鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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あたしの望み

『隼鷹。俺と一緒に……人生を歩んでくれないか』

 

 嘘つき。

 

『隼鷹は俺の天使! マイスイートハニー隼鷹!!』

 

 一緒に人生を歩いてくれるって言ったじゃん。

 

『隼鷹!! 愛してル!! ……だカラ……絶対ニ沈むなぁああアアア゛ア゛!!!』

 

 あんたが先に死んでどうするの……あんたが隣にいないと……あたしは……

 

 おびただしい数の敵艦隊に包囲された絶望の状況の中、あたしはそれ以上の絶望に突き落とされ、呆然と空を見上げて提督の残滓を探すことしか出来なかった。

 

 この防衛戦において、提督は私たちと一緒に最前線で指揮を取ることに固執したが、それをあたしたちは拒否した。

 

「隼鷹……俺はお前たちと一緒に戦いたいんだ」

「ダメだよ。指揮官が前線に出て万が一死んだら、勝てる戦いも勝てなくなる」

「……」

「提督、あたしたちはね。ただ守るためじゃないんだ。球磨も北上も加古も、守るだけじゃなくて、生き残ることを考えてるんだよ」

「……わかった」

 

 最終的に提督は渋々執務室での指揮を呑んだ。これで提督は守れる。あたしが沈んでも、あたしが愛する男はこれで守ることができる……その時はそう思った。

 

 だが実際の戦闘はそう甘くはなかった。執務室で指揮を取っていた提督は、戦闘が始まってまもなく、三式弾の雨に射たれた。対策は万全だったはずだが……資金に乏しく設備の維持管理に難があったためか……執務室は三式弾の雨で崩壊し、中で指揮を取っていた提督を容赦なく潰し、焼いた。

 

 私の耳にこびりついて離れない、愛する男の断末魔の通信……提督は、自身が焼け爛れていく苦しみを緩和することよりも、あたしへの気持ちを吐露することに全力を傾けた。

 

『熱い! 熱い!! ァァァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』

「提督!!! 今助けに行くから!!! 提督!!!」

『来るナァァァァァアア゛ア゛ア゛!!!』

「提督!! あたしが行くからそれまでは……」

『聞け!!! 隼鷹!! ジュンヨウ!!!』

「は、はいッ」

『隼鷹!! 愛してル!! ……だカラ……絶対ニ沈むなぁああアアア゛ア゛!!!』

「提督!! やめてそんなこと言わないで!!」

『ジュンヨウ! ……ジュンヨ……ジュンヨウ……』

 

 提督……あんた言ったじゃん。『一緒に人生を歩んでくれないか』ってあたしを誘ってくれたじゃん……なのになんであんたが先にドロップアウトしてんのさ……残されたあたしはどうなる……どうすりゃいいんだあたしは……あんただから受け入れたんだよ? あんただから、一緒に歩こうって思えたんだよ?

 

 球磨と北上の怒号が響き、加古をはじめとする砲撃音が周囲の空気を揺さぶる……これだけの喧騒なのに、空はキレイで静かだ。

 

 大空に、愛する男の笑顔が見えた気がした。その顔は、軍人としての彼の顔ではなく、執務室での他愛無い会話をしてる時の……秋祭りの夜店でみんなに振り回されてる時の……調理室で大好きな料理をしている時の……あの、朗らかな笑顔だった。戦闘時の厳しさや険しさもなければ、焼け爛れていった時の苦痛もない、ただただ朗らかな、心からの笑顔だった。

 

「なんでさ……提督……なんであたしより先に……」

 

 あたしには、人に言えないもうひとつの望みがあった。

 

『提督ー。ちょっと聞いてよ』

『ん?』

『あたしさ。希望ってか夢っつーか……そういうのがあって……』

『ほう』

『一つは、提督と一緒に、平和な毎日を過ごす』

『いいね。実現させよう』

『もうひとつがさ。死ぬ時は轟沈じゃなくて、今みたいに……惚れた男の腕の中がいいなー……なんて』

『……』

『ほら、艦娘ってさ。死ぬ時は海の上じゃん。そうじゃなくてさ』

『聞かなかったことにしてやるから、二度とそんな話をしないでくれ』

 

 その望みは、もう叶うことはない。なぜならあたしが愛する男は、私より先に逝ってしまったから。

 

 別に深い意味があって言ったわけじゃない。ただどのような形であれ、死ぬ時はこの男に抱かれて死にたい。提督に最期を看取って欲しい。提督とケッコンして何度も彼に抱かれるようになり、この人に最期を看取ってもらいたい……そう思うようになった。

 

 提督がこの話を聞きたがらなかった理由はよく分かる。彼はもっと前向きな話がしたかっただけだ。あたしたちの無事と幸せを願い、そのためならどれだけ上層部から煙たがられようと実現してしまう提督は、あたし達を本当に大切にしてくれていた。

 

 自身が『それがみんなのためになる』と思えば、提督はどんな苦労も厭わなかった。どんなに司令部に煙たがられ憎まれようと、何度も何度も頼み込み美容院を建てた。以前に率いていた鎮守府では、解体処分された艦娘たちの処遇改善の上申書を常々出していたとも聞く。彼はそんな人だ。軍人としての厳しさより、人としての優しさと朗らかさが似合う男だった。

 

 そんな彼が、最前線に建てられたこの鎮守府を任されたのは……ある意味では彼を疎ましく思った司令部の意趣返しかもしれないし、ある意味では名采配といえた。この激戦区……次々と仲間が沈んでいくこの環境下で、皆がそれでも希望を持って戦ってこれたのは、彼の功績が大きい。

 

 そんな提督に、あたしが人生のパートナーに選ばれたことが、あたしにはとてもうれしかった。女性として魅力的な子ならもっと他にもいたし、彼に惹かれる子も決して少なくない中で、彼はあたしを選んでくれた。

 

『ねえ飛鷹?』

『んー?』

『えとね……』

『なんなのよ急にかしこまって……隼鷹がそんな態度とるだなんて怖いわね……』

『プロポーズされた……』

『え……提督から?』

『うん』

『ホントに?!』

『う……うん』

『よかったわね隼鷹!』

『ありがと……』

 

 提督からのプロポーズを受けた後、そのことを真っ先に伝えた飛鷹は、自分のことのように喜んでくれた。『妹と義理の弟を守るためにも、私はこれからも頑張らなきゃね!』と張り切り、次の日から提督にも姉の顔を見せ始めていた。

 

 その後、飛鷹が轟沈し、他の空母のみんなも轟沈していき……最後に残ったあたしは、皆の艦載機を受け継ぎ提督と共に生き抜いて、平和な世界で幸せに生きようと決意したのに……皆の分まで、提督と幸せになろうと決心したのに。

 

――いつまで腑抜けてるのよ!

 

 懐かしい声が耳元で聞こえた気がした。いつも私のことを心配してくれていた、姉の飛鷹の声だ。もう長い間聞いてなかったのに、今も鮮明に思い出せる飛鷹の声が聞こえた。

 

「飛鷹?」

 

――提督にはいつかまた会える それよりも今は、自分の仕事をしなさい!

 

 ……そうだね。提督にはまた会える。すぐかもしれないし、すぐじゃないかも知れない……でもきっとまた会える。ならば今は泣いてる場合じゃないね。今は戦う時だね飛鷹。

 

 改めて戦場を見る。球磨と北上が敵陣に切り込み、加古があたしを守っている。三人の連携を見るに、目的はあたしの防衛。……ならばあたしが取るべき行動はひとつだ。そしてそれには、加古の協力が必要だ。

 

 加古に近づく。加古は球磨と北上が倒しそこねた敵艦を正確に打ち抜いていた。近づくあたしに気がついた加古の目にはまだ光が宿っている。加古もまだ、この戦いを諦めてはいない。

 

「ごめん加古。待たせたね」

「もういいの?」

「ああ。今はやらなきゃいけないことをやるよ。提督とは、その後で会えばいい……加古、頼みがある」

「ん?」

「あたしはこれから艦載機を召喚する」

「だね。空母はそれが……」

 

 あたしの方を見ることなく、冷静な砲撃を敢行し続けている加古。今も球磨が撃ち漏らした敵を一体、重巡の強烈な砲撃で始末していた。

 

「仕事だッ……!」

「制空権が取れれば、あんたなら観測射撃も出来る。それまでの辛抱だ。それまであたしを守ってくれ」

 

 うぬぼれでもなんでもない。この絶望的な状況をひっくり返せるのは、空母であるあたし以外にいない。

 

「オーケー。隼鷹は召喚に専念して。私たちが指一本触れさせない」

 

 加古は笑顔でそう答えてくれた。ありがと。恩に着るよ加古。それじゃあやろうか。

 

 飛鷹譲りの巻物を大げさに広げ、あたしは召喚術の準備に入った。加古が球磨と北上に指示を飛ばし、あたしを敵から守ってくれる。おかげであたしは召喚術に専念が出来る。ならばあたしは、一秒でも早く術を完成させよう。あたしはただひたすらに詠唱を続け、術の完成を急いだ。

 

「ぐあッ……」

 

 加古の悲鳴が聞こえた。詠唱を中断するわけには行かないが、そうも言ってられない。加古を見ると、彼女はあたしを撃ってくる敵艦隊の前に立ちふさがり、その砲撃の一切をその身で受けて、あたしを守っていた。

 

「加古……!」

「……大丈夫。あんたは私が絶対に守りぬく。だから早く艦載機を呼んで」

 

 分かった。あたしは自分の仕事をする。この大空を、あたしの艦載機で埋め尽くす。

 

――がんばって

 

 飛鷹の声が再び聞こえ、あたしに力をくれた。詠唱が完了し、召喚する準備が整った。

 

「いくよ飛鷹」

 

――ええ

 

 いつの間にかあたしの背後に立っていた飛鷹と共に、巻物を翻した。その途端、巻物からあたしのヒトガタが飛び立ち、それらが大空を駆け巡って艦載機に変化した。艦戦が敵艦載機を次々と撃墜していき、艦攻と艦爆が敵艦隊に向かって飛び立っていった。

 

――隼鷹!!

 

 分かってる。これで終わりじゃない。あたしはまだ呼べる……飛鷹がいるなら、まだ呼べる!!

 

「まだだ!! まだ呼べてない!!」

 

 再度巻物を展開し、あたしは飛鷹と共に艦載機を召喚した。……それは、空母みんなから預かった艦載機と、それにこめられた、みんなの気持ち。

 

「ものどもかかれぇぇえええ!!!」

 

 私の背後に、かつて共に戦った空母たちの姿を感じた。彼女たちは矢を構え、からくり箱を開き、たくさんの艦載機を空に放ってくれた。

 

――数が少なくても精鋭だから……!!

 

 ありがとう……瑞鳳の天山は本当に心強いよ……

 

――攻撃隊発艦!!

 

――サーチ・アンド・デストローイ!!

 

 ありがとう千歳、千代田……やっぱりあんたたち、仲いいね……

 

――アウトレンジで決めるわよ!!

 

 そうだね瑞鶴……あんた、アウトレンジにこだわってたもんね……

 

――行くわよ! 全機爆装!!

 

 飛鷹……私の姉……やっぱあんた、頼りになるわ……

 

 あたしが呼んだ……いや、みんなが発艦させたおびただしい数の艦載機は、大空を埋め尽くしていった。瑞鳳の天山と瑞鶴の彗星が敵艦隊を次々と撃沈し、千歳と千代田の艦戦が敵機を次々と撃墜していった。そして飛鷹が放った艦爆たちも、敵艦隊を次々と撃沈していった。

 

 その身で砲撃を防ぎ続けた加古が倒れ、防いでくれていた砲弾のすべてがあたしの身体に命中しはじめた。でもね。もう遅いよ。あたしは自分の仕事をした。あとはあんたたちが沈むのを待つだけさ。

 

 確かに、今のあたしは気力が尽きて動けない。砲撃を身をよじって交わすことすら不可能だ。このまま、いずれ沈むだろう。限界以上の艦載機を召喚し、かつての仲間を呼んだんだ。仕方ない。もう立ってるだけの元気すらないよ。

 

 ……でも、あんたたちの負けだ。あんたたちは、あたしたちに負けたんだ。あたしたちが呼んだみんなに負けたんだ。

 

 この艦載機たちはあたしが呼んだんじゃない。あたしが呼んだみんなが放った艦載機だ。だからあたしを沈めても無駄だよ。あたしたちは勝った。

 

「へへ……よかった……隼鷹……」

「ん……?」

「ありがと……こんなにやってくれるとは思わなかった……」

 

 すでに息も絶え絶えの加古が、あたしに向かってそう言ってくれた。何言ってんだ。あんたのおかげだよ。あんたのおかげで、みんなを召喚することが出来た。

 

「そっか……よかった……」

 

 あたしの言葉を聞いて満足したのか……それとも安心したのか、加古はそのまま仰向けに倒れた。砲撃で潰されたのだろうか……姉の古鷹と同じ左目が潰れていた。こんなになってまであたしを守ってくれたおかげで、あたしはここまでのことが出来た。加古、ありがとう。

 

「加古……ありがと……またあとで……」

 

 もはや気力も尽き、動くことも、敵の砲撃を回避することも出来なくなったあたしは、ほどなく轟沈してしまうだろう。加古、あとでじっくり礼を言わせて。提督の元に行く前に、酒でも奢らせて。

 

 加古が海中に沈んでしばらく経った頃、大幅に頭数を減らした敵艦隊が、少しずつ撤退していくのが見えた。それにつれて、大空でひしめきあっていたあたしたちの艦載機が次第に姿を消していく。数枚のヒトガタは元の紙に戻って私の元に戻ってきたが、行き場をなくしてやがて着水し、ふやけて沈んでいった。

 

 ヒトガタが行き場を失くした理由は明白。あたしの巻物はすでに海中に没し、あたしもまた、限界まで気力を使い果たし敵の攻撃にさらされた結果……身体の半分以上がすでに沈んでいるからだ。

 

「隼鷹!」

「沈んじゃダメクマぁぁああッ!!」

 

 ズタボロになった二人の姉妹があたしの元に駆け寄ってきた。よかった……あんたらは無事だったんだね……

 

「二人とも……ハルに……よろし……」

 

 二人は急いであたしの元に来ようとしたみたいだけど、あたしに気づくのが遅かったみたいだ。二人はタッチの差で、あたしの轟沈に間に合わなかった。必死に伸ばした二人の手は、あたしに届くことはなかった。あたしは冷たい海の底に沈んでいった。

 

――隼鷹、お疲れさま

 

 飛鷹たちこそ……ありがとう。みんなのおかげで、北上を助けることが出来た……球磨を惚れた男の元に行かせてやることが出来た。どれだけ感謝してもし足りないよ。ありがとう。

 

――隼鷹 俺は言ったはずだ 生き延びろと言ったはずだ

 

 提督……あんたこそ、あたしとの約束を破ったくせに……あたしはあんたの隣に行くよ。それが約束だからね。

 

――……生き延びて欲しかった

 

 いいよ。あとは球磨と北上に任せよう。あたしたちが成し得なかったことは、きっと球磨とハルが成し遂げてくれる。そして二人の行く末は、きっと北上が見守ってくれる。だから大丈夫。あたしたちの希望は、三人に託そう。

 

 ……思い出した。結局あたしは、この男の胸で死ぬことは出来なかった。あたしの希望をさりげなく叶えた川内が羨ましい……あたしも惚れた男の腕の中で死にたかったな……こんな冷たい海の中じゃなくてさ。

 

――すまない……

 

 いいよ。仕方ない。だから提督。寒くならないように、またいつもみたいにあたしを抱いてよ。

 

――短い時間だったが……隼鷹とともに歩けて幸せだった

 

 あたしもさ。あんたの隣にいられて、とても楽しかったよ。でもね。あたしはまだまだあんたのそばから離れないよ。そういう約束だからね。

 

 さーて……提督。あんたの天使の隼鷹さんがこれから帰るよ。惚れた男の腕の中にね。

 

 終わり。

 

 

 

 


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