鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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前編
1.初対面はコークスクリュー


 自分がかつて通っていた小学校の正門のような年季の入ったボロさの正門を前に、俺は自分が持っていた鎮守府イコール最先端技術が所狭しと並んだ軍事基地……というイメージを変えざるを得なかった。

 

「やば……鎮守府ってこんなボロいとこだったのか……」

 

 深海棲艦と人類が戦い始めてもうずいぶん経つ。俺は自分の床屋を出すにあたり、自分の故郷から離れたこの鎮守府を選択した。確かに以前から貯金をしていたとはいえ、開店資金が乏しかった俺にとって、店舗の無料貸与だけでなく日々の売上にプラスして危険手当を毎月くれるという好待遇はありがたい。激戦地ゆえの好待遇という話だったが、それでも一刻も早く店を出して独り立ちしたかった俺にとってはありがたい話だった。

 

 おえらいさんの話によると、鎮守府ってのは前線基地というよりは在りし日の米軍基地みたいな施設だそうだ。鎮守府には深海棲艦に唯一対抗し得る存在と言われている『艦娘』とかいう女の子たちが在籍していて、日々深海棲艦の脅威から俺達の平和と安全を守ってくれているらしい。化け物と戦える女ってどんなゴツい女なんだか……。

 

 今回、その艦娘たちの慰安目的でこの鎮守府に床屋を建てる事になった。そんな募集要項が、自分の店を出そうと考えていた俺の目に止まった。思い立ったが吉日で軍の募集に応募した結果トントン拍子で話が進み、ついに鎮守府内に自分の店を出せることが決まった。

 

 そして今日から俺は、晴れて正式にこの鎮守府内の床屋“バーバーちょもらんま”の店長として赴任することになる。店の名前が若干おかしいのは、今は亡きおれのじい様が『いつかチョモランマに登ってみたいなぁ……』と耄碌しながら言っていたのを覚えていたからだ。おかしい名前なのは自覚してる。笑うな。

 

「こんちわー。バーバーちょもらんまの店長の吉田ハルでーす」

 

 正門前の守衛室らしき部屋の窓を叩き、そう呼びかけるが返事はない。というか部屋の中に人の気配がまったくない。改めて窓ガラスを軽くノックしてみるが、返ってくるのは静寂ばかりで人の気配すらない。鎮守府って最新機密満載の軍事施設じゃないのか? これじゃただのやる気ない小学校だぜ? そら確かに一応門の扉は閉まってるけど、試しにちょっと扉を押してみたら簡単に開きやがったし……

 

 軍事施設というにはガバガバなセキュリティーに混乱しながら正門の扉を開くと、そこにいたのはセーラー服を来てやたらでっかいアホ毛を携えた、16歳ぐらいの女の子だった。いきなり出てくるから一瞬変な声が出た。

 

「へあっ?!」

「どちらさまクマ?」

「あ、ああ……今日からバーバーちょもらんまの……」

「ここは関係者以外立入禁止クマよ?」

「いやだからバーバー……」

「怪しいヤツだクマ。不審人物クマ?」

「いやいやそう聞かれて『その通りですキリッ』とか答えるアホはおらんだろ」

「なるほど。確かにそのとおりだクマ」

 

 いちいち語尾に変な言葉をつけながら、その女の子はジト目で俺を見据える。よく見ると巨大なアホ毛が俺に切られたがっているようにうにうにと動いていた。何なのこの子のアホ毛キモいんですけど。

 

「とりあえずちょっとこっち来るクマ」

 

 その女の子はジト目のまま扉を開き、ちょいちょいと俺に手招きをして鎮守府に招き入れた。

 

「なんだよ立入禁止なんじゃないの?」

「そういう揚げ足取りはいいから早くこっち来るクマ」

「ほいほい」

 

 女の子の手招きに応じて、俺が敷地内に入ったその瞬間だった。

 

「隙ありだクマッ!!」

 

 その子は俺の右手を取ると……

 

「うおッ?!」

「覚悟するクマ不審者ぁぁああああアアアッ!!!」

 

 素早く俺の懐に入り込み、女の子の癖に有り余るパワーで俺を一本背負いで投げやがった。投げられた俺は元々運動が苦手なこともあり、受け身も取れずモロに地面に叩きつけられ、痛みで一瞬息が止まった。

 

「うがッ?!! いでッ! マジいてぇえ?!!」

 

 そうして俺が地面の上でジタバタしながら痛みに耐えていると、この女の子は思いっきり握りしめた自身の右拳を……

 

「クマッ!」

「がふぅッ?!!」

 

 思いっきり振りおろし、俺の腹にえぐり込むように刺し込んできやがった。『ドフッ』という音と共にコークスクリュー気味に突き刺さった拳のおかげで、俺の肺の中の空気は1シーシー残らず絞りだされ、おれは呼吸がままならなくなった。

 

「かひゅー……かひゅー……」

「ふっふっふっ……このクマが不審者を成敗したクマッ!!」

 

 気を失う寸前、そんなセリフが聞こえてきた。だから不審者じゃない……説明させろ……と言いたかったのだが……言おうとしても、呼吸という人間にとって最も大切な行動が行えなくなっていた今、言葉を発するなんて高等な行為が行えるはずがない。俺の意識はそのまま別の世界に旅立っていった。

 

 気のせいだと思いたいが、気を失う寸前、死んだじい様が川の向こう側でこの女の子と踊っている姿が見えた気がした。じい様……そんなところでその女とツイストなんて踊ってないで、孫の俺を助けて……

 

『コラーッ!! 球磨! その人は……』

『クマッ?!!』

 

 これが、俺と球磨との出会いだった。

 


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