神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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現代に戻った神闘士たち。彼らが誰よりも自分達の復活を知らせたかったのは。。


懐かしきアスガルド

ギリシャから日本へ向かう機上。アテナこと城戸沙織はくつろいでいた。

 

聖域では、教皇のいないなか、聖戦への準備や聖域への目配り、その他諸々の雑務など、アテナとしての役目を果たすことに追われていた。

 

双子座の黄金聖闘士、サガの乱。それによる聖域の傷は深かった。

教皇や6人の黄金聖闘士、多数の白銀聖闘士を失っただけでなく、多くの雑兵や文官など聖域を支える多くの人材が、この13年で失われていたのだ。

教皇や失われた聖闘士たちは、聖域を統べる実務にも長けた者達だった。

乱が終わり、まずアテナたる城戸沙織がしなければいけないことは、荒れ果てた聖域の立て直し、新たなる人材育成であった。

 

その片腕となるべき、残された黄金聖闘士たち。

天秤座の童虎は遙か中国の五老峰において、冥界につながる108の魔星を監視している。

牡羊座のムウは、聖衣の修復者として、要地であるジャミールの主として、聖域を不在にしていることが多い。

 

そして、聖域に常駐する者達。

 

牡牛座のアルデバランは、聖域の誰からも慕われ、人望が厚い。動揺した人心を安定させるのは、彼が最も適任であろう。

 

 

残る黄金聖闘士たち。。

 

乙女座のシャカ、蠍座のミロ、獅子座のアイオリア。。

 

彼らを見て、アテナは密かに決意したのだった。

 

 

「。。。あとは、自分がなんとかしなければ。。。」

 

 

いかに精強であろうと、実務にはおよそ向かない3人。

その代わりにアテナは寝る間を惜しんで働く日々が続いていたのだった。

 

 

「やっと、やっと人並みの生活に戻ることが出来る。。。」

アテナの表情は、久々の休息、信頼する青銅聖闘士たちとの再会を思い、知らず知らずのうちにほころんでいた。

 

 

アテナの乗るプライベートジェットが中国上空にさしかかったそのとき、機内に異変が起きた。

聖域から運んできた、北欧の神・スクルドの鏡。厳重に梱包されたその鏡が、箱を突き破って機内に飛び出してきたのだ。

機内にふわふわと浮かぶ鏡。鏡は眩いばかりの光を放ち、やがて鏡の前に二人の戦士が現れた。

 

 

目の前に立つ少女。彼女から放たれる小宇宙の偉大さ、暖かさから、二人は彼女がアテナであることを一瞬で悟った。

 

「ハクレイ殿、お久しゅうございます。そしてアテナ、北欧アスガルドの神闘士、ドゥベのジークフリート、ベネトナーシュのミーメ、お初にお目にかかります。」

二人の神闘士はそう言うと、機内に膝をつき、目の前に立つアテナ、そしてハクレイと呼ばれた老人に敬意を示す。

 

 

アスガルドの戦いにおいて、アテナは神闘士のほとんどと面識がなかった。

彼女は海岸において氷山の融解を防ぐために小宇宙を燃やしつづけ、ヒルダが海皇ポセイドンの魔の手から解き放たれるとすぐに、彼女はポセイドンの海底神殿へ連れ去られたのだ、

それでも、二人の戦士が放つ小宇宙はアスガルドで彼女が感じていたそれと同じものであることは、彼らと正対してすぐに理解できた。

 

 

「ジークフリート、ミーメ、顔をあげてください。243年前の聖域での働き、ご苦労でした。アスガルドでの戦いはお互いに不幸なできことでしたが、この地上のため、世界のために、できる限りのことをさせてくださいね。」

 

アスガルドでの戦いに負い目を感じているであろう二人の心をおもい、アテナは穏やかな声で二人に語りかけた。

 

「ありがたきお言葉。アスガルドでの私たちの振る舞いはどれほど許しを請うても許されるようなものではないですが、アテナにそこまで言われては、私たちはそれに従うまでにございます。」

 

頭をたれる神闘士たち。

アテナの言葉に緊張を解いた二人。

 

彼らが顔を上げようとしたとき、彼らの体は突然宙に浮かび上がった。

彼らはやがて光の玉のようなものに包まれる。突然のことに慌てる二人。

脱出しようとしても、その玉から彼らが出ることはできない。そのまま空中を漂うばかりである。

 

 

 

 

「あなたたちに伝えなければならないことがあります。」

アテナは、重々しく、やや悲しみをたたえた声で語る。

 

 

「この飛行機に乗っているのは、私たち聖域の関係者のみです。そこにあなたたちアスガルドの神闘士が現れた。」

 

「(どういうことだ?アテナは私たちのことを実は許していないのか。。!?)」

この玉に包まれた状況では、仮に襲われても反撃に移ることができない。

どうにもならないこの状況に、二人の神闘士は動揺を隠せない。

 

「。。。。」

アテナは無言で二人を見つめている。

 

周囲は、次になにが起こるかわからない、異様な緊張感に包まれている。

 

 

 

 

「。。。。定員、オーバー、なのです。」

 

「?」

 

「この飛行機は、私たちだけでちょうど定員いっぱいでした。そこにあなたたち二人が現れた。あとは、わかりますね?」

 

「!?」

 

「さきほどからこの機は、重量オーバーでどんどん高度を下げています。このままでは五老峰あたりに衝突する運命。」

 

「!」

 

「その命の玉に包まれていれば、たとえハーデスであろうと手出しはできません。」

「そしてそれは無事に日本に着くまで、あなたたちを運んでくれるでしょう」

 

「アテナ、お待ちを!ここにはハーデスはおりませぬっ!わざわざこのようなもの用意頂かなくとも。。。」

「この玉、やけに小さくありませんか?もしやペガサス達用では! アルベリッヒやミーメはともかく、堂々たる体躯の私には小さすぎっ。。」

「ちょっと待て今のは聞き捨てならぬっ。。いやとにかく何か他に手段はっ!?」

 

「ということで、日本に着くまで、あなたたちは空中に浮かぶその玉の中でお休みになっていてくださいね。ちょっと狭いかもしれませんが。。うふふっ」

 

「狭いのちゃんとわかってるではありませぬかっ!?」

「アテナ、せめてもうちょっと大きい玉をお願いしたいのですがっ!」

 

 

「。。お休みになっていてくださいねっ!(笑顔)」

 

「。。。」

 

日本に着くまで、二人の神闘士はひたすら、狭い玉の中で膝を抱え、ふわふわと空中に漂っていたのだった。

 

 

 

3時間後、二人の神闘士はふらふらになりながら、滑走路に足を下ろした。

正座の習慣があるわけでもないアスガルド出身の二人にとって、地獄のような長時間体育座り。

アテナたちのあとに続く二人の足取りは、まるで生まれたての子鹿のようにふらふらとおぼつかないものだったという。

 

城戸邸の応接室。二人の神闘士は、243年前に起こった出来事について事細かに説明した。

ハクレイからある程度の話は聞いていたものの、少女が魔女に変貌するという事実、冥界までもがその事件に刺さりこんできたという事実は、アテナを動揺させるに十分だった。

 

「私たちが気づかないうちに、少女たちがそんな酷い目にあっていたなんて。」

 

「私たちを過去の聖域に飛ばした原因となるものは、どうやら日本にあるらしいです。そして、243年前の聖域に着いた私たちは、それまで気づくことも無かった魔法少女や魔女を認識できるようになっていました。」

「おそらく、私たちが経験した時渡りには魔法少女か魔女が関与している。そしておそらく現代の日本に居る魔法少女がなんらかの鍵を握っているのでしょう。」

「もしかすると、魔女を魔法少女に戻す方法、そもそも魔法少女や魔女を作り出すキュウべぇという獣の野望を砕く方法もこの日本で得られるかも知れません。」

そう語るジークフリートにアテナが答える。

 

「ハクレイにはすでに伝えてありますが、この城戸邸を日本でのあなたたちの根拠地として使って頂いて構いません。聖戦を控えてはおりますが、こちらの聖域も最大限の協力をしましょう。将来への希望に満ちているはずの少女たちをこれ以上悲しませるわけにはいきませんから。」

 

「聖域とかつて戦い、どのような報いをうけても何も言えない私たちに、ありがたきお言葉。。感謝いたします。ところで。。。」

 

「? どうかしましたか? ジークフリート。」

 

「この世に再び生をうけた私たち。おそらくアスガルドも私たちに気づいておりましょう。日本で活動を始める前に、アスガルドに事に次第を説明して参りたいと考えております。」

 

「それはそのとおりですね。ヒルダやフレアも心配していることでしょう。ぜひ行ってあげてください。」

 

「かたじけない、ではさっそくアスガルドへ。。しばしの間、おいとまさせて頂きます。」

 

「ヒルダたちによろしくお伝えください。あ、アスガルドは遠き国、遠慮無くグラード財団の飛行機を使ってよいのですよ。」

 

「。。いえ、これまで通り、私たち自身の足で移動しますゆえ(もしやまたあの玉に入れる気では。。)」

「そうですか、たまには飛行機で楽をするのもよいものですよ(残念だわ、また命の玉を出してあげようと思ったのに)」

「(やっぱり。。)事は急を要するゆえ、これにて失礼いたしますっ!」

 

神闘士達は、そう言うと、アテナの前から姿を消した。

 

「今生のアテナよ、少々いたずらが過ぎるのではありませぬかな?」

苦笑しつつ問うハクレイに、アテナは答える。

「聖域とアスガルド、私たちが経験した戦いはあまりにも悲しいものでしたから。どんな形であれ、私たちの間に残る悲しみの記憶を解きほぐしたいのですが。。。」

「アテナ。。お気持ちはわかりますが、もっと他のやり方があるのでは。。」

 

 

 

 

日本を発って数時間。ジークフリートとミーメはアスガルドの国境に立っていた。

もとより光速の動きを身につけた彼らにとって、長距離の移動はさほど苦にはならない。

温暖な日本やギリシャとは違う、キンと冷えた極北の空気。自分達が産まれたアスガルドを前に、二人は言いしれぬ感慨に包まれていた。

 

ここまで来れば、アスガルドの中心、ワルハラ宮は目と鼻の先である。二人はワルハラ宮に向け走り出した。

そのはずだった。

 

次の瞬間、彼らは自分達がまた、先ほど立っていたアスガルドの国境に戻っていることに気がついた。

道を間違えたのか?

彼らは再び走り出した。

しかし、何度試みても、彼らは国境に戻ってきてしまう。彼らにとって、故郷の道は間違えようもないほど体に染みついているはず。

ようやく彼らは自分達をとりまく異変に気がついた。

 

このままでは埒があかない。彼らは小宇宙を使って、ワルハラ宮のヒルダとフレアにコンタクトを試みた。

やがて、ワルハラ宮からの返答が届く。しかし、答えてきたのはなぜかヒルダだけであった。

 

「ジークフリート、ミーメ、やはり貴方たちだったのですね。またこうして貴方たちと話せるなんて、こんな嬉しいことはありません。」

 

「ヒルダさま、それは私たちも同じ事。何よりもこうしてヒルダさまに相まみえること、無上の喜びにございます。」

ジークフリートは、ヒルダとこうしてまた言葉を交わせることに、歓びを隠せない。

 

「ジークフリート、ミーメ、ありがとう。ただ、先の戦いでの私の過ち、いくら謝っても許してもらえるものではありませんよね。」

 

「いえ、あれはあくまでポセイドンの所行。私たちも、アスガルドの民もよくわかっております。」

 

「私の過ちは取り返しがつきませんが、この一身をなげうってでも、せめてアスガルドを再び平和な大地にすることで償いをしていこう、私はそう誓っていたのですが。。」

 

「アスガルドにまた何かが起こっているのですね。実は、私たちは国境からワルハラ宮に向かっているのですが、何度走り出してもこうして国境に戻されてしまうのです。」

 

 

 

「ところでジークフリート、今日は何月何日ですか?」

 

「はい、2006年10月1日ですが、それがどうかしましたか?」

 

「にわかに信じられないでしょうが、アスガルドの暦によれば、今日は2007年5月15日、なのです。」

 

「それはいったい!?」

 

「実は。。アスガルドでは今、外界にくらべ時の流れが数百倍に速まっています。」

「貴方たちを失ってから、私は突然病に倒れました。それに伴ってアスガルドの神オーディーンの地上代行者の役目は、宮廷医師のアンドレアスに引き継がれたのです。」

「ところが、彼は私とフレアをワルハラ宮に幽閉し、新たな神闘士を任命する一方で、禁忌とされていたユグドラシルの樹を復活させたのです。」

「おそらく彼は何者かに操られているのでしょう。おそらく操っているのは、邪神ロキ。。」

 

「ロキ。。かつてアスガルドを幾たびも危機に陥れている、あの邪神が復活したというのですか!?」

 

「はい、ただ、神闘士たちはアンドレアスに忠誠を誓っており、私はこのように病の身。今はユグドラシルを破壊する手立てを探っているところなのです。」

 

「私たちがワルハラ宮に近づけないのも、アンドレアスの差し金ということでしょうか?」

 

「そうかもしれません。ユグドラシルが現れてから、アスガルドでは、外界にくらべ時の流れが数百倍に速まっています。おそらくユグドラシルの成長を早めるため、アンドレアスに取り付いているロキが、なにか仕掛けていることはありえます。」

「それか、下界とアスガルドであまりにも時の流れの速度が違いすぎているので、お互いにその境界を越えることができなくなっているのでしょう。」

「テレパシーは物理の法則に依存しないので、こうして国境をこえてやりとりできているのかもしれません。」

「ただ、ロキが時の流れを制御する能力を持っているなぞ、聞いたことがありません。何者かの力を利用して、ロキが時の流れに干渉していると考えるのが自然でしょう。」

 

「それについては、心当たりがあります。」

ジークフリートはおもむろに語り出した。

「聖域との戦いで命を落としたはずの私たちは、なんらかの力により243年前の聖域に飛ばされ、そこで再び生を得ました。」

「時の流れを司る、スクルドなど極北の神々の手を借りてこうして戻って参りましたが、私たちを243年前に飛ばしたのは、かの神々の仕業ではありませぬ。」

「243年前の聖域にたどり着いた私たちは、それまで知ることのなかった、魔法少女、魔女という存在を認識できるようになっていたのです。」

「魔女を認識するためには、魔女となんらかの形で関わりを持つ必要があることも知りました。私たちは、こたびの一件を経て、この時渡りが魔法少女に関係しているのではと考えております。」

「キュウべぇという獣によって願いを叶えてもらった少女は、その代償として、人知を超えた能力を持つ魔法少女となるようです。アスガルドに起きている時の流れの異常、もしかすると魔法少女が関与しているのかもしれませぬ。」

 

「その仮説、検証に値するでしょう。ただ、下界とアスガルドで時の流れが大きく異なり、空間にひずみが生じている現状では、貴方たちがワルハラ宮やアンドレアスのもとにたどり着くのは、これからも不可能でしょう。」

ヒルダは続ける。

「今のアスガルドに入り込むには、おそらく物質や時間という概念を超越した空間転移が必要なのかもしれません。たとえば、魂そのものを、全く他の空間から転移させるような。」

「そんなことが出来るのは、神をおいて他にないでしょう。そして、スクルドたちが敢えてそれを選ばなかったのは、貴方たちが日本でこの問題の根源に迫ることがなによりも大事であると、彼女達が判断したからに他ならないのでしょうね。」

 

「。。。」

 

「貴方たちの気持ち、痛いほどわかります。私たちも貴方たちとともに戦えればどんなに嬉しいことでしょう。でも、おそらく最善の道はそこにはないのだと私は感じています。」

「ジークフリート、ミーメ、日本でこの事件の真相を解き明かしてきてください。それがきっとアスガルドをこの危機から救うことになると思うのです。」

「お願いばかりで申し訳ありませんが、アスガルドのため、地上のため。。苦労をかけてすみません。アテナもきっと貴方たちを助けてくれることでしょう。」

 

「ヒルダさま、少しでも早く、日本で成すべき事をなしてまたアスガルドに帰ってきます。それまでどうかご無事で。。」

「ジークフリート、ミーメ、私が言えることではありませんが、あなたたちもくれぐれも命を大切に。。」

 

 

二人の神闘士は、アスガルドへの帰還を誓うと、無言で再び日本へと足を向けたのだった。


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