「マミ!あとはまかせた!」
「じゃぁ、いくわよっ! ティロ・フィナーレ!」
巴マミと二人の神闘士からなる変則チーム、最初こそぎくしゃくしていた三人だったが、2日もするとすっかり息の合ったコンビネーションを見せていた。
「今日の魔女も強力だったけど、今の私達なら大丈夫ね」
「巴マミ、確かに危なげない勝利だったが、油断は禁物だぞ」
テンションの上がっている巴マミを制する、ジークフリート。
「ところで、結局今日も、君たちは結界の中までついてきたんだな?」
ミーメは、結界の中に居る二人の少女と話している。
「だってさ、実際に見てみないと、魔法少女のこと、ちゃんとわからないでしょ?それに、マミさんとジークさん達が居てくれるから、いざとなっても安心だし」
「さやかちゃん、いくらなんでも油断しすぎだよ~。でも、自分で現実をちゃんと見て納得してからでないと、魔法少女になるかどうか、決められないと思うんです」
二人の少女は、鹿目まどかと美樹さやか。先日、魔女に襲われているところを二人の神闘士と巴マミに助けられた、あの二人である。
二人は、魔法少女に興味を持ったようで、見習いと称して巴マミたちの魔女パトロールについてきているのである。
むろん、二人の神闘士は制止したのだが、なんだかんだ理由をつけてまどか達はついてきているのだ。巴マミも、危険だからと警告はしているもののまんざらでもなさそうなことが、まどか達の行動を後押ししていた。
「じゃぁ、今日もお茶会しながら反省会、といきましょうか?」
魔女との戦いのあとに、巴マミの家で開かれる反省会も、すっかり当たり前の風景となっていた。
お茶会での何気ない会話を通して、神闘士たちは、巴マミが魔法少女になったいきさつ、キュウべぇとの関係をつかみつつあった。
交通事故にあったところでキュウべぇに声をかけられ、とにかく死にたくない、助かりたいという願いの代償として、選択の余地なく魔法少女になったこと。
キュウべぇとはただの契約関係ではない、ある意味戦友のような関係(と少なくとも巴マミは捉えている)であること、そして、魔法少女がたどる運命について案の定キュウべぇが何も話していないことも。
巴マミは、高い戦闘能力を持っているだけでなく、後輩を思いやる優しさ、リーダーシップなどを兼ね備えている。
ベテランとして魔女と戦い続けてきただけに、街の人々を魔女や使い魔から守るという強い責任感も持っている。二人の少女、鹿目まどかと美樹さやかは、巴マミのそんなところに憧れを抱いているようだ。
どちらかと言えば美樹さやかのほうが魔法少女になりたいという意思が強いようで、願いさえ決まればすぐにでも魔法少女になるだろう。
一方、鹿目まどかのほうは、元来の性格からか、慎重に考えているように見える。願いが決まらない、ということだけではなく、魔法少女に対して漠然とした不安を持っているようだ。
しかしキュウべぇは、二人のうち鹿目まどかに積極的に声をかけている。どうやら彼女には、本人も知らないところで膨大な因果がまとわりついており、キュウべぇはそれに目を付けているらしい。
気になるのは、巴マミがやけにまどかとさやかを気にかけていることだ。まだ魔法少女になっていない二人を、なぜマミが気にしているのか? 魔法少女になるかどうか慎重に判断するようにとは言うけれど、なぜ止めないのか? 神闘士たちにはイマイチ理解できなかった。これまでずっと一人で戦ってきたはずの巴マミが、やたらと「チーム」にこだわることも。
彼女達と同じ世代の星矢たちにも聞いてみた。
「そりゃ、一人で戦うよりは仲間と協力したほうが、強い敵と戦えるよな!」
「つるむのが好きなんじゃないのか?」
彼らの答えはこんな具合であった。一般論としては確かにそうかも知れないが、巴マミの場合、ちょっと違う気がするのだ。
漠然とした不安を抱えつつ、3人のチーム、ピュエラ・マギ・オーディン・トリオ(PMOT)と2人の少女は魔女との戦いを続けていた。
翌日、いつものように結界を発見したPMOTは、中に潜む魔女と戦っていた。
この結界の魔女も手強かったが、神闘士たちが使い魔たちを蹴散らしつつ魔女を攻撃し、巴マミがとどめを刺すというコンビネーションで、危なげなく魔女を倒すことができた。
結界も消え、いつものとおり反省会に向かおうとした彼ら。
キュウべぇは、どこからともなく現れ、鹿目まどかの側を歩いている。
「鹿目まどか。そろそろ願いは決まったかい?」
「ううん。私のなかで、これしかないと思えるような願いがまだ見つからなくって。これってそんなに急いで決めないといけないものなのかなぁ?」
「急ぐことはないけれど、僕としては、なるべく早めに決めてもらえるとありがたいね」
神闘士たちはまどかたちの様子をさりげなくうかがいながら、少し離れて歩いている。
ふと、ミーメは自分達の背後に人の気配を感じた。柱のかげに一人、誰かが隠れている。
「あなたたち、巴マミと組んだのね。完全に気配を消したつもりだったのだけど、さすがね。」
現れたのは、一人の魔法少女だった。
「君はたしか、暁美ほむら。。」
「ほむらちゃん!」
現れたのは、まどややさやかのクラスに転校生としてやってきた魔法少女、暁美ほむらだった。
「ほむらちゃん、応援に来てくれたの?ありがとう。でも魔女は。。」
「いいえ、まどか。用があるのは、まどかのそばに居るそいつ」
ほむらの手には、拳銃が握られている。
「まどか、そいつを信用するなって言ったはずよ。キュウべぇから離れて」
ほむらは無表情で拳銃を構える。銃口はキュウべぇに向けられている。
「ほむらちゃん?どうして? たしかにキュウべぇは私を魔法少女に誘ってくるけれど、そんな、いきなり殺そうとしなくても。。」
「まどか、そいつに騙されてはダメ。魔法少女なんて。。。!」
ほむらは、悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻るとが引き金を引いた。
キュウべぇへ向けて放たれた銃弾。が、それと同時に、キュウべぇの姿はそこから消えていた。
「ずいぶんじゃない? 暁美さん、でいいのかしら。鹿目さんの友達らしいけど、それ以上キュウべぇを傷つけようとしたら、ただではすまないわよ」
巴マミの腕にはキュウべぇが抱えられている。彼女の後ろに浮かぶ無数のマスケット銃は、その銃口をことごとく暁美ほむらに向けている。
「巴マミ。あなたこそ、どうして、魔法少女でもない普通の子を結界に連れ込んでいるのかしら? あなたはいつだってそう。どうして自分の愚かさに気づけないの?」
「え? わたし、あなたとは初めて会ったのに、なんでそんな言われ方されないといけないのかしら?」
「さぁ? わからなければそれでいい。私はあなたに余計なことをして欲しくないだけ。ただね、正義の味方ごっこしたいのなら、仲間なんて作らずに、誰にも依存せずに、あなた一人でやればいいじゃない」
「言いたいことはそれだけかしら。暁美さん。。鹿目さんたちに免じて今回は見逃してあげるけど、次はないわよ。おとなしく立ち去りなさい」
キュウべぇを睨み付けると、暁美ほむらはその場から音も無く消え去った。
「あいつ、なんなの?マミさんにあんなひどいこと言って。魔女を先に倒されちゃったからって、負け惜しみにもほどがあるって」
「。。。。」
興奮気味に話すさやかに対して、巴マミは、うつむいて押し黙っている。
「マミさん、気にしなくていいですよ! あんな思わせぶりな態度とってるけど、どうせ口から出任せなんですから!」
「どこかで暁美さんにあったこと、あったかしら。。。。そうね、気にしても仕方ないわよね。」
一方、二人の神闘士の疑問は確信にかわっていた。
「(やはり、暁美ほむらは魔法少女と魔女の秘密を知っているな)」
「(魔法少女が魔女に変わるところに立ち会ったことがあるのかもしれない。そして、暁美ほむらも鹿目まどかのことばかり気にしているように見えるのだが)」
「(ミーメ、お前にもそう見えるか。鹿目まどかを執拗に魔法少女へと誘うキュウべぇ、キュウべぇを鹿目まどかから遠ざけようとする暁美ほむら。ごく普通の少女に見えるのだが、鹿目まどかには何か重大な秘密があるのだろう)」
「(あと、暁美ほむらは、マミと何度も邂逅しているようだ。マミにはそういう認識がないところを見ると、一方的な出会いなのか、マミの記憶が欠落しているのか。これは、改めて暁美ほむらと接触をもったほうがよさそうだな)」
「(あまり悠長に構えているわけにもいかないし、ではこのジークフリートが。。。)」
「(待て、ドゥベのジークフリートよ。お前達はすでに彼女に面が割れている。接触を図ってもおそらく拒絶されてしまうだろう。ここは私に任せてはもらえないか?)」
「(いきなり話に割り込んでくるとは何者。。? この小宇宙は。。そうか、君が来てくれたのか。それなら暁美ほむらの件はお任せしよう。ただ、あの少女はかなり面倒そうだぞ、くれぐれも気をつけてくれ)」
「(まかせたまえ。こと女性の扱いならば、お前達よりは私のほうが慣れていると思うのだ)」
「(。。。少々気にかかることはあるが、君がそこまで言うのなら、とりあえず健闘を祈ろう)」
小宇宙でのやりとりに割り込んできた声の主は、そのまま姿を消した。
数十分後、学校からほど近い結界に、暁美ほむらは居た。
「他の魔法少女の協力なんて必要ない。全ての魔女は、私が倒す」
彼女の戦闘スタイルは、他の魔法少女と比べてあまりに異質だった。
拳銃、ライフル、手榴弾。左手の盾から次々に軽火器、重火器を取り出すと、熟練の狙撃手のように、次々に使い魔や魔女を屠っていく。
そんな彼女の様子を高みから見つめている、一人の男。
彼は、ほむらの独特な戦い方を注視していた。
中でも、彼が注目していたのは、魔女を相手しているときの、ほむらの戦いぶりだ。
魔女と正対する、ほむら。身構えてはいるが、武器を手にしているわけでもなく、魔女の様子をうかがっている。いったいどのようにして魔女と戦うのか。
次の瞬間、男は自分の目を疑った。
ほむらはほとんど動いていないのに、魔女の目の前に爆弾が突如現れ、魔女を爆殺したのだ。
いったい何が起きたのか?
次の魔女の結界でも同様のことが起きた。
やはり、魔女の目の前に爆弾が突然現れ、魔女を吹き飛ばしたのだ。
「あの少女は、私の目でも捉えられないような高速で動けるのか。いや、それはありえない。だとしたら空間転移? いや、それにしては空間に歪みが全く無い。いったい何が起きているのか」
男は独り言をいいつつ、ほむらの戦いぶりを観察している。
何体かの魔女を倒したほむらは、続いてまた別の結界へと足を踏み入れた。
蜘蛛の巣のような透明な糸が張り巡らされた結界。ほむらはこともなげに使い魔を手早く片付けると、結界の最深部、蜘蛛のような姿の魔女の前へと足を進めた。
「(さて、この魔女とはどのように戦う?)」
男は結界の中にあるオブジェに腰を下ろすと、ほむらの戦いを眺めている。
しかし今回はなにやら様子がおかしい。ほむらはなかなか魔女への攻撃を始めない。というよりも、魔女からの攻撃、ほむらを絡め取ろうと魔女が吐き出す糸をひたすらかわすのに手一杯のようなのだ。
なぜ、ほむらはさっさと魔女を爆殺してしまわないのか。
そうこうしているうちに、魔女の糸がついにほむらの足に絡みついた。ほむらは拳銃を放って糸を切断するが、すかさずまた別の糸がほむらをとらえる。
次々に糸がほむらに絡みつき、やがてほむらは無数の糸で縛り上げられてしまった。
ほむらはなんとか逃げだそうと試みているが、手足の自由を奪われたほむらにはどうにもならない。しだいにほむらと魔女の間合いは詰まっていく。
ついに魔女はほむらのすぐ側までやってきた。鎌のような腕がほむらめがけて振り下ろされるのが見える。
「こんなところで終わるなんて。。まどか、ごめんなさい。結局あなたを助けることが出来なかった。。」
やがて激痛が襲い、すべてが無に帰すだろう。静かに目をつむるほむら。
おかしい。いつまでたっても激痛がやってこない。
ほむらは、あたりが妙な静寂に包まれていることに気がついた。
そっと目をあけたほむらの前には魔女が立っている。いや、立ち尽くしていた。
魔女の腕の先、鋭い鎌は?
視線を上に向けると、鎌はたしかにそこにある。がそれもまた動きが止まっていた。
次にほむらの視線に飛び込んできたのは、一人の男の姿だった。
魔女の腕は、男の右手、人差し指と中指に挟まれて、その動きを封じられていた。
巨大な魔女の体は、たった指2本で動きを拘束されているのだ。
男は鎧を纏っている。
ほむら達を先日助けた二人の神闘士が纏っていた紅と蒼の鎧とは違う、まばゆいばかりの神々しい金色の鎧。
不思議な静寂の原因もわかった。
魔女のまわりの空気が凍り付いているのだ。
空気中の水蒸気が昇華した無数の氷片によって、黄金の鎧から放たれる光が乱反射し、男と魔女は眩いばかりの光芒に包まれている。
戦いの最中にもかかわらず、ほむらはあまりに美しいその光景に見とれてしまっていた。
「人としての記憶はとうに消え去ったか。見ていられないな」
男はそう呟くと、右腕を軽く払った。
魔女の巨体はまるで木の葉のように吹き飛ばされ、結界の床にたたき付けられる。
すかさず立ち上がると再び魔女は襲いかかってくるが、何度しかけてもその男には歯が立たない。軽くいなされ、宙を舞い、弾き飛ばされるだけだった。
魔女はようやく、自分ではその男に絶対勝てないことに気づいた。圧倒的な実力差。このままではこの男に屠られる。
結界が歪みはじめる。魔女が撤退にかかっているのだ。
「この期に及んでまだ逃げようとするか。悪あがきにも程があろう?」
男はそう言うと、右手の拳を魔女に向けて静かに突き出す。
ほむらのまわりの空気はさらに凍てつき、運動を止めつつあった。
「いかなる物質も、呪いでさえも凍り付く絶対零度の凍気で逝くがよい。。。 ダイヤモンド・ダスト!」
男の拳からは、無数の氷片が凍気となって放たれ、瞬く間に魔女を包み込んでいく。
ブリザードのように吹き荒れる凍気によって、魔女はまたたくまに凍結し、氷のオブジェと化していた。
「これでもう、お前は絶望することも、新たな悲劇を生み出すこともない。ようやくおぞましい呪いの鎧から解き放たれたのだ。まだ魂が残っているのならば、安らかに眠るがいい」
男が指で軽く突くと、氷のオブジェは跡形もなく砕け散った。
結界が消え、残されたグリーフシードを拾い上げると、男はそれをほむらに手渡した。
「君はそれなりに戦いの経験を積んでいるようだが、それだけでは生き残っていくことはできない。冷静に敵を観察し、効果的な攻撃で無駄なく相手を仕留めることが出来なければ、いつか魔女の餌食になるだろう」
「心配してくれるのね。助けてもらったことには礼を言うわ。でも、私には私の戦い方がある。それよりも、あなたは、どこの何者なの?」
「正体を隠す理由は私にはない。いきなりだが名乗らせてもらおう。私はアクエリアスのデジェル。女神アテナに仕え、地上の平和を守る、水瓶座の黄金聖闘士だ」