2人がロドリオ村に帰り着くと、童虎が待ち構えていた。
「派手に暴れたようじゃのぉ。小宇宙の大きさからただ者ではないと思っていたが、予想以上じゃの。」
童虎は、2人を責めたり問いただすつもりはないようだ。むしろ一緒に暴れたかった、そんな本音すら感じる。
「今回の戦いで、あの不思議な気配の正体がわかった。あれは「魔女」という怪物であって、外界から遮断された結界に身を潜め、村人に危害を加えている。その魔女を倒してまわる魔法少女という存在が居るらしいこともな。」
「魔女は、見たこともない異様な風体の怪物だが、我々の技で倒せる存在のようだ。魔法少女は、魔女を倒すことで、グリーフシードという黒い宝石を手に入れる、それがなんの役に立つのかまではわからないが。」
ジークフリートは、童虎に事の次第をかいつまんで報告した。
「ということは、異様な気配がわき上がっても数日程度で消えていたということは、魔女が魔法少女とやらに倒されていた、ということじゃな」
童虎も事態を理解し始めたようだ。
ミーメが付け加える。
「ただ、よくわからないのが、キュウべえという謎の生物の存在だ。見た目は白いネコのようだが、我々の知るどのネコとも違う風体で、しかもテレパシーを使って私達に話しかけることができるのだ。」
「せっかくわかり始めてきたのに、またよくわからん存在が出てきたな」童虎がすかさず返す。
「キュウべえは少女と契約し、少女の希望を何か叶えるかわりに、少女を魔法少女という存在に変化させるようだ。なぜそんなことをするのか、魔女とどんな関係があるのか、魔法少女になったあとの少女がどうなるのか、わからないことだらけだが。」
「キュウべぇという存在が魔法少女を産み出しているということなんじゃろうが、では魔女はいったいどこから生まれてくるんじゃ?」
「それもわからない。ただ、闘った魔女の結界は人間の好む食べ物で満たされていたし、魔女自身も果物をかたどった造形をしていた。魔女と人間にはなんらかの繋がりがあるのかもしれん。」
ミーメは戦いを、そして魔女の結界があった家に入っていった見覚えのある少女を思い出しながら、呟くように答えた。
「次に魔女が現れた時には、ワシらもつきあわせてもらうぞ。この時代の地上を守るのはワシらの責任じゃしな。とりあえず、今回のことは教皇にも報告しておこう。」
童虎はそういうと、ジークフリートとミーメの肩を叩き、去って行った。
「そうか、あの怪しい気配の正体は、魔女という存在であったか」。童虎から報告を聞き、教皇セージは呟いた。
「聖域のどの文献にも魔女に関する記録はない。魔女とはどのようなものたちなのか、魔法少女という存在と魔女の関係、そして得体の知れぬ白い生物の存在、気にかかることがあまりにも多い。童虎とアルバフィカは神闘士二人を支援し、魔女探索と実態解明の任にあたるように。場合によっては青銅を連れて行ってもよい」。教皇は矢継ぎ早に指示を出した。
「お前にも頼みがある」。教皇は牡羊座の黄金聖闘士、シオンに声をかけた。
「あの者達の纏っている鎧、神闘衣といったか。この時代に来る前の戦いで激しく損傷したままで、これからの戦いに支障を来すかもしれぬ。なんとか修復できないか試みてくれぬか?」
「了解しました。手を尽くしてみましょう」。シオンは一言答えると、そのまま教皇の間から立ち去っていった。
ほどなくして、ロドリオ村のジークフリートとミーメのもとをシオンが訪れた。
「お初にお目にかかります。私、牡羊座の黄金聖闘士、アリエスのシオンと申します。」
「アリエスのシオン。。」。ジークフリートとミーメはその名に聞き覚えがあった。聖域とアスガルドの間で戦いが起こる13年前、双子座の黄金聖闘士サガに暗殺されたという未来の教皇、彼もシオンという名であった。
この若者が未来の教皇だとすれば、聖域の未来を繋ぐために彼はこの聖戦をなんとしても生き残らなければならない。ただ、おそらく彼にとってそれは、取り返しのつかない犠牲と尽きることの無い葛藤をともなうことになろう。。。
二人はそれをシオンに悟られぬよう、感慨深げに彼を眺めた。
「お二方の神闘衣、かつての戦いでかなりの傷を受けたままと聞いております。私は聖域では聖衣の修復を担当する者。ここは私に修復を任せてはくださりませぬか?」。
シオンは二人に提案した。
確かに、二人の神闘衣はかつての青銅聖闘士との戦いで破損したままである。鍛え抜かれた神闘士である二人だからこそ、神闘衣がこのような状態でも闘うことが出来よう。
ただ、これから先に大きな戦いが起こるかも知れないことを考えれば、万全を期したい。
「わかりました。貴方のお手を煩わせることは心苦しいが、よろしくお願いしたい」。
「神闘衣にふれるのは初めて。聖衣とは勝手が違うとは思いますが、万全を尽くしましょう」。シオンはそういうと、二人の神闘衣を調べ始めた。
材質はオリハルコンと同様の素材であり、これなら聖衣と同様の手法で修復できるだろう。ただ、本来あるべき何かが欠けている。
シオンの様子に気がついたのか、ジークフリートが声をかける。
「神闘衣には本来、オーディーンサファイアと呼ばれる石が組み込まれている。ただ、オーディーンサファイアはここではなく、我々の居た243年後のアスガルドにあるはずだ。ポセイドンの野望を打ち砕くために必要なオーディーンローブ、それを出現させるためには7つのオーディーンサファイアが揃っていることが必要だ。ここにないということは、ペガサス達は今頃はオーディーンローブを甦らせ、ポセイドンの野望を打ち砕いていることだろう。本来は我々がそれをせねばならなかったのだが。。」
「貴方達を破ったほどの聖闘士達。きっと成し遂げていることでしょう。」
シオンは、自責の念にかられてか視線を落とす2人を気遣って、落ち着いた声でフォローする。
再び神闘衣に目をやると、シオンは話を戻す。
「要となるそれがない以上は完璧な修復は難しい。ただ、形だけでも元に戻しておけば、防具としての機能は果たせるはず。あとはお二方の小宇宙しだい。私は出来るだけのことはしよう」。
シオンはそういうと、神闘衣とともにいずこかとテレポートしていった。
小一時間ほど待ったか。シオンは再び二人の家に現れた。オーディーンサファイアがないことを除けばほぼ完璧に修復された神闘衣とともに。
「勝手がわからぬなりに手を尽くし、出来る限りの修復は行ったつもりです」
確かに、神闘衣はヒビや欠けた部分が補われ、以前のような姿に復元されている。シオンに礼を言おうとしたジークフリートは、シオンがひどく消耗していることに気がついた。
「案ずることはない。聖衣の修復と同様、神闘衣の修復にも人間の血が必要だったということです。病み上がりの貴方達の血は使えぬゆえ、童虎と私の血を少し使ったまでのこと」。
「かたじけない。貴方達の血によって甦った神闘衣、貴方達の志に恥じぬよう、地上と人々の平和のためになるよう力を尽くすことを誓いましょう。」
ジークフリートとミーメは、憔悴しきったシオンの手を取ると、力強く答えた。
その後数日間は、聖域の周辺では魔女はなりを潜めているのか、異常は感じられなかった。ジークフリートとミーメは村人達に引っ張り回される日々が続いた。
そんなある日、竪琴を弾くミーメの周りには、また多くの少女が集まっていた。
一番前にいつものように陣取る赤いヒナギクの少女、その隣にいる少女にミーメは気がついた。先日、隣村で魔女を退治したあとに、魔女の居た小屋に入っていった少女がそこに居たのである。
彼女もまた、ミーメの竪琴を聴きに来る少女の1人だったのだ。頭には色鮮やかなタンポポの花輪をかぶっており、かつてはその花輪の花のように明るく元気だったその少女はしかし、あきらかに元気がなかった。哀しみに沈んだように瞳は輝きを失っており、ヒナギクの少女もそんな彼女を気遣ってか、曲の合間にはなるべく明るい話題を振って元気づけようとしているが、彼女の反応は重いままだった。
竪琴を弾き終わると、ミーメは立ち去ろうとする少女を呼び止めた。
「なにかあったのか? いつもよりも元気がないようだが。。」ミーメは、少女を追い詰めないよう、落ち着いた声で問いかけた。
少女は答えない。沈黙がその場を包み、なおもミーメが問いかけようとしたところで、その少女は無言で起ち上がると、ミーメに向かってお辞儀をしてその場を去って行った。
呼び止めようとするミーメを制して、ヒナギクの少女が口を開いた。
「彼女は、マリアは信じていた恋人に裏切られたんです。結婚の約束までしていた人に。」
「彼女はほんとうに嬉しそうでした。でも、彼女の恋人は、ある日突然、何の前触れも無く彼女の前から消えてしまったんです。「全てを投げ出しても構わない、仕えるべき御方を見つけた」とだけ言い残して。彼女には、隣国のお姫様と結婚するって伝えたらしいんですけどね。それ以来、彼女はすっかり元気を無くしてしまって。」
「そうだったのか。以前のような明るい子に戻ってくれるとよいのだが。。」。ミーメは、少女の去って行った方向を見つめ、つぶやく。
「彼女は、ほんとうに幸せいっぱいだったはずなのに。今は深い悲しみと失望に捕まってしまっているけれど。彼女もミーメさんの竪琴を聴くのを楽しみにしていました。ミーメさん、これからも彼女に素敵な竪琴を弾いてあげてください。そうすれば、いつかはまた元の明るい彼女に戻ってくれるかもしれません。」。ヒナギクの少女は、ミーメを見つめながら懇願する。
「わかった。私にできることは、音楽を奏でることくらいしかないが、全力を尽くそう」
「ありがとうございます。彼女もきっと喜んでくれると思います」。少女は嬉しそうに答えた。
「私もミーメさんの竪琴が大好きです。お父さんが怪我をしてしまってから生きていくだけで精一杯だし、この世は争いだらけで悲しいことばかりだけど、こうして素敵な音色を聴いていると心が落ち着いて、元気がでてくるんです。」
そう言うと、彼女も席をたち、ミーメに一礼すると立ち去ろうとした。
「戦いばかりに身をやつしてきた私のような人間でも、人に希望を与えることが出来るのなら、こんな嬉しいことはない。私からもお願いだ、これからも竪琴を聴きに来てはくれないか?」
ミーメは少女に声をかけた。
「ありがとうございます。今日はミーメさんとお話ができて、嬉しかったです。私の名前、エリザベス。。。長いので、エルザって呼んでください。これからも竪琴、楽しみにしていますね。」
少女は笑顔を見せると去って行った。
次の日、1人の若者を伴って、童虎とアルバフィカがジークフリート達の家を訪れていた。怪我の状況の確認もあったが、若者を紹介するのが主な目的のようである。
「魔女探索任務を手伝ってくれる聖闘士を連れてきた。若くて元気がよすぎる奴じゃがな。」
童虎はカラカラと笑うと、紹介を始めた。
「こちらはテンマ。お前達の知っているペガサスとは違うが、この時代のペガサスの青銅聖闘士で、ワシの弟子でもある。まだまだヒヨッ子ゆえ迷惑かけるかもしれんが、気を悪くせずつき合ってやってくれ。」
「アンタたちも神に仕える戦士なんだってな?よろしく頼むぜ!」
「ペガサス。。いや、テンマ。今回の任務は得体の知れない怪物が相手だし、それ以上に魔女の謎を解き明かすほうが重要だ。騒ぎすぎて警戒されてしまっては、元も子もなくなる。頼りにしているが、くれぐれも慎重に頼む」。ジークフリートが、冷静にクギを刺す。
「ハーデス軍が動き出しつつある今、私達は宮の守護をおざなりには出来ぬ。それ故、普段のサポートはテンマにも手伝ってもらうが、私達も引き続きお前達をサポートする。今のところ魔女は活動していないようだが、何かあれば私達にも必ず連絡するように。」
アルバフィカがそう言いつつ童虎とともに家を去ろうとしたまさにその時、ロドリオ村の片隅から異様な気配が立ち上った。
深い絶望を感じさせるそれは、まさに魔女のそれであった。ジークフリートとミーメに緊張が走る。素早く神闘衣を纏うと、童虎たちに声をかける。
「童虎!アルバフィカ!テンマ!お前達も感じるか?」
「ああ。気配はここからすぐ近くでわき上がっている。すぐ向かうぞ!」。童虎、アルバフィカ、テンマはそれぞれ聖衣を纏うと、気配のもとへと急いだ。