インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第93話 訪仏・中篇-2

 

 晶とシャルロットがアンサラーのパーツ工場を視察した翌日。

 2人はデュノア社のIS研究所を訪れていた。

 目的は勿論、新しい機体へのコア移植だ。

 

「いよいよだな」

「うん」

 

 念願の新機体に、彼女の声も弾んでいる。

 そこで晶は、ふと気になった事を聞いてみた。

 

「ところでさ。今回の新型、何でラファールの名を冠しているんだ? てっきり新しい名前がつくと思ってたんだけど」

「ああ、それ。ん~~、そうだね。晶はラファールって聞いたら、どんな機体をイメージするかな?」

「やっぱり拡張性とか汎用性とか空飛ぶ武器庫とか、そんなところか。とにかく色々な用途で使えるってイメージかな」

「新型にも同じイメージを持って貰いたくて、ラファール・フォーミュラって名づけたみたいだよ」

「フォーミュラ。直訳したら規格とか形式か。なるほど、規格化された各種装備の使用が前提だからか」

「そういうこと。安直だとは思うけど、商品だからね。分かりやすいっていうのは大事だと思うんだ」

「確かに大事だな」

 

 晶は応えながら、研究所の人が貸してくれた端末を操作。ラファール・フォーミュラのカタログスペックを呼び出した。

 

(しかし本当に、見れば見るほど似てるよなぁ)

 

 スペックデータと一緒に表示された機体の3Dモデルを見て、晶はそんな感想を抱いてしまう。

 機体カラーはオレンジがメインで、額にV型のアンテナこそ無いが、全体的なラインがどうしても記憶にあるアレ(※1)と被るのだ。

 

 閑話休題

 

 オプション装備の無いラファール・フォーミュラは、非固定装甲を排した、極めて人型に近い姿だ。

 装甲パーツがあるのは下から、両下腿、腰前、腰横、腰後、両前腕、両肩、背部の7ヶ所。それぞれのパーツに1~2ヶ所のハードポイントがあり、全身で計12ヶ所だ。後は頭部に、サングラス状のヘッドセットを装着している。

 各パーツは人型に近い分華奢な印象を受けるが、それは外見からの印象でしかなかった。

 ラファール・フォーミュラはオプションパーツの使用を前提とした分、本体は機動力や反応速度、パワーアシスト機能といった、基本性能の向上に焦点が当てられている。外見とは裏腹に、パワーとスピードが両立された扱いやすい機体に仕上がっていた。

 また本体に多くの機能を盛り込まなかった分、設計的に余裕がある。この為、将来の末永いアップデートにも対応可能となっていた。

 武装はマシンガン、ナイフ×2、盾とその裏側に取り付けられたシールド・ピアース(“盾殺し”)と、オプションパーツの使用を前提としているため必要最小限だ。

 そしてオプションパーツはアルファベット26文字に対応するらしいが、現在作られているのは3種類のみ。

 

 TYPE-A(ASSAULT)

  長距離侵攻用装備

  武装

   背 部:飛行ユニット基部

   両肩部:飛行ユニットブースター部

       固定装備として前方に向けてマシンキャノン×4

       巡航速度以上の場合は両肩部がロックされ、安定性が高められる。

   腰裏部:大口径バズーカ

   両腕部:プロペラントタンク

   両脚部:プロペラントタンク

  

  その他

   新開発の飛行ユニットは両手足の増加プロペラントタンクと合わせる事で、

   平均的な第2世代ISに比して、約3倍という驚異的な航続距離を実現している。

   長い航続距離と強力な武装は、長距離侵攻・強襲作戦に大いに役立つだろう。

                                        

 TYPE-D(DESTROY)

  接近戦用装備。

  武装

   両肩部:4連グレネード

   両腕部:5連ロケット弾パック

   腰裏部:重ガトリング砲基部

   左腰部:重ガトリング砲の砲身

   腰前部:クラッカー×2

   両脚部:増加スラスター。

  

  その他

   大量の武装と増加ブースターにより、高い火力と運動性を誇る。

                                        

 TYPE-S(SUPPORT)

  長距離支援用装備。

  武装

   背 部:長距離リニアキャノン基部

   両肩部:長距離リニアキャノンの砲身

   両腕部:ガトリング砲と2連装ミサイル

   腰前部:長射程用の複合照準器

   腰裏部:機体支持用ジャッキ

   両脚部:巡航ミサイル

   

  その他

   ISとしては珍しい火力支援用装備。

   背部キャノンは複数のバリエーションがあり、リニアキャノンの他、

   炸裂弾頭なども使用可能で、遠距離からの面制圧が可能となっている。

                                        

 

 これら3種類の装備は、旧ラファール譲りの大容量拡張領域(パススロット)に納められ、戦闘時に自由に換装可能だった。

 だが如何にデュノア社でも、これ以上の装備搭載は出来なかったらしい。

 3つの装備で拡張領域(パススロット)の90%以上が占められ、残りの容量で搭載可能なのは、各種の予備弾倉やレスキュー用の特殊な機材だけのようだ。

 一通りスペックを確認した晶は、窓ガラス越しに、別室で行われているコア移植を眺めていた。

 その最中、コアネットワークで通信が入る。

 通信元は更識楯無。

 

(どうした?)

(少しばかり拙い事態が進行中なの。だから、一応連絡しておこうと思って)

(海外での厄介事なんて御免だぞ)

(それが、そうも言ってられない感じなのよね。――――――今、そっちにデータを送ったわ。確認してみて)

 

 送られてきたデータを脳内で確認した晶は、一瞬絶句してしまった。

 

(………おい。これ、冗談じゃないよな?)

(冗談だったら、私も楽なんだけどね。多分、貴方が動く事になるかどうかは五分五分。情報は既にフランス政府にも入っているし、軍も対応に動き出している。初期対応さえ間違わなければ、それほど被害は出ないはずだもの)

(初期対応さえ間違わなければな)

 

 このとき晶の脳裏を、ある心配が過ぎった。

 とは言っても、フランス軍の対応にでは無い。

 生物兵器のデータは既に知れているのだ。

 米国と同じように、軍を海外展開させているフランス軍が、素人のようなヘマをするとは考え辛い。

 心配しているのは、生物兵器の気性だ。

 ベースとなったアシダカグモとイモムシは、元々人間を襲うような生物ではない。

 アシダカグモに至っては人類の天敵、黒い悪魔(ゴキブリ)や小さなネズミを捕食してくれる益虫だ。

 だが生物兵器として用いられている以上、人間も捕食するように調整されているだろう。

 そこで問題となるのが、アシダカグモの気性だ。

 この生物、食事中に新たな捕食対象が近付いた場合、食べるより先に2匹目に襲い掛かるのだ。

 これを対人間でやられた場合、そして都市部だった場合、どんな光景が広がる事になるかは容易に想像がつく。

 しかしあくまで可能性の話だ。この時点で、晶は積極的に動く気は無かった。

 動けば介入は可能だろうが、他国の事に無理に干渉しても、良い事は何もない。

 

(――――――まぁ、フランスのお手並み拝見といこうか)

(ええ。それが良いと思うわ。後ね、もう1つあるの)

(また悪い話か?)

(いいえ。こっちは違うわ。間接的に貴方の収入になるお話)

(間接的に?)

 

 思い当たる節がなく、晶は首を傾げる。

 

(生物兵器の話と少し関係するのだけど、フランスにいる更識の実働要員が足りなくて、一時的な穴埋めに、貴方の会社(カラード)の人間を送らせてもらったわ。万一の事態に備えて、戦闘装備も込みで)

(依頼料さえ払ってくれれば別に構わないが、大丈夫なのか?)

 

 この場合の大丈夫とは、仲間でもない人間を更識の仕事に関わらせて、大丈夫かという意味だ。

 だがそれは杞憂だったらしい。

 

(勿論よ。更識がああいう手合いの御し方を、知らないはずないでしょう)

(それもそうか。分かった。連絡ありがとう)

(いいのよ。色々起こるかもしれないけど、気をつけてね)

(ああ。そっちもな)

(ありがと)

 

 通信を終えた晶は暫し考え込んだ後、傍らのシャルロットに話しかけた。

 

「なぁ、1つ聞いてもいいかな」

「どうしたの?」

「確かデュノアってさ、パワードスーツ(撃震)の運用研究部門を持ってたよな」

「うん。今は戦闘・救助・建築の3分野が主だったかな。お父さん曰く、『商品を売る側なら、誰よりも商品に詳しくないといけない』って言ってた」

「丁度良い。どの程度の規模か分かるかな」

「ちょっと待ってね」

 

 そうしてシャルが手持ちの端末を操作すると、画面に運用研究部門の情報が表示される。

 晶が確認すると、かなりの規模だった。

 戦闘・救助・建築それぞれの分野に、1個大隊(36機)規模が割り当てられている。つまり全部で1個連隊(108機)だ。

 これに輸送手段や各種バックアップ態勢を含めれば、規模は更に大きくなる。

 加えて人員リストに目を通せば、元軍人やレスキュー隊員などもいる。練度も十分期待出来るだろう。

 流石は大企業。投資の規模も桁違いだ。

 

(………これなら、万一に備えられるか)

 

 晶が考えているのは、生物兵器が使われた場合にアンサラー計画への被害が最小限になるよう、準備させておくことだった。

 だが政府が公にしていない情報を、表立って言う訳にもいかない。

 知っていたという事実が万一他人に知られた時、少々面倒な事になるからだ。

 よって彼は、少し遠回りな物言いをする事にした。

 

「コア移植が終わったら見学に行こうと思うんだけど、連絡しといて貰っても良いかな」

「良いけど、急にどうしたの? 見学なんて入れたら、予定通りに帰れなくなっちゃうよ」

「最悪、数日遅れても構わない」

 

 この時点でシャルは、何か良からぬ事が起きていると直感した。

 見学なんて理由で帰還を遅らせるなんて、どう考えても不自然だからだ。

 まして束博士や更識楯無が良い顔をするとは思えない。にも関わらず、晶は平然と日程を延ばした。

 

(何故?)

 

 当然の疑問が脳裏を過ぎる。

 だが彼女は、余り悩まなかった。

 出来る事なら、突然こんな事を言い出した理由を話して欲しいと思う。

 しかし世の中には、“言葉にしてはいけない情報”というものがある。

 往々にしてそういう情報は、知っているという事実を他人に知られただけでも拙いものが多い。

 日程延長の原因がその類の情報だとしたら、聞いても彼を困らせるだけだ。

 それにシャルロット・デュノアは、もう彼に着いて行くと決めた身だ。なら、彼の行動を全力でサポートするまでのこと。

 だから彼女は、晶が何を必要としているのかを聞く事にした。

 何故、なんて一々聞いていては、彼の傍らには立てない。

 

「うん。分かった。後で申請しておくけど、何か見たいものとか希望はある?」

「演習なんてやってたら見たいんだけど、出来るかな?」

「晶が相手なら、喜んで見せてくれると思うよ」

 

 この時点で、シャルロットは晶の意図をほぼ正確に見抜いた。

 演習というのは、古くから使い古された古典的な手段だ。

 極端な例えをするなら軍隊を動かす時、「隣国を脅す為に準備しています」等と言ったら批判の嵐だが、「演習の為に準備しています」と言えば、周囲を余り刺激せず色々な準備が出来る。

 

(何に対してかは分からないけど、何かに備えようとしているんだね。分かったよ)

 

 極自然にそう思った彼女は、この後父を通じて、運用研究部門に大規模な演習を捻じ込む事に成功する。

 演習という名目で全ての人員を待機させ、一時的にだがあらゆる事態に、即座に対応出来るようにしておいたのだ。

 そして娘から連絡があった直後、アレックスに更識からも連絡があった。

 政府と軍の動きに注意しなさい、と――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、騒動の種は既に芽吹いていた。

 黒ウサギ隊と更識家の執拗な追跡を逃れたテロリストは、既にフランス国内で、生物兵器を開封していたのだ。

 イモムシを素体としたB1037f M-Typeが解き放たれたのは、ロレーヌ地域圏にある都市ナンシー南東の森。ドイツ・フランス・スイス3国の国境が接する森の中だ。そしてこの近辺は、肉牛の放牧など畜産業が盛んな地域でもある。

 アシダカグモを素体としたB988A M-Typeが解き放たれたのは、都市ナンシーを北上し、のどかな穀倉地帯を抜けた先にある、都市メッスの地下下水道だ。この都市はパリ、ストラスブール、ザールブリュッケン、ドイツの大都市圏へ通じる欧州陸上交通の要所であると同時に、水の流れと公園が整備された美しい都市でもある。

 そして都市メッスを40kmほど北上すると、フランス全電力の8%を供給するカットノン原子力発電所があった。

 テロリストの狙いは明確で、フランスという国そのものが滅亡しかねない凶悪なものだった。

 1つ目の狙いは農業。

 フランスは欧州最大の農業国だ。その農業生産額は欧州全体の約18%を占める。

 1次的な被害、直接作物が荒らされた程度ならまだ良い。問題は2次的な被害の方だ。放たれた生物兵器は、環境そのものを作り変える。生物兵器で汚染された地域で育てられた作物など、誰も買わない。そして元の環境を取り戻すまで、どれほどの年月が掛かるか分からない。これだけで失業者多数。治安悪化は必至で、財政負担は激増だ。

 2つ目は交通網の寸断。

 B988A M-Typeが解き放たれた都市メッスは、欧州陸上交通の要所。使えなくなった場合、フランスへの物資流入量は激減。代替手段として空路や海路、或いは遠回りの陸路はあるが、物流量の低下は経済活動を直撃する。被害は決して小さくない。

 B1037f M-Typeが解き放たれた森は交通の要所では無いが、ドイツやスイスと国境を接している以上、陸路は存在する。生物兵器の存在が知れれば、周囲一帯の封鎖は確実で、近辺の交通網は残らず寸断される事にある。事実上の国境封鎖だ。

 3つ目は原子炉。

 生物兵器が発電施設に向かえば、フランス軍所属のISは必ずこちらを防衛を優先する。

 万一カットノン原子力発電所がメルトダウンを起こせば、自国だけでなく、国境を接しているドイツ、及び近隣諸国へとてつもない被害を与える事になるからだ。そうなればフランスは今後、周辺国に頭が上がらなくなる。

 そしてISが発電所に張り付くという事は、他の部分が手薄になるということ。更に言えばB988A M-Typeが生み出す兵隊は、素体であるアシダカグモの特性を受け継いでおり、とても足が速い。都市メッスから原子炉まで僅か40km。生物兵器なら、目と鼻の先だ。

 更に、テロリストはどこまでもしたたかだった。

 生物兵器を開封した後も、まるでまだ何もしていないかのように逃亡を続けたのだ。

 意図的に怪しい証拠を残し、追跡させ、少しずつ開封した地域から追っ手の目を逸らしていく。

 だがフランスとて無能ではない。

 国家機関にのみ許される数の暴力、大量の人員投入であらゆる逃げ道を塞ぎ、数日の内に実行犯は捕らえられた。

 しかしその数日こそが、生物兵器の兵隊が増殖するのに必要な時間だったのだ――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、フランス・ストラスブール国際空港。

 都市ナンシーから東に約100kmにあるその空港に、首輪を着けた3人の女性達が降り立っていた。

 かつてIS学園を襲うも逆に捕らえられ、今は民間軍事会社(PMC)“カラード”所属となっている元ISパイロット達だ。

 

「あーーーーやっと着いた。全く、人使い荒いんだから」

「まだ何もしてないでしょ」

「本当なら前の仕事終わって、今頃休暇中のはずよ。それを休みも無しで即フランスに飛べとか、ふざけてるのかしら」

「確かに今回休みは無かったけど、座席はエコノミーじゃなくてビジネスクラス。多少は申し訳ないと思ってるんじゃない?」

「どうせならファーストクラスにして欲しかったわ」

 

 先ほどから文句を垂れている女性の名は、ユーリア・フランソワ。元ファントム2。

 腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性だ。

 性格は外見通り勝気で高飛車。男は自分に貢ぐ為に存在すると思っている女王様。事実恵まれた容姿と均整の取れた肢体、そしてISパイロットという地位は、今まで彼女に多くのものをもたらした。

 今までは――――――。

 

「うちの社長()が、そんな事認める訳ないでしょ」

「絶対次こそは認めさせてやるわ!!」

 

 そんな性格の彼女だ。首輪を着けられた当初は、事ある毎に晶にくってかかった。

 男が命令するな。束博士の付属品が何様のつもりだ、と。

 初めは涼しい顔をして聞き流していた彼だったが、次第に面倒になったのか、ユーリアとある賭けをした。

 パワードスーツ(撃震)で模擬戦をして、勝てたら無罪放免、負けたら命令を聞くというものだ。

 当然彼女は乗った。NEXTの圧倒的性能が無ければ、どうとでもなると思ったのだろう。

 だが結果は散々なものだった。

 勝負にすらなっていない。大人と子供の喧嘩だ。

 以来彼女は彼に挑み続け、負け続けている。

 なお彼が模擬戦をするのは躾目的なので指導は一切無し。

 文字通りの瞬殺である。

 

「いい加減諦めたら? ユーリアじゃ勝てないわよ」

「次こそ勝つわ。――――――というか、こんな首輪着けられて悔しくないの!!」

「悔しいと言えば悔しいけど、コレって、何にも勝る身分保障&護身アイテムなのよね」

 

 そして先ほどからユーリアと話をしているのが、エリザ・エクレール。元ファントム1。

 クセの無いセミロングの銀髪と切れ長の瞳が、見る者にどこか冷たい印象を与えている。だがそんな印象とは裏腹に、3人の中ではストッパー役になる事が多い苦労人だった。

 エリザは自身の首輪を人差し指でトントンと叩きながら、更に続けた。

 

「だってコレを着けている限り、私達の身柄はNEXTの庇護下。発信器も兼ねてるから位置情報も筒抜け。例え誘拐されても大丈夫よね」

「助けにくるとは限らないだろ」

「本人が来るかは分からないけど、助けは来ると思うわよ。仮に私達が誘拐されて酷い目に合わされた時に何もしなければ、NEXT()の信用が失墜するもの」

「男に助けられるなんて、冗談じゃない」

「ならその首輪外す? 多分一ヶ月、いえ一週間持たないと思うけど」

 

 彼女達が、元々いた組織から追っ手を差し向けられる事なく生活出来ているのは、ユーリアが嫌がっている首輪のおかげだった。

 特に宣伝している訳ではないが、民間軍事会社(PMC)“カラード”設立の経緯は、多少事情に通じている者なら誰でも知っている。

 つまり背後に誰がいるのか知っているのだ。

 そして首輪は、彼女達の所有者が誰なのかを分かり易く示していた。

 逆を言えば、首輪を外す事は庇護下から離れるのと同義。どうなるかは、言うまでも無いだろう。

 

「分かってるわよ」

 

 ユーリアは現実を指摘され、腹立たしそうに腕を組んだ。

 エリザは更に続ける。

 

「それにこの首輪、上手く使えば武器になるわよ」

「武器?」

 

 意味が分からないと、ユーリアは首を捻る。

 

「ええ。武器よ。場合によってはISより強力な」

「ますます意味が分からない」

「簡単よ。私達は社長()の部下ですってアピールするのに使うの。コレがある限り、他の有象無象の協力者とは訳が違うわ。私達だけが特別なの」

「結局は只のイヌじゃない。それの何処が武器なのよ」

「強力な武器じゃない。本人がどう思っているかは知らないけど、首輪がある限り、私達はNEXTの庇護下。その私達が自分から部下だと言えば、周囲が勝手に誤解してくれるわ。そして社長()の逆鱗に触れたらどうなるかは、この業界にいたら皆知ってる。それが何よりも私達を護ってくれるわ」

「言ってる事は分かるけど、逆鱗に触れるのは束博士とか、大事なものに手を出そうとした時だろ? 私達みたいな厄介者を、そこまで大事にするかな?」

「大事にはしなくても、護りはするわ」

 

 迷い無くエリザは言い切り、そして続けた。

 

「1つめの理由は契約。社長()は私達を更正させる、という名目で私達の身柄を引き受けた。何もしない事は契約の不履行に繋がるわ。イコールそれは信用の失墜。だから形だけでも面倒を見るでしょう」

「形だけね。適当な理由をつけて切り捨てても、あいつは別に痛くも痒くもない。戦闘要員として戦場に出てれば、不幸な事故なんて幾らでもある」

「でも私達の技能が最も活かせるのも戦場よね。そこで2つめ。多分社長は、使える人間は使う主義よ。それこそ元敵であろうが、自分の為に働いてくれるなら、過去は問わないタイプだと思うの」

「願望交じりじゃないの?」

「もしかしたらそうかもね。でもね、私達に与えられた装備、市場で幾らするか知ってる? 民間軍事会社(PMC)ってお金のかかる会社だけど、それにしたって初期投資としてはありえない額よ」

「金だけだったらどうとでもなるだろ」

「私達が使ってるパワードスーツ、あれって単純に軽量化しただけじゃないわ。主機出力から反応速度、重量バランスまで見直された上で軽量化が図られた、恐ろしく手間が掛かっているカスタムよ。使い捨ての駒に、そんなもの使わせないわ。他の装備だってそうよ」

 

 仲間に言われ、ユーリアは他の装備を思い出してみた。

 まずガンヘッド。

 如月・有澤重工合同チームが製作した多目的重機――――――とは名ばかりの多目的戦車。オプション換装であらゆる局面に対応し、従来の陸戦兵器とは一線を画す性能を誇っている。カラードで使っているのは複座型で、1人が機体コントロールを、1人が指揮官兼オペレーターとして乗り込むタイプだ。このため装甲と電子機器が強化され、生存性と電子戦能力が高められていた。

 乗り込むのは主に更識から派遣されている人間だが、強化された電子戦能力には何度か救われている。

 そしてガンヘッドと同時期に配備された輸送ヘリ(F21C STORK)

 これは束博士自らが設計した新型で、ヘリでありながら輸送機に匹敵する離陸重量を誇っている。

 その運搬能力は凄まじく、物流業界から注文が殺到している超人気商品だ。

 本来なら、設立したばかりの民間軍事会社(PMC)が買えるようなものではない。

 

(………言われてみれば、確かにそうよね)

 

 今更ながらにユーリアは気づいた。

 ISという超兵器に慣れていたせいか、今使っている装備がどれほどの物か、全く考えていなかったのだ。

 どれもこれも、使い捨ての駒に使わせるには過ぎた装備だろう。

 

「だから私の結論は、多分社長()は、私達を本当の意味で手駒にしたいと思ってる。全部予想だから、外れているかもしれないけどね。――――――まぁ待遇を見る限り、頑張ればそれなりに美味しい思いが出来るんじゃないかしら?」

「………なるほどね」

 

 多少思うところはあったのだろう。

 ようやく落ち着いたユーリアは、もう1人の仲間に声を掛けた。

 

「アンタはどう思うのさ」

「私? ここで良いと思うわ。確かに待遇を見る限り、使い捨てにする気は無さそうだもの。まぁ気が変わって切り捨てられる可能性もあるけど、そんなのは何処にいても一緒。気にしても仕方ないと思うわ。ならエリザの言った方法も、悪く無いと思うの」

 

 答えた女性の名は、ネージュ・フリーウェイ。元ファントム3。

 腰まであるストレートブロンドに蒼い瞳。整った、清楚とも言える顔立ち。そしてスラリと伸びた四肢に女性らしい起伏に富んだボディライン。白を中心とした落ち着いた服のコーディネイトもあり、裕福な家庭に生まれたお嬢様と言える外見だ。

 一般人が彼女と話して、荒事に関わると思う人はいないだろう。

 だが実際は、戦闘とハッキングを高レベルでこなすマルチプレイヤーだ。

 そしてネージュの返答を聞いて、エリザが口を開いた。

 

「ならこの話はこれで終わり。さっさと狩りを済ませて帰りましょう」

「りょーかい」

「そうね」

 

 こうして3人は自分達の為に、社長()猟犬(部下)となる事を選択した。

 そこに本当の意味での忠誠など無い。

 あくまで社長の権力を使って、自分達を守るためだ。

 しかし未来の事など誰にも分からない。

 もしも知ったら、彼女達はどんな顔をしただろうか――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 生物兵器が開封されてから数日後。

 実行犯を捕らえたフランス政府は、生物兵器の位置を特定。軍を派遣し、包囲網の形成に成功していたのだ。

 今回、政府機関は良く働いたと言って良いだろう。

 大量の人員を投入して実行犯を捕らえ、尋問で情報を吐かせ、収集した他の情報とすり合わせを行い位置を特定し、生物兵器の危険度を考えて初めから軍を投入する。

 特に周辺住民の避難と、生物兵器の兵隊が拡散する前に包囲網を敷けたのは大きかった。

 このまま封じ込めに成功すれば、被害は最小限に抑えられる。

 しかし、上手くいったのはそこまでだった。

 生物兵器が活動を始めた場所は、既に人類の領域ではなくなっていたのだ。

 まず1ヶ所目。アシダカグモを素体としたB988A M-Typeが解き放たれたのは、都市メッスの地下下水道。

 十数万人分の汚水という潤沢なエネルギー源を得た生物兵器は、毒素と兵隊を無尽蔵に生み出し始めていたのだ。

 そして生み出された兵隊達は、通路を拡張し、新たな道を作り、毒素を撒き散らしながら、地下下水道を作り変えていた。

 人にとって致命的な毒素が充満する、広大な地下迷宮だ。

 当然、そんな場所に生身の人間が入れるはずがない。

 掃討作戦は、軍に新設されていたパワードスーツ部隊が担う事になった。

 強靭な装甲と生身では扱えない強力な火器を持つパワードスーツは、高い戦闘能力を持つ。

 生物兵器は、程なく掃討されるだろうと、誰もが思っていた。

 だが作戦開始後、そんな予想はあえなく裏切られる。

 

『増援を。早く増援を!! くわれ、喰われる!! 助けて、たすけてくれぇぇぇぇぇ』

『畜生、分断された!! ここは何処だ? クソッ、元のMAPが役に立たない!!』

『上だ。α3、上だ!!』

『え? ぎゃぁぁぁぁぁ』

 

 部隊情報を拾い上げるオペレーター達は、顔面蒼白だった。

 聞こえてくる悲鳴と何かを咀嚼する音に、その場で吐いてしまう者もいる。だが、それを笑える者はいなかった。

 生み出された兵隊の大きさは3~5m。その巨体の外皮は銃弾に高い抵抗力を示し、兵器として強化された顎はパワードスーツの関節部を、容易く噛み砕く。挙句クモの特性そのままに、壁や天井を自在に走り回っていた。衝突などされようものなら、交通事故にあうのと変わらない衝撃で弾き飛ばされる。

 そうして倒れた奴のところに、兵隊達は我先にと襲い掛かった。圧し掛かり動きを封じ、強靭な顎で噛み付いてくるのだ。

 一撃で絶命した者は幸運と言えた。不幸な者は四肢を噛み砕かれ、生きたまま解体されるという生き地獄を味わった末に、絶命していったのだ。

 そんな光景を目の当たりにした部隊が、士気や連携を保てるはずもない。

 指揮官が直ちに撤退命令を下したが、無事に撤退出来たのは半数にも満たなかった。

 そして2ヶ所目。イモムシを素体としたB1037f M-Typeが解き放れた、都市ナンシー南東の森。

 こちらは付近に民家も無い事から、戦車、戦闘ヘリ、ロケット砲など、軍隊の本領発揮とも言える、濃密な火力が叩き付けられていた。

 まさしく教本通りの、敵の反撃を許さない、初手最大火力による殲滅戦だ。

 高速移動可能なB988A型と違い、こちらはイモムシがベースとなっているだけあって移動が遅い。

 初めは狙い撃ちだった。

 森から出てきたら戦車砲による狙い撃ち、森の中にいても、戦闘ヘリによる上空からの狙い撃ち、更に逃げても長距離ロケット砲による面制圧。

 殲滅は時間の問題だった。

 だがある時を境に、作戦に参加した軍人達が次々に体調不良を訴え始め、ついには動けなくなっていった。

 

「こっ、これ………は………」

 

 とある兵士が胸を押さえながら、呻くように呟いた。

 生物兵器が毒素をばら撒くのは周知されていた。簡易型だが防毒マスクも与えられていた。

 にも関わらず、何故?

 

「グハッ………」

 

 吐き出された血が、マスクの内側を塗らしていく。

 周囲を見てみれば、同じように仲間達が倒れ、呻き声をあげている。

 

(まさか、こいつらの毒素は………)

 

 薄れいく意識の中で、兵士の思考は正解へと辿り着いた。

 これは司令部も掴んでいなかった事だが、B1037f(イモムシ)型が生成する毒素は、B988A(アシダカグモ)型の毒素と違い、皮膚から吸収されるタイプだったのだ。つまり、防毒マスクだけでは防げない。

 加えてB1037f(イモムシ)型の生物兵器は、製作された当初から移動力の遅さが問題視されていた。そこで製作者は、考え方を変えたのだ。

 必ず狙われるなら、むしろ狙わせてやれば良い。

 B1037f(イモムシ)型の兵隊は、死んだ時に最大限周囲に毒素をばら撒くよう調整されていたのだ。

 そしてフランス軍は製作者の狙い通りに、生み出された兵隊共を徹底的に攻撃してしまった。

 結果周囲の毒素濃度は跳ね上がり、風に乗って軍人達へと襲い掛かった。

 これにより前衛を務めていた戦車隊の兵士達が、次々と不調を訴え始め指揮系統が混乱。その間に生物兵器の集団が前進を開始。辛うじて行動可能だった部隊が撃破に成功するも、毒素濃度が更に上昇していき、ついには致命的濃度となって兵士達の命を奪っていった。

 

「クソッ!! 地上はどうなっているんだ!!」

 

 上空にいる戦闘ヘリ部隊は毒素の影響を受けていなかったが、陸上戦力を欠いた状態では、生物兵器の殲滅は難しかった。

 よって戦闘ヘリ部隊の隊長は、可能な限り敵の数を減らした後に撤退。戦力の建て直しを図るのだった。

 ロケット砲部隊は距離が離れていた事もあり無事だったが、前衛の観測班がいないと、有効打を与える事が出来ないため砲撃中止となった。

 これにより都市地下下水道と、森への第一次攻撃は失敗となる。

 

 ………そうして、日が沈んだ。

 

 運悪く、月明かりすら無い新月の夜だった。

 生物兵器の姿が、夜の闇の中に隠れていく。

 作戦が展開されていた地域は厳重な監視下にあったが、あらゆる場所を漏れなく見張るなど不可能だ。

 結果少なくない数が、夜の間に包囲網を突破していったのだった――――――。

 

 

 

 第94話に続く

 

 ※1:記憶にあるアレ

  新型の元ネタはガンダムF90。

 

 

 




以前捕らえられた元ISパイロット達が、文字通りの首輪付きで登場。
初めはモブAみたいな感じで行こうと思っていたのに、いつの間にか名前付きになっていました。

そしてフランスが大変な事に………。

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