見渡す限りの荒れ果てた大地。
肌に突き刺さる強烈な日差し。
人影の見当たらない、崩れ落ちた街。
立ち尽くしている、一人の少女。
「ここは、どこ?」
青く輝くソウルジェムは、魔法少女の証。
「あたし、なんでこんなところに…」
あたりを見回し戸惑っている少女は、美樹さやかだ。
彼女はやがて歩き出す。
何かに吸い寄せられるかのように、神殿のような古びた石造りの建物の方へフラフラと漂うように。
コツ。コツ。
天井は落ちているがそれでもなお薄暗く、誰も居ない静かな回廊に、さやかの足音だけが響いている。
どれほど歩いただろう? 彼女の目の前に現れる、古びた石棺。
その蓋は固く閉ざされている。
やがて、彼女しかいないはずの回廊に、囁くような声が響き始める。
儚げながらも強い意志を感じさせる女性の声。
「…やっと、やっと、私の願いが叶う。幾星霜、待ち続けて、やっと…」
「ねぇ、あなたならわかるでしょ? わかってくれるよね? 私のこの気持ち。だから…」
声とともに、石棺からあふれ出す眩いばかりの光の渦。
それは瞬く間に回廊を覆い尽くしていく。
ヤバイ、呑まれる! さやかは必死で抗うが、なすすべもなく渦に呑まれ…
ガバっ!
目を覚ましたさやかは、あたりを見回す。
いつもと同じ、自分の寝室。
何も変わったことはない。
「よかった、夢かぁ」
さやかは、ほっと胸をなでおろす。
外はすっかり明るくなっている。
ふと気になって時計を見ると
「よくないっ! もうこんな時間じゃん!」
今日は、退院した恭介が学校に久々に登校してくる日。
慌てて跳ね起きたさやかの傍らに、ひらりとなにかが舞う。
「なに、これ…」
ゆっくりと床へと落ちたそれは、夢の中で見た眩い光の渦のような、黄金色に輝くひとひらの花びらだった。
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「やはり、私の読みどおりでございました」
現代の聖域。先代、243年前の聖域。鏡越しにアルバフィカの報告を聞き、教皇セージは目を瞑る。
眠りの神ヒュプノスは、パンドラたちに目的も何も伝えることなしに、彼女達と魔法少女に接触を持たせていたのだ。
ヒュプノスの狙いはどこにあるのか。
「眠りの神は、パンドラたちの働きによる成果ではなく、その存在そのものに何か価値を見出しているようですな」
ラダマンティスは冥界3巨頭の一人。そしてパンドラは冥界を束ねる女主人。
強大で油断ならない相手であることは疑いない。
目的を伝えれば、自らの果たすべき役目を理解し、最大限の成果をあげるであろう。
しかしヒュプノスはそうはしなかった。
「それは、「贄」ということでしょうか?」
心優しくも、人間を深く知るサーシャだからこその直感。
本人たちに目的を伝えなくても、存在そのもの、そして条件さえ整えれば、おのずと役目が果たされる。
本人たちに伝えれば、目論見が崩れ去る可能性がある。
なれば、選択肢は限りなく絞られる。
冷静で無駄な殺生を嫌うとされるヒュプノスだが、それはあくまでも死の神タナトスに比べればの話。
彼らの目的がそれで果たされるのではあれば、神ゆえの冷徹さで躊躇なくその選択肢をとるであろう。
それでは、ヒュプノスの目的はなんなのか。
パンドラ、そしてラダマンティスの存在を費やしてまでヒュプノスが求めるもの。
戦力としての彼女たちの価値を上回るほどの目的。
「それは…」
何か思い至り、少しだけ得意げに城戸沙織が語り始めようとした、その時。
「それは、ハーデスの真の覚醒では!?」
2つの聖域を覆う一瞬の沈黙。
漂う、なんとも言えない空気。
「やって、しまいましたね…」
沈痛な面持ちで呟いたのは、先代のアテナことサーシャだ。
「…」
セージは黙って首を振る。
「どうかしましたか?もしや、全くの見当外れだったとか?」
戸惑っている、一人の男。
ジト目でじっと彼を見つめている沙織。
視線の先に居るのは、蠍座の黄金聖闘士、ミロだ。
「次代のアテナさま、気持ちはわかりますが、今は討議をすすめましょうぞ」
ふくれっ面でポコポコとミロの胸を叩いている沙織を制するかのように、セージが話を進める。
「彼らの存在と引き換えにしてまでも双子神が求める目的、その可能性は高いといえましょう」
元々、冥王軍ではハーデスと双子神が圧倒的な戦力を成している。
三巨頭は確かに黄金聖闘士数人分の力を有するが、ハーデスや双子神と比べれば赤子も同然。
ハーデスは真の肉体をエリシオンにて眠らせているとされる。
もし真の覚醒に至ればこれまで聖戦で辛くも勝利を収めてきた聖域にとって圧倒的な脅威となることであろう。
問題は、ヒュプノスがどのようにしてその結論に至ったかということ。
そして、なぜこれまでの聖戦でそれを行わなかったのか、ということ。
セージが片っ端から調べた聖域の文書には、それを思わせるものはなかった。
「そなたは如何に考えるか?」
直観力に優れ、時に物事の本質を鋭く突く男、ミロにセージは問う。
「僭越ながら… 眠りの神が目的を達するには、パンドラたちたちと何らかの縁を結んだ魔法少女、そして見滝原の地が重要なのではないのかと」
魔法少女は、冥王軍の地上での根拠地、ハインシュタイン城があるドイツも含め、世界中に居る。
パンドラたちの存在がただ必要なのであれば、冥王軍の分散という愚を犯さずそのままドイツで活動すればよい。
わざわざ見滝原まで出向き、しかも魔法少女と接点を持たせたのは、そうすべき、そうせざるを得ない理由があったということだろう。
やはりヒュプノスは、243年前に連れ去ったキュウべぇからなにか情報を得たのであろう。
もし彼らの目的がハーデスの覚醒であれば、聖域としてそれを何としても防がねばならない。
一方でセージは考える。
聖域側にも意図せず魔法少女との縁が結ばれたこと。
243年後から繰り返し送られてきた戦士たち。
スクルドの鏡により結ばれた2つの時代の聖域。
冥界と聖域、2つの勢力で同時に発生した、魔法少女との関わり。
神代から続く聖戦の終結。
冥界だけでなく聖域に対しても、これまでにない変化が起きているということは。
「私たちにとっても、またとない好機かも知れませぬな」
静かに、しかし無表情で呟くセージ。
無言でセージを見つめている、サーシャと城戸沙織。
何かを察したかのように、二人の黄金聖闘士がセージの傍らへ歩み寄る。
聖戦への備えとして、双子神の探索にあたっている黄金聖闘士、射手座のシジフォス、そして山羊座のエルシド。
二人はセージになにか耳打ちされると、いずこかへと向かって行った。
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美樹さやかと鹿目まどかは、その日の授業を終え、家路についている。
「結局、ほとんど話できなかったなぁ」
今日はさやかの想い人、上条恭介が久しぶりに登校してきた日。
朝から午後まで、彼の周りは常に級友で取り囲まれていた。
友達との久しぶりの再会に、恭介もいつになくハイテンションのようだ。
さやかもその輪に強引に割って入ろうと思えば、出来ないことはなかった。
以前ならきっとそうしただろう。
しかし今日は、遠巻きにそんな彼らの様子を眺めていることしかできなかった。
いや、同じ教室に居るのに、今日は恭介が遥か彼方に、そしてどんどん遠ざかっていくようにすら思えてしまう。
「明日にはもう少し落ち着いてるから、それからでも、いいよね、うん…」
そう自分に言い聞かせてみるが、このモヤモヤした感じは、なんだろう。
恭介の級友たちへの遠慮、とは少し違う。
これまで感じたことのない感情。
笑顔をつくってはいるものの、どこか虚ろな視線。
まどかはそんなさやかが心配でしかたない。
では、どうすればいいのか? どう声をかければよいのか?
「あ、マミさんから電話だ」
美樹さやかの携帯電話が鳴る。
「ゴメン、まどか。魔女が現れたみたい。マミさんの応援に行ってくるね」
どこか不安げなまどかにそう言うと、駆け出していこうとしたさやかだったが。
「あれ? すごく綺麗な蝶…」
見上げる二人の視線の先には、朧げに光を放つ一羽の蝶がひらひらと羽ばたいていた。
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見滝原のとある結界で戦っているのは、巴マミと佐倉杏子、美樹さやか。
そして二人の神闘士、ジークフリートとミーメ。黄金聖闘士、レグルス。
つい先ほど、一体の魔女を倒し、ここは二つ目の結界だ。
結界を守る使い魔は、彼ら彼女らの攻撃で瞬く間に排除された。
魔女に正対するのは、美樹さやかと佐倉杏子。
まるでずっとコンビであったかのように息の合った二人が相手では、使い魔を剥がされた魔女はひとたまりもなかった。
さやかは魔女の攻撃を避けつつ巧みに近づき、刀の一振りごとに手足を落としていく。
動けなくなった魔女のとどめを刺すのは佐倉杏子だ。高くジャンプすると槍を振り下ろす。
真っ二つになった魔女は、ほとんど抵抗することも出来ずに消え去った。
「あんたら、大したもんだな」
佐倉杏子は、神闘士二人、特に自らの幻影を巧みに操り、無数の使い魔を冷静に切り裂いていったミーメの戦いぶりに何か感じるところがあるようだ。
ミーメに声をかけようとする杏子だったが、祈りを捧げるように目を閉じている彼の姿を見て思いとどまり、何か考え込んでいる。
「佐倉さんや美樹さんとこうして一緒に戦えるなんて、夢みたい」
戦いを終えた巴マミの表情からは笑顔がこぼれる。
誇らしげな表情の美樹さやか。
どこか照れくさいように顔をそむける佐倉杏子。
数日前の敵対関係が嘘のような彼女達の様子を見て、神闘士二人は安堵の表情を浮かべている。
すっかりチームワークも整ったこの様子なら、よほどのことがない限り彼女達3人が魔女に後れを取ることはないだろう
「そういえば、暁美ほむらの姿をしばらく見ていないのだが、何か知っているか?」
「あ、転校生ね。学校には来てるんだけど、あいつまどかとしか話しようとしないし、放課後にはあっという間にどこかへ居なくなっちゃうんだよね」
ミーメと美樹さやか。この二人も少しずつだが打ち解けてきているようだ。
すっかりいつもの調子を取り戻したレグルスは、神闘士二人の戦いぶりが気になって仕方がないようだ。
闘い方の似ているジークフリートにちょっかいを出しては、彼の技の真似をしたりしている。
屈託ないレグルスの笑顔に、鬱陶しそうにしながらもジークフリートは悪い気はしていないようだ。
「えーと、こうだっけ? オーディーン・ソード!」
レグルスの指から放たれた衝撃波は、円を描いて地面に突き刺さり、地面は無数の鋭い剣のように砕かれ、舞い上がっていく。
「うぉっ! 気を付けろよ、レグルス。あたしたちに当たっちまうじゃねーか」
「うわっ、ゴメン! 上手く出来たからつい調子に乗っちゃった。怪我、ないよね?」
技のとばっちりに遭いそうになった杏子と平謝りのレグルス。まるで兄妹のような二人。
「お前達、気を抜いている場合ではないぞ。次だ」
すぐ近くに発生した、魔女の結界。
ジークフリートに促され、彼らは休む間もなく、次の戦いの場に向かった。
「ん? 近くにもう一体、強力な魔女の気配があるな」
「ジークフリートさん、私もたった今魔女の気配を… あれ、消えた」
「ほんとだ、結構近くに… あれ?」
ジークフリートと巴マミは別の魔女の気配に気づいたようだ。
そして、レグルス、美樹さやか、佐倉杏子も。
ただそれはほんの一瞬現れて、いずこかへ姿を消したようだが。
「またか、いったいどうなっているんだ。とりあえず今は目の前の魔女に気を付けろ、すでに結界に引き込まれた者がいるようだ」
ジークフリートがそう言いつつ切り開いた結界の入り口。
中国の古い街並みを模したような結界には、若い夫婦と幼子が倒れている。
周囲を無数の使い魔に取り囲まれている彼らに、道士を思わせる風貌の魔女が近づきつつあるのが見える。
「連戦で魔力も消耗しているだろう、ここは私たちとレグルスで…」
ジークフリートがそう言いかけたところで、結界に光が走る。
「消えろっ!魔女どもっ!」
光速拳が無数の光条となって、使い魔たちを切り裂き、結界の全てを粉々に砕いていく。
無数の使い魔を瞬く間に消し去られたことで、魔女は怯むどころか怒りに任せて暴れはじめ、
使い魔の亡骸や瓦礫と化した結界の構造物が倒れている人たちに降りかかる。
「おいっ! どうしちまったんだよコイツっ!」
倒れていた親子を退避させようと光速拳の真っただ中へ突っ込んだ杏子だったが、彼らは網の目のように広がる弦で覆われ、寸前で瓦礫から守られた。
「私にもわからん。いったいどうしたというのだ、ミーメっ!」
その声は、もう一人の神闘士には届かない。
怒りに満ちた鬼気迫る表情、殺戮機械と化した戦士は、容赦なく目の前の魔女に襲い掛かる。
無数に現れたミーメの影。
四方八方から魔女を絡めとったストリンガーレクイエムの弦は魔女を容赦なく締め上げ、やがて粉々に引きちぎった。
魔女は倒れた。
強き戦士に力及ばず倒された、そんな生易しいものではない。
圧倒的な力によって蹂躙された、いや、一方的に殺戮されたというべきだろう。
魔法少女たちは皆、茫然と立ち尽くしている。
肩で息をしながら膝をつくミーメ。
ジークフリートが彼の元に駆け寄る。
「私はいったい、何を…魔女はどうしたのだ?」
「ミーメ、お前、覚えていないのか?」
「結界に入ったところまで、使い魔から親子を助け出さねば、そう思ったところまでは覚えているのだが…」
そう語るミーメの表情は、普段の彼のそれに戻っている。
自らの感情を表に出すことは少なく、冷静でマイペースな彼。
魔女に対しても正々堂々と戦い、余計な痛みを伴わないよう最小限の攻撃でとどめを刺し、倒したあとも哀悼の意を忘れなかった彼。
アスガルドで、ポセイドンの魔の手に落ちた地上代行者ヒルダの戦士としてアテナの戦士たちと戦っていた頃でさえ、このような戦いぶりは見せたことがない。
そんな彼にいったい何が起きたのか。
「(ミーメさん…)」
マミは心配そうに彼を見つめている。
「(いったい、どうしたってのさ…)」
ジークフリートとミーメを交互に見やりつつ、不安げな、さやか。
「…」
ミーメを遠目に見ながら、なにか思い当たることがあるのか目を瞑る、杏子。
重々しい空気、誰一人言葉を発することなく、彼らはその場から去っていった。