インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第58話 訓練指導(イギリス編)

 

 薙原晶の訓練を受ける期間中、イギリス代表候補生達は、訓練施設に併設されている宿舎で寝泊りする事になっていた。

 当初は晶も同じ宿舎に泊まる予定だったが、緒事情により市内のホテルに泊まっている。

 だがそれで良かったというのが、訓練初日をどうにか乗り越えた、代表候補生達の偽らざる感想だった。

 彼女達は就寝前の僅かな自由時間を使い、食堂で頭を突き合わせている。

 訓練前にあったイザコザなど、全員の頭からとうに消し飛んでいた。

 何故なら――――――。

 

「ねぇセシリア。IS学園じゃ、毎日ああなの?」

 

 ここにいる全員が、いつもより厳しいという返事を期待していた。

 だが返ってきた言葉は、情け容赦無いものだった。

 首が静かに、横に振られる。

 

「いいえ。今日のは軽い方ですわ」

「あれで!?」

 

 非情な答えに、ある者は俯き、ある者は弱音は吐く。

 

「アタシ、明日乗り切れるかなぁ」

「大丈夫ですわ。本当に拙い時はちゃんと止めてくれる人ですから」

「それ、大丈夫って言わない」

 

 たった数時間で代表候補生(超エリート)というプライドを見事にへし折られたからだ。

 ちなみに彼女達は知る由も無い事だが、晶は一番初め、プライドをへし折る気は全く無かった。同行者マリーの言う通り優しく、そして相手が満足しそうなソコソコの訓練だけをして帰るつもりだった。が、サイズの合っていないISスーツを着た奴を見て、そんな考えは消し飛んだ。

 男だからという事で、舐められているのは間違いなかった。

 だから“やる”事にした。速やかにそう判断し、薄っぺらいプライドを粉砕してやる事にしたのだ。

 その為の方法として考えたのが――――――。

 

(――――――弱点を徹底的に指摘されて、同じ態度が取れるかな?)

 

 思わず漏れた薄い笑み。

 この男、強化人間の思考速度と戦闘経験、そして元々の性格が相まって、戦うという事にかけての実力は比類無きものであった。

 故に代表候補生の弱点など、10や20は即座に出てくる。

 それを、徹底的に指摘してやろう。

 素直に受け入れないようなら、代表候補生同士で1on1をさせて、片側にだけ弱点を突けるように指示を出してやろう。

 そんなSっ気全開な考えの元行われた訓練は苛烈を極めた。

 1人1人今まで気付いていなかった弱点が事細かに指摘され、攻略され、慢心出来る要素が片っ端から叩き潰され、訓練半ば頃にはセシリア以外の全員が、プライドを木っ端微塵に砕かれていた。

 だが、プライドを砕くだけでは訓練にならない。この男()の上手いところは、己の弱点を認識させた上で、その改善方法や防御方法をきちんと教えられるところにあった。

 そうして各々の課題を明確に意識させたところで、1日目は終了となった訳だが――――――。

 

「あれが、後2日・・・・・・・・・・」

 

 数人が既にげっそりしていた。

 訓練開始前、元気に騒いでいた様子は欠片も残っていない。

 

「だから言ったじゃありませんか。厳しいって」

 

 セシリアの素っ気無い言葉に全員の視線が集中する中、1人の少女が口を開いた。

 

「ねぇセシリアさん。明日はどんな訓練をするか、分かりますか?」

「何となくでしたら。でもあの人、少し気まぐれで―――――――――」

「「「「「「「教えて!!!!!!!」」」」」」」

 

 彼女の声は、全員のハモッた声に見事にかき消された。

 

「い、良いですけど。そんな特別な事は何も」

「貴女にとっては何でもなくても、私達にとっては何でもあるの。お願いだから知ってる事全部教えて。教えてくれるまで、寝かせないからね」

 

 全員のギラギラした視線がセシリアを捉え、両隣に座っていた友人はいつの間にか、腕をガッチリ組んでホールドしていた。

 

「そ、そこまでしなくてもちゃんと話しますわよ?」

 

 余りの必死さに何故か疑問系になってしまったが、彼女達の心配が心の底から理解出来るセシリアは、IS学園での事を1つずつ話していくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、1日目の指導を終えた晶は、宿泊しているホテルで今日一日の指導を振り返っていた。

 イスに座って足を組む彼の前には、幾つもの空間ウインドウが並んでいる。

 表示されている8人のデータを見ながら、彼は1人呟いた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・どうするかな」

 

 悩んでいるのは、明日からの指導方法についてだった。

 今日1日は各々の弱点の洗い出しと、その改善方法や防御方法を教えるのに費やしたが、それだけの為に残り2日間を費やしても良いものだろうか?

 そんな考えが晶の頭から離れないでいた。

 確かに弱点が少なくなった分強くはなるだろうが、正直、個人技が強いだけなら幾らでも攻略法は存在する。

 何せ最高の頭脳()というバックアップを受けてすら、たった一つのイレギュラーで作戦が崩壊しかけた事がある。だから個人技だけというのは駄目と教えたいのだが、如何せん時間が足りない。たった2日で教えられる事など高が知れている。故に困っていたのだが・・・・・・・・・・・・・この男()、ふと単純な事を思いついた。

 

(――――――本職にアドバイスを貰おう)

 

 まず時間を確認。今は23時45分。日本なら朝の8時前だ。

 多分大丈夫だろうと思い、山田先生をコール。

 暫くして繋がると、晶は事情を出来る範囲で説明し、何か良い方法が無いかを尋ねてみた。

 

『――――――時間が足りない時に、効率的に教えられる方法ですか」

『はい。何かありませんか?』

『ん~~、答える前に1つ確認させて下さい。2日間というタイムリミットは、貴方の仕事上のタイムリミットであって、生徒達のタイムリミットでは無いんですね?』

『はい。こっちの仕事の都合です』

『ならその2日間でやる事は、本人達が乗り越えるべき課題を明確にしてあげる事と、その課題を乗り越える為の自主トレーニングの方法を教えてあげる事ですね。色々と詰め込むより、自分達で努力していける土台を作ってあげた方が、最終的には伸びていくと思いますよ』

『なるほど。流石本職。聞いて良かった。ありがとうございます』

『いいえ。役に立てたようで何よりです。困った事があったら、またいつでも連絡して下さいね。私は教師なんですから』

『はい。また困った事があったら、連絡させてもらいます』

『良いですよ。お仕事頑張って下さいね』

『先生も。それでは失礼します』

 

 そうして電話を切った晶は少し考えを纏めた後、マリーに連絡。

 明日の朝までに至急揃えて欲しいものと交渉しておいて欲しいことを頼むと、今度は猛烈な勢いで明日の計画を練り始めるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして次の日の朝。IS訓練施設の演習場。

 揃っている代表候補生達の緊張感は、並々ならぬものがあった。

 理由は言うまでもなく昨日の訓練だが、もう1つ、セシリアが語った内容にもあった。

 

「――――――あの人()の訓練は、モンドグロッソを目標としていません。想定しているのは常に実戦。しかも1対1のフェアな戦いとは程遠い不正規戦で戦い、生き残れる事を目標としています」

 

 勿論、この言葉に反論する者もいた。

 アラスカ条約をはじめとする各種条約、万能とも言えるISの性能に絶対防御、そこまで突き詰める必要は無いと。

 しかしセシリアはそれを一蹴した。

 専用機6機を相手に完勝できるNEXTが、一度は束博士を奪われている。この事実をどう説明するつもりですかと。

 そして話は更に続いた。

 IS学園で行われたクラス対抗戦。その時にあった謎の襲撃。それに生き残れたのは、あの人()の訓練があったからだと。

 偶然と言う者はいなかった。

 IS学園入学前のセシリアのレベルはC-1(代表候補生上位レベル)。普通に考えれば実戦が出来るようなレベルではない。にも関わらず彼女は、織斑一夏、シャルロット・デュノア、凰鈴音の3人が撃墜された後も戦い続け、NEXT到着まで持ち堪えている。

 この事実が他の代表候補生達の口を閉じさせ、後2日、やってみようという気を起こさせた。

 だがそんな緊張とは裏腹に、現れた晶の言葉は優しげなものだった。

 

「――――――さて今日の訓練だが、少し風変わりな事をしようと思う。ちなみにセシリアも知らない事だ」

 

 しかし優しげだからと言って、行う内容が易しいとは限らない。

 むしろ昨日の記憶が生々しい分、全員に緊張が走った。

 今日は何をするつもりなのか、と。

 

「そんなに緊張しなくて良い。今日の訓練は思考能力を養う為のものだ。――――――マリーさん、全員に配って」

 

 ついて来ていたマリーが、バッグからノートサイズのタブレット型端末を取り出し全員に配った。

 頑丈さだけが取り得のような軍用タイプだ。

 受け取った全員が首を傾げていた。データのやりとりをするなら、何もこんなアナクロなものを使わなくてもいいはずだが・・・・・・・・。

 

「全員受け取ったな。なら今日やる事を説明しよう。その中に幾つか、ISを使用した仮想任務が入っている。自分なら、その任務をどう進め、遭遇する状況をどう切り抜けるのか、というのを入力して欲しい。そしてそれが終わったら、全員の前で発表してもらう。これに対し発表された側は、考えられる問題点を指摘してくれ。いわゆるディスカッションだ」

 

 意外と普通な内容に、何人かの代表候補生の表情が明らかにホッとする。

 そんな数人を見ながら、晶は話を続けた。

 

「そしてこれは今後の話でもあるんだが、初めから入っている仮想任務をやり終えたら、自分達で状況設定を作って他人にやらせてみてくれ。そうすれば君達は、自然と色々な状況を想定するようになるだろう。そうして培った思考能力は、実際の任務でイレギュラーが発生した時に、必ず役に立つはずだ。――――――以上、何か質問はあるかな?」

 

 1人が恐る恐る手を上げた。

 

「あ、あの、という事は、今日は実機での訓練は無いんですか?」

「多少はやるつもりだが、その中に入っている仮想任務を想定したものを考えている。だからまずは、その中にあるものをやってみてくれ」

「わ、分かりました」

「他に質問は? ――――――無いようなら、早速やってみて欲しい」

 

 そして晶はここでニッコリと笑みを浮かべて、一言付け足した。

 

「ちなみにその端末だが、君達が代表候補生を卒業する時に、後輩に引き継ぐという事で依頼主と話がついている。そして良く出来ている状況設定は、今後の教材として使うそうだ」

 

 代表候補生達全員の顔が跳ね上がった。

 理解したのだ。引き継ぐという意味を。

 ISの歴史は浅い。どこの国で使われている教本も、『恐らくこうだろう』という推測の元に書かれている部分が多々ある。

 つまり何処の国にも、余り積み重ねというものが無い。

 だからこの男()は、これからISに乗る代表候補生達自身に、積み重ねさせようというのだ。

 そしてこれは、彼女達自身の積み重ねがダイレクトに後輩達の財産になるという事であり、ひいてはイギリスISパイロットの底上げに繋がるという事。

 全員がこの事実を理解した時、晶を男だから、と蔑む者はいなくなった。

 本国の教官以上に教官であると、全員が理解したのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶が指導を開始したのと同時刻。

 IS訓練施設にある会議室では、マリー・インテルがイギリスのお偉方を相手に、今回提案した訓練の意図を説明していた。

 

「――――――――――――以上が、今回提案させて頂いた訓練の意図です。操縦技術向上という点で言えば、そうメリットのあるお話ではありませんが、このような訓練によって培われた柔軟な思考能力は、後々、確実にパイロット達の実力を向上させるでしょう」

「1ついいかね?」

 

 50才前後と思われる白髪の男性が挙手。

 

「どうぞ」

 

 応じるマリーの微笑みは、100%完璧な営業用スマイル。

 つまり計算されつくした微笑みだが、相手もそれは理解しているのか、落ち着いた声で尋ねてきた。

 

「そう言い切れる根拠は?」

「戦闘は教本を守っていれば勝てるほど、甘いものではありません。ある一定以上の実力者は常に考えます。勝つ方法、負けない方法、生き残る方法、ハプニングが起きた時の対処方法、あらゆる方法を。そういう思考を、代表候補生の時点で行えるようにするのです。実力が伸びないはずがありません。スポーツ選手だってそうではないですか。サッカーでも、野球でも、一流の選手は常に考えます。同じ事ですよ」

「なるほど。イギリスの為になる素晴らしい提案と指導だ。正直、操縦技術のみを教えると思っていたのでね。嬉しい誤算だよ」

 

 思った以上の高評価に、マリーは内心で舌を巻いていた。

 本人()はIS学園以外で他人に教えた事は無いと言っていたが、本当かと疑いたくなるような手腕だ。

 しかしそんな思いは一切表情に出さないまま、彼女は当然といったふうに答える。

 

「依頼を忠実に遂行したに過ぎません」

「そうですか。いやしかし、本当に想像以上の手腕だ。これは是非、今後も来て頂きたいところですな」

 

 予想されていた言葉だけに、切り替えしは穏やかなものだった。

 

「お戯れを。彼は束博士の護衛。本来ならば極東の地から動けないのですよ」

 

 しかし相手も引き下がらない。

 ここで次の約束を取り付ける事が出来れば、それは大きなアドバンテージとなるからだ。

 

「ですが今ここにいるという事は、何らかの条件が整えば来れるという事では?」

「彼が動ける条件はその時々により変化します。なので今回来れたからと言って、次も同じ条件で来られるとは限りません」

「出来れば、その条件をお聞きしたいのですが」

 

 交渉人マリー・インテルとしては、この勝負は幾らでも勝てる勝負(交渉)だった。

 薙原晶(NEXT)という手札、事前に調べておいた情報、自身の話術、上手く組み合わせれば、一方的な譲歩を引き出す事も可能だった。しかし――――――。

 

「真に申し訳ありませんが、私はそれを知らされておりません」

「では本人と直接――――――」

 

 マリーは相手の言葉に割って入った。

 

「ですが私に教えなかったという事は、彼はここで次の話をするつもりはない。そう解釈してもらって構いません。何故なら彼は束博士の護衛ですから。護衛対象の予定が分からないのに、次の話をしても仕方が無いでしょう」

「ふむ・・・・・・・・・・確かにそうか。いや、無理を言ってすまなかった。彼の仕事ぶりが余りにも見事だったので、すっかり本来の仕事は教官だと思ってしまった」

 

 ここにいるような人間が、彼本来の仕事を失念するはずが無かった。

 ちょっとした探りだろう。だが探られてばかりというのは如何にも面白く無い。なのでマリーは、“ちょっとだけ”やり返す事にしたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 2日目の夜。

 晶は宿泊しているホテルの一室で、眼前に幾つもの空間ウインドウを並べていた。

 表示されているのは、仮想任務に対して代表候補生達が出した答え。及び質問とそれに対する回答。

 それらを見ながら晶は思う。

 

(・・・・・・・・・・流石山田先生。本職だけはある)

 

 もう一度、彼女の言葉を思い出す。

 

『ならその2日間でやる事は、本人達が乗り越えるべき課題を明確にしてあげる事と、その課題を乗り越える為の自主トレーニングの方法を教えてあげる事ですね。色々と詰め込むより、自分達で努力していける土台を作ってあげた方が、最終的には伸びていくと思いますよ』

 

 この言葉を元にして晶が考えたのは、その課題も自分達で考えさせるというものだった。

 状況設定を自分達で作れば、必然的に自分には何が出来て何が出来ないのかを考えるようになる。そして他人が作った状況設定を行えば、それは更にハッキリしていくだろう。

 そしてやる気を引き出す為に、自分達の頑張りが後輩の為になるという名誉を用意した。

 結果は見事に当たりだった。

 代表候補生達は出された仮想任務を必死になって解き、ディスカッションでは活発な意見交換が行われていた。全員の得意な事、不得意な事が彼女達自身の手で洗い出され、長所を更に伸ばすのか、短所を無くしていくのか、各々が自分の方向性を定めていく。

 本当に想像以上で、助言をくれた山田先生には幾ら感謝しても足りないくらいだった。

 そこで思考が横道に逸れる。

 

(・・・・・・・・・・お土産、何にしようかな)

 

 元々買って帰るつもりだったが、世話になった彼女には、もう1つ何か別の物を買っていっても罰は当たらないだろう。

 そんな事を考えていると、携帯からメールの着信音。

 見てみると山田先生からだった。

 

『こんばんは。もう寝てしまっていたらごめんなさい。今日のお仕事は上手くいきましたか?』

 

 本当に、優しい先生だった。

 すぐに返信する。

 

『先生の助言のおかげで上手くいきました。ありがとうございます』

 

 あまり書いてしまうと、契約の守秘義務に引っ掛かってしまうので書けないが本当の事だった。

 代表候補生だけあって彼女達の頭の回転は早く、実に様々な事を考え、晶に質問をしてきた。答えると、そこからまた考えを発展させ、自分達の考えを深め、また次の質問が出てくる。

 そんな事を繰り返しているうちに、あっという間に昼になり夕方になり夜になり、訓練時間が終了する。

 去り際に名残惜しそうな顔をされたが、「また明日」と言うと喜ばれた。多分あの表情に、下種な下心は無かったと思いたい。

 再びメールの着信音。

 

『どういたしまして。戻ってきたら話を聞かせて下さいね。先生としても興味があります。勿論、守秘義務に抵触しない範囲で良いですよ』

 

 返信する。

 

『分かりました。楽しみに待ってて下さい。それではお休みなさい』

 

 こうして、晶の2日目の仕事は終わった。

 そして後年、今日の教えは見事に花開く事になる。

 受け継がれた伝統は目論見通りに、イギリスISパイロット達の状況対処能力を引き上げ、確実に彼女達の活躍の機会を増やしていったのだった。

 

 

 

 第59話に続く

 

 

 




せっかくイギリスに来てるのにセシリアの出番が余りない。(涙)
でも仕事で来てるから、余り個人イベントを入れる訳にもいかないという作者的ジレンマ。うむぅ~。


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