神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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近づく別れ

まどかは、学校から帰ってきて、家の庭で彼女の弟、たつやと遊んでいた。

 

「まどか、ちょっといいかしら?」

 

いきなり話しかけられ辺りを見回す、まどか。

ちょうどたつやの視線から隠れられる角度にある、街路樹の陰にほむらが立っていた。

ちょっと待っててね? とたつやに声をかけ、まどかはほむらのところに駆け寄る。

 

「え、ほむらちゃん、いいけど急にどうしたの?」

 

そんなまどかの指をほむらはさりげなく確認する。魔法少女の証である指輪はまだない。まどかはまだキュウべぇと契約してはいないようだ。

 

「たまたま近くに来ただけ。いい?まどか。あなた、自分の人生が、存在が自分だけのものなんて思っていないわね?」

「へっ? あ、うん。。」

「まどかには温かい家族や友達が居る。今の幸せは、まどかが今のまどかだからこそここにあるの。みんなを悲しませたくなかったら、決してキュウべぇの誘いに乗ってはダメよ。」

 

まどかはたつやの方を振り返る。確かに、魔法少女になったら、魔女との戦いで命を落としてしまうかもしれない。もしそうなったら、大事な人たちを悲しませることになるのかもしれない。

 

「うん、何にも出来ないわたしだけど、魔女との戦いで死んじゃったりしたら、みんな悲しいのかなぁ。。」

「それをわかってくれるなら、いいわ。決して、他の誰かのために自分を粗末にしないでね」

 

そう言い残すと、ほむらは去っていった。

 

 

 

「(ほむらちゃん、いきなりどうしたんだろう。。?)」

 

再びたつやと遊び始めたまどかだったが、誰かからまた話しかけられる。

 

「鹿目さん、ちょっといいかしら?」

 

振り返ると、さきほどほむらが居た場所にまた誰かが居る。

 

「マミさん、こんにちは!」

彼女らしいあどけない笑顔で返事をする、まどか。

 

「あ。。うん、今日はパトロールの予定はなかったけど、たまたま近くまで来たからちょっと寄ってみたの。元気そうで、なによりだわ」

 

そう言いつつ巴マミも、さりげなくまどかを観察する。指輪はまだない。マミは心の中でそっと胸をなでおろす。

 

両親を事故で失って以来、巴マミは一人で生きてきた。

どんなに自分をごまかそうとしても、寂しさはふとしたきっかけを見つけて心に忍び込んでくる。

楽しそうに家庭の話をする友人。街で見かける幸せそうな家族連れ。

そして、ここにもまたありふれているようでかけがえのない幸せな家庭がある。

マミにとって眩しすぎるこの空間もまた、まどかが魔法少女になってしまうことで、そして魔法少女が逃れることのできない運命を彼女もたどることで、いとも簡単に壊れてしまうことだろう。

絶対にまどかを魔法少女にさせてはならない。

 

 

「鹿目さん、楽しく遊んでいるところ悪いんだけど、ちょっと相談したいことがあって。お時間いいかしら?」

「(なんだろう?内緒の話ならテレパシー使えばいいと思うんだけど、何か理由があるのかなぁ)いいですよ、ちょっと待っててください)」

 

まどかはたつやを家の中へ連れていく。家の奥から聞こえてくる、優しそうな男性の声。まどかの父親だろうか? 数分ほどでまどかは再び出てきた。

あまり人気のない場所を探して、まどかと巴マミは川沿いの小道にやってきた。

 

 

「マミさん、話ってなんですか?」

 

少し不安げなマミの様子が気にかかるのか、敢えて笑顔で、まどかが話しかける。

 

「もうすぐ晩御飯の時間でしょう? だから、手短に話すわね。まず一つ目。美樹さんがキュウべぇと契約して、魔法少女になってしまったの」

「えっ? さやかちゃんが、ですか? そんな様子はまだなかったのに、どうして。。」

 

まどかもまた、さやかの突然の契約に戸惑っているようだ。

 

「私も、いきなりのことでまだ気持ちの整理がついていないの。私が魔女探しに誘ったりしなければ、こんなことには。。。」

「いいえ、マミさんは悪くないです。。って、マミさん、どうしたんですか? 前は、ちゃんと考えたうえで決断してねって言っていたのに。。」

 

確かに、以前の巴マミは、キュウべぇと契約すること、そして何を願うのかについてじっくり時間をかけて考えてから決断するようにと言っていた。契約を急ぐキュウべぇや、魔法少女になることについてまどかより積極的だったさやかを制止していてはいたものの、契約すること自体にはあまり否定的ではなかったはずなのだ。なのに、今日のマミは、さやかの契約に少なからず動揺しているようだ。

 

「うん。。それが話したかったもう一つのことなの。今はまだ理由は言えないけれど。。鹿目さん、絶対にキュウべぇの誘いにのってはダメよ」

「えっ? ほんと、何があったんですか? 魔法少女になれたら、ずっと一人で戦ってたマミさんと、一緒に魔法少女として戦えるのかな~って思ってたのに。まだ願いは決まってないし、魔女と戦って死んじゃったりしたらって怖いのはありますけど。。」

 

まどかのその言葉に、明らかに動揺するマミ。

魔法少女になったことで学校のクラスに溶け込むこともできず、魔法少女の仲間もいない。ずっと孤独感を抱えたまま、魔女と戦う恐怖に内心泣きそうになりながら一人で戦ってきたマミにとって、まどかの言葉は何よりもうれしかった。まどかたちと一緒に戦うことが出来たらどんなにかよいことだろう? 同じ魔法少女として悩みも楽しみも恐怖も共有して一緒に歩むことのできる仲間、友人、パートナー。ついつい、決意が揺らぎそうになるが、心を奮い立たせてマミは続ける。

 

「魔法少女になってしまったら、単に魔女と戦う宿命を負うだけではない、もっと取返しのつかないことになってしまうの。もし知ってたら、魔法少女になんて。。」

「取り返しのつかないことって。。もしよかったら、どうなってしまうのか教えて欲しいです!」

「ううん、今はまだ話さないほうがいいと思うの。もし万が一にでも、美樹さんに知られてしまったら、きっとあの子はその事実に耐えられるかどうか。。」

「そんな。。それじゃ、さやかちゃんはいったいどうなっちゃうんですか?」

 

さやかのことが心配なまどかは食い下がる。

 

「私もはっきりこうなるとは言い切れないのだけれど、希望が無くなったわけでもないわ。もしかしたら悲惨な結末を迎える前に救えるかもしれないの。鹿目さん、あなたは絶対に。。キュウべぇはあの手この手を使ってくると思うけど、絶対に負けないでね」

「わかりました。キュウべぇは今日も来てたけど、大丈夫です。わたし、どんなに誘われても契約したりしないように頑張ります。ほむらちゃんにも言われたし」

 

まどかの様子を見て安心したのか、緊張でこわばっていたマミの表情が少しゆるむ。

なおも何か話しかけようとするマミだったが、ちょうどそのタイミングで携帯が鳴りだした。

 

「ちょっとごめんなさいね」

 

電話をとると、相手と何か話しているマミ。どうやら電話をかけてきたのはミーメのようだ。どこかに呼び出されているらしい。

 

「私はこれからまたミーメさん達のところに行ってくるけど、もしなにかあったらすぐに連絡してね」

 

そう言って駆けだしたマミ。だが、何かを思い出したかのように立ち止まる。

 

 

「鹿目さん。。あなたの家族、とっても素敵な人たちね。みんな、あなたのことを大切に思ってくれていると思うの。あなたも、あの人たちのこと、これからも大事にしてあげてね」

 

改めて念を押すと、マミは立ち去って行った。

 

 

 

 

指定されたホテルの部屋に着くと、そこには城戸沙織とサーシャをはじめ、先ほどの結界に居た顔ぶれが勢ぞろいしていた。

 

「先ほどは慌ただしく立ち去ってしまいましたが、どうしてもほむらさんとマミさんに伝えておきたいことがあったのです」

 

おそらくまたショックを受けるであろうマミを気遣いつつ、サーシャは語り始める。

 

サーシャやテンマ、ハクレイやデジェルが243年前の聖域からこの時代にやってきた、過去のアテナや聖闘士であること。

聖域が神闘士たちを支援するようになった経緯。

そして、さきほどの結界で彼らが何をしようとしていたのか。

 

「アテナの杖と盾で魂を包む呪いを浄化できることはわかりました。ただ、私の感触では必ずしもアテナの力がなくとも、清浄な小宇宙であれば浄化を果たせるように思えるのです。そして魂から消耗してしまった何かを補うことが出来れば、魔女と化した後でも魔法少女に戻すことが出来る、私はそう確信しています」

 

魔法少女の魔女化。改めてそれを事実として突きつけられ、ショックではなかったと言えば嘘になる。

だからこそ、条件さえそろえば魔法少女に戻れるかもしれないなら、その可能性に賭けてみたい。

マミはサーシャの説明を真剣に聞いている。

 

ほむらもまた、黙って話を聞いている。

以前のほむらなら、聖域が差し伸べた手を拒み、独り戦い続けただろう。

そんな彼女を変えたのは、サーシャとデジェルとの出会いだった。

ほむらにとって、約束が何より大事な心の支えであることに気づき、独り戦い続けるほむらに寄り添ってくれたサーシャ。

そして、同じくほむらの思いを理解して共に戦い、固く凍り付いていたほむらの心を融かしてくれたデジェル。

出会ってからまだ数日しか経っていないのに、二人の存在はほむらにとって大きなものになっていた。

 

「ハーデスとの聖戦が迫っているので、私とデジェル、テンマとハクレイは、一両日中に243年前の聖域に戻らなければなりません」

 

そうか、もう間もなく、デジェルとの別れが来るのだ。

覚悟はしていたが、これが恐らく永遠の別れになるのだろう。

無数に繰り返した1ヵ月の中で、自分以外の誰かを頼りにしたのは、いつ以来だろう?

悲しさとも寂しさとも違う、体験したことのない不思議な感情が、ほむらの心に流れ込んでくる。

 

「もちろん代わりの聖闘士たちがこちらの時代に来ます。ほむらさん、マミさん、私たちが戻ったあとは、彼らを導いてあげてくださいね。あなたたちなら安心して任せられます。」

 

正直、なぜ聖域がこれほど魔法少女を支援してくれるのか、マミにはわからない。

ただ、サーシャの声を聞いていると、少しづつ心が癒されていくのがわかる。女神らしく威厳と包容力に満ちていて、それでいて普通の人間のように温かい声。

サーシャに頼られた嬉しさからなのだろうか、体の中から、不思議な力が湧いてくるのが感じられる。

聖域の目的がなんであっても、サーシャなら信じられる。この人たちとなら、魔法少女の運命を変えられるのかも知れない。

 

 

気が付けば、外はすっかり暗くなっている。

 

「ごめんなさい、すっかり話し込んでしまいました。お二人なら大丈夫とは思いますけど、念のため誰かついていったほうがいいのかもしれません。誰がよいかしら。。」

 

サーシャは聖闘士や神闘士たちを見回しつつ、ミーメに一瞬だが視線を送る。それを見て何かを察したのか、ミーメが前に出る。

「ならば、マミには私たちが同行しましょう、それでよいな? ジークフリート」

 

有無を言わさず話を進めるミーメ。何が何だかわからずとりあえず同意するジークフリート。我が意を得たりと少しニヤニヤしながらそれを眺めているハクレイ。

 

その様子を見てニッコリしながら、サーシャは話を進める。

 

「ありがとうございます。それでは、ほむらさんには。。 デジェル、お願いしてもよろしいですか?」

「はっ!うけたまわりました」

 

一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに神妙な表情でデジェルは膝をつく。

 

ほむらは、困惑するでもなくなんとも形容しがたい不思議な表情をしている。

 

 

マミと神闘士たち、ほむらとデジェルはサーシャの部屋を発ち、それぞれ見滝原の街へ去っていった。

 


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