戦姫絶唱シンフォギア+ 〜それでも、前を向く〜   作:まどるちぇ

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待たせたな!(CV:大塚明夫)
修業編本格スタートデース!


第5章 嘘つきでも、前を向く

「…………」

 

 了子の実験室。翔は瞑想のように目を閉じて鎮座している。周りには瑪瑙色のバリアがドーム状に展開されていた。

 

(よし!バリアの基本形態は把握できた。あとはこれを……)

 

 翔が自分とバリアのイメージを脳内に浮かび上がらせ、バリアの形を変化させようと試みる。が、実際のバリアは全く変化を見せない。

 

「また駄目か……。もう一回!」

 

「大分苦労してるみたいだな」

 

 実験室の扉が開き、弦十郎が翔に声をかけてきた。

 

「弦十郎さん。はい、駄目なんです。何回やっても……」

 

「まあそう気を落とすな。一人ではできない、というだけかも知れんだろ?俺も協力してやる」

 

 弦十郎はそう言ってネクタイを緩めた。

 

「ありがとうございます。でも、協力ったって何を……?」

 

「翔君。バリアは張ったな?」

 

 弦十郎は右腕を腰の位置まで落とし、後ろに引く。

 

「ま、まさか……」

 

 バギィィィン

 

 弦十郎の正拳突きがバリアにクリーンヒットし、砕け散った。

 

(に、人間じゃねえ……)

 

「これくらいは防げるようになってもらわんとな。ほら、次行くぞ!」

 

「くっ!」

 

(前だけにバリアを……)

 

「覇ッ!」

 

 ビシッ バギィィィン

 

 一瞬亀裂が走るのが遅れるが、バリアは脆くも崩れ去る。

 

「よし!次は50%の力で行くぞ!」

 

「今のが全力じゃないのか……燃えてきた!」

 

 こうして弦十郎との特訓は二課の活動報告が始まるまで続いた。それからはほとんど進歩しなかったものの、翔の雰囲気は元の明るいものに戻っていった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「じゃあまた明日な!」

 

 翌日の放課後。翔は靡と別れて教室を出ようとする。

 

「翔ってば、最近放課後はすぐどっか行っちゃうね」

 

 靡が引き止めるように翔に問いかける。

 

「部活も休んでるみたいだし、まさか彼女とか……?」

 

「バーロー。そんなんじゃねえよ。詳しくは言えねーけど、大事なことなんだ。俺にとっても、他の皆にとってもさ」

 

 そう言う翔の目は、どこか遠いところを見ていた。

 

「そっか……。よく分かんないけど、翔が頑張ってるなら邪魔しちゃ悪いよね。ゴメンね、引き止めちゃって」

 

 靡はそんな翔の姿を見て、疚しいことではないことを直感的に確信した。

 それと同時に、翔がどこか遠いところへ行ってしまうような気がして、胸に靄がかかるような感覚を覚えた。

 

「おう。んじゃな!」

 

 翔が笑顔で走って行くのを、靡はしばらく見送っていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「〜♪」

 

 二課へ向かう道中。翔はウォークマンで音楽を聴いていた。聴いているのはツヴァイウイングの【逆光のフリューゲル】だ。翔はツヴァイウイングのユニット結成時からのファンで、CDもシングルやアルバムに関わらず全て買っている。傍から見ればかなりコアなファンだろう。

 リズムを口ずさみながらリディアンへと向かう。

 

「ん?立花さん……か?」

 

 リディアン前にある自然公園のベンチに響が座っていた。独りで静かに俯いている。

 

「よ。どうしたの?」

 

 翔はイヤホンを外し、響に話しかけた。

 

「あ、翔さん……。なんでもないですよ!平気、へっちゃら、です……」

 

 一瞬強がって見せた響だが、空元気はすぐに消え失せた。

 

「何か悩みごと?俺でよかったら話聞くけど……」

 

 そう言って翔は隣に腰掛けた。

 

「えっと。私の友達に小日向 未来って娘がいるんです。誰よりも仲良しで、私の一番の親友なんです」

 

 そう言う響の顔は誇らしげだった。

 

(本当に大切な友達なんだな……)

 

「でも私、シンフォギアのこととか、ノイズと闘ってることとか、未来に隠し事ばっかりしてて……未来に申し訳ないなあって」

 

 響は苦笑すると、また押し黙ってしまった。

 

「……羨ましい」

 

「……え?」

 

 翔の呟きに、響は思わず聞き返す。

 

「そうやって、隠しごとするだけで心を痛められるような友達がいて、立花さんが羨ましいよ。俺にも友達はいるけど、二課のこととか隠してても全然申し訳ないなんて思えないもんな。その未来って娘は、立花さんにとってかけがえのない親友なんだね」

 

「はい!未来は私にとって帰る場所で、とっても暖かい陽だまりなんです!」

 

 響はそう言って明るく笑った。

 

「なら、護らないとな。大切な友達を。帰る場所を。その為の隠しごとならしょうがないんじゃないか?人を護る嘘ってのもあるんだよ」

 

「はい……。頭では分かってるつもりなんですけど……」

 

 響の表情に再び陰りができる。翔は昔の自分を見ているようで、なんだか放っておけなくなった。

 

「それでも、前を向け」

 

「?」

 

「奏姉が俺によく言ってた言葉なんだ。辛くたって、悲しくたって、とにかく前を向け。そうすれば、いつか必ず上手くいく、って」

 

 翔は胸元からペンダントを取り出し八尺瓊勾玉を掌に乗せた。

 

「俺は前を向けたからここまで来れた。奏姉がこの言葉を教えてくれたから俺は……立花さんにも会えた。ノイズから皆を護るっていう、奏姉の生き様を継ぐことができた。だから、立花さんも前を向いてくれよ。お陰様で、誰かが前を向いてないだけで落ち着かない性格になっちゃってさ」

 

 そう言って翔は響の前に立ち、手を差し出した。

 

「……はい!私、頑張って前を向いてみます!」

 

 響は翔の手を取った。

 

(温かい……)

 

 翔の笑顔が、響にはとても暖かく思えた。

 

「あ、そうだ!今度未来と一緒に琴座流星群を見る約束をしてて……」

 

 そう言う響の顔には、いつもの笑顔が戻っていた。翔は響としばらく雑談し、再びリディアンを目指した。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 二課の本部に着いた翔は、了子の実験室を借りて特訓を再開しようとした。しかし。

 

「立入禁止……?」

 

 了子の実験室の扉には、『立入禁止』と書かれた張り紙が貼ってあった。

 

「ちょーっと特別な実験をしててね♪しばらくは入室禁止よ」

 

「そ、そんなあ。俺の特訓は?」

 

「弦十郎君にでも頼んだら?それじゃ、私は忙しいから♪」

 

 そう言って了子はそそくさと実験室に入って行った。

 

「……という訳なんですけど」

 

 翔はすぐさま指令室にいた弦十郎に相談を持ちかけた。

 

「なるほど。なら、ウチに来るか?」

 

「弦十郎さんの家に?まあ、特訓ができるならどこでもいいですけど……」

 

「ウチは広いからな。体を動かす場所もある!なんならしばらく泊まっていけ!」

 

「ええ!?いや、それは流石に……」

 

「遠慮はいらん!部屋も空いてるし、二人には少し広すぎるくらいだからな」

 

(二人……?あ、奥さんか)

 

「泊まるかはともかく、特訓できるなら喜んで行きますよ!」

 

「よし!ならついてこい!藤堯!しばらく頼む!」

 

 弦十郎はそう言って翔を連れて指令室を出て行った。

 

「全く。相変わらず思いついたら居ても立っても居られないんですから……」

 

 そんな藤堯の言葉は弦十郎の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「覇ッ!」

 

 ガィィィン

 

 弦十郎の拳を翔のバリアが受け止めた。

 

「やるな!」

 

「はい!でも、バリアの強弱を調節できるようになっただけで、まだ変形って感じじゃないですね……」

 

「気を落とすな。強力な攻撃への対抗策ができたんだ。だが、弱点もある」

 

 強い踏み込みの音が聞こえ、翔は咄嗟に弦十郎の方へバリアを集中させた。

 

「こっちだ!」

 

「後ろ!?」

 

 翔の背後に回った弦十郎の肘打ちによって翔のバリアは砕けた。

 

「バリアを集中させるってことは、他の部分が脆くなるってことだ。無駄に集中させれば、それだけリスクも高まる」

 

「なるほど……一長が出れば、一短も顔を見せるって訳ですね」

 

「そうだ。変形に至っては、バリアで護れない箇所を作るかもしれないということを忘れるな!」

 

「押忍ッ!」

 

 弦十郎と翔の特訓は夕方まで続いた。辺りは夕焼けを越え、次第に紫雲が空を覆いだした。

 

「もうこんな時間か……。弦十郎さん、俺この辺で……」

 

「水臭いこと言うな。泊まってけ!」

 

「でも……」

 

「明日は土曜日だ。一日中特訓できるぞ!」

 

「……分かりました。お言葉に甘えます」

 

 翔は弦十郎の食い下がりに顎を出した。着替え等を取りに戻り、その後もうしばらく特訓を続けた。そして。

 

「今日はこのくらいにしておくか」

 

「はあ……はあ……ありがとうございました」

 

 翔はそう言うと片膝を突いた。

 

「流石に2時間ぶっ通しは疲れたろ。俺は藤堯に連絡することがあるから、先に風呂浴びてこい」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 翔はそう言って風呂場へ向かった。玄関で靴を脱ごうとしたところで、女性ものの靴を見つけた。

 

(多分弦十郎さんの奥さんだな。挨拶くらいはしておくか。いや、汚い靴下と服で家をうろつかれるのは迷惑だろうか?先にお風呂をいただこう)

 

 翔は頭の中で行動を決めると、着替えを持って脱衣所に向かった。

 

(漫画とかアニメならここでばったり裸の奥さんと……なんて展開になるだろうが、俺はそんなドジは踏まないぜ!)

 

 翔はしっかり扉をノックし、反応がないのを確認して更に浴場の電気が点いていないことも確認した。

 

「ふふん。これで気兼ねなく風呂に入れるってモンだ」

 

 翔はいそいそと服を脱いで洗濯機に投げ入れ、浴場の電気を点けようとした。その時、

 

 ガラガラ

 

 脱衣所の横引き戸が開かれる音がした。

 

「……え?」

 

 自分の抜け目なさに酔いしれていた翔の思考から熱が引く。

 

「…………」

 

 扉の先には、翔を見たまま固まっている翼の姿があった。

 

(翼さん!?なんでここに!?もう一人って弦十郎さんの奥さんじゃなかったのか!?まあ確かに弦十郎さんの仕事柄妻帯するとフラグになったり実質的に家族に負担がかかったりするし優しい弦十郎さんがそんなことを避けるために妻を持たないのは論理的にも簡単に行き着く結論な訳でってそんなこと考えてる場合じゃなくて状況の整理をしよう。俺今全裸翼さんガン見、OK?全然OKじゃねえよ!えっと……とりあえず、とりあえず……)

 

「キャーー!翼さんのエッチ!」

 

 翔は翼に騒がれる前にこちらが騒ぐ、先手必勝の作戦に出た。

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 翼は我に返ると真っ赤な顔で脱衣所の扉を閉めた。

 

(し、しまった!見ることは防げても、見られることは想定してなかった!)

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 少し前。

 

「ただいま帰りました」

 

 翼は我が家の扉を開ける。いつも通り誰もいない家。叔父の弦十郎は二課の仕事で忙しく、自分より早く帰ってくることはほとんどなく、帰ってくるのが夜中になることも少なくない。と言っても、ホームドラマに良くあるような不平不満を翼は持ち合わせてはいなかった。

 弦十郎は人々を護る為に命懸けで働いている。そのことはむしろ翼にとって誇りであった。

 

(今日は事務所でシャワーを浴びてきたし、お風呂の前に軽く一汗かくのも良いわね)

 

 翼はそう思って部屋に荷物を置き、着替えようとした。しかし、部屋中探しても運動用のジャージが見つからない。

 

(しまった。ジャージは洗って脱衣所に置きっ放しだったわ。私としたことがだらしのない……)

 

 翼は脱衣所に向かい、扉を開けた。

 

(灯り……?)

 

 訝しんだ翼は、そこで驚きの光景を目の当たりにした。なんとそこには全裸の翔がいるではないか。

 

「……え?」

 

「…………」

 

 何故誰もいない筈の脱衣所の灯りが点いているのか。

 何故翔がここにいるのか。

 何故堂々と風鳴家のお風呂を使おうとしているのか。

 様々な疑問が翼の処理能力を超えて膨れ上がった。

 

(落ち着くのよ風鳴 翼!冷静に状況を分析すればこの程度の非常事態は物の数ではないッ!冷静に状況を分析……分析……)

 

 翼は分析と銘打って翔の体を見た。

 顔、肩、胸、腹、腰、そして……。

 

「キャーー!翼さんのエッチ!」

 

 打ち合わせでもしたかのようなタイミングで翔が叫んだ。その声は屋敷中に聞こえるのではないかという程に響き、翼を我に返した。

 

(やだ、私ったら何を……!?)

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 翼は急いで扉を閉めた。瞬間的な緊張が解け、そのまま扉に背中を預ける形でへたり込む。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「まさか、人がいるなんて思わなくて。しかもそれが天城だとは……」

 

「いや、こっちもまさか見られるイベントがあるとは思わなくて……」

 

 しばらくして風呂から上がった翔は謝罪の為に居間にいた翼と遭遇した。翼は翔を見つけるや否や土下座の姿勢で謝った。

 

「とりあえず頭上げて下さいよ翼さん。冤罪で世界のトップアーティストの額を地に着かせたとあっちゃあ明日からお天道様の許を大手を振って歩けませんから!」

 

 どうにかこうにか翼を説き伏せ、今回は事故で、お互いに過失は無かったということで決着がついた。

 

「何騒いでるんだお前ら?」

 

 玄関から弦十郎の声が聞こえた。

 

「「な、なんでもないです!」」

 

 翔と翼は明らかに狼狽えた声を出した。

 

「?」

 

 弦十郎は頭に疑問符を浮かべたが、気にしないことにした。

 

「そうそう。さっき緒川から連絡が来てな。本部に直接来て確認して欲しいことがあるらしい。という訳で帰りが遅くなると思うから、お前ら二人で先に夕飯食っててくれ」

 

「は、はいッ!」

 

「分かりました!」

 

『二人』という単語に強く反応したのか、翔と翼の顔はみるみる赤くなっていった。

 

「?本当にどうしたんだ?翼まで取り乱して珍しい……」

 

「「なんでもないですッ!」」

 

「お、おう。ならいいが」

 

 弦十郎は二人の気迫に気圧され、終始訳の分からないままとりあえず二課本部へと向かった。

 

「「…………」」

 

(つ、翼さんと……)

 

(天城と……)

 

((一つ屋根の下……か))

 

 その後の夕食は、まるでお通夜のように静かだったという。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「〜♪」

 

 リディアン音楽院:響の寮室。響は追試免除の為のレポートを書き上げながら鼻歌を歌っていた。

 

「どうしたの?鼻歌なんか歌ってご機嫌ね?レポート書いてる時はいっつもお腹空いてる時みたいな顔してるくせに」

 

 響のルームメイトで親友の小日向 未来がテーブルに紅茶の入ったマグカップを二つ置く。

 

「未来〜」

 

 響は嬉しそうな顔で未来に話しかける。

 

「なぁに?何か嬉しいことでもあったの?」

 

「ううん。えっとね、流星群絶対見ようね、未来!」

 

 響はそう言って楽しそうに追試のレポートの筆を進めた。

 

「……うん!さ、早くレポート書いちゃいなよ」

 

「うん!〜♪」

 

「おかしな響……ふふっ」

 

 そういって未来は微笑んだ。響が自分との約束を守る為に頑張っている。当たり前のことだけど、その当たり前のことが未来には嬉しくてたまらなかった。




ラブコメだけ書きたい(傲慢)
また春から忙しくなるので、次の話はISの方が早いかも知れません。
次回予告
厳しい特訓の中で、翔は確かに成長しつつあった。そして琴座流星群の見える日に、ノイズの襲撃が……。翔は響に未来の許へ行くように言い放つのだった。そして翔の前に現れるクリ謎の少女。一体彼女は誰スちゃんなのか!?
次回【弱くても、前を向く】

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