「(樫原仁慈ですが、部屋の空気がカオスです……)」
仁慈の実力に興味を持ったロキが行った仁慈とレベル5冒険者、
誰も彼もがティオナの勝利を考えていたが、その考えは覆されることとなる。仁慈は自分の身体能力と戦闘技能を十分に活用してティオナの攻撃を捌き切り、勝利を収めた。
だが、それによって元々高かった神々の関心はMAXに近付き、仁慈の力を目の当たりにしたフィンをはじめとするロキファミリアの幹部達も何かしらの関心を集めていた。
――――――ゆえに、仁慈の居心地の悪さはとんでもないものであった。ついでにアスフィも罪悪感とか良心の呵責とかで大変なことになっていた。
「なんや、仁慈。お前さんめっさ強いやんか」
「まぁ、これでも自分が居たところではなかなかの強さを持ってますからね」
本当はなかなかどころの強さではないのであるが、流石にそれを自分で言うのは恥ずかしく、それで居て神薙ユウのような正真正銘の化け物を知っているためにそう言う。この言葉が彼らに、また誤解を抱かせるのだがそれは関係ないのでいいとしよう。
「どのようにしてあの技術を見につけたんだい?」
「アラガミと戦う中で自然と、ですかね。神機使いは戦う力を持っても決して力で勝てたり速さで勝ったりということができません。こちらの世界のようにレベルを上げるといって身体能力の底上げは出来ないので、このように技術を磨くしかないのです。力で勝れないなら受け流す、必ず先制を取れるように視界から外れる……これらはデフォスキルですね」
「ふむふむ」
「神機使いは数も少ないですから、本気の戦闘に置いては何でもしますよ。不意打ち、ハメ殺し、同士討ちの誘発……ようは、勝てばよかろうなのです」
敵は自分達の状態も強さも考慮して襲ってはくれない。それにもとよりアラガミのほうから仕掛けてこと、数的な不利もあり、何が何でも敵を減らし、自分達に有利になるようにする。それこそ、今の神機のように変形機能がついていなかったときから受け継がれるものである。要は極東の神機使いは大体修羅。
「まぁ、当然だね。敵のほうが自分よりも強い場合には手段なんて選んでられないからね。君達の世界では特にそのようだったし」
フィンは仁慈の返答に嬉しそうに同意した。
戦いを指揮する側としては、こういう発想を持ち、尚且つ実行に移せる人物は好意的に見るのだろう。
彼と同じくロキファミリアの最古参メンバーのガレス・ランドロックも仁慈の力と発想が気に入ったようで彼に言葉をかけていた。……拳と同時に。
「お前さん強かったんだな!それも見抜けないとは……ワシも衰えたものよ」
「そんな強力な拳繰り出せるならまだまだ現役だと思いますよ。ただし、いきなり殴りかかるのはどうかと思いますけど」
僅かに後ろに下がり、手も引くことによって衝撃を緩和しつつガレスの拳を受け止めた仁慈はそう告げる。 しかし、言われた当の本人は笑うだけで全てを誤魔化した。謝ってよ……と思った仁慈は悪くないだろう。
「なぁなぁ、仁慈。ウチはお前のことが結構気に入ったで」
「は、はぁ」
「せやからウチのファミリアに入らへんか?」
『ファッ!?』
ガレスを離し、受け止めた腕をグルグルと回す仁慈にロキが唐突にそう言った。これには神も、一流冒険者も、二流冒険者も関係無しに驚きの声を上げる。あの女好きのロキが自ら男を勧誘したと。
「いや、でも、自分は神の恩恵を受けられないので、冒険者になることもましてやダンジョンに潜る事も出来ないのですが……」
「大丈夫や、問題あらへん」
「(すっごく不安だ……)」
キリリとした決め顔で即答するロキに仁慈は言いようの無い不安を感じた。なんというか完全にフラグっぽいのである。
ここでようやく、ロキが男を誘ったショックから開放されたヘルメスが会話に割って入ってきた。
「ちょっとそれは困るな。この子に一番初めに目をつけたのは俺なんだから」
「なんや、ヘルメス。ウチの邪魔するって言うんか?」
「俺だって優秀な人材が欲しいのは同じさ。アスフィも、彼を大層気に入っているようだしね」
チラリとヘルメスが視線をアスフィへとずらす。彼女はその視線から逃れるようにそっぽを向いた。ヘルメスは分かりやすいとくすくす笑いつつロキに向き直る。
「でも、お前のファミリアじゃあ有事のときに庇いきれんやろ。もしかしたら仁慈はこの町の全ての人間から狙われるのかもしれないんやし」
「…………」
「んぇ?どういうこと?」
ロキが言った一言に今まで黙って状況を見ていたティオナが尋ねる。
「こいつの存在は一応、今日行われた神会で明らかになっとる。でもな、その詳細は一切知られてへんのや。公になっとる情報は、神の力の無効化、最低でもレベル5クラスの力、異世界から来たこと、神喰らいであったこと……。正直、これだけでも狙われるレベルの情報やな。それが勧誘か抹殺かはともかくとして」
最低でもレベル5クラス。
その言葉を聞いたティオナを含めたレベル5組はさりげなく驚くが流石に最古参であるレベル6の三人にはそれが分かっていたのか特に反応はしなかった。だが、ロキが何を言いたいのか粗方察したようだ。
アスフィもそれにたどり着いたようでまさかと言った雰囲気を出している。
「それに、その武器のことや。仁慈以外の者が触ったら、アラガミちゅう化け物になってしまう……これが広まったらえらいことやで」
そこから先は皆が想像出来るからか、これ以上口を開くことは無かった。
神機のことがばれれば確実に抹殺のほうに天秤が傾くだろう。仁慈を殺さないほうが安全だとそう伝えるのは簡単だが信じてもらえるかはまた別だ。僅かでも可能性があれば襲うには十分な理由だ。
「………心配ご無用。俺に策はある」
「そうか。ならお手並み拝見や」
「……俺の意思は何処に言ったんですかね」
本人の意思をガン無視したまま話がついたらしい。
あまりにも唯我独尊を行く神々を前に仁慈は深々と溜息を吐く。そして、溜息を吐いたところで、
「――――しつこい」
ティオナとの戦いの辺りから感じていた視線の主に向けて全力で殺気を放つ。それが効いたのか、視線はぱったりと止んだ。
「どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと先程から見られていたようだったので」
「………それ、ホンマか?どんな感じやった?」
「殺気や敵意はありませんでした。観察している、というのが適切ですね。まぁ、少々ねっとりした感じでいい気分ではありませんでしたが」
「うわー……その表現と行動、心当たりあるなぁ」
「十中八九アイツやろな。これまたエライ面倒なやつに目ぇ着けられたで……」
彼らの反応でどう考えてもいいことは起きないだろうと、漠然と仁慈は思った。
―――――――――――――――――
「―――――っ!あらあら、ばれてたのね……」
ここはバベルの最上階。
オラリオでも最大にして最強ファミリアでもあるフレイヤ・ファミリアのホーム。その一室で水晶のような球体に映る仁慈に視線をフレイヤは向けていた。
その映像に映ったのは信じられない仁慈の実力。恩恵もなしにレベル5の冒険者に勝利した。それも唯勝利しただけではない。勝負内容は終始仁慈の優勢で彼が戦いの流れをコントロールしているといっても過言ではなかった。そうして見ていると、向こうもこちらに気付き、濃密な殺気を飛ばしてきた。自分が殺されるというヴィジョンがはっきりと浮かぶほどのものを。
――――フレイヤは身をもって知った。あれは自分達の天敵であると。
確実に殺されると思ったのは初めてではないだろうか。意識せずに冷や汗がたれるがそれも含めて思う。
――――面白いわ
魂の色は鮮烈な紅色。
その輝きは他の魂のはるか上をいく。
彼女の見てきた魂の中でもその輝きはトップクラスのものだった。彼女は知らないが元々居た世界で一度世界滅亡を阻止した本物の英雄であるため当然だったが、それでも人一倍鮮烈な紅色に、人をモンスターを神々でさえも魅了させる自分が逆に魅了されてしまった。
――――ベルと同じく手に入れたい。あの紅を。
「オッタル」
「ここに」
行動の方針を決めたフレイヤは、このオラリオ最強の冒険者であるレベル7のオッタルを呼びつける。
彼はすぐにフレイヤの前にひざまずいた。
その様子に怒った様な感情の揺れは存在しなかった。自分を侮辱するものには激昂するオッタルが自分に殺気を向けられて平然としていられるのは考え難いとして、あの殺されるというヴィジョンが浮かんだ濃密な殺気はピンポイントで自分にのみ向けられたものであるということが分かり、さらに欲しくなった。
「………近々ここに移る人間と少々遊んできてあげて頂戴。ダンジョンの中でね」
「畏まりました」
心酔する主神の言葉に二つ返事をするオッタル。
そんな彼を満足そうに見るとフレイヤは仁慈がダンジョンに入れるように手を回すのであった。
―――――――――――――――
「じゃあね、仁慈。また戦ってね」
「今度は是非、相手をしてほしいな」
「ワシも頼むわ」
「…………」
「………また」
「妹がごめんね」
「仁慈ー!ヘルメスんところが嫌になったらいつでもこっち来い。歓迎するで、盛大にな!」
「お前ら、少しはまともに見送らんか」
何処までもマイペースなロキファミリアの面々に見送られながらヘルメス、アスフィ、仁慈はすっかりと暗くなったオラリオを歩いていく。
「ヘルメス様。あのようなことを言ってましたが、本当に秘策なんてあるんですか?」
「ん?問題ないよ。そもそも、仁慈に危害を加えられる存在はこのオラリオの中でもかなり限られるから。それに、唯一の懸念だった彼女も、排除には行かなかったみたいだしね」
「は、はぁ……」
何のことだか分からないアスフィはあいまいな返事をする。
一方仁慈は本当にこのままヘルメスのところで世話になっていいのか疑問に思っていた。
「いいんですか?さっきも言いましたけど、ダンジョンは入れませんよ?」
「そっちのほうは俺がなんとかする。だからさ。君にはアスフィたちではなかなかもぐれない下層の方にアスフィを連れて行って欲しいんだ。彼女はこれでも万能者と呼ばれるほど、道具作りに優れていてね。なかなか取れない下層の素材も取れるように慣れれば、商業系のファミリアであるうちは結構な利益になるんだ」
「はぁ!?」
「なるほど」
初耳です、というか正気ですか!という感情が丸見えのアスフィ。納得したように頷く仁慈。対照的な反応であった。
「(いいんですか?彼が死んだら洒落にならないんですよ!?)」
「(問題ないよ。おそらく、彼はそのくらいでは死なないだろうし)」
ティオナとの模擬戦と仁慈の過去、そして彼自身の立ち振る舞いから下層くらいでは死なないだろうとヘルメスは当たりをつけた。
彼の技量と身体能力もさることながら何より防御無視で攻撃できる神機があるからである。
「(でも、どうやってダンジョンに入れるようにするんですか?)」
ダンジョンは冒険者しか入れない。
いくら素でレベル5以上の戦闘力を持っていたとしてもギルドがそれを認めるかどうか。
「(そこは神である僕が声をかければ問題ないさ)」
それを最後にヘルメスは何も語らなかった。アスフィは諦めて彼の後に続く。
仁慈は、先程感じた視線について考え、なんとなく飛んできた方であるバベルを見ていた。
ヘルメス「(それにしても)」
ロキ「(まさかフレイヤが目つけるとはなぁ……)」
ヘルメス&ロキ「(はぁ……)」
フレイヤ「~~♪」
仁慈「――――ッ!!!」(強烈な寒気)