インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
銀河系の辺境方面、地球から1000光年ほど離れたFBN504115という惑星は、太陽系の火星によく似た環境を持つ惑星だ。
薄い大気層を持ち、恒星から降り注ぐ光で焼けた赤い大地が広がり、隕石落下の痕跡であろう巨大なクレーターがある。ただ地殻変動は火星以上に活発だったのだろう。観測された山脈の平均標高は3万メートルを超え、その隣にある谷の深さは2万メートルを超えている。登山家や冒険家が見たら、雄大な自然と表現したかもしれない。
晶はそんな惑星の姿をメインスクリーンに見ながら、空間潜行艦アリコーン*1のブリッジにある補助席に座っていた。
既に作戦開始位置に到着して空間潜行状態になっているが、まだ開始の合図をもらう段階にはなっていない。先程射出した監視ポットで惑星の地表と大気情報を収集し、事前情報と擦り合わせ、施設の位置を特定中だからだ。
視線をスクリーンの右下に向ける。表示されている24%という数値は、惑星の地表データ収集率だ。第三者に発見される可能性を極限まで下げるため、光学観測のみで行っているため少々遅い。だが、これは仕方ないだろう。未開発惑星に秘密裏に地下施設を造れるような奴らが、惑星表面を探査するアクティブセンサーに気づかないとは考え辛い。待てないほど遅い訳ではないし、ここは安全に行くべきだろう。
その判断を下した鷹月静寐、本ミッションにおける指揮官に何となく視線を向けると、目があった。
「どうしたの?」
「いいや。多分今って凄い事をしてるはずなんだけど、落ち着いているなぁって」
「色々鍛えてくれたお陰かな。まぁ、何回燃え尽きたか分からないけど」
晶は潜行戦隊の皆にやらせていたシミュレーション*2を思い出した。想定していた状況は星系の巡回任務だが、宇宙文明と関わった際にどんな状況が発生するか分からなかったので、豊かな妄想力を大暴走させて様々なシチュエーションを作ったのだ。
大変楽しい(=鬼畜外道な)シミュレーションだと自負している。皆は苦労したようだが、その結果が今のように、実際のミッションを落ち着いて行えている、というなら作った甲斐があったというものだ。
「死んでほしくないからな。正攻法での圧殺、悪意マシマシの搦め手、思いつく限りやらせてもらった。ああ、そう言えば今の状況に近いシミュレーションデータもあったな。確か―――」
静寐の前の座席に座っていた相川清香が引き継いだ。
「テラフォーミング中の惑星に護衛戦力を引き連れた違法採掘集団が確認された、だったよね」
「そうそう」
「あれ、本当に鬼畜な状況設定だったよね。地上の動向を先に発見していたから衛星軌道には何も無いと思い込んで近づいたら、惑星を挟んだ反対側にしっかりと戦闘艦が隠されていたり、長距離攻撃用の自動砲台群とセンサー群が予めステルスで敷設されていたり、挙句の果てにはワープ妨害トラップで緊急離脱を阻止されて強制戦闘とか」
「潜行戦隊は抑止力だ。当然、敵対的組織にしてみれば邪魔者だからな。普通の仕事と思わせておいて、油断したところを十分な火力を叩き込んで仕留めるなんて、誰でも考えるだろう」
「本当にね。ISパイロットとしての訓練でそういう事は嫌っていうほど学んだつもりだったけど、まだまだだなぁって気づかされたもん。でもそれはそれとして、アリコーンでの戦闘シミュレーションをして思ったけど、これだけ大きな船をたった2人、実質1人で動かせるなんて凄いね」
今ブリッジには、薙原晶、鷹月静寐、相川清香の3人しかいない。しかも晶は初めから「基本的には視るだけ」と宣言して乗艦しているため、操艦などには一切関わっていない。つまりアリコーンという全長495メートルの巨体は、たった2人によってコントロールされていた。地球の同規模の艦船に比べれば、信じられないほどの少人数化である。だがそれも、ある意味で当然であった。何故ならこの艦は、一般人による運用を想定していない。基幹要員全員が専用機持ちであり、ISの標準機能であるハイパーセンサーを使う事で、コンピューターよりも早く思考と判断ができるという信じられない前提条件の元に造られた艦なのだ。しかし如何に思考や判断が早かろうと、手動操作ではその利点を完全に活かす事はできない。このため設計者である束は、
その完成度は驚異的でワンマンオペレーションによる戦闘すら可能だが、完全なワンマンオペレーションはパイロットの精神的負担が大きいため、カラードではサブパイロットを設けて2名運用による8時間交代制で6名を標準編成としていた。*3
―――閑話休題。
「束が頑張ってくれたお陰だよ。あ、そうだ。束がアップデートの余地を残しているって言ってたから、実際に使ってみてどうだったか、こんな装備や機能があれば良いとか、定期的にレポートを出してもらう事になると思う」
「これより凄くなるの!?」
「劇的な性能向上って訳じゃないと思うけど、現場の意見を反映した装備や機能っていうのは大事だろう。勿論出来る出来ないはあるけど、例えば前のシミュレーションで分かった回収用シャトルを搭載していなかった問題とか、ああいうのがあればドシドシ出してくれ」
2人が肯いたところで、艦のコンピューターが事前情報と収集データの照合を終え、地下施設の位置を特定した。赤道直下にある赤い平原であり、初めから疑っていなければ、まず見抜けなかったであろう擬装レベルの高さだ。だが初めから疑っていれば、確かに自然現象では有り得ないデータが微弱ながら検出されている。
ここで静寐は、本ミッションのタイムリミットを思い出した。依頼受託から168時間以内。つまり1週間以内が成功条件の1つであり、現時点までで既に4日が経過している。とは言っても、移動に4日かかった訳ではない。1000光年を数回のスターゲートジャンプで走破するのに1日。後の3日間は作戦領域となるFBN504115への接近と周辺調査に費やしていたのだ。そして惑星近郊に設置物や戦闘艦の影は無いという調査結果を得た上で、監視ポッドを射出していた。慎重過ぎるかもしれないが、今回は未知の要素が多くあるため、不安要素を可能な限り潰すための判断であった。
静寐は目を閉じ、深呼吸をしながら思う。
カラードが公式に太陽系外で行うファーストミッションが、自分の指揮で動き出す。篠ノ之束でも、薙原晶でも、欧州の三人でもない。自分の指揮で、だ。IS学園に一般生徒として入学した自分が、だ。数年前には想像も出来なかった。出来る方がおかしい。緊張しない訳がない。しかし自分達の
目を開いて、艦内への回線を開いた。
『――――――艦長の鷹月静寐から各員へ。繰り返します。艦長の鷹月静寐から各員へ。FBN504115のデータ照合終了。地下施設の位置を特定しました。15分後、基幹要員はブリッジへ。降下要員は戦闘装備で格納庫に集合して下さい。集合後、オンラインで作戦開始前のブリーフィングを行います』
艦内が動き始めた。
休憩中であった
ラウラとクラリッサは格納庫でISを展開して、惑星降下に備えてVOBとのドッキング作業を開始した。
今回の主役であるパワードスーツ部隊の面々も、
そうして静寐の元に次々に準備完了の報告が上がってくるのと同時に、オンライン上でのステータスも準備完了となっていく。
予定時間よりも少々早いが、全員の準備が整ったので彼女は喋り始めた。
『総員傾注。これよりFBN504115地下施設制圧作戦の最終ブリーフィングを始めます』
オンラインで全員の前に照合結果が表示される。
『見ての通り事前情報と差異が無いため、地球で社長が立てた作戦プラン*4をそのまま使います。ただし提供された情報は潜入した協力者によって得られたものなので、完璧に調べきれたものと考えるのは危険でしょう。なので必要に応じて対地攻撃を追加する可能性がありますし、降下部隊もデータに無い敵を相手にする可能性があります。黒ウサギ隊の皆さんには言うまでもないかもしれませんが、連絡は密にして下さい』
静寐は一度言葉を区切り、画面を切り替えた。各員の前に映し出された、FBN504115惑星と本艦との位置関係だ。
『我々は現在、対象惑星赤道上の低軌道*5を空間潜行状態で周回しています。事前の取り決め通り、地球で束博士とアラライル氏のオンライン会談が行われ、その席で依頼が宣言された時点で作戦開始となります』
画面に表示されている模式図が動き、空間潜行を解除して通常空間に復帰した後、バンカーバスターによる対地攻撃が開始されること、オービットダイブによる制圧部隊の降下が視覚的に分かり易く表示される。
静寐は再び画面を切り替えた。次いで表示されるのは地下施設の見取り図で、地球人的な感覚で言うならそれなりに大きい。敷地面積は1.5平方キロメートルで、最大深度は地下5000メートル*6まである。
『そして制圧目標である施設ですが、見ての通りそれなりの広さがあります。ですが隅から隅まで制圧する必要はありません。防衛機構の集中する深度2500メートルまでの地下施設は、バンカーバスターのつるべ打ちでまとめて粉砕します。なので制圧部隊の皆さんは突入後、わき目もふらず物資搬送用のシャフトに侵入して、真っ直ぐ最下層へと向かって下さい。もしかしたらシャフトは私達が知るエレベーターとは違う形をしているかもしれませんが、使い方が分からなければぶっ壊して直接降下しちゃって下さい。お上品にやる必要もありませんので』
突入部隊の面々から笑い声が漏れた。
『話を続けます。最下層到着後は
『今、束にコアネットワークで連絡した』
『ありがとうございます。ではパワードスーツ各員は
こうしてアリコーン側の準備が整い、地球側では――――――。
◇
束が公式回線を使って、アラライルとオンライン会談を始めていた。例によって例の如く、地球全土に公開されているオープン回線だ。
『本日はどのようなご用件でしょうか。束博士』
束は一言、短く伝えた。
『準備が出来たようです』
『なるほど。早いですね』
開星手続き途中の文明が、1000光年を何事もなく走破し、即時通信で連絡を取り合い、作戦開始タイミングを伝えてくる。友人に地球は開星手続き途中の文明と言っても、信じないかもしれない。アラライルはそんな事を思いながら話し始めた。
『では、ここから先は束博士にではなく、地球文明の皆さんに対しての言葉になります』
彼は意図的に数瞬の間をおき、この映像を見ている者達が、十分に注意を向けたであろうタイミングで続けた。
『実は宇宙文明でも薬物問題は深刻でして、私の友人がいる他の文明も、とある薬物の流入に苦しめられています。物事の道理、本来の筋であれば、宇宙文明の治安組織が解決すべき問題です』
ここでアラライルは、公開可能な情報を回線に流し始めた。星系座標、未開発惑星にある地下施設、生成される大量かつ極めて中毒性と毒性が高い薬物。最短最速での制圧部隊投入は他文明の領域を犯すため行えないこと。政治的対処では確実に逃げられてしまうこと。様々な情報を映像情報と共に話していく。そして最後に、約束通りの宣言をした。
『――――――以上の状況と理由から、私は地球の民間軍事企業であるカラードに制圧を依頼しました。これで動いてくれますか、束博士』
『十分です。晶。いいよ』
束の言葉はコアネットワークに乗り、1000光年という距離を一瞬で跳び越え、晶の下に届いたのだった。
◇
「静寐。OKだ」
アリコーンのブリッジに晶の声が響く。
それを聞いて、静寐は命令を下した。
『現時刻をもってFBN504115地下施設、強襲作戦を開始します。アリコーン空間潜行解除。通常空間に復帰。VLS1番から12番ハッチオープン。バンカーバスター発射!! 第一射は至近弾だからね。当てちゃダメよ』
命令に従い、船体制御を担当していた相川清香が、アリコーンの空間潜行を解除して通常空間へと復帰させる。次いで
そして地球の
「―――弾着、今!!」
ナギの声がブリッジに響く。
地下施設周辺の赤い大地を映していたメインスクリーンに、12ヶ所同時に光が灯る。宇宙から観測できるほどの光だ。舞い上がった粉塵で着弾痕は見えないが、恐らくクレーターになっているだろう。
静寐が告げる。
「60秒カウントスタート」
この時間が、施設内にいる協力者が下層に向かう為の時間。シミュレーション上、バンカーバスターの有効範囲外となるのは地下2500メートル以下。ヒューマノイドタイプである協力者が上層に居た場合、とてもではないが間に合わない。だが事前情報で提供された見取り図には非常階段があった。そこまで到達してくれれば、どうにかなる。構造的に硬く崩落し辛い部分なので、こちらで着弾位置をコントロールすれば、協力者は助かるだろう。逆を言えば、それ以外では助からない。しかし静寐は作戦を変える気は無かった。最優先目標は薬物生成プラントの破壊で、協力者の救出ではない。救出できるなら良いが、優先順位を取り違えてはいけない。
また静寐は、可能性への対処も怠らなかった。
「VLS1番から12番にプラズマミサイルを装填。施設にシールドシステムがあった場合に備えます」
事前に提供された施設情報に、シールドシステムは無かった。しかし協力者が調べきれていなかっただけ、という可能性もある。そしてプラズマミサイルは弾頭にプラズマスフィアが封入されているミサイルで、束博士が宇宙文明ではシールドシステムが普及している事を考慮して、シールドを持つ相手にも打撃を与えやすいようにと開発されたミサイルだ。
だが30秒が経過し、60秒が経っても施設にシールドが張られる様子はない。事前情報通りに無かったのだろう。
静寐は、続く命令を下した。
「VLS13番から48番ハッチオープン。目標、地下施設と地上との開口部。隔壁を消し飛ばして、降下部隊の突入口を作ります」
ナギの操作によってVLSハッチが次々と開かれ、計36発のバンカーバスターが放たれる。
迎撃はない。大きい施設だが、隠密性を優先したのだろうか? 辺境という立地条件を考えれば、迎撃用装備は不要と判断されていてもおかしくはない。もしくは防衛部隊がすぐに駆け付ける手筈になっているか………。
制圧部隊の為の地ならしは続く。
「全VLSにバンカーバスター再装填。目標は施設全域に散らして適当に。ただし非常階段への直撃は絶対に避けて下さい」
「1番から12番のプラズマミサイルも?」
ナギが確認した。
「アレだと地上の岩盤を抜けませんし、もし第二射で開けた穴から直接施設内に入ったら、内部を焼き過ぎて下層にまでダメージがいく可能性があります」
「了解」
全48機のVLSにバンカーバスターが再装填され、即座に全弾が発射される。
メインスクリーンに映る地下施設の地上部は巨大なクレーターだらけで、ブチ抜かれた岩盤からは煙と炎が立ち昇っている。
映像から分析可能な範囲では、十分なダメージと言えるだろう。
静寐は作戦段階を進める事にした。
「現時点をもって作戦を第3段階に移行します。ISとパワードスーツ部隊は降下開始」
アリコーンの甲板カタパルトがアクティブになる。
制御を担当しているのは
「射出出力、惑星降下軌道計算良し。皆さん。お気をつけて!!」
黒ウサギ隊パワードスーツ部隊を乗せた計18機の再突入用カーゴ*7が、アリコーンの電磁カタパルトで射出されていく。次いで、VOB装備をした2機のレーゲンシリーズだ。
ブリッジのメインスクリーンに降下部隊のアイコンが表示され、FBN504115へ向かっていく。
作戦用の回線からは、降下するパワードスーツ部隊の軽口が聞こえていた。
『それにしても、人生分かんないね。まさかこんなお仕事する事になるなんて』
『ホントホント。オービットダイブだけでも凄いのに他の惑星に降下なんて、しかもドンパチでしょ。どんなSFかって話よね』
『そのSFが今よ。それよりチビるんじゃないわよ』
この世界において、パワードスーツのオービットダイブを先に実用化したのはアメリカだ。カラードは二番煎じである。が、中身は別物であった。何故ならアメリカのオービットタイブに対する要求仕様は、あくまで戦闘可能なパワードスーツを戦闘領域に降下させる事であって、迎撃網の無力化ないし弱体化は、他の手段によって行われている、というのが基本的な考えだ。真っ当と言い換えても良いだろう。しかしカラードの要求仕様は違う。命中率100%の防空網を最短最速で突破して橋頭保を築くという、頭のネジがダース単位で跳んでいるかのような要求だ。これに対する開発元キサラギの回答は、
という考えの元に構築されたカラード準拠のオービットダイブは、最大加速でマッハ15以上、減速度8.2Gというパイロットに人としての限界を要求する狂気の仕様となり、再突入用カーゴは
このため訓練では、最精鋭と言える黒ウサギ隊パワードスーツ部隊の面々ですら、何名か失禁していた*8。
『はーい。私、初訓練でチビりました』
『わたしも!!』
『わたしもーーー』
『だからアリーセ中尉*9もチビッて下さい。それで仲良くチビり組です』
この場にいる面々は、生身で行うオービットダイブがどれほど過酷なものかを知っている。故に侮辱する者はなく、明るい笑い話のネタであった。
『全く。隊の結束の為にも仲間入りしてあげたいところだけど、出撃前に出すものは出してきたの。だから、また今度ね』
隊の面々からブーイングがとぶ。
が、それもすぐに終わった。
『――――――さて、そろそろ時間ね。準備はいい?』
全員から全ステータスオールグリーンという返事を確認したアリーセ中尉は、命令を下した。
『全再突入用カーゴ、ロケット点火!!』
『点火!!』
全員の復唱が重なり、再突入用カーゴ上面にあるロケットが点火。薄い大気層を掻き分け猛烈な勢いで加速していく。
部隊間通信を聞きながらメインスクリーンとアリコーンが地上に向けているセンサー系の反応を注視していた静寐は、一瞬あった変な反応に気付いた。
「神楽、第二射の着弾地点を拡大表示して」
メインスクリーンに指示された部分が拡大表示される。何もない。いや、あった。出てきた。事前情報にあった人間サイズの多脚型ガードメカが123体。クローアームと光学兵器で武装しているタイプだ。まだ増え続けている。どれだけいるのだろうか?
パワードスーツ部隊にデータリンクで知らせる。が、音声での通信は行わなかった。加速中の今、まともな受け答えなど出来ないからだ。大減速の時も同じだ。なので音声による伝達はその後になる。だがISの方は別だ。コアネットワークで細大漏らさず情報伝達して、万一に備える。
この間にも、パワードスーツ部隊の降下は進んでいく。
「再突入用カーゴと
「――――――5、4、3、2、1、再突入用カーゴ弾着」
「効果は?」
「地上の動体反応なし。出ていたものは一掃されています」
「問題は施設内にどれだけいるかね………」
ここで静寐は少しばかり迷った。バンカーバスターの追加攻撃を行い、施設内をもう少し念入りに叩くべきだろうか? 考える。悩んでいる時間はない。出した結論は否だった。完全にシミュレーション頼りというのが不安だが、これ以上の攻撃は施設下層にまでダメージが及んで崩落してしまう可能性がある。もしそうなったら下層に退避しているであろう協力者を殺してしまう。データストレージの回収や薬物の押収といった事も行えなくなってしまう。だがこの決断は、パワードスーツ部隊の安全とトレードオフだ。本当に良いのだろうか? もし想定以上に残っていたら、という考えが消えない。
迷う。迷って――――――静寐は判断を変えなかった。
この作戦はパワードスーツの評価試験も兼ねている。今後の為にも、使える、戦えるという証明が必要なのだ。
そうして迷っている間にパワードスーツ部隊は降下を完了し、第二射で吹き飛ばした隔壁痕から内部へと突入していく。
静寐は迷いを振り切るように宣言した。
「現時点をもって、作戦を第4段階に移行します。周辺警戒用監視ポッド放出後、アリコーンも惑星圏内に降下。降下部隊の回収に備えます」
こうしてFBN504115地下施設強襲作戦は進んでいたのだった。
◇
一方その頃。FBN504115近郊宙域には、アリコーンの動向を静かに見守る艦があった。
高度な完全遮蔽で宇宙空間に溶け込み、極僅かに露出しているセンサー類も極至近距離でなければ存在を感知できない程、徹底的なステルス処置が施されている。
その艦の所属は、“首座の眷族”であった。
アラライルの命により、カラードの宇宙展開能力の調査の為に派遣されていたのだ。このためミッションが失敗しようが、アリコーンが爆散しようが、介入は一切しない。全てを見届け、データを持ち帰るのみ。静かなものだ。しかし艦が微動だにしない事とは裏腹に、観測している軍人は非常に驚いていた。
「あれ本当に、開星手続き途中の文明の船か? おかしいだろう」
正確な移動速度は分からないが、確実なのは1000光年を4日で走破して作戦開始位置に着けるだけの速力があるということ。いや、4日ではない。あの艦はFBN504115の低軌道にいきなり出現した。直接ワープアウトした反応は無かったので、近郊宙域にワープアウトした後、何らかの遮蔽手段で姿を隠しつつ接近したのだろう。本艦の探知限界距離から逆算して考えれば、移動にかかった時間は1日か2日程度と考えられた。恐るべき展開速度と言える。しかし真に恐るべきは、遮蔽技術の方だと軍人は思っていた。何故なら電波系や質量系センサーに反応が無かったという事は、恐らく使われているのは空間的な遮蔽技術という推測が立つのだが、これは制御が難しい。ワープドライブ搭載艦なら空間の揺らぎを感知するセンサーを標準装備しているので、並大抵の空間制御ではすぐに見破られてしまうのだ。しかし空間の自然な揺らぎを擬装できる程に高度な空間制御能力を備えていた場合、探知難易度が跳ね上がる。今回運良くデータが取れたので今後は発見し易くなるが、それでも簡単と言えるようなレベルではない。濃密な警戒網が張り巡らされている主要星系や戦時宙域ならまだしも、辺境宙域での探知は難しいと言わざるを得ない。無論幾つかの例外はあるが、それは仕込みや偶然と言った要素が絡む確実とは言えない手段だ。
そんな事を思っていると、近くにいた同僚が口を開いた。
「低軌道にいきなり現れて対地攻撃。速やかな降下部隊の発進。本当に開星途中の文明の部隊ですか? 星間戦争してる文明の部隊って言われた方が、まだ信じられますよ」
「しかも偵察用のセンサーを射出してたな。姿は見えなかったから遮蔽しながらか。厄介だな」
「自身の存在をギリギリまで隠蔽しながら情報収集して、狙いを定めて、遮蔽解除と同時に一気に叩きにいく。理にかなってると言えばそれまでだけど、宇宙に出たばかりの文明がやれることじゃないでしょう」
「俺もそう思う。まぁ、まだ作戦中みたいだし、経過を見ていこうか」
「だな」
こうして静かな観客が見守る中、カラードの作戦は進んでいくのだった。
◇
FBN504115に降下して地下施設へと侵入した黒ウサギ隊は、宇宙文明の工業力に驚かされていた。事前情報では知らされていたし、理解したと思っていたが、実物を前にするとやはり違う。
辺境に秘密裏に造られた施設だというのに、粗末な感じが全くしないのだ。主に倉庫として使われていたであろう上層こそ、
『これが、依頼にあった薬物でしょうか?』
隊員の1人が近くのラインに近づき、
『ラウラ部門長。薬物のスキャンをお願いします』
『分かった』
部隊の最後方にいたラウラが進み出て、シュヴァルツェア・レーゲンのセンサーでカプセルをスキャン。当然の事だが、超兵器であるISに搭載されているセンサー系は、パワードスーツとは比較にならないほど高性能だ。結果はすぐに出た。完全一致だ。
『確認した。依頼にあった薬物で間違いない』
『ありがとうございます。――――――では、証拠品として押収する』
近くにいた隊員の1人が、
そして隊員が薬物をコンテナに収めている間、ラウラは晶とコアネットワークで話をしていた。
(私の古巣はどうだ?)
(流石だな。最下層まで5分かかってない。お世辞抜きで凄いと思うぞ)
本ミッションには、
掛け値なしの称賛に、ポーカーフェイスを保ったまま内心でニヤリとする。
何せ地下施設の敷地面積は1.5平方キロメートルで、薬物生成プラントのある最下層は地下5000メートル。ざっくりとした広さの目安を言うと、敷地面積で東京ディズニーランドの3倍。それが地下5キロまであるということだ。直線距離ではない上に、生き残っていたガードメカを排除しながらという事を考えると、驚異的な速さと言えるだろう。
それは数字にもハッキリと出ていた。算出された部隊の平均速度は時速280キロメートルオーバー。黒ウサギ隊の面々は
戦闘データを見ても、殆ど足を止めていない。障害物はグレネードで吹き飛ばし、ガードメカは中隊単位の集中射撃であっという間にシールドをダウンさせてハチの巣にし、接近までに倒せなければ、すれ違いざまに
繰り返しになるが、彼女達はナノマシン処置をされているとは言え常人だ。ISの思考加速がある訳でもない。そんな人間が閉鎖空間を時速280キロメートルオーバーで突き進む。特殊部隊の名に恥じない、素晴らしい能力と言えるだろう。
しかし遠足は、帰るまでが遠足だ。
(無事帰還したら、褒めてやってくれ)
(ああ。でも褒めるだけよりボーナスもあった方が良いか。名誉だけじゃ腹は膨れないってな)
(流石は我が上司。分かってるではないか)
(末永く良い仕事をしてもらいたいからな。待遇は大事だろう。――――――だがそれも、生きて帰ったらの話だ。何があるか分からないからな。目を光らせておいてくれ。お前自身もな)
(勿論だ)
通信が終了したところで、丁度アリーセ中尉が次の命令を下していた。
『ではこれよりプラントの爆破作業に入る。取り扱いを間違えないように』
特殊部隊の人間が爆破作業の手順を間違えるはずもない。が、それでも注意したのは今回使われる物が特別製だからだ。何故ならこれまで黒ウサギ隊が取り扱った物の中で、この広大な地下空間にある生成プラントを破壊可能な威力を持つものはない。1機2機程度ならC4でどうにかなるかもしれないが、100機ともなれば流石に無理だ。SF映画でよくあるような、施設にあるリアクターをオーバーロードさせて大爆発という手段は危険過ぎる。扱い方の分からないリアクターを下手に弄れば、脱出前に爆発する可能性があるからだ。よって選択された手段は、かなり特殊なものだった。アリコーンに搭載されているプラズマミサイルの弾頭を分解して持ち込み、最下層で組み立て、タイマー起動で爆発させるというものだった。弾頭自体はユニット化されていて、分解状態なら誘爆や誤作動の危険性は無いが、組み立て時に間違えばその限りではない。だからこその注意だった。
そうして隊員達が組み立て作業を始めて5分程度が経った頃、データストレージの回収に向かっていたγ中隊から連絡が入った。*10
『こち………らγ1。指定…されたデータストレージ……回収中。今のところ、敵影…………なし』
『了解した。だが通信状況が悪い。中継ユニットを追加で設置しろ』
『了……解。――――――設置完了』
通信がクリアになる。異文明の施設という事で、内部の通信状況が悪くなる事は想定の範囲内だったため、予め通信の中継ユニットを持ち込んでいたのだ。だが想定以上に電波の届きが悪い。別行動しているγ中隊は打ち合わせ通りに中継ユニットを設置しているはずだが、それでもちょっと離れればこの通信の悪さだ。
なお指定されたデータストレージとは、“首座の眷族”が指定したポイントにある設置型の端末から内部装置を引っこ抜き回収する事だった。地球のコンピューターに同じ事をやったら内部データごと損壊してしまうかもしれない行為だが、宇宙文明のものは手荒に引っこ抜いた程度では壊れないらしい。
アリーセ中尉がそんな事を思いながら通信を終了させようとしたところで、緊迫した声で追加報告が入った。
『事前情報にない多脚型のガードメカを発見しました。映像を送ります』
薄暗い通路の先、光学観測では500メートルとなっている。大きさは軽乗用車程度。多脚の土台にクローアームと光学兵器と思われる構成は変わらないが、観測されるエネルギー反応が高い。
『センサーは向けているか?』
『探知される可能性を考慮して向けてません』
『宜しい。では――――――』
続く言葉が吐かれる前に、ガードメカは通路の奥へと消えていった。だがここで、γ1―――中隊長―――は思った。ここは宇宙文明の違法施設。技術格差を考えて、こちらが気付いているのに、向こうが気付いてないなど有り得るだろうか? 事前情報で、この施設はAIによる完全無人制御である事が分かっている。どの程度の性能かは分からないが、施設が攻撃を受けているのは察知しているだろう。にも関わらず去って言った………。おかしい。
この気づきが、γ中隊を救った。
『全機反転!! 全力噴射で戻るぞ!!』
中隊メンバーの脳裏に何故、という単語が思い浮かぶ。が、体は反応していた。速やかに反転し、跳躍ユニットを起動。閉鎖空間を時速300キロメートルオーバーという速度で駆け抜ける。通路の曲がり角でも、殆ど速度は落とさない。手足が床に擦れるほど大きく体を傾け、重心移動を駆使して強引に曲がって駆けていく。
そして悪い予想は当たっていた。この施設を管理するAIは、或いはこの設定をした者は対人戦を分かっている。
センサーに同型の反応が2機。先程の位置にいたら分からなかった。つまり
拙い。次の曲がり角を先に押さえられたら、逃げ道がない。しかも相手の方が速い。だが
部隊間データリンクで射撃タイミングを調整。多脚型が曲がり角から現れた瞬間にグレネードが着弾するように斉射。12発のグレネードが同時に叩き込まれた多脚型は大きく吹き飛ばされる。だが撃破には至らない。そこへ――――――。
『吹っ飛びなさい!!』
隊員の1人が、指向性爆薬が搭載された盾でシールドバッシュ。衝撃で壁面に叩きつけたところで、ひび割れた胴部からグレネードの銃身を突っ込みトリガー。内部に撃ち込み爆散させる。
これに対して残っている多脚型は、銃身を捻じ込んで動きの止まった隊員を照準した。レーザーマシンガンとでも言うべき攻撃が放たれる。しかし新開発されたエネルギーシールドと物理装甲は、これに辛うじて耐えた。外装が瞬く間に破壊されていくが、3秒隊員の命を繋いだのだ。そして特殊部隊の人間にとって、3秒は行動を起こすのに十分過ぎる時間だ。グレネードが斉射されると同時に、盾を構えた別の隊員が射線上に割って入りカバー。更に別の隊員が突貫、長刀を胴部に突き刺し、装甲をこじ開け、銃身を突っ込む。グレネードは弾切れ。代わりにAP弾(徹甲弾)を1マガジンプレゼント。たらふく喰らえ!!
内部機構をズタズタにされた多脚型が動きを止める。
γ1は撃たれた隊員の様子を確認した後、α1―――アリーセ中尉―――に通信を入れた。
『敵機撃破しましたが、損害1。本人に怪我はありませんが、機体ダメージが深刻です』
『分かった。ストレージの回収率は?』
『6割です』
『十分よ。戻って』
『了解』
こうしてγ中隊に命令を出した現場指揮官のアリーセ中尉は、協力者の探索に向かっているβ中隊に通信を繋いだ。こちらには専用機持ちであるクラリッサ大尉を同行させているから、戦力的に困る事は無いだろう。またISの強力なセンサー系を、協力者の探索に役立ててもらう為の配置でもあった。
ISの介入は最小限というオーダーはあるが、拘り過ぎて助けられる者を助けられなかったでは意味が無い。
『α1よりβ1へ。状況報告』
『こちらβ1。丁度目標を確保したところです』
『間違いの可能性は?』
『パワードスーツのスキャンで外見の一致を確認。大尉の専用機でその他の生体情報も含めて再チェックしてますが、問題ありません』
『了解』
アリーセ中尉は自分のいるαチームの作業進捗を確認した後、全チームに伝えた。
『β、γチームは先に離脱しなさい。αも爆破準備が済み次第離脱します』
『βチーム了解』
『γチーム了解。――――――γ1よりα1。意見具申の許可をもらいたい』
『許可します』
『途中で撤退したので、コンテナに空きがあります。上層にあるガードメカの残骸を回収していきたいので、許可願います』
『許可します』
こうして降下した黒ウサギ隊はミッション目標をほぼ完遂し、地上へと戻っていったのだった。
◇
暫しの後、アラライルは束からの完了報告を受ける前に、配下から報告を受け取っていた。そして表情が変わる。想像していた通りでありながら驚くという矛盾した表情だ。
近くにいたサフィルが、その様子を見て口を開く。
「どうしたのですか?」
「これを見たまえ」
彼女の眼前に展開された空間ウインドウには、観測情報から推測されたアリコーンの性能予測値や部隊練度が表示されていた。施設に突入した後の情報までは無いが、オービットダイブしたところまではキッチリ載っている。
任務に従事した軍人も言っていたが、どう考えても開星途中の文明が持つような艦ではないし、練度でもない。星間戦争してる文明の特殊部隊と言われた方が信じられるような内容であった。
因みに上がって来た報告には、一点だけミスリードがあった。作戦指揮を取っていた静寐は作戦完了後すぐにスターゲートを開かず、ワープドライブで星系外に出てからスターゲートを開いて帰還していたのだ。これにより観測していた軍人は、アリコーンは高性能ワープドライブ搭載艦であって、スターゲート艦ではない。つまり単独で行動する艦であり、艦隊を送り込める艦ではないと思ったのだ。尤も束博士が造った艦なのでスターゲート機能の搭載は予測されて当然なのだが、現時点では予測であって確定ではない。情報を未確定状態に出来たのは、間違いなく静寐のお手柄であった。
「………これ、本当ですか?」
「本当だ。私も配下のステルス偵察艦が直接観測した情報でなければ、信じなかっただろうな。しかしあの2人は、このレベルの部隊を巡回任務に使うつもりなのか? 正直、勿体ないという言葉が先に出るのだが」
地球文明圏でアリコーンの性能は公開されていないが、同艦が巡回任務に使用される事は、既に公開されている情報であった。
「確かにそう思いますが、星系の安全確保は発展の為の大事な要素の1つです。地球文明圏の他の勢力ではあのレベルの部隊は用意できないでしょうから、仕方ない一面もあるのかと」
「惜しいな。このレベルで仕事ができるなら、他にも色々と仕事を依頼したいところだ」
「スターゲート開通までは受けてくれるかもしれませんが、その後は受けないでしょうね。仮に受けたとしても、時折、という程度でしょう」
「仕方ないとは言え、残念だ。だがこのレベルの部隊が巡回するなら、星系の安全確保には期待しても良いかもしれんな」
「アリコーンの配備される潜行戦隊は、確か1隻が1個戦隊扱いで、3個戦隊が定数だったはずです。少数精鋭なのがネックですが、ある程度の抑止力は期待できるでしょう」
2人はこのような事を話しながら、束博士からの完了報告を待つのだった。
第185話に続く
カラードが公式に行った太陽系外でのファーストミッション。
超戦力による超戦闘ではありませんが、絵面的には結構派手だったかと思います。
お楽しみ頂けたなら幸いです。
次回はミッション終了後の色々な動きや影響といった感じになるかと思います。