インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
名前がついたので色々考えていたら、妄想が色々と………。
設立されたばかりでありながら強力な装備を有するこの会社は、先日フランスで起きたテロ事件の際、NEXTの手足として大いに活躍した。
その際、相当数の人間が、カラードのロゴマークを見ている。
あれだけの大事件で活躍したのだから、これからは大口の依頼が沢山入ってくるはず――――――が、現実はそう甘くなかった。
「ねぇ、もっと実入りの良い仕事が来ても良いと思わない?」
プリントアウトされた依頼リストを見ながら、傍らの同僚に声をかけたのは、ユーリア・フランソワ。
IS学園襲撃に失敗して捕らえられた元ISパイロットで、現在のコードネームはハウンド2。
腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性だ。
性格は外見通り高飛車で、男は自分に貢ぐ為に存在すると思っている女王様。事実恵まれた容姿と均整の取れた肢体、そしてISパイロットという地位は、今まで彼女に多くのものをもたらした。
だが今はISを剥奪され、一介のパワードスーツパイロットでしかない。
「私は別に、今のままでも良いわね」
同僚の言葉をバッサリと切って捨てたのは、ネージュ・フリーウェイ。
ユーリアと同じく、IS学園襲撃に失敗して捕らえられた元ISパイロットだ。現在のコードネームはハウンド3。
腰まであるクセの無い金髪に蒼い瞳。整った、清楚とも言える顔立ち。
白を中心とした落ち着いた服のコーディネイトもあり、外見だけなら淑女と言えるだろう。
だが実際は、戦闘とハッキングの2つを高レベルでこなすマルチプレイヤーだ。
「何でよ。ここの仕事って、災害救助に治安の悪い地域での護衛、手間隙かかって面倒なものばかりじゃない。しかも護衛はお金持ち相手じゃなくて、ギリギリの依頼料しか払えないような貧乏人よ。泥臭くて、私達には相応しくないわ」
「お金持ち相手なんてロクな事ないもの。こっちのことジロジロ見て、ベタベタ触ってきて、下半身でしか物事考えない低脳。そしてお金と権力持ってるだけに性質が悪い」
「別に見られるくらい良いじゃない。お触りは………そうね、顔が良くてお金持ちで、私の言う事に従順なら考えてあげなくもないわ」
「そんな依頼主いると思う?」
「デュノアの社長とかどうかしら?」
「自前の警備部門持ってるわよ。しかも私達に依頼するなんて有り得ないから」
「ものの例えよ。それくらいの相手じゃなきゃ嫌だってこと。――――――ところで、
「
「え、
「貴女が来るちょっと前に」
「そっか。ならエリザの用が終わったら、一戦殺ってくるね」
「いい加減諦めたら?」
意気込むユーリアに、ネージュはため息をつきながら答えた。
これまでに2人の模擬戦は何度か観戦したが、はっきり言って大人と子供の喧嘩だ。まるで勝負になっていない。
使ってるパワードスーツの性能は同じなので、原因は腕の差としか良いようが無かった。
「イヤよ。どうにかしてアイツに「まいりました」って言わせてやらないと気がすまないもの」
「そ、頑張ってね」
そうして2人はエリザの用が済むまで、他愛の無いお喋りを続けたのだった――――――。
◇
一方その頃、カラード社長室。
必要最低限の備品しかない殺風景な部屋で、1人の女性が
彼女の名はエリザ・エクレール。現在のコードネームはハウンド1。
ハウンド2やハウンド3と同じく、IS学園を襲撃して捕らえられた者の1人だ。
そして元ISパイロットだけあり、容姿にも恵まれていた。
肩口で切り揃えられた銀髪に整った鼻梁。そして頬から顎先にかけての絶妙なライン。街で見かけたなら、多くの人が振り返るだろう。だが同時に、切れ長の瞳がどこか冷たい印象を与えていた。
尤もそんな印象とは裏腹に、捕らえられた3人の中では、ストッパー役になる事が多い苦労人だった。几帳面で真面目(?)な奴が苦労するのは、表の世界でも裏の世界でも変わらないらしい。
「ですから、断った理由を聞いているのです」
「どうしても、説明が必要か?」
「ええ。貴方は私達を社会の役に立て、更正させるという名目でここに置いている。大口の依頼というのは、それだけ社会の役に立つという事でしょう? なのに、何故断るのですか?」
彼女が
事務員達を問い詰めたところ、事の発端は、フランステロ事件の直後にまで遡る。
あの事件で活躍したカラードには、実を言うと多くの大口依頼が舞い込んでいたのだ。
だが
何故なら――――――。
「それだと報酬額だけが、役立ってるかどうかの基準になるな」
「全てではありませんが、第一基準ではないのですか?」
「なるほど。だが自分も信じていない台詞を吐くなら、もう少し演技力を身につけた方がいいな。口元が笑ってるぞ」
「その言葉、そっくりお返しします。あんな建前、誰が信じるのですか? 大口の依頼を断った本当の理由を教えて下さい」
「その前に聞きたいんだが、何故そんなに大口の依頼にこだわる?」
エリザは少し迷った後、本心を口にした。
恐らく、
「今の私達はとても弱い。だからここを大きくして、自分達を守れるだけの力を手に入れる。その為ですよ。それとも貴方は、私達を捨て駒として使うつもりですか?」
「いいや。人材を使い捨てるのは、装備を使い捨てる以上の損失だ。真っ当に働いてくれる限り、そんな事はしないよ」
「なら安心です。――――――では、大口の依頼を断った理由を教えて下さい」
「単純に、始めからターゲットがお前達だったからだ」
そう言いながら
画面には大きく、「依頼調査書」と書かれている。
「………これは?」
「まず読んでみろ」
エリザが画面をスクロールさせて読んでいくと、顔色が変わり始めた。
「これは………」
「分かってくれたか?」
この会社の設立経緯は、そこそこ情報網のある奴なら知っている。
そして極々単純な話だ。
今まで彼女達は裏社会で、ISという超兵器を使って好き勝手してきた。
当然、多くの恨みを買っていただろう。
だがそれでも今までは問題なかった。ISという絶対的な力が、身の安全を保証していたからだ。
しかし、その力が無くなればどうなるか? 復讐し放題だ。
一応“首輪”という抑止力はあるが、依頼中の“不幸な出来事”までは防げない。
大口依頼の殆どは、巧妙に偽装された“騙して悪いが”だったのだ。
加えて言えばそれらの中には、18歳未満お断りな、少々刺激的な事をしようとしている輩もいた。
「でも社長。どうやってここまで調べたのですか? ここまで深い情報だと、そう簡単には……いいえ、愚問でした。更識ですね?」
「情報ソースはノーコメント。ただ確度の高い情報だから断った。これで納得してくれるか」
「そういう事であれば仕方ありません。でも真っ当な大口依頼が来たら、ちゃんとまわして下さいね」
「分かった」
こうして用件を終えたエリザは社長室から出て行こうしたのだが、背後から声を掛けられた。
「ああ。ちょっと待て。俺の用事が済んでない」
「何でしょうか?」
「今使ってるパワードスーツで、何か気になる事は無いか? 如月重工が、実戦してどうだったかを知りたがってる」
「ISを使っていた私達からすると、反応速度が鈍すぎます。もっと早い方が良いですね。後の細かい所は、2人に聞いてから改めてで良いでしょうか」
「構わない」
この後カラードに、如月重工から試作パワードスーツのテスト依頼が来るのだが、それはまた別の話であった――――――。
◇
そうして時間と場所は変わり、カラード訓練施設。
今日も全戦全敗。同じ
機体はペイント弾で撃たれ過ぎて、元のカラーが真紅と見間違うほどに真っ赤だった。
「なに落ち込んでるのよ。らしくもない」
そんな事を言いながらネージュは、ユーリアに持ってきたスポーツドリンクとタオルを手渡した。
「ありがと。ほんっと、アイツ化け物だわ」
「分かってた事でしょ。――――――ところで、聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「何でそんなに突っかかるの? 別に
「だって悔しいじゃない。男のクセに、アイツは私達を歯牙にもかけてない。認めさせてやりたいのよ」
「だから挑んでるの?」
「そうよ。悪い?」
「悪くはないけど………今のままだとちょっと逆効果かしら」
「どういうこと?」
「相手の立場に立って考えてみるといいわ。会社に来る度に挑んでくる格下の相手なんて、自分がやられたらどう? 面倒と思わない?」
「………う、………そ、そうね」
「そんな事を繰り返しても、
「ならどうすればいいのよ」
ユーリアの問いに、ネージュは小さな笑みを浮かべた。
「簡単よ。このチームが最強である事を示すの。そうすれば、絶対軽々しくなんて扱われないわ」
「何でそう思うの? 私達が強かろうが、重用される理由にはならないわ。だって並大抵の事は、
「私もそう思っていたけど、多分それは間違い」
「なんで?」
「いい、更識の本質は対暗部用暗部。必然的にそのミッションは秘匿性が高い。でも逆を言えば、秘匿性が保たれ辛いミッションは行い辛いの。無論手段は幾らでもあるだろうけど、手間なのは間違いない。でもPMCならどう? 秘匿性? そんなの関係無いわ。PMCが動くあらゆる理由は、“依頼”の二文字で事足りるもの。そして何より、更識は今急拡大中で人的余裕が無い。最精鋭は本当の重要ミッションにしか投入したくないはず。それに貴女、大事な事を忘れているわよ」
首を捻るユーリアに、ネージュは言った。
「
「………なるほど。博士や更識の役に立つなら、あの男は決して軽く扱わない。そういう事ね」
「正解。ついでに言うと、大きい顔も出来るようになるわね」
「誰に?」
「沢山の人達に。
「………いつも思うけど、貴女って本当に外見と中身が合ってないわね。顔はこんなに清楚でお嬢様なのに、中身真っ黒じゃない」
「あら、自分の欲望に正直なだけよ。だって、負け組にはなりたくないもの」
「確かにそうね。分かったわ。無闇に挑むのは止めて、そっち方面で認めさせるようにする」
「ええ、その方が良いと思うわ」
この後ユーリアは宣言通り、チームとしての成果を優先するようになっていった。
その結果は、言い出したネージュの予想を大幅に超えていた。
元々彼女の戦闘技能は、3人の中でも随一である。そんな彼女が、周囲をサポートしながら戦う、という事を覚えたのだ。
必然的に他の2人も戦いやすくなり、受ける損害は少なくなっていく。
そうして生み出された高い依頼達成率は、カラードの確かな信用となっていくのだった――――――。
◇
なお彼女達が有名になるにつれて、密かに頭を抱えている男が1人いた。
依頼の大小を問わず確実に成果を出すハウンドチームは、確かに有能だった。ネージュの読み通り、
そんな時に動かせる
あくまで表側なので色々と制約はあったが、無理に秘匿性を保つ必要が無いため、とても動かしやすいのだ。
加えて言えばこの会社は、設立当初から国際IS委員会の監視下にある。
高い依頼達成率はすぐに委員会の知るところとなり、時折委員会からも依頼が舞い込むようになっていった。
………ここまでなら、何も問題は無かった。
問題は、彼女達ハウンドチームの言動だった。
引き抜きや専属契約の話が来る度に、彼女達は首輪を指差しながら、「私達、社長の部下ですから」とうっとりとした声で言うのだ。
そして美人+首輪という組み合わせは、色々と妄想を加速させるのに十分な素材だった。
話を断られた者達は、やっかみ混じりに言うのだ。「あれは社長のお気に入りで、首輪は調教済みの証。宝石とドレスの代わりに最新鋭装備を与えられた愛人部隊」だと。
加えて彼女達自身、幾ら言われても否定も肯定もしなかった。ただ、うっすらと笑みを浮かべるだけだ。
それが尚のこと、周囲の誤解を加速させていく。
ある時、
「お前達、いつからそんなに忠実な部下になったんだ?」
「あら、私達は初めから社長の忠実な部下ですよ。何せ首輪付きですから」
笑いながら答えたのはエリザだ。
自身の首輪をトントンと指差している。
「嬉しい台詞をありがとう。――――――で、何を企んでいるんだ?」
「分かりませんか? 女が必死に、貴方の部下ですってアピールしてるんですよ」
次いで答えたのはネージュだ。
相変わらず外見は清楚で淑女で、争いとは無縁のように見えるが、中身が真っ黒なのは既に気づいていた。
だから普通なら色々期待してしまう台詞だったが、言葉通りには受け取れない。
「随分分かりやすいハニートラップだな」
「誰もそんな事してないわ。自惚れないで」
最後に口を開いたのはユーリアだ。
いつも通りのツンツンした態度なので、晶は全く気にせず、最近思っていた事を言った。
「そう言えばユーリア、最近随分と上手くなったじゃないか。幾つかの戦闘ログを見せてもらったが、前衛なのにチーム全体の事を良く見ている。やるじゃないか」
「えっ!?」
まさかの褒め言葉に、3人が固まる。
言われた当人など一瞬何を言われたのか分からず、随分惚けた表情を晒していた。
だがすぐに再起動し、胸元で腕を組みながら尊大に答える。
「あ、当たり前じゃない。この私にかかれば、この程度簡単よ。私を部下に持てた事を光栄に思いなさい」
「ああ。確かに思わぬ拾い物だったかもしれない。――――――そうだな、久しぶりに一戦やるか?」
「え!? えっと、冗談じゃなくて?」
「ああ。どうする?」
「やるに決まってるじゃない!!」
結果は以前と変わらなかったが、模擬戦を終えた彼女の表情は、以前と違い晴れやかだった。
そしてこの後、ユーリアのツンツンした態度は、徐々に見られなくなっていったという――――――。
続く?
次回からはまた本編に戻る予定です。