神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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聖戦への準備を進める冥王軍。未だ真意を明かさぬ眠りの神の命により、魔法少女たちとの接触を続けるうち、冥王軍に微かな軋みが生じてゆく。


軋む冥王軍

「ミーノス様、いかに貴方でもここは通すわけにはいきません。どうかお引き取りを」

「雑兵ごときが私を止められるとでも?」

 

冥界の深部、コキュートスの傍らに建つ館、アンティノーラ。

その入り口で、冥王軍の雑兵が必死で侵入者を押しとどめようとしている。

 

「どうしてもというのなら、あなたにここの主のところまで案内いただくまで」

 

雑兵の体が突如、宙に浮かぶ。

 

「コズミック・マリオネーション。たかが雑兵といえども、知らぬわけはありませんね」

「私の念力で編まれた操り糸。あなたはこれで指一本も自らの意思で動かすことはできない。私の思うままに操られる憐れな傀儡と化すのです。それが嫌ならば、さぁ、案内しなさい」

 

体中の関節を全てあらぬ方向に曲げられ、雑兵の顔は恐怖に歪む。

なおも抵抗の意思を崩さない彼だったが、突如、解き放たれたかのように、その体が地に落ちる。

 

「居るのならばさっさと出てくればよいのですよ」

「ふん、やけに騒がしいから様子を見に来たまでのこと。それより何の用だ、ミーノス」

「それは貴方が一番よく知っているのではありませんか? 天雄星ガルーダのアイアコス」

 

天雄星ガルーダのアイアコス。

天猛星ワイバーンのラダマンティス、天貴星グリフォンのミーノスと共に、冥界三巨頭の一角を成す冥闘士。

こと戦場においては、冥界でも最強との呼び声高き戦士だ。

 

「第三獄の番人、天角星ゴーレムのロックを地上に送ったのは、アイアコス、貴方でしょう?何故そのようなことを。眠りの神の命令、知らぬわけではないでしょうに」

「気に食わないからだ。それの何が悪い。冥王軍に絡め手など不要。ただ戦い、聖域を根絶やしにすればよいことだ」

「神話の時代から続く聖戦、そうやって戦い続け、これまで勝ちをおさめることができなかったではありませんか。今回こそ私たちは勝たねばならぬのです」

「今回は冥王軍に俺が居る。勝つにはそれで十分だ。パンドラさまやラダマンティスを贄にすることも、魔法少女とやらに頼る必要もない」

「アイアコス、双子神の意に逆らうのですか?」

「ハーデス様の意思かどうかわからぬ以上、従う義理はあるまい。それともミーノス、お前はあの眠りの神、ヒュプノスの真意を知っているとでも?」

「さぁ、どうでしょう?」

 

ミーノスはニヤリと笑う。

 

「ミーノス、お前こそ何を企んでいるのだ?」

「別に… せいぜい双子神の怒りを買わぬよう気を付けることです。冥界三巨頭である我々も、彼らの前では赤子も同然なのですから」

 

 

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「今日こそは、恭介と…」

 

退院し復学して以来、上条恭介は放課後になるとすぐにそそくさと学校から去ってしまう。

そのせいで、美樹さやかは恭介と遊ぶどころか、話すらほとんど出来ていないのだ。

もっとも、美樹さやかが放課後は専ら魔法少女として活動していることもまた、その状況に輪をかけているのだが。

 

放課後、後片付けを早々に終わらせたさやかだったが、気が付けば恭介は教室から姿を消していた。

 

「今日こそは、せめて一緒に帰るんだからっ!」

 

校庭を全力で駆け抜けていく、さやか。

 

「はぁっ… はぁっ… 中沢くん! 恭介、見なかった?」

「恭介ならさっき、あっち…街のほうに行ったけど」

「あれ、恭介の家って反対の方なのに… とりあえず、ありがとっ!」

 

そう言うと、さやかは脱兎のごとく駆け出していった。

 

「居たっ! 恭介、見つけた!」

 

道路のはるか先、探し求めていた少年の姿が現れる。

息を切らしながらも、追いつこうと必死で走っていくさやかの瞳に映る恭介の姿はどんどん大きくなっていく。。

 

 

「おい、あれは美樹さやかじゃないか?」

 

恭介の近くでたまたま佇んでいた三人の青年は、遥か遠くから、鬼のような形相で猛然と走ってくる少女の姿を目にして呆気にとられている。

 

「シルフィード、どうする、隠れるか?」

「ゴードン、変にコソコソ隠れるのはそれこそ不自然だろう。顔は見えないように背を向けておけばいい」

 

3人はさりげなく向きを変えると、少女が走り去るのをひっそりとやり過ごそうとする。

 

「(あれ、ゴードン達、こんなところでなにしてるんだろう? あれで隠れてるつもり? いやいや、とりあえず今は…) 恭介~!」

「やぁ、さやか。そんなに急いでどうしたんだい?」

「あ、えーと… 学校帰りにたまたま恭介のことみかけてさ、たまには一緒に帰るのもいいかな~って思ったんだよね」

 

「(あれで たまたま はないんじゃないか?)」

「(しっ! クイーン、俺もそう思うが、言うな)」

 

あからさまに不自然なさやかの返答、シルフィードはクイーンをなんとか押しとどめたものの、彼自身も吹き出しそうになりながら背を向けている。

 

「さやか、ありがとう。でもこの後ちょっと用事があるから、また今度でいいかな?」

「そうかぁ、じゃぁ…明日とか、明後日、いや、来週でもいいんだけど、一緒にCDとか…買いにいったりしない、かなぁ」

「うーんと…」

 

珍しく積極的なさやかに対し、恭介は答えに詰まっている。

 

「えーと… ちょっとそれは難しい、かな」

 

さやかの様子を伺いつつ、やんわりと誘いを断りにかかる恭介。

ようやく息づかいが落ち着いて笑顔が浮かんでいたさやかの表情が、明らかに曇っていく。

 

「…どうしてさ、わたしとの時間… ううん、そっか、恭介、ずっと入院してたから、やらなきゃいけないこと、今はいっぱいあるもんね、仕方な…」

「うん、ソレントさんが見滝原に居る間に、音楽について少しでも教えてもらわないとって思ったら、ほんのちょっとの時間でも勿体なくてさ」

「(!!)」

「ごめん、さやか。今日もソレントさんのところに行く途中なんだ。時間なくなっちゃうから、また今度ね」

「ちょ、恭介、待って…まってよ…」

 

さやかの返答を待つことなく、恭介は走り去っていった。

茫然としたまま、さやかはその場に立ち尽くしている。

 

「あの少年、あの言い方はあるまい。あれでは美樹さやかがあまりに… どっ、どうしたゴードン!落ち着け!」

「クイーン、これが黙っていられるか。あいつの粗雑な態度、到底許せるものではないわっ!」

 

ゴードンは今にも恭介を追いかけんばかりに興奮している。

 

「いいから待て!」

「そうやって見逃しているからあの男がつけあがるんだ。止めるなシルフィード!今すぐ追いかけてアイツをここに連れ戻してやる!」

「当の美樹さやかがあぁして必死に耐えているんだ、お前にはあいつの気持ちがわからないのか!」

 

シルフィードとクイーンは、190cm近いゴードンの巨体を必死で抑えている。

 

「あんたらさぁ、そこに居るの、バレバレなんだけど」

 

半ば呆れ顔でこちらを向いているさやかの声に、3人は慌てて居住まいを正す。

 

「もうちょっとちゃんと隠れないと、ラダマンティスに怒られるよ、あんたたち…」

「すまなかった、美樹さやか。俺たちは見滝原の巡視でたまたまここに居ただけなのだ。それはわかってくれ」

 

シルフィードが申し訳なさそうに答える。

 

「…でもさ、ちゃんと恭介に怒れないあたしの代わりに腹を立ててくれたのは、ちょっとうれしかったよ。ありがと、ゴードン、みんな…」

「あんなこと言われて何も言い返せないなんて、情けないって思ってるよね。でもさ、あたしにとって恭介は大事な人なんだ。だから、あんなヤツでも、許してやってくれるかな?」

「あんなに目を輝かせちゃって。恭介にとって、音楽って何よりも、誰よりも大事なものだからさ。あいつが退院したらこうなるのも、なんとなくわかってはいたんだよね」

 

シルフィード達は、黙ってさやかの言葉を聞いている。

 

「あんなに嬉しそうで、希望いっぱいの恭介、幼馴染のあたしでもあまり見たことない。だから、あたしもあいつが音楽に集中できるように、邪魔しないように、しっかり支えてあげないと、守ってあげないといけないんだ。また魔女に襲われたりしないようにね」

 

恭介の走り去ったほうを見ながら、何かを吹っ切ったように寂しそうに笑う、さやか。

 

 

「うーん、それはどうだろう?」

 

突然その場に響く、甲高い声。

 

「美樹さやか、君が彼を守らなくても、恐らく彼が魔女に襲われることはないんじゃないかな?

「え? キュウべぇ、何言ってるの? それ、どういうこと?」

「どういうって、ボクの言ったことそのままさ。さやか、だから君は彼を気にせず、心置きなく他の場所に居る魔女と戦うといい」

 

さやかは、キュウべぇの言葉の意味がにわかにわからず、きょとんとしている。

 

「わからないかなぁ。上条恭介は今が幸せの絶頂だ。彼の心のどこにも、ほんの欠片すらも絶望は無い。まぁ、絶対に襲われないわけではないけれど、魔女からしたら他にいくらでも狙える人間が居るんだから」

「でもさ、病院では恭介が魔女の結界に捕まって…」

「それは、あの時は上条恭介が絶望の淵に落ちかけていたからさ。今の彼を狙うなんて、魔女にとっても効率が悪すぎる。可能性は限りなくゼロだろうね」

「…それじゃぁ… それじゃぁ、あたしが魔法少女になったのって…」

「美樹さやか、君は魔法少女になることで願いを叶えた。それでいいじゃないか。何が不満なんだい? それよりも、叶えた願いの代償として、魔法少女として頑張ってくれればいい」

「キュウべぇ、あんた…」

 

さやかの表情が曇る。キュウべぇを睨み付けているさやかが何か言おうとした時だった。

 

「ぐっ… や、やめて、くれ…」

 

踏みつけられ、地面にめりこみそうになっているキュウべぇ。

無表情でキュウべぇを見つめ、踏みつぶしているシルフィード。

 

「これ以上こいつと話していても仕方ないだろう。美樹さやか、お前ははやく立ち去れ」

 

静かに怒りを押し殺しているシルフィードの姿に冷静さを取り戻したさやかは、礼を言うと足早に立ち去って行った。

 

 

「君たち、いったいボクに何の恨みがあるんだい。はやく離してくれないか?」

「そうか、なら望み通りにしてやろう、インキュベーター。大いなる風を受けて、異次元まで消し飛べ… アナイアレーション・フラップ!」

 

天捷星バジリスク、必殺の技が放たれる。

キュウべぇの体は粉々に砕け、風とともに消え散った。

 

「ふん、人の情、まだ捨て去りきれていなかったとは、俺も甘いな」

「シルフィード、お前…」

「わかっている、クイーン。地上の命あるもの全てを滅ぼし尽くすのが我らの使命。この街とて例外ではない。だからこそわからぬのだ。眠りの神が何を考えているのかをな」

 

 

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「パンドラさま、いずこへ?」

「なに、少々確かめたいことがあってな」

「ならば、このラダマンティス、護衛仕ります」

 

冥王軍の日本での拠点となっている森の洋館。

その入り口で、外出の用意を整えまさに出かけんとしている冥界の女主人パンドラと、冥王軍を統べる3巨頭の一人、ラダマンティスが立ち話をしている。

 

「よい、大した用事ではないのでな。私一人でも差し支えなかろう」

「いえ、聖闘士たちがうろついている状況、たとえパンドラさまであろうと、お一人では危のうございます」

「黙れ、ラダマンティス。このパンドラがたかが聖闘士に後れをとると思ってか。それに、たかが小用に物々しい護衛をつけてうろつけばそれこそ目立って仕方ないであろう」

 

どうあっても一人で行きたいパンドラと、そうはさせまいとするラダマンティス、お互い譲る気配はない。

 

「パンドラさま、ならば申し上げます。高貴ないで立ちの方が供も付けずに一人で歩いていれば、それこそ不自然というもの。怪しまれぬためにも、護衛は必要かと」

「…わかった、わかった、ラダマンティス。そう剣呑にするな。ではそなたが付いてまいれ。それでよいであろう」

 

ややしばらくして、見滝原の片隅に二人の姿があった。

先日買い物をしたブティックを再び訪れたパンドラだったが、それで用事が終わりというわけではないのか、何かを、誰かを探しているか、あちこちをふらふらと彷徨っている。

そんなパンドラの様子に、怪訝な表情を浮かべているラダマンティス。

ただ、それを指摘するとパンドラが不機嫌になるのがわかっているので、敢えて何も言わず彼は付き添っている。

 

やがて、二人はとある川岸の小道にたどり着く。

店があるわけでもない、なにか施設があるわけでもないが、パンドラの足がはたと止まる。

なぜこんなところに?

辺りを見回すラダマンティスの視線に、一人の少女と、その家族らしき数人の姿が飛び込んできた。

 

「パンドラさま…」

「ラダマンティス、そなたはそこで待っておれ」

 

そう言い放つと、パンドラはゆっくりとその家族のほうへと足を進めていく。

 

「えーと… えっ! パンドラさん! お久しぶりです!」

「久しぶり、か。まだ数日ほどしか経っておらぬがな…」

 

若干緊張気味な少女は、鹿目まどかだ。

 

「(私に勝るとも劣らぬ因果、か。こんな普通の少女のどこにそのようなものが秘められているというのか? インキュベーターが嘘を吐くとも思えぬが…)」

 

まどかの周りを少し見回しつつ、怪訝な表情をしているパンドラ。

 

「それより、今日はいったいどうしたんですか? もしかしてまたお買い物とか」

「また少々服が要りようになって、あの店を訪れてきたのだ。ここに来たのはほんの気まぐれ、といったところか。ところで、そちらの方々は?」

 

パンドラは、まどかの背後で落ち着かない様子の2人に目を向ける。

 

「あ、この人たちは私の家族なんです。パパとママ、そして弟のタツヤです」

「パンドラさん、はじめまして。まどかの母の詢子です。ほら、パパも」

「あ、どうもはじめまして。父の知久です。まどかがお世話になっているようで、ありがとうございます」

 

とりあえず無難に挨拶を済ませたものの、二人は緊張しまくっている。

 

「これは私も名乗らなければいけませぬね。私はパンドラ・ハインシュタイン。務めによりドイツから日本を訪れている者です」

 

いつもの無表情ではなく、パンドラの表情は心なしか穏やかだ。

その後は特に当たり障りのない会話が続く。

緊張気味だった知久と詢子も、少しは打ち解けてきたようだ。

 

 

「パンドラさまは何ゆえにあのような者達と… ん?」

 

その様子を遠くから眺めているラダマンティスは、微かに漂う気配に気づく。

一人はどうやら魔法少女。物陰から鹿目まどかの様子を伺っているようだ。

気になるのはもう一人。

そこに居るのか、居ないのか。近いのか遠いのか。なんとも得体の知れない誰か。

ラダマンティスは静かに様子を探る。

 

「ふん、冥界三巨頭ともあろう者が、まるで番犬のようではないか。ほれ、三度回ってワンっと吠えてみろ」

「なんだと? 貴様、何者だ?」

 

怒りのあまり、つい小宇宙を高めるラダマンティスだったが、それを嘲笑うかのように、もう一人の気配は風のようにその場から消え去った。

 

 

そうこうしている内に、だんだんと陽が傾いてくる。あたりを包む夕映えが美しい。

 

「これは、すっかり引き留めてしまい、申し訳ない。まどか、さん。今日は偶然お会いできて…嬉しかったのですよ」

「私もです、パンドラさん。まさかまたこうしてお会いできるなんて思っていませんでした」

 

簡単な別れの挨拶を済ませ、その場を去ろうとするパンドラ、だったが。

 

「ぱんどら、これっ!」

 

パンドラの足元から不意に声が響く。

差し出される一輪の花。

短い腕を必死に伸ばしているのは…

 

「た、タツヤ! そんな、失礼なこと…」

「まどか、よい。これは私に?」

「うん、まどかと仲良くしてくれてありがとう、のお礼」

「そうか、ありがたく頂いておくことにしよう。タツヤ、といったな? 姉さんと仲良くするのだぞ」

「うんっ!」

 

満面の笑みを浮かべるタツヤ。

まどかたちと別れ、パンドラはその場を後にする。

 

 

「パンドラさま、これは…?」

「よい、気にするでない。鹿目まどかが私に匹敵するほどの因果を持つというから改めて見に来たが、何のことはなかったな。ところで、ラダマンティス」

「?」

「あのフェアリーはお前の仕業か?」

 

妖しく光を放つ冥界の蝶、フェアリー。

鹿目まどかの頭上に、つかず離れず舞っていたそれを、パンドラが見逃すはずもなかった。

 

「いえ、私はそのようなことは決して」

「そうか、ではいったい誰が…」

 

冥界の女主人たるパンドラも、冥界三巨頭の一人であるラダマンティスも知らぬ間に、冥界の何者かが鹿目まどかを監視している。

 

「…まさか…」

 

穏やかだったパンドラの表情を、再び陰が覆う。

まどかたちの声が遠くでかすかに響く。

 

「家族、か」

 

遠ざかるまどかたちの方を見遣ると、パンドラは手にした花をじっと見つめていた。

 

 


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