インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第57話が書きあがったので投稿してしまいます。
そして名前で丸分かりだと思いますが、半オリキャラが一名登場します。


第57話 海外活動

 

『――――――続いて、次のニュースです。本日15時頃、東京都新宿区○○で高層ビル火災が発生。しかし死者0。怪我人も軽傷者が5名と、高層ビル火災としては奇跡的な被害の少なさでした。津田さん。これにはどのような要因があったと思いますか?』

『ビルの防災態勢がしっかりしていたというのもあるでしょうが、一番の要因は、先日束博士が発表したパワードスーツ(撃震)でしょう。跳躍ユニット(腰部ブースター)のおかげで、首都圏の交通事情に左右されず現場に急行。全身を守る特殊装甲のおかげで、生身の人間では突入不可能な炎の中にでも救助に行け、同じく生身では扱えないような高性能な消火機材で、消防車到着まで炎が広がるのを食い止め、消防車が到着したところで一気に消火。今後パワードスーツが全国の消防に配備されれば、火災の被害も格段に減っていく事でしょう』

『ありがとうございます。現在パワードスーツは束博士の意向により、消防や災害対策に優先配備されていますが、ある程度出回った後はデチューンをして、一般重機としても販売されるという事です』

『生産を請け負っている日本の如月重工。フランスのデュノア社には、既に注文が殺到しているとか』

『二社の広報担当のお話によりますと、生産ラインは100%フル稼働状態。従業員も特別シフトを敷いて24時間体勢で生産を行っていますが、供給が追いつかないので、ラインの増設を始めているそうです』

『そうですか。それでは次の――――――』

 

 次のニュースに進んだところで、テレビの電源が切られた。

 

「うん。パワードスーツは順調に普及しているみたいだね」

 

 束の自宅。そのリビング。

 ベージュのロングスカートに白いノースリーブという、涼しげな服装でソファに腰掛ける束の言葉に、傍らに座る晶も頷きながら答えた。

 

「そうだな。まずは順調な滑り出しってところかな」

「余計な邪魔が入らなければいいんだけどね」

「劣悪な類似品とか、出てくるだろうな」

「どうするの? ISと違って、複製は割と簡単だよ」

「確かに簡単だろうが、実を言うと余り心配してないんだ。――――――如月は更識の傘下だろう? 権益を脅かすような悪辣なものには、それなりの対処をするだろうさ」

「なるほど。確かに泥棒猫(更識楯無)なら、そういう相手に容赦はしないだろうね。フランスの方は?」

「更識から向こうに何人か行ってるから、デュノア社自体は心配無いだろう。だがそれが無くても、今こちらの機嫌を損ねたらどうなるか、フランスも良く分かってるんじゃないかな?」

「ふふ。そうだね。そこの所は頑張ってもらわないとね」

 

 昨日の夜から2人きりで邪魔者のいない時間を過ごしているせいか、束の機嫌はこの上なく良かった。

 しかも今日は何も予定が入っていない。だから思う存分――――――と本人が思っていたところで、束の携帯から無粋極まりないコール音。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何の用? 泥棒猫』

 

 良かった機嫌があっっっっっという間に悪くなっていく。

 

『どーせ昼間っからイチャついてたんでしょ。だから邪魔してあげようと思って――――――というのが6割くらい本音なんだけど、残り4割は本当の用件』

『勿体ぶらずにさっさと言いなさい。下らない用件だったら怒るわよ』

『じゃぁ言うわね。イギリスとドイツから晶に、自国の代表候補生の訓練を見て欲しいって依頼が来てるのよ。だから1週間程――――――』

 

 束は最後まで言わせなかった。

 

『彼は私の護衛よ。何でそんな事する必要があるのよ』

『平たく言うと、フランスへのやっかみを和らげる為ね』

『…………………やっかみ? どういう事? ある程度は織り込み済みだったはずだけど、何か問題でもあるの?』

『今のところは無いけど、あなた達のバックアップを受けた事、随分妬まれているみたいなの。だからこういう依頼を受けて、少しガス抜きをしておこうと思って。今回の依頼、フランスは入ってないでしょ』

『そういう事。でも却下。そんな事の為に、私から護衛を引き剥がす気?』

『何が護衛よ、引きこもり。貴女は自宅(要塞)に居る限り安全じゃない。単に他の子に近付かれるのが嫌なだけでしょう?』

『そうよ。当たり前でしょ。1人で派遣なんてしたら、これ幸いとどんな奴が寄ってくるか分からないじゃない』

『腹立つ位ストレートに言い切ったわね。ちゃんと虫除けは同行させるから行かせなさいよ。こういう根回しが無いと、後々苦労するんだから。それとも問題が大きくなるまで放置して、凡人に足を引っ張られるのがお好み?』

『そんな訳無いじゃない。でもトレーナーだったら別の人でも良いでしょ。彼が行く必要なんでどこにも無いじゃない』

『貴女ね、晶がIS学園でやった事、ちゃんと理解してるの?』

『いっくんと箒ちゃんと、その他凡人を鍛えたんでしょ。それがどうかしたの?』

 

 楯無は「ハァ」と溜息をついて、仕方なく引きこもり兎()に説明してあげる事にした。

 

『全然分かってないじゃない。――――――いい、一夏君はIS学園に来るまで素人だったのよ。それをたった数ヶ月でアメリカ・イスラエルが威信をかけて開発した“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”と、互角以上に戦えるまで鍛え上げ、更に第二次形態へ移行(セカンド・シフト)までさせているの。はっきり言ってトレーナーとして引く手数多なのよ』

『でも彼は私の護衛。トレーナーなんて――――――』

 

 束の心情が手に取るように分かった楯無は、反撃の言葉をぶった切った。

 

『他の子にくっ付かれたくない気持ちも、一日中くっ付いていたい気持ちも分かるけど、1週間くらい我慢しなさいよ』

『やだ』

『駄々こねないの!! 晶がそこらへんの小娘に本気になるとでも思ってるの?』

『思って無いわよ!! でもイヤなものはイヤなの!!』

『私だってイヤなんだから、貴女も我慢しなさいよ!!』

『凡人の為になんで私が我慢しなくちゃいけないのさ!!』

『ガス抜きしておかないと、後でその凡人に足を引っ張られるからって言ってるでしょ!! 分かりなさいよ!!』

『分かりたくないわよ!!』

『そう言ってるって事は分かってるんじゃない。本当に、後で凡人に足を引っ張られたいの?』

『ぐっ・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ないわね。良いわよ。1週間我慢するわよ。でも帰国の遅れは1分1秒だって許さないからね』

『勿論じゃない。契約は厳守させるわよ』

『なら良い。ところで、同行者ってどんな人?』

『こんな奴よ』

 

 2人の眼前に空間ウィンドウが展開され、プロフィールが表示された。

 

 名前:マリー・インテル

 性別:女

 年齢:25

 髪色:銀

 瞳 :青

 身長:172cm

 体重:63kg

 国籍:イギリス

 

 容姿は一言で言うなら出来る女。

 クセの無い流れるような銀髪と細いフレームの眼鏡。そして可愛いというよりは綺麗な容姿に白いスーツ。

 こういう女に「――――――私は貴方を高く評価しています」なんて言われたら、大抵の人間はコロッと行ってしまうだろう雰囲気があった。

 その他送られてきたデータには学歴や経歴も色々書いてあったが、楯無が束に紹介している時点で、相当の実力者である事は疑いようが無かった。しかしそんな事よりも――――――

 

『女? 駄目じゃない』

『駄目じゃないわよ。男の同行者なんてハニトラの良い的じゃない。逆に大挙して押し寄せてくるわよ』

『仕方ないわね。でもコイツ、大丈夫なの? それなりに出来そうなのは分かるけど、こういうタイプって大体何か企むのよね』

『貴女に比べれば可愛いものよ』

『どういう意味よ』

『そのままの意味よ。そして晶なら問題無いでしょ。何せ私が認めた相手なんだから』

『言い方にそれとなく悪意を感じるのは気のせい?』

『気のせいに決まってるじゃない』

 

 打てば響くような即答に苦笑する束。

 

『どうだか。――――――6時間後に空港に向かわせるから準備しといて』

『分かったわ。そうだ。最後に1ついいかしら?』

『なに?』

『6時間後じゃなくて、3時間後にならないかしら?』

『何考えてるのよ』

『多分貴女と同じ事』

『………スケベ。5:1』

『そっくり返すわ。そして短いわよ。4:2』

『やっぱり明日にしない?』

『早い方が良いのよ』

『…………仕方無いわね。4時間後でどう?』

『分かったわ』

 

 こうして晶は、イギリスとドイツに向かう事になった。

 妬みという見え辛い問題が表面化する前に対処する対応の早さは、流石は更識家当主と言ったところだろう。

 しかしそんな彼女をして、読み違えている事があった。

 それは薙原晶の、世間一般での人物像である。

 これは楯無が彼の事を、理解していなかったという訳では無い。

 むしろ正確に理解していたが故にだった。

 彼の本質は、その絶大な戦闘能力をもって戦場を蹂躙する支配者にして守護者。それに加えてISに触れて僅か数ヶ月の素人(一夏)を、アメリカ・イスラエルが威信をかけて開発した“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”と、対等以上に戦えるまで鍛え上げた稀代のトレーナー。彼女はそう思っていたし、事実それは正しかった。

 だが世間の評価は少し違った。

 公開されていない絶大な戦闘能力よりも、素人(一夏)を鍛え上げ、尚且つ第二次形態へ移行(セカンド・シフト)させているという分かり易い部分がクローズアップされていたのだ。無論軍事アナリストの評価はまた違ったものだったが、兵器に馴染みの無い一般人にとってはそうだった。

 結果、世間でどういう人物像が出来上がるかと言えば―――――――――束博士の護衛を務める実力者であると同時に、人を育てる事にも長ける優秀な教官という姿。これに超音速旅客機(SST)暴走事件の解決や、シュヴァルツェ・ハーゼ(ドイツ軍IS配備特殊部隊)との共同ミッション(という事になっている)による人命救助を加えると、本人の意志とは全く関係無しに、御伽噺の中にしかいないようなヒーローが出来上がる。

 更にこの時期(夏休み)、本国に戻っているセシリアやラウラ、シャルがIS学園での事を色々喋っているのも大きかった。

 

 ―――曰く、訓練は厳しいが指導は確実。

 

 ―――曰く、訓練以外では良い人。

 

 ―――曰く、相談にも気軽に乗ってくれる。

 

 等々の話に加え、それを話す彼女達自身が、入学前よりも遥かに強くなっているという事実があった。

 何せ彼女達3人ともが、帰国後に行われた自国内の代表候補生同士の模擬戦において無敗。試験的に行われた2対1という不利な状況設定からですら勝利を収めていた。

 故に今回の派遣、ガス抜きどころか相手には相当喜ばれてしまい、結果楯無が微妙に悔しがったりするのだが、それはもう少し後の話であった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 日本を発って9時間後。イギリスに午後の2時に到着した晶は、更識から送られてきた同行者、マリー・インテルと共に、滞在中の拠点となるホテルにチェックイン。イギリス式の整った内装の部屋に入るとすぐに盗聴器のチェックを初め、それが終わってからようやく口を開いた。

 

「――――――訓練施設に行く前に、まずは依頼内容を確認しておこう」

「そうですね。依頼内容はイギリス代表候補生8人に対する訓練指導。訓練内容は指定されていません。こちらの好きやって良いそうです」

 

 話ながら備え付けのイスに腰掛ける2人。

 

「そうか。なら好きにやらせてもらおう。8人分のデータは送られてきてるのか?」

「こちらです」

 

 差し出された携帯端末のディスプレイに、顔写真と名前のリストが表示されていた。

 適当に選ぶと画面が切り替わり、訓練時のデータが表示される。

 そうしてタップリ15分程かけて、全員分のデータに目を通した晶は一言。

 

「・・・・・・・・・・セシリアが突出してるな」

「IS学園で貴方が鍛えた専用機持ちを、今更ただの代表候補生と比べる方が間違いでしょう。訓練相手のレベルが違いすぎます」

「それもそうか。――――――とりあえず訓練相手については分かった。そっちから何か、補足しておく事は無いか?」

「依頼内容そのものについてはありません。訓練は普段通り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他国なので少し優しめで行えば、それで十分でしょう。ですが幾つか注意して欲しい事があります」

「何だ?」

「『後で相談に乗って欲しい』等と言われても乗らないように。2人っきりなど論外ですからね」

「は?」

「訓練と称して相手にベタベタ触らないように」

「いやちょっと待て」

「訓練中、無意識に相手を口説かないように。国際問題になりますので」

 

 余りに理不尽(と本人は思ってる)な注意事項に、「そんな事はない」と言う晶だったが、マリーの視線は疑わしそうだった。

 

「本当ですか? 当主から“色々”聞かせて貰いましたが、本当に心当たりが有りませんか?」

「だから無いって」

 

 幾つかの事が脳裏を過ぎったが、飽くまで無いと言い張る。しかし相手は気にした様子も無く続けてきた。

 

「ところで、当主をどうやって篭絡したんですか? 配下一同不思議に思っているんですよ。初めは利用しているだけだと思っていたんですが、見ていると実に甲斐甲斐しい。まるで夫に尽くす妻みたいじゃないですか」

 

 晶は肩をすくめながら答えた。

 どこの世界でも、女性はこういう話が好きらしい。

 

「と言われても、彼女の気持ちを受け入れたからとしか言えないな。そんなに変わったのか?」

「ええ。最近、随分と精力的に仕事をされるので、どういう心境の変化があったのかと思いまして」

「そういうのは直接本人に聞くべきじゃないかな?」

「聞いても答えてくれないから、1番近しい貴方にこうして聞いてるんです」

「本人が答えてない事を、俺が答える訳にもいかないだろう。――――――さて、そろそろ行くか」

 

 黙っていると根掘り葉掘り聞かれそうだったので、晶は依頼を理由に席を立った。すると向こうもプロ。それ以上聞いてくる事無く、如何にも出来る秘書といった感じで晶の傍らに立った。

 そうして2人は今回の仕事先、イギリスのIS訓練施設に向かうのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶達がIS訓練施設に到着する30分前、そのロッカールーム。

 今回訓練を受ける年頃の少女達が、ISスーツに着替えようとしていた。そんな中、ある一人の少女が思いついたかのように口を開いた。

 

「ねぇみんな。ISスーツ、ワンサイズ小さいの着てみない? 強いって言っても所詮男でしょ。私達の魅力にかかればコロッといっちゃうんじゃない?」

「なに、誘惑しちゃうの?」

「違うわよ。いつも使っているスーツが汚れていたから、仕方なくよ。仕方なく」

「ずっるーい。でも汚れてたなら仕方ないよね」

 

 この時セシリアの胸中に沸き上がってきた感情は嫌悪だった。そして思う。

 

(………この人達は、あの人の指導を受けるというのがどういう事か、分かっているんでしょうか?)

 

 本当に厳しいのだ。それこそ代表候補生なんてプライドは簡単にへし折れるくらい。

 だからセシリアは、同じ代表候補生のよしみで一度だけ忠告しておいた。

 

「………あの人、訓練では厳しいですわよ」

 

 全員の視線がセシリアに集中する。そんな中、先程「ワンサイズ小さいの」と言った少女が口を開いた。年不相応に成長したボディと整った典雅な容姿、癖無く伸ばされた豊かな金髪は確かに自信を持つに値するものだろう。だが滲み出る雰囲気はそんな外見とは裏腹に、清純とは対極に位置するものだった。

 

「何それ。専用機持ってるからって偉そうに。所詮男じゃない。それを“あの人”だなんて。IS学園に行ってどうかしちゃった? それとも骨抜きにされちゃった?」

「…………忠告はしましたわよ」

 

 聞く耳持たない様子だったので、セシリアは一人先に演習場に向かった。あんな空気の中に居たく無かったというのもあるが、あの人が指導に来るなら、早々にアップを始めておかなければ後が怖い。

 怒られる云々(うんぬん)以前に、訓練に体がついていかない。

 そうして仮想ドローンを出してアップを始めようとしたところで、1……2………3………4人が演習場に入ってきた。

 

「セシリアさんどうしたの? あんな事言うなんて。男嫌いじゃなかったっけ?」

「世の中の男性がどうかは知りませんが、少なくとも学園にいる男性2人は認めるに足る人ですわ。後、早くアップを始めておいた方が良いですわよ。あの人、本当に厳しいですから」

「そんなに?」

「ええ。現ドイツ代表候補生、元IS配備特殊部隊隊長ですら、容赦無く叩きのめす人ですから」

「えっ!?」

 

 驚きの事実に、聞いた全員の顔が青ざめる。もしかしたら既に知っていた事かもしれないが、体験者から直接聞くというのは、やはり違うのだろう。

 しかし変な先入観を持たれるのも良くないと思ったセシリアは、慌ててフォローした。

 

「で、でも指導は確実ですわ。こちらが望む限り、ちゃんと応えてくれる人ですから」

「本当?」

「トレーニングを受けてきた私が保障しますわ」

 

 こうして代表候補生のうち5人は、晶が来る前に入念なアップを始めたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 訓練施設の演習場に到着した晶を待っていたのは、予定通り8人の代表候補生達だった。国の代表となる為に選ばれただけあって、全員容姿もスタイルも水準以上。タイプも妖艶から清純、成熟からロリッ娘まで様々。目の保養として楽しむには十分な人材が揃っていた。

 だが晶は此処に、目の保養をしに来た訳では無かった。指導に来たのだ。だから向ける視線も、自然と指導者的なものになる。しかしある事に気付き、内心で大きく溜息をついた。

 

(ああ、やっぱりいたよ。こういう奴が)

 

 ISスーツのサイズが合っていない奴が3人程いた。

 下品にならない程度の肉感的な感じが、女性としての魅力を醸し出している。

 しかしこういう場においてそういう事をされるのは、晶としては腹立たしいだけだった。

 だが残りの5人は違った。既に額に玉のような汗を浮かべ、入念なアップをしていたのが分かる。こっちの方が遥かに好ましかった。

 そんな事を思いながら、晶は自己紹介を始めた。

 

「はじめまして。こんにちは。既に話は聞いているかもしれませんが、今日から明後日まで君達の訓練指導を行う薙原晶です。短い期間ですが、宜しくお願いします」

 

 無難な挨拶に代表候補生達も「宜しくお願いします」と無難な返事をしてくる。

 そんな中、ただ1人緊張を全く解けない人間がいた。セシリアだ。彼女は気付いていた。先程挨拶の前、晶が全員を見渡した時に薄い笑みを浮かべたのを。無論良い意味の笑みじゃない。あの笑みは――――――。

 

「セシリア」

 

 そんな思考は、笑みを浮かべていた当人によって中断させられた。

 

「なんでしょうか?」

「取り合えずの目標として、どの程度まで動けるようになれば良いのか全員に見せたい。ドローン設定B-3(国の代表候補の平均レベル)でやってくれないか。ビット無しで」

 

 他の代表候補生達から驚きの声が上がる。だが言われた当人は涼しい顔だった。何故ならIS学園1年生専用機チームにとってそのレベルは、せいぜい機体調整に使う程度だからだ。今更焦るような事は無い。しかしそんな事を知るよしも無い代表候補生達からは非難の声が上がった。

 

「そんな無茶です!! そのレベルでビット無しだなんて。セシリアさんの専用機は遠距離型――――――」

 

 だが庇われたはずの当人がその言葉を止めた。

 

「大丈夫ですわ。皆さん、見てて下さいね」

 

 そう言って彼女は一歩踏み出し、専用機ブルーティアーズを展開。力み無い極々自然な動作で演習場中央、高度20m地点へと進み出た。

 

「いつでも宜しいですわ」

 

 全員が管制室へ移動し、秘書として同行していたマリーがコンソールを操作。仮想ドローンが展開され、標的がプログラムに従った悪辣な動きで、演習場を縦横無人に動き始める。

 しかしセシリアはそんな動きに惑わされる事無く、確実に標的を射抜いていく。そしてドローンからの反撃も、ダンスを踊るかの如く鮮やかに回避していた。表情に焦りは無く、むしろ余裕すら感じられる。

 管制室で晶が、代表候補生達に振り返った。

 

「――――――取り合えず、この程度を目標にしようか」

 

 呆気に取られる代表候補生達。

 この場にいる者達は、セシリアがIS学園で成長している事は理解していた。

 帰国後に行われた2対1の模擬戦で勝利している事からも、それは分かっていた。

 しかしこれ程までとは、誰も思っていなかった。

 何せ今セシリアは、専用機ブルーティアーズの名の由来、その最大兵装(ビット)を使わずにB-3(国の代表候補の平均レベル)をクリアしている。つまり彼女の限界はまだ先にあるという事。数ヶ月前までは同レベルだった人間が、今は遥か彼方先にいる。これは他の代表候補生達の心に、強烈な火をともした。

 呆気に取られていた表情が、代表候補生に相応しい覇気に満ちたものになっていく。

 いつしか全員の視線が晶に集まり、彼の次の言葉を待っていたのだった――――――。

 

 

 

 第58話に続く

 

 ちょっと補足:ドローン設定について

  作中で出てきたターゲットドローンの難易度設定ですが、作者的にはこんな感じで設定してます。

  

  A-1:モンドグロッソの決勝レベル

  A-2:モンドグロッソの上位レベル

  A-3:モンドグロッソ出場者の平均レベル

  B-1:国の代表レベル

  B-2:国の代表候補の上位レベル

  B-3:国の代表候補の平均レベル

  C-1:代表候補生上位レベル

  C-2:代表候補生平均レベル

  C-3:代表候補生下位レベル

 

 

 




晶君にとっては初の平和的ミッション。
最後まで平和だと良いなぁ・・・・・と晶君は思っているようです。

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