インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第36話 NEXT VS 一年生専用機チーム(後編)

 

 海上でNEXTと一年生専用機チームの戦闘(と言う名の蹂躙戦)が繰り広げられている頃、その情報収集命令を受けていた空母“ジョージ・H・W・ブッシュ”のオペレーションルームは、混乱の最中にあった。

 

「まだ敵の位置は特定できんのか!!!!」

「駄目です。無人偵察機(UAV)をどの方向から突入させても、演習領域に入った瞬間に撃ち落とされます」

 

 上官の苛立ちは、オペレーターにも十分に理解出来た。

 立場が逆なら、自分も怒鳴りつけただろう。

 容易くそう思える程、現実は理不尽だった。

 何せ複数投入している無人偵察機(UAV)が、自身を撃墜しているはずの敵機を全く補足出来ていないのだ。あげく、ある一定のラインを超えた瞬間、例外なく全て撃墜されている。

 こちらの索敵能力を上回るステルス性を持っているのは確実だった。

 しかも攻撃の瞬間すら悟らせないような、極めて高度な。

 

「チッ。これ以上の損害は流石に許容できん」

 

 上官が、舌打ちと共にそんな言葉を吐き捨てた時だった。

 総司令部から、潜水艦の投入命令が下ったのは。

 

「――――――本気ですか? 空にこれほど鉄壁の防衛網を敷いている奴が、海をそのままにしておくはずが無い。止めるべきです」

「君の懸念は理解出来るが、今行われている戦闘情報には、それだけの価値があると上は判断している。よって命令は覆らない」

「・・・・・どうしても、覆りませんか?」

「無理だな。上の決定だ」

「・・・・・了解しました。以後の偵察行動はそちらに任せ、こちらは現状位置で待機します」

「そうしてくれ」

 

 今の会話に、オペレーターは奇妙な違和感を感じた。

 軍組織の最上部、総司令部にいる人間が“上”という言葉を使うだろうか?

 彼らこそが、上の人間だろう。

 そんな事を思っていると、上官が新たな命令を下してきた。

 

「救助チームの準備をさせておけ」

「潜水艦のですね。やはり撃沈されると?」

「ここまで徹底して無人偵察機(UAV)を撃墜しているんだ。やらないはずが無い。但し武器と偵察機材・・・・いや、記録を残せるもの全ての所持を禁じる。厳命だ」

「見逃してくれますか?」

「分からん。だが友軍を見捨てる訳にもいかないし、向こうも明らかな遭難者を殺ったとなれば、付け入られる隙になる事は分かっているはず。だから、“救助だけ”なら大丈夫だと思うが・・・・・結局は向こうの考え次第だ」

「了解しました。何時でも出られるようにしておきます」

 

 そう言ってオペレーターは、各部への通達を始めた。

 だが、結局この救助チームが動かされる事は無かった。

 10分後、“ジョージ・H・W・ブッシュ”の優秀な海中観測班が、演習領域外縁部の海中で、自然では決してありえない衝撃音と何かがひしゃげていく音を探知。

 以後、命令が下された潜水艦と、二度と連絡が付く事は無かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ほう? 戦意は衰えていないか。

 (薙原)は残っている専用機組の行動を見て、そんな事を思った。

 仕掛けてきたのはトライアングルフォーメーション。

 左右斜め前方から、白式(一夏)とシュヴァルツェア・レーゲン(ラウラ)が、後方からは甲龍()が迫る。

 斬撃タイミングも完璧だ。

 よくぞここまで。

 嬉しいね。

 NEXTと戦う為に、そこまで訓練してくれたのか。

 なら、こちらもそれ相応の姿を見せないとな。

 俺は一夏の方に一歩踏み込んで、左手に装備しているモーターコブラ(マシンガン)で雪片弐型を受け止めた。

 元々近接打撃を考慮され、分厚い鉄塊で補強されている銃身は揺るぎもしない。

 そこで、QBによる高速旋回。

 遠心力で一夏を弾き飛ばしながら、左手のモーターコブラを背後の鈴に、右手のマーヴをラウラに向けてトリガー。

 マシンガンが甲龍のシールドを削り、装甲板を砕いていくが、辛うじてまだ墜ちてはいない。

 そしてシュヴァルツェア・レーゲンへと向けられた弾丸は、停止結界(AIC)により阻まれていた。狙い通りに。

 何で狙い通りかと言えば、足が止まるからさ!!

 この瞬間、俺はPIC制御で真下に降下すると同時に武装変更。

 

 ―――ASSEMBLE

    →R BACK UNIT  :ZINC(コジマミサイル)

    →L BACK UNIT  :ZINC(コジマミサイル)

    →SHOULDER UNIT :NEMAHA01(垂直連動ミサイル)

 

 発射管オープン。

 ロックオンせず、即座に発射。

 普通なら、こんな撃ち方はNGだ。当たるはずが無い。

 だが、今回はこれで良い。

 ギリギリで生き残ってもらわないと困るから、直撃じゃ駄目なんだ。

 ミサイルが専用機組と同高度に達したところで、自爆命令をコマンド。

 海上に、全てを飲み込む新緑色の太陽が出現。

 連鎖して、連動ミサイルも爆発。

 鮮やかな光が、周囲の存在全てを―――――――――いや、違う!!

 一機逃れた? 一夏か!?

 NEXTのセンサーは爆発の瞬間、白式が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急加速。

 ギリギリのところで爆発半径から逃れている姿を捉えていた。

 それどころか、

 

『これ以上は、やらせねぇぇぇ!!』

 

 恐るべき思い切りの良さで、再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 新緑の光の中を突っ切り、近接戦闘を挑んできた。

 やる!! 流石原作主人公!!

 右手のマーヴで雪片弐型を弾き、左手のモーターコブラを照準。

 瞬間、一夏は再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 弾丸が発射される前に、タックルで懐に潜り込もうとしてくる。

 悪く無い判断だ。ここで離れたらジリ貧だからな。

 だが、強化人間の反応速度は常人の遥か彼方上を行く。

 そしてNEXTの制御系は、AMSによる直接操作。

 タイムラグなど存在しない。

 つまり、例えこの距離であろうと不意打ちは成立しない。

 迫る一夏に対しカウンターで膝をぶち込むと、ボディが「く」の字に折れ曲がった。

 

「グハッッッッッッッ!!!!」

 

 聞こえてくる苦悶の声。

 そうして動きが止まったところで武装変更。

 

 ―――ASSEMBLE

    →R ARM UNIT:GAN01-SS-WD(ドーザー)

    →L ARM UNIT:GAN01-SS-WD(ドーザー)

 

 堅い。ただひたすらに堅い。

 それだけが取り得の武装。

 束曰く、

 

「これ作る必要あるの?」

 

 と不満タラタラだったのを、どうにかなだめて作ってもらった一品。

 趣味だなんて言ったら絶対作ってくれなかっただろうから、「今回どうしても必要」って言ってゴリ押ししたんだ。

 だから悪いな一夏。

 ちょっと痛いだろうけど使わせてくれ。

 使わなかったら、束に嘘をついた事になってしまう。

 そんなこの上なく身勝手な事を思いながら俺は、「く」の字に折れ曲がったおかげで下がった頭部を、掬い上げるように右で一撃。

 いわゆるアッパーだ。

 次いで、上体を跳ね上げられ、がら空きになったボディ目掛けてリバーブロー。

 一夏の表情が歪み、動きが止まったところでバックブーストと同時に武装変更。

 

 ―――ASSEMBLE

    →R ARM UNIT  :SG-O700 (ショットガン)

    →L ARM UNIT  :GAN02-NSS-WBS(散弾バズーカ)

    →R BACK UNIT  :MP-O200(散布ミサイル)

    →L BACK UNIT  :CP-48(ロケット)

    →SHOULDER UNIT :MUSSELSHELL(連動ミサイル)

 

 トリガー ――――――の前にロックオン警報。

 QBでその場を離脱すると、一筋の閃光がその場を貫いていき、更に空間湾曲反応を感知。

 不可視の弾丸が次々と撃ち込まれてくるが、素直に当たってやるつもりは無い。

 鈴の偏差射撃を、QB(クイックブースト)QB(クイックブースト)WA(ダブルアクセル)を織り交ぜた回避機動で潜り抜け、一度距離を取る。

 そこで専用機達の姿を確認してみれば、みんな良い感じにボロボロだった。

 まず白式は小破。

 装甲板が所々壊れている以外は、機体は大丈夫そうだ。

 もっとも、シールドエネルギーはそう残って無いだろうし、頭と腹にGAN01-SS-WD(ドーザー)を叩き込まれているんだ。

 身体の方はキツイだろう。

 次に甲龍は大破寸前。

 マシンガンを至近距離で食らったのと、ミサイル爆発に巻き込まれたおかげで外装はボロボロ。

 所々内装が見えてしまっている。

 いや、見えているだけじゃない。

 検出されているエネルギー反応も不安定だから、内部もガタガタだろう。

 そして最後に、シュヴァルツェア・レーゲン。

 正直、自分でやっといてこんな事を思うのもアレだが、良く動いている。

 何せ停止結界(AIC)の使用で足を止めたところに、ZINC(コジマミサイル)の爆発だ。

 直撃で無いとは言え、ほぼ爆心地。

 前面の装甲が見るも無残に溶解している。

 絶対防御という優れた防御システムが無ければ、確実にあの世行きだっただろう。

 更に言えばレールガンの砲身は捻じ曲がっているし、各部装甲が溶解しているから、プラズマ手刀もワイヤーブレードも使えないだろう。

 

(・・・・・頃合だな)

 

 専用機組のダメージを確認した俺は、内心でそう思った。

 これだけやっておけば、後は“願望が最も強く出る状況”に追い込んでやれば、VTシステムが発動するだろう。

 そしてこいつの願望は分かっている。

 織斑千冬になる事だ。

 その強さに、揺ぎ無さに憧れた。

 なら極限まで追い込めば、必ず望むはずだ。

 それが、ドイツを追い込む事になるとも知らずに。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 内心で(ラウラ)は恐怖していた。

 

(これが、これがNEXTか!!)

 

 侮っているつもりは無かった。

 だが専用機5機という、“文字通り”戦争が出来るだけの戦力があれば、多少は勝負になるとも思っていた。

 それがどうだ。

 連携も奇襲も死角からの攻撃も、その全てが尽く回避され、あげく反撃は出鱈目な飽和攻撃。

 最新鋭であるはずの専用機が、全力で迎撃してなお押し切られるという過剰な火力。

 しかも、その一発一発がとてつもなく重い。

 正直、勝てるとは思えなかった。

 そしてこれならば頷けた。

 束博士救出作戦の時、こいつが迷い無く艦隊に突っ込んできた理由が。

 何てことは無い。

 勝てるからだ。

 単機で11機のISと、空母を中心として編成された艦隊を相手にして、尚勝てる確信があったからだ。

 化け物め!!

 そんな事を思っていると、一夏から通信が入った。

 

『ボロボロだけど、大丈夫か?』

『・・・・・新兵(ルーキー)に心配されるとはな』

新兵(ルーキー)古参兵(ベテラン)の心配しちゃ悪いかよ』

 

 恐怖を隠す為に、つい言ってしまった皮肉をすんなりと受け止められてしまった。

 これでは、どっちが新兵(ルーキー)か分からないではないか。

 

『見た目通りだ。全力稼動ならもって60秒。ついでに言えば、武装は停止結界(AIC)以外は全滅だ。それも後一回が限度。満身創痍だよ』

『そうか。鈴、そっちは?』

『こっちも、もうギリギリ。全力稼動なら90秒。龍咆も、6発が限度かな。一夏の方はどうなのよ』

『機体自体は小破だけど、ブーストエネルギーが拙い。後先考えないで、最大出力で吹かしたからな』

『って言っても、アンタのダメージが一番少ないわね。やるじゃない』

『やめろよ。ミサイル迎撃の時は何も役に立てなかったんだ』

『何言ってんのよ。アンタが役立つ場所はそこじゃないでしょ。ついでに言えば、しっかりとラウラを助けてたじゃない』

『偶然だよ』

『下手な謙遜は止めなさいよ。アレ相手に、偶然なんて期待できると思ってるの? ねぇ、そうでしょ?』

 

 そう言って凰鈴音が顔を向けた先には、静かに佇んでいるNEXTの姿が。

 

『そうだな。あの時は殺ったと思ったんだが、見事な判断だった』

『で、そうやってこっちのお喋りに付き合ってくれてるのは、余裕の表れ?』

『まさか、タイミングを見計らっていたのさ。――――――“こちらにとって”最も都合の良いタイミングをな』

 

 この時、(ラウラ)の背筋を冷たいものが走り抜けた。

 そして、後に知る事になる。

 この男を利用しようとした代償が、どれほど高くついたのかを。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 NEXT VS 一年生専用機チームの演習が、クライマックスを迎える丁度その頃。

 更識家交渉人(ネゴシエーター)皇女流(おうめる)麗香(れいか)は、ドイツ本国で当主より一任された交渉の最中にあった。

 

「――――――ですのでこちらとしましては、ドイツが持つ衛星群への最優先アクセスコードを頂ければと思いまして。ああ、誤解の無いように言っておけば、気象衛星、通信衛星、偵察衛星を含む全てですよ」

 

 さも当然の事であるかのように言い放った皇女流(おうめる)に対して、ドイツの男性交渉人は呆れ顔で返答してきた。

 

「一度ハイスクールからやり直してくると良い。常識的に考えて、渡せるはずが無いと分からないのか? どれも現代社会を維持する為に、そして国防に必要不可欠なものだ。それを一個人の手に委ねるなど出来るはずが無い。第一君の言い方では、国内にあったあの施設を、我々が知っていて見逃したみたいではないか。そんな事、あるはずが無いだろう」

「あら、そうだったんですか? あれほど巨大な施設。稼動させるだけでも、各所に足が付きそうなものですが」

「国内にあのような施設の建造を許したのは痛恨の極みだが、我が国(ドイツ)は決して、あのような物の存在を許さない。君も歴史を少しでも学んでいるのなら分かるだろう。我がドイツの汚点を」

「ええ、存じていますわ。ナチスドイツの数々の行いは。人がどれほど残酷になれるかという良い見本ですわね」

「そういう汚点を持つ我が国だからこそ、あのような行いは決して許さない。日本という国が、核に対してアレルギーを持っているのと同じように」

 

 そう言ってドイツの交渉人は、「これで終わり」とばかりに席を立とうとする。

 だが皇女流(おうめる)は引き止めない。

 まるで帰るなら帰れ。

 そんな能無しに用は無いとばかりに、酷薄の笑みを浮かべるのみ。

 本人が持つ鋭利な美貌と相まって、発せられる無言の圧力は自然と相手の足を止めさせ、口を開かせた。

 

「・・・・・何か、言いたそうだな」

「言いたい事があるのはそちらでは? お帰りになりたいのでしたら、こちらは引き止めませんのでご自由に」

 

 数瞬の沈黙。

 後、ドイツの交渉人は再び腰を下ろした。

 

「そういえば、1つ聞いて――――――」

 

 ブゥゥゥゥゥン。

 

 相手の言葉を遮るバイヴ音。

 音源は、皇女流(おうめる)の携帯端末。

 

「失礼。――――――はい、私です」

 

 そうして受けた内容は、待ち望んでいたものだった。

 これで確実に、相手の首を縦に振らせられる。

 勝利を確信した彼女は、最高のタイミングで飛び込んできた、最高のカードを切るのだった。

 

「何か仰りたい事があるようですが、まずはこちらの映像をご覧下さい。ライヴ映像です」

 

 そう言って皇女流(おうめる)が、自身の前に展開した空間ウィンドウを相手の眼前に移動させる。

 映し出された映像は、NEXTとボロボロの専用機達。

 

「これが、どうかしたのかね?」

 

 平静を装った言葉とは裏腹に、男の内心は嵐のように乱れていた。

 何故なら男は知っているからだ。

 シュヴァルツェア・レーゲンに、何が搭載されているのかを。

 そして、その起動条件も。

 

(拙い、マズイ、まずい!! こいつ、初めから知っていたのか!! 待てよ。ならもしかして、今回の新武装テストは、もしかして!!)

 

 男の焦りを肯定するかのように、女の笑みは深くなる。

 人を安心させる笑みではなく、勝者が敗者を見下す笑み。

 ウィンドウの中で、シュヴァルツェア・レーゲンの姿が変化していく。

 そこで皇女流(おうめる)は口を開いた。

 

「おやおや、非常事態ですね」

「そ、そうだな。なら、すぐに中止するべきだろう。NEXTは問題無いかもしれないが、他国の代表候補生を傷つけてしまっては事だ」

「おや、何故ですか? NEXTがいるんですよ。アレが、どの程度の力を持っているかは知りませんが、撃墜して終わりじゃありませんか。――――――まぁ尤も、初見の相手に有効な手加減が出来るとも限りませんから、操縦者は言うに及ばず、もしかしたらコアごと破壊してしまうかもしれませんが」

「!?」

 

 男の表情が歪む。拙い!!

 コアは、篠ノ之束博士しか作れない。

 よって万一コアが破壊された場合、彼女が新たに作る以外、補充方法が無い。

 

「――――――さて、ここで一番初めの用件に戻りますが、渡してくれませんか。ドイツが保有する衛星群への、最優先アクセスコードを」

「そ、それと現状に何の関係がある」

「いえ、実は私の雇い主、NEXTととても親しくしているようで、この前「アドレスを交換した」と言っていたんですよ。なのでもし、一言言うだけの時間があれば、無事に戻ってくるかもしれませんね」

 

 ウィンドウに映し出されるシュヴァルツェア・レーゲンの姿は、既に元のソレとはかけ離れていた。

 泥をこねて作ったかのようにぼやけた輪郭だが、その姿はまさに第一回モンド・グロッソ優勝者、織斑千冬のコピーだった。

 そして、その刃が、一番近くにいた白式に振り下ろされる。

 辛うじてガード。

 だがそんなものは関係無いとばかりに、そのコピーは人外の膂力を持って刃を振り抜き、白式を海面に叩き落す。

 それを見た皇女流(おうめる)は、更に言葉を続けた。

 

「困った事になりましたね。違法なシステムを搭載したISが、世界唯一・・・・・では無いにしても、貴重な男性操縦者を傷つけた。中々面白そうなスキャンダルです」

「し、しかし、それは・・・・・」

 

 男が迷っている間にも、事態は進行していく。

 コピーの刃が、今度は満身創痍の甲龍に迫る。

 辛うじてガードに成功するが、人外の膂力に耐えるような力は、既に残されていなかった。

 受け止めきれず、無残に弾き飛ばされる。

 

「さて、どうしますか? これで万一、代表候補生に死者が出るような事でもあれば、ドイツの信頼は地に落ちますね」

 

 男は必死に打開策を考える。

 何せここで、自身の判断ミスでISコアを喪失したなんて事になったら、キャリアに傷がつくどころの話じゃない。

 下手をすれば、いや下手をしなくても破滅だ。

 だからどうにかして――――――。

 そんな保身が手に取るように読めた皇女流(おうめる)は、最後の仕上げに取り掛かる事にした。

 破滅が見えた後の希望に抗える人間なんて、そうはいない。

 

「何を迷っておられるのかは分かりませんが、これは好機なんですよ」

「な・・・に?」

「考えてもみて下さい。そのアクセスコードと引き換えにドイツは、衛星の維持・管理という名目で、束博士やNEXTとコンタクトが取れる立場に立てるんですよ。世界中のあらゆる企業や国家が、望んでも得られなかったその位置に。どうですか? ――――――そちらにとっても、悪い話では無いと思いますが」

 

 それが、止めだった。

 男は縋り付くように皇女流(おうめる)を見つめた後、「分かった」と一言。

 

「では、後日また来ますので、準備しておいて下さいね」

 

 そう言って席を立ち、出口に向かった彼女は、最後に思い出したかのように付け加えた。

 

「――――――ああ、そうだ。まさかとは思いますが、口先だけという事の無いように。契約不履行がどんな事態を招くかは、説明せずともお分かりですよね?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 交渉成立。

 その報告は聞いた(薙原)は、VTシステムに乗っ取られたシュヴァルツェア・レーゲンを取り押さえるべく、動こうと思ったのだが・・・・・少し予想外の事態に陥っていた。

 いや、これは俺が忘れていたことか。

 原作をちゃんと覚えていれば、予想できたかもしれない。

 それは何かと言えば、

 

「晶、頼む!! こいつは、こいつは俺にやらせてくれ!!」

 

 海から上がってきた一夏が、VTシステムを自分で撃破したいと言い出したんだ。

 ああ。今になって思い出すとは何たる不覚。

 確かに原作じゃ、織斑千冬のコピーを見て逆上してたな。

 どうする? 任せるか?

 一瞬の思考。結論。

 本人がやる気なんだ。やらせるべきだろう。

 それに、手負いの一年生如きにシステムが負けたとなれば、再開発もされ辛くなるだろうしな。

 なので任せる事にした。

 俺は万一の事態に備えて、見守っているだけで良い。

 とは言っても、流石は原作主人公。

 決めるべきところは決めてくれる。

 一瞬の攻防でコピーを切り裂き、ラウラを救出。

 

 ・・・・・あれ?

 

 そういえばコレって、ラウラが一夏に惚れ込むフラグじゃなかっただろうか?

 場所こそ違うが、シチュエーションはそのまま一緒だ。

 ふと、そんな事を思い出した。

 という事は、だ。

 フルフェイスの中で、思わず邪悪な笑みを浮かべてしまう。

 土日あたり、部屋に戻らなければ面白い光景が見られるんじゃないだろうか?

 

 

 

 第37話に続く

 

 

 


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