インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
最近、
良い理由は単純明快で至ってシンプル。
つまり好きな事を好きなだけしてられる。
これで機嫌が悪い訳が無い。
更に言えば、薙原が私の考えを理解できるのも大きいかな?
彼は私の意志や意図、そういったものを実に上手く読み取ってくれる。
“天才だから”と言って何でも押し付けてくる凡人どもとは大違い。
でも、それも当然かと思ってしまう。
何せ彼は“最後のORCA”。
ここでは無い別の世界で、億人の人間を清浄な空から汚染された大地に引きずり降ろし、数多の犠牲と引き換えに
凡人と同じはずが無い。
私と同類の天才では無いけど、こと戦うという一点において、彼の思考は他の追随を許さない。
それが強化された結果なのか、本人が元々持っていた資質なのかは分からないけど。
だからかな?
彼は私の考えを理解して受け入れてくれる。
理解者がいるというのが、こんなに気分の良いものだとは思わなかった。
多分、ちーちゃん以外にそんな人、人生の最後まで現れないと思っていたから、尚更かな?
だけど・・・・・機嫌の良い理由が薙原なら、悪い理由も薙原だ。
彼は女に甘過ぎる。
いや、分かってはいるつもりだったよ。
メモリーを解析した時に、女性リンクスの僚機が随分多かったからね。
オペレーターのセレン・ヘイズ。
BFFのリリウム・ウォルコット。
GAのメイ・グリンフィールド。
インテリオルのウィン・D・ファンションとエイ・プール。
ORCAのジュリアス・エメリー。
等々。
どいつもこいつもタイプの違う美人さんばかり。
まぁ、それはいいや。
どうせいない人達だし。
問題は最近、周囲にチラつくようになった有象無象の凡人共。
特に、
まだ全ての情報を洗った訳じゃないけど、それでも油断出来ない相手というのは十分に分かった。
伊達に、あの年齢で更識の当主を務めていない。
そんな人間が、
自分が興味で動く人間だという自覚があるだけに、それがどれだけ厄介な事か理解できてしまう。
何故ならある一定レベル以上の天才は、興味の有る無しが、結果に多大な影響を及ぼすから。
それでいて、他のどうでも良い事は片手間で―――それでいて平均より遥かに高いレベルで―――処理できてしまう。
そんな人間が興味を持って本気で取り組んだらどうなるかなんて、1+1=2以上に簡単な事。
しかも厄介な事にあの女は、特化型の私と違い全てのレベルが平均的に高い。
正直、色々な意味で相手にしたく無かった。
勿論負ける気は無いけど・・・・・。
でも、迂闊に
暗部の人間なら、当然色仕掛けも・・・・・。
(・・・・・やめよう。こんな事、考えるだけリソースの無駄。彼が、色仕掛け程度で惑わされるはずが無い)
とは思うものの、以前なら下らないと切り捨てられたはずの思考が止められない。
大人2人が入ってもまだ余りある浴槽に入りながら、ふと自分の身体に視線を落す。
彼は、どんなスタイルが好みなんだろう?
自分としては悪く無いスタイルだと思う。
彼もこの前見とれていたから、全くの外れでも無いと思う。
今度一度迫ってみようか?
何となくそんな事を考えてしまうが、それだと自分を安売りしているみたいで気が乗らない。
なら、どうしよう?
私は、何に対する「どうしよう」なのかすら分からないまま、しばらくの間、浴槽に浸かり続けた。
◇
・・・・・後から思えば、「やっちまった」っていう言葉しか出てこないんだけどさ。
気づけよ。と言われればそれまでなんだけどさ。
原作主人公の事笑えないね。と言われれば返す言葉も無いんだけどさ。
何も“今”じゃなくても良いだろう。
事の発端は束博士の自宅。そのリビングでソファに座って雑誌を読んでいた時の事だった。
「あれ? 薙原、来てたの」
「ああ、たまにはこっちで過ごそ――――――」
振り向いて、博士の姿を視界に収めた瞬間、思わず息を呑んでしまった。
風呂上りなんだろう。
トレードマークとも言えるウサミミを外し、上気した頬と滑らかそうな生地で出来た、白く薄いバスローブに身を包んだ姿は、正直破壊力があり過ぎた。
でもここで、あからさまにうろたえるのは良くない。
最後のORCAがこの程度でうろたえていたら、幻滅されてしまう。
なので努めて冷静に言い直す。
「――――――たまには、こっちで過ごそうと思ってね。迷惑だったか?」
「ううん。ここは広いからね。一人くらい同居人がいた方が、丁度良いよ。でも寮の門限は良いの? ちーちゃんだったら、君が相手でも容赦しないと思うよ」
「外泊届けは出してきたから問題無い。ここに来ると言ったら、すぐにOKを出してくれた」
「そうなんだ。―――髪、乾かしてくるから、少し待っててね」
「急ぎの用事がある訳でも無いから、急がなくて良いよ」
そう言ってリビングから出て行く博士を見送った俺は、読んでいた雑誌を顔の上に乗せ、「ふぅ」と一息ついてしまった。
何だアレ。破壊力あり過ぎだろう!!
上気した頬とか、ちょっと開いた胸元とか、ウェストのラインはほっそりしていて綺麗だったし、いかん。何考えてるんだ俺。
―――同じ時、隣の部屋で博士がドキドキしている事を、薙原が知るはずも無い。―――
そうしてきっかり20分後、戻ってきた博士が隣に腰を下ろした。
「ところで、何見てるの?」
「大したものじゃない。家庭用ロボットの一覧だよ」
「珍しいもの見てるね。必要なら作ってあげるよ。態々この程度のもの買わなくても」
「いや、それがな――――――」
俺は事情を話す事にした。
以前受けた
「ふぅ~~~~ん。プレゼント、ねぇ」
何となく声が冷たく感じるのは気のせいだろうか?
いや、気のせいだろう。
口説く為に送る訳でも無いし、立場上、表立って報酬を受け取れないからプレゼントという形で渡すだけなんだ。
やましいところは何も無い。
「ところで、どんな物を考えているの?」
「1人暮らしらしいから、何か生活が楽になるような、お手伝いロボットでもあればと思ったんだけど、良いのが無くてな」
「なら、作ってあげようか? こんな低機能な奴じゃ、幾ら渡してもあの仕事には釣り合わないでしょ」
「そうなんだが、本人から“常識的な範囲内で”と釘を刺されているからな」
「“手作り”なら、常識的な範囲内でしょ」
―――ちなみこれは100%博士の善意。のはずが無かった。この瞬間、山田真耶は薙原を取り囲む有象無象の一人から、注意対象に格上げ。よって合法的(?)に監視する為に、お手伝いロボットに色々と機能を増設して送り込む気だった。まぁ、役に立つ限りは、警備機能も働かせてあげる気だったが・・・・・そんな黒い考え、薙原が気付くはずも無い。いや、博士が他人に興味を向けるということ事態が、既に想像の範囲外だった。―――
「そうか。悪いな、俺の我侭なのに」
「別に良いよ。たまにはそういう“遊び心”があるのを造るのも悪く無いから。外見の希望はある?」
思いの他乗り気の博士に、ついつい俺も遊び心を出してしまった。
「そうだな・・・・・ペンとメモ用紙、ある?」
「はいコレ」
パチンと指が鳴らされると、量子化されていたペンとメモ用紙が、淡い緑色の光と共に実体化。
まるで魔法使いみたいだ。
それはさておき、
「外見は―――――――」
ペンを走らせ書いたのは、ACユーザーならほぼ100%見た事があるはずのヘッドパーツ。
型式番号、H07-CRICKET。
と言っても分からない人は(ある意味)最も有名なレイヴン、ジャック・Oの愛機フォックス・アイのヘッドパーツだと言えば分かってくれるだろうか?
それに、『ドラ○もん』のような手足を付けてみた。『ド○えもん』のような手足を。大事な事なので二度言いました。
「―――――こんな感じで」
「・・・・・バケツに手足?」
「まぁ、確かにバケツ頭とは呼ばれていたな」
「ふふ、ああははははは。いいね。このデザイン。手作りっぽさ満点。手抜き感がたまらない」
お腹をかかえて笑う博士。
どうやらツボに入ったらしい。
「手を抜いた訳じゃないぞ。ちょっと好きなパーツだったから、つい遊び心でってやつだ」
「え? 好きなパーツ? これって元々兵器のパーツなの?」
「ネクストACの前身。ハイエンドノーマルって言われているタイプのACパーツだよ」
「へぇ、詳しく聞かせて」
「幾らでも」
意外な興味を示した博士に、俺は歴戦のレイヴン達が愛用した、数々のACについて話していった。
その中でフォックス・アイについても(機体イラスト付きで)話したんだが・・・・・それがまさか、あんなところで役に立つとは思わなかった。
が、それはまだ先の話。
修羅場は、話を終えた直後に来た。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
俺の携帯の着信音。
誰かと思い名前を確認。
―――更識楯無。
即行でコールを切って電源OFF。
にしようとして、横から伸びてきた綺麗な手がそれを押し止めた。
「ねぇ、今へんな名前が見えたんだけど、気のせいだよね?」
隣に座る博士が、携帯に手を伸ばしたおかげで身体が密着。
柔らかい感触がなんとも・・・・・と感じられる余裕は無かった。
気のせいか、いや気のせいじゃなく、物凄く声が冷たい。
何故だか怖くて横を向けない。
「あ、ああ。気のせいじゃないか」
と言いながら、努めて自然に携帯をポケットに仕舞おうとするが、博士が手放してくれない。
「ちょっと、見せてもらっても良い?」
言葉は丁寧で多分笑顔(怖くて振り向けない)だが、見せたらヤバイのは間違い無い。
背筋に冷や汗をダラダラ流しながら、表面上は努めて冷静に返事をする。
「俺の携帯なんて見ても楽しいものじゃない。それよりも――――――」
続く言葉を口にしようとしたその時、再び着信音。
音源は勿論、俺の携帯。
隠す間もなく、博士の視線が発信者名を捉えた。
「・・・・・更識楯無。ねぇ、ちょっと貸して」
返事をする間もなく携帯を奪われる。
そして、
「もしもし泥棒猫さん。何でこのアドレスを知ってるのかな?」
「あれ? 薙原君に連絡したつもりだったんだけど、何で兎さんに繋がるのかな?」
いきなり喧嘩腰だった。
「私は何で知ってるのって聞いたんだけど?」
「勿論、本人に教えてもらったからよ。私のアドレスと交換でね。ちなみにちゃんと合意の上よ」
「へぇ、合意の上なんだ。本当に? どうせ断れない状況に持ち込んだんでしょ」
「あら、100%合意の上よ。下手な小細工なんて一切してないわ」
「暗部に関わる人間の、そんな言葉を信じると思う?」
「信じる信じないは兎さんの勝手だけど、仮にこのアドレスを変えても、彼はまた、私に教えてくれるでしょうね。理由は――――――聡明な博士なら、お分かりですよね?」
携帯が、メキッと悲鳴を上げた。
「・・・・・・・・・・」
「お分かりになりませんか? それとも認めたくありませんか? ――――――確かに、貴女を護るだけなら私の協力なんて必要無いでしょうが、その他大勢は護れない。如何にNEXTと言えども、手の届かない場所の事はどうしようもない。だから、至って理性的な判断に基づいて、彼はアドレスを教えてくれたんですよ。そこに、博士が干渉する理由は――――――」
ここで俺は、博士から携帯を奪い取った。
「余り、俺の大事な人を困らせるな」
「大事な――――――まぁ、薙原君と兎さんがそういう関係なのは、今更よね」
「で、用件は何だ?」
「大した話じゃ無いんだけど、生徒会への参加要請」
「メリットが見当たらないな」
とりあえず断ってみる。
本当に誘う気があるなら、言わなくても色々と説明してくれるはずだ。
「あら? 大事な博士を苛められて判断力が鈍ったかしら? メリットが無いなんて、そんなはず無いわよ。メリットもデメリットも、もう薙原君の頭の中には出ているんでしょう? そして、今後を考えればメリットの方が遥かに大きい事も」
・・・・・やり辛い。
だが確かにメリットはあるだろう。
何せ、
普通の学校とは手がけるモノもケタも違う。
色々と学べる事も多いはず。
そして関わる人間も多いから、コネクションも作れるだろう。
ならデメリットは?
表だっては無いだろうが、気付けば更識の協力者と周囲に認識されていた・・・・・なんて事になりかねない。
一緒に生徒会活動なんてしていたら、尚更だろう。
「・・・・・素人さん。警戒心丸出しっていうのが、電話越しでもよく分かるわよ」
「お前みたいなの相手に、警戒するなという方が無理だろうに」
「でも貴方は乗るしか無い。博士以外の全てがどうでも良いと言うなら違うけど、貴方はそうじゃない。『人一人が出来る事なんて、たかが知れている』と言う貴方なら、他者との協力が不可欠なのが分からないはずが無い。違うかしら?」
「・・・・・全て、そっちの手の平か。分かった。だが生徒会には入らない。あくまで手伝うだけだ」
「あら、ボランティア? おねーさん嬉しいわ」
「言ってろ。これで報酬なんて要求したら、その後が怖い」
「よく分かってるじゃない。じゃぁ、これからよろしくね」
そうして電話が切れる直前、更識が笑った気がした。
勿論、気持ちの良いさわやかな笑みじゃなくて、黒幕が目的を達成した時のような勝利の笑みだ。
クソッ。本当に手の平で踊らされている。
これがプロか。
完璧にやり込められている自分に腹を立てていると、博士が寄りかかってきた。
「薙原・・・・・そんなに他人が大事?」
「有象無象のどうでも良い連中は沢山いる。でも、大事にしたいと思う奴らもいる」
「・・・・・私よりも?」
何て答えるべきだろうか?
一瞬考え――――――るまでもなく、口が動いていた。
「一番は博士だ。でも二番以下が無い訳じゃない」
「なら、今度から束って呼んで。いつまでも博士は、他人行儀だよ」
「分かった。―――た、束」
「うん。よろしい」
・・・・・と、これで終われば(ある意味)ハッピーだったんだが、最悪のタイミングで以前投げ込んだ火種が返ってきた。
それこそ、レギュ1.30バージョンのロケット砲並みの超火力で。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
再び、俺の携帯に着信音。
発信者は、
―――織斑一夏。
更識に渡したのとは別のアドレス。
お友達用アドレスの方だ。
これなら安心。
そう思って電話を取ると、あの野郎、いきなりとんでもない発言をかましてくれやがった。
「あっ、晶か?」
「ああ、そうだけど、どうした?」
「いや、一つ聞きたいんだけどさ。シャルロットに何か言った?」
隣で、束がピクリと動いた。
「え?」
「いや、だからさ、シャルロットに何か言ったのか? 教室にいる時から少し変だったけど、さっき会ったら物凄いニヤけててさ。何言っても聞いても上の空だし、時々身体クネクネしてるし、セシリアに聞いても分からないって言うし。別に心配しなくても良いのかもしれないけど、お前なら何か知ってるんじゃないかなと思ってさ」
ちょっ!?
今・・・・・今このタイミングその話ですか!?
あの話を、束がいるここでしろと!?
リアルに身の危険を感じた俺は、内心で一夏に謝りながら嘘をつく。
「・・・・・さぁ、と、特に覚えは無いな?」
「そうか。――――――あっシャルロットだ。おーーい」
「まっ、待て!! 後で話すから、ちょっと」
「あ、見間違いだった」
してやったりという声の一夏。
もしかして、ハメられた?
「そんだけ焦るって事は、やっぱり何か言ったんだな? 返事まで少~し間があったから、おかしいと思ったんだ。何言ったんだよ。もしかしてデートの約束とかか? 数少ない男仲間なんだ。隠すなよ」
聞こえてくる陽気な声とは裏腹に、隣からは、心底凍えそうなオーラを感じるのは気のせいだろうか?
いや、気のせいだろう。
オーラで人が凍えるなんてあるもんか。
幽霊がプラズマっていうくらい有り得ない現象だ。
そう、今凍えているのは、冷や汗のせいだ。そうに違いない。
「あ、あのな一夏。後で―――「いっくん。薙原は、今私とお話中だから、後でね」―――え?」
隣から伸びてきた手が俺から携帯を奪い取り、妙に優しい声でそう告げると、そのまま電源OFF。
そしてポイッと捨てられる。
「ねぇ薙原。今、いっくんに嘘をつこうとしたよね? どうしてかな?」
「そ、それはだな・・・・・」
な、何て言えば切り抜けられる。
必死に考えるが、言い訳を思いつく前に先手を打たれてしまった。
「いや、私はね、いっくんに嘘をつこうとした事に怒ってるんじゃないよ? ただ、その理由を知りたいなぁ~って。ホラ、私って科学者だから知りたがり屋さんなんだ。私の知的好奇心、満たしてくれるよね?」
俺に、しな垂れるように寄りかかりながらそんな事を言う。
女性特有の柔らかい感触が良い感じなんだが、笑顔だけど笑っていないってのが恐ろし過ぎる。
「・・・・・いや、それは・・・・・だな」
まて、やましい事は何もしていないはずだ。
なら堂々と言えば良いはずじゃないか。
だけど、今言ったら色々とアウトな気がする。
堂々巡りで暴走
ちなみに翌日の朝。
束の御機嫌絶好調。ついでにお肌がツヤツヤだった。
とだけ付け加えておこうと思う。
第27話に続く