インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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序盤でタイトル回収。
あとは今後に向けた布石とか足場固めという感じです。


第177話 人に教える束さん

 

 3月1週目の平日。

 月末に卒業式を控えるIS学園の3年生はこの時期、例年通りであれば自習などを行いながらまったりと過ごす事が多い。基本的に優秀な生徒しかいないので、補講とか追試とかとは無縁なのだ。が、薙原晶のいる3年1組の面々は違っていた。一に学習、二に学習、三四も学習、五も学習、受験生の如く朝から晩まで学習漬けの日々となっていた。何故か? 卒業後クラスメイト達は全員がカラードに就職するのだが、晶と共に宇宙関連事業に関わるなら、相応の知識的土台が必要となるからだ。

 そして全員が共通して必要とする知識も多いが、クラスは大別してパイロットチームとメカニックチームに分かれているため、専門分野についても同時進行で学習が進められていた。

 具体的に言えばパイロットチームは宇宙、それも地球圏以外での活動が確実にあるので、天体運動が及ぼす各種の影響、ワープドライブの扱い方、ワープ妨害を受けた際の対処方法etcetc。

 メカニックチームはワープドライブとワープ妨害機の扱い方に加えて分解整備の方法、先日購入した“首座の眷族”の輸送船の構造や各種機能、宇宙建造物への理解、宇宙船がダメージを受けた際の応急処置方法etcetc。

 だがこれら学習項目を、IS学園の教師が教えるのは不可能であった。当たり前だろう。ISの活動領域に宇宙が含まれているとは言え、学園側のカリキュラムで想定されていたのは、精々が衛星軌道でのちょっとした作業程度だ。地球圏以外での活動や戦闘、ましてワープや異文明の船を扱うことなど全く想定されていない。

 なので、教えられる人間が3年1組の教壇に立っていた。

 

「はいみんな~、事前に渡した資料の学習は進めているね? じゃあ、まずは問題を配るからやってみて」

 

 篠ノ之束である。

 彼女が此処にいる理由は簡単だ。今後3年1組の面々は晶の手足となるのだが、これは束自身が何かを計画した際に、手足となる可能性が高いという意味でもある。つまりある程度は“使える”レベルになって貰わないと困るのだ。

 このため束が教師役を買って出たのだが、この天才が普通の授業などする訳がない。まず渡された事前資料の量が大変多い――――――というのを通り越してエグイのだ。天体運動が相互に与える影響、星図の読み方、惑星への降下や脱出軌道の計算、惑星環境や生命循環系、高度物理学、空間概論etcetc。

 幸いにしてクラスメイトは全員が専用機持ちなので、ISの基本機能である思考加速を使えば、覚えることそのものに余り苦労はない。が、コンピューターよりも早く思考と判断ができるISの機能を使って、なお卒業まで毎日10時間以上の思考加速が必要というのだから、どれだけ膨大な量なのかが分かるだろう。だが知識は詰め込んだだけでは意味がない。知識を使えるようになるためには考える力が必須であり、束の問題はその考える力を養う為のものだった。現時点では事前資料の全てを詰め込めている訳ではないと分かっているので問題内容は十分に手加減されたものだが、思考加速の使用を前提とした問題なので、一般人にとっては無理難題の超難問レベルであった。

 そんな問題をクラスメイト達は必死に解いていく。が、当然の如く分からないので、相川清香が恐る恐る質問した。

 

「あ、あの~。束博士。問1の――――――というところが分からないのですが」

「ん? ああ、そこね。渡した資料の5800ページの3行目あたりをもう一度思い出してごらん。その問題と似たような事が書いてあるから。あとついでに言っておくと、6800ページ辺りを見直しておくと次の問題も分かり易いと思うよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 この質問を皮切りに生徒達が次々と質問を始め、束はその全てに丁寧に答えていく。彼女が引き籠りで興味の無い人間には極めて冷淡などとは信じられない光景だ。が、彼女の本質が変わっている訳ではなかった。繰り返しになるが、今後3年1組の面々は晶の手足となるのだ。これは束自身が何かを計画した際に手足となる可能性が高いという意味でもあるので、“使える”レベルになって貰わないと困るのだ。また彼女らは自分の男()の周囲を固める女でもある。役に立っている限り、他の有象無象の凡人とは多少違う扱いをしても良いだろう、という判断も働いていた。

 そうして昼頃まで教壇に立っていた束は、帰り際にクラスメイト達に今後の予定を伝えていった。

 

「これから4週目の金曜日まで、平日の午前に来るから自己学習を怠らないようにね。あと将来的にだけど、私が望むレベルにまで到達していたら、宇宙活動用の宇宙船を作ってあげる。多分クラスを幾つかのチームに分けて、チームに1隻っていう形になるかな。操船方法はIS接続のワンマンオペレーション。想定している運用方法は、最大半年程度星系を巡回しての治安維持活動。という名目の何でも屋かな。宇宙進出が進んで色々な組織の成熟が進めば任務内容も変わってくると思うけど、今は何でも屋と思ってくれれば良いかな。で、全チームの同時出撃じゃなくて、ローテーションを組んで交代で出る事になると思う。あとは………ああ、そうだ。宇宙船の準備を始めるのはスターゲートの開通とテラフォーミング用ユニット(ディソーダー)の投入が終わってからだから、もう少し後になるかな。それでも半年以内には1隻目ができると思うから、しっかりね」

 

 束は言うだけ言って、教室から出て行った。その後クラスメイトの面々は暫し固まっていたのだが、言われた内容に思考が追いついたところで、隣に座る者同士で話し始めた。

 

「えっと、本当………なんだよね?」

「博士がわざわざ言ったんだよ。冗談な訳ないよね」

「じゃあ私達、博士お手製の船が貰えるの?」

「凄くない!?」

「凄いけど、前提条件が博士が望むレベルだよ。しかも何でも屋扱い。道理で資料の範囲が広い訳だよ。これ、すっごい、本当に沢山頑張らないとダメだよね」

「言えてる。晶くんもスパルタだけど、博士もスパルタだよ~」

「でもでも、頑張れば地球で誰もできない事を私達だけが出来るようになるんだよ。頑張る価値はあるよ」

「そうだね。じゃあみんなで頑張りますか」

 

 こうして3年1組の面々が決意を新たにしている一方、皆が学習している範囲を既に終えている晶は―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 カラード本社の地下深くにある第二海底ドック。

 束の乗艦であるイクリプスが使用している第一と違い、今こちらを使用している艦はない。此処はつい先日、自動機械群による拡張工事*1で完成したばかりなのだ。このため艦を固定する為の台座と複数の巨大アームだけという殺風景な光景となっていた。もし艦がドック入りしていれば、天井、壁、床に格納されている多数のメンテナンス用アームが展開している光景が見れただろう。

 そしてドックの最奥にある分厚い隔壁の向こう側、第二地下工場では新しい艦の建造が始まっていた。束が複数の星系に投入するスターゲートとテラフォーミング用ユニット(ディソーダー)の作成を優先しているため建造スピード自体はゆっくりだが、今後地球文明圏は複数の星系を跨ぐ事になるため、巡回任務用の艦が不可欠という判断からだ。

 開発名称は“アリコーン”。*2晶の親衛隊(3年1組の面々)に配備される艦のプロトタイプで、ハウンドが試験運用する予定となっている。またこの艦の性能は、“地球の工業力では宇宙対応の戦闘艦の数を揃えるのは難しい”“建造後、可能な限りメンテナンスで束の手を煩わせない”という背景的事情と条件から、次のように定められていた。

                                

 ・ステルス性

   艦隊という見た目に分かり易い武力ではなく、何処にいるか

   分からない不可知性によって不審者への抑止力とする。

   

   性能要件

    アクティブステルス

    光学迷彩

    空間潜行*3

   

                                

 ・防御力

   人員ロストの可能性を極限まで下げるため高い防御力を与える。

   

   性能要件

    強固なエネルギーシールド

    レーダー反射率の低減と強固な物理装甲性能の両立

    自己修復

   

                                

 ・攻撃力

   打撃力が無ければ抑止力にならないため、遠・中・近・至近の

   いずれの攻撃距離においても高度な打撃力を有する。

   

   性能要件

    アサルトアーマーによる全周囲攻撃

    光学兵器群による弾幕形成

    高い命中率を期待できるミサイル攻撃

    弾道計算によっては曲射が可能な実弾攻撃

    高い攻撃力を期待できる大口径光学兵器

    多数のドローン展開による多面的攻撃

   

                                

 ・機動力

   星系を移動する巡回が主任務であり、場合によっては急行

   しなければならない状況も有り得る。また本艦そのものを

   ターゲットとした敵対勢力からの攻撃も考えられる。

   このため高い機動力と戦域からの確実な離脱能力を与える。

   

   性能要件

    ブースターと重力・慣性制御の併用による高い移動性能

    惑星圏内での海空、及び宇宙での活動能力

    ワープドライブ

    ワープ妨害への耐性

    スターゲート機能

    

                                

 ・メンテナンス性

   メンテナンスに束の手を要するようでは、同型艦が増える程に

   彼女の負担が増えて宇宙進出計画に支障が出てしまう。

   

   性能要件

    自己修復による自動メンテナンス

    

                                

 ・少人数化

   多数の人員確保は難しいため、少人数での運用を前提とする。

   

   性能要件

    ISパイロットによる運用を前提としたワンマンオペレーション

    少数の人員による多数のドローン展開

 

                                

 現在の地球の工業力から考えれば、束しか実現し得ない性能要件であった。が、数を揃えられない以上は質を高めるしかない。また巡回による治安維持という任務の性質を考えれば、不審者に恐れられるだけの性能が必要でもあった。

 晶は第二ドックを見渡しながらそんな事を思い、振り返らないまま後ろにいる3人の女性(ハウンド)に話しかけた。

 

「アリコーン0番艦はお前達が試験運用した後、予定通りそのまま乗艦にしていい。で、宇宙文明にも犯罪者はいて、賞金首がいて、宇宙海賊がいる。スターゲートが開通したら、そういう奴らも地球圏に来るだろう。だからこれからは、そういう奴らも狩れ」

「分かりました。ですが、地球の悪党はどうしましょうか? 一応、私達が自由に行動できる建て前は世間の役に立つことです。地球の賞金首の検挙数が落ちてしまえば、怠けていると騒ぎ出す輩がいないとも限りません」

 

 中央にいたクセの無い銀髪のセミロングに切れ長の瞳の女性、エリザ・エクレール(ハウンド1)の言葉に晶は答えた。

 

「更識がターゲットとして内偵しているが、人手が足りなくて排除出来てない奴がいたな。そいつらの情報を回そう」

「分かりました」

 

 これまでハウンドと更識家のとの間に明確な協力関係というのは無かったが、この頃から更識家の情報支援が入るようになり、結果として賞金首の検挙数が更に上昇していくことになる。

 

「で、話を戻そう。お前達の宇宙での狩りだが、暫くは秘密にしておく。だが宇宙文明との交流が進んで、地球圏にもそういう犯罪者が来ているという情報が知られてきた時点で、宇宙海賊退治の情報は世間に出す。これでお前達の活動範囲を大きく広げられる」

「宇宙の犯罪者ですか。どんな奴らがいるのか楽しみです」

「事前情報はなるべく仕入れておくが、気を抜くなよ」

「勿論です。社長の猟犬の名に恥じない働きをお見せ致します。ですがその前に艦が完成次第手荒く扱って、問題点を洗い出して、社長の可愛い部下達(社長のクラスメイト)が使い易くなるように仕上げてみせましょう」

「任せた」

 

 束が設計して人手を介さない地下工場で作っているのだから、ハードウェアやシステム的な不具合は考え辛いが、それと運用のし易さは別物だ。彼女達なら悪知恵の働く悪党らしく、色々な問題点を洗い出してくれるだろう。

 

「はい。任されました。ですが少し、いえ、大分残念ですね」

「何がだ?」

「社長のクラスメイトがカラードに就職したら、私達は唯一直属の配下と名乗れなくなってしまいます。このフレーズ、とても気に入っていたのですが」

「なるほど。だが、実体は変わらんよ。俺の狗はお前達で、お前達は俺を飼い主と呼べば良い。そしてこれまで通り、俺が望む結果を持ち帰れ。細かい事は言わん」

 

 一般人には理解し難い感覚かもしれないが、彼女達にとっては一番欲しい言葉であった。だから3人は飼い主が見ていないにも関わらず頭を下げ、エリザが代表して答えた。

 

「仰せのままに」

「期待している。―――さて、新しいドックも見たし戻るかな」

「一時間後に面会予定がありますが、それまでは如何されますか?」

 

 晶が振り向くと、3人の中で左側にいた女性が尋ねてきた。背中を艶やかに流れるストレートブロンドを持ち、蒼い瞳に清楚とも言える顔立ちが、お嬢様とも言える雰囲気を醸し出している。が、3人の中では一番腹黒い女性で、名をネージュ・フリーウェイ(ハウンド3)と言った。

 

「お前のコーヒーが飲みたい」

「分かりました。準備させて頂きます」

 

 晶は味に拘る人間ではないが、彼女が手引きのコーヒーミルで豆から挽いてくれたコーヒーは割とお気に入りであった。腹黒さとコーヒーを作る腕は別らしい。

 そして返答を聞いてから歩き出すと、3人が後から付いて来る。途中、右側にいた腰まである燃えるような赤髪と勝気な瞳を持つ女性が口を開いた。彼女の名はユーリア・フランソワ(ハウンド2)。性格は外見通り勝気で高飛車。男は自分に貢ぐ為に存在すると思っていた女王様。過去形なのは、今は飼い主にじゃれつくワンコちゃんだからだ。

 

「それにしても毎日毎日、面会多いわねぇ。そんなに来て、いったい何をしたいのかしら? どうせ社長と奥様(束様)が何か言えば、肯く事しか出来ない連中でしょ」

「仕事してるアピールに決まってるじゃない。社長と面会できたら、それだけでニュースになってインタビューされて、こういう事を話してきましたっていうどうでも良い話をマスゴミが垂れ流してくれるんだから」

 

 答えたのはネージュだ。お嬢様風な外見をしているが、出てきた言葉は辛辣だ。

 

「そんなどうでも良い事なら社長。面会全部キャンセルしちゃいません? 替わりにペットの体を洗うっていう飼い主の大事なお仕――――――」

 

 ガンッ!!

 ネージュのグーがユーリアの頭に叩き込まれていた。パーでのビンタではなく、グーである。

 

「いったいわね!! なにすんのよ!!」

「あんたは昨日してもらったでしょ。今日は私の番」

「いいじゃない。あ、なら3人一緒に」

「いやよ。折角の1対1なのになんで分け合わないといけないのよ」

 

 睨み合う2人。勿論本気ではない単なるじゃれ合いだが、止める者がいなければ際限なく続けるのがこの2人だ。なので、いつものようにエリザが止めに入った。

 

「はいはい2人とも。社長の前でみっともない姿を見せないの。―――あ、でもやっぱりそのままじゃれてて良いわよ。ネージュの分は私が貰うから」

「何言ってるのよ。エリザは明日でしょ。全く、2人とも肉食獣なんだから」

 

 晶はこうした3人のじゃれあいを楽しい気分で聞きながら、地上へと戻っていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 1時間後。ネージュの淹れてくれたコーヒーを飲んで時間を潰した晶は、応接室で今日面会予定の者と会っていた。

 

「――――――という訳で日本としては引き続き、全力でクレイドル計画を推進して参ります。なのでこれまで通り、お力添えをお願い致します」

「ええ。クレイドル計画は宇宙進出計画にとって大事なもの。支援は惜しみません。ですが、そちらも組織の引き締めは抜かりないようにお願いします。特に安全管理や資金管理は入念に。規模が大きくなると、脇が甘くなって事故や不祥事なんて事も有り得ますから」

「勿論です。束博士や貴方の手を煩わせるような事は決して」

「心強い返事で大変嬉しいです。――――――では、この5人を内部調査して貰えますか」

 

 晶は横に置いておいた、紙媒体のファイルを手渡した。

 面会者の表情が変わる。

 

「これ、は」

「こちらの調査で怪しい動きが見られた者達です。完全に黒とは言い切れませんが、一度しっかり調査してもらった方が良いと思いまして」

 

 大嘘である。真っ黒だ。が、カラード側で処理しなかったのは、日本側の自浄能力を見る為だった。

 そして今日訪れている面会者は、こちらの意図を正しく理解したらしい。

 

「失礼。電話をかけても宜しいでしょうか」

「どうぞ」

 

 面会者は懐からスマホを取り出し、短縮番号をコール。

 

『私だ。これから言う5名を調査しろ。佐藤和正、林玲子、美和美香、ニルリー・キャンベル、スティル・フィート。黒なら公表だ。関係者も黒なら同じ対応で構わん。隠蔽など以ての外だ。クレイドル計画には自浄作用があると、関係各員が分かるようにな』

 

 電話を終えた面会者が、晶に一礼する。

 

「情報提供ありがとうございます」

「いえいえ。お役に立てたなら何よりです」

 

 面会者は平静を取り繕っていたが、背中は大量の冷汗で濡れていた。薙原晶という人間は基本的に温厚だが、束博士の障害となる人間には全く容赦が無いのだ。自浄能力を示せなければ、圧力をかけてそれがやれる人間に代える――――――くらいで済めば相当に穏便な方だろう。勿論、表向き彼にそんな権限は無い。が、信じてる人間などいないに違いない。そして面会者は、今後確実な出世が見込めるこのポジションを手放す気などなかった。

 だからちょっとだけ媚を売る。ちょっとだけというのがポイントだ。何故なら媚びる事で相手の自尊心を満たしてコントロールし易くするという交渉手段もあるにはあるが、彼はその類の人間ではない。適度に便利で適度に耳よりな情報を運んでくる程度の人間でいる方が、長期的には円滑な関係が築けるだろう。

 

「ところで話は変わるのですが、お耳に入れたい事がありまして」

「なんですか?」

「いえ、今日野党の方が面会に来ると思うのですが、どうやらその方は貴方を政治に巻き込みたいようでして」

 

 晶は「はぁ」と溜め息をついた。晶はこれまで、一切政治的意見を表明した事はない。良きにしろ悪きにしろ、面倒事が山のように押し寄せるのが目に見えていたからだ。だがそれはそれとして、本拠地である日本や世界の政治情勢には注意を払っていた。ISという超絶の暴力を扱う以上、選択ミスは多大な混乱を生み、宇宙開発に悪影響を及ぼしかねないからだ。そしてこれまでの活動経過から、自身の名声を使いたい輩が山のようにいる事も理解していた。

 また現在の日本の政治状況として、与党の一強状態が続いていた。何故か? 更識が政府中枢に手を伸ばす過程で、無能と害悪には退場してもらったからだ。流石に全員が白という訳ではないが、程度の低い奴や脇の甘い奴を重用するほど楯無は甘くない。必然的に、残ったのは良くも悪くも精強な奴らだ。

 これに対して野党は練度、というか勉強不足により政策対決で勝てないため、チクチクネチネチと揚げ足取りの姿勢に終始していた。支持率が低迷するのも道理だろう。

 だから知名度と人気のある人物を頼って一発逆転という思考は理解できなくもないのだが………。

 

「面倒な」

「というかお聞きしたいのですが、何の権限も無い者と何故お会いになるのですか? 貴方であれば断ったところで、相手も理解するでしょう」

 

 晶の元には他国の大使、それも全権代理人――――――どころか最高権力者本人が来る事すらある。優先順位的に野党の党首程度を断ったところで、何らおかしい話ではないのだ。

 このため面会者の疑問は、ある意味で当然と言える。なので晶は、当たり障りの無い表向きの理由を1つだけ答えた。

 

「どんな人物なのか知りたかったからですよ。色々噂は聞いていますが、やはり本人を知らない事には何とも言えないので」

 

 幸いにして、相手は物分かりが良かった。

 

「そうでしたか。実りある話し合いになる事を祈っています」

「志があって政治家になった人でしょうから、多分実りある話し合いになるのではないでしょうか」

 

 白々しいことこの上ない会話だが、仲良しこよしという訳でもない。こんなものだろう。

 こうして面会を終えた晶は、別の面会者達と話した後、日本の野党第一党の党首と面会していた。

 会話内容は………まぁ正直、晶にとってはどうでもよかった。いや、良くなかった。

 

「―――博士ほどのお人であれば、もう少し地球内部の事に目を向けるべきだと思うのですよ。宇宙開発に投入している資金を、ほんの少しだけでも足元に振り分けてくれれば、助かる者も多いと思うのですが」

 

 こいつは、束がどれほど人類に貢献しているか知らないのだろうか?

 

「人類の宇宙進出という夢は立派だと思うのですが、まずは足元をしっかり固めて、国民の意思統一をはかる必要があるでしょう。そのためには、どうでしょう。政治家になっては如何ですか? 貴方の言葉であれば、多くの者がよく聞くと思います。勿論その際には、我々が全面的にバックアップさせて頂きます」

 

 ………相手の表情を見てみる。とてもニコニコしている。良い事を言ったと思っているのだろうか? 本気なのだろうか? まさか本当に、この場でこの程度の話しかできない人物が野党第一党の党首なのだろうか? お前らに任せていたら、百年経っても進まないだろう。それになんだ? 一個人であれだけの事をやるのがどれだけの事か分かっていないのだろうか? その人間に、地球内部の事にも目を向けろ? 束のパートナーである俺に政治家になれ? 現実が見えていないとしか思えない。それに我々が全面的にバックアップ? 支持率低迷で崩壊寸前のガラクタな党が何を言っているんだ?

 久しくなかった程に気分を害した晶は、冷静に対応を決めた。普段はこういう有象無象は相手にしないのだが、仮にも野党第一党の党首がこんな考えでは、後々何を騒ぎ出すか分からない。政治の舞台から、退場してもらった方が良いだろう。

 コアネットワークを繋ぐ。

 

(楯無)

(あら、この時間に繋いでくるなんて珍しいわね)

(ちょっと頼みたい事がある)

(何かしら?)

(今、野党第一党の党首と面会してるんだけどさ、こいつダメだな)

 

 彼女は思った。普段は温厚な当主様()の声が本気だ。更識家当主代行としてやるべき事を思い浮かべながら、一応事情を確認する。何事も効果的に行う為には、背景情報が必要だからだ。そうして確認したところで、楯無の心の声が出た。

 

(馬鹿者ね)

(だろう。こんな奴、いなくても良いと思うんだが)

(そうね。じゃあやるけど、どういう結果がお望みかしら?)

(二度と政治の場に立てないように。ああ、金や女のスキャンダルだけじゃダメだぞ。それだと政治家としての能力を認める者がいて、もしかしたら立ち直るかもしれない。だから、政治家としての能力が全く無い奴だと誰もが分かるように堕とせ)

(分かったわ。そしたら………そうね。腹立たしいかもしれないけど、少し演技してもらえるかしら)

(どんな風に?)

(何でもない情報を、さも高レベルな情報のようにして喋ってもらえるかしら。で、後から私の配下を接近させて、貴方から聞いた話を喋らせるわ。はい、これで情報漏洩っていう事実の出来上がり。ついでに情報漏洩で被った被害額を請求して資産を毟り取って、後はそうね………資金回りも黒そうだから、色々調べてお掃除しちゃおうかしら)

(頼む。どれくらいで出来そうだ)

(本人だけなら、話を聞き出してから1週間っていうところかしら。周囲も含めたらもうちょっと掛かるわね)

(こいつを排除できるなら、後は更識が最大の利益を得られるように利用して構わない)

(馬鹿言わないで、やるなら全部利用しないと。そうね。丁度良いから、私の子飼いがのし上がる踏み台になって貰おうかしら。政府と与党の方には送り込めてたけど、野党って程度が低かったから後回しにしてたのよね)

(なるほど。これが上手くいけば、日本の政治は全部お前のコントロール下って訳だな)

(上手くいけばじゃないわ。確実な未来よ。そして私のじゃなくて、更識家当主である貴方のものよ)

(実際動かしてるのはお前だろう)

(私は当主代行。だから私のものは貴方のもの。素直に受け取っておきなさい)

(分かった。有り難く受け取っておくよ)

 

 こうして楯無との通信を終えた晶は、目の前の腹立たしい奴との会話を再開し始めた。だが先程までとは違い、ワクワクしている。外見は穏やかなビジネススマイルを浮かべながら、内心で浮かべるのは非常に黒く深く薄暗い笑みだ。

 

「なるほど。バックアップですか」

 

 少し、考えるフリをする。そして次の言葉を紡ぐ。

 

「まぁ私も色々と考える事はありますが、政治というのは中々難しいですからね。貴方も同じように思う事があるのではないですか?」

「ええ。同じです。政治家は国民の事を第一に考えるべきなのに、そうしない人間が余りに多い。勿論、貴方は違うと思いますが」

「私は束の護衛として、必死にやってきただけですよ」

「その献身さが皆の心を打つのです。貴方なら任せられると、皆が思うに違いありません」

「そうでしょうか?」

「間違いありません。ニュースを見てみて下さい。皆、貴方に肯定的ではありませんか」

 

 三文芝居だ。内心でうんざりしていると、仕掛け人が到着したようだ。

 応接室のドアがノックされる。

 

「誰だ?」

「社長。ネージュです。お話し中申し訳ありませんが、指示を頂きたい案件がございまして」

「仕方ない。入れ」

 

 ガラクタな党の党首の視線が、入って来た彼女に釘付けとなる。

 気持ちは分からなくもない。

 猟犬の1人であるネージュ・フリーウェイは、背中を艶やかに流れるストレートブロンドを持ち、蒼い瞳に清楚とも言える顔立ちが、お嬢様とも言える雰囲気を醸し出している美女だ。スタイルも容姿に見合うもので、カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)の上からでも女性らしい起伏に富んだボディラインが分かる。

 好奇心に、いや欲情に満ちた視線がネージュの動きを追う。

 ネージュが晶の耳元で、何かを囁いている最中もその視線は続いていた。

 途中、党首の耳に無視できない幾つかの単語が飛び込んでくる。献金を受けている幾つかの企業の名前が挙がっていたのだ。全部は聞こえなかったが、聞こえたのは全て大口献金をしてくれているところ。

 不安が脳裏を過ぎる中、晶が口を開いた。

 

「ああ。そうだ。少しお聞きしたいのですが、これら会社の中で、何か噂を聞いた事のある会社はありませんか?」

 

 党首に幾つかの企業名が書かれた紙が差し出される。内容を確認してみれば、政治献金をしている企業のリストだ。党首自身が受けている企業もあるが、政敵が献金を受けている企業もある。

 党首は即座に、これを利用する事に決めた。賞金首狩りの猟犬どもが探っているとなれば、逃れるのは至難の業だ。そして猟犬がどんな相手に噛みつくのかは有名なので、狙われているという情報を他に流してやれば、対象となった企業も、献金を受けている政治家も、悪というイメージを世間に持たせる事ができるだろう。しかも情報を上手く使えば色々な人間に恩を売れて、自分は猟犬の活動を知り得る立場にいると周囲に知らしめる事ができる。あの猟犬の活動を、だ。他の政治家にはない強力な強みになる。

 党首が渡された紙をじっと見つめる中、晶とネージュはコアネットワークで話をしていた。

 

(考えている事が丸わかりですね。社長。如何なさいますか?)

(資料は見せた。いや、どうせならこの資料、渡して紛失してもらうか)

(悪い人ですね。資料だなんて。あんなの企業名並べてプリントしただけじゃないですか)

(この場で使われたなら立派な資料さ。で、こいつが資料を紛失したお陰で情報が流出して、お前達の活動に影響が出た、と)

(社長。私の事を腹黒なんて言えないくらい悪い顔をしていますよ)

(元々正義の味方じゃないからな。――――――さて、こいつもじっくり資料を見てくれた事だし、そろそろ終わりにするか)

 

 晶はコーヒーを一口飲んで、口を開いた。

 

「少しやる事が出来ましたので、これで失礼します。それは差し上げますので、何か分かったこと、思い出したことがあったら連絡を頂ければ幸いです」

「ええ。思い出しましたら、必ず」

 

 お互い、ニッコリとした笑み。

 だが党首は知らない。もうすぐ自身が破滅することを。今回の面会で極めて強力なコネクションを得て、政治的にそれを活かして巨大な権力と金を握るという夢想から一転、政治家として再起不能になり、自身の資産すら損害賠償で毟り取られていくことに。無責任な発言のツケを支払う事になるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一週間後、晶が束の自宅でTVを見ていると面白いニュースが流れた。

 

『続いて次のニュー――――――速報です。野党第一党の党首が、政治的に知り得た情報を外国企業に流し、対価としてダミー企業を通じて政治資金を受け取っていた、との情報が入りました。繰り返します。野党第一党の党首が――――――追加情報が入りました。1週間程前にカラードの社長、薙原氏と面会した際に知り得た情報を外部に流して、賞金首の確保を妨害したとの情報もあるようです』

 

 同じソファに座っていた束がTVにチラリと視線を向け、晶の方に倒れ込んできた。そのまま頭を膝の上に乗せて膝枕状態だ。

 

「えへへへぇ」

「どうしたんだ?」

「ん~。いっつも膝枕してあげてるから、偶にはしてもらおうかなぁ~って」

「俺の硬い膝枕で良いのか?」

「適度な硬さで丁度良いよ」

 

 束が上を向くと、何度触っても飽きない豊かな双丘が上を向く。いつものウサミミエプロンスタイルの上からでも魅力的なラインを幻視できるほど堪能しているが、本当に飽きない。何度でも触っていたい。そしてひじょーーーーに触り易い位置にあるので手を伸ばしたくなるが、グッと我慢する。寛いでいる束の邪魔はしたくない。

 が、彼女の思いは違ったようだった。

 

「ぶっぶー」

 

 束はニコニコと笑いながら、晶の行動にダメだしする。

 

「え?」

「ここで正しい行動は、こうだよ」

 

 手が彼女の胸元に導かれる。こんな状態で、自制心が働く奴は男ではないだろう。晶は遠慮なく据え膳を頂くのであった。

 その一方で野党第一党の党首は、これから下り坂を転げ落ちるが如く全てを、急速に失っていく事になる。

 機密漏洩や企業への便宜による私腹を肥やし、だらしない下半身問題、賞金首確保の妨害による被害者意識の逆撫で、秘書への高圧的な態度、党首主導で出された議員立法が反社会的な連中の益になっているという事実、様々な事が白日の下に晒された結果、議員としての能力、人格、あらゆるものに疑問符が付けられ、議員として最も大事な人脈を失っていく。更に被害を被ったという連中から損害賠償を請求され、肥やした私腹は瞬く間にマイナスへと転じていった。ちなみに堕とすなら徹底的に、である。日本は法治国家なのでこんな奴でも弁護士が雇える。が、その弁護士が本当の味方とは限らない。しっかりと楯無の息がかかっていた。高額な弁護士費用、相場より遥かに高い和解金の支払い――――――で、終わりではない。本人が一段落したと思ったところで、旨い話があると詐欺師が近づき、復活の芽があると魅力的な美女が近づき、結果としてもう一度警察のお世話になる。その醜聞はメディアにすっぱ抜かれ、こんなクズが党首をしていたという事で政党の支持率はガタ落ちとなっていった。

 そしてボロボロになった政党を立て直す救世主として、楯無の子飼いが登場する。無論、初めは逆風も逆風の大変な役割だが、反対すべきは反対し賛成すべきは賛成するという真っ当な政治姿勢、真っ当な政策対決、なにより足の引っ張り合いには興味が無いという姿勢が評価され、徐々に弱小ガラクタ政党を立て直し、与党に迫る巨大政党へと立て直されていくのだった。

 皮肉なものである。日本は政治に関わりたくない武力()裏社会の者(楯無)によって、多くの者が望んだ真っ当な政治環境が作られていったのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 宇宙進出とは全く関係無いお話。

 日本の某アニメ会社が束さんをモチーフに企画した『魔法戦士 シノ』のPV第一弾、その試作案が2人に送られてきた。

 

『これが私の全力全壊。重力爆撃(グラビトロン・クラスター)!!』

 

 拘束魔法で捕らえた敵に対して、シノの最強魔法が叩き込まれる。

 このシーンは某アニメ会社が、束博士が宇宙人と会談している時に襲われた状況をオマージュしたものだった。襲撃してきた戦闘艦を敵、ワープ妨害を拘束魔法に置き換えて、主人公シノに必殺の一撃を撃たせるシーンに仕上げたのである。*4そしてこのシーンを見た束の第一声は――――――。

 

「え? 私こんなエゲツナイことやってたっけ?」

「やってたな。ワープ妨害で逃走阻止しての一撃だろ。まんまじゃないか」

「え~。もっと可愛くがいい」

「いや、お前らしいからこれでOKってことで」

「むぅ」

 

 不満顔の束。しばし考えた彼女はニヤッと笑い。「うん。分かった」とあっさり180度態度を変えた。

 疑問に思った晶だが、彼は後に後悔する。何故あの時しっかり突っ込まなかったのかと。

 PV第二弾の試作が送られてきた時のことだ。

 

『俺にはお前だけなんだ』

『お前だけを愛する』

 

 晶によく似た顔のアニメキャラクターであるレイヴンが、背筋が寒くなるほどの臭い台詞を連発するのだ。

 一応設定通りに「ストイックな傭兵」であり「シノにだけ気遣いを見せる」という点は守られているが、シーン的に2人だけだとくっさい台詞沢山なのだ。

 なお本当は「シノにだけはちょっと不器用な気遣い」なのだが、誰かさんのゴリ押しで変更されたようである。

 

「なんだこれぇぇぇぇ!!」

「うんうん。良いねぇ」

「いや、無いだろ」

「え~、アリアリだよ」

「いや勘弁してくれ。悶え死ぬ」

「ど~しよっかなぁ~」

 

 ルンルン気分で笑顔の束さん。すると彼女は一度部屋に戻り、なんか衣装を持ってきた。広げると、アニメキャラクターレイヴンのコスプレ衣装だ。

 

「これ着て、同じ台詞言ったら許してあげる」

「うぐ」

「ダメ?」

 

 首を傾げて上目遣いの束さん。もうノリノリだ。

 しかし晶も負けてはいない。

 

「な、なら気分を出す為に、お前もシノの恰好してくれ」

 

 この後2人がどうなったかは、まぁご想像の通りである。

 ちゃんちゃん。

 

 

 

 第178話に続く

 

 

 

*1
カラード本社地下空間の拡張は、第159話頃から猛スピードで行われていました。

*2
元ネタは空のACで登場した超兵器の1つ。原作では全長495mの潜水艦で、トリマラン(三胴)船型が採用されている。また航空機の運用能力もあるため、その戦力投射能力は空母打撃群に匹敵するとまで言われている。

*3
空間潜行能力そのものは、原作でチェルシーが搭乗しているIS(ダイヴ・トゥ・ブルー)にもあり。

*4
勿論、元ネタは「魔法少女リリカルなのは」第一期のあのシーンである。




束さんも成長していて、猫を被れば人にものを教えられるようになりました。
織斑先生めっちゃ驚いていると思います。
もしかしたら嬉しさの余り夜に酒盛りしているかもしれません。
ちなみに束さんが準備した事前資料が外部に出ると大変な事になるので、当然部外秘です。
  
そして完成はまだ先ですが、ハウンドやクラスメイト達が使う戦闘艦の建造開始。
地球文明が束さんに頼らず艦隊を編成できるようになるには、まだ大分かかると思うのでそれまで頑張ってもらおうと思います。
  
ちなみに「番外編第05話 ネージュ・フリーウェイ(イラスト有り)」にArtificial Line様より頂きましたネージュさんのイラストがあります。
よければご覧になって下さい。美人です!!

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