ダンジョンに生きる目的を求めるのは間違っているだろうか 作:ユキシア
「相手の動きをよく見ろ。そして次にどのような攻撃がくるのかイメージだ」
「はい!」
就寝前に中庭で短剣を握り締めさせてティアに稽古をつける。
短剣で向かってくるティアの攻撃を捌きながら隙が大きいところに軽く当てて攻撃する。
まだまだ無駄は多いがティアは素質はある。
鍛え初めて数日だが、並み以上の成長をしているティアを見て私はそう実感させられる。
護身として鍛え始めたつもりだったがこの素質を腐らせるのは勿体ないし、本格的鍛えるのもいいかもしれない。
【ステイタス】を見て魔法に素質はあるのは知ってはいたが、面倒を見ているうちにそれ以外にも魔法と同等の素質があった。
ティアは年齢的は約8歳。
前の勉強ではもう中学生レベルの問題も解けるようになっているし、身体能力も世辞を抜いて十分にある。
私の次ぐらいに才能も素質もあるのかもな。
そう思いながら隙が出来たティアを見逃さずに短剣を弾き飛ばす。
「今日はここまで」
「あ、ありがとうございました……」
頭を下げて一礼するティアの頭を私は撫でる。
「ああ、汗も掻いたことだし、風呂に入ろうか」
その言葉にティアは嬉しそうに頷く。
脱衣場で服を脱いで髪を丸めてから浴槽に入る。
檜風呂だなんてこの世界に来て初めてなんだよな……。
前の世界でも檜風呂なんて古い旅館でも行かない限りお目にかかれなかったし。
そんなことを思いながらまずはティアの体を洗うことにした。
石鹸を使って泡立てながら手で直接洗っていく。
やっぱり、まだ消えないか……。
ティアの体には奴隷だった時に付けられたであろうみみずばれや擦り傷などの痕がまだ残っている。
消えるのは時間の問題だけど傷に影響を与えないように優しく洗ってやらないと。
「ほら、くすぐったいだろうけど動くな」
身をよじらせるティアに軽く注意しながら体を洗って次に髪も洗っていく。
体も傷の痕がなければ白くて綺麗だし、この銀髪もサラサラしているから将来は必ず美人になるだろうな。
まぁ、何年も先のことだろうけど……。
「目を開けるなよ。目に入ったら沁みるぞ」
髪を洗い流して湯船に浸からせてから私も自分の体を洗う。
大分この体にも慣れたものだな……。
突然このダンまちの世界にやって来て容姿が一変してから最初は戸惑いもあったけど今になってみたら今の体の方が自然になってきた。
前の体が悪いとは言わないけど美少女になって少しよかったと思う。
スタイルなんて明らかに前以上に素晴らしいの一言だ。
いや、変態達に異様にモテるようになったことを考えればプラマイゼロかもしれない。
最近はあの
「やぁ、桜君にティア君!ボクも一緒に入らせてもらうぞ!」
「どうぞ。湯船に浸かる前に髪と体は洗ってくださいね」
「それぐらいわかっているさ!」
一応注意しながら私の隣で体を洗い始める神ヘスティア。
一足早く洗い終えた私も湯船に浸かる。
ふぅ、やっぱり湯船に浸かると心は日本人だなとしみじみ思う。
「それにしても桜君とティア君は本当に仲がいいね。親子のようだ」
「まだ私のお母さん疑惑は消えてないんですね」
神ヘスティアの言葉に私は疲れるように息を吐く。
「いやいや、素質はあると思うぜ?桜君は普段から落ち着いているし、面倒見もいいからね。ボクも鼻が高いさ」
「私より春姫の方があると思いますが」
少なくとも私より母性はある。
「春姫君もさ。ボクは桜君とティア君が一緒にいるところを見て和むのが最近の日課だ」
「そこはベルにしてください」
「ベル君は癒しだ!これは譲れない!」
何をどういう基準でそう決めているのだろうか?
神ヘスティアの考えはイマイチわからない。
「そして、必ずやベル君を振り向かせて見せる!」
拳を強く握りしめて燃える神ヘスティア。
「桜君にも負けないからな!」
「はいはい」
この前の挑発が予想以上に効いたのか最近は必要以上にベルにアタックしている。
積極的になったのはいいがもう少しお淑やかになってもらいたいものだ。
昨日の夜にベルが神ヘスティアに嫌われることでもしたのだろうかと相談に乗るほどだったのだから。
リリはリリで妹キャラを通しているのか腕に抱き着いたりもするし、というかリリはベルや私より年上かもしれないな。
春姫は特に変わったところは見当たらないが私は知っている。
さりげなく手を握ろうとしたり、わざとらしくベルの前でこけたふりしてベルに抱き着いたりしていることを。
まぁ、他人の恋路に口出しをする趣味もないから神ヘスティア達には頑張ってもらいたいものだ。
今はラキア王国が迫って来て姉さんがいる【ロキ・ファミリア】は都市外にいるから今がチャンスなのかもしれないし。
私は背中を押すか、相談に乗るぐらいにしておこう。
「神ヘスティア。そんなに乱暴に洗ったら髪が痛んでしまいますよ」
乱暴に洗っている神ヘスティアを見て私は湯船から出て代わりに神ヘスティアの髪を洗う。
「おお、なんという気持よさなんだ……!桜君は髪の洗い方まで天才なのかい!?」
「女ならこれぐらい当然です」
美容院で働いたことがある私にとってはこれぐらいは当然だ。
この世界には美容院がないから全部自分でしているが。
「ティア君が羨ましいよ。毎日桜君に洗って貰えているなんて」
「こら、そんな羨むような目でティアを見ない」
羨ましそうな目でティアを見てティアは湯船に浸かって顔を隠してしまう。
本当に恥ずかしがり屋だからな、ティアは。
「ああ、気持ちいいよ……お母さん」
「誰がお母さんですか」
「アイタタタタタタタタタタ!!ごめんごめん!ボクが悪かったよ!」
手を握って頭をグリグリするとすぐに根を上げる。
そう言えば以前に神ロキの口からリヴェリアさんは皆のお母さんなんて言っていたな。
今度茶菓子でも持って二人で話でもしよう。
神ヘスティアの髪を洗い流して私達は湯船に浸かって気持ちを安らかせる。
すると、神ヘスティアが私の髪を触って来た。
「桜君の髪もだいぶ伸びてきたね」
「まぁ、出会ってから数ヶ月が経ちますからね」
神ヘスティアとベルと出会った頃は肩に触れる程度だったけど今は肩甲骨辺りまで伸びている。
特に切る気もなくこのまま伸ばすのもいいかもしれないな。
「ヴァレン何某君に似てきているじゃないか……」
「髪を握らないでくれます?」
人の髪を握る神ヘスティアの顔は嫉妬に満ちていた。
「桜君はヴァレン何某君と血縁関係じゃないのかい?」
「違いますよ。それなら【ロキ・ファミリア】に入っています」
というより無理矢理入れられるのかもしれないな。
姉さん結構寂しがり屋だし、神ロキは女好きも相まって。
ああ、うん、絶対に入っていたな。
すぐにそう悟ったが、実際のところはどうなんだろうか?
この体は私のものではないが原作ではアイズ・ヴァレンシュタインに妹は存在していない。
なら、何故アイズ・ヴァレンシュタインに似ているこの体になってこの世界に来たのだろうか?
この謎は解けそうにないな……。
そう思うとティアが私の腕を掴んできた。
「上がるか?」
そう言うとティアは頷き私達は湯船を出る。
「それでは神ヘスティア。お先に」
「ああ、ボクはもう少し入ってから寝るとするよ」
「それではお休みなさい」
「お休みなさい……」
体を拭いて寝巻に着替えた私達は廊下を歩くとティアが私に言った。
「あ、あの、一緒に……」
「ああ、一緒に寝ようか」
そう答えるとティアはすごく嬉しそうに首を縦に振る。
まだまだ甘えたい年頃でたまにこうして一緒に寝たがるティア。
私自身も特に抵抗もなく一緒に寝ることがある。
神ヘスティアは羨ましいと叫んだこともあったな。
ベルや【ファミリア】の者には大分打ち解けられるようにはなっては来ているがまだまだ根っこの部分は回復していない。
精神治療は本人自身で少しずつ回復していくしか手はない。
私にできることと言ったらこうしてティアの心身を鍛えて、こうして優しくするしかない。
まぁ、経過は順調だし今は問題はないか。
問題はないと結論を出して私はティアと一緒に眠りについた。