鉄槌(ストライク・エア)によってブーストされた一撃、それに比例して反発する強大な衝撃をフィルツェンバーサーカーに向け「反射」する。

 それらを合計した威力は、凄まじいものとなろう。

 

「吹ッ飛べオラァ!」

 

 足がフィルツェンバーサーカーの腹に激突し、そのまま蹴り飛ばす。その衝撃によりフィルツェンバーサーカーは大きく吹き飛び、呪刃の陣形の直前まで退いた。

 ハッ、と足元を見るフィルツェンバーサーカー。策にはめられてなるものかと、右手を大きく引く。空想具現化(マーブルファンタズム)、そのエネルギーを一点一方向に集中させた正拳突き。彼女のそれならば、そのエネルギーは槍となって、遠くの上条さえ貫くだろう。

 だがその肝心の上条は、この状況で刀を鞘に収めている。フィルツェンバーサーカーにも理解できる。あれは抜刀術の構え。だが、この距離で有効な抜刀術など、斬撃そのものを飛ばすしか────。

 彼女は気づいた。思い出した。上条の振るう退魔の刀、その故が何であるかを。

 

「とうま……っ?」

 

 上条の周りに、ただならぬ気配が立ち込める。強烈なまでの、死の雰囲気。そして彼自身の威圧。鞘に収めた刀から溢れ出す、膨大な魔力の奔流。

 イリヤは気づいた。同時に、震えた。この気配と殺意は、あの恐ろしきドライツェンアサシンその死に際のそれと同様のもの。

 すっ、と上条はまぶたを開く。その「目」で、フィルツェンバーサーカーを見据える。

 ……その目は、魔眼ではない。幻想召喚(インヴァイト)は元より、カードの英霊と「縁のある」ものを呼び出すもの。直死の魔眼を投影するのであれば、限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)がその役を担うだろう。ドライツェンアサシンと縁のあるものはこの刀。彼女の「目」ではない。

 そう、この際「目」は必要ない。上条は覚えていた。痛い目を見たからこそ忘れはしなかった。ドライツェンアサシンの直死の魔眼……その異能は「目」には依存していない。

 それは彼女自身。彼女の身体そのものに染み付いた超能力。故に、何も見ずとも、何も見えずとも、「彼女自身」を「心の内」に宿してさえいれば……。

 

「無垢識──────

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

──────空の境界」

 

 抜刀した。

 フィルツェンバーサーカーが拳を突き出す直前だった。刀が空を切ると同時に、世界の裏から、「死」そのものが縦横無尽に斬撃を放った。それは不可視の斬撃となって空間さえも斬り裂く。

 コンマにも満たない僅かな時間間隔での判断……フィルツェンバーサーカーは直感的に「死」の気配を感じ取り、その「何か」を避けた。しかし振りかぶっていた右腕は胴体に対し少し遅れ、斬撃が飛ぶその瞬間にも、射程圏内にとどまったままだった。

 斬撃が右腕を襲う。無数の斬撃が、右腕を縦横無尽に斬り刻む。まるで重機に手を突っ込んだかのようにフィルツェンバーサーカーの腕は無秩序に斬り刻まれ、細切れになり散っていく。その肉の内側からは、血ではなく純白の────死装束を思わせる「花吹雪」が吹き出、舞った。それは奇妙にも美しく──そして恐ろしいものを感じさせる。

 右腕を失ったフィルツェンバーサーカーは、斬撃の勢いで吹き飛んだ。右腕を中心として、きりもみ回転しながら宙を舞う。そして彼女が吹き飛んだ後方──そこは呪刃の陣形の内部だった。

 その時、ちょうど呪刃が点滅を終え、強く発光した。すると四隅の呪刃のルーンを起点とし、フィルツェンバーサーカーを覆う四角形の結界が形成された。

 吹き飛んだ余韻で、フィルツェンバーサーカーは結界の壁に激突し墜落する。身体を起こすと、フィルツェンバーサーカーは結界を破壊するため壁を殴る。……だが、結界には傷一つつかない。上級宝具にすら耐えるというこの結界を、宝具でも何でもない片腕のみで突破するのはほぼ不可能だ。両腕があれば別だったかもしれないが……まさに幸運であった。

 

「今だ、美遊!」

 

 上条の掛け声に合わせ、美遊は姿が顕になった聖剣を天に掲げる。すると剣は金色の光を纏い、巨大な光の刃を形成していく。

 結界の中から、それを見上げるフィルツェンバーサーカー。天高く伸びる光の刃、その直線上──それが振り下ろされた先には、彼女が閉ざされている結界がある。

 この結界は封じ込めるための檻でもあれば、逃さず命中させるための縄でもあったのだ。

 

約束された(エクス)────」

 

 ずん、と一歩踏み出す。そして腕と肩にすべての力を集中させ、巨大な刃を振り下ろす。

 

「────勝利の剣(カリバー)ぁぁーーーーーっ!!」

 

 ごお、と空気すら焼く高エネルギーの刃が振り下ろされる。その先には、案の定フィルツェンバーサーカーの結界があった。フィルツェンバーサーカーを封じ込め、聖剣の一撃で確実に葬る為の策であった。

 結界の天井と聖剣が激突する。接点が火花を散らし、キリキリと軋む。その中にいるフィルツェンバーサーカーは、目の前に迫る聖剣の一撃に怯えているのか、聖剣を見上げながら立ち尽くしている。

 だが、刃は通らない。上級宝具さえ防ぐというこの防御結界は、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の一撃さえも相殺しているのだ。

 

「はああぁぁぁーーーーーっ!!」

 

 美遊は更に力を込める。極太の刃で相手を押し潰す勢いで、腕を振り下ろす。

 結界が、更に大きな音を立て軋んでいる。突破はされていない。が、少しでも余計な衝撃が加わればすぐに砕けてしまうようなギリギリのところで耐えていた。

 美遊は今、かつてない程の力を持って聖剣を振るっていることだろう。その力任せはもはや制御できる領域にすらおらず……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これで……終わりだッ!」

 

 上条が刀を投げ飛ばす。刀の切っ先は真っ直ぐを向き飛翔し……フィルツェンバーサーカーの封じられた結界へ飛んでいく。

 フィルツェンバーサーカーが飛んでくる刀に気づく。迫りくる切っ先。だが、気づいた頃には何もかも遅かった。

 結界に刀が突き刺さる。その瞬間、退魔の力により結界が消滅する。そして結界で留まっていた聖剣は美遊の込めた力の勢いで一瞬で地表へ振り下ろされ、回避するまもなくフィルツェンバーサーカーは押し潰されてしまった。

 光の柱が立ち昇る。まるで綿毛のように、金色の粒子が辺りに満ちる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 疲労と緊張からか、美遊は夢幻召喚(インストール)を解くや否や、ぺたんと座り込んでしまった。同じく幻想召喚(インヴァイト)を解除した上条が屈み、美遊に寄り添い肩に手を置く。

 

「やった、やったぜ美遊! はははっ!」

 

 子供のようにはしゃぎ喜ぶ上条。かつてない強敵であったからこそ、ひとしお喜ばしいことだろう。つられて、疲れ切っていたはずの美遊も微笑んでしまう。

 

「ったく、呑気なこった」

 

 二人に呆れる一方通行(アクセラレータ)。だが、彼は不思議とそれを見て嫌な気持ちはしなかった。妥当な歓喜というか、内心自分もほっとしているというか……。その顔も、彼の気づかぬ内に、どこか朗らかで澄み切ったしかめっ面であった。

 

「おわった、の……?」

「うん、終わったよ。もう大丈夫だからね」

 

 傷の痛みも落ち着き、平静を取り戻したクロと、そばにいたイリヤが立ち上がる。横になっていたクロが外套についた土を払うと、イリヤはそれを見て笑い、自分もスカートの土を払う。それを見てまたクロが笑い、クスクスと笑い合う二人の輪が出来上がった。

 そして、輪の中の二人は、金色の粒子が舞う空を仰ぐのだった。まるで愛しい相手のように、消えてしまわないように、がっちりと手を握り合いながら。

 

 

 

 その時、光柱が弾けた。

 

「な……なんだァ!?」

 

 想定外の出来事に驚愕し上条は立ち上がる。他のメンバーも一転して緊張感を取り戻し、各々の得物に手を添える。

 光柱から出てきたもの。それは光柱に負けじと発光する巨大な腕だった。

 

「……なんだよ、アレ…………」

 

 腕は地面に手をついた。あまりにも巨大なので、それだけで地面が揺れる。ハマった穴から這い上がるように腕に力がこもり、やがて光柱から全身が現れた。

 それは、間違いなくフィルツェンバーサーカーだった。

 間違いなく、と言っても原形はない。シチュエーションと、髪型が同じなのでそうに違いないと判断したのだ。逆に髪型以外は異様そのものであった。

 先程まで身にまとっていたドレスは影も形もなく、巨大な裸体だった。しかしあまりにも強く発光しているためか、そもそもそういう外皮なのか、裸体の細部や顔が白飛びして視認できない。そして何より、その全長。膝をついているにも関わらずその背丈は上条らの遥か上に伸び、まさに「光の巨人」と形容するに相応しかった。

 一同、唖然としている。あの形態でさえあれほど苦労したのだ、ならこれはどう倒せばいい? むしろ誰がこれを倒せるのだ。これまで様々な英霊、現象と遭遇してきたが、その規模も威圧感も、何から何まで桁外れだ。

 ……強いて言うなら上条は、この規模の現象と元の世界で遭遇したことがあるのだが────。

 すると、巨人の足元から、地面の色が変色し始めた。

 

「マズい……ッ!」

 

 いち早く反応し行動に移したのは一方通行(アクセラレータ)だった。始めにイリヤを蹴飛ばしたのと同じように、傷つけない程度の勢いで皆を蹴り飛ばし、巨人から少しでも遠いところへ退避させる。

 

「おい、一方通行(アクセラレータ)、ありゃ一体……」

「知るか。ただ──見てみろ」

 

 巨人を中心とし、周りの地面が真っ白に──「白紙化」されていく。範囲内にあった木々は根さえ残らず消滅し、真っ白の平面のみが残る。そしてそこには、得体のしれない魔力が漂い始めた。息苦しい。肌がピリピリする。強烈な威圧感と嫌悪感。それはまるで、神の生きた時代への回帰のようであった。

 

「……環境を、書き換えてるのか?」

 

 桁外れの行動に辟易する上条。果たしてこの右手があれに対抗できるのか? ……いや、無理だろう。例えあの地表に触れればすべて元通りになる、あの巨人に触れれば身体が消滅しフィルツェンバーサーカーの死体だけが残るのだとしても、この感じだとおそらく近づいただけで毒気にやられ死んでしまうだろう。

 完全に、手の出しようがなかった。

 

「……来る……っ!」

 

 巨人の手が、こちらに伸びてくる。あのサイズなら、上条達全員をまとめて叩き潰すことだってできるだろう。そうでなくとも手から発せられる魔力に焼かれ蒸発してしまうかもしれない。

 こればかしは認めざるを得ない。()()()()()()()。圧倒的な力の前に、誰もがそう思った。英霊を核に持つクロでさえ、学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)でさえ、それを打ち負かした上条でさえ、皆が絶望し、諦観に飲まれていったのだ。

 

 

 

 が、奇跡は起きた。

 だがそれはきっと、「悪い奇跡(Bad Miracle)」に違いなかった。

 

「あれは……」

 

 いち早く気づいたのはクロだった。

 大きく天に背を伸ばす巨人。その背後に、我々ほどの人型が一瞬跳んでいるのが見えたのだ。見間違いか、とも思ったが、それにしては人影の像が特徴づいていた。外套をはためかせ、手には剣を持ち……。

 その時。巨人の胸に大穴が空いた。

 

「な────」

 

 皆、驚愕した。あれは()()()()()()()()()()()()のではない。()()()()()()()()()()()()()のだ。だからこそ、驚愕していた。あれに対抗しうる「何か」の存在に。

 かきん、と音がした。気づいたクロが背後を振り向く。そこには一本の剣が刺さっていた。恐らく、射出され、あの胸の穴を空けたであろう凶器。そんなものが存在するなら、是非その骨子を解析して自分の武器庫(ボキャブラリー)に加えたい。そう思い、手を伸ばす。

 だが、奇妙なことが起きた。クロが剣の柄に触れる直前、剣は青い粒子となって霧散していってしまったのだ。

 

「……これ────」

 

 間違うはずもない。これは魔術で作られた剣。厳密には自分の使う投影魔術、それと全く原理を同じくするものだった。

 クロが気を取られている間に、更に沢山の剣が巨人を貫き、その度に肉体──光体に大きな傷をつけていく。大きな穴が空き、脇腹は抉れ、腕はもげ…………。あれだけ小さな剣で、いとも容易く巨人の身体を破壊していく。あの質量と魔力をどうにかできる手段がそうそうあるとは思えない。……となると、性能ではなく巨人への()()()()()可能性がある。

 あっという間に瀕死になった巨人は襲撃者の方を振り向く。視界の端にかすかに見え始めた、小さな人影。が、その全身を見ることは叶わず、巨人の身の丈ほどもある巨大な二本の剣がその光体を貫いた。それが致命傷になったようだった。

 声にならない悲鳴を上げる。実際音としての悲鳴は響いておらず、魔力の波長、巨人が醸し出す雰囲気が巨人の絶望を物語っていたのだ。そしてその悲鳴は空間そのものに木霊するように、巨人の絶望だけを残し、霧となって消滅してしまった。遠くで小さく、紙切れが舞い落ちるのが見える。恐らくフィルツェンバーサーカーのクラスカードだろう。なら、あの巨人が死んだのは確定だ。

 

「誰がこんな……」

 

 と上条口にした瞬間、白紙化が修正された地面に人影が降り立った。

 女だった。雪のように白い髪と、死体のように白い肌、血のように赤黒い瞳。長い髪は後ろでひとつの三編みに束ね、身にまとうのは黒いインナーの鎧と赤い外套だった。そしてその手には細長い、白黒一対の双剣が握られていた。

 その風貌を見て、皆が驚愕した。この姿は────まるでクロにそっくりだ。

 女が姿勢を起こす。顔を上げる。その瞳が捉えたのは、上条でも一方通行(アクセラレータ)でも美遊でもイリヤでもなく、クロただ一人だった。

 

「……あなたは────」

 

 女の風貌は、どことなくイリヤと共通するものを感じた。だがイリヤから分化した存在であり、投影魔術の使い手でもあるクロを女が注目するのは納得がいくのかもしれない。

 女はただ立ち尽くし、クロを見つめている。他の皆もクロに目線を向け、クロはその女と不思議な因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 だが、女を除くこの場の皆が共通して女に対し抱き、そして確信した印象があった。

 

 

 

 この女こそが、十五番目(フュンフツェン)黒化英霊(サーヴァント)なのだと。




いやね、違うんスよ
自己顕示的に聞こえるかもしれないですけどもね、FGOさんには先を越されたんス
最初期に七騎の新黒化英霊と戦いますよって話になった次点で姫君のことも決まってたんス
まあ……設定も詳細になったので、怪我の功名って奴ですか

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