神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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戦いの先

「レグルス、だいぶ回復してきたみたいで、安心したよ」

 

見滝原のとあるマンションの一室で二人の少女と一人の青年が賑やかに騒いでいる。

 

「さやか、通って来てくれて、ありがとな」

「そんな、別にあんたのためじゃないし…」

「「え? なになに? キョーコ、サヤカ、これがセーシュンってやつ?」

「レグルスさぁ、お前のその微妙にズレた知識、いったい誰に教わったんだ? 元気になったと思ったら、すっかり通常運転じゃねーか」

「だってさ、キョーコが別人みたいにしおらしいんだもん。シジフォスが言ってた、青春ってこんなのかなぁって」

 

 

グラード財団は見滝原にある関連会社が所有するマンションの一室を、レグルスのために提供してくれた。

気心の知れた付添人が必要だろう、ということでも杏子にもここに住むようにと声がかかったのだ。

魔法でホテルに不法滞在したり野宿したりという生活をしていた杏子は猛烈に嫌がったものの、レグルスのためと辰巳に説得され、"しぶしぶ"了承した。

食事は、通学のついでにマミが立ち寄り、消化の良いものを作っている。

杏子の看護とさやかの治癒魔法によって、レグルスは翌日には起き上がって軽口を叩けるくらいにまで回復しつつあった。

 

意識が戻った直後、レグルスは誰が見てもそれとわかるほど、落ち込んでいた。

自分の暴走で、多くの人間を危険に晒してしまった。

その罪悪感で、まだ未熟なレグルスの心は押し潰されていたのだ。

そんな彼を救ったのは、やはり杏子だった。

命を救ってくれたレグルスへの感謝。そしてこれまで変わらない、心地よい空間。

杏子の気遣いを感じ取っていたのだろう。

表向きかもしれないが、しばらくすると、レグルスはいつもの快活な少年へと戻っていた。

 

 

「なんか、騒いだらお腹がへってきちゃった。マミのご飯はさっき食べちゃったし…キョーコ、待ってて。今、何か作るから」

 

レグルスは立ち上がると、ゆっくりとキッチンに向かおうとする。

 

「おい、待てよ。そんなことアタシがやるって」

 

慌てて杏子はキッチンへと走ると、とりあえずリンゴとジャガイモ、牛肉を冷蔵庫から取り出す。

あまりに珍妙な組み合わせの食材。

 

「えーとさ、杏子… キミはいったいなにを作ろうとしてるのかな?」

「さやか、なにって、そりゃぁ、カレーとか…」

 

そうか、おそらく杏子は自分であまり料理をしたことがないのだ。

マミはどうやら杏子とは何か因縁があるらしい。

呼んだわけでもないのに、マミがわざわざ寄って食事を準備したのは、それを知っていたせいか。

さやかはキッチンへ駆け寄ると、冷蔵庫の食材を使って手際よく料理を始める。

 

「さやか、ずいぶん器用なんだな」

「家庭科の授業でやってるし、家でもたまに手伝いするしさ」

 

 

簡素だが暖かい料理、賑やかな食卓。

 

「そういえばレグルスさぁ、あんた元の世界ではどうだったのさ。あ、でもそんなモテるわけないか、お子ちゃまだもんな!」

 

話題は、少年少女らしい、恋バナへと移っている。

 

「もーっ!キョーコだってお子ちゃまなくせに! 俺、すっごくモテてたもんねっ!」

「ふーん、ならば聞かせてもらおうではないか? 若き獅子の恋愛遍歴とやらを!」

 

むきになって言い返すレグルスの様子が面白いらしく、さやかも煽りにかかっている。

何やら考え込んでいる、レグルス。

 

「お、レグルスの彼女、どんな子なのさ」

「えーとね、古いお城に住んでて、すっごく昔の光の神さまの血をひいてて、ふわふわしててちっちゃくて笑顔がすっごく可愛くて、でも俺が危なかった時は悪い精霊から俺を守ろうとしてくれた強い子で… あれ、コナーって彼女?だったっけ?」

 

かつて、任務先で知り合い、命がけで守り抜いた一人の少女、コナー。

顔も耳も真っ赤になって混乱しているレグルスを、杏子とさやかはニヤニヤしながら眺めている。

 

「それって本物のお姫さまじゃん!ヒューヒューッ♪ いや~、それだけ好きなところが次々いっぱい出てくるあたり、そのコナーって子が気になってしょうがないんじゃない? 彼女かどうかはとりあえずおいといてさ」

 

他人の恋バナは楽しくて仕方がないという様子の、さやか。

 

 

「(あの時あぁしてなかったら、あたし、今頃めちゃくちゃ後悔してたんだろうな)」

「(杏子ってどんだけヤバイやつかと思ってたけど、もしかしてすごく仲良くなれるのかな…)」

「(なんだかここ、あったかいな。ずっとこうしていられたらいいのに…)」

 

賑やかな団らんの中、交錯する三人の想い。

 

 

「(これが、俺たちが聖戦を戦いきった先の世界なんだな…)」

 

レグルスは、ふと我に帰ると、すっかり柔らかくなった杏子の笑顔を見つめている。

 

「(…ゴメンね、キョーコ)」

 

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一方その頃、魚座の黄金聖闘士、アルバフィカはヨーロッパに居た。

最初は見滝原で冥闘士の動きを探っていた。

しかし、どれほど詳しく調べても、動きを掴めた冥闘士はラダマンティス、バレンタイン、シルフィード達3人、そしてパンドラ。

冥王軍の指揮官や主力クラスではあるものの、その数はあまりにも少ない。

そして、見滝原に現れてはすぐに姿を消しているらしい、眠りの神ヒュプノス。

 

日本の他の街、多くの魔法少女が居る街を探索してみても、冥闘士の気配はない。

おかしい。他の冥闘士はどこに居る?

それを探し求めて、彼ははるばるドイツまで来ていたのだ。

ドイツの深い森の奥、ハインシュタイン城は冥王軍で溢れている。

聖域の周辺にも斥候らしき下級の冥闘士の姿が散見された。

 

この状況、冥王軍はこれまで通り聖域を狙っているとしか考えようがない。。

 

ではなぜ、この重要な時期にパンドラやラダマンティスは遥か極東の日本に張り付けられているのか。

しかも、アテナや聖闘士ではなく、魔女や魔法少女を監視するという、別に彼らでなくともよい任務を任されているのか。

 

「ラダマンティスやパンドラを、魔法少女と接点を持たせつつ見滝原に置く」

 

それが、冥王軍、いや、双子神の片翼、ヒュプノスにとって聖戦の準備よりも重要な意味を持っている。

そう考えざるを得ないのだ。

 

アルバフィカは聖域に立ち寄ると、当代のアテナである城戸沙織と先代の聖域に事の次第を報告した。

 

城戸沙織、聖域の参謀役を務めている牡羊座のムウ、そして先代の聖域もまた、冥王軍の意図を図りかねている。

ただ一人、先代の教皇であるセージは何か気になるのか、考え込んでいる。

しばしの沈黙の後、セージは口を開く。

 

「アルバフィカ、ご苦労であった。あのヒュプノスが無意味な行動をわざわざ取るとは思えない。ただ、意図を読み、一手先を抑えるにはまだ鍵が足りぬ」

「と、申しますと?」

「パンドラやラダマンティス、あの者たちが自分達の任務の意味を理解しているのか、そこがわからぬのだ」

 

彼らがそれを理解しているか否か。それにどのような意味があるのか。

アルバフィカもまた、セージの意図を図りかねている。

 

「アルバフィカ、そなたに次の任務を任せたい。美樹さやか、あの者は冥闘士と接点を持っている魔法少女であることは存じておるな? 適度に距離を保ちつつ、美樹さやかを護衛するように。危険があれば助けても構わぬが、くれぐれも彼女の行動を妨げぬようにな」

「なるほど、「泳がせつつ、彼女を介して冥王軍の情報を得よ」と?」

「そうとも言うか。レグルスとそなたの任務、今後の作戦において極めて重い意味を持つ。苦労をかけ、申し訳ないと思っている」

 

敢えてセージの意図を知らないことにもまた意味があるのかもしれない。

アルバフィカは聖域から再び見滝原へと向かった。

 

鏡による交信を終え、セージは一人、教皇の間に佇んでいる。

双子神との対峙は、セージとハクレイが負う最も重要な使命。

射手座のシジフォスと山羊座のエルシドの探索で得られた情報により、双子神の性格や行動原理についてはある程度解析が進んでいる。

 

「(神々の中でも最も周到なヒュプノスなればこそ、気まぐれなどではなく、行動には論理があるはず。それに至る鍵さえ得られれば…)」

 

そして、未だ糸口すらつかめぬ、もう一つの謎。

神闘士たちやアステリオンたち未来の戦士は、何者の手によって自分達の聖域に送り込まれてきたのか?

いや、そもそも…

 

「(なぜ「私たちのところ」なのか…)」

 

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「ミーメ、どうしたのだ?」

 

杏子たちのマンションの警護にあたっていた神闘士、二人。

冥闘士たちが追撃してくる気配はないものの、用心に越したことはない。

警戒を解かずに見回りを続けていたジークフリートは、ミーメの様子がいつもと少し違うのに気が付いたのだ。

 

街を歩く親子連れ。年若い夫婦。どことなくボーっとしたようなミーメの視線の先には、おかしな気配もなく注意を払う必要はなさそうな、普通の人々が居た。

マイペースではあるものの任務に関しては忠実なミーメにしては、珍しい振る舞い。

 

「あ、いや、なんでもない…」

「そうか、お前にしてはめずらしいなと思ってな。そうか、ここ数日忙しかったせいで、私も少し疲れが溜まっているように感じていたところだ。もうすぐ紫龍たちが監視任務の交代に来るから、久しぶりに少し休むとするか」

「そうだな、たまには気分転換するのもよいだろう…」

 

ちょうど、紫龍たちがこちらに歩いてくるのが見える。彼らに向かって二人が歩き出した、その時だった。

 

「魔女か!」

 

禍々しい気配を感じたジークフリート。気配からは、かなり強力な魔女のように感じられる。

結界もすぐ近くにあるはず。

魔女に気づかれぬよう、慎重に気配を探っていたジークフリートだったが、不思議なことに、次の瞬間にはその気配は消えていた。

 

「どうした、ジークフリート。何かあったのか?」

 

ミーメはその気配に気が付いていないようだ。気のせい、だったのか?

その間に、紫龍と瞬は彼らのすぐそばまでやってきていた。

 

「ジークフリート、交代の時間だ。ところで、一瞬だが魔女の気配がしなかったか?」

「紫龍、わざわざ見滝原まで来てもらって、すまない。そうか、お前も感じたか」

 

どうやら紫龍も同様の気配に気が付いていたようだ。

 

「変だよね、かなり強そうな魔女っぽかったのに。一応気を付けておくね。そうそう、マミさんがお茶会の準備しているそうだから、行ってあげて」

「瞬、お前もか。大丈夫とは思うが、念のため注意しておいてくれ。わずかではあるが疲れも溜まっているようだし、私たちはこのままマミのところに向かうとしよう」

 

ミーメの様子もすっかりいつも通りに戻っているようだ。

簡単な引継ぎを済ませると、神闘士たちは近くにあるマミのマンションに足を向けた。

 

 

 


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