神機使いも異世界に来てしまったようですよ?
いつもの自室、何時もの食事、何時もの狩り、何時もの書類仕事……目が覚めたら知らない場所に居たなんて面妖な状況に陥ることはなくごく普通に日常を謳歌していた。
まぁ、アラガミぶっ殺しまくって大量の書類仕事を片付けることを日常と読んでいいのかは結構疑問だけど。
カリカリカリと自室で山済みにされている書類を片っ端から片付ける。この前、このハードワークが原因で異世界に行ったり、今でも時々呼び戻されたり、寝ていたときに体を改造されかけたりしたのにまったく仕事の環境が改善されていない。……実はまた過労で寝込むのを狙ってんじゃないのだろうか……俺の体を調べたり改造したりしたいがために。
勝手な想像だけどあながち間違ってないと思うなぁ。
正直、俺にそう思わせるほどの前科があのマッドコンビにはある。終末捕食を防いでから三年とちょっと、どれだけ俺が苦労させられたか。
でも、くやしい……仕事しちゃう……(カリカリ)。権力には勝てなかったよ……。
「仁慈ー。追加の書類持って来たよー」
「あのさ、常々思うんだけどさ。実働部隊である俺がいくら隊長とは言えここまでの量の事務仕事任されるっておかしくない?」
「そんなこと私に言われても困るんだけどー?」
「あのダブルマッドに訴えに行くから手伝って」
「私この作業気に入ってるから行かない」
「そら、お前は書類運んで俺が一生懸命書類書いているのを眺めているだけだから楽だろうよ!」
ようやく終わりが見えていた書類の横に新たな書類をドサリと置いてからソファーに座るナナそしてニコニコしてこちらを見るのだ。かわいいけど殺意沸いて来るわぁ。
「あ、そうそう。書類に混ざってこんなのがあったよ」
といってナナが投げていたのは一通の手紙。どこか高級感溢れる黒いそれは差出人の書いていない手紙であった。しかし、しっかりと樫原仁慈様へと書かれている。
この時代に、こんな高そうな手紙を名指しで贈るとか……フェンリルのえらい人だったりするのだろうか?俺の体のことがばれて解剖させてくれとか、そんな事だったりするのだろうか?
「ナナ、これは?」
「さぁ?いつの間にか届いてた手紙。差出人は書いてないけど、とりあえず仁慈宛だから渡しておこうかと思って」
「適当だなぁ……まぁ、仕事が終わった辺りで読んでみるとするか……」
それから数時間。書類と激闘を繰り広げてなんとか勝利した俺は、何故か部屋においてあるコーヒーメーカーでコーヒーを一杯入れるとそれをチビチビと飲みながらナナにもらった差出人不明の手紙を開ける。
このには唯、こう書かれていた。
『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。
その
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我ら“箱庭”に来られたし』
俺は年齢的に少年とは言えないんだけどな。
―――――――――――――――――
そうして、開けた手紙にツッコミを入れてみれば、いつぞやの異世界旅行と同じように、はるか上空からのパラシュートなしスカイダイビングまたの名を自殺を結構する羽目になった。
「はぁ……」
もう、溜息しか出ない。
何でこう毎回毎回ファンタジックなことが起こるのだろうか。サカキ支部長とラケル博士は「地球が君を外に追い出したがっているんだよ」とかいうふざけた理由を話してくれたけど……。このような状況に結構な頻度で巻き込まれている現状を考えるとあながち間違いじゃない気がしてきたよ。
とまぁ、そんな事を考えている間も落下し続けているのでとりあえず状況の整理をしようと思う。周囲、遠目に見えるのは断崖絶壁だし、見たこともない都市がある。ついでに美しい水や森もある。
ここまでそろえば分かるだろう。完全に異世界である。もうこれは想定内だからいいとして問題なのは俺と共にこの自殺とも呼べるスカイダイビングを決行している人たちがいることだ。
十代半ばの少女が2人と少年が1人、ついでに猫が一匹居る。ドレス、学ラン、私服これまた見境のないことで。俺と同じくあの怪しい手紙を見て飛ばされてきた被害者だろうか。このままだと、纏めてつぶれたトマトのようなことにな―――――
ドバンッ!
………考えすぎたようだ。
いつの間にやら、俺の体は大空ではなく下にたまたまあった何重もの水の膜に落ちていた。おかげでかなりの高度から落下したにも関わらず体には怪我一つない。
洋服はびしょびしょのずぶ濡れだけど。
仕方がないので、とりあえず水の膜から這い上がり、服を絞って出来るだけ水を無くす。するとここで俺は重大にしてとんでもないことに気がついた。
「(……神機がない!)」
これはまずい。
武器無しで異世界旅行は流石に始めてだ。これ、下手したら死ぬんじゃないかな……。
「し、信じられないわ!まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放りだすなんて!」
自分の現状に若干絶望していると、俺と同じく手紙によってこの世界につれてこられたらしいドレス姿の少女が文句をたれていた。激しく同意である。
服を絞り終え、自分の現状にも粗方絶望しえたので意識を切り替えて周囲の状況をくまなく確認する。これと言って危険というものはない。生物の気配は多多あるものの、どれも敵意等は持っていないことが分かる。
物凄く近くにこちらを伺っている気配が一つあるが、今は放置しても問題ないだろう。
先程、上空から確認したときに見えた断崖絶壁からこの世界はどうやら地球のように丸い惑星の類ではなく、島のようなものなのだと推測できる。だからといって今は同行できないが一応覚えておくとしよう。
「ちょっと、そこの貴方」
「ん?」
もう少し情報が欲しいため、軽く周辺を歩いてみようかと思った時、俺に声がかけられた。振り返ってみれば、先程文句をたれていたドレス少女を含めた俺以外の三人がそぞって俺を見ている。
「なんです?」
「貴方私達の話聞いてなかったの?今、自己紹介をしていたところよ。そこで貴方の名前も教えて欲しいのだけれど?」
まったく気がつかなかったわ……。
「どうも、樫原仁慈といいます。よろしくお願いします」
「よろしく。貴方はなかなかまともそうなのね。私は久遠飛鳥。で、そっちで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
ドレス少女改め久遠さんの紹介で、私服姿の少女改め春日部さんが言葉を続ける。彼女が名前を言った後、久遠さんは若干嫌な表情で学ランの少年に視線を向ける。
「そして彼が、」
「そこのお嬢様曰く、野蛮で凶暴そうな逆廻十六夜だ」
金髪学ランにヘッドフォンをつけた少年、逆廻十六夜は獰猛な笑みを浮かべながらそう言った。どれもこれもキャラ濃いな。
とりあえず、春日部さんと逆廻さんにもよろしく返事を返した後、俺は歩みを進める。自分で探索しようとさっきまでは思ってたけど、よくよく考えたら先程から俺達を見ている気配に聞けばいいということにたどり着いたからである。
「あら?何処へ行こうというのかしら?」
「ちょっと情報が足りないので、そこで隠れている人から聞きだそうかと」
「ちょ!?」
何でばれているんですかぁ!と小声で叫ぶというとても器用なことをしてしてくれる隠れている人。
関心はするけど手心を加えるつもりは一切ないのでさっさとその場所まで向かい、見えたうさ耳らしきものを引っ張って持ち上げる。
「いだだ、いだだだだ!?ちょ、ちょっと!初対面と言うか、しっかりと顔を合わせてすら居ないこの状況でいきなり黒ウサギの素敵耳を引っ張るとはどういう了見でございましょうか!?」
「それはこっちのセリフです。さっきからこそこそこっちの様子を見て……まさか貴女がここに俺達を呼び出したりした張本人だったりするんですか?………もしそうなら喰らうぞ、ウサギ」
「ぎゃぁあああああ!!この方さっきと全然態度が違います!それと黒ウサギ、未だ嘗て感じたことのない命の危機を感じています!具体的には捕食(物理)の意味でッ!」
仕事終わりでこれから寝ようとしたときにこの仕打ちだったので自分でも知らない間にストレスというかなんか溜まっていたらしい。
気がつけば色々とツッコミどころのある少女に向かって好き勝手言っていた。でも止められない止まらない。
「で、ここに呼び出したのは貴方で合っていますか?」
「合ってます!合ってます!だから一回耳を離して話を聞いてください。これから1から10まで余すところなくお話させていただきますからぁあああああ!!!」
そういわれては仕方がない。
俺は彼女のうさ耳を開放する。
その隙にうさ耳の少女はすかさずバックステップを踏み、涙目でこちらを数秒睨んでくる。早く説明しろやという意味を込めて睨み返すと彼女は怯えて口を開こうとした。
だが、
「えい」
「ふぎゃ!?」
今の今まで空気だったほか3人がうさ耳少女のうさ耳にちょっかいかけ始めたので、彼女は再び泣きを見ることになった。
説明を再開したのはこの一時間後だということをここに記しておこう。
――――――――――――――――――――
うさ耳少女――――黒ウサギが語った内容は以下の通りである。
ここは普通の人ではない存在が集まる世界である。
この世界では修羅神仏や悪魔、精霊、星から与えられた恩恵を使って行うギフトゲームが行われている。
この世界にはコミュニティといういくつもの集団があり、その内のどこかに必ず所属しなければならない。
ギフトゲームに勝利すると、そのゲームの
賞品には、金はもちろん恩恵や命、土地や権利など様々な物がある。
ギフトゲームで決まったことは割と絶対である。
こんなところか。
そこまで話すと、彼女は説明義務等といい、コミュニティでこの続きをしようと言い出した。
しかし、そこに逆廻さんが待ったをかける。
「――――――この世界は………面白いか?」
手紙に書かれた内容がこの三人に当てはまるなら、彼らは自分の力をもてあましていたのだろう。だからこその問い。それに対して黒ウサギの返答は、是であった。
「Yes。『ギフトゲーム』は人を超えたものたちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギが保証します♪」
「なら、俺からも一ついいですか?」
「……なんでしょう」
先程の件が尾を引いているのか若干怯え気味の黒ウサギ。
しかし、そんな事はどうでもいい。
「どうやったら元の世界に帰れますか?」
『――――――――』
空気が死んだというのはこのようなことを言うのだろう。
誰も彼もが固まったこの空間でそんな事を漠然と思った。
樫原仁慈。十九歳。職業神機使い。
異世界に来て早々、帰るを選択した彼の異世界ライフはここから再び始まった。
神機使いなのに神機を持っていないという暴挙。
あと、黒ウサギはね。神格を持つ武器有るし、ウサギだから……神機使いでフェンリル(狼)の仁慈とは相性がよくない模様。