インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ミッションはアッサリ風味となりましたが、背景情報が怪しい………。


第190話 第2回外宇宙ミッションの結果

  

 結論から言えば、銀河辺境の有人惑星フィスフィリスで行われた気象コントロールミッションは何ら問題無く終了した。

 正体不明の襲撃者もなく、艦や機体のトラブルがあった訳でもなく、参加したメンバー各々が持てる力を十全に発揮して無事ミッションを終了させた。日頃から行われている厳しい訓練がしっかり身に付いていた、という事だろう。

 そして得たものも大きかった。統一通貨で10億IK*1という巨額の報酬もだが、カラードが気象コントロールという極めて専門性の高い分野にも対応可能だと、他文明にアピールできたのは非常に大きかった。

 少しでも目端の利く者なら分かるだろう。一定以上の暴力も十分に専門分野だが、気象コントロールはその比ではない。まして気象状況というのは惑星によって全く異なるのだ。極めて難易度の高いミッションと言えるだろう。であるにも関わらず、元々稼働していた気象コントロール装置が修理されるまで、惑星環境を崩す事なくコントロールしてのけた。

 更に言えば、今回は今後を見据えて少しばかりサービスが行われていた。依頼内容的に救難事案が多発していると思われたので、レスキュー部門からチームCharley(一夏・箒・鈴)を同行させていたのだ。宇宙という過酷な環境で使用される事が前提のISには、生物にとって有害なあらゆる物をシャットアウトする強力無比な環境耐性がある。仮にインフラの損壊で有害物質等が漏れ出ていたとしても何ら問題無い。加えて言えばセンサー系も優秀であり、兵器でもあるため障害物排除もお手の物だ。ISがレスキューに使われれば、どれ程の力となるかは言うまでも無いだろう。

 またチームCharley程ではないが、空間潜行艦アリコーンに搭載されている無人艦載機(F/A37 ストレガ×12)無人パワードスーツ(1個大隊=36機)、無人型ガンヘッドも相応の活躍を見せていた。無人パワードスーツや無人ガンヘッドはIS程の性能を必要としない場面で救助に使われ、無人艦載機は広域の被害調査に使われ、派遣された星の救助活動に大いに貢献してきたのだった。

 そして派遣チームが帰還した後、束とアラライルはいつものオープン回線で話をしていた。

 

『今回の一件は助かりました。流石ですね』

『ありがとうございます。派遣メンバーが随分と頑張ってくれました。ところで、ご友人は大丈夫でしたか?』

『ええ。素早く対応してくれたお陰で、被害は最小限で済んだと言っていました。あと、今後とも宜しくお願いします、とも言ってましたね』

『あら、ではまた依頼があるかもしれないという事ですね』

『かもしれない、ではなくあるでしょう。あれだけの結果を見せたのですから』

 

 実を言うとミッションを依頼したアラライルは、“予測された被害をある程度軽減できた”程度の結果を予測していた。何故なら有人惑星フィスフィリスで使われていた気象コントロール装置は、地上に設置された8つの装置をリンクして稼働させ、常時惑星全体の気象をコントロールするかなり大掛かりなタイプだ。必然的にISの出力とは桁違いなため、コントロールされる範囲は限定的で被害も――――――という予測だったのだが、カラードはそれを見事に覆した。

 

(本当に、まさかというべきだろうな)

 

 アラライルは部下が上げてきたミッションレポートを思い出しながら思った。

 今回の一件は8つある装置の内1つが故障した事が原因だが、普通なら1個故障した程度で気象コントロールが大きく乱れたりはしない。他の7つがカバーする設計であるし、他にも何十何百という安全装置が施されているからだ。だが、今回は狂った。乱れた等と言う表現では生温い。対処が遅れた場合のシミュレーション結果は、多くの入植者がいる地域で風速1000m/sという破滅的なものであった。

 この結果はカラードにも伝えていたので、ISという人間サイズの一個体と地上固定型の巨大な気象コントロール装置との出力差を考えれば、装置は即時破壊した上で応急的な気象コントロールを行い、先んじて手配されていた機材と人員が到着したら本格的な復旧作業を引き継ぐ、というのが最も被害の少ない方法だろう。だが、カラードが選んだ方法は違っていた。

 流石は軍事企業と言うべきか、疑っていたのだ。多くの安全装置がある装置が故障した、という情報から。ミッションレポートに添付されていた、現地政府と派遣部隊の会話ログを思い出す。

 

『私達は故障と聞いて来ましたが、現状を見るに工作の疑いが強いように思えます。そちらが許可してくれるなら、部隊を気象コントロール装置内部に侵入させ、内部状況を確認したいと思うのですが』

『何かしらの工作があったとして、君達に修理する事ができるのかね?』

『こちらにその技術はありません。なのであくまで内部に侵入してリアルタイム映像を流して、そちらで工作ないし故障個所を判断して頂く形になります。勿論、この星にとって大事な装置である事は理解しているつもりなので、これはあくまで提案です。部外者を入れたくない、信用できないというのであれば、こちらは被害を最小化する為に故障している装置を破壊した上で、すぐに応急的な気象コントロールを開始します。ただしその場合、もしかしたら在るかもしれない工作の証拠も一緒に木端微塵ですが』

『………内部状況は、確実にリアルタイムで流してくれるのだな?』

『勿論です。この回線をこのまま使用しても構いませんか?』

『問題無い。そして応急的な気象コントロールも同時進行で行えるのだな?』

『はい』

『分かった。やって欲しい』

『分かりました。――――――みんな、聞いてたね!! 始めるよ!!』

 

 ミッションレポートに記載されている故障した気象コントロール装置近郊の状況は、風速500m/sを超え更に成長中であると同時に、戦闘艦のエネルギー兵器に匹敵する程に発達した雷雲に包まれていた、とある。またそれにより、現地政府が動員可能な艦艇では接近に多大な危険が伴う、とも。

 つまり普通に考えれば、カラードの提案は自殺行為と同義だ。しかし現実は違っていた。

 IS部隊はヴァンガード・オーバードブースト(VOB)と呼ばれる外付け大型ブースターを使用して、暴風圏を強引に切り裂き、かつ危険な雷雲を最短最速で突っ切って気象コントロール装置に到達していた。そして内部は数百度の高温と電磁波が荒れ狂う生身の人間では決して活動できない状況になっていたが、ISには関係なかった。この調査により、予期せぬカードが手に入ったのは幸運と言えるだろう。

 そして同時進行で行われていたカラードの気象コントロールはスマートであった。報告内容が非常に専門的かつ高度だったので部下にかみ砕いて説明させたところ、暴走状態にある装置によって引き起こされた異常気象をある種の力場として考えるなら、相殺ではなく分散や受け流す形で力を利用していたのだという。そのようにした理由は極々単純で、純粋な出力勝負ではISに勝ち目が無いから。ただし、部下はこうも言っていた。この方法は刻々と変化する異常気象を逆算していく膨大な演算が必要となるので、恐らく何らかのバックアップを受けているはずだと。可能性が高いのは母艦(アリコーン)からの演算バックアップだろう。また気象コントロール用ISの機体データが不明なので推測になるが、パイロットには機体に搭載されている気象コントロール用装置を、オーバーロード寸前、或いは意図的にオーバーロードさせた限界領域でコントロールする技量が求められるだろう、と。単純に装置を破壊して応急的な気象コントロールをするより遥かに難易度の高いミッションだが、カラードはやり切った。先んじて手配されていた機材と人員が到着するまでの時間を稼ぎ、無事ミッションを終了させたのだ。

 加えて言えば派遣されたチームが救助活動に手を貸した上で、終始抑制的な対応だったのも良い。完全に契約外の行動だが、外交においてこの手の気遣いというのは中々無視できない要因なのだ。ましてこれから宇宙(そら)に加わろうという幼い文明にされたとあっては、友人のいる文明は面子を保つ為にも、分かり易い形で「いつぞやの借りは返したぞ」という行動を取るだろう。

 

 ―――閑話休題。

 

 アラライルが穏やかな笑みを浮かべていると、束が答えた。

 

『随分と高い評価をありがとうございます』

『正当な評価でしょう。今回の一件では、少なく見積もっても1億人程度は救われているのですから』

 

 ここでアラライルは、この配信を見ている地球人に少しばかりサービスした。今回カラードが派遣された、銀河辺境の有人惑星フィスフィリスの都市映像を流したのだ。

 そしてその光景は、人類が想像した古き良きSFの世界がそのまま現実になったような世界だった。高度数千メートルに達する超巨大アーコロジーが立ち並び、エアカーが自動車のように使われ往来している。生活している者達がいる別惑星・別文明の映像だ。かなりの望遠映像なので個人の顔が分かるようなものではないが、都市の雰囲気は分かるだろう。因みにこれで、“辺境”なのだ。

 暫しの間をおいて、アラライルは続けた。

 

『もし対処が遅れていたら、これらアーコロジー群に住んでいる人々の被害は想像を絶するものになっていたでしょう。壊滅とまでは言いませんが、復旧にかなりの労力を要する事態になっていたのは間違いありません』

『そのような事態にならなくて、本当に良かったです』

 

 束が答えた後、アラライルが話題を変えた。

 

『そう言えば、今回のクライアントから言伝がありました』

『なんでしょうか?』

『スターゲートが開通したら特使を派遣すると言ってました。内容までは聞いていませんが、恐らく今回の件の礼でしょう』

『特使とは、また随分と評価してくれたのですね』

『先程も言いましたが、あれだけの結果です。予測された損害に対して極めて軽微な損害ですんだので、直接礼を言いたいのでしょう』

 

 勿論、文明間の政治がそんな感情論で動くはずもない。地球文明はこれから宇宙(そら)に加わろうという幼い文明だが、関係を繋いでおくに足るメリットがある、という判断からだった。束も特使派遣の背景は容易に推測でき、基本的には受けたかったのだが、別の理由から少しばかり消極的な返答となっていた。

 

『それは嬉しいのですが、少々困りましたね』

『どうしたのですか?』

『いえ、特使を迎えるとなれば相応の設備が必要になると思うのですが、地球にはそういう事に対応できる設備がまだ無いので』

 

 加えて言えば、スターゲートの開通まで2週間を切っている。かなり、相当に頑張れば宇宙人が泊まれる施設は出来るかもしれないが、特使を迎えるに相応しい施設ができるとは思えない。

 そしてこれは、アラライルにとって予想外の返答だった。地球の現状を考えれば予測されて当然だったのだが、カラードが余りにも見事に依頼を遂行してくれたので、殆ど無意識のうちに大丈夫だろうと思い込んでいたのだ。

 

『それは、確かにそうですね』

 

 が、アラライルはすぐに代案を思いついた。在るではないか。地球製で非常に見栄えが良くて頑丈で安全という実績のある物が。何せ戦闘艦50隻の集中砲火を無傷で凌いだ上で、相手を瞬殺してのけた代物だ。辺境でアレ以上を望むのは、流石に酷だろう。

 

『私と貴女が会談に使った場所はどうでしょうか? クリスタルドームに包まれたあの場所なら、特使を迎えても問題無いと思うのですが』

『アレですか?』

『ええ。アレです』

 

 束は少しばかり考えを巡らせた。

 アラライルとの初めての会談で使ったアレは、自身の専用IS“エクシード”*2のオプションパーツとして作ったものだ。完全な外部オプションで展開前はトランクケース程の大きさだが、展開すると直径100メートルほどの半球状の土台が出現し、その上にガラスのように透き通った半球状のドームが構築される。中は純白のタイルが敷き詰められ、中央にはドームと同じように透き通った素材のテーブルと椅子が設置されるようになっていた。重力制御も完備され、中に充填する大気組成もかなり自由に弄れる。

 確かに、悪くないかもしれない。迎えるならお茶の一杯でも出したいところだが、下手なものを出して関係が拗れても面倒だ。何か口にしたいなら、自分達で持ってきてもらおう。

 束が考えを伝えると、アラライルは答えた。

 

『分かりました。伝えておきましょう。ところでアレは、何と呼べばいいのですか? 正式名称があるなら、その名称で相手に伝えたいのですが』

『そんなに使う気も無かったので、安直に“クリスタルルーム”と呼んでいます』

『地球には“名は体を表す”という言葉があるようですが、そのままですね』

『はい』

 

 この後2人は宇宙文明の簡単な、それでいて穏便な話題で少々の時間を雑談して、会談は終了したのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 束とアラライルの会談は穏便かつ前向きなもので何ら問題のある内容ではなかったが、その配信を見ていた地球人が受けた衝撃は非常に大きかった。

 何せ内容が内容だ。数年前までならベタなSF作品の中にしか無いような話なのだ。それを地球人が成したというだけでなく、実際に評価されているとなれば、驚かない者はいないだろう。また違法施設の破壊がメインだった第1回外宇宙ミッションとは違い、救援がメインの今回(第2回)は一般市民受けも良かった。公表されていない背景情報に不穏な点はあるが、少なくとも表向きは最低1億人を異常気象から救い、スターゲート開通後には特使が訪れて感謝の意を示すだろうという内容なのだ。

 一般市民やメディアが騒がない訳がない。だからこそ、各国は称賛を送る一方で苦虫を噛み潰していた。カラードから主導権を奪い取りたいと思っているところは多いが、これほど分かり易い結果を示されてはどうしようもない。だが手はある。相手を打倒するのに勝つ必要は無い。同じ土俵に立つ必要も無い。フェイク情報で信用を失墜させ、醜聞にまみれさせて自滅させれば良いと考えた者達もいた。しかしその後ろ向きな努力が実を結ぶ事はなかった。

 ここではない別の世界(AC世界)で絶対的な存在として君臨した管理用AIを擁するカラードにとって、その手の情報戦は全て想定の範囲内だ。むしろ純然たる武力より対処が容易で得意とすら言えた。だから情報が捻じ曲げられない。フェイク情報は別の情報に押し流され、上書きされ、一般人の目に触れない。そして人の目に触れないフェイク情報には意味も価値も無い。

 結果としてカラードは、統一政府の雛型としての足場を急速に固めていく事になる。厳密に言えば元々は“星間国家の在り方を検討する委員会”が雛型だったのだが、文明間の外交を一手に担っている現状、独自財源の目途がついていること、それにより現在の国連のような面倒なパワーゲームから(ある程度だが)解放されていること、アンサラーで世界中のエネルギー事情と地球の絶対防衛線を担っていること、これまで積み重ねてきた多くの事が土台となり、確かな足場となっていた。

 しかし、問題が無い訳ではなかった。というか、上手くやり過ぎたため問題の方から近寄ってきた。

 数日後に行われた、束とアラライルのいつもの話し合いの席でのことだ。

 

『――――――ところで、1つ提案があるのですが』

『なんでしょうか?』

『スターゲートが開通したら、もう少し外貨を稼ぐ気はありませんか?』

『と言いますと?』

『そちらの公式発表通りなら潜行戦隊は地球文明圏の巡回任務に投入予定という事ですが、もう少し広い範囲にまで任務範囲を拡大しませんか、という事です』

『………いずれ来るとは思っていましたが、予想以上に早かったですね』

『こちらもこれほど早くこの話を出す事になるとは思ってもいませんでした。ですが、それに足る結果をそちらは示しました。銀河辺境の治安維持にその力を役立てて貰えればと思いまして』

 

 束は迷わなかった。

 

『これから宇宙(そら)に加わろうという地球文明にこのような話が来る事は、恐らくとても光栄なことなのでしょう。ですが、返答は否です』

『どのような理由からでしょうか?』

『私は貴方の事を良き隣人と思っています。ですが同時に、所属する文明の利益を追求する立場にもある。なのでこのような提案が出る事も不思議ではありません。ただこちらの現状を考えると、地球文明圏以外のところを定期巡回する余力はありません』

 

 潜行戦隊に配備している空間潜行艦アリコーンは3隻しかない*3。新規建造は可能だが、あの艦は基幹要員全員が専用機持ちという他では決して真似できない前提条件を満たした上で、習得に十年単位の時間を要するであろう理論を学習してもらわねば扱えないのだ。ISの思考加速で学習時間を圧縮しなければ、乗員を揃える事そのものが不可能だろう。加えて学習しなければならない理論は、表に出ていない束の独自理論だ。つまり数は増やせないのだ。

 更に言えば相手は「少し広い範囲」と言っているが、宇宙規模の少しだ。安請け合いをしたら、どれほど広範囲になるか分かったものではない。だが、簡単に引き下がる相手でもなかった。

 

『そう、ですか。それは残念です。ですが今回のような非常事態の時に、協力を求めるのは構いませんか?』

 

 相手が呑み辛い要求を突きつけ断らせた後に、ハードルを下げた要求を出して呑ませる。極々簡単な交渉テクニックだ。そして宇宙進出を目指す束にとっては、非常に断り辛い内容でもある。新たな隣人と知り合い友好関係を結ぶというのは、彼女の目指すところでもあるからだ。

 だから誘導されている感覚はあったが、彼女は肯きながら答えた。

 

『ええ。別に依頼を全て断ろうという訳ではありませんので』

『それは良かった』

『ですが受けられる時と受けられない時がある、というのは御理解下さい。スターゲートが開通したら、色々と忙しくなると思いますので』

『ええ。理解していますとも』

 

 建て前としては、勿論理解している。しかし政治の世界において、忙しいと出来ないは別物だ。そしてアラライルは銀河辺境の安定の為に、あらゆる手段を使ってカラードを走り回らせる気でいた。荒事もできる。気象コントロールもできる。救助活動もできる。展開速度も速い。これほど対応力のある部隊を巡回任務に使う? 勿体無いにも程がある。だから友人達を沢山紹介してあげよう。現場は少々苦労するかもしれないが、第1回と第2回の働きを見るに、十分にやれるだろう。

 この時、束と晶やクラスメイト達に加えて幾人かの者達の背筋がゾワッとしたのは、将来持ち込まれる難題を感じ取っていたのかもしれない。

 

 ―――閑話休題。

 

 暫しの雑談を挟んだ後、アラライルが束に尋ねた。

 

『そう言えば、もうそろそろ予告したスターゲートの開通時期ですが、準備の方はどうですか?』

『問題ありません。1週間後にスターゲート3つを月の静止衛星軌道に、動力源のアンサラーを月の北極に上げます』

 

 因みにアンサラーや中継衛星、スターゲートは惑星の重力と遠心力の均衡で位置を保っている訳ではないため、配置の自由度は非常に高い。そしてスターゲートを月の静止衛星軌道に配置した理由は、スターゲートからスターゲートに向かう際に、衛星軌道をなぞる航路の方がパイロットには操縦し易いだろうという判断からだった。

 

『素晴らしい。予定通りに開通出来そうですね。しかし考えましたね。月に集中配置してハブ化とは』

『その方が将来的に物流も行い易いので』

『分かってはいても、中々出来ないものなのですがね』

 

 宇宙の常識的に、スターゲートの開通には多くの思惑が絡む。更に言えば、単一惑星の時点で造れる文明などまずない。このため建造技術があっても、配置場所の選定で揉める場合が非常に多い。ワープドライブの普及で多少の距離は無視できるが、物流の大動脈から物理的に近い・遠いという地理的な優位性は変わらずあるからだ。

 

『とても複雑で込み入った事情がありそうですね』

『ええ。以前色々と意見調整をした事がありますが、本当に大変でした。それに比べれば、地球のなんとスムーズに話が進んでいることか』

 

 他の政治状況を知るアラライルからしてみれば、信じられないほどだ。

 

『地球には地球で、色々あるのですよ』

『何処にでも頭を悩ませる問題というのはあるものです。ですがそんな中でも、あなた達は予定通りに物事を進めた。それは素晴らしい事だと思います』

『それほど褒められると、ついでに何かを要望されそうで怖いのですが』

『そんな真似はしません。純粋な褒め言葉です』

『では額面通りに受け取っておきましょう』

『はい。そうして下さい』

 

 本国の口の悪い者は、辺境の文明如きを持ち上げ過ぎと言うかもしれない。しかしアラライルの考えは違っていた。銀河辺境の安定に寄与してくれるなら、丁重に扱ったところで何も問題は無い。むしろ持ち上げる事で自発的に安定に寄与してくれるなら、幾らでも持ち上げてやろう。こちらが不利益を被らない限りは。

 こうして束とアラライルの話は行われていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 束とアラライルが話し終えた後のこと。晶は戦闘部門の機動特捜課に来ていた。今後確実に起こる星間犯罪への対処ノウハウ蓄積、及び実際の対処を目的としている課だが、今配属されているのは宮白加奈(かなりん)赤坂由香里(あかりん)の2人だけと規模は小さい。しかし2人が実績をあげていけば、部下をつけて装備も増強していく予定であった。

 そして晶は、罪人を叩き潰………捕らえる事に執念を燃やす2人にプレゼントを持って来ていた。フィスフィリスの現地政府から追加報酬として貰ったものだ。

 

「よっ、遊びに来た」

「ちょっと、社長がそんな事を言っていいの?」

「そうだよ。私達は真面目に働いてるのに」

「お前達適度に止めないと突っ走るだろ。入社早々徹夜した事*4、忘れたとは言わせないぞ」

 

 2人は学生時代のとある一件が原因で、悪党を悪党以上の理不尽で叩き潰したいと思うようになっていた。晶はそんな2人に、アラライルから貰った星間犯罪の手口の分析という仕事を頼んでいた。強い思いを持つ上に、いつの間にか知り合いになっていた直属の猟犬共(ハウンド)がアレコレ教え込んでいたという下地があったからだ。経験が浅いのは否めないが、信用できない人間を使うつもりはないし、2人ならすぐに成長していってくれるだろう。

 そうして今後に備えて悪党共の手口を分析してもらっていたのだが、思いの強い2人はちょっと突っ走ってしまい、入社早々徹夜してオフィスで一夜を明かしたところを晶に発見されていた*5

 

「「う゛」」

 

 2人の視線がツツーーーと横に逸れる。

 晶は小さく溜め息を吐きながら言った。

 

「これからプレゼントを渡すけど、無理するなよ。定時頃になったら来て、帰らせるからな。残業なんてさせないからな」

「え、プレゼント? なになに?」

 

 気まずそうな表情を一転させた赤坂由香里(あかりん)が、晶の腕に抱きついて「早くちょうだい」とせがんでくる。長い赤髪をポニーテールにしている姉御肌な子だ。今の姿からはとてもそうは見えないが、普段はキセルを咥えて着物を着れば、ヤクザの若奥様に見える程の貫禄がある。

 

「あかりん。がっつき過ぎ。晶くん引いてるでしょ」

 

 優しく窘めたのは宮白加奈(かなりん)。ショートボブの髪型をした子で、外見的な雰囲気だけで言えば大人しそうだが、内に潜む激情はあかりんと同じであった。

 

「でもプレゼントで、私達に無理するなって念押しするって事はアレ系でしょ。期待しちゃうじゃない」

「それはそうだけど………」

「………やっぱり、持って帰っていいか?」

「「ダメ!!」」

 

 あかりんとかなりんが息の合った動きで晶の両腕をガシッと抱き抱え、渡すまで絶対に逃がさないと強くホールド。沢山マッサージしたせいか成長している胸部装甲の感触がとても気持ち良い。

 

「分かった分かった。プレゼントっていうのは、コレだ」

 

 晶はコアネットワークでとあるデータへのアクセスキーを送信して、中身について説明を始めた。

 

「今回の依頼でフィスフィリスの現地政府から追加報酬を貰えるって話が出たから、別の文明が持っている星間犯罪のデータを貰ったんだ。量が多くて大変かもしれないけど、こっちのデータも分析して今後に役立てて欲しい」

「さっすが晶くん。抜かりないね」

「うん。頑張って分析して、皆にフィードバックするね」

 

 普通なら、仕事を増やすなと言うところだろう。しかし2人は違った。悪党を叩く為なら、暴力を更なる理不尽で叩き潰す為なら、喜んでやるだろう。だからこそ、晶は気をつけようと思った。

 

(これ、放っておいたら絶対定時じゃ帰らないな。見回りに来るか)

 

 先程注意はしたが、多分効果は無いだろう。来なかったらしれっと「あ、いつの間にか過ぎてたね。ごめんごめん」くらいで残業しまくるだろう。勿論、仕事をしていれば無理をしてもらう事もあるが、それは今じゃない。無茶が常態化した状態なんて不健全に過ぎる。だから絶対定時で帰らせる。そんな事を思いながら、晶は暫し話した後にオフィスから去っていったのだった。

 因みに少しばかり未来のお話だが、適度に休んで欲しい晶と、悪党を叩き潰したい加奈と由香里の熱意で幾度となく綱引きが行われた結果、晶が根負けして残業許可、結果そのままオフィスで寝てしまった2人に、タオルケットをかけてやるような光景が幾度となく見られるようになっていた。因みに本当にダメだと思った時は、「俺との模擬戦で勝てたら良いぞ」という無理ゲー(NEXT(N-WGⅨ/IS)の戦闘力はファーストシフト程度に抑えて)なパワープレイで強制お休みモードである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の夜。机にかじりつくあかりんとかなりんをどうにか帰らせた晶は、自宅の居間で束に新しい宇宙船を造って欲しいと話していた。スターゲート開通後は機動特捜課も本格的に稼働するので、宇宙で活動する為の足が必要という判断からだ。

 

「――――――という訳なんだが、造れそうか?」

「ん~。手をつけるのはスターゲート開通後になるかな。要求仕様はどんな感じになるの?」

「追跡のため速力優先。多人数を送り込むような部隊展開能力は求めてないから、スターゲート機能は要らない。星系間の移動は高性能ワープドライブで。ただ悪党を追跡する関係上、追跡した先にワープ妨害トラップがあって、嵌められて脱出不可なんて状況があり得るから、ワープ妨害耐性は欲しいかな」

「なるほど。う~ん………。あの2人って確か、将来的に一般人の部下をつける予定だったよね?」

「その予定」

 

 束は考えた。晶が大事にしているクラスメイトなら、能力的には大丈夫だろう。専用艦を用意するのに否はない。だが一般人が部下となるなら、そいつらでも使える船である必要があった。つまり潜行戦隊のように、望みうる限り最高の前提条件を揃える事はできない。ある程度の妥協が必要ということだ。

 

「なら大型艦は除外かな。速力の問題もあるし、大きいって事はそれだけで色々やる事が増えるから。となるとフリゲート、駆逐艦、巡洋艦サイズあたりになるけど、難しいね。速力最優先ならフリゲート一択だけど、将来部下を持つなら巡洋艦サイズにして、ある程度速力を犠牲にして汎用性を持たせるっていうのも手だよね」

 

 晶は考えを整理し始めた。

 宇宙文明の基準に当て嵌めるなら、フリゲートは100メートル以下、駆逐艦は100~200メートル、巡洋艦は200~300メートルだ。前者ほど運動性や速力が高く、後者ほど打撃力や防御力が高い。因みに地球の海上の船で言うと、日本のこんごう型護衛艦(イージス艦)が161メートルで宇宙文明で言うところの駆逐艦サイズで、500メートルサイズのアリコーンやイクリプスは巡洋戦艦サイズとなっている。巡洋戦艦は巡洋艦より1つ上のクラスで、戦艦より1つ下のクラスという扱いだ。

 

「巡洋艦サイズだと大き過ぎるし、フリゲートだと速力以外が色々心許無い。駆逐艦サイズなら速力を確保した上で、ある程度の汎用性も持たせられるかな?」

「出来なくはないけど、部下を余り乗せられなくなると思うよ」

 

 つまり居住空間をちょっと削って性能を上げる、という訳だ。

 

「まずはあの2人が十分に活動できる船の準備が先だし、部下を増やすとしても少しづつだから、それで良いんじゃないかな」

「うん。分かったよ。じゃあ、スターゲートを開通させたら設計を始めるね」

「頼む。――――――あ、そうだ。元となるデザインがあったら、ちょっとはお前の負担も減るかな?」

「まぁ、そうだね。デザインはやっぱりちょっと考えるから、元となるのがあればそれなりに」

「ならさ、コレなんてどうかな?」

 

 そう言って晶は空間ウインドウを展開してお絵描きアプリを起動。懐かしくて何回かぶっ殺された記憶を思い出しながらイラストを描いていく。そうして完成したのは、ここではない別の世界(AC世界)で幾多のレイヴン達の前に立ちはだかった機動兵器“レビヤタン”だ。全長は180.0m、全高32.0m、全幅90.0m。前方中央はコーン状に突き出ており、その下面には大口径レーザーキャノンがあり、他にもチェインガン、ミサイル、グレネードで武装し、背面にある4つの大型ブースターで空を縦横無尽に飛び回った魔物*6

 随分苦労した相手だが、宇宙文明基準に当て嵌めるとこいつの図体ですら駆逐艦扱いと思うと、何とも言えない気分になる。

 

「ふむ………もしかして、結構思い入れがある?」

「それなりに」

「分かった。かつての強敵を、私の手でリファインしてあげる」

 

 少しばかり先の未来。このレビヤタンはデチューンVerの生産がキサラギに委託され、レビヤタン級駆逐艦として世に広く知られるようになる。優れた基礎設計のお陰で使い勝手と拡張性が両立された本艦は、カラード正式配備艦という知名度も手伝ってキサラギのヒット商品になっていく。また現場の要求に応じて幾つかの派生型が生産されたが、最も有名なのは機動特捜課に所属する上級刑事(仮称)達の乗艦として、特殊なチューンが施された機動特捜課仕様であった。フリゲートの機動性と巡洋艦の打撃力と防御力を併せ持つという恐るべき性能で、幾多の悪党共から“宇宙(うみ)の魔物”と呼ばれるようになっていたのだ。

 

 ―――閑話休題。

 

「ありがとう」

「良いってこと」

 

 束は何でもない事のように答えた後、別の話題を切り出した。

 

「ところでさ、フィスフィリスの依頼で10億IKとか手に入ったけど何に使おうか? 地球じゃ使えないから、宇宙文明から何かを買うって事にしか使えないのが難点だけど」

「そう、だな………」

 

 晶は呟きながら考えてみた。

 10億IKと聞けばある程度纏まった額に聞こえるが、何かを本格的に始めようというなら、恐らく一瞬で飛ぶ程度の金額でしかないだろう。貯めておくというのも選択肢の1つだが、今の地球には足りない物が沢山ある。何かコストパフォーマンスの良い物は無いだろうか?

 幾つもの考えが脳裏を過ぎっては消えていく。

 そして―――。

 

「やっぱり今後を見据えて使うべきだよな。なら、さ。宇宙文明から核融合発電の技術を買わないか? 多分枯れた技術だろうから、安く買えると思うんだ」

「まぁ、確かに安いかもね。でも今更っていう気がするけど、どうして?」

 

 束が首を捻る。

 

「目的は色々あるけど、大きなところで言えば他星系に本格的な移民が始まる前に、ある程度の大出力ジェネレーターを民間でも造れるようになってもらった方が良いから、かな。アンサラーの単独配置はしない方針*7な以上、これは先に投資しておかないといけないだろう。あともう1つは、民間で研究してもらって技術的ノウハウの蓄積かな。俺は科学者じゃないから完全に想像なんだが、核融合技術くらいは安全確実に扱えないと、例えば相転移エンジンとかブラックホールエンジンとか、その類の技術研究を民間でやるのって無理なんじゃないかと思ってさ」

「なるほど。うん。前者は確かにその通りだね。他星系で使えるジェネレーターは民間でも造れた方が絶対に良い。そして後者だけど、これもそうだね。まぁ相転移エンジンとかブラックホールエンジンだと時空間に関する理論も必要になるから、核融合技術は本当に取っ掛かりの基礎の基礎の基礎くらいだけど」

「でも今の地球には、その基礎の基礎の基礎すらない。お前なら色々できるけど、お前しか出来ないんじゃ人類の宇宙進出とは言えないだろ」

 

 正確に言えば実用化はされているが技術的に成熟しているとは言い難いため、運用出来るのは豊富な資金や優秀な技術者を用意出来る、一部の大国や超巨大多国籍企業(コングロマリット)のみであった*8。加えて言えば束がアンサラーという圧倒的発電量と効率を誇る化け物を世に出してしまったため、企業が核融合関連技術に対する投資を控えてしまったのだ。このため現在核融合関連技術の研究を大々的に行っているのは、2年前に日本が設立した―――楯無と晶が前向きだった為、多くの人が動いた結果―――*9発電技術研究所だけであった。

 

「そうだね。よし。じゃあ理論と幾つかの実物を買って研究させて………だけだとモチベーションが上がらないだろうから、ちょっと目標を設定してあげようかな」

「どれくらいの目標にするんだ?」

「ん~、5年、は掛かり過ぎだね。2年は………短いかな。うん。3年で他の惑星でも使えるユニット型の核融合発電を造ってもらおう。数人程度のオペレーターで使えるくらいユニット化されたものを。あと入植先の星で使うなら、ある程度の耐久性も必要かな。頻繁なメンテナンスが必要だったら使い辛いでしょ」

 

 率直に言って、かなり高い要求と言えた。

 繰り返しになるが、核融合発電の技術は技術的に成熟していない。如何に宇宙文明から購入した完成品を見本に出来るとは言え、数人のオペレーターで扱えるくらいユニット化されたものを100%地球製の部品で造って、かつ頻繁なメンテナンスを必要としない耐久性を持たせる。それを3年でとなれば、一般的な天才が何人も必要になるだろう。

 晶は少しばかり考えた後、口を開いた。

 

「キサラギの変態どもならやれるかもしれないけど、発電技術研究所の奴らって、割と普通の一般人だぞ。結構難しくないか?」

「完璧に出来るとは思ってないよ。ただ相応に研究資金を出す気だから、役人の天下り先みたいに適当にやられると困るんだよね。だから目標を設定して、馬車馬の如く働かせようかなって。それに声をかけるのは発電技術研究所だけじゃなくて、使用目的と要求仕様を公開して公募したら、それなりにやってくれるところは出てくるんじゃないかな?」

「確かに将来性を見込めば、手を上げるところも出てくるか」

 

 この研究は地球製宇宙船の高出力化に貢献するものであるし、テラフォーミングした星にインフラを造る時の基幹技術になり得るものだ。相応の収益が見込めると判断するところもあるだろう。

 因みに晶は更識家の当主として、フロント企業のキサラギにもこの技術は習得しておいて欲しいと思っていた。今後更に高度な技術を使う際の土台となるだろうし、多方面で活用出来そうだからだ。

 こうして2人の話し合いは進んでいき、後日アラライルを通じて核融合発電の技術と幾つかの実物の入手に成功する。宇宙文明的には扱い易い枯れた技術であるため安く済んだのだが、地球文明にとっては大きな一歩となるのであった。

 

 

 

 第190話に続く

 

 

 

*1
かなりざっくりとした目安だが、戦艦(600~900メートル級)に分類される戦闘艦が3隻程度変える。ただし装備品は別勘定。

*2
元ネタは「魔法少女リリカルなのはStrikerS 高町なのは エクシードモード」。白と蒼を基調としたジャケット、ビスチェ、ロングスカートという服装にトレードマークのウサミミ型ヘアバンドを身につけています。なお良い子の皆さんにはどうでも良い事ですが、スカートの下は白と蒼を基調としたズボンなので、宇宙空間で下から覗いても眼福な光景は拝めない仕様となっております。

*3
実際にはハウンドでも運用しているので計4隻存在しているが、ハウンドで運用しているのは機密扱いである。

*4
第181話にて。

*5
第126話にて。

*6
登場作品はNX及びLR。サイズについては資料が見当たらなかったので作者オリジナルです。イメージ補完用にニコニコ動画で「アーマードコア ラストレイヴン レビヤタン 観察」と検索して出てくる動画を見ると幸せになれるかもしれません。

*7
第188話冒頭にて。ものすごーくざっくり言うと、単独配置した場合は鹵獲の可能性を考えなければいけなくなるため。

*8
第110話にて。

*9
これも第110話にて。




アラライルさん的にカラードの潜行戦隊は武力面以外でも使える判定のようです。
勿論仕掛けた側からしてみればお邪魔虫判定。
なので今後ちょくちょく(友人含め)依頼が来るでしょう。
そして次回、ついにスターゲート開通。
地球文明に足りないものは沢山あるのですが、何はともあれ開通です!!

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