Spell13[日常の残り香 "Battle"_start.]
23日。
蝉菜マンション。
我が家と言っても切嗣から与えられた仮の住居で、マンションに登録されている住民票だって彼のものではない。
数日間エーデルフェルト邸で拘束されていた
別に魔術的な行為は行っていないし、不自然なまでの短期間滞在もどうとでも言い訳できる。
「あァ……かったりィ」
と言っても、エーデルフェルト邸からこのマンションまではかなりの距離がある。
それを大量の荷物を持って往復しろというのだ。
それに加えて、
先日の一件でチョーカーからの呪縛には解放されたもののオンオフは存在しており、長時間能力を発動しているとどうも頭が痛くなる。
チョーカー時代よりかは時間は伸び、デメリットも緩和されたものの制限があることに変わりはなかった。
更に、彼は今までの十数年間能力に頼りっきりで、その能力の性質上まともな運動をしたことがなく、かなり貧弱な肉体だ。
ただのパンチで打ち上げられた程である。
これらの条件が重なって、彼の荷物運びには無理があった。
このあまりといえばあまりな仕打ち、どうやらあちらはまだ彼のことを完全に許したわけではないようだ。
「む」
「あ?」
マンションに入るところで、一人の少女に出会った。
珍しい白髪に鼠色の瞳、眼鏡の聡明そうな少女だった。
だが、こともあろうか初見で軽くガンを飛ばされたのだ。
「おーい鐘ぇー!待っててって言ったじゃ………わぁ」
白髪の少女の後に続いて、もう一人少女が駆けてきた。
茶髪のセミロングヘア、そしてどことなくボーイッシュな目つきをしている。
叫びながら駆けてきたと思ったら
「……なぁなぁ、あの人知り合い?何かスッゴイ好みなんだけど」
「知り合いというほどでもない。それに嬢、君の好みなど聞いていない」
「でっ、でもさぁ!彼の鋭い目を見た瞬間さ、その、きゅんって………」
(…丸聞こえだバカが)
はァ、と
それに気づいたのか、白髪の少女がささっと茶髪の少女をいなしてこちらを向いた。
「っと、こちらからちょっかいを出しておいてすまない。私は氷室鐘、これは美綴」
「氷室……ここの管理人かなンかか」
「娘だ」
チン、とエレベーターが到着する。
三人が乗り込むと、エレベーターはゆっくり上昇を始めた。
「汝のことは知っている。あの階に越す者などそうおらぬからな。_____衛宮切嗣、ではないな」
「そいつの部屋を借りてるだけだ。名乗る程のモンでもねェ」
「では
氷室、という名は聞いたことがある。
この蝉菜マンションの管理人、そして冬木市の市長が同じ氷室という姓だったはずだ。
つまり、彼女は市長の娘ということになる。
そんな大物に、彼は初対面で睨まれた。
他からすればただ彼を見ているようにしか見えなかっただろうが、彼にはわかる。
この鐘という少女は、勘がいいようだ。
「…住むとこが見つかった。切嗣はしばらく帰ってこねェ。プライベートもある、部屋には近付かないでやれ」
「あい分かった」
余計な詮索をされても困るので、適当に言い訳をしておいた。
彼女の言い草からすると、部屋は特定されているようだ。
それもそのはず、彼女はここの管理人の娘で、
彼が目立つのは当然だった。
「………ここまで珍しい外見で、日本人ときた。某、汝何者だ?人体実験でも受けたように不自然なアルビノ、それに感情のない___殺しをする者の目をしている」
「ちょっ、鐘!いきなりなんてこと言い出すんだよ!」
美綴と呼ばれた少女が口を挟む。
彼女、氷室鐘はとても鋭い観察眼をもっている。
初対面でここまで見抜くのは相当なものだ。
これ以上は色んな意味で危険だ。
なので、彼は一言、
「_____ざっと一万ってとこだ」
と言って、十一階で降りた。
この意味を彼女が理解できるかどうかは問題ではない。
だって、もう会わないのだから。
部屋はニ号室。
かつてここに、事件の関係者が住んでいたとか。
扉を開けて、部屋に入る。
ソファーとテレビしか無い質素なリビング、調理器具すら無いキッチン。
ああ、そういえば主食はカップ麺だった。
「ゴミは……いいか。俺にゃもう関係ねェ」
ゴミ箱から目線を上げて、部屋を一望する。
こんな部屋を見ると、思い出すのだ。
『___究極の天然さんなのかな〜って、ミサカはミサカは首を傾げてみたり!』
『___何かご飯を作ってくれたりすると、ミサカはミサカは幸せ指数が30程アップしてみたり!』
『___それでこのガキが殺されて良い理由になンかならねェだろォがよ!!』
「
かつての部屋は、こんなに綺麗じゃなかった。
扉は無いし、ソファーは引裂かれているし、壁一面にスプレーで落書きされていた。
もちろん本人のせいではない。
そんな時に出会ったのが、
悪魔だった
彼の頭には、初めて会った時のあの憎たらしい、そして可愛らしい顔が残っている。
それは、彼の心の拠り所だった。
だからこそ、心配でならない。
そんな気がした。
この想いは、一体何なのだろうか。
「…………なァに呆けてンだ、俺」
荷物はまとめた。
なら余計なことは考えず、さっさと帰ろう。
曖昧な感情を強引に頭から放り出して、部屋を後にした。
一階につくと、一人の少女がいた。
少女と言っても幼女とも言えるような、わずか三歳程の小さな少女。
腕はぷらんと垂れ下がり、赤い頭巾を被ってエレベーターのボタンの前に突っ立っている。
目線こそこちらを向いていないものの、少女は
「お兄ちゃん。ボタン………押して」
この蝉菜マンションの怪談は、人に話せる程度には知っていた。
その上で考えると、この少女が何を訴えたいのかがわかった。
だが、
少女のことをわかった上で、吐き捨てるように言い去った。
「義手でもこさえてから来やがれ、亡霊」
昼頃。
新たな
そして、時は夕方。
上条当麻、ルヴィア、遠坂凛、イリヤ、美遊、クロ、そして久宇舞弥。
この大所帯がエーデルフェルト邸に集まり、作戦会議を行っていた。
「反応はフュンフセイバーに酷似している。恐らくコレもセイバーね。ツヴォルフセイバー、といったところかしら」
「セイバー……イリヤちゃん達から話は聞いています。戦闘力、耐久力、敏捷性、全てにおいて優れた最優のクラスと」
「概ねその通りよ」
セイバーというクラスは、剣を使って戦うという王道な
それでいてあらゆるステータスが他より秀でており、高い対魔力スキルによって魔術的干渉をある程度無効化する、いわばキャスターの天敵。
だからこそ個ではなく群で戦う必要がある。
相手がいくら強力な対軍宝具を有していたとしても、個で挑んだところで勝ち目はない。
「今回のメンバーは上条くん、イリヤ、美遊、クロ。バゼットはバイトの都合で、私達は
「いや、まだだ。色々忙しくって…」
「ぶっつけ本番、か……幸運を祈るわ」
そして、この四人だと色々と問題が発生する。
さほど大きな問題ではないのだが、相手の持つ対魔力スキルの影響でイリヤと美遊の攻撃が通りづらいのだ。
上条とクロは問題ないが、イリヤと美遊は物理攻撃系の
次に問題になってくるのが、相手が対軍宝具を保有していた場合だ。
四人全員が近接戦闘だと、全員が相手に接近し、かつ密着する。
そんな時に対軍宝具を発動されでもしたら一網打尽、敗北は目に見えている。
「となるとこの場合……クロを後方支援に回すのがいいか。んで俺らは相手の手を狙って、宝具を使わせないと」
「妥当ね、その線で行きましょう。でも、支援が一人だけだと心もとない。上条くん、アンタ遠距離系は無いの?」
「ん〜…ヘラクレスくらいか。でも実際戦闘で使ったこと無いからイマイチ使い勝手が___」
「そんなこといったら殆ど使えないじゃない!!」
馬鹿丸出しの上条の回答に、凛が怒る。
当の上条は、どうすりゃいいんだよ、といった顔で凛を見ている。
その時、
「その戦い、俺が出る」
扉を開ける音と共に、声が聞こえた。
「お前……
「俺のァただのベクトル変換だ。魔術じゃねェし、遠距離にだって対応できる。俺がこのガキと一緒に後方につく、それでいいか」
周囲の言葉が止まる。
というのも、彼には散々な目に会ってきたからだ。
耐え難い痛みを与えられ、秘匿の義務を無視したり、この場の全員が
だがそんな中、一人が声を上げた。
「わかった。お前も一緒に来い」
「ちょっ、アンタね!?」
「大丈夫だ、俺が保証する。コイツ、やるときはやるやつだからな」
「黙ってろ」
凛もしぶしぶ頷いた。
こうして今回の作戦会議は終了した。
本番は同日深夜0時。
「イリヤ、今のうちにクラスカードを何枚か分けてくれ無いか?」
「あ、うん。えっと……この三枚でどう?」
イリヤが手渡したのは、フュンフセイバー、ツェーンランサー、そして新しいエルフライダーのカードだった。
エルフライダーは使ったことがないが、こうなったらもうぶっつけ本番だ。
「いいな。ありがとう、コレで行く」
上条はイリヤに一礼し、今度は
「なぁ。お前、魔術のベクトルは大丈夫なのか?」
「オマエ、あン時何してやがった。アイツらの魔術を反射しただろォが。だが、
「なら、私にいいアイデアがありましてよ」
声をかけてきたのはルヴィアだった。
「アイデア、だ?」
「ええ。
そういって渡されたのは、ひとつの宝石だった。
透き通った緑色、エメラルドだろうか。
「あァ…宝石魔術ってやつか。使う機会がありゃいいンだがな」
小さいからか、ポケットの異物感はあまりない。
ここで、上条が四人を呼び集めた。
「じゃあ、決行は0時ぴったし、オーギュストさんの車で、丘の上の教会に行くぞ。っし……やるぞ!」
おー!という可愛らしい掛け声の中、
予定通り、午前0時。
教会、鏡面界。
上条、イリヤ、美遊、クロ、
五人の前にいたのは、一人の女だった。
長い金髪を、後ろで乱雑に纏め、肋骨ほどの丈の赤いレザージャケットにホットパンツという秋らしくない服装。
だがバイザーで眼は覆われており、しっかりと
一際目立つのが、彼女のよりかかるバイク。
ハーレーダビッドソンだろうか、バイクらしからぬ高いハンドルに、重々しいエンジン音が辺りに響く。
そして、彼女はこちらを目の前にしても一向に攻撃してこない。
「おい……コイツァ、どォいうこった?」
「知らねーよ!あれがどんな趣味趣向だとか、初対面の俺にわかるわけねーだろうが!」
「でもアレ…ひょっとしたらレースで勝負しろ、ってことじゃないかしら」
クロが呟く。
確かに、相手はセイバーだというのに剣のひとつも持っていない。
まだ実体化させていないだけなのだろうが、まるでこちらを挑発するかのような笑みを浮かべている。
そして、上条が持つエルフライダーのカード。
もしかしたら、このカードで馬かなにかを出せるかもしれない。
「____モノは試しだ、
上条が輝き出す。
強風を撒き散らし、姿を変える。
その様を、ツヴォルフセイバーは笑いながら眺めていた。
光が収まる。
上条の髪は赤くなり、瞳も燃えるような赤に染まっている。
そして予想通り、傍らには一頭の馬が。
「うわぁ…」
「本物の馬、初めて見ました…」
「……あほくさ」
何にせよ、これでレースができる。
ツヴォルフセイバーも先程とは違う笑みを浮かべ、バイクにまたがった。
「イリヤ、コイツを下の大通りまで誘導する。お前達は一旦鏡面界を外れて、オーギュストさんと先回りしててくれ!」
「わかった。ルビー!」
一瞬の光とともに、四人は消えた。
バイクと馬と車、どれが一番早いかは分からないが、現世での法律云々を考えると、あちらが遅れて到着するだろう。
「さて……二人っきりだな、ツヴォルフセイバー」
「_____!」
ツヴォルフセイバーは、好敵手を前にしたように笑う。
バイクのペダルを踏むと、大きく黒煙が上がった。
「準備万端ってか。いいぜ、テメェがレースでやり合おうってんなら___行くぞ、
ブケファラスの嘶きが、高く響く。
それを合図に、二つの影が風を切った。
日常パートのネタがない…