インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
キュピーンと電波を受信しました。今回は思いっきり本編側のお話です。
IS学園学園祭が近付く今日この頃。
薙原晶は別件で忙しくなり始めていた。発電衛星計画“アンサラー”が、本格的に動き始めたからだ。
AC世界最強の
完成すれば難攻不落の要塞となり、更に永続的で安定したエネルギー供給を約束するだろう。
だがそれだけに、完成されては困る連中も多い。
特に既存のエネルギーメジャーなどは、商売上がったりだ。
「――――――だからこれからは、かなりの高確率で妨害が来ると思う」
束の説明に、晶は無言で肯いた。
一度稼動してしまえばコスト0で無尽蔵にエネルギーを作れる太陽光発電と、それを地球上の何処にでも送り届けられるスーパーマイクロウェーブ送電システム。これら技術の組み合わせが既得権益をどれほど脅かすかは、少しでも想像力のある者なら誰でも分かるだろう。
「となれば真っ先に狙われるのはアンサラーの中枢パーツか。どんな対策を取ったんだ?」
「王道だよ。敵わないと分かれば、手出しする人もいなくなるでしょう」
悪戯好きの子供がするような笑顔でそう言った束は、晶の眼前に空間ウインドウを展開。中枢パーツのスペックデータを表示させた。
外見は飾り気の無い球形で、直径は20mほど。砲身やスラスターのようなものは見えない。
だがそんな何も無い外見とは裏腹に、束が解説したスペックは凶悪極まりないものだった。
まずこの中枢パーツに使われている新型コアには、AC世界最強の
そこにオーメルのアサルトアーマーやインテリオルの対エネルギー装甲及び省エネ技術、パルヴァライザーから流用した誘導レーザーシステム、ISのシールド・慣性・重力制御技術が加わる。特にドイツが研究していた
だがこれらの機能が使われるのは最終手段。中枢パーツが戦闘に参加するなど、本来あってはならない事だ。
よって束は、アンサラーを守る盾と剣を別に用意していた。
それはフルスペックのソルディオス・オービット6機とIBISである。
「……………マジ?」
思わず呟いてしまった晶だが、それも致し方ない事だろう。
束が作ったソルディオス・オービットは、元となったソルディオス・オービットの機能をほぼ忠実に再現していた。
変更点といえばハイレーザーキャノンを主兵装として、コジマキャノンを封印している程度だ。
つまり
正直、NEXTでも勝てるかどうか怪しいレベルだろう。
「うん。大マジ。計算上では、“
「相手が複数の場合は?」
「
「なるほど。まず破壊される心配は無いって事だな。でもIBISを
「そこは大丈夫だよ。ついこの前、パルヴァライザーが完成したから」
「そうか。なら当面の問題は、他で作らせているパーツの輸送か」
アンサラーの構造は、大別すると3つに分けられる。
1つは全機能を統括する中枢パーツ。これは束が自宅で手掛け、既に完成している。
1つはフレームパーツ。これは更識傘下の如月重工が担当している部分で、中枢パーツを納めると同時に、付属パーツ群の接合ユニットとしても働く。設計上幾つかのパーツに分割されていて、順次作成されていく予定だ。傘の骨の部分をイメージしてくれれば、概ね間違いないだろう。
1つは付属パーツ群。アンサラーの傘や傘内部の棘に相当する部分で、送電用の発電は主にここで行われる。(自衛用兵器群へのエネルギー供給は、中枢パーツ自体が持つ発電機能やコアによって直接行われる)
「そうだね。中枢パーツには自衛手段をタップリ持たせたけど、フレームや付属パーツ群は、中枢パーツとの接続無しには機能しない。もし狙われたら、ただの的にしかならないもんね」
「だから輸送中は俺が直接護衛に付く。だけど正直に言えば、後2人は欲しい」
ここが悩みの種だった。
単純な殲滅ミッションならNEXT単機でどうとでも出来るのだが、護衛ミッションなら死角を無くす為に人手が欲しい。
だが確実に戦力として数えられるIBISやパルヴァライザーは、非合法ミッションに使う事もあるから人目に晒したくない。となれば人間が必要になるのだが、そうなると今度は信用という問題が出てくる。
大事なパーツの輸送だけに、裏切りなどあったら目も当てられないからだ。
そして信用・実力共に断トツでトップの楯無は、彼女にしか判断出来ない案件が余りにも多いので動かせない。また以前、黒ウサギ隊から協力の打診があったが、他国の正規軍を日本国内で動かす訳にもいかないだろう。
「ん~そうだね。連れて行きたい子はいるの?」
「1人目は能力的に万能のシャルロッ――――――フランス代表候補生の子だ」
「
束のシャルに対する印象は思いのほか良かったようで、笑顔のままに快諾してくれた。
だが次の人物の名前を告げたところで、少しばかり雲行きが怪しくなった。
「ドイツ代表候補生。銀髪の子だ」
「ああ、あの……………理由は?」
こちらの印象は良くないようで、束の表情が冷めたものへと変わっていく。
「純粋に能力と機体性能だな。本人は元特殊部隊所属で腕は折り紙つき。機体性能も第三世代機の中じゃ優秀な方だ。加えて言うなら、防御重視にならざるを得ない護衛ミッションで、AICの有効性は疑うまでもないだろう」
「…………………………まぁ、それもそうだね。今こちらを裏切っても良い事はないはずだから」
「いやに警戒するな」
「一番初めに何されたか忘れたの?」
「まさか。でも輸送パーツに何か仕掛けられたとしても、接合前の最終チェックはこちらでやるんだ。それを抜けられるだけの仕掛けを、護衛中に仕掛けられると思うか?」
「無理だね。この私が直々にチェックするんだから」
「だろう。それにドイツも、次なんて無い事は良く分かってるだろうさ」
「分かってなかったら、それはそれで面白そうだけどね」
「計画が遅れるから、俺としては分かってて欲しいけどな」
「勿論私だってそうだよ」
こうして本格的な建造が開始されたアンサラーは後世、束の数ある発明品の中でもISと並び、人類史に一際輝く金字塔として名を残す事になる。しかもこれを足掛かりとして宇宙への進出が始まり、月や火星へと活動圏が広がっていったのだから、その功績は計り知れないものがあった。
だが、全てが順風満帆だった訳ではない。何事にも抵抗勢力というのは存在するのだ。
既得権益で甘い汁を吸っている者、成果を横から掠め取ろうとしている者、束や晶のような人間の足を引っ張りたい者、多額の報酬と引き換えに妨害工作を行う者など、建造開始と共に、多くの悪意が蠢き始めていたのだった―――――――――。
◇
だが世の中の全てが敵になった訳ではない。
ある者は善意で、ある者は利権を見込んで、アンサラー計画に協力しようという人間も数多くいた。
そんな中に、ドイツ軍IS配備特殊部隊“黒ウサギ隊”の姿があった。
よって黒ウサギ隊は使える権限をフルに使い、妨害工作を企てている連中を虱潰しにしていた。
『ハーゼ02から01へ。制圧完了。問題無し』
『ハーゼ03。同じく制圧完了。問題無し』
『ハーゼ04。制圧完了。問題無し』
『ハーゼ01から00へ。作戦領域クリア。脅威目標の排除に成功しました』
『00から全機へ。ご苦労。直ちに探索に入れ』
『『『『了解』』』』
今回の黒ウサギ隊のミッションは、とある筋から掴んだ、アンサラー計画への妨害工作を先んじて潰す事だった。
得た情報によれば、如月重工で作成されたフレームパーツの輸送時を狙うらしいが――――――指揮車両にいるクラリッサが、“どのように輸送されるパーツを破壊するのか”という事を考え始めた時、傍らにいた
「でも隊長。テロリストが輸送パーツを狙うとして、どうやるんでしょうか? 多分護衛に付くのはNEXTですよ。それにもしかしたら、他の専用機も護衛に付くかもしれません。そんなところを狙うなんて」
「甘いな。テロリスト側の目標はNEXTの撃破じゃない。あくまでパーツの破壊。なら護衛戦力の大小というのは、ある程度無視できる」
「と言いますと?」
「トラップだよ。デカブツを運べるルートとなれば、ある程度の絞込みが可能だろう。後は絞り込んだ箇所に、リモコン式でも時限式でも爆弾を仕掛けてやればいい。パーツ破壊が目的なら、それで十分だ」
「なるほど。それでしたらあからさまなトラップで足止めして、移動が止まったところでRPGという手段もありますね」
「そういう事だ。日本国内での輸送だから、それほど強引な手段は無いと思いたいが…………」
「我々という前例がありますからね」
「そうだな」
アラビア半島で黒ウサギ隊に対して行われた、物量によるIS撃破作戦。
あれだけの通常兵器が準備されていたにも関わらず、“通常兵器が大量に流入している”という一般的な情報以上の事は掴めていなかった。
ドイツ軍は無能な集団ではない。普通なら、あれほどの動員があれば必ず気付く。にも関わらず気付けなかった。
(相当高いレベルで、情報操作と隠蔽が行われているのか…………)
となれば安全と言われている日本国内と言えど、安心は出来ない。
そんな事をクラリッサが思っていると、隊員達から通信が入った。
『ハーゼ01から00へ。どうやらデータが破棄される前に踏み込めたらしい。端末のデータやプリントされた資料が丸々残ってる』
『00了解。何か分かった事はあるか?』
『少し待って…………………これは? チッ、一足遅かったみたい。やつら、既に大量のC4(※1)を日本国内に持ち込んでいる。他にも色々あるみたいだけど、詳しくは持ち帰って分析班に任せた方が良さそうね』
『了解。分析班を待機させておく』
こうした活躍により、アンサラー計画への妨害はその数を減らしていった。
だが如何に黒ウサギ隊が優秀とは言え、全てを阻止出来るはずもない。捜査や追跡を逃れた者達が、着々と妨害計画を進めていく。
しかしその働きに、情報をリークした束は概ね満足していた。
(ふむ……………どうやらこちらに協力したいというのは、本当のようだね)
契約を交わした訳でもないのに、これ程までに動いてくれるとは思っていなかった。
加えてハッキングで追った黒ウサギ隊の行動は、限りなく黒に近いグレーな部分にまで踏み込んでいる。
本気で無ければ、ここまでの事は出来ないだろう。
(……………凡人にしてはソコソコ使えるようだし、晶に使わせれば、それなりに役立つかな)
こうして束博士のハートを見事射止めた黒ウサギ隊は、後日待ち望んでいた返事を受け取る事となる。
なお全くの余談ではあるが、この協力に際し部隊から2人連絡要員を出す事になったのだが、その2人という枠を巡り部隊内で大乱闘が発生。最後はじゃんけんで決めたとか決めなかったとか――――――。
◇
舞台は日本へ戻り、IS学園アリーナ。
久しぶりに専用機組のトレーニングに顔を出した晶は、終了後、1人居残りトレーニングをしているセシリアを見つけた。
「熱心だな」
「目標が出来ましたの。もしかしたら届かないかもしれませんが、私にとっては努力に値する目標ですわ」
「差し支えなければ、どんな目標か教えてくれないか」
すると彼女はニッコリと笑いながら、およそ不可能とも思える目標を口にした。しかしその目は笑っていない。掛け値無しの本気だった。
「不殺ですわ。貴方やラウラさんと同じ戦場に立って思いましたの。私は、人を殺したくありません。でもIS操縦者である事も捨てられません。だから、我儘を押し通せるくらいに強くなります。可笑しいですか?」
普通なら、出来やしないと笑ってやるところだろうか? それとも、味方を危険に晒す気かと怒るべきだろうか?
だが晶の反応は、そのいずれでも無かった。
「それが我儘だと分かった上で、あえて突き進むか。――――――いいね。そういう人間は大好きだ」
「止めないのですか? 私の選択は、もしかしたら味方を危険に晒すかもしれませんよ」
「承知の上での決断だろう?」
「はい。私は貴族です。
満月を背に迷い無く答えるその姿に、晶の悪癖、或いは美点が刺激された。
こういう目標に向かって突き進む人間を、彼は大好きなのだ。ついつい応援したくなってしまう。
「そうか。この後、まだ時間はあるかな?」
「ええ。まだ暫く続けるつもりですわ」
「なら、俺に練習相手をさせてくれないか?」
「良いのですか?」
「構わない。俺がそうしたいって思ったんだ」
「でしたら、お願いしますわ」
「分かった。エネルギー補給して待っててくれ、アリーナの設定を変えてくる」
そうしてエネルギーを補給したセシリアがアリーナ中央で待機していると、ブルーティアーズのセンサーが、観客席を護るシールドへのエネルギー供給量増大を感知した。
(これは………)
センサーが示す反応は、遮断シールドレベル4。
実戦仕様のISですら、力技での突破が困難なレベルだ。
そして専用機持ちが揃うトレーニングでも、ここまでの事はしない。
つまり薙原晶が今考えているのは、本当の実戦。訓練だと考える事すら許されない、厳しいものだろう。
「――――――準備はいいかな?」
そんな事を思っていると、NEXTがアリーナに出てきた。武装はまだコールされていない。
開いていたピットの入り口に多重複合装甲の隔壁が降り、エネルギーシールドが展開される。
これでアリーナの中は完全な密室になった。
彼女は答える。
「勿論ですわ。全力で挑ませて頂きます」
「そうか。だが始める前に、ブルーティアーズの設定を1つ変更して欲しい」
「何をでしょうか?」
「通常シールドの代わりに、絶対防御が発動するようにして欲しい。NEXTの攻撃を食らえば、装甲なんて簡単に砕け散るからな。一回一回修理するのも手間だろう。あと、エネルギーの心配はしなくても良いぞ。こっちの
セシリアは知らず、ゴクリと喉を鳴らした。
こんな事は専用機持ちが揃う、放課後のトレーニングですら言われた事が無い。
「わ、分かりましたわ」
声が震える。だが恐怖からでは無かった。
NEXTと1対1で心ゆくまでやり合えるというのが、どれほどの特別扱いなのかは、専用機持ちでなければ分からないだろう。
不殺という馬鹿げた夢物語の為に、そこまでしてくれる。
その嬉しさがセシリアの精神を、かつて無い程研ぎ澄ませていく。
こうして月夜が照らすアリーナで、人知れず特訓が始まったのだった。
◇
一方その頃、アンサラー計画への幾多の妨害工作を囮として、別の計画が深く静かに進行していた。
「RAIJINとギガベースの進捗状況は?」
「RAIJINの方はほぼタイムスケジュール通りですが、ギガベースが予定より15%程遅れています」
「理由は?」
「船体そのものは巨大なだけなので問題ありませんが、主砲の組み立てに手間取っているようです。流石に最大射程が150kmを超えるような超々長距離狙撃砲など、どこの企業にも作成ノウハウはありませんので」
「必要なら、幾らでも人員を増強して構わない。一刻も早く仕上げろ」
「分かりました。担当にはそのように」
アラビア半島での一件は、ある事実を世界に突きつけていた。
それは最強の兵器として君臨するISと言えど、物量で圧殺出来るという事だった。
あの時援軍が来なければ、確実に
故に企業はこの頃から開発の中軸を、ISコアという制限があり、尚且つ戦闘力を個人の才能に依存するISから、多数の凡人によって制御される代替可能な巨大兵器へと移し始めた。
勿論掛かる資金は莫大だ。小国程度の国家予算ではまるで足りないだろう。だが世界の資本を牛耳る巨大多国籍企業が、本気で開発を始めたならどうだろうか。個人では成し得ない潤沢な資金と製造力が駆使されたなら、どれだけ巨大だろうと作れないはずがない。それが企業の強みだ。
また巨大兵器にかける、男性技術者や労働者の執念たるや凄まじいものがあった。
何せ女性優位の象徴とも言えるISを、打倒出来る可能性が示されたのだ。
苦渋を飲まされ続けた男性達にとっては、希望以外の何ものでも無かった。
「あとは、アンサラーへの妨害工作は如何致しましょう。向こう側に協力する人間も多く、思っていた程の成果をあげられていません」
「そうだな――――――」
秘書の問いに、革張りのイスに腰掛けた男は暫し考える。
「――――――確か、ギガベース主砲のプロトタイプが幾つかあったな」
「はい。射程100kmほどですが」
「近々、アンサラーのパーツを輸送するという情報も入っていたな。ルートの絞込みは?」
「別件で大量のC4が、日本国内に流れたという話が伝わっているはずですので、恐らく警戒し易い海上ルートかと」
「好都合だ。プロトタイプを使って、輸送パーツを破壊してやれ。ISが如何に無力な存在か教えてやるんだ」
「了解しました。実働部隊を手配致します」
こうして輸送されるアンサラーのパーツは、射程100kmという超々長距離狙撃砲に狙われる事となった。
そしてこの妨害工作は企業の入念な情報操作と、膨大な数のダミー妨害工作に埋もれ、実行当日までその存在に気付かれる事は無かった――――――。
第71話に続く
※1:C4
恐らくミリタリー好きな人間にとっては説明の必要などないであろう
軍用プラスチック爆弾。
衝撃による暴発はまず無く火に投げ込まれても単に燃えるだけという
極めて耐久性、信頼性、化学的安全性が高い爆弾。
確実に起爆させるには、起爆装置や雷管が必要。
そして粘土状であるため固形爆弾では難しい隙間に詰め込める等、工兵
にとっては色々と使い易い一品。
今回はアンサラーの建造開始や蒼パルのロールアウトなど、色々話が進みました。
ですが一番はセシリアさんでしょうか?
晶君の悪癖(或いは美点)のおかげで何だか大変な事になりそうです。