神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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運命の分岐点

見滝原の中心街にある病院。

魔女の結界が出現したのは、とある病室の中だった。

 

「こんなに目立つ場所に現れるとは。結界に身を隠しているとはいえ、大胆不敵にも程がある。よほど強力な魔女なのか? それともここでなければいけない理由があるのか?」

 

ジークフリートが呟く。

幸い、病室とその周辺には誰も居ないようだ。

3人は気配を殺して結界に足を踏み入れると、中の様子を探る。

 

渦巻模様が特徴的な小さな使い魔が結界内をうろついているが、数はそれほど多くない。

結界の中は、ケーキや飴、チョコレートなど無数のお菓子で埋め尽くされている。

奥の方には魔女らしき気配がある。かなり強力そうだが、1体だけのようだ。

 

 

「あら。巴マミ、あなたもここの魔女に気が付いたのね」

 

一同がその声に振り返ると、一人の魔法少女が結界の入り口からゆっくりと現れた。

暁美ほむら。声は落ち着いているが、その表情は険しい。

 

「むしろ気づかないほうがおかしいんじゃなくて。もしかして魔女の横取りでも狙っているのかしら?」

自分に対してやけにつっかかってくるこの魔法少女に対して、巴マミもまた淡々と、しかし攻撃的な口調で答える。

 

「結果的にはそうなるかもね。ここの魔女はあなたとは相性が良くない。悪いことは言わないから、この魔女は避けたほうがいいわよ。私だって魔法少女が倒れるところは見たくない」

「あら、意外なことを言うのね。もしかして心配してくれてるのかしら。ここで引くことはできないの」

2人の間には張り詰めた空気が漂っている。

 

「巴マミ、いくら経験豊富でも、ここの魔女はやめたほうがいい。あなた、死ぬわよ」

「ずいぶんと詳しいのね。まるで、ここの魔女と戦ったことがあるみたい。確かに、そうならないとは限らない。見滝原の魔女はここ最近強くなっているし、何よりあなたがそう言い切るからには何か根拠があるのでしょう?」

「。。。」

 

「言えないのね。それならそれでいいわ。私はしなければいけないことをするだけ」

マミはほむらに背を向けると、結界の深部に向かってゆっくりと歩きだす。

 

「巴。。さ。。」

歩き去ろうとするマミを呼び止めるかのように声をかける、ほむら。

普段のほむらからは想像できない蚊の鳴くようなか細い声だったが、それに気づいたのか数歩進んだところで再び歩みを止めるマミ。

 

「魔女にむざむざやられるつもりで戦うわけではないけれど、力が及ばなかったり、運に見放されることはあるかも知れないわね。もし私が倒れるようなことがあったら、そのあとは暁美さん、よろしくね。なんとなくだけど、ここの魔女も、鹿目さんたちのことも。あなたになら安心して任せられるような気がするの。。」

ほむらに背を向けたまま語り終えると、マミはそのまま結界の奥へと歩き去っていった。

 

 

 

結界の最深部には、まるで人形のような小さな魔女が控えていた。

おどろおどろしさはない。妖精と言われればそう見えてしまうような、かわいらしい魔女。

マミが来たことには気づいているようだが、迎え撃つような仕草は見せていない。

ただ、じっとマミのほうを見つめている。

マミもまた、慎重に魔女の様子を伺っている。

 

「ずいぶんと小さな魔女なのね。。」。

強力な魔女にはとても見えないが、もしかするとなにかとてつもない力を秘めているのかもしれない。

不意な反撃に備えながら、マミはマスケット銃で攻撃を始める。

小さい弾とはいえ、小さな魔女にとっては強力な攻撃には違いない。

弾が当たるたび、弾き飛ばされ、突き上げられ、魔女は無抵抗で一方的に打ちのめされている。

 

「おかしいわね。あなたから感じる魔力は相当なものなのに。でも、いくら無抵抗だからって、あなたが魔女である以上、情けをかけるわけにはいかなくてよ」

マミは攻撃の手をゆるめない。

すでに相当な数の弾丸を受けて満身創痍なはずの魔女。しかし、見た目には深いダメージを受けているようには見えない。

ほぼ無傷なままただひたすら攻撃を受け続けている、いや、受け流している様子には、不気味さすら漂う。

 

「そう。この程度の攻撃では決着はつけられないということなのね。なら、一気にとどめを刺させてもらおうかしら」

魔女を高く放り投げると、マミは大砲のような巨大な銃を出現させる。

これまで数えきれないほど放ってきた、そして魔女との戦いに必ずと言っていいほど決着をつけてきた大技。

慎重に狙いを定めると、マミは引き金に指をかける。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

凄まじい轟音とともに、巨大な弾丸が放たれる。

結界に充満するまがまがしい魔力を切り裂き魔女へと突き進んだそれは、命中するやいなやリボンへと姿を変える。

リボンは魔女の胴体に巻き付くと、音を立てて締め上げていく。それとともに、まるで風船のように大きく膨れ上がる魔女の顔。

このままいけば、魔女はあと数秒のうちに破裂し絶命するだろう。

マミも、神闘士たちも、無言のまま魔女を見つめている。

 

 

だが、次の瞬間思いがけないことが起きた。

膨れ上がった魔女の口から、蛇のような形をした巨大な何かが現れたのだ。

体の模様はカラフルでかわいらしさすらあるが、大きな口には鋭い牙が無数に並んでいる。

体から放たれる魔力は、強烈で禍々しい。これこそが、魔女の本当の正体だったのだ。

 

眼下に見える魔法少女、つい先ほど自分にとどめを刺そうとした彼女を獲物とみなしたのか、魔女は不敵な笑みを浮かべながらマミを見つめている。

あっけにとられているマミ。あまりに予想外のことが起きたからか、その場から逃げることも出来ず魔女をぼーっと見つめている。

魔女はそんな彼女にあっという間に近づくと、大きな口を開けて襲い掛かる。

 

瞬きする間も、叫び声をあげる間もない一瞬の出来事だった。

魔女はマミに噛みつき、そのまま噛みちぎってしまった。

 

あまりに呆気ない、一人の魔法少女の最後。

「。。まさか、こんなことが。。」

茫然と魔女を見つめているミーメ。

言葉を失っているジークフリート。

一方、まるでこうなることがわかっていたかのように、ほむらは無表情で魔女を見ている。

 

 

いかにも貪欲そうなあの魔女が、次はこちらへ狙いを定め襲い掛かってくることは間違いないだろう。

 

しかし、魔女は動かない。

何かを噛むように口を動かしつつ、納得のいかないような表情をして、さきほどまでマミが居た場所を、そしてその周りを何か探すかのようにキョロキョロしている。

 

 

「どうやらお気に召さなかったようね。味付けが口に合わなかったのかしら?」

 

静まり返った結界の中に、聞き覚えのある声が響く。

いったいどこから声がしたのか、

あたりを見回す、魔女、神闘士たち、そしてほむら。

しかし、いくら探しても声の主は見つからない。

やはり気のせいだったのかと思いかけたその時だった。

 

魔女の頭上から、凄まじい数の銃弾が降り注いできたのだ。

数百発、いや、数千発?

先ほどまでとは数も威力もけた違いに違う、凄まじい弾幕。

一瞬のうちに無数の弾丸を浴び、魔女は姿勢を崩し倒れこむ。

その脇に音もなく舞い降りた、見慣れた人影。

 

「マミ!無事だったのか!」

「ミーメさん、ありがとう。私はこの通りなんともないわ。あなたと戦った経験、さっそく生かすことが出来たみたい」

「経験。。そうか、さきほど魔女が襲ったのは。。」

「そう。あれは私に似せてリボンで編み上げた操り人形。ミーメさんみたいに幻影を生み出すことはできないけど、私なりの方法でやらせてもらったの」

「私たちでさえ気づかなかったのだ、魔女もまんまと騙されたというわけか。」

 

魔女もようやく声の主に気が付いたのか、再び起き上がると猛然とマミに襲い掛かる。全身に弾丸を浴びているにも関わらず、その動きには衰えが感じられない。どれほど強力な魔女なのか。

マスケット銃で雨のように弾丸を浴びせかけるマミだが、それらも魔女に大したダメージは与えていないようだ。

なぜなのか? 放った弾の行方を追ったマミが目にしたのは意外な光景だった。

弾丸の多くは、魔女の体に当たっても、そのまま跳ね返されている。マスケット銃の弾では、まるでゴムのような弾力を持つ厚い皮膚を貫くことができないのだ。

 

どうすればこの魔女に決定的なダメージを与えて沈黙させることができるのか?

どこかに弱点はないのか?

 

攻撃をいなしつつそれを探していたマミの視線が、魔女の体の一部に止まる。

 

巨大な口。その魔女の恐ろしさが集約されたようなその部分には、当然ながら厚い皮膚はない。

ここから魔女の体内へ攻撃を届かせ、体内から魔女を破壊すれば、大きなダメージを与えられるかもしれない。

ただ、小さな弾丸では破壊力が足りない。巨大な弾丸ではどうしても速度が遅くなるし、歯や口で引っかかって奥まで届かない可能性もある。

どうすれば。。

 

「どうした、マミ! 避けているばかりでは埒があかないぞ!」

ジークフリートの声に、思わず彼のほうを向く、マミ。

 

「そうだわっ!」

 

マミの頭には、彼のある技が思い浮かぶ。

 

ドラゴン・ブレーヴェストブリザード。

彼の拳から放たれる、強大なエネルギー波を思わせる強力な拳。

あのような技ならば、途中の障害物を薙ぎ払いつつ、魔女の体内に到達するだろう。

 

イメージは出来た。あとはそれを形にすればいい。

でも、どうすれば。

彼らがしているように、自分も小宇宙を高めればよいのか?

彼女の中に、つい先ほど、ミーメと手合わせした時の記憶がうっすらとよみがえる。

自分の中に眠っていた何かが目覚めた時、自分でも信じられない強大な力が内から湧き上がってきた。

あの力があればもしかすると。。

 

「私の中の宇宙、お願い。もう一度目覚めて。私に力を貸して」

 

魔女から少し距離を取ると、マミは静かに気を研ぎ澄ませる。

すると、ミーメとの戦いのときのように、マミのソウルジェムが金色に輝きだした。

だが、ミーメと手合わせした時とは違い、光はそれ以上強くならない。力が沸き上がってくることもない。

 

「どうして? なぜ今度はダメなの?」

 

頑張って精神を集中するが、状況は変わらない。

焦れば焦るほど、集中は乱れていく。

どうしても好転しない状況。

やはり自分ではダメなのか。

 

そんな心の折れかけた彼女の脳内へ、どこからか声が響いてくる。

 

「お前はただ強くなりたいのか? 誰かの力になるため、守りぬくための力が欲しいのか?」

 

「誰? 私に呼び掛けてくるのは?」

 

初めて聞く見知らぬ男性の低い声に、マミはあたりを見回す。

ジークフリートでも、ミーメでも、そこには居ない聖闘士たちでもない。

力強く雄々しく、それでいて優しい声。

 

「自分自身のためではなく、誰かを守りたい、誰かの力になりたいという望みに応えて燃え上がるのが、お前の小宇宙なのだ。だからこそ、私も力を貸すことができる。巴マミよ、ふるいたい力ではなく、守りたい誰かをイメージするのだ。。」

 

「わかったわ。どこの誰かは知らないけれど、確かにその通りかもしれない。。ありがとう」

 

巴マミは、静かに想いを向ける。鹿目まどか、美樹さやか、クラスメイトや見滝原の人々。

彼らの姿が、声が、巴マミと綴った思い出が溶け合って、一つのイメージを作り上げていく。

現れたのは、無数の星々からなる小宇宙。やがてそれらの星々は一つの星へと集約されていく。

それとともに、光を失いかけていたソウルジェムが、再び輝きだす。

光は次第に強くなり、やがてマミの全身はソウルジェムから放たれる金色の光に包まれていく。

聖闘士や神闘士たちに勝るとも劣らない強大な小宇宙。マミの中で厚く燃え上がっていく小宇宙は凄まじい闘気となって周囲にあふれ出している。

 

対峙していた魔法少女の只ならぬ様子に危機感を覚えたのか、今度こそマミを噛み砕こうと襲い掛かる魔女。

だが、全ては手遅れだった。

静かに右腕を突き上げたマミ。腕先には、全身を包んでいた光が集まり、まばゆいほどに輝いている。次いで、輝く右腕をいったん後ろへと引き、そこから魔女に向かって突き出す。右手にはいつの間にか大きな銃が握られている。まるで神造兵装のような美しく神秘的な意匠の施されたそれは、これまでマミが手にしていたどの銃とも違う神々しいオーラに包まれている。右腕を包んでいた光は、瞬く間にその銃へと集まっていく。

 

「もういいのよ。私の手で終わらせてあげる。。。ティロ・フィナーレ・エーラクレッ!」

 

マミが引き金を引くと同時に、美しい銃が火を噴く。放たれたのは、銃弾や砲弾というよりは、まるでペガサス星矢の彗星拳やジークフリートのドラゴン・ブレーヴェストブリザードを思わせるような、マミの小宇宙を集めた猛烈な光条だった。

慌てて回避しようとした魔女だったが、その光は渦となって魔女に襲い掛かり、大きな口から体内へと飛び込んでいった。

あたりを包む一瞬の静寂。だがそれは、すぐに破られた。魔女の体を突き破るように無数の光条が放たれ始めると、凄まじい爆音とともに、魔女の胴体は爆発四散していった。

 

体を砕かれ、頭部だけがかろうじて原型をとどめている魔女は、力なく結界の底に落ち、そのまま横たわっている。

魔女の側に再び降り立つと、マミは銃を構える。まだ息のある魔女にとどめを刺すために。

 

 

 

「待ってください!」

 

不気味な結界に響き渡る女性の場違いな声に、マミは思わず銃を下す。

声のしたほうに視線を向けると、聖衣に身を固めた四人の男性を従え、二人の少女が近づいてくる。

なんと美しく神々しい少女たちだろう。戦いがまだ続いていることも忘れ、マミは彼女たちを見つめている。

 

「アテナ。こんな危険なところに来たら、聖闘士たちが心配しましょうに。デジェル、テンマ。星矢、そしてハクレイ殿、あなたたちが居ながらなぜこのような。」

「我々もお止めはしたのだが、お聞き届けなさらなかったのだ」

ジークフリートとハクレイは、半ばあきれ果てたような表情で言葉を交わしている。

 

アテナ? マミもその名がギリシャ神話の女神のものであることは知っている。

聖闘士たちはアテナとともに地上の愛と平和のために戦うのだと、神闘士たちは言っていた。

ということは、あの2人が聖闘士たちを束ねる女神なのか?

 

そういえば、アテナに従う4人の中には、見知った顔がいる。

先日、3体の魔女と戦った時に、マミやまどか、さやかの危機を救ってくれた黄金聖闘士。

 

「あなたは。。デジェルさん、ですよね。先日は助けていただいてありがとうございました。そちらの方々は?」

「こちらのお二人こそ、私たち聖闘士が仕える女神、アテナだ。なぜ二人なのかはややこしいからまたあとで説明しよう。こちらはハクレイ殿。教皇を補佐する祭壇座の白銀聖闘士だ。こちらの二人はペガサス座の青銅聖闘士。。」

「星矢さんとテンマさん、ですよね。あの結界ではありがとうございました。ペガサスがお二人なのも、アテナさまがお二人なのと同じ理由、ということですよね」

「お察しが速くて助かります。あなたが巴マミさんですね。はじめまして。あなたの戦いを止めてしまったこと、お詫びさせていただきますね。私たちは。。」

「私のことはどうかお気になさらないでください。それよりも、お急ぎなのですよね。。お二人の暖かな小宇宙を感じていると、これから起きることはきっと"この子"にとってよいことなんだろうなぁって思えるんです」

「驚きました。マミさん、あなた、小宇宙を感じることができるんですね。。わかりました。。では、ハクレイ、さっそくですがお願いします」

 

アテナことサーシャに促されたハクレイは、無言で巴マミのほうに視線を向けたが、彼女の表情に何かを察するとおもむろに居住まいをただす。

「よろしいですな? では。。」

 

ハクレイは右腕を上げ、魔女に向かって指を突き出すと静かに小宇宙を高めていく。

 

「積尸気 冥界波!」

 

ハクレイの指先から、青白い光が無数に放たれる。それらはまるで人魂のように空中を舞うと、次々に魔女に突き刺さっていく。青白い燐気に包まれ淡く光り出した、魔女の体。

やがて、魔女からは真っ黒い何かが引き出されてきた。

すでに同様の光景を見たことのある神闘士たち、アテナとハクレイが何をしようとしているのか知っているデジェルとテンマ、星矢はは冷静に事の成り行きを眺めているが、暁美ほむらと巴マミは何が起きているのかわからず茫然としている。

 

「よほど呪いを溜め込んだのか、時が経ち消耗が進んでいるのか。呪いの鎧に包まれた魂の気配はもうごくわずかですが、いかがなされますかな?アテナさま」

「えぇ。少しでも可能性があるのならば。サーシャ、いきますよ」

 

もう一人のアテナ、城戸沙織は円い盾を、サーシャは金の杖を手にしている。二人はそれを、魔女から引き出された黒い物体に向かって静かにかざす。

杖と盾から放たれる金色の光。それは黒い何かを包んでいく。しばらくすると、物体を包んでいる黒い塵のようなものは、光に溶け込むかのように物体から剥がれ落ち、消えていった。

黒い物体は次第に小さくなるとともに、黒から灰色へ、灰色から青白い人魂のような色へと姿を変えていく。

 

「アテナさま、そろそろよろしいかと。では、少し離れていただけますかな」

 

アテナたちが物体から離れたのを確認すると、ハクレイは静かに小宇宙を高めていく。その腕には、いつのまにか小さな人形のようなものが抱えられている。

 

「ぬんっ!」

 

右腕を大きく振るハクレイ。それに引っ張られるかのように、物体はハクレイのほうへ引き寄せられ、そのまま人形の中へと消えていった。

 

 

「これは、ヨーロッパのとある国より取り寄せた、ホムンクルスというもの。厳密には元の体と何の関係もないが、果たして器となりうるじゃろうか」

 

ホムンクルスを見つめるハクレイ。彼はいったい何をしようとしているのか。他の皆も少し遠くから様子を眺めている。

やがてそこに居た皆は目を見張った。ホムンクルスの目と口がゆっくりと開いたのた。その唇は、何かを語ろうとしているかのように、ゆっくりと動き続けている。

 

「。。。です。。」

「。。なぎさは。。。です。。」

 

それを聞いて駆け寄るアテナたち。だが、それよりも速く、人形の傍らに屈みこんだのは、意外なことに巴マミだった。

 

「それが、あなたのお名前だったのね。私は巴マミ。さっきはごめんなさい。痛かったでしょう?」

「。。痛かったのです、とっても。でも。。。ありがとうなのです。ずっと苦しくて、悲しくて、助けてって思い続けてたけど。。。マミのおかげで。。やっと楽になれたのです。。」

「もう、苦しまなくていいのね。。そうですよね、アテナさま?、ハクレイさん?」

「。。。」

アテナことサーシャと城戸沙織は、悲しそうにうつむいている。

 

「そうじゃな。。ただ、その者自身が一番よくわかっているであろう。呪いから解放されはしたが、仮初の体に、消耗しきった魂。おそらくもってあと数分であろうな」

 

はっとした表情で人形を見つめるマミ。

黙ってホムンクルスの手をとると、優しくそっと握りしめる。

 

「もう数分しかないの? なぎさちゃん、すごく長い時間苦しんできたはずなのに。。」

「マミ、いいのです。。。ちょびっとだけでも話すことができて。。うれしい。。ので。。す。。もし生まれかわ。。れたら。。」

 

マミを見つめる目が、みるみるうちに光を失っていく。なにか話そうとしても、もうほとんど力が残っていないのか、声にならず、弱弱しく口が動くだけ。

ただ、何を伝えようとしているのかはわかる。

「ありがとう」と。

 

マミの手を握り返していた手から、力が抜けていく。やがて静かに目をつむると、ホムンクルスとその中の魂は静かにこと切れた。

 

 

「あの、デジェルさん?」

マミはホムンクルスの手を握ったまま、傍らに立つ黄金聖闘士に声をかける。

 

「この子とあちらの魔女、せめて穏やかに葬ってあげること、できますか?」

「わかった。私に任せておきたまえ」

 

デジェルは、マミの望みがわかったのか、静かに小宇宙を高め始める。

両腕を頭上に上げ、交差させて両手を組む。さながら水瓶を持ち上げているかのように。

それとともにデジェルのまわりには凍気が立ち込め、氷結した水蒸気がダイヤモンドダストとなって輝いている。

 

「オーロラ・エクスキューション。。」

 

デジェルは腕を静かに前へ振り下ろす。膨大な絶対零度の凍気は、まるで水瓶からあふれ出るかのように周囲に満ち、放たれた。

なんという美しい技だろう。

マミとほむらは、初めて見る黄金聖闘士の究極の技に見とれている。

凍気は黄金の光を放ちながら、静かに、しかし激しい氷の流れとなって魔女とホムンクルスに向かっていく。

凍気に包まれ、魔女とホムンクルスは音もなく一瞬のうちに美しい氷の像と化した。

 

「アテナさま。。」

「はい。。」

 

サーシャはゆっくりと氷像に近づくと、手のひらを像にかざす。

彼女から放たれる暖かい金色の小宇宙、それに包まれた氷像はほんのり淡い光を放ち、やがて光の塵となって消滅していった。

 

「これでよかったのだな?」

ハクレイは、光の塵を見つめているマミに声をかける。

無言でうなづく、マミ。

 

 

「誰か近づいてくるようですね。騒ぎにならないうちに、私たちはここを離れましょう。マミさん、またそのうちゆっくりお話しさせてくださいね」

サーシャは城戸沙織とハクレイ、星矢とテンマを促すと、消滅しつつある結界を後にした。

 

後には、マミとほむら、二人の神闘士、そしてデジェルが残された。

 

 

「巴マミ、あなた、いつからわかっていたの?」

「そうね、確信に変わったのは、3体の魔女に出会った時、かしら。あの子たち、魔女なのにまるで魔法少女のチームみたいだったわ。それに聖闘士さんたちや神闘士さんたちは、戦っている間も、戦い終わったあともほんとうに辛そうで。あの様子を見て、わからないほうがおかしくなくて?」

「そう。。取り乱さないのね?」

「そりゃぁ、自暴自棄にもなりたくなるけれど、それでどうにかなるわけでもないじゃない。それに、ジークフリートさんやミーメさんが魔女について何か秘密を知っていて、それを私に悟られないように必死で隠しているのも感じていたし。お二人とも、隠してるのがあまりにもバレバレで。もうっ、演技がほんとうに下手なんだから。。薄々感じていたから、取り乱さずに済んだのかもしれないわね」

 

ジークフリートとミーメは、ばつが悪そうに目をそらしている。

苦笑いしているデジェル。

 

「それに、アテナさんたちやハクレイさんがやっていたこと、あれは魔女になってしまった魔法少女を元に戻すためなのでしょう? 条件さえそろえば魔法少女に戻れるのかも知れない。。なら、希望はまだ残されているじゃない。なぎさちゃんにはかわいそうなことをしたけれど、」

「そうね。運命は変えられるのかもしれないわね。今すぐではないにしても」

 

「じゃぁ、私も行くわね。すぐにでもやらなきゃいけないことが出来たんだから」

「?」

「美樹さんと鹿目さんのところにね。今ならまだ間に合うんだし」

「そう。。いい心がけね。すぐにでも行くといいわ。」

 

 

 

そう言ってその場を去ろうとしたマミ。

だが、次の瞬間、マミの足が止まる。

 

「なーんだ、もう魔女をやっつけちゃったんですね! 正義の魔法少女の初陣、次にお預けかぁ」

 


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