神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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現代の聖域、前聖戦の聖域。二つの聖域がいよいよ繋がる。

そして、魔法少女の存在により領分を侵された冥界もまた、暗躍をはじめる。


二つの時代、繋がる

静まり返った、宮殿を思わせる厳粛な空間に、甲高い声が響き渡る。

 

「急ぎお伝えしたきことが!」

 

それに答えて、重々しく、それでいてイライラしたような声が響く。

 

「なんですか、騒々しい。」

 

「人間の魂が一つ、またしてもかき消えたのです。これが騒がずにはいられましょうか!」

 

「そんなことはすでに承知しておる。そなたが気にすることではない。またこの鞭に巻き取られたいのですか!?」

 

「ひぃぃっ それだけはご勘弁を。このような身にはなっても、死というのは恐ろしい故」

 

「よい、さがれ。」

 

「しかしながら、このようなことがミーノス様に知られたら。。」

 

「ええいっ 何度も同じことを言わせるな。さがれ!」

 

 

 

声の主がしびれを切らして身構えたそのとき、2人とは違う声が響き渡る。

 

「なんの騒ぎですか。ここを裁きの館と知らぬわけでもないでしょう!」

 

至極丁寧でありながらどこか冷酷な嘲笑を秘めた声が、静寂な館内に響き渡る。

 

「ルネよ。部下の躾がなっていませんね。雑兵の替えなぞいくらでも居ますが、仮にもトロメアの守りを担う者。それにふさわしい最低限のマナー程度は叩き込んでおいてもらわねば。」

 

「はっ。申し訳ございませぬ、ミーノスさま。そこなスケルトンが身の程知らずなことで騒ぎ立てた故。。」

 

「聞こえておったわ。人間の魂がいくつか消えたとて気にすることはない。スケルトンよ、傀儡と化したくなければ早々に下がるがよい。」

 

 

つい先ほどまで狼狽していたスケルトンは、その冷酷な声に命の危険を感じ、そそくさと立ち去っていった。

 

 

「ルネよ。私の用向きはすでに察しておろうな?」

 

「はっ。ギリシャにて先ほど、いずれはこちらに送られてくるべき人間の魂が一つ、忽然とかき消えましてございます。いきなり消えるわけではなく、まるで何かに塗りつぶされていくかのように、魂の気配が次第に途絶えていくのも、これまでと同様です。急激に増えつつある人間の総数からすればほんの一部に過ぎませぬが、消滅する魂の数も次第に増えつつはあり、見過ごせぬ事態と考えます。」

 

「ふっ。さすがはルネですね。すでにそこまで把握していましたか。」

ミーノスと呼ばれた男は、機嫌よさそうに笑いながら答える。

 

「消える魂は常に、大人になる一歩手前の少女のもの。魂の消え方にも共通点が多い。自然に起きているのではなく何者かが人間の魂に手を出しているのであろう。魂を管轄する冥界の領分を犯すような所行、見過ごせぬところだが、この件、実はすでに双子神が動いておる。ヒュプノスさま直々に地上を探りを入れる故、我々はこの件には関知せず、粛々と聖戦にむけ準備を整えよ、とのことである。相変わらず無駄なことに興味を持つ。。いや、深慮故に自分で調べねば気が済まないのであろうな。ご苦労なことだ。ルネ、お前はこの件が他の冥闘士やパンドラさまの耳に入らぬよう手を回せ。聖戦に比べればどうでもよいことだが、アイアコスやラダマンティスあたりに知られれば面倒なことになりかねん。あのスケルトンめは知りすぎた。ケルベロスにでもくれてやるがよい」

 

銀の法衣に身をつつんだミーノスは、そう言うと裁きの間の奥に消えていった。

 

 

 

 

その頃、ロドリオ村に戻ってきたジークフリートたちを、マリアだった魔女を監視していたテンマが出迎えていた。

 

「すまない。マリアだった魔女を見失ってしまった。」

テンマは申し訳なさそうに首を垂れる。

 

「あんたたちが聖域に向かったあと、魔女を刺激しないよう、村人が結界に引き込まれないように家の外でずっと見張っていたんだけど、まるで霧が晴れるみたいに結界ごとここから消えちゃったんだ。。すまない。」

 

「そうか。。」

ミーメは、どこかほっとしたような表情を一瞬浮かべたが、すぐにことの重大さに気がついたのか緊張感を取り戻し応える。

 

「テンマ、お前が責任を感じることはない。魔女の能力は私たちにも未だ計り知れない。結界という異空間をたどってどこかほかの場所へ移動するのも、魔女ならたやすいことだろう。とりあえず、ロドリオ村の中には居ないようだが、いずこへ消えたか。私たちがもとの時代に帰るまではまだ時間の猶予があるようだし、また人間を襲われては取り返しがつかなくなる。とにかく手を尽くして探してみよう。テンマも聖戦前で忙しいだろうが、よろしく協力頼む。」

 

 

「うん、わかったよ。。。って、あんたたち、もとの時代に帰れることになったのか!こんな時になんだけど、おめでとう!でいいんだよな?こっちはもうじき聖戦が始まりそうな気配だけど、それまではめいっぱい協力させてもらうぜ!」

ジークフリートとミーメの手を取り、テンマが答える。

 

「それとさ。。俺思うんだけど、マリアの魔女、ほんとうに危険なのか?」

 

「テンマ、何を言っているんだ」

ジークフリートが、テンマの真意を計りかねて問う。

 

「あの魔女、人間を襲ったり結界に引きずり込んだりする気配が全然ないんだ。近くを村人が通りかかっても何も反応しないし。結界の奥に身を隠して、まるでこのまま消滅するのを待っているかのようでさ。」

 

「魔女の性質というものにはまだまだ謎が多いが、もしかするとあの魔女は、マリアの優しさを完全に失わずにいるのかもしれない。もちろん警戒することにこしたことはないが、ほんとうに人間を襲わないのであれば、倒さずになんとか助ける道も残しておかねばな。。行方がわからぬエルザのことも気にかかる。これまでよりも探索範囲を広げてみるとするか。。」

ミーメの提案に、二人はうなづいた。

 

「ほんのわずかだが、西のほうにマリアの魔女の気配を感じる。すでにかなり遠くまで行っているようだが、今からなら捉えられるかもしれないし、急ごう。それに、エルザも西の方に向かったという情報がある。童虎たちには私たちから伝えておくから、テンマもよろしく頼む」

 

三人は遙か西、イタリアの方角へと急行した。

 

 

 

 

所変わって、ここは現代の聖域。立ち並ぶ12宮の最深部、教皇の間のさらに奥、アテナ像の前でアテナはたたずんでいた。

時は夕刻。スニオン岬のはるか彼方にまで広がる地中海に、まさに太陽が沈もうとしている。つい先日、海皇ポセイドンとの闘いが終わり、地上に牙をむいていた海は何事もなかったかのように静まり返っている。

美しい夕暮れ、これ以上なく美しく平和な世界を見つめながら、今生のアテナこと城戸沙織は、まもなく訪れるであろうハーデスとの聖戦、それに伴い地上を、聖域にもたらされるであろう犠牲を思って心痛めていた。

 

 

その時、アテナ像のすぐそばの空間に、まるで水面に石を投げた時のようなさざ波が、音もなく現れた。

 

ただならぬ気配にアテナは身構えつつ、そのさざ波を見つめている。やがてそこには、一枚の鏡が現れた。ガラスで作られた現代の鏡とは違う。銀を思わせる美しい金属を磨き上げた鏡面。そして鏡の縁には荘厳な神々の彫像が象嵌されている。

 

やがて、鏡の中に一人の老人の姿が映し出されたかと思うと。次の瞬間、鏡のそばにはその老人が一人、立ち尽くしていた。ただの老人ではない。年齢を感じさせないほど凛とした空気、そして彼から横溢する、周囲を圧するすさまじい小宇宙。黄金聖闘士ですら、これほどの小宇宙の持ち主はそうは居るまい。

 

「今生のアテナ、でよろしいですかな?」。老人が問いかけた。

 

なぜ自分がアテナであることをこの老人は知っているのか。そして、聖域の厳重な結界をかいくぐって、なぜこの老人はアテナ像という聖域の核心部にいきなり現れたのか。

そんなことが出来るのは、神をおいて他にない。アテナと呼ばれた少女は、老人を観察しつつ答える。

 

「すでにお見通しのようですが、敢えて答えましょう。いかにも、私こそこの聖域を治めるアテナです。」

 

「なるほど、今生のアテナは少々勇ましいと聞いておりましたが、確かにその通りのようですな。こうして向き合っているだけで、これまでの数多くの戦いを経て貴方様の御身に染み付いた、すさまじいばかりの決意と、その結果背負った深い悲しみが伝わってまいります。」

 

「その凄まじい小宇宙といい、いきなり聖域の核心部に現れるという所行といい、初対面なのにいろいろご存じな様子といい、貴方もまたただ者ではないようですね。私も正直に答えたのですから、次は貴方の素性を教えて頂けませんか?」

 

 

アテナが続けて言葉を発しようとしたその時、老人に向かって赤い閃光が走った。光速で放たれた閃光は、迷いの欠片もなくまっすぐに老人へと向かう。

閃光がまさに老人を貫こうとしたその瞬間、やれやれという顔をしつつ、こともなげに老人は体を翻すと、その閃光をかわして見せた。

 

立て続けに、今度は15本の閃光が老人を襲う。四方八方から老人を包むように、逃げ場がないように巧みに放たれた閃光。しかし老人はまた難なく、その閃光すべてをかわして見せる。

 

「アテナ!おさがりを! その侵入者、このミロが片付けます故!」

閃光を放ったのは、蠍座の黄金聖闘士、ミロであった。閃光の正体は、蠍座必殺のスカーレット・ニードル。本来なら避ける術のない黄金聖闘士の技、それをこの老人はまるで蚊でも追い払うように軽くいなしてしまったのだ。

 

「ミロ、勝手に天蠍宮を出てきたのですか!?」

アテナの叱責を遮るかのように、ミロは問う。

「スカーレットニードルを初見で見切るとは。。黄金聖闘士であってもこれほどの手練れはそうはいない。貴様、何者だ?」

「やれやれ、蠍座はいつの世も後先考えずに突っ走るのじゃのう。蠍というよりは、猪ではないか。蠍座の黄金聖衣には、猪の精霊でも取り憑いているのかのう?」

 

「おのれ。。」

ミロは、老人の煽りを真に受けて激高している。ミロが今にも殴りかかろうとしたそのとき、老人の周りを無数の黄金の光矢が包み込む。

 

「ライトニング・プラズマ。ご老体、アテナの御前にもかかわらず、貴方のその振る舞い、少々度が過ぎてはいませぬかな?老人に手をあげるのは気が引けるが、ここは少々痛い目を見てもらおう。」

無数の光の筋は老人に向かっている。そのすべてが老人に達しようとしたそのとき、老人は動いた。。次の瞬間、光の筋はすべて消え去っていた。

 

「ライトニング・プラズマの拳筋をすべて受け止めた、だと? しかも片手で。。貴様、何者だっ!」

 

「蠍につづいて獅子までもか。我々とともにあった獅子と比べれば少々年期が入っているようだからもう少し大人かと思ったが。。相手を見極めることもせず、ただひたすら拳を向ける。どうしてここの黄金聖闘士は筋肉バカばかりなのじゃ?」

 

ことごとく技を受け流され、ミロとアイオリアはすっかり頭に血が上っている。ただ、老人はいっこうに攻撃してくる様子を見せない。

 

「ん? これは。。 ジャミールの民か?」

老人は、何かの気配を察してつぶやく。ほどなくして、階段の下から現れたのは、牡羊座アリエスの黄金聖闘士、ムウであった。

 

「アテナ像のあたりがやけに殺気立っていると思って来てみれば。ミロ、アイオリア。二人がかりでなにをしているのです?そこなご老人も、ここが神聖なるアテナ像の前と知っての狼藉ですか?事の次第によっては、寿命を迎える前にここから冥界へ直接放り込むことになりますが。」

ムウは軽く微笑みながら、皮肉とも嫌みともつかない言葉を吐く。ただ、その目は全く笑っていない。

 

「ほう、当代の牡羊座は、これはまたずいぶんときつい皮肉屋のようじゃな。ジャミールもずいぶんと変わったものじゃ。」

「たしかに貴方からは、私と同じジャミールの空気を感じます。当代。。まるでご老体は他の時代から来たような物言いですね。」

「そうだと言ったら?どうしようというのじゃ?」

「時渡りなど、神の所行。アテナ以外の神のいたずらだとしたら、このムウ、全力で排除するまでのこと。」

「そうか。それではワシも、それなりの準備をしなくてはな?」

 

そういうと老人は、居住まいを正し、身構えた「我が身を覆え!祭壇座(アルター)の聖衣よ!」

次の瞬間、いずこからか現れた白銀聖衣が老人の身を包む。

 

「祭壇座の聖衣。。。今の世、祭壇座の聖闘士は空位となっているはず。貴方、いったい何者なのですか?」

ムウが、あまりの出来事に呆然としながら問う。

 

「よかろう、そろそろ種明かしといくとするか」

「我が名はハクレイ。243年前と486年前、この時代から見れば前聖戦と前々聖戦を戦った、祭壇座の白銀聖闘士じゃ。」

 

 


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