インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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前々回の感想で「束博士のウサミミ、獣の眷属の人はどう思ってるんだろう?」という大事なネタがあったで回収。
そして第3回外宇宙ミッションはガチです。


第198話 第3回外宇宙ミッションの依頼(IS学園卒業2年目の5月)

  

 薙原晶がIS学園を卒業して2年目の5月。

 束とアラライルの会談に、新たな友人である“獣の眷族”から、スノー・テールが参加するようになっていた。

 種族名の通り獣の特徴を色濃く残す種族だが、基本は地球人類に極めて近い。

 空間ウインドウに映るスノーを例にするなら、地球人の感覚で言っても優し気で美しいと思える容姿に、長くクセの無い白髪をポニーテールにしている。だが頭部には地球人には決して無い、狐のような耳があった。また本人の後ろには、白く美しい毛に覆われた大きな尻尾が見えている。それでいて白と青を基調とした着物のような服を着ているという事は、骨格系はほぼ同じだろう。少なくとも以前直接対面した時に、地球人類と同じ腕二本足二本、手の指五本というのは確認しているので、細かい差異はあるかもしれないが、概ね同じと思って間違いない。――――――という事は生活様式も近いだろう。どんな暮らしをしているのだろうか? 会談中ではあるがついつい思いを膨らませていると、声をかけられた。

 

『――――――ところで束博士。ずっと気になっていたのですが、頭に着けているソレは何でしょうか? 地球人類の耳は顔の両横で、そこに感覚器は無かったと思うのですが』

 

 雑談が一段落したところでスノーが尋ねてきたので、束はトレードマークのウサミミヘアバンドを外しながら答えた。

 

『これは私が初めて作った小道具で、お気に入りなんです。だからずーーーーっと、色々アップデートして使い続けているんですよ』

『お気に入り、ですか?』

『はい。初めて作った時の機能は、今の私なら幾らでも小型化出来るのでこの形に拘る必要はないのですが、この形が気に入っているので、この形に詰め込める色々な機能を詰め込んで使っているんです。そちらにはありませんか? どうしても捨てられないお気に入りの物とか』

『なるほど。そういう事でしたか。てっきり、我らが種族の外見を真似ているのかと思いました』

 

 スノーは会談に参加するにあたり、当然のように地球の文化についてある程度は調べていた。資料の中にはバニーさん文化というのもあったので、もしそうだったら一言言ってやろうと思っていたのだが、どうやら違う理由だったらしい。

 なお全く違う理由で束はバニーさんも好きであったが、もし誤解されていたら地球文明の発展は年単位で遅れていたかもしれなかった。サラッと終わった話題であったが、実は結構危なかったのである。

 それを察してか、或いは偶然か、束は話題を変えた。スノーと初会談の時に出た、“獣の眷族”の領域にスターゲートを繋げる件だ*1。多くの文明にとっては、建造にも配置場所の選定にも多くの利害関係が絡み調整に時間の掛かる話だが、建造に必要な技術を全て個人で持っている篠ノ之束には関係ない。配置場所についても、既に月のハブ化という方針で動いている。アンサラー1機で維持できるスターゲートは3つなので、来月完成予定のアンサラー5号機を月の南極に投入出来たら、月の静止衛星軌道には計6つのスターゲートが配置される事になるだろう。それ以上に増やしていくなら配置場所をまた考えていかなければならないが、それはまた別の話だ。

 

『ところで話は変わりますが、そちらの領域とこちらをスターゲートで結ぶ件についてですが、良いでしょうか』

『はい。どうかしましたか?』

『来月………と言っては伝わり辛いですね。約720時間後には準備が完了しますので、スターゲートをそちらのどの辺りの宙域に配置するかを、そろそろ教えてもらえればと思いまして』

 

 この言葉に、スノーは驚きの表情を浮かべた。

 アラライルからある程度は聞いていたが、宇宙(そら)に出たばかりの文明の作業スピードではない。

 なので彼女は素直に認めた。

 

『もう少し時間が掛かるものと思っていましたが、これは驚きました。こちらは物流の調整が絡むので、そうですね。遅くとも720時間後にはお返事出来るでしょう』

『分かりました。あと、もしあるならで良いのですが、そちらに廃棄寸前の宇宙船とかはないでしょうか? あるなら購入したいのですが』

『そのような物を、どうするのですか?』

 

 首を傾げるスノーだが、アラライルの方はすぐに用途を思いついたようだった。

 

『ああ。なるほど。以前拾ってきた整備艦の試運転ですか?』

『はい。手配してくれたメカニックさん達と修理用パーツのお陰で、船の外装修理程度という本当に最低限ですが機能回復の目途が立ちました。なので今後は実際に船を修理しながら行っていった方が、カラードのメカニック達も学びやすいと思いまして』

 

 束と晶は以前、宇宙戦争のあった宙域から全長10キロメートルサイズの巨大な整備艦を持ち帰っていた。長方形が二つ並んでいるかのような双胴艦で、船体右側面には多数の弾痕が穿たれ、ブリッジがあったであろう場所は吹き飛び、船体後方にあった主機関は爆散していないのが不思議なほどボロボロという酷い有り様だったものだ。

 2人はそれを月近郊に置き、カラードのメカニック達に命じて修理させていた。束自身が行わないのはメカニックの育成という側面があるからだが、常識的に考えて出来る訳がない。使われている理論、求められるパーツの精度、要求される教育レベル、ありとあらゆるモノが桁違いなのだ。このため束はメカニック達に強化処置を行い、ある程度能力を向上させた上で、“首座の眷族”のアラライルに頼んで人員を派遣してもらい、学んでもらいながら行われていた。従って作業スピードは非常に遅かったが、代わりに一歩ずつ、着実に進められていた。それが、今の束の発言に繋がったのである。

 尤も比較的損傷の少ない船体左側の機能回復を優先させていたので、外見はボロボロのままで見栄えは非常に悪い。

 だが宇宙(そら)に出たばかりの人類にとっては大きな財産だろう。アラライル曰く「随分と古い整備艦」*2という事だが、今の地球文明に数百メートルもある宇宙船を格納して修理可能な、かつ汎用的に使える施設は無いのだ。それを考えればこの整備艦を使えるようになるメリットが、どれほどのものかが分かるだろう。

 

『そうですか。中古市場を見れば幾らでもあると思いますので、取り敢えずは10隻程度で良いですか?』

 

 購入の意向はスノーに伝えたものだが、アラライルが返答してきた。束としてはどちらから購入しても良かったので、そのまま話を続ける。

 

『はい。それで構いません』

『では適当に見繕って送っておきましょう』

『ありがとうございます』

『いえ、そちらに船を修理可能な場所があると、こちらの船乗りも安心して行けますので』

 

 アラライルの対応は、極々一般的な感性にもとづいたものだった。宇宙文明の船は無茶な使い方をしない限りそう簡単には故障しないが、それでも宇宙という過酷な環境では何があるか分からない。デブリや隕石との衝突。宇宙海賊からの攻撃。恒星の近くに行けば強烈なエネルギー波で焼かれる事もある。

 そんな時に外装だけとは言え修理可能というのは、大きな安心材料だろう。欲を言えば早くフレームや内装系も修理出来るようになって欲しいが、アラライルは言葉にしなかった。どうせ向こう(束博士)も同じ事を考えているからだ。人は派遣しているので、後は学習材料を渡しておけば勝手に学んでいってくれるだろう。

 ここで、スノーが口を開いた。

 

『………ところで束博士。修理した船の使い道は決まっているのですか?』

『まだハッキリとは決めていませんが、今各国や企業が宇宙船の技術を修得しようと色々研究していますので、そちらに回そうかと』

『そうですか。もしそちらが良ければ、修理した船を使ってパイロットの育成をしませんか? そちらでも将来を見据えて教育機関を集めたコロニーを作り始めている*3ようですが、教育内容については手探りでしょう。こちらには教員役を派遣する用意があります。無論居住環境の問題からオンラインが主になると思いますが、手探りで行うよりもずっと効率的に育成できるかと』

『こちらとしては有り難いのですが、理由を聞いても良いでしょうか。正直、そこまで好意的にしてもらえる理由が思い当たらないので』

 

 するとスノーはにっこりと笑いながら答えた。

 

『おや、本当に思い当たりませんか? こちらはそちらに、正確にはカラードの潜行戦隊に、少なく見積もっても1億人規模の被害が出そうだったところ*4を助けられているのですよ。何かしらの方法で返したいと思うのは当然でしょう。それに幸いな事に我々の身体構造と地球人の身体構造は似ていますので、内部構造、操作系の配置、流用可能な部分は多くあるでしょう』

『そういう事でしたら、派遣をお願いしてもいいですか』

『はい』

 

 良い面が強調されたやり取りだが、当然ながら100%善意のみ、という訳ではない。パイロットの育成に絡むという事は、多くのルールや工業規格を共用するという事であり、必然的に市場となる可能性が生まれてくる。地球の現状を考えれば今後活動範囲は拡大していくだろうから、有力な市場になるだろう。つまり将来を見据えた一手だ。

 そしてこの提案は、アラライルにとっても好都合であった。市場という意味でもだが、より直接的にカラードの外宇宙展開能力が向上するという意味でだ。何故ならカラードの潜行戦隊は外宇宙ミッションに対応できる精鋭だが、精鋭だけに数が少ない。1隻1戦隊で“たった”3戦隊しかいないのだ。しかも主たる任務が地球文明圏の巡回任務なので、スターゲートが開通する程に巡回先が増えて引っ張り出すのが難しくなる。だがパイロットと船が増えて巡回任務を肩代わりしてくれれば、あの精鋭を銀河辺境の平和に役立てる事ができる。

 従って続いて放たれたアラライルの言葉も必然であった。

 

『ではこちらも人を出しましょう。ある程度人数がいた方が、教育効果も見込めるでしょうから』

 

 束は申し出の理由をほぼ正確に推測していたが、断りはしなかった。状況的に有り難いのは事実であるし、市場となるにしても品物が無制限に流入しないように、カラード側である程度コントロールできるからだ。引っ張り出そうという意図については………まぁ、状況を見ながら上手く対応していくしかないだろう。

 

『アラライルさんまで、ありがとうございます』

『いえいえ。大した事ではありません。頑張ろうとしている人が頑張れるように手助けするだけの事です』

 

 こうして新しい友人を交えた会談は平穏無事に進み、何ら問題無く終わったのだが―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ―――1週間後、何の前触れも無く事態が動いた。束の眼前には2枚の空間ウインドウが展開され、それぞれにアラライルとスノーが映し出されている。因みに晶はいつも通り、束の斜め後方に立って聞きに徹していた。

 

『単刀直入に言おう。ミッションを依頼したい』

『随分と急なお話ですね。何か起きたのですか?』

 

 秘匿回線を使っての前置きすらない言葉に、束は緊急案件と察したが敢えてゆっくりとした口調で尋ねた。どんな依頼であるにせよ、受ける受けないの判断をするにあたって焦って良い事など何一つないからだ。可能性の検証を怠れば、その不始末は自身に返ってくるだろう。

 

『正確に言えば、依頼するのは私ではない。スノー・テールの方からだ。今回の私は仲介役に過ぎない。恐らく知り合ったばかりの彼女が依頼しても、貴女は受けないだろうからね』

『なるほど。では受ける受けないは別として、一応話は聞きましょう』

 

 すると束の眼前に新たな空間ウインドウが展開され、依頼内容が表示された。カラードで使われている書類形式になっているのは、アラライルが渡したからだろう。

 

                                

 ―――依頼内容―――

 

 依頼主:スノー・テール

  あなた方は以前FBN504115に存在していた違法薬物生成施設から、

  我が文明のエージェントを救出してくれました。*5

  そのお陰で調査が進み、複数の拠点に分散保管されている情報を

  繋ぎ合わせる事で、隠されている大規模拠点の座標が分かる事が

  突き止められました。

  このため各方面で部隊を展開させていますが、警戒網に不審な

  艦影が頻繁に見え隠れしています。

  恐らく展開中の部隊を後方から狙う為の下準備、偵察でしょう。

  探知頻度や確認された艦種、その他様々な情報を分析した結果、

  複数の宙域が偵察拠点となっている可能性が浮上しました。

  こちら側から偵察部隊を出しても良いのですが、相手もこちらの

  動向には注意を払っています。何かあればすぐに偵察拠点を変え

  てしまい、再補足が難しくなってしまうでしょう。

  なのでこちらは間違った分析に基づいて間違った宙域を偵察して

  いるように見せかけます。その間に、恐らく相手が注意を払って

  いないあなた方に偵察をして欲しく思います。

  可能な限り、奴らの動きを暴いて下さい。

  色良い返事を期待しています。

  

 期限

  受託期限:即時

  活動期間:地球時間で約168時間(約1週間)

  

 成功報酬

  1000万IK+追加報酬

  

 追加報酬条件

  他の拠点や犯罪者に繋がる情報。

  或いは有力と思われる何らかの情報や物証。

                                

 備考1

  添付情報1:偵察拠点と思われる複数の宙域の情報

                                

 ―――依頼内容―――

 

 

 束は依頼情報にさっと目を通した後に言った。

 

『まだ受けた訳でもないのに怪しい宙域の情報を開示するなんて、随分信用してくれているのですね。こちらが漏らすとは考えなかったのですか?』

『無駄な時間を省くためです』

 

 アラライルが答えた。

 実のところ相談したスノーは当初、情報漏洩を心配して開示する内容は依頼する為に必要な最小限、という方針だったのだ。しかし束と晶の活動―――イクリプスによる海賊狩り―――を知るアラライルが、情報漏洩の心配は無いと言って多くの情報を開示させていた。むしろ下手に隠そうとしたり腹芸で上手く扱おうと考える程に動いてくれなくなる。良くも悪くも契約に重きが置かれていると、これまでの付き合いから知っていたからだ。

 

『なるほど。こちらの事を分かってくれているようで嬉しいです』

『で、返答はどうかね?』

 

 束は斜め後方に立っていた晶に声をかけた。

 

『どう?』

 

 晶は少しばかり考えた。出来る出来ないで言えば出来るだが、それ以前に気になる事があったからだ。というのも注目されていて動きを察知され易いから、注目されていない別勢力を使う事で、相手に現状を誤認させようという考えは理解できる。見当違いのところを偵察しているように見せるのも、情報戦の一手としてはアリだ。それで相手が偵察されていないと思ってくれれば、或いは対応が遅いと思ってくれれば、隙を突き易くなるからだ。

 しかし、だ。偵察というのは人でいうところの目であり耳だ。持ち帰る情報によって作戦全体の方向性が決定づけられる重要な仕事なのだ。それを、こちらに任せる? 余力が無いなら選択肢の1つだが、そんな状態では無いだろう。“獣の眷族”の国力がどの程度かは分からないが、仮にもランクA文明なのだ。では何が考えられるか? 簡単だ。こちらの行動を隠れ蓑として、何か別の一手を、もしかしたら複数の手を潜ませているのだろう。

 ここまで考えた晶は、ふと別の可能性に気付いた。大量の情報を捌く為に思考加速ON。スターゲートMAPと銀河系の勢力図を脳内に思い浮かべて確認してみる。偵察して欲しいと指定された宙域は、いずれも“獣の眷族”の領域の外縁部。その中の幾つかは、複数のランクB文明と接している。争いばかりの地球人からしてみれば、色々な問題がありそう―――起こし易そう―――な場所だ。だがそうでない場合もあるだろう。何か補足情報が欲しい。何か無いか? あった。以前宇宙犯罪の研究用にもらった統計データ。該当地域の件数をピックアップ。やはり犯罪件数の多い場所が多い。という事は治安が悪い。何か不都合なものを隠すには打って付けだろう。つまり偵察拠点を隠すという意味でも使える訳で、そういう意味で依頼に整合性はある。言葉にされた訳ではないが、他文明との境界が近くて自軍戦力を展開させ辛いのもあるだろう。偵察用の艦船を境界間際で動かすなど、相手にしてみれば領域内への偵察行動にしか見えないからだ。政治的には厄ネタ以外の何物でもない。そういう所に、金で動かせる戦力を投入しようという考えは理解できる。何かあればトカゲの尻尾切りで済むからだ。

 実際にやられた場合の報復の方法は、取り合えず横に置いておいて考え続ける。

 隣接している文明が違法組織をバックアップしている可能性は当然あるだろうが、“獣の眷族”内部の反社会的な組織がバックアップしている可能性も考慮すべきだろう。ではそれらを踏まえて、こちらはどう行動するべきだろうか? 無論、断るのも選択肢の1つだ。全ては命あっての物種なのだ。しかしこの依頼を受ける事で仲間達が、“誰かを助ける為に働いた”或いは“何らかの役に立った”という自負が持てるならアリだろう。付いて来てくれている仲間達には、輝かしい道を歩かせてやりたいのだ。

 そのまま思考加速状態で考え続けた晶は、更に別の可能性にも思い至った。しかし相手の内情に関する事なので、伝える必要は無いだろう。お節介を焼くような関係でもないし、今の関係性で伝えたところで内政干渉と思われるだけだからだ。なので、話せる部分のみ話していく。

 

『スノーさん。確認なのですが、今回の依頼は相手の動きを暴く事が目的であって殲滅ではない、という認識で構いませんか?』

『構いません』

『なら、用意して欲しいものがあります』

『なんでしょうか?』

『エネルギーシールドとアクティブセンサー装備を山盛りにした速力重視の中古船を………そうですね。10隻程度。武装は無くても構いません。というか、付けないで下さい』

 

 これにスノーは、理解できないという表情を浮かべて言った。

 

『そんなもので大々的に偵察を行えば、行動を暴くどころか相手はすぐに逃げてしまいます。依頼放棄に等しい行いだと思いますが』

『良いんですよ。逃げてくれて。むしろこちらとしては、そちらが意図的にとある可能性に目を瞑っているとすら考えています』

『それは?』

『隣接しているいずれかの文明、或いは“獣の眷族”内部の反社会的な組織が、違法組織をバックアップしている可能性。だってそうじゃないですか。指定されている宙域の中には、複数の文明の境界が隣接するデリケートな宙域があります。統計データによれば犯罪件数もそれなりに多い。そんな場所に偵察拠点を構えるなんて、何処かのバックアップがあると言っているようなものです。逆に無いなら、それだけの組織力を持っているところだということ。ハッキリ言ってしまえば、末端の行動を暴いたところで意味はありません。すぐに対処されるだけです。やるなら盤面ごとひっくり返して、相手の行動を強制的に変えさせてやらないといけない』

 

 争いというのは、相手が嫌がる事をやり続けた者が勝つのだ。だから相手が用意したテーブルに乗ってやる必要などない。盤面ごとひっくり返して、こちらが用意したテーブルに乗ってもらう。

 そして晶の言葉に、アラライルが笑い始めた。

 

『く、くく、アハハハハハハハ、そうだな。その通りだ。流石は束博士のパートナー。あの依頼内容から、そこまで読むか。そして、どうかねスノーくん。言った通りだろう。こと争うという一点において、地球人は宇宙文明の者に決して劣るものではない。むしろ戦術や戦略、相手を仕留めるという闘争心においては特筆に値すると言っていい。そして今君が相手にしている2人は、契約を非常に重要視している人間だ。目論み通りに動いて欲しいなら、依頼内容については一考する事をおすすめするよ』

 

 この言葉に束と晶は、揃って小さく溜め息をついた。

 裏事情の一切存在しない依頼など稀有だが、こうまで明け透けに言われると怒る気も失せる。だがそれはそれとして、言っておく必要はあるだろう。晶が口を開いた。

 

『アラライルさん。依頼における虚偽は、こちらが最も嫌う事だと知っているでしょう』

『虚偽では無いのだよ。正確に言えば今後公式文章という扱いになりかねないカラードへの依頼用紙に、文章として残す訳にはいかなかった、という訳だ。何かしらの情報を得るにしても、あくまで依頼の最中に、偶発的に得たという形にしたかったのでね。――――――で、裏話の暴露も済んだところで、本題に戻そうか。どうかね?』

 

 アラライルの視線が晶を捉える。彼はこれまで、悪く言えば薙原晶を束博士の付属物として見ていた。ある程度価値を見出してはいたが、あくまで束博士の付属物だ。しかし今この瞬間、意見を求めるに足る相手と認めたのだ。

 

『どうも何も、スノーさんの意思次第でしょう。当初の依頼通りなら、こちらは依頼通りにしか動きません。ただ言わせてもらうなら、その場合の大規模拠点攻略は失敗するでしょうね。純軍事的な意味でか、或いは何かしらの横槍かは分かりませんが』

『ついでだ。失敗にはどんなケースが考えられるかね?』

 

 アラライルが楽しそうな表情で尋ねてきた。

 

『そこまで言う必要がありますか? そこを想定するのはスノーさんの役割でしょう』

 

 突き放す晶だが、返答は物語の続きをせがむ子供のようだった。

 

『ついでだと言っただろう。どんな悪辣な手段が出てくるかと、私は楽しみにしているのだがね』

 

 だが晶は突っぱねた。

 

『申し訳ありません。暴力はこちらにとって商品でして。ただまぁ、せっかくの新しい友人なので、少しだけお話します。ただしそちらの社会体形がどうなっているのかまでは知りませんし、何かしらの決断は人が下しているもの、という前提でお話します。――――――大規模拠点攻略作戦の現場指揮官に予定されている者と、今回の件に関わっている上層部、政治家が関わっているなら政治家もですが、本人と家族の周囲を洗ってみてはどうでしょう。無論、やるやらないはそちらの自由です。ただ結果は今回提示された依頼内容に関わってくると思いますので、この件については保留という事にしておきます』

 

 スノーが何かを言う前に、束が口を開いた。

 

『晶、サービスし過ぎじゃない?』

『サービスというか、先行投資かな』

『信用できるかも分からないのに?』

 

 晶はニッコリとした、胡散臭い事この上ない笑顔を浮かべながら言った。

 

『アラライルさんの仲介なんだ。信用出来るに決まってるじゃないか』

 

 この会話の裏側で、コアネットワークを使いヒソヒソ話を始める。

 

(色々考えたんだけどさ。分かり易いところで言えば、そうだな。依頼の文面と渡された情報を見てどう思った)

(え、怪しいでしょ)

(分かってるじゃないか。突っ込みどころ満載だ。でも、こちらを騙すつもりなら状況設定が甘過ぎる。もっと言ってしまえば、宇宙(そら)に出たばかりの地球文明に対する依頼としては規模が大き過ぎる。ある程度の情報はアラライルさんから伝わっているにせよ、こっちの広域探査能力なんて、ランクA文明からしたら高が知れている程度と判断するのが普通だろう。にも関わらず、表向きとは言え偵察という重要な仕事を任せようとしている。リスク管理を考えれば絶対におかしい。でも依頼が出されるって事は、何かしらの理由があるはず。じゃあその理由は何か? こちらを騙して得られるメリットが無いとは言わないが、出されている情報から考えるとどうにも違和感が拭えない)

(だよねぇ。で、晶はどう考えたの?)

(こちらの理由じゃなくて、向こうの、もっと言ってしまえばスノーさんの状況を推測してみた)

(どういうこと?)

(スノーさんが特使としてこっちに来た時*6、スターゲートの話をしただろ。月と“獣の眷族”の領域をスターゲートで繋ぐって。あれが提案された理由って、間違いなく月に“首座の眷族”の領域に通じるスターゲートがあるからだろ。そして“獣の眷族”全体として見れば、あの提案が実現した時のメリットは大きいだろうって予測が立つ。“首座”と言われるくらいに進んでいる文明と、簡単に行き来できるルートが増えるんだからな。でもさ、困る奴も絶対にいると思うんだ。もしくはもっと単純に出世レースで先を行かれそうだから潰しておきたいとか。人が集まって組織になっているなら、彼女を排除したいという思惑があっても不思議じゃない)

(スノーさん本人の能力とは関係無く、こういう依頼を出すように圧力がかかった、という事かな?)

(圧力か誘導かは分からないけど、可能性としてはあるんじゃないかな)

(なるほどね。うん。それならこの違和感満載な依頼内容も理解できる。そして腹立たしいね。推測が本当だった場合、この私達を利用しようっていう訳だ。新しい友人が出来て、さぁこれから進んで行こうっていう時に、自分達の都合で汚そうという訳だね。スノーさんを叩くだけじゃない。私達をこういう風に使うって事は、失敗の原因として追求して責任を被せる準備も出来ているだろうね。――――――ああぁ、なんて腹立たしい)

(落ち着け。あくまで推測だ)

 

 晶は伝わってきた声に、怒気が孕んでいたのを感じた。束にしてみれば当然だろう。もし推測が正しかった場合、宇宙進出が俗物に汚された、という形になるからだ。だからこの後の台詞は、ある意味で必然だった。

 

(うん。決めた)

(なにを?)

(大規模拠点攻略作戦は、何があろうと成功させる。いや、この言い方は正しくないね。スノー・テールさんが、私達に仕事を依頼したから、その後の作戦も上手くいった、そういう結末に捻じ曲げる)

(いや、だから落ち着けって。もう一回言うが、俺のはあくまで推測だぞ)

(うん。分かってるよ。だから、1つ1つ情報を集めて、精査して、推測が間違っていた事を証明しないと。大事でしょ証明は)

 

 今の言葉を意訳すると、依頼で求められている以上に介入してやれるところまでやる、という意味だ。勿論、あらゆる意味で相手の被害は考慮されない。が、それはそれとして、もう1つ考えておかなければならない事があった。

 

(なぁ束。裏がありそうってのと関係するんだけどさ、アラライルさんは何処まで考えて、或いは知っていて仲介してきたと思う? これまでのあの人の行動を見ていると、あっさり騙されて利用されるようなタイプじゃないと思うんだが)

(そうだね。う~ん。推測でしかないけど、スノーさんの周囲が怪しい、嵌められようとしている、被害者になりそう、辺りまで予測していて、今後を考えて掃除かな? 恩を売るというのもありそうだけど。まぁどちらにしても善意だけじゃないだろうね。あの人、善人寄りだけど善人じゃないだろうし、利益はしっかりと取りに行くだろうから)

(その辺りが妥当な線か)

 

 2人はここまで話したところで、コアネットワークでのヒソヒソ話を終えた。思考加速状態だったので、現実時間では刹那の間だ。

 そして晶の信用出来るに決まっているという言葉に、アラライルが苦笑いを浮かべながら言った。

 

『そんな事を言って良いのかね? おかしな者を紹介するかもしれませんよ』

『その時はその時です。現時点では、というだけの話ですから』

『言うではないか』

 

 スノーはアラライルと晶の会話を聞きながら、指摘された事について考えていた。

 末端の行動を暴いたところで意味はない。相手の行動を変えさせる必要がある。大規模拠点攻略失敗の可能性。内部に相手の手が及んでいる可能性。偵察拠点として浮上した宙域の地理的特性や自分に命令が下った経緯を考えれば、有り得ない話ではない。だが驚くべきは戦術レベルの依頼をしたら、その場で戦略レベルの返答が返ってきたことだ。この男には何が見えているのだろうか?

 暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

 意図的に、上位にある者が下位にある者を見下すように、腕を組んで答える。

 

『………考え過ぎでしょう。なので保留にはしません。依頼内容、条件、全てこのままで依頼します』

 

 ただし、組まれた腕の指が動いていた。トン、トン、トトン、トン。極めて原始的な手信号。地球文明の者と話すにあたり、事前に調べていたからこそ分かる古い古い通信手段。意味は、分かりました。言葉にしなかった理由は、秘匿通信は盗聴の可能性こそ無いが、味方の機密情報にアクセス可能な者から情報開示を要求された場合は、開示しなければならないからだ。そして言葉にしてしまえば決定的証拠となってしまうが、腕を組んで指を動かしただけなら、幾らでも言い訳はきく。それが辺境文明の古い手信号と一致していたとしても、単なる偶然として処理できる。

 

『そうですか。これは出過ぎた真似をしました』

『いいえ。友人に心配されて気分を害する者はいないでしょう。何か気になる事があれば、今後も教えて下さい』

『そう言って貰えると幸いです。――――――束』

『いいよ。依頼を受託します。結果を、楽しみにしていて下さいね』

 

 スノーは知らない。アラライルも知らない。“天才”が“天災”と恐れられた由縁を。個人ですら余りの理不尽さから“天災”と言われた彼女の元に今いるのは、“最強の単体戦力”であり、多数の専用機持ちであり、極めて高いステルス性を持つ潜行戦隊だ。

 もしかしたら謀略など無いかもしれない。単なる思い過ごしかもしれない。だが彼女は今回の一件を怪しいと思った。世界の裏側に潜んだ時に嫌と言う程感じた謀略の匂いだ。

 良いだろう。見知らぬ誰か。こちらの進む道を汚そうというなら、受けて立とう。

 束の中のスイッチが、カチリと入ったのだった。

 

 

 

 第199話に続く

 

 

 

*1
第196話にて。

*2
第193話にて発言。

*3
第192話にて。

*4
第2回外宇宙ミッションにて。

*5
FBN504115は第1回外宇宙ミッションの舞台。第183話~第184話にて。

*6
第196話にて。




書き始める前はフツーのミッションにしようと思っていましたが、書き始めたらガチミッションになりました。
AC的に言うなら所謂分岐ミッション。
さて、どうなりますやら。グフフフフフフフフ。

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