未来へと戻ろうとする彼ら、その新たな目的と決意
聖域の教皇の間では、アスガルドから帰還したデジェルがアテナや教皇セージを前に事の次第を報告していた。
「。。なるほど、アスガルドも事態を把握しつつあったか。かの2人が本来存在していた時代、243年後への道が開けたのは最大の成果ですな、アテナ。」
教皇は満足げにデジェルからアテナへと視線を移す。
「デジェル、ご苦労でした。まずは疲れをゆっくり癒してくださいね。」
「ありがたきお言葉。では、これにて」
デジェルが教皇の間から立ち去ったのと入れ違いに、童虎が慌ただしく駆け込んできた。
「教皇、魔女の一件にて大きな動きがありました。急ぎお知らせしたいことが。」
「ただ事ではなさそうだな。まずは報告を聞こう。」
「はっ。まずは、ロドリオ村にて新たな魔女が発生いたしました。」
「そうか、神闘士たちと協力して対処。。ん?どうした?」
「それが。。魔女と化したのは、神闘士たちや我々とも面識のあった、ロドリオ村に住む一人の少女なのです、」
「どういうことだ、これまで人間を襲い、我々が討伐してきた魔女の正体は、人間だったということか。。?」
「はい。人間、中でも魔女の討伐に関わっていた魔法少女なる存在が、その存在の限界を迎えたときに魔女に変異する、ということのようです。」
ジークフリートたちと深い縁のあった魔法少女が彼らの目の前で魔女へと姿を変えたこと。
魔法少女のソウルジェムに蓄積された「濁り」が魔力の消費だけでなく、魔法少女の精神や魂の消耗、自らや他者への呪いや絶望によって加速すること。
魔女討伐で得られるグリーフシードがなければソウルジェムの浄化ができないこと。
浄化が追い付かなくなりソウルジェムの濁りが限界を迎えたとき、ソウルジェムが内から砕けグリーフシードへ転移して魔女が誕生すること。
魔法少女と深い関わりを持つ「キュウべぇ」はそれらを全て知っていたうえで少女を勧誘し魔法少女としていたこと。
そして、魔法少女が魔女になった時に放たれる膨大なエネルギーを、キュウべぇが回収していること。
言い換えれば、魔法少女を魔女にすることこそが、キュウべぇの目的である可能性が高いこと。
童虎は感情を抑えつつ、今回の件で明らかとなった事実を淡々と報告した。しかし、声は時に震え、キュウべぇに対する怒りは隠しようもない。
「やはりあの獣が黒幕であったか。。あやつを捕獲して、事の真相を白状させねばなるまい。して、魔女は?」
「さすがにこれまでのように討伐することも出来ず。村人が襲われぬよう、テンマを付けて監視させておりまする。魔女を認識できるのは、魔法少女や魔女と何らかの関わりがある者に限られますゆえ。」
そこへ、ジークフリートとミーメが到着した。
歴戦の勇者である彼らも、目の前で起きた出来事から受けた衝撃は大きく、平静を装ってはいるものの憔悴しきっている。
この時代において彼らと関わりの深かった少女が魔女と化したこと、それを彼らが防ぐことが出来なかったこと、そしてこれまで討伐してきた魔女達もまたおそらくは魔法少女の成れの果てであったこと。
逃れるすべのない自責の念が、彼らを追い詰めていた。
教皇セージは、彼らの受けた衝撃に配慮しながら穏やかに言葉を投げかける。
「貴方たちの目前で起きたこと、心中察するに余りありまする。魔法少女が魔女になるというからくりをもし知っていたとしても、此度のことを防ぐことはできなかったでしょう。どうか、自らを責められぬよう。」
「お心づかい、感謝いたします。魔女を魔法少女に戻す方法を見つけられないか、今はひたすらそれを考えております。」
ジークフリートが答える。
「聖域も出来る限りのことをいたしましょう。希望に満ちた幸せな人生を送るはずだった少女がおぞましい魔女となる、そのような悲劇をこれ以上繰り返させるわけにはいきませぬ。。。」
「ところで、こんな時にと思うかも知れませぬが、聖域からも貴方たちに伝えなけばいけないことがあるのですが、よろしいですかな?」
「是非とも」
「聖域はこの時代のアスガルドに向け、使者を送っていたことはご存知でしょう。その使者が無事に勤めを果たしてまいりました。かいつまんで申せば、貴方たちが時を渡り自らの暮らした時代に戻る術を、アスガルドの神々から授けられたのです。また、アスガルドの地上代行者もまた貴方たちの存在や境遇、そしてこの時代だけでなく243年後の時空に異常が生じていることも把握しており、協力は惜しまないとのことでした。」
「これは。。聖戦を控えた大事な時期に重ね重ねのお心遣い。どれだけ感謝しても足りませぬ。今すぐにでも元の時代に帰ります、と申し上げたいところなのですが、せめてかの魔女を元の人間に戻してからでなければ、とも思うのです。」
「貴方がたならそうおっしゃるだろうと推察しておりました。実は。。」
教皇セージは居住まいを正して問いかける。
「此度神々より時渡りの術として鏡を授かりました。ただ、神々によれば、鏡で時渡りできるのは24人まで。鏡の力を享受できるのは、アテナと彼女が認めし者のみ、そして各人が可能な時渡りは往復1回だけということ。」
「貴方がた二人だけでなく敢えてその人数というあたり、神々のご意思は貴方がたの帰還だけでなく、さらにその先、時空に異常が起こるきっかけとなった現象、その解決を見据えたものであるように思うのです。」
セージはジークフリートとミーメの反応を探りながら話し続ける。
「今のところ、神々のご意思がなんであるのかは私たちも察することが出来ておりませぬ、ただ、アスガルドの地上代行者によれば、根本的な原因は遙か極東に存在する国「日本」にあるとのこと。」
「これはまだ私の推察にすぎませぬが、この時代とかの時代の者で力を合わせ、貴方たちがこの時代に至ったそもそもの要因であろう、魔法少女と魔女のからくりを解き明かすこと。そして、人間がかの獣に誑かされて魔女にされるという不幸を無くすように、それがアスガルドの神々の意思であるように思うのです。」
「なるほど、それが本当に実現できれば、魔女になってしまったマリアを人間に戻せるかも知れませぬ。わかりました、困難な道であることは間違いありませぬが、私たち2人、あの白き獣によって人々の生がこれ以上脅かされぬよう、全力を尽くしましょう。もしかすると、私たちがこうして生きながらえることが出来ているのは、このためなのやも知れませぬな。アスガルドのために戦士となり、アスガルドのために戦ってきた我ら。これから後は、地上の人々が魔女に怯えることのない過去と未来のために、この身を捧げるのもよいでしょう。」
ジークフリートとミーメは、静かに、そして力強く答えた。
「感謝いたします。この一件、時渡り出来る人数に限りがあることも考えれば、243年後の聖域とアスガルドの助けがあるに超したことはございませぬ。まずは243年後の聖域とコンタクトをとり、事の次第を説明し協力をとりつけることが必要でしょう。」
「この時代の聖域から使者を送り、道筋を整えたうえで貴方がたに元の時代へ向かっていただくのがよいと考えまする。どうやら243年後の聖域もまた、かつてない異常な状況にあるようですしな。それでは、貴方たちは魔女のところに戻られるとよい。青銅が見張りについているとはいえ、気がかりでしょうしな。」
ジークフリートとミーメは教皇の申し出に感謝しつつ、ロドリオ村へと戻っていった。
「さて、使者は誰がよいかな。」
同じ聖域とはいえ、243年後の聖域にこの事態を伝え、ましてや協力をとりつけるなど、容易なことではない。
教皇セージは、後ろに控えた聖闘士達に聞こえるように独り言をつぶやいた。
「師匠、俺が行ってやろうか?」
蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドの申し出に対し、教皇は首を振る。
「そう焦るでない。此度の一件、お前の出番はおそらく事態が核心に迫った頃になると見ている。それに、外交事はおぬしあまり得意ではあるまい。」
「ならば私が行くしかあるまい。」
そう声を発したのは、祭壇座の白銀聖闘士、教皇の兄でもあるハクレイであった。
「さすが物わかりがよい。本来ならワシが行きたいところだが、さすがに教皇が聖域を離れるわけにもいかぬしな。無駄に年をとったわけではないこと、とくと見せていただこう。」
セージは我が意を得たりとばかり、ニヤッと笑う。
「では、さっそく取りかかるとしよう。さて、忙しくなるわい。。」
ハクレイとセージは、内密の相談をすべく、教皇の間の奥へと姿を消した。