神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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極北の地、アスガルドで探索活動を続けていたデジェルによって、未来への道が開かれる


ウルズの泉

その頃、水瓶座の黄金聖闘士、アクエリアスのデジェルは北欧アスガルドの地で探索活動を続けていた。

 

アスガルドはポセイドンの勢力圏だということは、事前に教皇セージから聞かされていた。冥界との聖戦を控えたこの時期、聖闘士がアスガルドに潜入していることが海界に知られれば、聖域の海界への侵略と見なされかねず、予期せぬ事態を招く可能性がある。

デジェルは誰にも告げず、1人氷の大地を彷徨っていた。

 

アスガルドの中心であるワルハラ宮を臨む山岳地帯に彼がさしかかった時、前方から馬に乗った女性がやってくるのに出会った。

怪しまれぬよう小宇宙を抑えつつ、軽く会釈をしてやり過ごそうとしたデジェルは、不意にその女性に話しかけられた。

 

「時の流れは、川の流れにも似ている。流れるべくして流れ、決して山へと遡っていくことはない。旅人さんも、そう思いませんか?」

 

声の聞こえた方を振り返ったデジェルは、そのまま眠るように気を失った。

 

 

 

どれほど眠っていたのだろうか? 眠りから目覚めたデジェルは、周囲を見回して驚いた。

先ほどまで大地を覆っていた雪や氷はどこにもなく、あたりは美しい花が咲き誇っている。デジェルの傍らには、神秘的な泉が美しくどこまでも透き通った水をたたえており、そのほとりにはとてつもなく巨大な樹がそびえている。

 

 

「ここは。。どこだ?」

 

そう呟いたデジェルに応えるかのように、いずこからか声が響く。女性の声だ。美しくも厳粛で、どこか神々しさを感じさせる声。

 

「ここは、ウルズの泉。偉大なる世界樹、ユグドラシルを潤す、聖なる泉だ」

 

いつの間にか、泉のそばに白い衣をまとった3人の女性が立っている。

 

 

「私はウルズ。この世の運命を記し、過去を司る女神」

「私はヴェルザンディ。世界の今を刻み、現在を司る女神」

「私はスクルド。なすべき事をこの世に与え、未来を司る女神」

 

3人の名前に、デジェルは聞き覚えがあった。いずれも北欧スカンディナビアの民が口承により伝えてきた、はるか古の神々の名である。

なぜその神々が、この時代にデジェルの前に姿を現したのか?

神々からは特に敵意は感じられない。

デジェルは警戒しつつも、敬意を表し頭を垂れた。

 

「そなたの友人達は、本来あるべき時に帰る必要がある。たとえ彼らにとって今この時代が最も安らかな居場所であったとしても」

ウルズの厳かな声が響く。

 

「邪悪なる半神の悪戯により産まれたこの世界。本来は神にしか行き来出来ぬ時と空間の川を、傲慢かつ不完全な文明がもたらした歪によって遡らされ、彼らはここへ流れ着いた。」

ヴェルザンディが続ける。

 

「時を司る私たちが介入すれば、そなたの友人達をもとの時空へと送り返すことは可能だ。ただ、それに伴って運命づけられる未来を、そなた達は受け入れられるか?」

 

スクルドが問いかける声が次第に遠くなる。デジェルは再び深い眠りの泉へと沈んだ。

 

 

 

深い眠りに落ちたデジェルの脳裏に、次々に不思議なイメージが浮かぶ。

炎に焼かれるアルデバラン。。薔薇の花に包まれ倒れるアルバフィカ。。次々に戦いに倒れていく同胞の姿。

そして、氷の中で事切れるデジェル自身、力尽き燃え尽きるカルディア、そして神々しい聖衣に包まれたテンマとともに空へと登っていくアテナ。

 

これは、自分達の未来の姿なのか。深い眠りの中で、夢の中の彼らの腕をつかもうとデジェルの意識がもがく。

 

 

浮かんでくるイメージは、やがてデジェルにとって見知らぬ人々のものへと変わっていく。

 

双子座の黄金聖闘士に討たれる教皇、青銅聖闘士達と戦い倒れる黄金聖闘士達、黄金聖衣とうりふたつの冥衣を纏い12宮を攻め上がるシオンや聖闘士らしき者達。

人魚を思わせる見たこともない生物、空中に浮かぶ巨大な歯車。

そして、眩い光に包まれ消滅していく3人の戦士。。そのうち2人は聖域へとやってきた神闘士達である。

 

「お前達!待て!」

彼の無意識の叫びと共に、デジェルは再び目覚めた。

 

 

「彼らがこのままこの時代に留まれば、時の流れは変わり、未来は全く異なったものとなる。しかし、彼らが未来へと。。彼らの時空へと帰れば、そなたが今見たものは全て現実のものとなろう。そなたは自分自身を、友を救いたくはないか?」ヴェルザンディはデジェルに問いかける。「今まさにこの瞬間が、時の流れの分岐点となろう」

 

 

デジェルの脳裏には、倒れていく友の姿が、アテナやテンマの姿が、そして消滅していく神闘士2人の姿が再び浮かぶ。

彼らが帰らなければ、もしかしたら。。。

 

しかし、デジェルの心の迷いを引き戻したのは、倒れていく者達、空へと消えていくアテナやテンマ達だった。

彼らは。。彼女らは皆、心から満足した顔をしている。残された者へと想いを託し、なすべき事を全て成し遂げた、そういう顔をしている。もちろんデジェル自身も。

 

 

 

デジェルは顔をあげ、ヴェルザンディの問いに答えた。

「私たちは、今を生きる人々の思いを未来へと繋げ、未来を生きる人々に希望をもたらせるよう、今なすべき事をなし、己の生を全うしアテナと共に戦うまででございます」

「はるか神話の時代より、数えきれぬ程多くの聖闘士達が自らの魂と小宇宙を燃やして繋いできた命の道、私たちがここで断ち切るわけにはいきません。私たち自身は数十年、大いなるアテナのご加護があったとしても数百年の命です。ただ、未来へと繋げることで私たちは人としての死をも乗り越え、魂が紡ぎ出す希望の光となって未来を照らすことができるのです」

「果てしなく続いてきた聖戦を終わらせ、地上に真の平和をもたらす、そのためにも、私たちは彼らを、神闘士達を未来へと送り届けなければなりません」

 

 

デジェルの答えを聞いていた3人の女神。彼の答えが終わるとともに、ウルズとヴェルザンディの姿は泉へと消え、スクルドのみがその場に留まった。

 

「聖域よりの使者よ、そたたの願い、しかと受け止めた。未来と今を結ぶ道を、そなたに授ける。聖域のアテナのもとへ、この鏡を持ち帰るがよい。聖域とアスガルドとこの世界があるべき姿に戻らんことを」

スクルドは、北欧の神々を象った彫像で縁取られた、美しい鏡を手にしていた。

 

 

「時を渡りたい者は、この鏡に姿を映し願うがよい。ただし、鏡の力を享受できるのは、アテナと彼女が認めし者のみとする」

「鏡に願いし者は、過去と未来を1回に限り往復することができる。」

「そして、時を往き来した者が24人に達したら、この鏡はアテナの手元から永遠に消え去り、私たちのところに帰ってくるだろう」

 

そう言い残すと、スクルドもまた姿を消した。

ウルズの泉も、ユグドラシルの大樹も消え、あとには鏡のみが残された。

 

 

 

鏡を大事に懐にしまい、聖域へと歩き始めたデジェルは、目の前に女性が立っているのに気がついた。

ウルズの泉へ導かれる直前、デジェルに声を掛けた女性だ。

 

「私は、アスガルドの神、オーディーンの地上代行者を務める、リリヤと申します。未来からこの時代へと送られてきた神闘士を助けていただいたアテナと聖域には、感謝しています。」

「生きている時代こそ違えど、彼らもまたオーディーンに選ばれし戦士。彼らと神闘衣が持つ未来の記憶は、同じくオーディーンに仕え遙かアスガルドにて祈りを捧げていた私の心へと流れ込んできました」

 

「もしや、貴方は彼らがなぜこの世界にやってきたのか、ご存じなのですか?」

デジェルはリリヤに問いかける。

 

「彼らが生きていた二百数十年後の未来は、人間とも神々とも違う何者かによって時空を歪まされ、並行して流れるいくつもの時空へと切り刻まれています。私にも、その何者かが誰なのかはわかりません。ただ、彼らの行いにより時空に蓄積された歪は限界を迎えつつあり、やがて大きな破綻が訪れるでしょう。そうなれば、アスガルドだけでなく、聖域もこの地上もどうなることか。。」

「歪をもたらす何者かは、聖域からも、アスガルドからも遠く離れた、日本という国に居るようです。スクルドの鏡を手にした貴方達ならば、未来の地上を包もうとしている災禍を防ぐことが出来るかもしれません」

 

「日本。。大いなる海と陸を越えた遙か東方にあると、聞いたことがあります。そこに答えがあるのならば、行って確かめねばなりますまい。聖域へとやってきた未来の神闘士は、アスガルドと聖域、現在と未来とを繋ぐ、新たな道となることでしょう」

デジェルは、かつて書物で読んだ謎に満ちた黄金の国の記憶を思い起こしつつ答える。

 

 

「未来のアスガルドを私自身が訪れることができないのは残念ですが、貴方達ならきっとやり遂げてくれることでしょう。アテナにもよろしくお伝えください」

 

リリヤから渡された小さな箱を受け取ると、デジェルは雪と氷の大地、アスガルドをあとにした。


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