ジークフリートとミーメが倒してきた魔女、その正体は。。
デジェルがアスガルドへ赴いていたちょうどその頃、聖域の麓、ロドリオ村で二つの事件が起きていた。
いつものようにジークフリートとミーメが目覚めたその時、彼らの家に一人の少女、アガシャが飛び込んできた。
元気ながらも礼儀正しい彼女にしては珍しく、ノックもなしに駆け込んできた彼女を見て、
二人はただならぬ事態が起きていることを察せずにはいられなかった。
「エルザが。。エルザがどこにも居ないんです!」
確かに、エルザはここしばらくミーメの竪琴を聞きに来ていなかった。
これまでも、父親の看病が忙しくて姿を見せない日はあった。ただ、今回は一週間近くたってもエルザは現れなかった。
心配したアガシャが彼女の家を訪れてみると、すでに家はもぬけの空になっていたというのだ。
エルザも、エルザの父も、そして彼女たちが飼っていた猫も一緒に。
辺りに彼女らの気配はない。事態の大きさに気がついたアガシャは、一目散に二人の家へと駆けつけたのだ。
ジークフリートとミーメは、アガシャと一緒に村中を探し回った。
彼女たちを見つけることはできなかったが、彼女たちに何が起きたのか、いくつかの手がかりをつかむことができた。
きっかけは、ロドリオ村を訪れた一人の旅人だった。
フランスからやってきたという彼は、ある雨の日に村へとやってきた。いや、村はずれで倒れていた。
彼を最初に見つけたのは、エリザベスであった。彼を助けなければ。。彼女は純粋に親切心から彼を助け、自分の家へと連れて行った。
優しい彼女だからこその行為だった。
ただ、問題があった。
彼は、ペストに感染していたのだ。
「ペスト」
かつてヨーロッパの人口を半減させ、中国やイスラム世界でも猛威をふるったこの病は、
医療技術も科学的な知識も不十分だった18世紀においてもまだ逃れることのできない、死の病、であった。
案の定、彼女の父親、そして彼女の猫もまた、この病に感染してしまったのだ。
エリザベスは奇跡的に感染せずに済んでいたが、聡明な彼女は、ペストの侵入が何を意味するのか、よく理解していた。
このままでは、ペスト菌は他の村人にも感染し、彼女の愛したこの村を全滅させかねないのだ。
亡くなった旅人を葬ると、エルザ達は密かに村を立ち去ったのだった。
ペストに感染した父親とのあてのない旅、彼女たちに降りかかるであろう運命。。
ジークフリートとミーメ、アガシャは黙って彼女たちの向かった西の空を見つめるしかなかった。
二つ目の事件は、それから程なくして起きた。
エルザが居なくなったことを聞いて、マリアはひどく打ちひしがれていた。
ペストへの感染を防ぐためとはいえ、エルザが村から立ち去ってしまったことは、ただでさえ塞ぎこみがちだった彼女の精神を徹底的に叩きのめしてしまった。
なんでエルザがそんな目にあわなければいけなかったのか。。私も一緒に旅立ってしまえばよかった。。自分は彼女に対して何もできなかった。。そう思い込み自分をひたすら責め続けたマリアは憔悴しきっていた。
そんな彼女を慰めようと、ジークフリートとミーメ、アガシャは彼女の家を訪れた。
どうすれば彼女の気持ちが楽になるのかはわからないが、せめて近くに誰かいたほうがよいだろう、何よりも今の彼女を放っておくことはできなかった。
彼らは、今回の事件が止むを得ない出来事であったこと、マリアには非はないこと、そしてこれからジークフリートとミーメがエリザベスを探しに出ようと考えていること。。どちらかといえば口下手な3人だが、言葉を尽くしてマリアの心に何重にも絡みついた負の感情を少しでも解こうとしていた。
マリアはうつむいて何も答えずにじっと聞いていたが、やがて下を向いたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私、お隣の国との間に起こりそうになっていた戦争が起きませんように、そして両方の国で作物がよく実るよう暖かい陽の光がいっぱい降り注ぎますように、と願って魔法少女になりました。」
「でもほんとうは、それで私の好きな人が戦争に行かずに済んで、ずっと私のそばに居てくれたらって、自分のための願いだったんですよね。格好つけちゃったのか、恥ずかしかったのか。。ほんとバカみたいですよね、私って。」
「遠回しなお願いしちゃったせいで、結局自分の本当の願いは叶わなかった。初めから、あの人がずっと私のそばに居てくれることを願えばよかったのに。。」
「それからは、この世界の人たちが平和に暮らせたらいいなって思って、自分がみんなの希望の光になるんだって、ひたすら魔女を倒し続けてました。正義の味方ってのにちょっと憧れもあったし。」
「いったい何十匹の魔女を倒してきたかわからないけれど、あの頃は一緒に戦ってくれる魔法少女が他にもいっぱいいて、今思えば楽しかったな。。」
「でも、仲間の魔法少女さんたちもいつの間にか少しずつ居なくなって、一方で新しく現れる魔法少女はみんな希望に満ちてキラキラ輝いていて。。あの子たちと一緒にいると、新しい魔法少女たちが放っている希望の光がすごく眩しくて、なんだか私自身がすごく惨めに思えてきて。。周りには仲間がいっぱい居るのに、なんだかすごく寂しいなぁって。」
「そして、どんなに頑張って魔女を倒しても、村の人たちは誰も私を褒めてくれない。。ありがとうって言ってくれない。。当たり前ですよね、魔女に襲われた人は死んじゃってるし、魔女に襲われてない人は誰も魔女の存在を知らないんだし。」
「あたしって、なんのために命を懸けて戦ってるんだろう。。って。いつしか思うようになって、自分自身どうしていいかわからなくなっていったんです。」
「そうしてるうちに、一番大事な存在だったエルザが居なくなっちゃって。みんなを守る存在だって粋がってたはずの魔法少女が、あの子がほんとに助けが必要な時に何もしてあげられなかった。」
「残されたのは、他人の光を羨むことしかできなくなっちゃった、何もできない。。孤独な私。。」
そう言って彼女が開いた手。。今の今まで固く握りしめられていたそこには、ソウルジェムが現れた。
ただ、以前見たような美しい緑色ではなく、真っ黒な闇に濁り切ったソウルジェム。。心なしかそれは、内側から何かが溢れだそうかとしているかの如く、軋むような音を発していた。
アガシャがあわてて何か言葉を発しようとした、その時。。
「私って、ほんと。。。」
マリアの頬を涙がつたい、こぼれ落ちた涙がソウルジェムを濡らし。。
ソウルジェムが。。
爆せた。
あたりを真っ黒な瘴気とともに凄まじい爆風が襲う。
吹き飛ばされそうになるアガシャをかばい、ミーメとジークフリートは急いで神闘衣をまとうと、とりあえず安全な場所まで後退した。防御姿勢をとりつつ吹き荒れる爆風が収まるのを待ち、あたりが静かになってからマリアのほうを見ると、そこにはマリアの姿はすでになかった。
黒い瘴気が少し晴れてきたそこにあったのは、見たこともない不思議な物体だった。
高い塔の先には、一見すると太陽のような形をした赤いオブジェがついている。ただそれは太陽のように光を発することはなく、うっすらと明るい背後の空間に影としてその姿が浮かびあがっていた。
そのオブジェを包む異様な気配に、ジークフリートとミーメは覚えがあった。
「魔女」。絶望に染まりきったそれは、まさに魔女の気配だった。
「遅かれ早かれ魔女になると思ってたけど、思ったより早かったなぁ。」
突然響いた甲高い声に二人が振り向くと、そこにはあの白い獣、キュゥべえがいつの間にか座っていた。
「まぁいいや、大きな願いを叶えて優秀な魔法少女になった彼女が魔女になる。希望と絶望の相転移。おかげさまで僕たちは膨大なエネルギーを回収できた。」
「どういうことだ?」
ミーメがキュゥべえに問いかける。アガシャはキュゥべえの姿が見えないのか、ミーメが誰と話しているのかわからず怪訝な顔をしている。
「魔法少女にはなれない君たちには関係ないことさ。それよりどうするんだい?「マリアだった」あれを、君たちは倒せるのかな?」
「あれが、マリア。。だと?」
「かつてマリアだった魔女、だね。彼女は自分で魂を削って魔力を生み出して戦い、自分で勝手に絶望して魔女になった。」
「いくら君たちが強くても、あれには手を出せないんじゃないかな? かといって、魔女をもとの人間に戻す手段はない。エネルギーはもう回収しちゃったし、それを戻す手段までは僕たちは知らないしね。」
「貴様。。っ!」
ジークフリートはキュゥべえへ向かって拳を放つ。キュゥべえは跡形もなく消え去った。。はずだった。
ところが、キュゥべえの居たところには何事もなかったようにまたキュゥべえが座っていたのだ。
「やれやれ、こんなにバラバラにしちゃったら、いくらなんでも記憶やデータの回収ができないじゃないか。仕方ない、一部だけでも回収しておくか」
そういうと、キュゥべえは辺りを舞っていた「キュゥべえだったもの」の欠片を食べ始めた。あっけにとられる二人に視線をやりつつ、キュゥべえが答える。
「なんど壊しても無駄さ。僕たちの体は本星と通信しデータをやりとりするための使い捨て端末。壊したところでまた新たな端末が起動して活動を始めるだけさ。君たち人間は無駄なことが大好きなみたいだけど、そのたびにいちいち端末壊されたらもったいないじゃないか。」
「。。。っ!」
身構えるミーメをジークフリートが制する。
「君たちが出来ることはないはずだよね。あとの処理は他の魔法少女に任せて、うっかりあれを倒しちゃわないうちにここを去ったほうがいいんじゃないかな?僕たちは感情が無いからどうとも思わないけど、君たちは自分たちであれを倒しちゃったら悲しむんじゃないかな?」
キュゥべえはそういうと、いずこかへ去っていった。
「どうする、ミーメ。。あの魔女がマリアなんだとしたら、とてもじゃないがすぐには手を下せない。」
「この魔女は今のところ私たちを攻撃してくる気配もない。人間を襲わないように監視しておく必要はあるが、ここはいったん魔女の結界から離れて善後策を考えよう。」
二人は茫然としているアガシャを連れて、魔女の結界を離れると、童虎とアルバフィカに事の次第を報告した。
二人の黄金聖闘士もよほど大きなショックを受けたのか、あれこれ聞き返すこともなく報告を聞いていたが、やがて童虎から「教皇の間まで来るように」との短い指示が返ってきた。
ジークフリートとミーメは無言のまま、重い足取りで十二宮の階段を教皇の間へと登っていった。