インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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区切りが悪くて書いてたら、いつの間にかいつもの倍くらいの量に………。




第83話 救助活動

 

 その日、主要各国のIS関係者は、もたらされた朗報に喜んでいた

 自国のISがその圧倒的な性能で、事故に巻き込まれた一般市民を救助している映像が、世界中に流れたのだ。ISの有用性をアピールするには絶好の材料だろう。しかも映し出されるのは、いずれ劣らぬ美女ばかり。世の男どもの視線もくぎづけだった。

 

 ――――――とあるニュース番組。ヘリからの生中継にて。

 

『ご覧下さい。車から火の手が上がっています!! 辛うじてドライバーは脱出したようですが、隣の車に燃え移っています!!』

 

 火の燃え移った車がズームインされる。

 

『ドライバーは気絶してるようです!! 救急隊はまだ到着してません!!』

『おい!! アレ見てみろ!!』

 

 画面の外、他のテレビクルーの声に、カメラが事故現場から空へと向けられた。

 

『何もないぞ』

『良く見ろ。あそこだ!!』

 

 カメラが左右に振られ、とある一点で止まった。

 そこには、横列隊形で飛ぶ人型の何かがいた。更にその後方には大型のヘリも見える。日も暮れかけた夕闇の中を、事故現場目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。

 カメラが飛行物体をズームイン。そうして映し出された光景に、その番組を見ていた一般市民達は度肝を抜かれる事になった。

 世界主要各国のISが勢揃いしているのだ。

 NEXT、白式・雪羅、紅椿、ブルーティアーズ、ラファール、レーゲン、甲龍、打鉄弐式、シルバリオ・ゴスペル。

 このうち、打鉄弐式は正式発表前の機体だ。マスコミに流れていた極僅かな資料映像から、その存在に気づいたテレビクルーが騒ぎ始める。

 

『おい!! あの機体って、打鉄弐式か? 日本の次期主力IS、完成していたのか。何でこんなところに!?』

 

 ズームインされた打鉄弐式の姿は、追加装甲を装着していないノーマルな姿だ。

 そして放送された弐式の挙動はとても安定しており、開発完了を強く印象付けていた。

 テレビ画面が再びズームアウト。現場上空に到着した専用機達は、一糸乱れぬ挙動で散開。事前のブリーフィングに従い、それぞれの配置についた。

 それから暫し遅れて、輸送ヘリに牽引されたガンヘッドも現場に到着する。

 

『アレは何でしょうか?』

 

 アナウンサーの戸惑いの声が流れる。しかしその声は、別の声によって掻き消された。

 

『おいアレ、変型してるぞ!!』

 

 タンクモードからスタンディングモードへ。

 戦車にしか見えなかった姿から4脚になり、隠れていた2本の腕が現れ、異形の人型となる。

 

『何なんだアレは……』

 

 テレビクルーのそんな呟きを余所に、専用機達は救助活動を開始するのであった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 現場に到着した専用機持ち達の目の前にあったのは、いつタンクローリーの積載燃料に引火してもおかしくない危険な状態だった。

 玉突き事故を起こした幾つかの車両から火の手が上がり、炎がタンクの表面を撫でている。

 ISのセンサー情報は、タンク表面の温度が急上昇している事を示していた。

 まだ致命的な状況ではないが、横転と熱によるダメージから、いつ燃料が漏れ出てもおかしくない。

 

『皆、準備は良いな。後はブリーフィング通りに。――――――行くぞ!!』

 

 晶からの通信で、現場上空に到着した各機は行動を開始。それぞれの持ち場についていく。

 そして最も危険なポジション(タンクローリー)に着いたのは4機。NEXT()白式・雪羅(一夏)紅椿()シルバリオ・ゴスペル(ナターシャ)だ。

 ガンヘッドが立案したタンクローリーの撤去方法は、至極単純なものだった。

 

『……3……2……1……0!!』

 

 タイミングを計る掛け声に合わせて、NEXT()シルバリオ・ゴスペル(ナターシャ)が、タンクローリーの両端に手を掛けて持ち上げる。

 そこで白式・雪羅(一夏)が、車体の下を通すようにロープを投げ入れ、反対側で紅椿()がキャッチ。今度は受け取ったロープを、車体の上側から白式へと投げ返す。

 次は逆に、紅椿が車体の下を通すようにロープを投げ入れ、受け取った白式が車体の上側から紅椿へと投げ返す。この間、僅か数秒。

 そうして2機がロープの両端を持ったまま、タンクローリーの上へ移動した。

 

『2人とも、推力調整を間違うなよ』

 

 晶の通信に2人は肯くと、慎重にブースターを吹かし、車体を水平のまま持ち上げていく。

 これを見ていたナターシャの驚きは、ある意味自身が撃墜された時よりも大きかった。

 全く仕様の異なる、しかも世代すら異なるISで、初めて触れる重量物体を、しかも重量バランスが均一でない物を水平のまま持ち上げるなど、性能にものを言わせるだけの人間には決して出来ないだろう。地味だが確実な基礎があってこそ、初めて可能になる作業だ。

 世界最先端最高性能機に、正しくパイロットとして乗り、操っているのだ。

 ナターシャはバランスを取る為にタンクローリーの端で支えてはいるが、力の揺らぎが殆ど感じられない。クレーンで持ち上げているかのような安定感があった。

 そんな事を思っている間にもタンクローリーは動いてゆき、火の手が届かない安全な場所に移された。

 晶から一夏と箒に通信が入る。

 

『2人とも良くやった!! 良い機体制御だった』

『へへっ、毎日の訓練に比べれば』

『う、うむ。そうだ。日々の訓練に比べればな』

 

 褒められた2人が、互いに安堵の息を漏らしながら答えた。

 

『よし。じゃあ次に行くぞ』

『『了解!!』』

 

 こうしてタンクローリーを無事撤去した4人は、次の救助に向かうのだった。

 そして、その一部始終を撮影していたテレビクルーは――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『テレビの前の皆さん!! 今の光景をご覧になりましたでしょうか!! 燃え盛る炎に晒されていたタンクローリーが、無事に撤去されました!!』

 

 上空のヘリから、興奮した様子で現場中継をしていた。

 NEXT()白式・雪羅(一夏)紅椿()シルバリオ・ゴスペル(ナターシャ)が何度もズームインされ、アメリカにいる経緯が読み上げられていく。

 そして同時に動いてた他のメンバー達も、次々にズームインされていく。

 燃える車から家族を救い出す光景が。フレームの歪んだ車からドライバーを救い出す光景が。救助された人に優しく微笑む光景が。救急隊の到着を待っていては、確実に手遅れになっていた人々が次々と救出されていく。

 そんな中、素人的に一番活躍しているように見えたのは、シャルロットとラウラのコンビであった。何でも器用にこなすシャルロットと、軍人としての教育を受けたラウラ。このコンビの相性は抜群で、淀みない動きで人々を助けていく。

 だが玄人的に、チームとして動いた時に役に立っていたのは、実を言うとセシリアであった。ISが人型である以上、如何に優れた能力を持っていたとしても、人型ゆえの制限というのが付き纏う。人の腕は2本しかないし、脚も2本しかないのだ。だからこそチームプレイや連携と言った要素が生まれる。

 彼女は今まで後衛としての能力を磨いてきたせいか、他人へのフォローが早かった。常に全体を見渡し、人手が欲しそうな場所があれば、通信を入れてサポートが必要かを尋ね、同時に少し手伝えば自力で車から出れそうな人達の所にビットを飛ばし、(フレームの歪んだ車のドアを破壊するなどして)自力で脱出させていたのだ。

 この行動がチーム全体の負担を軽減し、より緊急度の高い人達の救助に、集中できるようにするという好循環を生み出していた。

 

『あっ、また1人救助されました。現場到着から僅か数分ですが、既に多くの人が救助されています!! やはりISは凄いですね』

 

 簪と鈴が、赤ちゃんとその母親と思われる女性を救助していた。

 赤ちゃんが無邪気に、簪の頬をペチペチと叩いている光景が、お茶の間の安堵を誘う。

 感謝する母親に赤ちゃんを渡し、2人は再び救助に戻っていく。

 

 そんな中、遅れて現場に到着した別のテレビ局のクルーが、2本の腕を器用に使って、事故車両を道端に除けている重機に注目した。

 AIにより自律稼動しているガンヘッドだ。

 

『アレは何でしょうか? ――――――っと、只今情報が入りました。あの車を除けている重機は、日本の如月重工と有澤重工が共同開発した多目的重機のようです。先日、薙原氏が試作機を買ったようですね。そして開発元によりますと、オプション換装により、あらゆる状況であらゆる行動が行えるよう開発したとの事です。――――――あっ、ヘリの元に行きました。どうするつもりなのでしょうか?』

 

 ガンヘッドの行動がズームインされる。

 輸送ヘリF21C STORK(ACV輸送ヘリ)の右側に車体が横付けされると、同じく右側にあるコンテナが開き、中からロボットアームが伸びてくる。そして戦闘装備であれば、対地ミサイルや120mm8連装無反動砲などが装備される車体上部にクレーンが装着された。

 この間、僅か20秒程度。

 アナウンサーの声が流れる。

 

『早いですね。謳い文句に嘘は無いようです』

 

 この光景をテレビで見ていたとある企業の軍事関係者は、すぐにガンヘッドと輸送ヘリ(F21C STORK)の有用性に気づいた。

 どちらか単体であれば、既存の装備に取って代わるような事はないだろう。

 だが輸送ヘリで運べる利便性と、現場で素早くオプション換装が可能という点は、軍事関係者にとって決して無視出来ない要素だった。

 問題はコストだが、試作機である以上、量産ラインに乗せればある程度は下がるはず。

 性能だって、あのNEXT(薙原)が現場に持ち込んだ品だ。仮に束博士の手が入っていたとしても、元の性能が悪いはずがない。

 素早くそう計算した中年の男性は、如月重工の番号をコールした…………が、何時までたっても話中で繋がる様子がない。

 理由は単純だった。

 全く同じ事を考えた者達が、我先にと、如月と有澤重工に電話を掛けていたからだ。

 こうして企業が動き出している間にも、現場の状況は進行していく。

 人が救助され空になった車が、ガンヘッドのクレーンにより持ち上げられ、次々と道端に除けられていく。

 普通の重機を使えばクレーンの設置や誘導などで人手も時間も必要なところを、従来の重機では考えられないような早さだ。

 

『すごい………』

 

 アナウンサーの呟きは、視聴者の言葉でもあった。事故現場が瞬く間に片付けられていく。

 また専用機持ち達も救助を終えた後は、ヘリ搭載のメディカルキットを使って、救助者の応急手当てを行っていた。

 ちなみにこの応急手当て、プロが施したかのように的確なものだったが、実はちょっとした裏事情があった。

 ブリーフィングの段階では、救助者はIS学園の校医に診てもらう予定だったが、事態を知った各々の国が候補生達に通信を入れ、お抱えの医師に診断と応急手当の指示を出させていたのだ。

 なお国の支援を受けると、所属の問題で色々と面倒な事になる晶・一夏・箒は当初の予定通り、IS学園の校医に怪我人を見て貰っていた。

 そして一通りの応急手当を終えた晶は、周囲を見渡しながら次の事を考え始めていた。

 

(この場でやれるのはこんなところか。次はどうするかな。戻るか。それとも山火事の方も手伝うか………)

 

 数瞬考えた彼は、ナターシャに尋ねた。

 

「今、山火事ってどうなっていますか?」

「少し待ってね。確認するわ。―――――――――避難は順調みたいだけど、火の勢いが強すぎて、消火の方は進んでいないみたい。このままだと、住宅街への被害は避けられないわ」

「そうですか。もし良ければ、そっちに行っても良いですか」

 

 この時ナターシャは、晶の目的がガンヘッドのテストであろう事は気付いていた。だが言葉に出す事は無かった。

 先の動きを見る限り動作は安定しているようだし、何よりアメリカ国民に被害が及ばないなら、止める理由も無い。

 

「良いの?」

「ああ」

「ならお願いするわ。消防隊だけじゃ、何人の家が灰になってしまうか分からないもの」

「了解した。――――――みんな、山火事の方に向かうぞ。後ガンヘッド、トランスフォーメーション。ヘリに戻れ。場所を移動する」

 

 全員が返事をすると空に舞い上がり、遅れて、ガンヘッドを牽引した輸送ヘリがゆっくりと離陸していく。

 この光景を見ていた各テレビ局のアナウンサー達が、一斉に喋り始めた。

 

『あっ、専用機持ち達が空に上がりました。撤収でしょうか? ――――――いえ、違うようです。あの方向は、山火事の方です。どうやら次は、山火事の方に向かうようです。我々も後を追いたいと思います!!』

 

 滅多に見られない光景に、アナウンサー達も興奮気味だった。

 事故現場上空を飛んでいた各テレビ局のヘリが、一斉に飛んで行ったIS達を追いはじめる。

 ISとヘリでは巡航速度が違うが、幸い山火事の現場は近いので、程なく追いつけるだろう。

 一方その頃、山火事の現場では――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「クソッ!! 火の勢いが強すぎる!! このままじゃ住宅街まで」

「諦めるなっ!! 俺達が諦めたら、この辺りの人達は帰る家が無くなるんだぞ!!」

「分かってる!! けど、これじゃあ………」

 

 ロサンゼルス消防隊には、消火装備仕様のパワードスーツ(撃震)が3チーム分試験配備されていた。

 そして彼らは非常に良くやっていた。生身の人間では近づけない所まで火に近づき、およそ考えられる最大効率で火を消していた。

 だがどれほど火を消しても、燃え盛る炎は次々と木々に燃え移っていき、住宅街間際までの後退を余儀なくされていた。

 このままでは、住宅街への被害は避けられない。

 そんな時であった。奮戦する彼らの下に、希望の通信が飛び込んできたのは。

 

『――――――えっ、何だって? ………本当か!?』

 

 隊長の驚いたような声に、部下が尋ねた。

 

「どうしたんですか?」

 

 すると隊長は興奮気味に答えた。

 

「おまえら喜べ!! 女神達が来るってよ!!」」

「女神?」

「ISだよ。それも専用機!!」

「隊長、ホラにしては盛りすぎですよ」

 

 部下の言葉はある意味尤もだった。IS学園にいると忘れそうになるが、本来専用機持ちというのは選び抜かれた超エリート。普通は別世界の人間だ。直接会える機会など、IS展示会など極々限られたイベントのみ。そのイベントとて、参加出来るのは極一部の幸運な人間のみだ。

 

「ホラじゃねぇよ!!」

 

 隊長がそう言った時だった。

 一陣の風が上空を駆け抜け、次いで巨大な鋼色の鉄塊が落ちてきた。

 否、2本の腕に4本の脚という異形の人型(ガンヘッド)だ。そしてその上に、蒼いISを纏う1人の美少女。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの姿があった。

 

「皆様、大丈夫ですか?」

 

 穏やかな微笑みを浮かべる彼女の雰囲気は落ち着いたもので、消防隊の面々は一瞬、ここが現場である事も忘れて見入ってしまった。

 尤も普段関わっている面子からすると、「誰こいつ?」という程に猫かぶりなのだが、そんな事が一般人に分かるはずもない。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。消防隊に怪我人は出ていない。だがもうすぐ火が、家に………」

 

 消防隊の隊長が振り返れば、もうすぐそこに民家がある。

 森からは火の粉が飛び散り、家に届いてしまいそうだ。

 このまま放置すれば、もうすぐあの家にも火の手が回ってしまうだろう。

 

「お任せ下さい。その為に、我々は来たのですから」

 

 セシリアの言葉が合図であったかのように、ガンヘッドは自律行動を開始。

 燃え盛る炎と民家の間に移動し、鋼の身体を盾として延焼を防ぐ。

 それだけではない。

 炎の中に進んで行き、燃える木々をなぎ倒す事で、炎を少しでも民家から遠ざけていた。

 そんな中、彼女は消防隊の面々に話し掛ける。

 

「さて皆さん。この火災を食い止める為に、少し協力して欲しい事がありますの」

「何だ?」

「ここにいる消防隊皆様の位置情報を下さいませんか? 確か3000人ほどいたかと思いますが」

 

 この時実を言えば、既に各方面に展開している専用機持ち達のセンサー情報を統合する事によって、消防隊の位置情報は既に把握済みだった。そして専用機持ちの強権を使えば、(ナターシャに頼んで軍上層部あたりから)頭ごなしに命令する事も可能だった。しかしこの火災を本気で止める気なら、現場レベルの真摯な協力が必要不可欠。これはその協力を得る為に必要なやりとりでもあった。

 誰だって、頭ごなしに言われるより、自分を認めてくれる相手の方が協力し易いだろう。

 

「それは…………」

 

 隊長個人としては、この火災をどうにか出来るなら教えてしまっても構わなかった。

 しかし現場を知るだけに、素直に頷けない理由があった。

 位置情報を欲するという事は、何かしらの指示があるだろう。だが現場において、複数の命令系統があるというのは致命的な間違いの元なのだ。

 セシリアは隊長のそんな心情を察してか、優しく、決断を後押しする言葉を送った。

 

「ご心配なく。この話は現アメリカ代表、ナターシャ・ファイルスさんも知っています。勿論その上も。そしてもう1人、NEXT(薙原晶)も展開しています。今この場で貴方がお話したところで、何ら貴方が被害を被る事はありません。命令系統についても、恐らくもうそろそろ指示が下りてくるかと思いますので、確認してみて下さい」

「いや、確認は必要ない。態々専用機が出張ってくれたんだ。頼む!!」

 

 隊長は視線入力で、パワードスーツ(撃震)のメニュー画面を操作。消防隊が使用しているデータベースに、セシリアを隊長権限で登録。これでセシリアも、消防隊員達の位置情報が参照可能になった。

 

「ありがとうございます。――――――ガンヘッドさん。必要情報は揃いまして?」

「揃いました。オペレーションシステム起動。オペレーション権限をセシリア・オルコットへ譲渡。オペレーションを開始して下さい」

「では、始めますわよ」

 

 このセシリアとガンヘッドという特殊な組み合わせが実現した理由。それは現場に到着する数分前の、晶とのやり取りにあった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 玉突き事故の現場から飛びたった直後、晶は口を開いた。

 

『そういえばセシリア。さっきの行動は見事だった。全体を良く見ていたな』

『えっ?』

 

 一瞬彼女は、何か特別な事をしただろうか、と首を傾げた。

 

『少ない人数でも上手く救助出来るよう、通信を入れて情報を回したり、自力で脱出出来る人は脱出させていたりしただろう』

『大した事ありませんわ。やっている事はいつもの模擬戦と変わりませんもの。全体を見て、必要なところに必要な人手を投入する。人手を戦力と置き換えれば、何も変わらないでしょう』

 

 セシリアは内心で随分と喜んでいたが、それを素直に出すのは、彼女の美学的に美しくなかった。

 だからあくまで当然、といった態度で答える。

 そんな様子と先の行動を見て、晶はある決断をした。

 

『ガンヘッド、オペレーションソフトの一部ロックを解除。セシリアとリンクしろ』

『よろしいのですか?』

『構わない。この手のソフトは現場で使えなければ意味がない』

『了解。一部ロックを解除。セシリア・オルコット、回線を開いて下さい』

 

 首を傾げながらも回線を開くセシリア。

 すると彼女の視界に、現在地周辺のマップ情報が表示された。

 そして横列隊形で飛行する専用機持ち達と、その後方で輸送されているガンヘッドの情報が表示される。

 

『これは、オペレーター用の画面(ACVDオペレーター画面)ですか?』

『そうだ。だがクラスのチーム戦で使っているような簡易的なものじゃない。もう少し本格的なものだ』

『と言いますと?』

『仲間の位置や装備、地形情報が表示されるのは従来と変わらない。だがこれにリンクしている機体の観測情報がリアルタイムで反映されるようになっている。例えば現地で火災が発生していた場合、どのくらいの時間でどの程度拡大するのか、豪雨で視界が遮られれば、光学視界がどの程度制限されるかなどが、すぐに分かるようになっている。他にも、簡易的なシミュレーションシステムを搭載しているから、判断に迷った時は使って参考にしてみると良い』

『それほど沢山の情報と機能、1人で捌けるものなのですか?』

『思考制御が主だから、物理的な操作は殆ど必要無い。情報量の多さも、ハイパーセンサーの認識力なら問題にならないはずだ。ましてビットを使い続けたお前なら、この手の思考制御はお手の物だろう』

 

 セシリアは、クスリと笑った。

 こういう期待のされ方は、悪く無い。

 

『なるほど。私にこれを使って、先ほどと同じ事をやれと言うのですね』

『そうだ。出来るか?』

『少々お待ちを――――――』

 

 脳内でオペレーションソフトの幾つかの仕様を確認した彼女は、不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

『やれますわ。ですが本当に火災を食い止めるなら――――――ナターシャさん』

『何かな?』

『現場に展開している消防隊、3000人の指揮権をこちらに下さい。本気で住宅街に被害を出さない気なら、彼らの協力が必要不可欠です』

 

 突然の要請に戸惑ったナターシャは、思わず聞き返してしまった。

 

『万一少しでも被害が出れば、その責任は全て君に向かってしまう。それでも良いの?』

『「専用機が出るのは最終局面」、晶さんの言葉です。私達が出て行った時点で、被害が出ればこちらの責任になってしまいますわ。――――――で、可能ですか?』

 

 余りに堂々とした物言いに、ナターシャは一瞬言葉を詰まらせた。

 アメリカのISパイロットに、同じ事を言える者が何人いるだろうか?

 

『分かった。代表権限を行使して指揮権をこちらに移譲させる』

 

 この時彼女(ナターシャ)は言わなかったが、この方法は限りなく黒に近いグレーゾーンだった。

 代表権限を行使して指揮権を持つ以上、本当ならナターシャ自身が指揮を執る必要がある。

 そこを他国の代表候補生に行わせるのだ。下手をすれば査問委員会ものだ。

 だがそれが分かっていて尚、彼女は代表権限を行使した。

 何故か?

 一般市民が助かるならそれで良いという感情と、NEXTがこの場面で投入するソフトウェアの性能に興味があったからだ。

 たかが代表候補生が、8機の専用機と3000人の消防隊員をオペレーションするなど、普通に考えれば不可能だ。しかしそれが可能になるなら、驚異的な性能を持つソフトウェアという事になる。それを見極める必要があった。

 この後各員は散開し、広域に広がる山火事の各所に散っていった。

 そしてセシリアは、消防隊員達の協力を得る事に成功する。

 

「ありがとうございます。――――――ガンヘッドさん。必要情報は揃いまして?」

「揃いました。オペレーションシステム起動。オペレーション権限をセシリア・オルコットへ譲渡。オペレーションを開始して下さい」

「では、始めますわよ」

 

 空中で瞳を閉じた彼女の脳裏に、山火事全域のマップ情報が映し出された。

 次いで各所に散っていった仲間達の大きなマーカーと、無数の小さなマーカー(消防隊員)が次々と表示されていく。

 そこに仲間達の観測情報が加えられ、山火事の詳細な現状が明らかになっていく。どこの火が強くて、どこの民家が危険で、どこに消防隊員が沢山いて、どこが手薄なのか。およそオペレーターに必要な情報の全てが羅列されていく。

 ただの人間であれば、到底処理できない莫大な情報量だ。だがISのハイパーセンサーが持つ認識力は、この程度苦も無く平らげていく。

 そして彼女は持てる技能の全てを駆使して、オペレートを開始したのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 現場の状況変化にいち早く気づいたのは、上空で撮影を続けるアナウンサーだった。

 

『あら? 何やら消防隊の動きが慌しくなっています。どうしたのでしょうか?』

 

 今まではただ火の強いところに集まり、そこを消火しようと頑張っているだけだった。

 だが今上空から見ている隊員達の動きは、何か違っていた。

 

『動きが、効率化されている?』

 

 アナウンサーも自分の言った言葉に自信がある訳ではなかった。

 しかし今の消防隊員達の動きは、明らかに先ほどまでの、ただ必死なだけの動きではなかった。

 動きに、目的のようなものが感じられるのだ。

 最も危険度の高い火の強い場所にはISが投入され、低威力の武装で燃える木々を吹き飛ばすなどして、山火事の勢いそのものを削っている。

 ガンヘッドはその身を民家の盾として、延焼を食い止めている。

 消防のパワードスーツ隊は、ガンヘッドが炎を遮っている間に放水を集中させ、民家に迫る炎を優先的に消火している。

 生身の消防隊員は幾つかのグループに再編成され、多方面に展開。山火事の拡大を遅らせて、ISやガンヘッド、パワードスーツ隊が到着するまでの時間稼ぎをしている。

 

『凄い………』

 

 アナウンサーは今日何度目か分からない呟きを漏らした。

 もう住宅街への被害は避けられないと思っていたのに、炎を押し留めるところか押し返している。

 そんな中アナウンサーは、1機だけ全く動いていないISを発見した。

 この辺り一体の動きを全て管制しているセシリアだ。

 

『1機だけ動いていないISがいます。何かあったのでしょうか? これから近付いてみたいと思います』

 

 そう言ってヘリがセシリアに向かって移動を始めた矢先、近くを通りかかったNEXT()がヘリと並走。窓に手を掛けて話し始めた。

 

「今彼女に近付かないでくれ。重要な仕事をしている最中だ」

「何故ですか?」

「説明している時間は無い。警告はしたぞ。近付くなよ」

 

 NEXTはそれだけを言うと、ヘリから離れていった。

 

『テレビの前の皆さん、たった今、あのNEXTから忠告を受けました。彼は重要な仕事をしていると言っていましたが、彼女、イギリス代表候補生のセシリアさんは何をしているのでしょうか?』

 

 テレビの前の視聴者達も首を傾げていた。

 現場にいるにも関わらず、先ほどから一歩も動いていない。

 ただ目を閉じて立ち尽くしているだけだ。にも関わらず、NEXTは重要な仕事をしているという。

 そんな中はカメラは、セシリアの頬を流れ落ちる汗と、動く口元を捉えた。

 

『何か、喋っているのでしょうか?』

 

 この時、アナウンサーの脳裏をとある閃きが走った。

 専用機持ち達が到着して以降、消防隊員達の動きが変わった。他の専用機持ち達は全員行動中。1人だけ動いていない専用機持ち。重要な仕事。

 

『もしや彼女は、この場にいる専用機持ちと、消防隊員達を指揮しているのでしょうか?』

 

 テレビの前にいた殆どの者達は、ありえないと思った。

 専用機持ちという超エリートとは言え、代表候補生に出来るような事ではないし、やるなら晶かアメリカ代表のナターシャのどちらかが行うのが筋だろう。

 しかしこのアナウンサーの閃きが正しかった事は、山火事が消火された後の記者会見で、晶自身の言葉によって認められていた。

 つまりイギリス代表候補生のセシリア・オルコットは、8機の専用機と3000人の消防隊員を指揮下に置き、単独でオペレートしたと公表されたのだ。しかも住宅街への被害は0という完璧な結果を残して。

 そしてこうなると次に注目されるのは、このワンマンオペレーションを可能にしたソフトウェアの存在だ。

 これについて晶は、使用したソフトウェアが束の手によるものだと認めた上で、次のように述べていた。

 

「確かに束博士のソフトウェアは優秀ですが、この結果は使い手と仲間達、勇敢な消防隊員達の協力があってのこと。どちらかだけで語れる事ではありません」

 

 彼はここで一度言葉を区切り、会見場に詰めかけた報道陣を見渡した。

 皆一様に、何かを期待しているような視線だ。

 そして晶は、改めて口を開いた。

 

「今回使用したソフトウェアは、時期は未定ですが、一般用にデチューンしたものをいずれ出す予定です。多分、パワードスーツを配備している消防関連が先になると思いますよ」

 

 この発言に会場内は騒然となった。

 何せ一個人で3000人のオペレートを可能にしたソフトだ。デチューンした物とは言え、その有用性は計り知れない。

 この後、幾つかの質問に答えたところで記者会見は終了。翌日から本来の予定であるCM撮影に戻った一行だが、今回の一件で撮影場所の情報が広く漏れてしまい、野次馬の数が凄い事になっていたという――――――。

 

 

 

 第84話に続く

 

 

 




今回ちょろいさん大活躍。

そしてCM撮影の結果など、今回話の中に組み込めなかった部分があるので、それについては次回で触れたいと思います。
でもCM撮ってないけど一番宣伝されたのはガンヘッド君かなぁ………。

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