インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
その日、寮で過ごしていた
それは空腹。
強化人間なので、無視しようと思えば幾らでも無視出来るが、今その理由は無い。
なので何か食べようと思い冷蔵庫を開けてみたが、何も入っていない。
同室の一夏はアリーナでトレーニング中。
キューーーーっと腹が鳴る。
しかし部屋から出るのも面倒臭い。
仕方ない。寝て過ごすか。
幸い強化人間には感覚遮断機能が・・・・・とダメ人間まっしぐらな思考で再びベッドへ向かおうとしたところで、携帯からコール音。
表示されている名前はシャルロット。
「――――――もしもし」
「あ、ショウ。今大丈夫?」
「大丈夫だが、どうした?」
「昨日の織斑先生の宿題なんだけど、終わった?」
「ああ、もう終わってる」
「良かった。少し教えて欲しいところがあるんだけど、良いかな?」
「いいぞ」
と答えたところで、ふと閃く。
「――――――但し代金前払い。済まないが何か飯を買ってきてくれ」
「珍しいね。どうしたの?」
「腹が減ったが、部屋から出るのも面倒だ。一夏がいたらアイツに頼むんだが、今アリーナに行ってていないし」
「お安い御用。でももし良かったら、昨日作ったシチューがあるけど食べる?」
「貰う」
コンビニ弁当とシャルの手作り。
考えるまでも無く即答だった。
「分かった。持っていくね」
「助かる。さっきから腹の虫が鳴って仕方が無いんだ」
「味は保証しないからね」
「シャルの手作りだろ。心配してないよ」
「お世辞?」
「まさか。本心だよ。あの時食べたシチューは本当に美味しかった」
「あ、ありがとう。嬉しいよ。じゃぁ、すぐに行くね」
「ああ、待ってる」
そうして電話を切った俺は、寝巻きから私服に着替え、机に備え付けられている端末から宿題のデータを呼び出した。
タイトルは、『局地領域でのIS戦闘』。
小難しそうなタイトルだが、内容はそんなに難しくない。
都市、海、砂漠、森林等の各領域において、どうやったら上手く戦えるかという事を書いた初歩的なレポートだ。
攻略本で言うなら、始めの方に書かれている基礎的な操作方法ってところ。
正直、シャルが聞きに来る程のものじゃ無いと思うんだが・・・・・あ、待てよ。
都市、海、森林はフランスにあるけど、砂漠は無いな。
なるほど。生真面目なシャルらしい。
適当に書けば良いのに、手を抜けなかったんだな。
え? そんなので教えられるのかって?
勿論じゃないか。
レポートは学園の外に流れる可能性があったから、余り実のある内容は書かなかったけど、題材自体は大好きなんだ。
地形を利用して相手が全力を出せないようにしたり、アウトレンジから一方的に攻撃出来る状況を作ったり、相手の補給線を断ったり、ついでに言えば、それで相手が悔しがるのを見られれば言う事無しだ。
まぁ、元の世界の友達には性格悪いって言われたけど、少ない労力で勝てるに越した事は無いだろう。
そんな他愛の無い事を思い出しながら、俺はシャルが来るのを待った。
◇
一方その頃アリーナでは、
(チッ!!! 本当に
一夏 VS ラウラ&セシリアという変則バトルが行われていた。
事の発端は一夏とセシリアが模擬戦をしていたところへ、ラウラがシュヴァルツェア・レーゲン再調整の為に、アリーナを訪れた事だった。
ラウラとしては軽く流す程度で、こんな変則バトルを行う気は毛頭無かった。
が、一夏は何を思ったのか、2対1での模擬戦を申し出る。
中距離万能型&遠距離型 VS 近接特化型。
誰がどう見ても封殺されるのが目に見えている。
当然、ラウラもセシリアもそう説得したが、一夏はそれに対しこう答えた。
「近接特化って分かってる相手に、近接戦闘を挑む奴なんていない。だから俺は、誰よりも距離を潰すのに長けてなきゃいけないんだ」
こんな事を言われれば、2人としても受けざるをえない。
そして即席コンビとは言え、2人とも代表候補生。
近接特化型1機を封殺するなど問題無い・・・・・と思っていた。
しかし、
(何だこの直感の鋭さは!! 勝負どころに対する嗅覚が尋常じゃない!!)
別に負けているという訳じゃない。
模擬戦は極めて優勢のうちに進んでいる。
前衛が私、後衛が遠距離型の
この布陣で近接特化に負けるはずが無い。
事実、白式はボロボロ。
純白の装甲はヒビ割れ、欠けているのに対して、こちらは一発も被弾を許していない。
完全なワンサイドゲーム。
だがこちらが本命とした攻撃だけは、どれほど無様にでも避け・受け・切り払う。
まして、
(一度として右腕と推進系への被弾は許していない。全ては一撃必殺、零落白夜の為か)
だから、全く気が抜けない。
確かに外見はボロボロだが、推進系が無事な白式の突進力は距離という盾を容易く踏み潰し、零落白夜の一撃は今までの全てを帳消しに出来る必殺。
だが何より気が抜けない原因、それは一夏の目だ。
もう殆どシールド残量も残っていないはずなのに、目が勝負を捨てていない。
(模擬戦でこんな緊張を味わうとはな・・・・・)
いつの間にか乾いていた唇。
それを悟られないように、後衛のセシリアに通信を繋ぎながら、舌で湿らせる。
『
『まだ戦いは終わっていませんことよ』
ハイパーセンサーが捉えている背後のブルーティアーズは、狙撃態勢を崩していない。
これも奴の影響か?
事前情報では高飛車で調子に乗りやすく、ちょっとした挑発ですぐに我を失う小娘という話だったんだが・・・・・狩りに全力を尽くす獅子ではないか。
『分かっている。このまま封殺するぞ』
『勿論ですわ。一夏さんの近接戦闘での爆発力は、身を持って知っていますから』
『戦闘記録は見させて貰った。確かにアレは侮れない。行くぞ!!』
そうして私はレールガンを撃ちつつ戦闘機動を――――――直後、白式の
レールガンの弾道をなぞる様に迫る白。
放たれた
文字通り、一呼吸で懐に潜り込まれる。
「チィッ!!!!」
即座に、両腕部にプラズマ手刀を形成。
迫る雪片弐型を受け止めようとした刹那、更に加速する白。
「ダ、
私を素通りするその瞬間、置き土産とばかりに振るわれた雪片がレールガンを両断。
爆発前にパージ。
ここで本来なら、レールガンの爆発から逃れる為に、私自身も離脱するのが正しい行動だろう。
だが一夏の目的が、私に回避行動を取らせ、その間に前衛を突破するというのである以上、素直に乗ってやるのは癪だ。
なので、
「させんっ!!」
レールガンの爆発でシールドを削られるが、その場で旋回。遠ざかる白式の背中に向けて、ブレードワイヤ射出。
と同時に
対して白式は、左腕や肩部装甲を盾代わりに、最短距離を直進。
迎撃網を力ずくで突破。
装甲が砕けるのと引き換えに、ブルーティアーズの懐まで潜り込む。
「なっ!?」
驚愕するセシリア。斬撃態勢の一夏。
振るわれた雪片は、盾代わりに使われたスナイパーライフルを両断。
続く二ノ太刀で、刀身に集まるエネルギー。
一撃必殺。零落白夜。
だがセシリアが一夏に使わせた、一太刀分の時間。
それが命運を分けた。
射出したブレードワイヤが、白式のウイングブースターを直撃。
更に発動していた零落白夜がシールドエネルギーを食いつくし、アリーナに模擬戦終了のアナウンスが流れた。
本来ならここで両者は動きを止め、互いに離れるのが模擬戦のマナーだ。
が生憎と彼はダ
ついでに言えば、背後から受けたブレードワイヤのお蔭で態勢を崩していた。
つまりどうなったのかと言うと、
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
狙ったとしか思えないほど見事なダイビングヘッド。
衝撃で倒れる2人。
次いで、揃ってゴロゴロと転がっている最中に、ビリィィィィという何かが破ける音。
何か起きたのだろうか?
セシリアが下、一夏が上で、2人は重なるように倒れている。
だが模擬戦という事で共有しているバイタルデータに、問題は出ていない。
しかし私は念の為、シュヴァルツェア・レーゲンに記録されている視覚情報を再生してみた。
すると転がっている最中に、白式のひび割れてささくれ立っていた装甲が、セシリアのISスーツに引っ掛かっていた。
そのままスロー再生を進めていくと、ビリィィィィという音通りに、胸元から下腹部付近までISスーツが大きく裂けてしまっていた。
つまり今一夏の下にいるセシリアは、前が丸見えな訳だ。
と、私が事実確認を終えたところで、2人が動き出した。
「イタたたたた・・・・・だ、大丈夫か? セシリア」
狙っているのかどうかは分からないが、起した身体を支える一夏の左手は、何も覆う物の無いセシリアの右胸にあった。
こんな時でも雪片を手放していないのは、褒めてやっても良いかもしれないが・・・・・。
「え、ええ。大丈夫――――――って、い、一夏さん。一体、何を・・・・・していますの?」
「何をって・・・・・え?」
2人ともようやく現状を認識したのか、一夏の顔には冷や汗がダラダラ、セシリアの顔がトマトみたいに真っ赤になっていく。
「こ、これはだな、不可抗力ってヤツで――――――」
「その割りには、手を退けてくれませんのね」
「ゴ、ゴメン!! 決して柔らかくて気持ち良かったとか、そ、そういう訳じゃないんだ」
飛びのく一夏。セシリアは拡張領域に登録されていたISスーツをコール。服装を整えてから起き上がる。
「言い訳なんて、紳士のする事ではありませんわよ」
ビットが、一夏の周囲を取り囲むようにゆっくりと展開してく。
「ま、待てセシリア!! 模擬戦はもう終わってるんだ。この後は――――――」
「この後は、第二ラウンドですわよね? ねぇ、ラウラさん」
セシリアの剣幕に釣られて、私もつい悪乗りしてしまった。
「そうだな。『もう限界だ』と思ってからが本当の訓練だと言うしな。何、NEXTのシゴキに比べれば温いだろう?」
こうしてこの日、3人は日が沈むまでアリーナにいた。
だがこの時、一夏は最後まで気づかなかった。
観客席から見つめる人影に、箒の姿に・・・・・。
◇
一夏がアリーナでシバキ倒されているその頃、
本人は昨日の残りで、味の保証はしないって言ってたけど、これをマズイなんて言えるヤツは、よっぽど舌が肥えてるんだろうな。
「――――――ご馳走様。美味かったよ。ようやく腹が落ち着いた」
「どういたしまして。でも何か悪いね」
「何がだ?」
「このレポート、良いの? 僕に見せても?」
内容を思い出してみるが、書いてあるのはいずれも、極々初歩的な内容だ。
あの程度、どこの教本にだって書いてあるだろう。
だがこの時、俺は大きな勘違いをしていた。
それはISという兵器の若さ。
他の通常兵器群は、長い年月や戦争を経て磨き上げられてきたが、ISにはそれが無い。
更に言えば、通常兵器とは隔絶した性能差を持つが故に、実働経験そのものが不足していた。
ネクストもそういう意味では似たようなところを持つが、その土台となった
幾多のレイヴンが命懸けで、戦術とアセンブルを磨き上げ、その対応策も幾多のレイヴンが命懸けで練り上げたもの。
限られた人間しか使えないISとでは、経験値の絶対量が違う。
ましてレイヴンは、依頼さえあればあらゆる環境下で戦う傭兵。
その状況は様々だ。
侵攻戦、迎撃戦、防衛戦、市街戦、山岳戦、隠密戦、空中戦、多対一、対軽量級、対中量級、対重量級、対巨大兵器等々、およそ人の想像力の及ぶ限りの、全てが戦場。
それに慣れていた俺は、ISという兵器の若さを見落としていた。
俺にとっての当然は、ISにとっての新発見だという事を。
「大した事は書いてないから、別に構わない。その程度、基礎だろう?」
「えっ?」
「んっ? 何か変な事言ったか?」
「う、ううん。何もっ!!」
「そうか。ところでさ、1つ教えて欲しい事があるんだけど、良いかな?」
「珍しいね。どうしたの?」
首を傾げるシャル。
「いや、そんなに大した事じゃないんだが・・・・・・・・・・」
何となく気恥ずかしくて、つい言い淀んでしまう。
が、俺の食生活がかかっているので思い切って言ってしまった。
「・・・・・簡単なヤツで良いから、料理を教えて欲しい」
「え?」
「いや、だから料理。食堂の料理ばっかりだと飽きるし、コンビニ弁当には飽きたし、レーションにも飽きた。でも美味しいご飯は食べたいから自炊しようと思ったんだけど・・・・・料理って殆ど作った事なくてな」
「改まって言うから何かと思ったら、そんな事? 良いよ。幾らでも教えてあげる。――――――あ、でも束博士は作ってくれないの?」
「あいつも料理下手なんだよ」
「うわ、2人で居る時って、ご飯どうしてるの?」
「それがな、あいつ料理は下手でも、料理を作るロボットは作れるんだ。だから向こうに行けば、普通にご飯は食べれる。だがその機械、備え付けでな・・・・・こっちには持ち込めないんだ」
「なるほどね。じゃぁ何からにしようか? あ、そもそも包丁使える? サバイバルナイフは使えるけど、包丁は使えないなんてオチは無いよね?」
顔を背ける俺。
気まずい沈黙。
「・・・・・えーーーーと、ホッ、ほら、人間得手不得手ってあるからさ。気にする事無いよ。僕も一番初めは全然ダメだったし」
「そう言ってくれると助かる」
「フフ、でもショウにも全然ダメな事ってあるんだね。いつも涼しい顔してるから、何でも出来ると思ってた」
「何処のスーパーマンだよ、それ」
「多分、他の皆も思ってるんじゃないかな? でも嬉しいな、僕を頼ってくれるんだ」
「初めて会ったあの時に、いつか教えて貰うって約束もしてたしな」
「覚えててくれたんだ」
「勿論だ。忘れられるはずがない」
そう答えるとシャルは腕を絡ませてきて、
「ならこれから材料を買いに行って、一緒に晩御飯作らない?」
と、とても魅力的な提案をしてくれた。
幸い今日は何も予定を入れていなかったので、断る理由は無い。
「いいな。そうするか」
こうして俺はこの日、シャルと一緒に出かけ、一緒に料理を作りながら色々教えて貰ったお蔭で、初心者料理は何とか作れるようになった。
だけど彼女にしてみれば、色々とまだまだ、だったらしい。
「手付きが危ないから、また今度教えるね」
と最後に言われてしまった。
勿論、ここで断るなんて選択肢は無しだ。
こんな可愛い子と仲良く出来る機会をふいにするなんて、勿体無いじゃないか。
「ああ、楽しみにしてる」
「うん。楽しみにしてて。じゃぁね」
そう言って小さく手を振りながら、笑顔で去っていくシャル。
・・・・・ここで終われば、今日はハッピーエンドだった。ここで終われば。
問題は、この後だった。
見送った俺が部屋に戻り、何となく窓を開けて外を見た時、強化人間でなければ絶対に見えないであろう遠距離から、こちらを伺う物と視線が合った。
者ではなく、物と。
それが何かと言えば、IBISだ。
直後、携帯にコール音。
表示される名前は勿論、篠ノ之束。
「もしもし、晶」
「ど、どうしたんだ?」
「分かりやすいリアクションをありがとう。じゃぁ一言だけ。――――――来なさい。今すぐ」
そしてプツッと電話が途切れる。
「・・・・・・・・・・ヤバイかも」
そして翌日、薙原晶は学校を欠席。
織斑先生には束博士から直接、欠席すると伝えられたらしいが、先生は詳しい事情を(他の教師にも)一切口外しなかったという。
第39話に続く