ダンジョンに生きる目的を求めるのは間違っているだろうか 作:ユキシア
目が覚めると見覚えのない天井。
「気が付いた?」
「・・・・・姉さん?」
顔を覗かせてきたのはアイズ・ヴァレンシュタインこと姉さんは心配そうな表情で私の様子を伺っていた。
「ここは・・・?」
「私の
「そうだったのか。ありがッ!?」
礼を言おうと起き上がろうとした瞬間、体に激痛が走った。そんな私を姉さんは優しく寝かせてくれた。
「まだ動いちゃダメ。傷はリヴェリアが治してくれたけど魔法の反動がまだ残ってるみたいだから」
「反動・・・?」
「うん、酷使するとその反動で体に負荷がかかって体が耐え切れなくなるの。私もそう」
魔法の酷使。覚えがある。背中が熱くなって私が頭に流れてきた詠唱を唱えて魔法を発動した。それでオッタルに向かって行ったが結局傷一つすらつけられなかった。
それでも精々発動してから数分ぐらいしか経っていないにも関わらず酷使扱いとなると魔力消費量が半端ないのだろう。
ああ、でも、負けたのか・・・・・私は。
ベルや神ヘスティア達を守れなかった。オッタルを倒せなかった。
その悔しさが私の心を荒らす。
『悔しいなら俺を超えてみろ』
最後に聞こえた
今の私では無理だけどいつか必ずまた戦う時があるだろう。その時は今度こそ。
そこで私は大切なことに気付いた。ベルと神ヘスティアの安否について。
「ベルは・・・白髪の少年と黒髪の女神は見ませんでしたか?」
「二人とも無事だよ。シルバーバックを倒してすぐにどこかに行っちゃったけど」
それを聞いた私は安堵した。無事でよかったと、でも、ベルがシルバーバックを倒すなんて。ベルも確実に強くなっているということか。
私も負けていられないな・・・・・。
「おー目覚めたかいな?桜たん」
入ってきたのはロキ・ファミリアの主神ロキ。こうして会うのは二度目だ。
「この状態で申し訳ありませんがお手数おかけしました、神ロキ。それと治療ありがとうございます」
「いいねんいいねん。桜たんみたいな可愛い子ならうちも大歓迎や。そや、アイズたん、リヴェリアを連れて来てくれへん?」
「うん」
神ロキの指示に退出していく姉さん。姉さんが座っていた椅子に座る神ロキ。
「アイズたんに礼いっときいよ。丸一日桜たんを看病してたんやから」
「そうですか・・・・」
オッタルに敗北してから丸一日も私は眠っていたのか。
「それで桜たんはいったい何があって倒れとったんや?」
唐突に神ロキが話を変えてきた。口調はいつもと変わらないが雰囲気は完全に先ほどまでと違う。なるほど、神は侮れないな。
「女神フレイヤに会いました」
「・・・やっぱりか。あの色ボケ女神。それで桜たんはモンスターにでも襲われたん?」
頭をガシガシ掻きながら問いかけてくる神ロキに私は正直に話す。
「猛者と戦いました。結果は完敗でしたが」
「ぶっ!猛者と戦ったんかいな!?無茶通り越して無謀やで!?」
「仕方がなかったんですよ。逃げることもできませんでしたし、させてもくれませんでしたから」
いや、逃げるという手段も考えたが結局のところ私自身もしようとも思わなかった。
神ロキの言う通り無謀だな。
「はぁ~、まぁ無事やったからええけど。桜たん、実は」
「失礼する」
神ロキの話の途中、緑髪のエルフの女性が部屋へ入ってきた。
「おー、リヴェリア。ちょうどええところに。アイズたんは?」
「自室へと休ませている。あの騒動からずっと起きているからな。無理にでも休ませておいた」
「さっすがは
「誰が
そんなやり取りを終えて空気を入れ替えるようにリヴェリアさんが咳払いをして私の傍まで寄ってくる。
「こうして直接話すのは初めてか。私の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。リヴェリアでいい」
「柳田桜です。桜とお呼びください。怪我を治してくださり、ありがとうございます」
「礼を言われるほどではない。こちらも桜には無礼を働いた。その詫びをしたにすぎない」
ああ、ワンちゃんとアマゾネスのことか。あ、そういえばワンちゃんにジャガ丸くんを買ってくるように命令していたの忘れていたな。
下らないことを思い出しているとリヴェリアさんが深刻な表情で言ってきた。
「桜。実は治療の時に悪いとは思ったが君の体を調べさせてもらった」
「うちがそういうように頼んだんや」
「はぁ」
別に何ともないとは思うけど、私は二人の話を聞くことにした。
「単刀直入に言おう。いったいどのような魔法を使った?」
「それはどういう意味ですか?」
リヴェリアさんの言葉の真意が私にはわからなかったが魔法に関しては覚えがある。
オッタルと戦った時に発動した【舞闘桜】。リヴェリアさんが言っていることはそれだろう。だけど、それがいったいなんなのか、その真意がわからなかった。
「私が桜を診た時、桜は
「それがどうかしたのですか?」
「魔法の酷使による肉体への負荷と
リヴェリアさんの言葉に私は自分が使った魔法【舞闘桜】の脅威に驚いた。
それほどまで負担のかかる魔法だったのか・・・・・。
「桜たん。もし、桜たんがその魔法を使うのならうちのファミリアに来た方がええ。こんなことでドチビの悪口いいたかないけど、その魔法はあきらかに今の桜たんには危険や。少なくとも零細ファミリアでメンバーもおらへんところで使うのは自滅行為やで?」
神ロキからのお墨付きの魔法とは。だけど、そうなのだろう。
あの時の私は無我夢中で目の前にいたオッタルを倒すことだけで頭がいっぱいだった。
その先のことなんて微塵も考えていなかった。
「今の桜たんには桜たんより上位の実力者と治療が満足にできる環境や。うちのところなら全部揃っとるし、あの色ボケ女神も手が出しにくくなるはずや」
その通りなのだろう。少なくとも今よりかは十分な態勢でダンジョンに潜れる。その上、私より強い者がいる。そう考えたらこの話はこれ以上にないぐらいいい話だ。
「ずっとおれとはいわへん。
ランクアップ。神ロキでは私は一年以内にはレベルが上がる可能性があるということか。
多くの上位冒険者を出してきたファミリアの主神だけにその言葉の重みが私の中で響く。
神ヘスティアもこのことを話せば納得して
「申し訳ありません。リヴェリアさん、神ロキ。私は自分の主神を裏切ることはできません。ですのでこの話はなかったことにしてください」
それでも私は神ヘスティアを裏切れない。
危険だとわかっていてもこれ以上にないぐらい話だとしても私には帰る場所がある。待っている家族がいるのだから。
話を断ると神ロキは深く息を吐いた。
「はぁ~。まぁ、桜たんがそう言うなら無理強いはできへんな。せっかくアイズたんと桜たんの姉妹ハグが出来ると思ったんやけど」
「ロキの言っていることは放っといて。私も桜の意志を曲げてでもさせる気はない。だが、桜、その魔法は使わないよう気にかけておけ。万が一にも使うようなことがあればその時は十分に注意するように」
「はい」
リヴェリアさんの忠告を胸にしまう。そして、まずは私自身が強くならなければ。
「そんなら体調がよくなったら桜たんも帰りよ。自分の
へらへらと手を振りながら出ていく神ロキに続くようにリヴェリアさんも出ていく。
私はしばらくしてからまだ痛む体に鞭を打ちながら神ヘスティアがいる
「ただいま戻り」
「桜君!」
「桜!」
ドアを開けると神ヘスティアが飛びついてきて勢いに負けて後ろへと倒れる。ベルも私の傍へとやってくる。
「心配したよ!いったいどこで何をしていたんだい!?怪我はないかい!?痛むところはあるかい!?無茶なことはしていないかい!?」
「神様、落ち着いてください!そんな一度に言っても答えられませんよ!」
慌ただしい神ヘスティアとそれを宥めようとするベル。そんな二人を見て私は変わっていない二人を見て思わず安堵した。
それと同時、猛者と戦いましたなんて言ったら面倒なことが起きると思い口に出さず、胸の中でしまい込んだ。
「まぁ今はいいや。そんなことより」
コホンと咳払いする神ヘスティアはベルと顔を見合わせて口を揃えて言った。
「「お帰り」」
「・・・・ただいま」
その言葉に私はここに帰って来れたんだなと思ってしまった。
「それで、モンスターに襲われてロキのところに厄介になっていたのかい?」
「まぁ、そんなところです」
ステイタスを更新しながら今までのことを若干嘘交じりに話していた。
「チッ、ロキめ。桜君に変なことしていないだろうな」
舌打ちする神ヘスティア。本当に犬猿の仲なんだなと私は納得してしまった。
「さてさて、桜君のステイタスはと・・・・ぬあっ!?」
奇声を上げる神ヘスティア。たぶん、新しい魔法の発現に驚いているのだろう。
それでも驚いたとはいえ、女神、いや女がぬあっ!って驚くのはどうだろうか?
「さ、桜君!これはどういうことだ!?」
わなわなと震えながら書き写したステイタスの用紙を見ると私は目を見開いた。
柳田桜
Lv.1
力:H104→F342
耐久:H123→E406
器用:I98→F378
敏捷:H104→F392
魔力:H101→E442
《魔法》
【氷結造形】
・想像した氷属性のみ創造。
・魔力量により効果増減。
・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』
【舞闘桜】
・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。
・察知能力上昇。
・体力・精神力消費増加。
・詠唱『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』
《スキル》
【不死回数】
・カウント3
・24時間毎にリセットされる。
・一度死ぬたび全回復する。
【目的追及】
・早熟する。
・目的を追求するほど効果持続。
・目的を果たせばこのスキルは消滅。
この異常な上昇に私の頭は真っ白になった。魔法に関しては知っていたから驚くことはなかった。むしろ、どのような効果があるのかが知れてよかったと思っている。
問題は基本アビリティの上昇値だ。トータル1400オーバー。
ベルの【憧憬一途】や私の【目的追及】はそういうスキルだというのは理解出来る。
懸想すればするほど成長するベルのスキルと目的を追求すればするほど成長する私のスキル。ベルならまだわかる。だけど、私はいつ目的を追っていた?
私自身わからない目的。だけど、アビリティのこの上昇値を見るに私の知らない所か無意識に目的を追っていたとしか考えられない。いつ、どこで?
ダンジョンに潜っていたとき?オッタルと戦ったとき?魔法を発現したとき?
どれも検討がつかなかった。
「桜君!ボクの話を聞いているかい!?」
「ああ、申し訳ありません。少し考え込んでいました。それで話とは?」
神ヘスティアの声に正気に戻った私に神ヘスティアは「まったく・・・」と呆れながらもう一度言ってきた。
「君が無茶をしたのはこの新しい魔法を見てわかった。だけど、この魔法はメリットも大きいけどデメリットも大きい。あんまり使わないでおくれよ」
「はい。肝に銘じておきます」
「うん、よろしい。それで桜君は今後はどう動くつもりなんだい?」
今後か・・・・。
神ヘスティアの言葉に私は思案する。
「今日はとりあえずはダンジョンへは行かずここでゆっくりします。明日からまたダンジョンへ潜ろうと思います」
「わかった。ベル君と一緒に行くのかい?」
「いえ、ベルには悪いですけど少しの間は一人で潜ろうと思います」
前にベルと一緒に行こうと誘ったけど、ベルと一緒にいたらベルにまで危ない目に合わせてしまうかもしれない。まずは私一人でどこまで行けるか試してからでないと。
「ん~ボク的にはベル君と一緒に行って欲しいのだけ桜君がそこまで言うのならボクは何も言わないよ」
「ありがとうございます」
主神の了承を得て、少し早めに私は睡眠を取ることにした。
今のステイタスではどうなるかはわからないが、それでも行ってみよう。10階層に。
そうして私は睡魔に導かれるように眠りについた。
「10階層へ行く許可を下さい。エイナさん」
「うん。駄目」
「ありがとうございます、では行ってまいります」
エイナからの了承を得て10階層へ向かおうとしたがエイナに肩を掴まれて止められた。
「ちょっと話をしようか」
逃げることも出来ず私はそのままエイナに連れられて応接室まで連行された。
「いったい君は何を考えているの!?」
そして予想通り私はエイナに怒られる。
「冒険者になったばかりの駆け出しは誰かな!?」
「私です」
初日で6階層まで下りたのも私です。
「君は自殺願望でもあるの!?ダンジョンは恐ろしいところなんだよ!?君みたいな女の子をパクリと食べちゃうモンスターの巣窟なんだよ!?それを10階層に行くなんて君には常識というものはないの!?」
嵐のような怒涛の説教。エイナの持論でいうなら冒険を冒そうとしていることに責めているのは理解出来る。更に普通はパーティを組んで挑むダンジョンをソロでそれもまだ冒険者になりたての私がたった数日で10階層に行こうとしているのだから常識を疑われるのも理解出来る。
「絶対に駄目!許可しません!どうして10階層に行きたいのかはわからないけど危険を冒してまで行く必要がどこにあるの!?」
「あります」
即答する。そんな私にエイナの
「確かにエイナさんの言う通り非常識なのは理解できます。ですが、私は強くなりたいのです。その為なら無茶と言われようが無謀と言われようがかまいません」
今のままでは私は神ヘスティアもベルも私自身も守ることが出来ない。
だから強くなりたい。いずれ戦う
「エイナさん、例え貴方が許可しなくても私は行きますよ」
私の言葉にエイナさんが手を額に当てて呆れるように溜息を吐く。
「はぁ~君とベル君はいったいどれだけ私に心配をかけさせたら気が済むのかな・・・・?」
「すみません」
「でも、行くんだよね」
「はい」
変わらない私の返答にエイナの口からまた溜息が出る。
「・・・・・わかった。許可するよ。ただし、少しでも危ないと感じたらすぐに逃げること!いい!?」
「わかりました」
エイナとの許可を取って私は立ち上がり応接室から出ようとした時。
「・・・・生きて帰ってきてね」
弱弱しく聞こえたその声はどれだけ私のことを心配しているのが伝わってきた。
それでも強くなる為に私はダンジョンへと足を運んだ。
ダンジョンに下りた1階層。そこには2体のゴブリンを見て私は夜桜と紅桜を抜き息を吐いてゴブリンに向かってダッシュ。そして2体のゴブリンを夜桜と紅桜で切り裂く。
「行くか」
目標である10階層に向かって私は走り出す。