インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
2月4週目の土曜日。
束と晶は、自宅の居間で今後の方向性について話をしていた。
常設型スターゲートの目途は立っている。“首座の眷族”が義務教育で使う教科書や参考書、読む為の翻訳機も入手できた。購入したワープドライブ搭載型輸送船の分解・解析作業も、多くの科学者達によって始められている。宇宙文明について学ぶ生徒は選考中だが、程なくして決まってくるだろう。もし政治が絡んで決められないようなら、こちらの鶴の一声で決めてやればいい。チャンスは与えたのだ。活かせなかったならそれまでだ。
束はそんな現状を思い浮かべながら口を開いた。
「次の一手、どうしようか?」
晶は考えた。今2人の前には無数の選択肢があるが、全てに手をつけられるだけのリソースは無い。選択と集中が大事になるだろう。
「そうだな。まずは日本に、クレイドル2号機の建造を急いでもらうか。*1でも急げと言うだけで人手が足りなかったら事故の元だから、1号機に駐留しているISパイロットを借りられないか、今度交渉してみる。で、計画通り2号機にはワープドライブを搭載して*2アステロイドマイニング*3を進めてもらって、地球で使う資源の獲得と人が宇宙で活動する為の土台作りかな」
束と晶だけなら、地球から遠く離れた場所でも活動可能だ。だが人類全体の宇宙進出を考えるなら、一般人が宇宙で働く、或いは生活するというのが、自然な選択肢として出てくるような社会を作る必要がある。クレイドル計画や月面のマザーウィル計画はその為の第一歩だが、これら単体では一部の者が宇宙に出ただけだ。無論クレイドルやマザーウィルが存在する意味は非常に大きいのだが、続く一手が無ければ、人類の宇宙進出というには程遠い。そして宇宙文明との交流が始まろうとしている今は、その存在も考慮していく必要がある。
「―――で、そこから先だけど、俺としては地球が銀河の辺境にあるってのを最大限に活かしたいと思ってる」
「どういうこと?」
「まず現状の整理だけど、辺境にあるってことは、この近辺は全く開発されていない手つかずの状態ってことだろ。そしてアラライルが言っていた辺境に安全にアクセスできるスターゲートの存在は有り難いって台詞からの推測だけど、宇宙文明は、少なくとも“首座の眷族”は、辺境にアクセスしたいと思っている。逆説的にアクセスしようと思う理由があるってことだけど、俺は資源採掘か、辺境の開拓もしくは人口増加対策の入植じゃないかと思ってる」
「なるほどね。仮に理由が資源だった場合、恐らく既に文明が栄えているところは、色々な利権が絡み合って拡大が難しい。でも辺境に安全にアクセスできるなら、一気に規模を拡大できる。開拓や入植なら、先にやったもの勝ちだもんね」
「で、こういう事情があると仮定して考えると、これは最悪の場合だけど、こっちの宇宙開発が遅れると地球周辺や近くの星系は他文明に開発されて、近くにある資源をわざわざ他文明から買う、なんて事態になりかねない。何より宇宙進出した人類が
晶の脳裏にあったのは、
「なにかな?」
束の脳裏に、もしや、という思いが過ぎる。
「ディソーダーシステム」
この言葉を聞いた瞬間、彼女は嬉しさを抑えきれなかった。ついにこんな話が、現実的な選択肢として出てくるところまで来れたのだ。
「ふ、ふふ。はは、あはははははは!! そうだよね。そうだよね。先に手をつけておけば、そこは私達が先に開発中だったって言えるもんね。先に地ならしを始めて、必要なものは地ならししている最中に整えれば良いもんね」
ディソーダーシステムとは、自律作業の行える機械生命体を対象となる惑星に送り込み、テラフォーミングする技術だ。そしてこの機械生命体は環境に適応して成長と自己複製し、勝手にテラフォーミングを進めてくれる。
「どうかな?」
「大賛成。でも元のものを再現するだけだったら、テラフォーミングに大分時間が掛かっちゃうからちょっと改良するね。今ある理論の組み合わせだから、そう時間は掛からないと思う。――――――あ、でもそれをやるなら、もう少し念押ししておいた方が良いかな」
「念押し?」
「うん。テラフォーミングする星系にもスターゲートを開通させておいて、ちゃんと開発してるよって内外に示しておくの。だってスターゲートって宇宙文明の共有財産と認定されるくらいには重要度の高い物でしょ。ならそれを投入してまで開発してるって示せば、相応に正当性が認められると思うの」
束の読みは正解であった。宇宙文明において星系の領有権を主張するのに有効な手段は2つあり、1つはスターゲートの開通で、1つは星系内の何処かの惑星をテラフォーミングしていることだ。尤もテラフォーミングは適した惑星が無ければ行えないため、実際にはスターゲートの開通と一定以上の経済活動がある、という事で判断される場合が多い。無論、現実的には様々な諸事情から、同一星系のAという惑星とBという惑星では統治している文明が違うという事もあるが、上記2つを独力で行っているのであれば、勢力圏と主張すること事態は何ら問題無かった。しかし主張できるだけであって、現実的に統治できていなければ、地球の国境問題と同じく浸食される可能性は常にあった。
「確かにそうだな。じゃあゲートは複数作るとして――――――ん? 待てよ?」
「どうしたの?」
「いや、今ふと思ったんだけどさ、地球近郊に作るスターゲートには、アンサラー4号機からエネルギー供給できるだろ。じゃあ、別の星系に跳んだ後、更に別の星系に跳ぶ場合のスターゲートのエネルギーはどうする? 流石に遠く離れた場所に、アンサラーの単独投入は危険だろう」
アンサラーは束の持てる技術の全てをつぎ込んだ超技術の結晶だ。あらゆる面において
「そうだね………」
束も晶と同じ懸念を抱き、暫し考えた。以前アラライルが言っていた、重要なゲートであればあるほど各文明はゲートに実行戦力を張り付けている、というのは使えない。*4視覚的に分かり易い、有効な抑止力として機能する戦闘艦の部隊が無いからだ。イクリプスという例外はあるが、あれは束と晶が活動する為に使っているので、張り付けて固定戦力として運用するなど論外だ。次いで選択肢に挙がってくるのはIS部隊を張り付けるだが、張り付けるという事は一定期間をそこで生活させるということだ。ちゃんと休めてリラックスできるような生活環境を整えてあげなければ、パイロットが肝心な時に疲労していて役に立たなくなってしまう。だが宇宙で整った生活環境を有しているのは、イクリプスを除けば、クレイドルやマザーウィルなどの大型の施設のみだ。束が直接準備すれば少数なら相応の物を用意できるが、優先順位としてはスターゲートやディソーダーシステムの方が先なのだ。となれば他に委託するしかないのだが、ネックなのは要求仕様の高さだ。簡単に思い浮かべるだけでも、十分な生活環境、不意打ちの攻撃からも住人を守れる強固なエネルギーシールドシステム、不審者を捕捉して不意打ちを防ぐための広範囲かつ高精度なセンサー群、全てのシステムを十全に稼働させられる強力なリアクター。簡単に思い浮かべただけでもコレだけ必要なのだ。煮詰めればもっと出るだろう。そしてこの仕様を直ぐに満たせる企業は、今の地球にはない。時間をかければ、クレイドルやマザーウィルを作っている日本やフランスなら可能かもしれないが、年単位だろう。
数ヵ月後には複数の星系をスターゲートで繋ごうと考えているのだが、どうやったって間に合わない。
「ん~、難しいなぁ」
束が困ったとばかりに呟く。地球文明にもっと生産力、技術力があればと思うが、無い物ねだりをしても仕方がない。
ここで、晶が代案を出した。以前宇宙文明から購入した物の中に、宇宙文明にある武器の種類情報があったので内容を思い出していたところ、使えそうな物があったのだ。
「なぁ束。今の地球に地球圏以外のゲートを防衛する戦力はないからさ、いっそのこと宇宙文明から、設置型の自動防衛システムでも買ってみないか?」
「もしコントロールを握られたら、その星系を封鎖されるのと同じになっちゃうよ」
「その時は俺が………はダメだな。
「なるほどねぇ。う~ん。全部自前でやりたいけど、今は時間との勝負だろうし………う~ん。仕方ないかなぁ」
束はかなり迷ったが、晶の案に賛成した。リソースの選択と集中を間違えば、確実に今後に響くからだ。そして繰り返しになるが、今優先すべきはスターゲートとディソーダーシステムだ。投入したという実績さえ先に作ってしまえば、今後そこを地球文明の勢力圏と言い張る事ができる。この事実があってこそのゲート防衛だ。逆ではない。そして幸いな事に、束と晶の手中には、宇宙文明で使える資金がある。ならばここは、使いどころだろう。
束は決断を下した。
「うん。その方針でいこう」
「方針の発表と購入希望を伝えるのはいつにする?」
「明日すぐに。地球圏に向けての発表が終わったら、すぐにアラライルさんに通信を繋いで伝えようかな」
「分かった」
こうして2人の方針が決まるとすぐに晶の秘書さんに話が伝えられ、速やかにいつものホテル会場が手配された。例によって例の如く突然の予約だが、何も問題は無い。束の会見は基本的に此処で行われるので、カラードの資本で毎日一定時間会場は押さえられているのだ。普通の企業からしてみれば相応の出費だが、カラードの財力であれば何ら問題はない。むしろ束博士がすぐに発表できる場を確保しているという事の方が遥かに大事だった。必要経費というやつである。また一般人が知らない裏話だが、ホテルそのものも更識家の手駒の資本家によって買収されていた。束と晶(と大事にされている義妹達)がよく使うホテルであるため、周辺環境のみならず人員までクリーンにされていたのだ。
そして世界中のメディアに行われた突然の重大発表予告だが、メディア側も振り回されているばかりではなかった。一定の規模があるところだけだが、この街に支部を作り、いつ重大発表があっても良いように待ち構えていたのだ。流石にフリーランスや個人営業の者達は慌てて日本に向かう事になったが、世界中の有名どころがたった1人の、いつあるかも分からない発表の為に支部を置いているというのだから、世界中がどれだけその動向に注目しているのかが分かるだろう。
なお話が少しだけ横道に逸れるが、明日は平日。晶が会見に参加すると必然的に学園をサボる事になるのだが、宇宙開発関連の事は随分と前から公欠と認められるようになっていた。本人の成績が優秀というのもあったが、人類の最先端を切り開いている者を単位で困らせるのは違うだろうという学園側の判断だった。
◇
そして次の日。
束が発表した近隣星系へのスターゲート設置と複数惑星の同時テラフォーミング計画は、当然のように世界中の人間を驚愕させると同時に、多くの者に夢と希望と欲望を抱かせた。
いずれも将来を見据えるなら進めておいて損の無い計画であり、地球文明が受ける恩恵は莫大なのだ。単純に考えても鉱物資源の獲得、地球には存在しない生命資源、80億という増えすぎた人口の移民先、移民先の人口が増えれば新たな市場として企業が成長する原動力にもなる。
会見を見ていた多くの者が今後激化する新たな市場の獲得競争について考えている中で、フランス人記者から質問がとんだ。
「フランス、ル・モンド新聞のルイです。束博士。質問を宜しいでしょうか」
「なんでしょうか?」
「先日宇宙文明に対して提出した購入リストの中に、汚染環境浄化技術がありましたが3つの理由で難しいと却下されてしまいました。*5この時点で発表という事は、あの時点でほぼテラフォーミング技術は完成していたと推測しますが、それでもリストに加えた理由はなんでしょうか? また束博士であれば、フランスの汚染環境を浄化出来るのではないかと思いますが可能でしょうか?」
「確かにあの時点で技術はほぼ完成していました。ですが私が話さなかった理由は、基本的に話された3つの理由と同じものです。テラフォーミングというのは惑星環境を大規模に、そして一気に変える技術ですので、フランスという限定的な地域のみを対象とするには向かないのです。更に言えば大規模に変えるという特性上、その途中経過で人間にとって非常に厳しい環境になる事もあります。なので言いませんでした。それでもリストに入れたのは、宇宙文明であれば、私が考えつかなかった別の手段があるかもしれないという思いからです」
「なるほど。残念ですが、分かりました。ありがとうございます」
続いて別の記者から質問がとんだ。
「USAトゥデイのオリバーです。スターゲートによる交通網の整備と、テラフォーミングで生活環境が整うなら移民というのが現実的な選択肢になりますが、博士の中に何らかの構想はあるのでしょうか?」
「まだ明確な形にはなっていませんが、今回私が発表したテラフォーミング技術は、火星型惑星の環境を10年程度で変える性能でデザインしています。なのでそれまでに初期開発用の人員輸送、住居、調査、開発、全ての機能を併せ持った移動基地としてクレイドルを作り、惑星環境が落ち着いてきた頃に地上に降りて開発を始めてもらえればな、という青写真はあります。ですが計画というほど決まっている訳ではないので、今後状況に合わせて修正していくでしょう」
「ありがとうございます」
更に別の記者が質問してきた。
「
「確定している訳ではないのですが、運用実績と利便性を考えて、というところでしょうか。建造主体は日本ですが設計図には私も目を通していますし、2号機はワープドライブを搭載してアステロイドマイニングに投入される予定ですので、その稼働データもフィードバックされるでしょう。また機能についても、あれはブロック構造をしているので増設や組み換えが行い易いという利点があります。これら利点を上回れるなら、他のものでも考慮対象になるでしょう」
「分かりました」
実質的に、移民にはクレイドルが使われる事が決定した瞬間だった。束博士が推しているものを、他の人間が覆せる訳がないのだ。そして今後日本には長い間、世界中から莫大な資金がクレイドルの建造費用として流れ込む事になる。またこの潤沢な資金はリンクしているマザーウィル計画にも回され、マザーウィルは惑星開発初期段階における、地上の移動拠点として使用されていくのだった。あの圧倒的な巨体と積載量を活かした防御力、多脚による走破性は、未知の危険が潜む他の惑星の地上において、人を護る要塞として機能したのだ。なおテラフォーミングした星の地上開発にマザーウィルが使われる事が決まると、フランスにはクレイドルの時と同じように、世界中から莫大な建造費用が流れ込んだ。この資金はリンクしているクレイドル計画にも回され、相乗効果として両計画の質が高められていったのだった。
―――閑話休題。
次の記者が質問してきた。
「イギリス、ザ・ガーディアン・ユーケーのオリビアです。今回複数の惑星をテラフォーミングするという事ですが、全ての星を同じように地球型惑星に変えられる、と思っていいのでしょうか?」
「今回選んだ星は全て火星型、いわゆる硬い岩石の地表を持った惑星で、生物がいない、或いは余りいないであろう星を選択しています。なので大気圧や大気組成はほぼ地球と同じ環境にできるかと。ただ地球と同じように森や川や海を作れるかと聞かれれば、正直現段階だと何とも言えません。惑星環境の変化で地中にある水分が地表に出てくる可能性はありますが、元々存在しなければ、地表面を満たす程の水分はどうしたって出来ませんから」
「という事は人が生きていく為の最重要資源である水を、輸入に頼る可能性があるという訳ですね」
「或いは近隣の惑星や隕石帯から自分で持ってくるか、ですね。地中に埋蔵されている水分の抽出技術はマザーウィルで既に実用化されているので、現実的な選択肢として考慮できるでしょう」
「人口が数万、数十万と増えた場合は厳しいのでは?」
「確かにそうですね。その場合は水を持ってくるというより、科学合成で純粋に水を作った方が早いかもしれません。これなら惑星内に水素と酸素があり、そして合成プラントさえあれば惑星内で自給自足できるので、生活の命綱を他人に握られる心配は無いかと」
「ありがとうございます」
隣にいた記者が質問してきた。
「オランダ、デ・コレスポンデントのアールトです。テラフォーミングした惑星の土壌について質問です。地球人にとって害の無い土壌に変えられると思いますが、農業などは可能になるのでしょうか?」
「こればかりは植物によりますので、その惑星各々で調査していく事になるでしょう。これは地球でも地方によって育つもの、育たないものがあるのと同じと理解してもらえればと思います」
「なるほど。ではテラフォーミングした星に人が入植した場合、食料は暫く輸入に頼るという事でしょうか?」
「いいえ。私が設計したフランスの
先の水や食料問題に対する問題は宇宙進出を考えた時に必ず解決しなければいけない問題であり、これまで束博士が取り組んできたものだ。その結果が、今の回答である。これなら宇宙進出した者達が、水や食料という命綱を地球に握られずにすむだろう。無論、製造プラントの老朽化からくる交換部品の問題などはあるが、それは一定レベルの技術者がいれば解決できる問題だ。
会場の端にいた記者が質問してきた。
「カナダ、CBCのジャクソンです。テラフォーミングに使うディソーダーシステムについて質問です。自律作業の行える機械生命体を対象となる惑星に送り込み、その機械生命体は環境に適応して成長と自己複製するという事ですが、例えば惑星に入植した人を襲う、といった危険性はないのでしょうか?」
「ディソーダーの基本デザインとして、人を襲うような機能は組み込んでいません。ですが幾つかの条件下において可能性があります」
会場が一瞬ざわつく。束は片手を上げてそれを制した後に続けた。
「その幾つかある条件ですが、1つ目は鹵獲しての基本命令の書き換えです。不正な書き込みへの対策は相応に仕込んでいますが、例えば鹵獲されて構造を解析された上で命令の上書きをされたら流石に防げません。もう1つは人が持続的に汚染物質を垂れ流した場合ですね。これはディソーダーが、人が生活できる環境を作る、という基本命令の元に動いていることと関係しています。つまり入植した後、新しい星だから少しくらい汚しても大丈夫などと思って汚染物質を垂れ流したら、人はその惑星から排除されるでしょう」
「汚染の判定はどのように行われているのでしょうか?」
「それは秘密です。ですが地球で起きた環境汚染問題についての情報はインストールしてありますので、地球でとられた対策を参考にしていけば、牙をむかれる事は無いでしょう。あと追加で言っておきますと、ディソーダーにも自己防衛機能がありますので、あまり鹵獲しようとか排除しようとしたりするのが続くと、そっち方面でも進化しちゃいますので気をつけて下さいね」
ある意味で人に優しくないシステムだが、束はそれで良いと思っていた。星を大事にしなければ、結局のところ住んでいる者達が代償を支払う事になるからだ。
「な、なるほど。分かりました」
会場の反対側にいた記者が質問してきた。
「ブラジル、
「それについては私も大分悩みました。そしてまずは前提条件として、今の地球にテラフォーミングする為に開通させた先のゲートを守る力はありません。私以外に実用に足る船を造れる者もいませんし、IS戦力を張り付けるにしたって、十分な住環境の無いところに派遣しても、パイロットが疲労して肝心な時に役に立たないなんて事態が十分に有り得ますので。なのでゲート防衛については、先日宇宙文明から購入した武器の種類情報の中に、設置型の自動防衛システムがありましたので、それを購入して使おうかと」
「ならばテラフォーミングや移民ではなく、宇宙戦力の整備が先なのではないかと思いますが?」
「現段階では仕方の無い認識なのかもしれませんが、先日購入した“首座の眷族”の教科書の中には、複数星系に跨る星間国家が幾つも、いえ、無数に出てきます。記載されている政治的な状況を読み解けば、星間国家であるかそうでないかで、扱いに大きな差があるでしょう。私の話が分かり辛いのであれば、地球の国家間のパワーバランスに当て嵌めて考えてもらえれば分かり易いかと。そしてこれが、私がこの段階で複数星系へのスターゲート開通とテラフォーミング実施を発表した理由でもあります。人類の将来を考えれば、生存圏を拡大して星間国家の下地を作っておく事が絶対に必要だからです。また付け加えますと、十分な防衛戦力を準備しようとするなら、地球だけでは資源も生産力も全く足りません。だからです」
「なるほど。博士は先の、更にその先を見ていたのですね」
「御理解頂けましたか?」
「はい。ありがとうございます」
会場の後ろの方の記者が質問してきた。
「中国、新華社の
「私もまだリストで確認しただけで、性能は商品によってかなり幅があるようなので、現時点では何とも。ただスターゲートの防衛に使うなら相応の性能が必要なので、もしかしたら襲撃を撃退して得た報酬を全部使い果たすかもしれませんね。詳しくはこの会見が終わった後、アラライルさんと話す予定なので、そこでまた色々と決まっていくでしょう」
「そうでしたか。ありがとうございます」
この後も記者からの質問は続き予定時間をオーバーしたが、会見自体は問題無く終了した。そして記者達はこの重大発表をどう記事にするか考え、すぐにふと気付いた。
◇
束は会見を終えた後、すぐに晶と共に自宅へと帰りアラライルに通信を繋いだ。例によって例の如く、この会話も公開されている。
『アラライルさん。どうもこんにちは。今、お時間は大丈夫ですか?』
『ええ。構いませんよ。用件は買い物ですか?』
『はい。もしかして、事情の説明は必要ありませんか?』
『地球の状況はモニターしていますので。と言いますか、先の事を考えられる者は一定数いますが、発表された規模を個人で実行するなど、普通は不可能ですよ』
当たり前の話だった。発表された内容、複数星系へのスターゲート開通とテラフォーミングの同時進行など、普通なら星間国家の国家事業レベルの話だ。これは金銭的に、というだけではない。求められる知識が広範囲かつ非常に高い専門性が必要だからだ。大体、必要とされる専門分野がまるで違うのだ。スターゲートは時空間を扱う分野だし、テラフォーミングは惑星というトータルな生態系(生命だけでなく地質や気候も含む)を扱う。一個人が学ぶには余りに広すぎる。だから高い専門性を持つ多くの科学者が協力して理論を構築し、高い技術力を持つ者達(主に開発系企業)が実施を担う。そういう役割分担が必要なはずなのだ。だが彼女は、それを個人で行える。
この事実を理解した時、アラライルは思った。
(………下手をしたら、彼女を巡って戦争になりかねんな)
考え過ぎ、と笑い飛ばす事は出来なかった。これまでの実績を見れば、彼女の才能や実力に疑いの余地は無い。並の天才科学者を千人、或いは万人雇うくらいなら、彼女1人を雇った方が遥かに効率的だ。スターゲート開通やテラフォーミングは常に莫大な予算を必要とする事業だが、彼女に依頼してしまえばコストも期間も大幅に圧縮できる。彼女を得るメリットに比べれば、辺境に軍を派遣して太陽系を制圧する程度の支出など、無視できるデメリットだろう。そして複数勢力の武力が至近距離にあると、多くの場合において碌な事がない。
彼はちょっと頭が痛いと思いつつ思考していく。
幸いにして関係は悪くない。なら関係を破壊してしまうような確保よりも、友好関係を深めていくのが最善手だろう。しかし他文明への対処はどうするべきだろうか? 好き勝手に接触させるのも面白くない。だが彼女の望みは宇宙進出。他文明との知的コミュニケーションを妨害するような真似は、関係構築に悪影響を与える可能性が高い。ならこちらに都合の良い情報を流して誘導するか? ――――――望み薄だろう。これほどの知性を持つなら、情報誘導したところで何かがあると気付くはずだ。
政治に関わる者らしい損得勘定に満ちた思考が続いていく。だが最終的に行き着いたのは、友好的な関係を構築するなら、王道はどんな手段にも勝るだった。何故なら地球での彼女の行動は調べれば調べる程に、“殴られたら全力で殴り返す”だったからだ。下手な小細工は逆効果だろう。それに――――――と思いながら画面の奥に映る彼、束博士の斜め後方に立つ薙原晶に視線を向ける。
(彼女が全幅の信頼を寄せる武力が、本当にただの戦術レベルの存在だろうか?)
先の会談で襲撃された際、彼は一歩も動かなかった。確かにその後博士が言っていた、「確実な味方と分からない相手がすぐ傍にいるのに、彼がなんで動くの?」という主張は理解できる。護衛である彼がそれを理解して動かなかったのも理解できる。ISという進化する機体を使っていて、セカンドシフトしているという情報も得ている。他のセカンドシフトマシンと比較して、性能を推測する事もできる。だが、その後に博士が言った言葉が、どうしても気になるのだ。
「彼が使う装備は全て私が作ったものです。そして彼はその全てを十全に使いこなす。相応の能力がなければ出来ませんよ」
ISの生みの親である彼女にここまで言わせているとなれば、絶対に並大抵の能力なはずはない。しかも彼女は襲撃された際に、自身の手で戦闘艦50隻を一方的に蹂躙している。リスクマネジメントの出来る彼女が、護衛ではなく、自身の手札を晒したのだ。これは隠すべきは、彼の方と判断したからではないだろうか? また腑に落ちない点もある。地球から何度かワープやスターゲートの反応を捉えているが、その時にイクリプスが動いていた様子はないのだ。
つまり地球には、スターゲートを開ける船が最低でももう一隻あるということ。だが、とアラライルは思考を進める。ISの生みの親であり、独力でワープやスターゲート理論を完成させた彼女なら、ISにそれら機能を搭載しようと考えるのは極々当然の発想ではないだろうか? 加えて薙原晶は、先の科学者との話でどんな能力を示した? 難解な星図をその場で読んで、正解を導き出した。あれだけの能力があるなら、何ら問題無くワープやスターゲートを扱えるだろう。
更に思考を進める。彼女は常設型スターゲートの仕様の1つ、「直径10キロメートルのゲートが展開可能」と聞いた時、どんな反応をしていた? 全く驚いていなかった。基本的にゲートは大きくなればなるほど制御が難しくなり、必要とするエネルギーも莫大になっていく。あの天才がそれを理解していないはずがない。にも関わらず驚いていなかった。あの時は千年必要な技術革新を数年で終えた天才という事で流してしまったが、よくよく考えればおかしい。だが、もしも、だ。もしも常設型スターゲート以上のゲートを既にコントロールしていたのだとしたら? そして何より、彼女に星図を渡した直後に、奴らの文明は致命的な損害を受けている。
小さな情報が繋がっていき、1つの仮説が立てられた。
(もしや、奴らに致命的な損害を与えたのは、何らかの大掛かりな兵器ではなく――――――彼?)
あの時は「文明レベルを考えれば結び付けて考えるのは愚かしい行為だが、辺境の生まれながら数々の技術を独自開発した天才の存在を考えれば、不可能と言い切る事もできない」と思い、漫然と宇宙に浮かぶ隕石に何らかの装置をつけて、ワープさせてぶつけたと思っていた。あの時点で博士がスターゲートを扱えるという情報は無かったから、ある意味で当然の思考だ。だが情報の出てきた今なら、別の回答が出てくる。
この時点でアラライルは、ほぼ正解に辿り着いていた。飛躍し過ぎた発想と本人ですら思う。しかし繋ぎ合わせた情報と、奴らの致命的損害という結果を覆す事はできない。
(………なるほど。だから博士が話の前面に出て、手札を切り、イクリプスのスターゲート機能をこれ見よがしに使ったのか。全ては彼という本当の切り札を隠す為に)
これに思い至ったアラライルは、2人への対応方針を微修正する事にした。メインが束博士なのは変わらないが、薙原晶の扱いを単なる“武力”から格上げしたのだ。アレは本当の意味で単体戦略兵器なのだろう。それも1つの文明を終わらせられるほどの。銀河惑星連合にこの話を持ち込めば、単体としては2番目のSランク認定すら有り得る。だが、アラライルにその気は無かった。向こうが隠す気なら、態々他に知らせてやる必要は無い。自分だけが知っている交渉用のカードとして温存させてもらおう。そして彼がいる限り、並大抵の文明が相手なら地球文明が一方的に蹂躙される事はない。つまり一定の安全は確保されるということであり、安全というのは投資する際の重要な要素の1つだ。
―――閑話休題。
アラライルがこうした思考を高速で巡らせたところで、束が用件を切り出した。
『色々と苦労はあるのですが、今が頑張り時と思いまして。それで本題ですが、設置型の自動防衛システムの購入を考えています。できれば詳しい商品データと価格を教えて欲しいのですが』
アラライルは数瞬考えた。地球での会見はモニターしていたので、設置型の自動防衛システムに関する情報は集めてある。だが先の結論に至った後だと、本当にそれを出すだけで良いのか疑問が出てきた。より深い友好関係、他の文明が束博士の関心を引く為に莫大な資金を投入してきても、こちらを優先するような一手が必要だろう。
そう考えたアラライルは、勝負の一手を打つ事にした。
『それも良いのですが、よりおすすめの商品があります』
『余り高額ですと、資金の問題がありますので』
『まぁ、とりあえずは見てみて下さい』
そうして送られてきたデータを見て、束は思考を巡らせる。
データは大別して2種類。1つは直径8キロメートル程度の歪な球形状の隕石の内部がくり抜かれ、内部に居住環境のような構造体が整備されている。一際大きな穴の中に桟橋のような物が見えるから、あそこに宇宙船を接舷させるのだろうか? 1つは直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートルの円筒形の物体だ。三枚の巨大ミラーで内部に光を入れる構造のようで、地球で宇宙コロニーと聞いて多くの人間が思い浮かべるであろう形をしている。
今の地球文明の工業力で作るのは大変な物だが、宇宙文明で想定される工業力から考えれば、随分なローテクだ。
意図を読めなかった束は、取り合えず話を続けてみる事にした。
『これは、どういう意味でしょうか? 価格は出ていませんが、明らかに私が動かせる資金では足りないでしょう』
『色々と理由はあるのですが、博士が明確な将来像を見せてくれたので、こちらも少し投資させてもらおうと思いまして』
『投資、ですか?』
『はい。隕石をくり抜いた物は上手く改修すれば宇宙基地に使えますし、円筒形の物体は大きさがありますので、住居にも農業プラントにも、様々な使い方が出来るでしょう』
『これらを渡す代わりに、そちらは何を望むのですか』
『複数星系へのスターゲートが開通した際には、開通した星系での採掘を認めて欲しいのですよ。勿論、そちらがテラフォーミングした星には手をつけません』
『…………足りませんね。最低でも採掘業者、採掘資源、採掘量の事前申請。資源売却利益の………パーセンテージは後ほど詰めるとして、売却利益の内幾らかはこちらに支払って下さい。あと、乱雑に採掘されても困りますので、業者が多過ぎれば却下しますし、違反者には罰金を支払ってもらいます。ゲートも通しません。悪辣であれば撃沈も選択肢に入ります。ついでに言わせてもらえば、ゲートの使用料も払ってもらいたいですね』
『流石に、望み過ぎではありませんか?』
『何かと入り用なものでして。稼げる時には稼がせてもらおうかと』
アラライルは内心でニヤリと笑った。乗って来た!!
『なるほど。確かに本格的に宇宙進出しようとする今、色々な物が入り用でしょうね。では、そうですね。まずは1社そちらに送りますので、そちらの時間で1年ごとに各種条件の見直しでどうでしょうか。勿論、余りに非常識な条件をつけられたら、こちらも色々と考えますが』
『ではそちらの………多分採掘系企業なら出していると思うのですが、各種資源の年間採掘量、年間売り上げ額、価格変動等のデータを送って貰えませんか。勿論複数の会社の』
『おや? こちらからお渡ししても良いのですか? もしかしたらデータを弄るかもしれませんよ』
『分かっていて言ってますね。本格的に宇宙文明に参加していないこちらに、他の入手先はありません。信用するしかないのですよ。勿論本格的に参加したら、データは精査したいと思いますが』
『そこは外交儀礼的に、信用していますと言い切るところではありませんか?』
『盲目的に信用するお人形さんがお好みですか?』
『議員としてはそちらの方が楽なのですが、個人的には責任感ある姿勢に好感が持てますね』
『では、その個人的な好感を大事にしましょう』
『そうして下さい。ああ、そうだ。ちょっとした助言ですが、ゲートの使用料は取らない方が良いと思いますよ。それで交通量が減って、失敗した文明が幾つかあるので。共有財産というのは、皆が自由に使えるから共有財産なのです』
『なるほど。料金を取らないとゲートが維持できないような文明は、所詮その程度と見なされる、ということですね』
『理解が早くて何よりです』
さて、この交渉はどちらの勝ちだろうか? 多くの地球人は束の勝ちと思ったかもしれない。宇宙文明を相手に交渉して各種条件を呑ませた上で、採掘量に比例した収入まで確保した。立派な成果と誇って良いだろう。だが成果という点で言えば、実はアラライルの方が遥かに多くを得ていた。何故なら彼は「まずは1社」そして「1年ごとの見直し」と言った。つまり1年間は、辺境の手付かずの資源を独占契約で採掘できるのと同じなのだ。そして束の言質として「業者が多過ぎれば却下」「乱雑に採掘されても困る」「違反者はゲートを通さない」「悪辣であれば撃沈も選択肢」という言葉を引き出している。これが意味するところは、契約を守っている限り、先行企業が極めて有利ということだ。人の心理として、契約を遵守しているという実績のある企業と、後から来た契約を遵守するかも分からない企業、どちらかを選ぶとなれば前者だろう。無論、1年後は参入企業がもう少し増えるかもしれない。しかし「乱雑に採掘されても困る」と言っていたから、恐らくそう多く増やしたりはしない、という予測が立つ。更に言えば、どんな業種の企業でもそうだが、契約の時だけ上手い事を言って契約内容を遵守しない企業もある。が、彼女はハッキリと「違反者には罰金」「ゲートを通さない」「悪辣であれば撃沈も選択肢」と言った。やり返すと決めたら確実に殴り返す彼女が言ったのだ。実行力は期待して良いだろう。
しかもアラライルが交渉の切っ掛けとして使った2種類の物は、とても古い中古品だ。具体的に言えば歪な球形状のくり抜かれた隕石は、“首座の眷族”の採掘系企業が、どこぞのアステロイドベルトでの活動に使っていた宇宙拠点だ。施設の老朽化によりお役御免となったものだが、こういうのはレストアすると色々使い道があるので、かなり前に格安で買い取っていたのだ。
また直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートルの巨大な円筒形の構造体は、かなり昔に別の文明への支援策の一環として建造されたものだった。内紛があって可能な限り早期に、かつ大量の難民の生活場所を確保しなければならなかったのだが、政治的な状況と種族的な問題から、近隣文明圏への移住が絶望的だったのだ。このため重力制御機関は搭載せず、遠心力で重力を発生させるという極めて原始的な手法を使う事で工期を圧縮して一定数が作られたのだが――――――内紛の激化により地上で反応兵器が使われ、住人となるはずの難民が消えてしまった結果、宇宙の粗大ごみとなっていたのだ。
このため交渉の切っ掛けとして使ったこれらには、殆ど金が掛かっていない。しいて言えば、今後地球文明圏に持ってくる為の移送費用程度だろうか。だが安い物が、プレゼントとして悪いとは限らない。高くて便利で使い易い物が良いとは限らない。何故なら今の地球には、高くて便利で使い易い物を使いこなす下地が無いのだ。今回の件で言えば、宇宙文明で汎用的に使われている宇宙拠点やコロニーを持ってくる事もできた。だが道具というのは、使いこなすのに一定の下地が必要なのだ。単純に言ってしまえば宇宙文明で汎用的に使われているコロニーをプレゼントしたとしても、使われている重力制御機関を安定して稼働させる為の整備が出来なければ意味がない。そして地球の一般的な科学者や技術者にそれが出来るかとなれば、答えは否だろう。
だからこそ、アラライルはローテクな物を出したのだ。
そしてこの思考を、束はほぼ正確に看破していた。晶にコアネットワークを繋ぐ。
(………こっちの事情は、正確に理解してくれているみたいだね)
(そうだな。だがこれまでの経過をみるに、随分と友好的だよな。どう思う?)
(う~ん。文明的な格差を考えたらもっと高圧的でも良いはずだし………私のこと随分褒めてたから、私自身が他に対して何らかのカードになる。だから友好関係を作っておく、かな?)
(多分、それで合ってるんじゃないかな。だって文明というか、科学技術って進歩するほど細分化と専門化が進むだろ。でもお前、殆ど1人でできるから効率面で段違いなんじゃないかな。だから友好関係をつくっておいて、後で何か仕事の依頼しようとか思ってるんじゃないか?)
(あ~、そうだね。それ、有り得るかも。宇宙進出の最初期、色々整えなきゃいけない時期に手伝ってくれてたら、流石に断れないなぁ)
(大きな借りにならないように今の内から少しずつ何かを返すにしたって、どんな手札を切ればいいか分からないしな)
(そうなんだよねぇ)
ここで「何か協力出来る事はありませんか?」等と聞くのは悪手中の悪手だ。そんな事をしたら、何を言われるか分かったものではない。一番良いのはこちらが善意(に見えるように)で申し出た事が、相手が非常に困っている問題にクリティカルに作用して、勝手に借りと思ってくれることだ。だがそうなるように事態を動かす為には、宇宙文明についてもっと知る必要がある。状況がわからなければ、手持ちのカードを有効に使う事は出来ないからだ。
(ま、今は仕方がない。有り難く貰っておいて、土台作りを急ぐとしよう)
(そうだね)
こうして意見交換をしていると、アラライルが言葉を続けた。
『ああ。そう言えば先に見せたい物があったので遅れてしまいましたが、設置型の自動防衛システムでしたね』
束と晶の元にデータが送られてきて、内容が空間ウインドウに表示される。幾つか種類があったので掻い摘んで見ていくと、対象の速度を減速させるもの、ワープ妨害をかけるもの、装備している武器で攻撃するもの、広範囲の索敵レーダーシステム、対象のレーダー機能を妨害するものと色々あるようだった。そしてこのような商品があるという事は、必要とされる状況があるということだ。
晶は使い方について考えてみた。先程見せられた内部がくり抜かれた隕石を住居兼宇宙拠点として使えるように改修してゲート付近に置く。そして近辺にこれら防衛システムを設置すれば、少なくともゲートの出入りは監視出来るし、ゲートを使っての逃亡防止に一定の効果があるだろう。同時にスターゲート搭載型艦船を使われて、つまり常設型スターゲートを使わないで星系に侵入された場合についても考えるが、現状こちらは手の打ちようがない。いずれは星系内をパトロールする部隊も作る必要があるだろう。
晶は束にコアネットワークを繋いで、今の考えた事を伝えてみた。
(いいね。それでいこうか。でも必要なもの、雪だるま式に増えていくね)
(本当にな。でも仕方ないか。世の中善人ばっかりじゃないしな)
(だよねぇ)
そんな会話をしたところで、束はアラライルに商品の注文をした。
『取り合えず此処から此処まで10個ずつ欲しいのですが、私と晶の共同口座に入っている額で足りますか?』
『それは問題無く』
『ではそれで。スターゲートを開通させたら届けて下さい』
『地球文明圏に行く、記念すべき第一便で届けさせましょう』
『お願いしますね』
こうして公開通信を終えた束と晶は自宅でゆっくりするのだったが、世間はそれどころではなかった。
宇宙文明で使える外貨の継続的な獲得に成功しているのだ。これがどれほど地球に利益をもたらすかは、論じるまでも無いだろう。世の中金が全てではないかもしれないが、金の有無はチャンスの有無に直結する。知識や技術を購入し、必要であれば実物も購入し、学ぶ事ができる。それは地球文明を発展させる土台となっていくだろう。多くの者が束博士の偉業を讃え、お祭り状態となっていた。
そんな中で、もう少し現実を見ている者が一定数いた。別に束博士を認めていない訳ではない。むしろその逆で、これからどれだけ束博士の元に富が集まるのかを理解した者達だ。
何故なら彼女は、スターゲートの開通にも、テラフォーミングにも、国家的な力を一切借りていない。つまり完全に個人事業。この場合、テラフォーミングした惑星の所有権は何処にあるのだろうか? 一応、国籍のある日本だろうか? それとも国連? 彼女の偉業に、一切、何も役立っていないのに? また移民が実際に行われたとして、人口が増えれば納税といった話も出てくるだろう。その場合の納税先は? 移民は恐らく国ごとに行われるだろうから、国民は国に対して支払うだろう。だが国は、惑星を用意した束博士に何も報いないのだろうか? 無論、知らんぷりするという選択肢もある。感謝状の1枚で済ませる方法もある。もしかしたら彼女は何も言わない可能性もある。だが彼女だって人間だ。碌なお礼もしない人より、してくれる人の方が協力しようという気持ちになるだろう。そして彼女の知名度や影響力を考えた時に、対応の優先順位を下げられるデメリットは余りにも大きい。となれば何処の移民先も、一括か持続的かは判断の分かれるところだが、間違いなく束博士に莫大な支払いをするだろう。
それに加えて、先程の交渉で彼女はなんと言っただろうか? 「資源売却利益の………パーセンテージは後ほど詰めるとして、売却利益の内幾らかはこちらに支払って下さい」だ。地球人にとっては完全に想像の世界だが、宇宙文明の採掘事業が、地球で行われている採掘事業と同レベルの訳はないだろう。遥かに大規模に行われているはずだ。その売却利益の何パーセントになるかは分からないが、パーセンテージ分が懐に入るということだ。地球で得られる資産とは比べ物にならない額が懐に入るのは間違いない。
そして篠ノ之束が薙原晶を愛しているのは周知の事実であり、彼はカラードの社長だ。つまり多くの者にとって、カラードは無尽蔵の資金力を持つ世界一の優良企業になっていたのだった。
◇
宇宙進出とは全然関係無いお話。
日本の某アニメ会社が束さんをモチーフに企画した『魔法戦士 シノ』のキャラクター設定が公開された。
・シノーノ シノ
イメージカラー:白
得意魔法:重力系
魔法の国のお姫様。
悪の国に祖国を滅ぼされるが、親交のあった異世界(日本)に
逃れ、そこで悪の国と戦いながら仲間を集めている。
なお今亡き国王夫妻が万一の時に備えて、日本に隠れ家と
アンダーカバーの身分を用意してくれていたため、現在はそれを
使っている。(普段は女子高生)
・“黒い鳥”レイヴン
イメージカラー:黒
得意魔法:闇系
シノが悪の国と戦う中で助けた傭兵。
魔法、肉弾戦共に高レベル。
本来は金でしか動かないが助けてくれた恩は感じている様子。
・セーリア
イメージカラー:蒼
得意魔法:光学系
シノが見つけた仲間第一号。
光魔法に圧倒的な適正を持つ実力者だが、資産家の娘というお嬢様
のせいか理想家過ぎるところがあり、他のメンバーとぶつかる事が
ある。
・シャルロッテ
イメージカラー:オレンジ
得意魔法:大地系
シノが見つけた仲間第二号。
穏やかで包容力のある性格で、大地系魔法に強い適正を持つ。
特に防御魔法は強力で、並大抵の攻撃で貫くのは非常に困難。
・ララーア
イメージカラー:黒
得意魔法:念動系
シノが見つけた仲間第三号。
別の魔法の国で魔法騎士をしていた実力者。
レイヴンを自国に招くべく活動していた中でシノに出会い、
説得に応じて仲間となる。
が、本当の目的は変わっておらず………。
なお、これを見た仲間第一号~第三号の元ネタ人物達は…………。
「わ、私が理想家過ぎて他のメンバーとぶつかるなんて!! やり直しを要求しますわ!!」
「いや、あってるだろう」
「うん。偶にズレたこと言うもんね」
「ふ、2人とも酷いですわ」
「僕の得意な魔法が大地系。強力な防御魔法。良いんだけど、ちょっと地味」
「地味ですわね」
「うん。地味だな」
「活躍の機会あるかなぁ~」
「ふ、ふふ。私が実力者ポジション。やったぞ。勝ち組だ!!」
「ふん。こういうのはどうせ、後になったらポンコツ化するんですわ」
「有り得る。だって元が、ねぇ」
「お前たち酷いな!!」
という感じで盛り上がっていたそうな。ちゃんちゃん。
第177話に続く
ついにディソーダーシステムを投入して、テラフォーミング開始というところまで来ました。
束さんは進むよ何処までも、です!!
そしてこのまま行くと、束さんの個人資産が恐ろしい事に………。