インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第39話 紅椿

 

 ――――――紅椿(あかつばき)

 

 世界各国が第三世代ISの開発に躍起になっている中、束が開発した第四世代IS。

 その性能は、彼女自らが手懸けたというだけあって、破格という以外に無い。

 何せ基本性能だけでも現行機を遥かに凌駕しているのに、即時万能対応という机上の空論を実現する全身の展開装甲。

 無段階移行(シームレス・シフト)という、経験値の蓄積によって行われる、性能強化やパーツ単位での自己開発。

 恐らくこのシステムは、紅椿の実働データを得て、より洗練された形で“蒼”に組み込まれるだろう。

 更に言えば、これだけでも十分強いというのに、彼女は一部インテリオル系技術も導入したと言っていた。

 結果、エネルギー効率が30%程上昇したともな。

 つまりNEXTというイレギュラーを除けば、間違い無く最強と呼ばれるに相応しい機体だ。

 だから、機体側には何の不安も持っていない。

 俺が不安なのは、今箒さんにコレを渡して大丈夫か、という事だ。

 別に一人間として、彼女が嫌いとか、そういう事じゃない。

 専用機持ち達ほど深い付き合いじゃないが、それでも一本スジの通った人間というのは分かる。

 正義感も持ち合わせているようだし、本人が努力家なのも認める。

 多少素直になれないところもあるようだが、その程度は誰にでもある事だろう。

 なので表面上は問題無いように見えるのだが・・・・・俺の悩みの発端は、この前束に送られてきた手紙。

 妹の相談に、狂喜乱舞した束が見せてくれた手紙だ。

 それには、こう書かれていた。

 

 『――――――最近、一夏が遠いんだ。姉さん。どうしたら良いだろう?』

 

 何時の間に、こんな事を相談するようになったのか。

 原作の、木刀で容赦無く姉を殴っていた箒さんを知る身としては、信じられない思いだ。

 で、妹LOVEの姉がこんな手紙を受け取ればどうなるかは、誰でも分かるだろう。

 専用機があれば一夏と一緒に居られると思った束は、それはもう素晴らしい勢いで紅椿(あかつばき)を組み上げ、直接持って行こうとしたくらいだ。

 だが俺は、すぐに渡すのは箒さんの為にならないと言って、どうにか1週間だけ待って貰った。

 理由? 簡単さ。

 彼女が専用機持ちという重圧に、負けないという確信が持てなかったからだ。

 繰り返すが、別に彼女が嫌いとか、そういう訳じゃない。

 むしろあの真っ直ぐさは好感が持てる。

 だけど専用機を持つというのは、それとは別次元の話だ。

 この世界にいきなり放り込まれて、偶然NEXTという力を手にした俺が、言えた話ではないと思う。

 自分の事を棚にあげて、何を偉そうにと言われれば、返す言葉も無い。

 でもこれだけは言える。

 “力”は、色々なものを容易く捻じ曲げる。

 自分の意志も他人の意志も、善意も悪意も、人間関係も全て。

 今の彼女は、それに耐えられるだろうか?

 

『一夏が遠い』

 

 意訳してしまえば、一夏の傍にいたい。

 ただそれだけの為に専用機を持ってしまえば、遠からず彼女を破滅させてしまわないだろうか?

 そんな考えが、頭からこびり付いて離れない。

 何せ原作では、対銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)戦で――――――と、そこまで考えた時にふと思う。

 俺がここまで気にする必要があるだろうか?

 束が渡したいと言っているのだから、そのまま渡してしまえば良いのではないだろうか?

 だが、すぐにその考えを振り払う。

 箒さんに万一何かあれば、束が悲しむ。

 あいつの悲しむ顔が見たく無いなら、手を尽くすべきだろう。

 ならどうする?

 正直なところ、箒さんの精神面をすぐにどうにか出来るとは思わない。

 幾つか言う事はあるが、それも効果があるかは本人の心掛け次第。

 だから今考えるべきは、箒さんが専用機を手に入れても、周囲が納得するような状況を作り上げる事。

 

「・・・・・・・・・・どんな無理ゲーだよ、それ」

 

 余りの難易度の高さに、1人呟いてしまう。

 そんな状況が簡単に作れるなら苦労は―――――――――ん?

 ふと、閃く。

 確か原作で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が暴走したのって、束が手を回したからじゃなかっただろうか?

 いや、確定情報じゃなく織斑先生の推測という形だったが、そんな風に書かれていたよな。

 

「・・・・・・・・・・」

 

 考えが、少しずつ形になっていく。

 何も正攻法に拘る必要は無いだろう。

 結果、箒さんが紅椿を使っても文句の無い状況になれば良い訳で、こっちから依頼をしなくても、悪役を買って出てくれそうな輩は世の中にごまんといる。

 

「・・・・・・・・・・」

 

 しかし幾つかの案は浮かぶが、どれもこれも厄介な問題が付き纏う。

 なし崩し的な状況を作りやすい輸送・護衛系ミッションは、下手をしたら人を撃たせる事になる。

 今の彼女に、護る為とはいえ人を撃つ覚悟があるだろうか?

 いや、仮に引き金を引けたとしても、下手したらトラウマを作って束を悲しませる。

 そして何より、第四世代機を投入しなければならないような輸送・護衛系ミッションなんて、今の箒さんにはクリア出来ないだろう。

 よって却下。

 ならどうする?

 救出系ミッションなら・・・・・駄目だ。

 そもそもISを投入しなきゃ救出出来ないようなミッションなんて、レベルが高過ぎる。

 

「・・・・・・・・・・」

 

 思考が行き詰まる。

 どうしようか?

 待てよ? 何で俺はこんな陰謀前提でものを考えているんだ?

 もっとシンプルにいこう。

 テストパイロットというのはどうだろうか?

 何せ世界初の第四世代IS。

 データ取りは誰が見ても、どう考えたって必要だろう。

 そして束の知られている性格。身内以外はどうでも良いという性格を押し出せば、いきなり何の理由も無く専用機持ちにするよりも、ずっと風当たりは良いはず。

 そうして経験を積ませたところで、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃破させる。

 『最重要軍事機密』に指定されるアレの撃破に貢献出来たなら、表立って彼女を批判する人間は、相当少なくなるだろう。

 こんなところ・・・・・か。

 もう一度大筋を考えてみるが、どう考えてもこれ以上の方法が思いつかない。

 更識あたりなら上手い方法を思いつくかもしれないが、流石にこの一件で彼女を頼るのは自殺行為だろう。

 だからもう一度、いや二度、頭の中で計画に致命的な穴が無いかを見直して、そして束の元に向かう。

 実現の為にはどうあっても、彼女の力が必要だからな。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 束と数日に渡って計画の細部を詰めた後、俺は学校の屋上で箒さんと会っていた。

 

「それで、話とは何ですか?」

 

 夕日に照らされた彼女の凛とした表情が、否応無く剣士、或いは武士といったものを連想させる。

 でもそれでいて女性らしい佇まいを忘れていない辺り、本当に古き良き和風美人だと思う。

 

「単刀直入に言おう。第四世代ISのテストパイロットをやってもらいたい」

「何故、と聞いても良いですか?」

「束がお前を選んだ理由は、お前が身内だからだが、俺がお前を選んだ理由は違う。それはな、コレだ」

 

 彼女の前に空間ウィンドウを展開。

 クラスで行われていた自主練習の、全員分のデータを表示させる。

 当然、彼女のデータも表示される。

 取り立てて、特徴の無い平均的なデータ。可も無く不可も無く。勝率も5割程度。

 正直、表面的なデータだけを見るなら、箒さんより上は何人もいる。

 だがある一点において、彼女の成績は突き抜けていた。

 それは近接戦闘。

 対専用機戦を除けば、彼女は近接戦闘で無敗。

 クラス内の自主練習で負けたのも、殆どは相手チームが彼女の近接戦闘を、徹底的に押さえ込んだからだ。

 しかしそんな中でも、彼女は勝率5割を維持した。

 自分の得意とする戦闘距離を、徹底的に封じられて避けられて、尚5割だ。

 

「――――――これが、お前を選んだ理由だ。そしてはっきり言っておくぞ。『姉の七光りで選ばれた』なんて心配をしているなら、それこそ余計な心配だ。お前の実力は、お前自身が証明して見せた。だからこの話を持ってきたんだ」

「し、しかし、その第四世代機が、私と合う保証なんて」

「おいおい、機体性能に合わない人間をテストパイロットに選ぶはず無いだろう。束が作り上げた第四世代IS紅椿(あかつばき)は、近接戦闘を主眼においた万能型。基本的に戦闘距離は選ばないが、それでも性能を100%使い切るなら、パイロットが近接戦闘に強いのは絶対条件。だから、お前なんだよ」

「・・・・・その、本当に?」

 

 箒さんが、「信じられない」という顔をしている。

 まぁ無理も無いか。

 第三世代を飛び越えて、いきなり第四世代のテストパイロットなんて言われれば、誰でも驚くよな。

 だけど、どれだけ信じられなくても悩んでも驚いても、絶対に受けるさ。

 何せ専用機持ちになれば、一夏と一緒にいられる。姉に相談したくらいだ。その位は折込済みだろう?

 そんな腹黒い事を考えつつ、風で緩やかになびく箒さんの黒髪を眺めていると、

 

「分かりました。その話、受けさせて下さい」

 

 と返事が返ってきた。

 よし、これでまずは第一段階クリアだ。

 

「受けてくれて嬉しいよ。それじゃぁ早速、束の研究室(ラボ)でフィッティング作業に入るから付いて来てくれ」

「え? すぐにですか?」

「勿論。情報ってのは何処から漏れるか分からない。箒さんの安全を確保する意味でも、すぐに渡しておきたい」

「わ、分かりました」

 

 やっぱり、緊張しているのかな? いや、させちゃったのかな?

 箒さんの固い態度を見て、そう思ってしまう。

 だが無理も無い。

 いきなり姉の作った最新鋭機(第四世代IS)のテストパイロットになって欲しいと言われ、しかも言ってきたのが俺だ。

 世間一般でNEXTがどう思われているのかを考えれば、仕方の無い反応だろう。

 と思いながら歩き始めると、意外な事に箒さんから話し掛けてきた。

 

「その、姉さんは普段何をしてるんですか?」

「ん? 何か色々研究してるが、詳しい事までは知らないな」

「2人でいる時も研究してるんですか?」

「その時次第かな。何もしないで一緒にいるだけの事もあれば、馬鹿話をしてる事もあるし」

「・・・・・姉さんが? 意外です」

「そうか? あいつ割と話せるクチだぞ。こう、ノリが良いというか何と言うか」

「よっぽど姉さんは、貴方の事が気に入ってるみたいですね」

「俺に言わせれば、他人の足を引っ張って自己満足する奴らが、多過ぎるって話なんだけどな」

「え?」

「――――――いや、忘れてくれ。早いトコ行こうか」

 

 こうして俺は箒さんと一緒に、束の研究室(ラボ)に向かって行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「やぁやぁ箒ちゃん久しぶり!! おっきくなったねぇ~」

 

 箒さんを研究室(ラボ)に案内すると、束はそう言いながら、“普通に”彼女を抱きしめた。

 

「姉さん」

 

 愛しい妹を迎える、至極真っ当な対応。

 彼女も姉の抱擁に応える。

 だが、“あの”篠ノ之束が、本当に真っ当な抱擁だけで済ませるだろうか?

 妹LOVEの姉が? 原作じゃいきなり揉もうとしたのに?

 答えは、当然否だ。

 

「――――――特に、このオッパイが」

 

 しかし束の奴、賢くなったな。

 普通に抱擁して、逃げられないようにしてから揉みにいったか。

 あれなら原作みたいに木刀で殴られる心配も――――――あっ、待てよ?

 箒さんって確か剣道やってたよな。

 剣道に、得物が無い場合の・・・・・極至近距離の対応方法ってあるんだろうか?

 そこまで考えた時、

 

「いったぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!! 箒ちゃん何するのさ」

 

 束が足を、いわゆる弁慶の泣き所を押さえながら飛び跳ねた。

 

「それはこっちの台詞です姉さん!! 男の人がいる前でこんな」

「いなかったら良いの?」

 

 涙目が訴えるが、妹にはまるで効果無し。

 それどころか、

 

「大体、薙原さん!!」

「お、おう?」

「いつも一緒にいるなら、この愚姉の手綱をしっかり握ってて下さい!!」

 

 矛先がこっちにも向いてきた。

 

「い、いや待て、今のは姉妹のスキンシップだろう? そこに男の俺が口を出すのはどうかと思うんだ」

 

 決して眼福だった等とは言えない。

 言ったら色々な意味でマズイ気がした。

 

「そうだよ箒ちゃん。久しぶりにこうして会えたのが嬉しくて。だから怒らないで、ね」

「時と場所を弁えて下さい!!」

「弁えれば良いの?」

「姉さんはまず一般常識を学んで下さい!!」

「えーーーー。だって、この溢れる愛を表現する為には、ああするのが一番――――――」

「ね・え・さ・ん!!」

 

 姉の言葉を遮る妹。

 迫力あるなぁ。

 他人事のように眺める俺。

 

「はーーーーい」

 

 あっ、束が折れた。

 でも棒読みの返事って事は、絶対次を狙ってるな。

 

「全く。姉さんったら・・・・・」

 

 何となく、怒っていそうで嬉しそうな、複雑な表情の箒さん。

 原作とは随分違う雰囲気だ。

 内容は知らないが、やっぱり手紙のやり取りをしていたのが、効いているんだろうか?

 仮にそうだとしたら、俺としては嬉しい限りだ。

 そんな事を思っていると束から、「専用のISスーツに着替えてもらうから、少しだけ部屋から出て欲しい」と言われた。

 なので了解しつつ、

 

「――――――2人きりになった途端襲うなよ?」

 

 と冗談を返してみた。

 そしたら、「大丈夫。安心して」と、どちらとも取れる返事が返ってきた。

 さてはて、この場合の大丈夫は、どっちの大丈夫なんだか。

 部屋から出た俺は、別の部屋のメンテナンスハンガーに寝かされているIBISをじっくりと観賞。少し長めに時間を潰してから戻って行った。

 すると、箒さんの顔が赤かった。

 しかも俺の顔を見るなり、顔を背ける始末。

 

「?」

 

 首を捻った俺は、束にコアネットワークで通信。

 

(おい。もしかして本当に襲ったのか?)

(人聞きの悪い事言わないでよ。ちょっと私と君との事を聞きたいって言うから、話してあげただけ)

 

 何となく嫌な予感。

 

(ちなみに、どんな話をしたんだ?)

(箒ちゃんの態度から、何となく分からない?)

(何となく分かるが、現実を認めたく無い)

(現実逃避? 逃げちゃダメだよ。ちなみに聞かれた事の1つは、「2人でいる時は何をしてるの?」っていうこと)

 

 何となく嫌な予感が、凄まじく嫌な予感へレベルアップ。

 

(・・・・・おい、まさか)

(うん。色々言っちゃった。あの時の、晶のちょっと不器用だけど優しい言葉とか態度とか)

(おい、この場合の“あの時”は、どの“あの時”だ?)

(さぁ、どの“あの時”だろうね?)

(いや、仮にどの“あの時”だとしても、箒さんが顔を赤くするような事まで言わなくても――――――)

 

 だが俺の言葉は、途中で遮られた。

 

(良いじゃない。自慢したかったんだから)

(えっ?)

 

 思わぬ不意打ちに言葉が詰まったところへ、更なる追い討ち。

 

(自慢したかったの!! 私を護ってくれる人は、私のものだって自慢したかったの。悪い!!)

 

 こうまで言われては、何も言えない。

 というか言える奴がいたら見てみたい。

 そして止めの一撃。

 

「ね、姉さん。何もこんな時まで以心伝心、目で話をしなくても、フィッティングが終わったらすぐに出て行きますから」

 

 と顔を背けながら箒さん。

 

「・・・・・あーーーーまぁ、その何だ。とりあえず、フィッティング始めようか」

 

 このまま続けたら泥沼に(はま)りそうな気がした俺は、こんな何とも締まらない台詞で、束と箒さんにフィッティング作業を始めさせたのだった。

 そしてこの日、公式発表では無かったが、第四世代ISプロトタイプ完成の報が、世界中を駆け巡る。

 勿論、既に実戦投入可能なレベルに仕上がっている紅椿(あかつばき)を、態々プロトタイプとしたのは、箒さんをテストパイロットとする為の方便。

 後はテストパイロットとして扱える間に、どれだけ経験を積ませられるか・・・・・だ。

 

 

 

 第40話に続く

 

 

 


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