インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
「じゃぁ、始めようか」
打鉄弐式がIS学園から奪われた30分後、束・晶・楯無の3名は、学園の会議室でブリーフィングに入っていた。
「まずはコレを見てくれるかな」
束が手元のコンソールを操作すると、3人の眼前に地球の立体映像が形成された。
そしてIS学園から延びる赤いラインが、太平洋上を進んでいる。
「この赤いラインが、VOBモドキを装着して逃亡中のIS。この進路を維持した場合、アメリカの領海に入る事になるんだけど………私の計算によれば、この速度を維持したまま到達するのは不可能なんだ」
「――――――という事は、回収機がいるわね」
口を挟んだのは楯無だった。別に難しい予測ではない。
今回敵が仕掛けてきたのは、逃げ切れる自信があるからこそだろう。なのに離脱速度を維持出来ないとなれば、計画そのものが破綻する。逃亡用の足が用意されていると考えるのが自然だった。
「うん。既存技術の組み合わせでVOBを再現しようとしても、最高速や航続距離の限界が見えてるから、いるのは間違いない。だから問題は――――――」
束が再び手元のコンソールを操作すると、VOBモドキの進路上に
一緒に表示された名前から、それらが軍艦であると分かる。
しかも原子力空母を中心として、ミサイル巡洋艦や駆逐艦で構成されている打撃艦隊だ。
「これは、まさか………」
流石に晶も、驚きを隠せなかった。
太平洋上にこれだけの戦力を常備している国など1つしかないし、存在する部隊も1つしかない。
―――米第七機動艦隊(※1)。
ISの出現以降冷遇されている軍隊だが、この部隊は別だった。
如何にISが“万能の超兵器”と言われようが、数の限られているISで、超大国の武力全てを担える訳ではない。
米国の国家戦略を支える基幹部隊として、今でも相当額の資金が注ぎ込まれ、一線級の能力を維持している部隊だった。
「そのまさかだよ。予測進路が米軍の演習領域を横切るから、多分足止めさせる気だろうね。理由なんてどうとでもでっち上げられるし。あと………こっちにとって、少しばかり厄介な事があるんだ」
ここで束は言葉を区切った。
既存兵器群など、NEXTの突破力をもってすれば大した障害ではない。
にも関わらず、束が問題と認識するほどの事がある。
その事実に、楯無は息を呑んだ。
「晶さ、前欧州で私を救出する時、迎撃ミサイル群を速力に任せて振り切ったでしょ。それがいたく気に食わなかったらしくて、新型の迎撃ミサイルが搭載されているんだ」
「性能は?」
「中々頑張ってるよ。起爆した瞬間、半径100メートル、直径200メートルを爆発に巻き込む。VOBの超加速性能を持ってしても、紙一重での回避は出来ないと思って」
この説明を聞いて晶の脳裏を過ぎったのは、
だがアレと同じと考えるのは危険だろう。何せこちらの世界のは、艦船に搭載されたミサイルだ。イコールそれは、弾数が続く限り弾幕を張れるということ。艦隊の物量で範囲攻撃の弾幕というのは、如何にNEXTといえども厄介だった。
「面倒だな」
「迂回する?」
晶は静かに首を振った。軍事演習の領域を迂回するとなれば、VOBモドキを取り逃がしてしまう可能性が高い。
そんな事を許す気は無かった。
「――――――ところで
ここで楯無は率直な疑問を口にした。
確かに現状出ている情報からでは、僚機が必要という結論には至らない。むしろNEXTの性能を考えれば、足手まといになる可能性すらあった。そのリスクを取ってまで僚機を必要とする理由はなんだろうか?
「その理由はね、コレだよ」
束が再度コンソールを操作すると、艦隊を抜けた先の領域が拡大表示される。一見すると何も無いように見えるが、楯無は何かに気付いたようだった。
「何か揺らぎが見えるわね。大きい。全長? 全幅? 200メートルはあるんじゃない?」
監視衛星をハッキングした高解像度画像ですら、僅かな揺らぎとしか見えない何かが飛んでいた。これだけの巨体で、これだけのステルス性能。軍事的なパワーバランスという意味では、間違いなく驚異的だった。
だが沈めるだけならNEXTで十分………そこまで思い、楯無の脳裏にある仮説が思い浮かんだ。
(仮に
だとしたら、呼ばれたのにも納得がいく。
如何に晶と束の連携が巧みであろうと、戦闘中という状況下では、出来る事に限りがある。だがそこにもう1人加われば、取れる戦術の幅は随分と広がる。そして束の最も得意とするところは――――――。
「なるほど。
「良い読みだけど、晶にはその他に2つ、やってもらう事があるの。1つはハッキング用の中継ユニットを撃ち込んでもらうこと。もう1つは巨大兵器を墜とさない程度に攻撃してもらうこと」
「墜とさない程度に?」
楯無が首を傾げる。
「機体トラブルとかで内部システムが色々動くと、ハッキングってやり易いの。――――――あ、でもそんなに時間掛ける気なんてないから、コアの奪還に手間取ったら、さっさと撃墜させるからね」
「誰にものを言ってるのよ。この私が
この場にいる全員が何でもない事のように話しているが、今回の作戦は、並みのIS乗りでは実現不可能な高難度ミッションと言えた。
何せ新型の迎撃ミサイルを潜り抜け、独力で第七機動艦隊を突破した上で、正体不明の巨大機動兵器まで到達しなければならない。
しかも到達後は、侵入・奪還・ハッキング・破壊、全ての要素の同時進行だ。
NEXTという
こうしてブリーフィングを終えた3人は、打鉄弐式の奪還作戦を開始するのだった。
◇
晶と楯無がIS学園を出撃して以降、状況はほぼ束の予想通りに推移していた。
VOBモドキを装着した敵ISは、第七機動艦隊の妨害を受ける事なく演習領域を離脱。その先の空域で反応をロスト。合わせて、正体不明の巨大機動兵器が増速。アラスカへと向かっていた。
『………なぁ楯無。第七機動艦隊と言えば、米国の基幹戦力。それを巻き込むなんて、どんな裏工作をしたんだろうな?』
VOBによる追撃中、敵の攻撃がない空白の時間。
晶が発した疑問に、VOB上部に
『幾つか想像はつくけど、貴方がいたからじゃないかしら?』
『どういう意味だ?』
『今回、新型の迎撃ミサイルが配備されていると言っていたわよね。開発側は、その性能を証明したい。買う側は、性能の確かな商品を買いたい。IS学園に手を出せば、NEXTが出てくるのは確実。そしてNEXTの侵攻を阻止出来る迎撃ミサイルなら、ISを含めた如何なる戦力を持ってしても突破不可能と言えるわ。これがどういう事か分かる?』
今回、NEXTによるコア奪還を防いだという
『なるほど。だが随分とリスキーだな。小規模戦闘でやるならまだしも、米国の基幹戦力だぞ。テロリストに協力したなんて汚名が付いて良い部隊じゃない』
『逆を言えば、汚名が付かなければやりたい放題じゃない。そんな方法、幾らでもあるわよ』
組織というのは、巨大になればなるほど個体というものを認識しなくなる。個々を分けるのは、識別コードなどの無機質な記号だけ。今回、敵の手が何処まで及んでいるかは分からないが、これほど大規模に動員できるなら、
そして軍隊という組織の特性上、適切な識別コードと命令書があれば、機密を盾に大抵の事は押し通せる。
仮に後で問題になったとしても、トカゲの尻尾切りで終わりだ。
『それもそうか。第七機動艦隊は命令に従って、飛行物体を通過させただけ。仮にVOBモドキを回収した巨大兵器の事が露見したとしても、それは米国以外の何処かの誰かが暗躍した結果。そういうシナリオか』
『晶。そのシナリオを崩す為にISコアの回収は必須だけど、1つ気をつけて欲しい事があるの』
『何だ?』
『第七機動艦隊を一隻たりとも撃沈してはダメよ。やれば
『もとよりそのつもりだ。無駄な労力は背負いたくない』
本人の与り知らぬ事ではあるが、今回、亡国機業が第七機動艦隊という大戦力を動員できたのは、晶のこの思考が読みきられていた点が大きかった。
今までの活動で、
ならば今後の面倒を避ける為に、表の戦力である第七機動艦隊には手を出さず、最速で演習領域を駆け抜けて巨大兵器へと迫るはず。そこまで読まれていたのだった。
『分かってるなら良いわ。――――――なら、目標までエスコートをお願いね』
『了解した。向こうも丁度、やる気になったみたいだしな』
この時、2人の遥か後方に浮上した潜水艦から、一発のミサイルが発射されていた。
弾頭の入っていない、新型ミサイルに迎撃される為の演習用ミサイルだ。
そしてこの発射こそが、何よりも敵の意志を明確に現していた。
VOB装備のNEXTを演習用ミサイルと誤認する事で、行く手を阻む気なのだ。
第七機動艦隊の全セーフティロックが解除され、イージスシステムが
対する晶も、装備を最終確認する。
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
そして始まる戦いは、圧倒的個体VS圧倒的物量という、
NEXTのレーダーに映る無数の光点。
その数は、
『やつら、本気だな!!』
迫るミサイルをフレアで欺瞞。誘導され空いた隙間に、
しかしこの程度で突破できるなら苦労は無い。
続く第2、第3波がフレアの次弾発射より早く迫る。
両腕の武装で照準。共にBFF社製だ。射撃精度は世界最高峰。
放たれた弾丸が、狙い違わずミサイルを迎撃していく。
しかしそれでも尚足りない。
『楯無!! ちょっと機体を振り回す!! 落とされるなよ!!』
『分かったわ!!』
返事を聞くや、晶はVOB加速下でバレルロール。
爆発と爆発の僅かな合間を駆け抜ける。が、敵の指揮能力も負けてはいなかった。
爆発と爆発の合間に、僅かな時間差を持って
回避コースを読んでいたかのような見事な采配だ。
だがNEXTは、それを力ずくで食い破る。
太平洋上に無数の爆光が煌き、刹那の光を放っては消えてゆく。
その光景を
(これが、これがNEXT!! 世界最強の単体戦力。篠ノ之束を護るガーディアン)
晶の事も、NEXTの事も、他人よりは知っている“つもり”だった。
だが自分の知っている事など、大した事では無かったのだ。
こんな事、既存の如何なる
かつて篠ノ之束救出の為に、単機で艦隊に突っ込んだという話も、これならば頷ける。
そして楯無の思いは、第七機動艦隊司令部も同様だった――――――。
◇
「化け物め!!」
第七機動艦隊旗艦ジョージ・ワシントン、その艦橋内に艦隊司令の声が響き渡っていた。
既に注ぎ込んでいる火力は、艦隊総量の50%を超える。にも関わらず1発の命中弾すら出せていない。
並の
だからこそ、亡国機業の甘言に乗ったのだ。にも関わらず、
新型ミサイルは正常に稼動している。カタログスペック通りの性能を発揮している。
追加ブースターで加速しているNEXTに対し、確実に命中コースを取っている。
なのに、当たらない。
ある程度迎撃されるのは想定の範囲内だった。
だからこその物量。だからこその飽和攻撃。如何に強かろうと所詮は個体。迎撃限界を超えて攻撃を叩き込めば命中は必至。
そのはずなのに!!
レーダーに映る
迫るミサイル群を、避わし、叩き落し、爆発の間をすり抜け、空というバトルスペースを存分に使い駆け抜ける。
「クッ!!」
この時、艦隊司令の脳裏に、配備されているIS部隊の事が過ぎった。
だがそれは禁じ手でもあった。
聞かされている亡国機業のシナリオに、IS部隊の出番は無いのだ。
艦隊司令にも、その理由は分かっている。
使用したのがミサイルだけなら、実際にはどうであれ、表向きはミサイル迎撃実験として押し通せる。
しかしIS部隊を投入してしまえば、その建前が使えなくなる。
(どうする?)
NEXT撃破という武勲は欲しいが、身の安全も護りたい。
ここまで思った時、艦隊司令はふと思いついた。
(身の安全? ………待てよ。確かに亡国機業には―――色々美味しいメリットがあったので―――協力した。だからと言って、
何せこのまま迎撃に失敗すれば、下手をすれば責任を取らされ降格か左遷か消されるか。今回の一件の幕引きに利用されかねない。いや、確実にされるだろう。
そこで艦隊司令は、一計を案じるのであった――――――。
◇
『迎撃ミサイルが、止まった?』
束が調べた情報によれば、新型ミサイルが効力を失う時間までは、もう少しあるはずだった。加えて言えば、照準用レーダーの照射すら止んでいる。
これはつまり、攻撃を止めたという事だろうか?
判断に悩む晶へ、オープン回線で短いメッセージが送られてきた。
『陽動成功。武運を祈る』
どういう事だろうか?
そこで、楯無が口を開いた。
『ふぅ~ん。そういうこと』
『何が分かったんだ?』
『平たく言えば、裏切りね。第七機動艦隊なんて大戦力を動員したから、どういうカラクリかと思ったけど。分かり易い構図だこと。――――――NEXTの迎撃に失敗して、幕引きに利用されるのが怖くなったというところかしら。だからそれを防ぐ為に、こちら側とコネクションを結びたいんでしょうね。さっきのメッセージは、“こちらと繋がっている”という事をアピールする為のアドリブじゃないかしら』
『本当にそうだとしたら、何とも危ない話だな。
『ええ。だから本人にとっても賭けでしょうね』
『じゃぁ、どうする?』
『私達のミッションが終了するまで、生きているようなら帰りに会って行きましょう。死んでたらそれまでの話。こちらにとっては痛くも痒くもないわ』
非情な物言いだが、晶も全くの同意見だった。
今優先するべきは、自分達のミッションだ。それが終わるまでは、命惜しさに寝返った奴の事などどうでも良い。
そして艦隊上空を通過した2人は、ついに巨大飛行物体を捉える。
光学迷彩が施されているため目視では分からないが、ISのセンサー群は優秀だ。
得られた情報から、飛行物体の3次元映像が合成され、視覚情報として表示される。
全長50.7m、全幅180.8m、全高30.5m。米軍の
『ようやくここまでこれたか。――――――束、準備は良いか?』
『勿論』
『楯無は?』
『問題なし』
『オーケーだ。なら、行くぞ!!』
こうして3人の共同ミッションは、最終段階を迎えたのだった――――――。
第78話に続く
※1:米第七機動艦隊。
正しくは第七艦隊。アメリカ海軍の艦隊の1つ。
第七機動艦隊と書いているのは、何となくこっちの方が格好良いからという作者的なアレから。
ここ数話バトルなお話が続いていますが、多分あと1~2話程度で一区切りつくと思います。
ちなみに今回出てきた巨大兵器はACⅤからですが、少しばかり(?)改造されています。