今から帰ろうとしたのにまた戻ってきてしまった豊饒の女主人。出て行ったすぐ後にまた入ってきたから、従業員さんと女主人の視線が痛いこと痛いこと。俺だって自分から戻ってきたわけじゃあないよ。
俺がすぐ入った後から続く人たちを見て合点がいったらしい女主人は俺に少しだけ同情的な視線を向けた。その視線が俺をとても不安にさせます……。
「(アスフィさん。なんでまたこの店にすぐさま帰ってしまったんでしょうか?)」
「(すみません。神にはあまり大きく出れないもので……それがこのオラリア最大ファミリアの一角となると……)」
何処の世界、いつの時代も権力には抗えないものなのだろう。彼女の表情を見て思わず不憫に思ったので気にしないようにも言っておく。
「ホラ、そこの神喰らいの兄ちゃんもこっちに来んかい。アンタの世界の話とか色々聞かせてや」
こちらの事情は関係ないと、糸目の女性―――女性?……多分女性の神に呼ばれる。そこにはテーブルを一つ二つ貸しきってお酒を飲み始めている男女の集団があった。というか、あの人神なんだよな。何で似非関西弁を使っているんだ。一体何の神様なんだ……?
たこやき神か?それともグ〇コが神格化したのか?
そんな疑問を抱きつつも、呼ばれたとおりに近付く。
「なに立ってんの。しっかり席もとってるから、はよ座り」
「は、はぁ……」
椅子を引くことで俺の座る場所を分かりやすく示してくれた。しかし、今はその気遣いが怖い。あそこに素直に座っていいものなのだろうか。チラリとアスフィさんを見る。彼女も彼女でなかなか手一杯と言った雰囲気でった。表情も微妙に硬くなってるのが分かる。
まぁ、ここで帰るのはどう考えても得策とはいえないためにおとなしく座る。その直後に女神……うん、女神は店員を捕まえて注文を終えるとすぐさまこちらに視線を向けて、そのままロックした。
「なぁ、アンタ。異世界から来たんやろ?アンタの居た世界はどんな所だったん?というか、神喰らいが職業として成り立つくらい神々が闊歩してるん?」
「あー……えっと……」
なんと説明したらよいのだろう。
というか、まだ俺は貴方達のことを欠片も知らないんでけど。向こうはこうして話しかけている以上知っているとは思うんだけど……。
なんともまぁ、困り果てていると見た目十代前半の金髪の少年が察してくれたのか俺にくい気味で言葉を発する糸目の女神を止めに入ってくれた。
「まぁまぁ、まだ自己紹介もしてないのにそんなくい気味で質問しても、彼は口を開き難いと思うよ?」
「ん?それもそうやな。ウチはロキっていう神や。そっちの世界ではロキという神は居ったか?」
「相手取ったことはないですねー」
というか思ってたのと全然違った。
日本欠片も関係なかったぞ。何で似非関西弁なんだロキ。そして、ロキが俺の元に来るとかフェンリルに所属している身としては何かしらの運命的なものを感じる。関西弁だけど。
「そうなんか……まぁ、ええ。自己紹介も終わったことだし、早速話を―――」
「僕達の紹介はいいのかい?」
「後でええやろ」
自由……いや、欲望に忠実というべきか。
少年の言葉を遮り、もう逃がさんとばかりに近付く神ロキ。少年は若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、視線で相手をしてあげてくれと語りかけてきた。俺はそれに頷くことで返答する。まだ若いのに、苦労しているなと思いつつ、アスフィさんに話した内容とそう代わらないことを語った。
―――――――――――――――
異世界からの来訪者、樫原仁慈が語った内容はロキの想像とはまったくの別物であった。彼はオラクル細胞というものから出来た化け物をアラガミと総称し、仁慈はそれらを刈り倒すことから神喰らいと呼ばれているらしい。
本来は神機使いと呼ばれるらしいが、仁慈はそれなりの実績があるのでそう呼ばれているそうだ。
てっきり、本物の神々と戦っているのかと思ったロキを初めとするロキファミリアの幹部達は拍子抜けする。しかし、ロキは同時に疑問に思った。ならば、この自分の身に絶え間なく来る寒気の正体は何なのかと。
「………なぁ、そのアラガミは誰かから信仰されたりとかしてたん?」
「……一部にはアラガミを純粋に崇拝するやからも居ました。しかし、畏怖という名の信仰なら、全人類がしていたと思います。アラガミという漠然としつつも、自分達を喰らいつくした存在を」
この言葉を聞いてロキは理解した。
アラガミは、少なくなったとはいえある意味全ての人間達から認知され、信仰され、畏怖された存在なのだと。これならば、神格を持つ条件としては十分すぎる。そして、それらを片っ端から片付けた彼はまさしく神殺しといえるだろう。
「はー……そういえば、その神機使いっちゅうのは、なろうと思えばすぐなれるモンなんか?ウチらでいう冒険者みたいに」
「……この神機は、元々先程言ったアラガミと同じ存在なんですよ。人工的に調整されたアラガミともいえます。なので、神機使いになるにはまず自分に適合しているかをとどうか調べる必要があります。そして、適合した神機が見つかってもそれで神機使いになれるとは限りません。適合者が神機に負けた場合はアラガミの仲間入りです」
強大な力を使うには、当然それ相応のリスクが生じる。それは当たり前のことである。しかし、神の恩恵はそうではない。少なくとも恩恵を受けること事態にデメリットは存在しないのである。
それを普通としている冒険者達は個人差はあれど驚愕していることがその雰囲気から感じられた。
「もし、神機に負けてアラガミになったら……?」
「当然殺しますよ。それも、完全にアラガミになったら厄介なのでまだ人型を保っている状態で」
さらりと言われた言葉に皆目を見開く。
その反応は普通だろう。ここまで何の動揺もなく殺すといったということは、彼自身その行動を経験しているもしくは同様もなく言い切れるまで慣れてしまっているからだ。
「……ま、なかなか割りに合わない仕事ですよ。特に自分なんて、仲間の問題行動の責任を片っ端から取らされましたからね」
ニット帽とスク水がイチャイチャしてますなんとかしてくださいという要望とか、どうすればいいんですかねぇ……と仁慈がおどける。そう言うと幾分か雰囲気も軽くなり、何処からか笑いもこぼれていた。
「じゃあ、その武器に私達が触ったら……」
「アラガミになり討伐対象になります。だから絶対に触らないでくださいね?冗談とか抜きで死にますよ」
仁慈の武器―――神機をマジマジと見ていたきわどい服というより布を纏っている褐色肌の少女、ティオナの質問に仁慈は脅しの意味も含めて実にさわやかな笑顔で言った。ティオナは若干顔を引きつらせた。
「……神機使いちゅうも大変何やなぁー。……そういえばドちびのやつが、恩恵受けてなくてもレベル5ぐらいの戦闘能力を持ってる言うてたけど、それはホンマか?」
「レベル5相当の戦闘能力ってどの程度ですか……というか、ドちびってどちら様です?」
「すまんすまん、レベルで言ってもアンタには通じなかったな。ちなみにドちびはヘスティア言うやつのこっちゃ」
「あぁ、あの人ですか」
思い浮かぶのは自分と同じような髪の色と瞳の色を持った少年をとても大事そうにしていた黒髪ツインテールの女の子のことが浮かび上がった。ちなみに、何かと仁慈に対して怯えたりしていたので仁慈にとってはあまり会いたくない相手である。
見た目は幼女とまでは行かなくてもそれに近しい成りの少女であったため、流石に仁慈も堪えたらしく、遠い目で店の天井を見ていた。
そんな彼には気にも留めず、ロキはいいこと思いつきましたよとでも言いたげにPON☆と手を叩いて言った。
「そうや。アンタの実力を測るには同じレベル5をぶつけてみるのが一番やないか!」
「えっ」
「えっ」
『えっ』
あまりに唐突で脈絡もないロキの一言に仁慈とアスフィはもちろんのこと酒を片手に料理や会話を楽しんでいたロキファミリア幹部達も思わず間の抜けた言葉を溢し、同時にロキに視線を集中させた。
しかし、そんな事は関係ねぇと言わんばかりにロキは気にせずそのまま言葉を続ける。
「なぁ、アンタ―――んいや、仁慈。アンタ、今から暇やろうか?」
「え、は、はい。一応……?家なき子、というか居場所無き子なので……あ、でも今俺のを預かってくれているのはヘルメスさんなんですよね」
「ヘルメス……ヘルメスかぁ……どうせアイツも仁慈のこと気になってるんやろうし、この話を言ったらノリノリで許可すると同時に見学しにくるんやないかな?」
「(絶対そうなる……)」
アスフィは思った。
これ絶対自分が伝言役として借り出されるな、と。その予想は正しく、そう考えた直後にアスフィはロキから伝言を頼まれた。ついでに仁慈の身柄も持って行かれた。
「……はぁ」
私は結局こんな役回りかと、彼女は深い溜息を吐き、自分のホームへと向かう。どうせ主神であるヘルメスがニヤニヤしながら迎えてくれるに違いないと考えながら。
「よっし、じゃあ早速ホームに戻るで!仁慈と戦いたい人この指止まれー!」
といいつつハイテンションなロキ。
そんな彼女にどうしたらいいのか分からない仁慈は取り合えず、激流に身を任せることにした。
――――――――――――――――
「と、言うわけです。ヘルメス様」
「うんうん。唯単に町を歩いているだけでそうなるとは、やはり凄まじいね。彼は。実に面白い」
ホームに帰ったアスフィは早速自分の主神であるヘルメスに報告をした。それはロキとの戦いの件もそうだが今日一日の行動全般も報告してある。そして、その反応がこれである。予想は出来てた。彼女は心中で深い溜息を吐く。
「では……」
「もちろん見に行くさ。アスフィ、行くよ」
「はぁ……分かりました」
この主神。こうなることを願って態々神会に行ったのやもしれない。そう思わずには居られないほど、この神の表情は輝いていた。その輝きようは、今から新作の戦隊ヒーローの映画を見に行くと告げられた子どものようである。つまるところ超嬉しそう。この埋め合わせとして、仁慈にスタングレネードの解体許可を貰おうと少しだけ思ったアスフィだった。
一方、仁慈を攫―――ゲフンゲフン、連れて行ったロキファミリアのメンバー達。話の流れからして一番相手をさせられそうなレベル5組が、ガレスに引きずられている仁慈を見ながら会話をしていた。
「ねぇ、ティオネ。ロキが言ってたこと本当だと思う?」
「恩恵無しにレベル5相当って話のこと?……正直、俄には信じられないわね」
「だよねー。アイズは?」
「………わからない」
「うーん。じゃあベート」
「じゃあって何だよ。ペタゾネス」
「誰がペタゾネスだ!?」
「ティオナ。話が脱線してるわよ」
「フゥー、フゥー……で、あの異世界から来たっていう人の実力」
「さぁな。一応、恩恵無しでもレベル2の冒険者くらいは倒してたが……」
ベートと呼ばれた青年はここでいったん言葉を切ると、ガレスにドナドナされている仁慈の姿を視界に納める。
「……今ではアレだ。せいぜいが3程度の雑魚だろうぜ」
そう言って笑った。
他の人たちもベートに釣られて仁慈を見る。
「お前さん軽いな!ちゃんと食べているのか?」
「食べてます。食べてます。これでもかなり雑食なんで……それからいい加減引きずるの止めてもらえません?逃げませんから、自分で歩けますから」
「ガハハ」
「聞いて」
………とても強そうには見えなかった。
異世界からきたというのも、根拠となるのは神の恩恵が効かないことと、見たことのない武器くらい。
いや、実際に異世界から来たのだろうが、それで本当に強いのか。その確証が無かった。
「なになに?みんな相手はしたくない感じ?」
「興味ないもの」
「雑魚なんて相手するだけ無駄だ」
「…………」
大分不評のようである。
これはどうしようも無くなったら自分が出ようかと思いつつティオナは帰路に着いた。
―――――――――――――――――
場所はロキファミリアのホーム。
その中でも戦闘に支障が出ない場所に、ロキファミリア幹部とロキ、ヘルメスとアスフィが集まっていた。
彼らが囲っているのはこれから模擬戦をする仁慈とティオナである。結局誰も名乗り出なかったので彼女が相手することになったらしい。
「勝負内容はどちらかが戦闘不能もしくは降参言うまでや。武器も好きに使ってええで。判定はフィン、頼むわ」
「わかった。仁慈君、決して仲間だからといってティオナ優先の判定とかにはしないから安心してくれ」
「そこは別に心配してませんけど……いいんですか?自分の武器のこと、話しましたよね?」
「心配あらへん。ティオナは散々武器ぶっ壊してるから、今更もう一回ぶっ壊したところで変わらへんよ」
「なんか納得いかないけど、そういうこと!遠慮なんてしなくていいんだよ?」
「は、はぁ」
ティオナは超硬金属製の巨剣である大双刃を振り回しつつ構え、仁慈も戸惑いつつ神機を構える。
2人の準備が整ったと考えたフィンは一つ間をおいてから始めと声をかけた。
最初に仕掛けたのはティオナ。レベル5という高ステイタスから生み出されえる力を利用し、一瞬にして仁慈の元へと駆け抜ける。
その姿はレベル4のアスフィにも捉えられるかどうかと言ったところである。しかし、これほどの速度でも彼女は速度に重点を置いているわけではない。
レベル差とはたとえ1の違いだけでもそれだけの差を生み出すのだ。まして恩恵すら受けていない仁慈は本来なら、何も出来ずに攻撃され死に至る選択肢しかない。
一瞬にして仁慈の元へ接近したティオナはすかさず大双刃を振りかぶり、上段から振り下ろす。仁慈の視線は武器に向いていない。おそらくは未だ、急に目の前に現れたティオナに状況が追いついていないのだろう。彼女はそう予想し、勝利を確信した。それと同時に残念にも思った。あれほどのことを語ってくれた男は結局口だけだったのかと。
だが、彼女の予想は裏切られることとなる。
仁慈は自分に大双刃が当たる直前に体を捻りながらティオナの懐に潜り込み、武器を持っている両腕を神機を持っていないほうの手で掴むと背負い投げの要領で地面へと叩きつけようとした。
思わぬ反撃に一瞬だけ動きを止めるティオナだったがすぐさま、意識を戻し、体を反って背中ではなく足で着地すると、投げられていた勢いを上乗せして逆に仁慈を投げ返した。
色々な勢いが合わさった投げは強力で、勢いよく飛んでいく仁慈だったがなれたように宙で2、3回回転するとすぐさま勢いを殺して着地を果たす。
無意識に取った行動だったがティオナは今のやり取りで理解する。この人は本物だったと。
……神機使いとは常に人手不足である。
しかし、相手のアラガミは多く、1人で複数対相手しなくてはならない場合が多い。それも今の自分に合っていないアラガミが来ることも多々ある。
そう、彼ら神機使いは、神機使いとして戦う力を得たとしても基本的に立場は一般人のときと代わらずに弱者の側なのだ。
弱者が強者と対峙するときどうやってその差を埋めるか……小手先の技術や環境等を考慮して埋めるのだ。
そんな戦いをしてきた神機使いたちが、弱いわけが無い。常に自分を弱者の立場におき、何が何でも戦場を生き抜いてきた……そんな彼らが弱いわけが無かった。
ティオナは考えを改める。そして、一新した気持ちで改めて仁慈と対峙しようと仁慈を見たとき、彼の姿は無かった。
「えっ」
何処に行ったと、仁慈を探す。
そうしていると急に自分の背筋に強力な寒気が襲った。なりふり構わずその場を前に転がって移動すると、先程まで自分の居た――――正確には首があったところ―――に何かを振り切った残像が見えた。
当然それをやったのは仁慈である。彼はいつの間にか自分の背後に移動し、武器を振るっていたのである。
ティオネの頬に冷や汗が流れた。これはヤバイ。今まで戦ってきた中でも上位にも食い込むヤバさだと思えた。
だが、
「……フフ」
アマゾネスという種族の特性か、この戦いが楽しいと感じ始めていた。
「今のはどういうことや?」
「彼は、ティオナの呼吸や視線にあわせて接近したんだ。体勢を低くして視界から外れやすくし、呼吸を合わせることで完全に気配を消して見せた。その手際もさることながら、背後まで移動したあの足捌きも素晴らしいものだよ」
ロキの疑問に審判を勤めるフィンが答える。
それを聞いたときロキはふぇーという若干間抜けな声を洩らした。
「……やっぱり、アイツの言っとったことは本当やったみたいやな」
「そのようだね……これはステイタスに頼りを置いているティオナじゃ危ないかもね」
そう呟くフィンの視線の先には、悉くと振るう武器をいなされて攻めあぐねているティオナの姿がある。
「くっ、面白いくらいに攻撃をいなされるね!というか何で対抗できるのかなっ!」
「一応、側面に攻撃を加えて剣先を変えているだけですから。ほら、どこか力任せな所がありますし。それだと翻しやすいんですよ」
「あちゃー……最近強敵は仲間と一緒に戦ってたから、フォローされている部分とかが表面化しちゃったか」
「まぁ、この世界のステイタスのことを考えると性能でのゴリ押しが強いらしいですからね!」
「うぉわ!?」
今までいなされるだけだったが、急に仁慈が武器を弾き返すので思わず仰け反る。そして仁慈はその隙にティオナの首に鎌をかけた。
「どうします?」
「降参」
「勝者、仁慈」
決して見ている人は多くない勝負だったが、全員の頭に確実に焼きついた勝負だった。
何故そんな事が分かるかというと、神機を下ろす仁慈に神々からの熱い視線とか、ほかの冒険者からの好奇のまなざしに去らされたりしているからである。
ベート「………」グルルルル
仁慈「………?」
ティオナ「(なんかこの2人似てる……外見とか、狼とか)」