神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

30 / 46
束縛の小宇宙

陽はすっかり落ち、見滝原の郊外は夜の闇に包まれている。

まるで宇宙を透かし見るかの如く暗い新月の夜空を引き裂く、天の川の光芒。

 

星灯りでかすかに照らされた夜道を、デジェルとほむらは歩いている。

 

 

「夜空って、こんなにも美しかったのね」

 

足を止め、ふと空を見上げたほむら。

 

「私、魔法少女になる前はずっと心臓の病気で入院していたの。時間だけはあったから、いろんな本を読んでいたわ。ギリシャ神話の本もね。星座にまつわる神話は大好きだったけど、入院していたら本当の夜空を見る機会なんて無くて。見たこともない星空に憧れがつのっていくばかりだったわ」

「。。。」

「魔法少女になってからも、まどかを守ることばかり考えていたの。星空はいつだって私の上にあったのに、私にはまどかしか見えてなかった。今もそれは大して変わりないけれど、こうして星空を美しいと思えるようになったのは、サーシャやデジェルのおかげかもね」

「私たちは、君の力になれているのだな」

「そうね、もう誰にも頼らないと決めていたはずなのに」

 

 

また歩き始めたほむらだが、再び足を止める。

 

「ねぇ、デジェル?」

 

ほむらの瞳は、星灯りが映りこみ、まるで星空のように輝いている。

デジェルは思わず息を呑む。

なぜだろう? この少女は時折、あまりに歳不相応な、大人びた陰のある美しさを垣間見せるのだ。

 

「どうした?」

「。。。次は、あなたのことを聞かせてくれないかしら。だって、さっきから私のことばかり話してるの、なんだか不公平じゃない?

 

思わぬ言葉に驚いているデジェル。

そう言ったほむらもまた、戸惑っている。

まどか以外には関心を持たなかった。まどかを守るために必要か、そうでないか。そういう目でばかり人を見てきた。

そんな自分からこのような言葉が出てくるなんて。

 

「不公平、というのはよくわからないが、そういうものなのか? そうか。ならば、少しの間、私の話に付き合ってもらおうか。君の期待している話かどうかはわからないが」

 

足を止めるとおもむろに夜空を見上げる、デジェル。

視線の先には、天の川と、夏の夜空を彩る星々が煌めいている。

 

 

「サーシャさまは、君が胸の奥底に秘めているのは誰かとの約束ではないか、とおっしゃっていたな」

「そうね。あの時私はなにも言葉を返せなかったけれど。。うん、そうとらえてくれて、いいわ」

「神でありながら人の子として育ち、遊び、笑い、悲しみ、出会いや別れを幾たびも経験してきた、サーシャさまだからこそ、気づかれたのであろうな。ほむら、君には天の川の中ほどに輝く大きな十字が見えるか?」

「白鳥座、夏の大三角形をつくっている星座の一つね?」

 

ほむらは、少し目を細めて天の川の中ほどを見上げる。天の川に隔てられてその両岸にまたたく、琴座とわし座。そして川幅いっぱいに翼を広げる、白鳥座。

そんなほむらを見つめつつ、デジェルは話を続ける。

 

「あれは、私と友との約束の証でもあるのだ。かつて聖闘士になるため私が訪れた修行地、ブルーグラードは海皇ポセイドンの魂を封印した聖闘士たちの縁の地、雪と氷に閉ざされた大地だった。そこで私は、肉体や小宇宙の鍛錬をするばかりでなく、その地の領主の息子、ユニティと親友として固い友情で結ばれたのた。ユニティや、彼の姉である、まるで太陽のように暖かく優しいセラフィナさまと時に語らい時に研鑽した日々は、私にとってかけがえのないものだった」

「。。。」

「ユニティと私は約束したのだ。私は聖闘士に、ユニティはブルーグラードの領主になり、天の川の両岸を繋ぐ白鳥座、ノーザンクロスのように、世界とブルーグラードを繋ぐ架け橋になるのだ、と。それを実現することが私の夢であり、私はそのために戦い続けてきたのだ。。と、すまない、結局また聖闘士の話になってしまったな」

 

 

「(セラフィナさま。。)」

 

ほむらの心にまた、困惑とも苛立ちとも違う、自分でもよくわからないさざ波がたつ。

この間、デジェルからフローライトの話を聞いた時にも感じた、なんとも言えない感覚。

あの時、フローライトがデジェルに向けていた感情は、本で読んだ「恋愛」のようなものではないかと考えた。

一方で、あの時も、たった今も、自分の胸をざわつかせているこの感情は何なのだろう?

 

わからないが、デジェルに気づかれてはいけないような気がして、胸の奥にそれをひそかに押し込む。

 

「いいえ、ありがとう。だって、その夢は水瓶座の黄金聖闘士ではなく、デジェル、あなた自身のものでしょう? あなたが時折どこか遠くを見つめていて、そういう時のあなたの瞳はなんだか穏やかに輝いていて、ずっと気になっていたの。何を見ていたのか、ようやくわかって嬉しいわ」

 

「そうか、気づいていたんだな」

 

デジェルは再び白鳥座を見上げる。

 

「私は間もなく聖戦に向かうことになるだろう。私たちの役目は聖戦に勝ちを収め、地上をほむら達が生きる今に繋ぐことだ。君たちの希望や未来を踏みにじろうとする魔女化の運命、それを覆すのは、過去に帰らなければいけない私たちではなく、今を生きる君たちやこちらの聖域でなければならない。しかし私たちにも出来ることはある。ほむらよ、私にとってそれは、君自身がさらなる未来を生き、君の約束を果たせるように力を尽くすことだ。君と共に魔女と戦い、戦いの術を伝えようとしているのは、そういうことなのだ。。そうか、君を知ったことで、私にはもう一つ、新たな夢が出来たのかも知れないな」

 

 

ああ、そういうことなのか。

 

まどかを魔法少女化の運命から解放する。

その先は。まどかは未来へと歩んでゆく。

自分がどうするのか、そんなことは考えてもみなかった。

魔法少女はいずれ魔女となって狩られる運命なのだから。

 

しかし、未来を見つめるデジェルの視線の先に、自分の姿がある。さらなる未来を生きて欲しいと願い、寄り添ってくれている。

ならば、自分も生きたい。

デジェルたちが切り開いてくれた未来への道を、まどかと一緒に歩んでいきたい。

 

自分は強くならなければいけない。

ワルプルギスの夜との戦いに勝ち、魔女化の宿命も断ち切り、まどかと未来へと歩むために。

 

虚ろに夜空を映し込んでいたほむらの瞳に、これまでなかった光が灯る。

未来への希望の光。

未来を生きるまどかと自分の姿、それこそがほむらにとっての、夢。

 

 

それなら。

 

ほむらが再び口を開く。

 

「デジェル、もう一つ、お願いしたいことがあるの」

「お願い、とは?」

「私にもっと稽古をつけて欲しいの。あなたが過去に戻ってしまっても、あなたが切り開いてくれた未来で、私が私とあなたの夢のために戦い続けられるように」

 

ほむらは、デジェルを見つめている。確固たる意志。ほむらの瞳に灯った光は、ますますその輝きを増している。

 

「そうか。ならば、まず場所を変えねばな。。では、頼む」

「えっ?ちょっと待って、今すぐ?」

 

デジェルが話し終えると同時に、デジェルとほむらの姿はは金色の光に包まれ、その場から消えた。

 

 

 

 

「。。ここは?」

 

先ほどまでは夜のはずだったのに。再び現れた先は、眩しいばかりの陽の光に包まれている。

デジェルは自分の傍らに立っている。

日差しが痛いほどに強い。日本ではないどこか。ここはどこなのか? 自分達にいったい何が起きたのか?

 

「はじめまして。暁美ほむらさんですね?」

 

声のするほうに振り向くと、そこには黄金の鎧を纏った一人の男が立っている。

優雅で穏やかな微笑み。おそらく黄金聖闘士なのだろうが、デジェルとも、アテナ邸に居た乙女座の聖闘士とも違う。

 

「そうだけど、あなたは?」

「自己紹介が遅れました。私は牡羊座の黄金聖闘士、ムウと申します。アテナ、というか、アテナを介したデジェルの頼みであなた方を日本から聖域までテレポートさせたのです。さっそく申し訳ないですが、私についてきてください」

「ここは聖域なのね。いきなりどこへ連れていかれるのかしら?」

 

この程度ではもう驚かない、とばかりに、ほむらは淡々とムウの後をついていく。

 

「氷の聖闘士と魔法少女が心置きなく力をぶつけ合えるところ、ですね」

 

 

 

ムウは聖域の坂をどんどん登っていく。

 

白羊宮に始まり、頂上のアテナ神殿まで続く12の宮が視線の先に見える。

ここで、神話の時代からアテナや聖闘士たちと神々の戦いが無数に繰り広げられたのか。

思わず気持ちが引き締まる、ほむら。

 

 

金牛宮、双児宮、巨蟹宮。

 

そこには宮の守護者たる黄金聖闘士の姿は見えない。

 

「アルデバランは、アテナの護衛として日本に行っています」

 

ムウは金牛宮の主についてのみ、不在の理由を明かす。

では、双子座と蟹座の黄金聖闘士は?

 

怪訝な表情を隠さないほむらの様子に、ムウが言葉をつなぐ。

 

「ここだけではありません。この先、人馬宮、磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮を守る黄金聖闘士は、すでにこの世を去っています」

「あぁ。聖闘士同士の戦いがあったと聞いたけれど、そういうことなのね。。」

 

ここで同じ聖闘士同士の戦いがあった。今ここに居るのは、かつての仲間を討ち、討たれ、生き残った者たち。

ほむらはそれ以上何も聞かなかった。

 

 

やがて一行は獅子宮に差し掛かる。来客の気配に気づいたのか、宮を守護する聖闘士が宮の入り口で待ち構えている。

 

「アイオリア、こちらが。。」

「聞いている。そなたが魔法少女、暁美ほむらだな」

「えぇ。あなたは?」

「獅子座の黄金聖闘士、アイオリアだ。本当に、お前はそれでよいのか?」

「ええ、まどかを守り、戦い続けるためならば、私はどんな困難も乗り越えて見せる」

 

言葉少なに返す、ほむら。

アイオリアは、ほむらをじっと見つめている。

 

「愚問であったな。時間がないのであろう? 行くがよい」

 

目を瞑り、ほむらたちに背を向けたアイオリアを残し、ほむらたちは先を急いだ。

 

 

ほむらたちは次の宮、処女宮にさしかかる。

中には乙女座の黄金聖闘士、シャカが目を瞑り座禅を組んでいる。

アテナ邸で、まるでほむらの時間遡行に気づいているかのような問いを投げかけてきた聖闘士だが、今は何の反応も見せず、ただひたすらに瞑想しているようだ。

 

「いつもこうなのです。シャカ、通りますね」

一礼すると、ムウは宮の外へと歩みを進めていく。あわててその後を追う、デジェルとほむら。

 

「…ほう、ここを終わりと定めたか」

 

不意に背中に向けられた声に振り返る、ほむら。

 

「(この男…)」

 

シャカは瞑想したままだ。しかし、何もかもを見通すかのような圧倒的な何かが、ほむらの精神に刺さりこんでくる。

この男、いったいどこまで見抜いているのか。

 

「えぇ。」

 

軽くうなづくと、ほむらはそのまま処女宮を後にした。

 

 

 

無人の天秤宮を抜けると、その次の宮は天蠍宮。

入り口には、早くも一人の黄金聖闘士が待ち受けている。

鋭い眼光は、まるでほむらを撃ち抜くかのようだ。

思わずひるみそうになりながらも、ほむらは宮に向かって足を進める。

 

「暁美ほむらか?」

「そうよ。あなたが天蠍宮の黄金聖闘士なのかしら?」

「蠍座 スコーピオンのミロだ。悪いことは言わぬ。お前はここで引き返すべきだろう」

 

そう言うと、ミロはほむら達の前に立ちふさがる。

ミロの表情は固い。冗談、というわけではなさそうだ。

 

「なぜかしら? 私は強くならなければならないの」

「お前が何故に力を求めるのか、俺にはわからぬ。ただ、お前が誰かを守りたいと思うように、お前を必要とする者、大切と思う者もいるであろう。なぜいたずらにその身を危険にさらそうとするのだ」

 

ほむらの脳裏に、まどかの姿が一瞬浮かぶ。

 

「…そうね、私にとって大切な誰かを守るため、守り続けるため、かしら。もちろん、私も倒れるつもりはないわ。生き残らなければ守れないのだから」

「そうか、どうしても行こうとするか。ならば…」

 

無言でマントを振り払うと、ミロは小宇宙を高め、ほむらに向けその右腕、人差し指を突き出す。

ミロ必殺の技、スカーレット・ニードルの構えに他ならない。

 

「ミロっ!何をするのですかっ!」

ムウが叫ぶ。

 

一瞬の出来事だった。あたりは静寂につつまれている。

ミロは、居住まいを正し、ほむらを見つめている。

ほむらもまた、ミロから視線をそらさず睨み返す。

 

「後戻りの出来ぬ一本道だ。そして、お前は本来敵とせずによかった存在とも戦うことになるだろう。力を手にするというのは、そういうことなのだ。それでよいなら、行け」

 

「……そうね。忠告、ありがたくいただいておくわ。結果としてそうなるなら、私はそれを受け入れるだけ」

 

ほむらは、ミロに軽く一礼すると歩み去っていった。

 

 

「ミロ、あなたは…」

「ムウよ、魔法少女、いかほどのものかと思っていたが、あの者、なかなかよい目をしているではないか」

「では、先ほどのあれは?」

「あの状況でスカーレットニードルを放つわけがあるまい。それと気づかれない程度に調整して真央点を突いたまでのこと。本当に目覚めることが出来たなら、きっとあの娘の役に立つことだろう」

「そうですか、あなたのことですから本当に撃ちかねないと思っていたのですが、たまには私の見通しも外れることがあるようですね」

「お前は俺を何だと思っているのだ…。先の水瓶座よ、あとは暁美ほむらとそなた次第だぞ」

「それは任せておけ。ほむらならば、必ず成し遂げるだろう」

デジェルはそう言うと、かすかに口角を上げてほほ笑む。

 

「どうした、なにがおかしい?」

「…失礼した。いや、240年たっても、蠍座はやはり蠍座なのだと思ったのだ」

「そうか、お前がそう言うのならそうなのだろうな。ふっ、いつかこうして、先代の蠍座と語らってみたいものだ」

「そうだな、私たちの聖域の蠍座、カルディアにも伝えておこう。心にアンタレスを宿す者同士、どのように向き合うか、私も楽しみだ…」

 

天蠍宮から先へと進む一行の背中を見送る、ミロ。

 

「…カミュよ、見ているか? お前にはあの者の覚悟、如何様に映るのかな」

 

 

無人で静まり返っている、人馬宮と磨羯宮。磨羯宮は今もなお粉々に砕け散ったままである。ここでどれほど激しい戦いが行われたのだろう。

そして、その先に静かに佇む宮が一つ。

心なしか、周囲の気温が下がってきている気がする。

 

「あれが宝瓶宮、今回の目的地だ」

「そう。。ということは、デジェルがあちらの聖域で守っている宮でもあるのね」

「そうだ。ここから先は、双魚宮を挟んで教皇の間とアテナ神殿だ。ここまで敵が到達することがあれば、地上の平和は風前の灯火ということになる」

「最後の砦、というわけね。ところで、ここは空気がまるで凍り付いているかのように寒いのだけれど、どういうことなのかしら?」

「。。やはり感じるか。第一関門クリアとみてよさそうだな」

「第一関門?」

 

どこかほっとしている表情のデジェルにほむらが問う。

 

「ほむら、人間は誰もが宇宙の一部であり、内に小宇宙を秘めている、という話はしたな。もちろん君自身の内にも小宇宙が眠っているのだ。君が感じている寒さ、なぜだかわかるか?」

「?」

「ほむら、君は私と出会ってからこれまでの戦いで、私の小宇宙による凍気に晒されてきた。並の人間なら凍り付いてしまうような絶対零度の凍気だ。だが、君は凍傷を負うことすらなかった。それは、小宇宙によって生み出された凍気に対して君がある程度の耐性を有していることの証なのだ。それが意味するところが何か、わかるな?」

「もしかして、私が内に秘めている小宇宙のせいだというの?」

 

考えたこともなかった自分自身の可能性に、まだ半信半疑のほむらは聞き返す。

 

「君が感じている凍気は、すでに亡き水瓶座の黄金聖闘士カミュの小宇宙の残滓。並の人間ならばそれを感じることはない。しかし、同じく凍気に関わる小宇宙を有している君だからこそ、ごくわずかにとどまっているカミュの小宇宙に気づけたのだろう。君をここに連れてきたのは、それを確かめるためなのだ」

「第一関門クリア、というのはそういうことなのね」

「そうだ。君が操る魔法、時間停止は言い換えれば時間の流れを凍結させるようなもの。その魔法ゆえに君の小宇宙も"凍結"の性質を有するようになったのか、それとも元からそうだったからか、そこは私にもわからないが。君が、そして巴マミがこれまで魔法少女として続けてきた困難な戦いは、聖闘士の修行に匹敵するようなものだったのかも知れない。巴マミは何者かが関与することで小宇宙に覚醒しつつあるようだが、ほむら、恐らく君の小宇宙も目覚め始めているのだろう。ただ、小宇宙に覚醒し、それを力とするためには、小宇宙を意識し、自らの意思で使いこなせるようにならなくてはいけない。本来なら聖闘士たちのように長期間の修行が必要だが、そんな時間がないことは理解できるな?」

「そうね。あなたも私も、決して時間があるわけではないわ。でもそれならどうやって?」

「星矢たち青銅聖闘士のことは知っているだろう。彼らは厳しい修行の末、青銅聖闘士となった。そしてここ十二宮での戦いの中で、極限まで己の小宇宙を高めることで、黄金聖闘士に並び立つ小宇宙、セブンセンシズに目覚めたという」

「ということは、私も?」

「君にも戦いの中で己を極限まで追い詰めてもらう。具体的に言おう。ここ宝瓶宮で、氷の聖闘士私と本気で戦ってもらう。黄金聖闘士カミュの小宇宙を感じながらな。君なら大丈夫と信じてはいるが、実際できるかどうかは君次第だ」

 

黄金の光があたりを包む。光が消えた時、そこには水瓶座の黄金聖衣を纏ったデジェルが立っていた。

 

「さっそく始めようか」

 

言うやいなや、デジェルは右手を高々と上げる。

 

「フリージング・シールド」

 

氷の結晶があたりに満ち、ほむらを包み込む。

一瞬のうちに、ほむらは厚い氷の壁に包み込まれてしまった。

 

「!」

「身動きとれまい。この状況では火器は使えないし、そもそもこの氷壁は通常の兵器では絶対に破壊できない。黄金聖闘士数人がかりでの攻撃か、天秤座の黄金聖闘士が持つ武器か、ないしは私に匹敵する極限の凍気。この壁を壊すにはそれらが必要なのだ。いかに君といえど、この壁に包まれていたらいずれは凍り付く。脱出するには、君自身が小宇宙に覚醒し、自らの凍気でこの氷壁を破壊することしかない」

「でも、どうやって。。」

「私の、そしてカミュの小宇宙を感じるのだ。そして、己の内に気を集中させ、奥底に眠る小宇宙に呼び掛けるのだ、目覚めよと」

「そんな。。でも、やるしかないのね。私の内に眠る小宇宙。。」

 

ほむらは静かに集中を高める。2人の氷の小宇宙は身近に感じる。2人の小宇宙が自らの感覚と溶け合い、浸透していくのがわかる。

しかし、自らのどこを探しても、小宇宙らしきものには行き着かない。

そうこうしているうちに、フリージング・シールドの凍気が体に刺さり始める。

皮膚から皮下へ、そして筋肉へ。

いかにある程度の耐性を有しているとはいえ、直に氷と触れていればさすがにただではすまない。体の末梢から次第に感覚が消え始めているのがわかる。

このままでは、体の芯まで凍気に侵される。

 

こんなところで果てるわけにはいかない。

遠のき始める意識の中で、自らに溶け合っている2人の小宇宙を追う。

まどか。その姿が2人の小宇宙の先に浮かぶ。

自らが何に代えても守ろうとする存在。

しかしそこにも凍気が至りつつあるのか、次第に薄まりつつあるまどかの影。

 

待って。消えないで。

必死に手を伸ばす。

伸ばした手がまどかの影に届く。

感覚はない。でもこの手に掴んだまどかを離すわけにはいかない。

無意識のうちに力の入る手。

 

やがて、まどかの影があったあたりから光が満ち始める。太陽とも月とも違う光。

暖かい。なんだろう、この感覚は。

 

「。。暁美ほむらよ。。」

「あなたは、誰?」

 

伸ばした手の先のほうから、穏やかな声が響く。

 

「クールであろうとしても守るべき者を想うと血が沸き立つのを抑えられぬ様、己が内に凍気を宿した者の宿命なのかも知れぬな」

 

声のするあたりは、まるでさざ波が立っているかのような波紋が広がっている。シベリアの大地を覆う凍てついたブリザードのような波紋。

 

「先の水瓶座もずいぶんと思い切ったことをするものだ。守るべき者へ必死で手を伸ばすそなたの様を見せつけられて、何もせぬわけにはゆくまい。私は自らの全てを氷河に伝え、すでにこの世を去った身。とはいえ、微力ながら背中を押す程度はできよう。。」

 

 

ブリザードはほむらを包み込んでいる。凍てつく空気のはずなのに、不思議と暖かく感じられる。

やがてブリザードの氷片は一粒一粒が輝きだす。氷の結晶から、まるで夜空の星のように。

ブリザードは無数の星屑へと姿を変える。無数に集まるそれは、まるで銀河。

銀河のイメージが感覚を満たし、横溢するそれはほむらの全身へ、さらに外へと広がっていく。

 

「。。これは。。」

デジェルとムウは、ほむらの様子を無言で見つめている。

 

フリージング・シールドの厚い氷が軋むかすかな音が聞こえる。

やがて、小さなヒビが現れ、瞬く間にそれは拡がっていく。

ヒビからは光が漏れ始め、さらには凍てつくような凍気があふれ出す。

激しい音とともに、ついに氷は粉々に砕け散った。

 

 

ほむらは何が起こったのか理解できず、茫然と立ち尽くしている。

 

「今のが、小宇宙。。?」

「そうだ。ほむら、君は確かに自ら小宇宙を燃やし、フリージング・シールドの氷を砕いたのだ。さぁ、次だ」

 

デジェルはすかさず身構える。その構えは、ほむらが何度も目にしてきた彼の技。

 

「ダイヤモンド・ダスト」

 

デジェルから放たれる凍気の渦。

逃げようがないのはわかっている。しかし避けなければ。

 

「。。うそ」

 

ほむらは何事もなかったかのように立っている。

 

避けられた。

あり得ないほどの速度で、ほむらの体は反応し、凍気の渦を回避したのだ。

 

ムウは、あり得ないものを見たかのように、目を丸くしている。

 

「その調子だ。よし、畳みかけるぞ」

立て続けに連射されるダイヤモンド・ダスト。

それをほむらは見事に避けきって見せる。

 

「これが、小宇宙の力?」

「そうだ。その様子だとまだ自分ではコントロールできていないようだが、君は確実に小宇宙に覚醒しつつあるのだ。では次だ。私に攻撃をヒットさせてみろ」

 

 

そんなことが出来るのか?でもやるしかない。

とにかく身を躍らせると、ほむらは拳を繰り出してみる。

魔法少女として、そんな戦い方はしたことがないけれど、今はそれしかないのだ。

 

デジェルは巧みにほむらの繰り出す拳をかわしている。

当てたい。頭に血が上り、思わず拳に力が入る。

 

「落ち着け。拳ではなく、自らの精神を研ぎ澄ませ、小宇宙を高めるんだ」

 

デジェルの声に気が付くと、言われたとおりほむらは自らの内の小宇宙に精神を集める。

次第に体が軽くなるのを感じる。

当てづっぽうに放っていた拳は次第に精度を高めていき、ついにはデジェルの聖衣をわずかにかすり始めた。

 

「いいそ、その調子だ。だが、まだ足りぬ。」

 

デジェルは再びダイヤモンド・ダストを放つ。

今後のそれは確実にほむらを捉える。氷の渦に包み込まれていく、ほむら。

 

「どうした?このままではいかが君でも何も出来ぬまま凍り付くぞ」

「どうした、って言われても。いったいどうすればいいの?。。。  え?」

 

まるで何者かに操られているかのように、体が勝手に動き出す。

 

「小宇宙を拳に集めるのだ。このように。。」

先ほどの声が再びほむらの内から響く。

 

右腕がゆっくりと前に突き出され、小宇宙が腕先に収束していく。

そうか、凍気をデジェルのダイヤモンド・ダストのように打ち出すことができれば。

 

突き出した拳で凍気を打ち出す様をイメージする。

やがて、拳に集まった凍気はまるで銃身のような形に収束しはじめる。

大口径の銃。これまでの戦いで銃火器を扱ってきたからか。

銃口からは輝く凍気が横溢していく。

これなら、やれる。

 

「っ!」

 

引き金を引くイメージとともに、凍気が放たれる。

 

ダイヤモンド・ダストとは違い、まるで銃弾のように細く鋭い軌跡を描く凍気。

ダイヤモンド・ダストの凍気を切り裂き、凍気の弾丸はデジェルに一直線に向かっている。

 

「(いかんっ)」

 

フリージング・シールドを前面に展開するとともに、デジェルは宙へ身を躍らせる。

弾丸がヒットしたシールドはしばらく持ちこたえていたものの、やがて弾丸によってうち抜かれ、粉々に砕け散った。

貫通した弾丸はそのまま宝瓶宮の壁に当たり、それを打ち砕くと宮の外へと突き抜けていった。

 

 

「これほど、とはな」

辛くも弾丸をかわしたデジェルは、そのままほむらの側に降り立つ。

いきなりの実戦。消耗が激しいのか、ほむらは息も絶え絶えにうずくまっている。

遠目にも、ほむらのソウルジェムは濁っている。デジェルは懐からグリーフシードを取り出すと、ほむらのソウルジェムを浄化する。

 

「あ。。ありが。。とう。。」

ほむらの口から素直にお礼の言葉が出てくるとは、果たしていつ以来だろう。

 

 

「とりあえずは、合格だな。あとは訓練と実戦で磨いていくことで、より的確に小宇宙を使いこなせるようになるだろう」

「そうね、これならあの魔女を越えた後も戦え。。魔女との戦いもこれで少しは楽になるかしら」

 

少し回復したのか、立ち上がると変身を解くほむら。

 

「それじゃ、慌ただしいけれど日本に戻らないと。こうしてる間にも魔女やインキュベーターは活動を続けているんだし」

 

 

さっそく歩き始めるほむらだが、ムウが呼び止める。

 

「ほむらさん、少しだけお時間よろしいですか? あなたのソウルジェムを見せて欲しいのです」

 

黄金聖闘士なら危険はないだろう。立ち止まると、ほむらはソウルジェムをムウに手渡す。

 

「なるほど。インキュベーターは魂をソウルジェム化することでより安全に戦えるようになると言っているそうですが、こうもむき出しの状態なら砕くのはさほど難しくはありませんね」

「確かにそうね。ソウルジェムを狙われれば、魔法少女はそれまで。でも、それがどうしたのかしら?」

 

ほむらの脳裏に、過去のループでの出来事がよぎる。

魔法少女の宿命を悲観した巴マミが、取り乱しつつも冷静に佐倉杏子のソウルジェムを撃ち抜き、鹿目まどかがマミのソウルジェムを撃ち抜いた、あの時。

そして、魔女になってしまう宿命にあったまどかのソウルジェムをほむらが撃ち抜いた、あの時。

 

「私からの餞別、とでもいいましょうか? ほむらさんにとって悪くないプレゼントを考えているのです。ちょっと時間はかかりますが」

「それはソウルジェムを守る何か、ということでいいのかしら? 魔法少女にとってソウルジェムは致命的な弱点だから、リスクが少しでも下がるのであればありがたいわね」

 

「そうか、私たちの聖域でシオンが担っていた聖衣の修復、こちらではそなたが担当しているのであったな? 小宇宙に覚醒しても、ほむらたちには聖衣が無い。代わりに身を守る何かがあればたいへん心強いことだ」

ムウとほむらのやりとりを見ていたデジェルが言葉を繋ぐ。

 

「ところで、ほむらだけでなくほかの魔法少女の分も頼むことはできるだろうか?」

「えぇ、手間はかかりますが、数個程度であれば問題はないかと。いくつ要りようなのですか?」

「そうだな、ほむらと巴マミ、それと美樹さやか。今のところ3人か」

「。。ええと、それなら5つお願いすることはできるかしら?」

「5つ? 他にも魔法少女が居るということか?」

「えぇ、そのうちわかるわ」

「ならば5つということで。思ったよりも人使いが荒いのですね。よろしいでしょう。準備しておきましょう」

「時間がかかると言っていたけれど、実際のところどれくらい。。そうね、あと18日くらいでなんとかなりそうなのかしら?」

「それだけあれば十分大丈夫です。楽しみに待っていてくださいね」

 

ほむらたちは再び聖域の入り口に戻ると、ムウの手により日本へとテレポートしていった。

 

聖域は再び静寂に包まれる。

 

「あと18日、ですか。あの少女、まだまだ隠していることがありそうですね。。」

まもなく聖戦の舞台となるであろう聖域を見やりながら、ムウは呟いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。